左遷から5年。成果を盗んだ夫と愛人を絶望の底へ

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左遷から5年。成果を盗んだ夫と愛人を絶望の底へ

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5年にわたる地方赴任を終え、私・千葉光希(ちば みつき)は空港を出る時、婚約者である御堂靖也(みどう せいや)が約束通りにプロポーズして...

Chương (1)

第1章

5年にわたる地方赴任を終え、私・千葉光希(ちば みつき)は空港を出る時、婚約者である御堂靖也(みどう せいや)が約束通りにプロポーズしてくれると信じて、胸を高鳴らせていた。 でも、彼は無表情のまま、そこに立っているだけだった。 「光希、すまない」 戸惑う私を前に、彼はさらに言葉を続ける。 「あの異動辞令……実は、俺が裏で手を回したんだ。 美穂と二人の時間を作るために、わざと君を雲嶺市の僻地プロジェクトに追いやった。 あの時、彼女のお腹には俺の子がいた、だから、ああするしかなかったんだ」 沈黙が続き、私は自分の唇を血がにじむほど強く噛みしめていた。 5年間、過酷な暑さと砂嵐にさらされ、毎日16時間も働き続けた地獄のような日々は、すべて彼が仕組んだものだったのだ。 「君はいつも気が強くて頑固だから、美穂を傷つけないか心配だった。 本当のことを言ったのは、許してほしいからじゃない。ただ、後になって感情的にならないでほしいんだ、これ以上騒ぎを大きくしたくない」 その口調は、まるで彼こそが苦しい立場だったかのようだった。 私は一歩後ずさりし、差し伸べられた彼の手を避けた。そして、涙をにじませながら静かに笑った。 「靖也、本来なら、もっとましな別れ方ができたはずなのに、あなたはそれを台無しにした」 第1話 5年にわたる地方赴任を終え、私・千葉光希(ちば みつき)は空港を出る時、婚約者である御堂靖也(みどう せいや)が約束通りにプロポーズしてくれると信じて、胸を高鳴らせていた。 でも、彼は無表情のまま、そこに立っているだけだった。 「光希、すまない」 戸惑う私を前に、彼はさらに言葉を続ける。 「あの異動辞令……実は、俺が裏で手を回したんだ。 美穂と二人の時間を作るために、わざと君を雲嶺市の僻地プロジェクトに追いやった。 あの時、彼女のお腹には俺の子がいた、だから、ああするしかなかったんだ」 沈黙が続き、私は自分の唇を血がにじむほど強く噛みしめていた。 5年間、過酷な暑さと砂嵐にさらされ、毎日16時間も働き続けた地獄のような日々は、すべて彼が仕組んだものだったのだ。 「君はいつも気が強くて頑固だから、美穂を傷つけないか心配だった。 本当のことを言ったのは、許してほしいからじゃない。ただ、後になって感情的にならないでほしいんだ、これ以上騒ぎを大きくしたくない」 その口調は、まるで彼こそが苦しい立場だったかのようだった。 私は一歩後ずさりし、差し伸べられた彼の手を避けた。そして、涙をにじませながら静かに笑った。 「靖也、本来なら、もっとましな別れ方ができたはずなのに、あなたはそれを台無しにした」 …… 靖也の車が、私の乗ったタクシーの後ろをずっとついてきて、数度ハイビームを点滅させる。 運転手がバックミラー越しに私を見て言った。 「お客さん、後ろの黒の高級車、さっきからずっとついてきてますよ。知り合いですか?」 私は唇についた血を拭った。 「いえ」 「なら、巻きますか?」 「大丈夫です」 マンションは昔のままで、エレベーターには新しい広告が貼られている。 私はスーツケースを引いて部屋のドアまで行って、バッグから鍵を取り出した。 だが、鍵を差し込んで回した瞬間、違和感を覚えた。 次の瞬間、ドアが内側から開く。 そこには、森下美穂(もりした みほ)が立っていた。彼女は上品なシルクのネグリジェを着ていて、小さな男の子を抱えている。 目が合った瞬間、彼女は少し驚いたような顔をしたが、すぐに笑みを浮かべた。 「おかえりなさい」 男の子が彼女の首にしがみつきながら、不思議そうに私を見つめる。 「ママ、このお姉ちゃん、誰?」 「前に、ここに住んでた人よ」 美穂は子供の頭を優しく撫で、私に視線を向けた。 「お茶でもどう?靖也から今日帰るって聞いてたけど、まさかこんなに早いとは思わなかったわ」 私は彼女の背後に広がるリビングを見つめた。 壁には彼らのウェディング写真、ソファは新調されていて、ベランダには子供用の服が干してあった。 「ここは……」 「ここは私の家よ」 美穂は私の言葉を遮り、穏やかな口調でそう言った。 「もう、5年前からね。靖也がこのマンションを買ってすぐに、ここに住まわせてくれたの」 私のスーツケースのキャスターが、玄関の段差に引っかかった。 「あなたが雲嶺市へ行ったら、結婚しようって言ってくれた」 その時、子供が退屈そうに、駄々をこね始めた。 美穂が子供を降ろすと、その子はリビングにあるおもちゃ箱へと駆けていった。 そして、美穂はドア枠に寄りかかり、私を見つめる。 「痩せたわね。やっぱり雲嶺市の仕事は大変だったでしょ?」 私は、スーツケースのハンドルをぎゅっと握り締めた。 「靖也は、後で帰ってくるの?」 「さあ、どうかしら」 美穂は眉をきゅっと吊り上げた。 「何か用でも?お金?それとも、謝ってほしいの?」 「そんなもの、いらないわ」 「じゃあ、何のために帰ってきたの?」 私は彼女のきれいにお手入れされた顔を見て、どうしようもない嫌悪感が込み上げてきた。 「帰ってきたのは、自分のものを取り戻すためよ」私は、できるだけ感情を抑えて答えた。 美穂はふっと笑った。 「あなたのものなんて、もうここにはないわ。服はとうに捨てたし、本も靖也が邪魔だって言うから売った。ああ、そうだ、あなたが大切に育てていた植物も、全部枯れたの」 彼女は少し言葉を切ると、勝ち誇った顔で言った。 「わざと水をあげなかったから」 これ以上付き合う気になれず、私は何も言わないで、踵を返してエレベーターのボタンを押す。 すると、背後から彼女の声が突き刺さる。 「光希さん。あまりみっともない姿を晒さないことね。何もかも失ったあなたが、今更私に勝てるわけないんだから」 エレベーターのドアが静かに閉まる。 私は冷え切ったエレベーターの壁に身をもたせ、そっと目を閉じた。 この5年間、夢にまで見たキャリアへの道だと思っていた。だけど全ては、彼らが新婚を楽しむための期間でしかなかったのだ。 …… 翌日、私は帰任手続きのため会社へ向かった。 人事部に顔を出すと、担当の長谷川紀子(はせがわ のりこ)は私を見るなり、どこか気まずそうな表情を浮かべた。 「光希さん、あなたの元いたポストなんですけど……」 「わかっています。美穂が引き継いだんですよね」 私はスーツケースを隅へ置いた。 「大丈夫です。一般職でも何でも、空いている部署に回していただければ」 第2話 紀子は小さくため息をつくと、パソコンで私の人事データを呼び出した。 「雲嶺市での5年間だけど、人事記録には、本人の希望により地方支援プロジェクトへ参加し、厳しい環境を乗り越えて任務を完遂したと記載されています」 「本当にその通りです」 「でも」彼女は声を潜めた。 「あなたが中心となって進めた3つのプロジェクト、成果報告書の責任者が全部美穂になっているんです」 私は呆然とした。 「そんな、あれは私が……」 「でも、同意のサインもしてるんですよ」 紀子は書類を開いて、私に見せた。 「ほら、これは5年前の合意書です。プロジェクトの成果をチーム共有扱いにするって内容にサインしてます」 そこには、確かに私の署名があった。 けれど、そんな書類にサインした覚えはまったくなかった。 「あの時、出発まで時間がなくて、手続きの大半を社長が代行していたでしょ?」 紀子は何か言いたげだったが、結局飲み込んだ。 「光希さん、色々あるんでしょうけど……とりあえず、席に行ってください」 私の席は、隅っこにあるプリンターの隣だった。デスクの上には荷物が積まれている。 同僚たちは私の横を通り過ぎながら、見て見ぬふりをする者もいれば、軽く会釈だけする者もいた。 その中で、小林恵(こばやし めぐみ)だけが私のそばに寄ってきて、そっと囁いた。 「どうして戻ってきたの?」 「プロジェクトが終わったんです」 「それじゃ、あなた……」 彼女は美穂のオフィスへ視線を向けた。 「気をつけてね。今は彼女が部長だし、何より、社長が旦那さんだから」 私はカバンを下ろした。 「わかっています」 午後、私のスマホが鳴った。 靖也からだった。 私は出なかった。 さらに連続で、何回もかかってきた。 私は結局電話に出た。 「光希、少し話そう」 「話すことなんてないわ」 「美穂がまた妊娠したんだ。医者からも安静にするよう言われている」 疲れ切った声だった。 「だから……しばらくの間、俺たちの前に現れないでくれないか?」 電話の向こうから、子供の声が聞こえてきた。 「パパ、ママが吐いちゃった!」 「すぐ行く」靖也は慌てて応じた。 そして、「そういうことだから、頼む」と、一方的に私に言った。 そこで通話は切れた。 私は画面を見つめながら、5年前のことを思い出した。 異動辞令が出たあの日、私は泣きながら彼に電話をかけた。すると、彼はこう言った。 「待ってて、すぐに行くから」 そして、私を抱きしめて優しく語りかけた。 「行っておいで、良い経験になるはずだ。戻って来たら、結婚しよう」 あの日、彼からは、いつもと違うほのかな香水の匂いがしていた。 今ならわかる。あれは、美穂の香りだったのだ。 …… 私は病院で精密検査を受けた。 医者は診断書を見ながら、眉間にシワを寄せた。 「千葉さん、現在の状態ですが……」 「率直にお願いします」 「子宮内膜症に加え、卵巣機能の低下がかなり進んでいます」 医者はメガネをそっと直した。 「妊娠の可能性は、極めて低いと言わざるを得ません」 私は診断書を強く握りしめた。紙の角が指に食い込んで、痛みを感じるほどだった。 「やはり、これまでの仕事の環境が原因でしょうか」 「長期間の過重労働や精神的ストレス、それに、雲嶺市での厳しい気候も影響しているでしょう……」 医者はそこで少し言葉を切った。 「でも、まだお若い。今から治療を始めれば、可能性が全くないわけではありません」 診察室を出ると、廊下の待合スペースには何人もの妊婦が座っていた。 みんな、お腹を優しく撫でながら、幸せな笑みを浮かべている。 その中には、しゃがみ込んで妻のお腹に耳を当てている男性の姿もあった。 私はそっと視線を逸らし、その脇を通り過ぎ、非常階段のドアを押し開けた。 階段には誰もいなかった。 私はその場にしゃがみこみ、膝を抱えるように身を縮めた。 泣いちゃだめ。 今ここで泣いたら、負けた気がするから。 3日後、会社の親睦会の日がやってきた。 出席するつもりはなかったが、「古参社員なんだから、顔を出さないのもよくないわよ」と恵に言われた。 黒のワンピースを身にまとい、私は会場の隅に立つ。 眩しい照明、耳障りな音楽。 そこへ、靖也が美穂を連れて入ってきた。周囲にいた社員たちが一斉に彼らに群がる。 「社長、森下さん、おめでとうございます!」 「二人目なんて、本当におめでたい!」 美穂は穏やかに笑いながらお礼をし、その手は優しくお腹に添えられていた。 靖也は彼女の腰を抱き寄せ、見つめる眼差しはどこまでも優しかった。 誰かが私に気づき、口をしゃくった。 一瞬だけ場が静まり返ったが、何事もなかったかのように賑わいが戻る。 美穂が大きなお腹を抱えながら、こちらに歩み寄ってくる。 「光希さん、お久しぶりね」 第3話 私はシャンパングラスを手に、言った。 「おめでとう」 「ありがとう」 美穂は愛おしそうにお腹を撫でて言った。 「占ってもらったら、女の子だって。靖也がすごく喜んじゃって、娘はママに似てほしいって」 そう言って私を見つめると、不意に声を潜めた。 「ねえ、知ってた?靖也が言ってたわ。当時あなたを異動させてなかったら、もっと長い間悩んでたかもしれないって」 「どういう意味?」 「そのままの意味よ」彼女はふわりと甘く笑った。 「身を引いてくれてありがとう。あなたの犠牲があったからこそ、今の私たちの幸せがあるんだもの」 私の手が小さく震えた。 シャンパンがこぼれ、ドレスに数滴落ちる。 「美穂さん」私は彼女の目を見つめた。 「あなたが最初の子を妊娠していた頃、私が雲嶺市のマイナス30度の過酷な現場で、40度の高熱にうなされ、死にかけていたのを知ってた?」 彼女は目を瞬かせた。 「だから何?」 「あの日は私たちの記念日でもあったのに、靖也に何度も電話をかけても、一度も繋がらなかった」 美穂はふっと笑った。 「その日なら、彼と一緒にウェディングドレスを選んでたわ」 私は息を呑む。 すると彼女はさらに言葉を重ねてくる。 「ほら、ウエストにパールの刺繍が入った、ヴェラ・ウォンの限定のドレスよ」 そのウエディングドレスは、5年前に私が試着していたものだった。 あの頃、靖也はこう約束してくれた。 「二人の式では、絶対にこのドレスをプレゼントする」 今になってようやくわかった。彼が指していた「二人」の中に、私は最初から入っていなかったのだ。 私はグラスをテーブルに戻し、その場を離れようとした。 だが振り返ると、いつの間にか靖也が立ちすくんでいた。 彼は複雑なまなざしで私を見つめている。 「光希……」 「名前で呼ばないで」 私は冷たく言った。 「不快よ」 会場を出ると、外は雨だった。 私は軒下に立ち尽くし、雨に滲む街並みをぼんやり見つめる。 その時、背後から足音が近づいてきた。 靖也が追いかけてきたのだ。 彼は傘をそっと差し出す。 「使ってくれ、風邪を引くと大変だ」 「あなたには関係ないでしょ?」 彼はしばらく黙り込んだ。 「俺のことが憎いか」 「そんな感情さえ湧かないわ」 私は呆れたように言葉を放った。 「ただ、5年も無駄にした自分がバカバカしいと思うだけ」 「5年間、俺は……」 「5年間!」私は荒々しく遮る。 「私は雲嶺市で毎日16時間働いて、何ヶ月も生理が来なくなって、ストレスで髪がごっそり抜け落ちた。そんな生き地獄を這いずりながら、あなたといつか結婚できる日をずっと心待ちにしていたのに!」 彼の顔から血の気が引いていく。 「それなのに、あなたは?」私はふっと笑った。 「その間に結婚して、子どもができて、今では二人目までいる」 「すまない」 「謝れば済む話?」 私は彼を見据えた。 「靖也、もうあなたを恨む気にもなれない。ただ、自分のこれまでの行いが、どれだけ愚かだったかと思い知らされたわ」 雨脚が激しくなっていく。 彼は傘を私の方へ傾け、私を雨から守ろうとした。 私はその手を払いのけ、そのまま雨の中へ足を踏み出す。 冷たい雨が容赦なく降り注ぎ、あっという間に全身を濡らしていった。 …… あれからちょうど一週間後、思いがけず実家から電話がかかってきた。 受話器の向こうで、母が泣いている。 「光希!お父さんが倒れたの!」 私が慌てて向かうと、もともと心臓を患っていた父は、病室のベッドに横たわっていて、顔色はひどく悪かった。 母は私の手を強く握る。 「誰かがお父さんに手紙を送ってきたのよ。あなたが既婚者と関係を持って、人の家庭を壊したって……」 「冗談じゃない!まったくのデタラメよ!」 「でも、証拠写真もあるのよ!」 母は涙を拭った。「あなたと御堂さんとのやり取りとか、会社の人の証言とか……」 私は母の手から封筒を取り上げた。 中に入っていた写真は加工された偽物で、メッセージのやり取りも捏造されたものだった。 だが、見分けがつかないほど巧妙に作られている。 「お父さん、違うの。話を聞いて……」 父はゆっくり目を開き、私を見つめた。 「父さんは、お前を信じてる」彼はかすれた声で言う。 そして、静かに目を閉じた。 次の瞬間、心電図モニターが鋭い警報音を鳴らした。 それを聞いた医者たちが、慌ただしく病室へ駆け込み、必死の措置を開始した。 私は看護師に促され、病室の外へ出される。 そこには、靖也が立っていた。 手には見舞い用の果物が入ったカゴを提げている。 「おじさんの様子を見に来たんだ」彼はそう言った。 そのとき、通りかかった看護師が小声で囁く。 「御堂さんって本当にお優しいですね。元の恋人のお父様のお見舞いにまで来られるなんて」 次の瞬間、私は彼に駆け寄り、その頬を力いっぱい打った。 カゴが床に落ち、果物があちこちへ転がっていく。 「あなたの仕業ね!」 「俺じゃない……」 「信じられると思う?」 私は怒りで我を忘れ、彼の胸ぐらを乱暴に掴んだ。 第4話 「あの写真も、チャット履歴も、あなた以外に誰が持ってるのよ?」 彼は私の手首を掴んだ。 「光希、落ち着け!」 「これで落ち着けるわけないでしょ!」私は叫んだ。 「お父さんに万が一のことがあったら、絶対に許さない!」 その時、病室のドアが開いた。 医者がマスクを外しながら出てくる。 「申し訳ありません、全力を尽くしました」 その瞬間、目の前が真っ暗になった。 3日後に葬儀が行われた。 母は私を家に入れてくれなかった。 「出ていって」ドア越しに、母は冷たく言う。 「お父さんも、あなたに会いたくないはずよ」 私は家の前に跪いたまま、一日中動かなかった。 午後になると、靖也と美穂がやってきた。 二人は花を供え、静かに手を合わせた。 供えた花の名札には、二人の名前が並んでいた。 美穂は私に気づくと、小さな声で言った。 「ご愁傷様」 私は鋭い視線で靖也を睨みつけた。 すると、彼の顔から血の気が引いていく。 美穂はそっと彼の袖を引いた。 「行きましょう」 二人はそのまま背を向けて立ち去った。 やがて、母がドアを開けてくれた。 私を見つめるその目には、憎しみしかなかった。 「お父さんが死んで、これで満足?」 私はひざまずいたままにじり寄り、母の足にすがりついた。 「お母さん……」 「触らないで!」 彼女は激しく私を突き放した。 「あなたなんか、娘だと思いたくない!」 私はその場に崩れ落ちた。額を冷たい床に押しつけたまま、動くことができなかった。 父の葬儀から一週間ほど経った頃、会社から電話がかかってきた。 「光希さん、本日付で懲戒解雇とさせていただくことになりました」 人事部の人の声は、凍りつくほどに冷たかった。 「服務規程に対する重大な違反が確認されたためです。調査の結果、赴任期間中に複数の男性社員との不適切な関係があった疑いが認められました」 私は人事部へ駆け込んだ。 「証拠を見せてください!」 人事部長は、私の目の前に分厚い写真の束を投げ捨てた。 それは工事現場で男性社員と写った業務中の写真だった。だが、そこには悪意ある説明文が添えられていた。 「これは捏造です!」 「火のないところに煙は立ちません」 人事部長は冷ややかに言った。 「当社としては、このような社員を置いておくわけにはいきません」 私は靖也を問い詰めるべく、彼のオフィスに向かったが、秘書に止められた。 「社長は今、会議中です」 日が暮れた頃、ようやく彼が会議室から出てくる。彼は私を見るなり、足を止めた。 「言いたいことは分かってる」 彼は疲れた声で言った。 「でも会社の判断だ。俺にもどうにもできない」 「靖也、私をハメたわね」 「俺じゃない」 彼は眉をひそめ、言った。 「美穂が言うには……」 「彼女が言えば、何でも信じるの?」 私は彼の目の前まで詰め寄った。 「私のお父さんを死に追いやって、今度は私の人生まで壊す気?あなた、それでもまだ彼女の味方をするの?」 彼は慌てて一歩下がった。 「光希、落ち着け」 「私は極めて冷静よ」私は声を絞り出した。 「そんなことをしておいて、よく平気でいられるわね」 彼は黙り込んだ。 私は背を向け、その場を後にした。だが、ビルを出ようとしたところで、何人かが、プラカードを掲げて立ちはだかっていた。 「ドロボウ猫!」 「最低女!」 「この街から出ていけ!」 その時、誰かが私に向かって、赤いインクを投げつけてきた。 頭から降りかかり、全身が瞬く間に赤く染まっていく。私はその場に立ち尽くした。 ちょうどその時、地下駐車場から靖也の車が出てきて、私たちの少し先で止まった。 彼は車から降りてきて、騒いでいた人々を止める。 そして私を見るなり、大きく息を吐いた。 「光希、どうして大人しくできないんだ?こんな騒ぎにする必要あるか?」 私は顔のインクを拭った。 赤いインクが指先を伝い落ちる。 「大人しく?」 思わず笑いが漏れた。 「じゃあ、私にどうしろっていうの?」 彼は何も言わず、そのまま車に乗り、去っていった。 私が借りていたアパートへ戻ると、ドアの鍵が替えられていた。 荷物はすべて玄関の外へ出されている。 そこへ、大家が来て言った。 「荷物はまとめておいたから、早く出て行ってちょうだい」 「どうしてですか?」 「苦情が来てるんだよ。素行の悪い人が住んでいると、アパートの評判に関わるからね」 大家は不愉快そうに手を払った。 「悪いけど、もう貸せない」 私はスーツケースの隣にしゃがみ込んだ。 この荷物は、5年前に私が雲嶺市へ向かう時に持って行ったスーツケース。そして今、またここへ持ち帰ってきた。 何も変わっていないようで、もう何もかも変わってしまっていた。 その夜、私はコンビニの片隅で朝を迎えた。 やがて街は朝日に照らされ、ゆっくりと目を覚ましていく。 美しい景色だった。 けれど、もうこの街に残りたいとは思えなかった。