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昨日の花は燃えるように
神港市の財閥御曹司と結婚して三年目、彼は浮気をした。 妻は騒がず、怒らず、離婚を選んだ。 この生涯において、もはや愛を求めることはない...
Chương (1)
第1章
神港市の財閥御曹司と結婚して三年目、彼は浮気をした。
妻は騒がず、怒らず、離婚を選んだ。
この生涯において、もはや愛を求めることはない。
しかし、かつての夫である御曹司は、まるで気が狂ったかのように仏前に跪き、妻の平穏な帰還をひたすら祈った。
第1話
元日、神港市。
夢藤雲里子(むとう もりこ)は昔の先生へ電話をかけた。「先生、もう決めました。宇宙開発計画の訓練に戻ります」
「本当か?」
受話器の向こうの声は抑えきれない興奮を孕んでいたが、それでも努めて落ち着いた口調を保っていた。「雲里子、先に伝えなければならない。今回の実験は、帰還できない可能性もある。ご主人は特別な身分だが、彼は参加に同意してるのか?」
雲里子は受話器を強く握りしめた。「私はもう、彼と離婚するつもりです」
短い沈黙ののち、応えが返ってきた。「……そうか。君が覚悟を決めたのなら、こちらもすぐに上司へ申請しよう。半月後には神港市へ迎えに行く」
電話が切れる直前、先生の声がかすかに震えた。「雲里子、君の貢献を誰も決して忘れはしない」
雲里子の瞳にも熱いものがこみ上げる。
三年前、飛行学校を離れて神港市に嫁いだ時、もう二度と戻ることはないと信じていたのに。
「奥様、本日の花が届きました」
使用人がドアを叩く。雲里子は慌てて電話を切り、机の上に置かれていた離婚訴状の受理証明書を引き出しに仕舞い込んだ。
「奥様、今日のバラは海外から空輸された赤いバラでございます」
使用人は瑞々しく咲き誇る花束を抱えて入ってきて、窓辺にあった水耕栽培の紫陽花を片付けた。
「奥様、旦那様は本当に奥様を大切にしておられますね。この花は、おそらく世界一でございます」
三年前、雲里子は富士崎時生(ふじさき ときお)と結婚した。
京光市から初めて神港市に来たとき、その空気の匂いさえ馴染めなかった。
時生はそんな彼女を気遣い、どの部屋にも毎日新鮮な花を飾らせた。しかも全ての花が、世界各地から空輸されたものだった。
毎月の花代だけで、庶民の二、三年分の生活費に匹敵する。
雲里子はあまりに浪費だと止めようとしたが、時生は笑って言った。「雲里子は俺が最も愛する人だ。世界で一番いいものを受ける資格がある」
オークションで一億円を投じて落札した骨董の花瓶さえ、彼にとってはただの花入れにすぎなかった。
雲里子はそっと手を伸ばし、萎れかけた花弁に指先を触れた。
三年の富豪の妻としての暮らしで、彼女の目はすでに鋭くなっていた。
――これは今朝の花ではない。
眉をひそめると、使用人が青ざめて花瓶を抱え直した。「奥様、申し訳ございません。本日の花の質が悪かったようです。旦那様にお伝えして、別の業者に……」
「もういいわ……」
雲里子には分かっていた。先月から、この屋敷に届く花はすでに使用済みのものに変わっていたのだ。
テレビ画面には、ミス神港を受賞したばかりの瀬川依蘭(せがわ いらん)が映っていた。
背景は彼女の高級マンション。フルハイトウィンドウの向こうには維亜町が広がっている。
新人女優に到底買える物件ではない。彼女は悪びれもせず記者に語った。「彼氏が私を大事に思って、買ってくれたんです。
とても細かい人で、毎日贈ってくれる花は全部空輸なんですよ」
その背後に飾られた赤いバラは、今、雲里子の目の前にあるものと寸分違わぬものだった。
しかも番組は昨日の再放送。その花も昨日のもの。
依蘭は得意げに、画面いっぱいに笑顔を咲かせる。「彼は本当にめっちゃ私を甘やかすんです。この前、ちょっとどら焼きが食べたいって言ったら、彼、仕事を放り出してまで、すごく遠くの名店まで買いに走ってました。
エレベーターが停電していたのに、十数階を一気に駆け上がって、熱々を届けてくれたんです」
甘やかな声で語られる恋人の仕草は、聞く者に自然と甘美な感覚を与える。
雲里子の脳裏にも、時生が自分をアプローチした頃の姿が蘇った。
四年前の秋。時生は神港市から京光市へ工場建設の視察に来て、道中でかばんを奪われた。
ちょうど雲里子は街角でたこ焼きを買っていた。彼女は迷わず駆け出し、かばんを取り返したうえに、持ち前の腕力で泥棒を叩きのめした。
その後、時生は雲里子の飛行学校まで押しかけてきて、自分の時計をどうしても彼女にあげて、お礼を伝えたかった。
雲里子はロレックスなど知らず、ただ大きな時計が醜いと思って、代わりにたこ焼きを奢らせた。
時生は笑って言った。「君って本当に特別だね。俺からアプローチしてもいいかな?」
「変態!」
小さい頃からお転婆の雲里子は、二十歳になっても恋愛に疎く、時生を相手にもしなかった。
だが時生は諦めず、仕事をすべて投げ出して京光市に留まり、彼女のもとへ通い詰めた。
最新式の一眼レフを持って学校の近くに張り込み、雲里子が飛行機を操縦する姿を撮ろうとした。
最後にはストーカーと疑われて捕まり、留置所に入れられる始末。
迎えに行った雲里子は、その無様な姿を見て思わず吹き出し、ようやく交際を承諾した。
それから時生は神港市と京光市を往復した。
当時、会社は忙しかった。だが彼は言った。「君の笑顔が見られるなら、どんな事があっても必ず来る」
卒業を目前にして、雲里子は妊娠した。
時生は夢藤家の前で一昼夜跪き、雲里子の両親に結婚を願った。
だが両親は、雲里子が学業を捨てて神港市に嫁ぐことを断固拒んだ。
結局、雲里子は親との縁を切り、時生について行った。
結婚式で時生は涙ながらに誓った。「この命尽きるまで、雲里子を裏切らない」
そのとき雲里子は鼻を鳴らして応えた。「もし裏切ったら、私は空の彼方へ飛んで行くよ。もうあなたに見つけられないよ!」
……まさか三年で、時生に別の女ができるとは思いもしなかった。
テレビの中の依蘭は、勝ち誇ったように笑っていた。
まるで雲里子が見ていることを知っているかのように、挑むような目でカメラに微笑む。「私は確信しています。彼氏が過去に誰を愛していたとしても、今、彼が一番愛しているのは私です」
突然、テレビの画面が暗くなった。
時生がいつの間にかドアの前に立ち、慌ててテレビを消した。「どうしてこんなエンタメなんか見ているんだ?あんなのはただ、注目を集めるためのものだよ」
そう言いながら、彼は雲里子に顔を寄せ、唇を奪おうとした。
雲里子は首をそらし、冷ややかな視線を向けた。
その気配に気づいたのか、時生は懐から小箱を取り出した。「雲里子、昨日は会社に急な問題が起きて、一緒に年越しができなかった。でも贈り物は前から用意してあったんだ」
箱の中には、ブルーダイヤモンドの指輪。
――なんてきれいなダイヤモンドだな……でも時生、あなたの愛が……
雲里子は微笑んだ。「私からも贈り物があるわ。ただ、半月後に届くの」
半月後、家庭裁判所の離婚判決が言い渡す。
そのとき、時生はどんな表情をするのか。雲里子は楽しみにしていた。
しかし、そのとき彼女はすでに神港市を離れ、その表情を目にすることはないのだが……
第2話
時生は、雲里子の胸の内にある「別れ」にまるで気づいていなかった。
彼は微笑み、うなずいた。「そんなに時間がかかるなんて、きっと特別な贈り物なんだな」
時生は雲里子を抱き寄せた。彼は自分の秘密を巧みに隠せているつもりなのだろう。
だが、首筋に残る赤い痕はあまりにも鮮明で、雲里子の目には鋭く突き刺さった。
昨日、彼は雲里子を連れて維亜町のレストランで年越しのライトショーを見ようと誘った。
しかし、出かける直前に電話が入り、「会社の株が問題だ」と言い残し、慌ただしく飛び出して行った。
真夜中、枕元の電話が鳴った。雲里子が受話器を取っても誰も話さず、聞こえてきたのは男女の荒い息づかいだけだった。
――それは雲里子の前では決して出したことのない、時生の獣じみた声。「依蘭……お前は本当に魔性の女だ……」
二人の声が途切れると同時に、通話もぷつりと切れた。
時生の浮気を疑ってはいたが、証拠を突きつけられた瞬間、雲里子の涙は止められず、枕を濡らした。
夜が明けるとすぐ、彼女は家庭裁判所に訴状を提出し、そのあとで先生に電話をかけた。
今回の宇宙開発計画は栄誉あるものだが、命の危険も伴う。
雲里子も迷いはあった。
けど、あの夜に依蘭からかかってきた電話が、なぜか彼女に勇気を与えたのだ。
――心が死ぬという感覚を知ってしまった。ならば、もう恐れるものなどない。
胸の痛みを押し殺し、雲里子は時生を見上げた。「時生、私に隠してることはない?」
せめて最後に、彼に告白の機会を与えようと思った。
もし打ち明けてくれたなら、二人はせめて体面を保って別れられるかもしれない。
「雲里子、君には何も隠せないだろう」
時生は笑みを浮かべ、懐から紙袋を取り出した。「どら焼きだ。その人気の店で買った。まだ温かいよ」
その袋に記された店名は、さきほどテレビで依蘭が口にしていた、まさにその店のものだった。
雲里子はかすかに笑った。心の奥に残っていた最後の光は、静かに消えていった。「本当に……まだ温かいのね」
彼女は続けて言った。「でも、うちなら十数階も階段を登る必要はないから、楽でしょう?」
その一言に、時生は一瞬動きを止め、笑みを張りつかせた。
だが彼は流石にビジネスのエリットで、半秒もかからず表情を取り繕った。
彼は雲里子の鼻先を指で軽くなぞり、冗談めかして言った。「雲里子も、俺を他の男と比べるようになったのか?」
時生の瞳は深く、美しかった。
それもまた、雲里子が彼を愛した理由の一つだった。
だが昔の彼女は知らなかった。
――嘘をついている時でさえ、彼の目には愛が宿るのだということを。
「雲里子、今夜はグループの忘年会だ。ぜひ出席してほしい。出ないと、三流紙にまた『離婚騒動』なんて書かれてしまう」
雲里子は目を伏せた。
――あれが事実だったというのに。
だが醜聞が広まり、離婚後の生活に影響するのは避けたい。
雲里子は仕方なく、彼と仲睦まじい夫婦を演じることにした。
富士崎グループは神港市に根を張る財閥で、グループの忘年会も、各界の名士が一堂に会していた。
雲里子はもともとこうした社交の場に慣れていなくて、一通り挨拶を済ませると、デザートコーナーで休もうとした。
その時、背後から人影がぶつかり、グラス半分の赤ワインが胸元にこぼれ落ちた。
顔を上げると、そこにいたのは――依蘭。
「奥さん、本当にごめんなさい。ヒールがぐらついてしまって……」
彼女は何度も頭を下げ、その拍子に胸元が大きく開き、白い肌をあらわにした。
依蘭が三か月前にミス神港を受賞した際、いつも辛辣なメディアでさえ「彼女の美貌と魅力は男なら誰も抗えない」と書き立てたほどだ。
依蘭の視線には、時生を射抜くようなあからさまな色香が宿っていた。
「……ゴホン」
時生は喉を鳴らし、視線を逸らして低く言った。「どけ。雲里子の服が台無しだ」
依蘭はすぐにでも泣き出してくるようだった。「富士崎さん……ごめんなさい。あなたのズボンも汚れてしまいましたね。私が拭かせてください……」
そう言うと、彼女はその場に膝をつき、時生の腿に手を伸ばして乱暴に拭きはじめた。
「……っ」時生はどこかが触られたか、息を呑んだ。
「私は帰って着替えるわ」雲里子は手のひらを握りしめ、背を向けた。
「雲里子!」
時生は慌てて呼び止め、足早に追いかけた。「一緒に帰るよ」
第3話
道中ずっと、時生の心はどこか上の空だった。
家に入るや否や、堪えきれなくなったのか、彼は雲里子を壁際へ押し付け、唇を奪いながら衣服を荒々しく引き裂いた。
雲里子は思わず手を上げ、時生を押し退けようとした。
荒い愛し方そのものが受け入れられないわけではない。
でも、今この男の欲望は、忘年会で依蘭に挑発されたものにすぎない。
彼が雲里子の体を貪りながら、心の奥で別の誰かを思っているかもしれない。
胸の奥に吐き気が込み上げ、雲里子は息を詰めた。
もみ合ううち、背中がスイッチに触れ、「パチン」と音を立てて部屋の灯りがともった。
そこには一人の老婦人が立ち尽くし、じっと二人を見つめていた。
「きゃっ!」雲里子は思わず声を上げた。
時生も慌てて彼女を放し、しどろもどろに言った。「母さん……どうしてここに?」
富士崎美月(ふじさき みつき)は時生の母であり、普段はここには住んでいない。
突然訪れた理由は、一つしか考えられなかった。
案の定、彼女は手にした黒ずんだ液体を雲里子に差し出した。「名のある占い師に吉日を選んでもらったのよ。今日これを飲んで夫婦の営みをすれば、きっと男の子を授かれるわ」
姑の迷信など、雲里子にとってはもう日常のことだった。
三年前、彼女は子を宿して時生と結婚した。当時の美月はそれなりに優しかった。
だが婚礼間もなく、雲里子は誘拐され、腹の子を失った。
その件のあと、時生は富士崎家のあらゆる違法事業をすべて手放した。
そして幾度も涙ながらに懺悔し、「子どもを持てなくてもいい。雲里子さえ無事でいてくれればそれでいい」と誓ったのだ。
けれど、姑の美月は決して許さなかった。
孫の顔が見られない不満から、雲里子への態度は一変した。
この三年間、彼女は無数の怪しげな液体を雲里子に無理やり飲ませ続けた。
時生が板挟みにならぬよう、雲里子は黙って従ってきた。
だが、もはや去ると決めた今、彼女の命令に従う必要はなかった。
雲里子はその黒い液体を押し退けた。「飲まない」
「な……何だって?」雲里子が従うことに慣れた美月は、信じられないという顔をした。
雲里子は疲れたように浴室へ向かい、振り返りもせず言った。「飲みたいなら、ご自分でどうぞ」
その態度に美月は激しく憤り、泣き叫び、騒ぎ立て、挙げ句には命を盾に脅した。
しかし雲里子は一瞥もくれず、シャワを浴びたら、寝室のドアを閉ざして眠りについた。
この騒動で、時生もその気をすっかり失った。
彼女の隣に横たわると、全身から漂う冷たい気配を感じ、理由もなく胸がざわめいた。
時生は雲里子の髪をそっと撫でながら囁いた。「俺は子どもがいなくてもいい。雲里子、君こそがこの一生で一番大切な宝物なんだ」
雲里子は込み上げる嫌悪を抑え、「時生」と呼んだ。
時生はすぐに起き、彼女を抱き締めた。「どうしたんだ、雲里子?」
「今年は、少し早めに龍慈寺へ行って、朝音(あさね)のために祈りたいの」
朝音――それは、彼らが失った子の名だった。
あの時、時生は泣き崩れ、この季節には必ず寺で七日間の修行を行い、祈りを捧げると決めたのだ。
本来ならまだ二十日以上先のことだが、雲里子には待つ時間が残されていなかった。
彼女は言い訳を整えていた。「この先、台風が来るって聞いたの。遅れたら困るから」
「わかった。朝音のことを後回しにはできない」
時生はすぐにスケジュールを調整し、時間を作った。
毎年の修行は、ゴシップ紙に必ず取り上げられた。
――時生のように妻を愛する男は、必ず成功を掴む運命にある、と。
静けさを守るため、彼らは毎年、寺に多くのお線香代を納め、その期間は他の参拝客を受け入れないようにしていた。
だが二日目、龍慈寺には思いがけず依蘭の姿があった。
第4話
依蘭は一晩中、寺の門前に跪いていた。時生は「善行を積むためだ」と言い訳し、彼女を中へ招き入れた。
依蘭は恥じらうように微笑んだ。「奥さん、お邪魔いたします。私……妊娠しました。あまりに嬉しくて、すぐにでも仏様に祈りを捧げ、加護をいただきたいと思って……」
パタリ――
時生の手から線香が床へ落ちた。
火の粉を含んだ灰が雲里子の手の甲に散り、彼女は思わず身をすくめた。不意に涙がこぼれ落ちる。
もう気にしないだと思っていたはずなのに、どうして心はまだこんなにも痛むのか。
「雲里子!」時生は慌てて彼女の手を取り、火の粉を吹き払い、優しく息を吹きかけた。
雲里子の脳裏に、三年前の記憶が甦った。
妊娠していた彼女は時生の仇に誘拐され、惨たらしく虐げられた末に流産した。
あの時も時生は、今と同じように彼女の手を包み込み、一生裏切らないと誓った。
その誓いを、疑ったことなど一度もなかった。
けれど――真実の愛など、移ろいやすいもの。
雲里子は一瞬ぼんやりしたが、すぐに手を引き戻した。「大したことじゃないわ」
時生も、おそらく今知ったばかりなのだろう。依蘭の妊娠という事実に動揺し、和尚の読経が続く間も心ここにあらずだった。
読経が終わるや否や、彼は立ち上がり「トイレに行く」と言って席を外した。
そのあとを追うように、依蘭があからさまに彼の後をつけて行った。
挑発だと分かっていながら、雲里子はどうしても気になり、つい足を向けてしまう。
そして目の前で、依蘭が男性トイレへ入っていくのを見た。
龍慈寺は長い歴史を有して、建物はすべて修復を重ねながらどうにか維持されている状態だ。
外に立つ雲里子の耳にも、時生の怒りを含んだ声が届いた。「言ったはずだろう、雲里子にだけは知られてはならないと!どうしてここに来た!」
依蘭は涙声で答える。「だって……急に妊娠が分かって、どうしたらいいか分からなくて……思わずあなたに会いに……」
「病院で診てもらったのか?」時生の声は急に和らいだ。
「ええ。先生が、もう四週目だと」
時生の声には、抑えきれない喜びがにじんでいた。「そんな体で一晩中門前に跪くだなんて……無茶をして」
「富士崎さん、私、無茶するのはこれだけじゃないよ……」
何をされたのか、時生の息は次第に荒くなっていく。
「待て!」
時生の声は押し殺すように震えていた。「指輪を外してからにしろ」
依蘭は不満げに囁いた。「どうして毎回、必ず指輪を外さなきゃいけないの?」
「これは俺と雲里子の結婚指輪だ。この指輪をつけたまま、雲里子を裏切ることはできない」
時生の真剣な声は、雲里子の耳には滑稽な笑い話にしか響かなかった。
爪が掌に食い込んでも、その痛みを感じることはなかった。
その後の読経にも、時生が戻ることはなかった。
雲里子は一枚の銀行カードを取り出し、女性の住職に差し出した。「ご住職さん、これは私のこれまでの全財産です」
浪費を好まぬ彼女は、時生から渡された金にほとんど手を付けず貯めてきた。その額は決して少なくはない。
「ここに来るのは、これで最後です。これからも毎年、朝音のために供養をお願いいたします」
そう告げると、雲里子は静かに跪き、額を床に打ちつけた。
彼女は去る。だが、子どもは永遠に神港市に留まる。それだけが心残りだった。
住職は赤くなった雲里子の目を見つめ、トイレの方へ視線をやり、深く息を吐いた。
そしてカードを押し戻す。「富士崎奥さん、この数年で、もう十分すぎるほどいただいております」
ちょうどその時、時生が戻り、雲里子の背後に立った。彼女の手にあるカードを見て、眉をひそめる。「雲里子、何をしてるんだ?」
「たいしたことでは……富士崎奥さんは、うちの古いトイレが不便だから、修繕に寄付をと」
住職は女同士の暗黙の了解で雲里子を庇ってくれた。
雲里子は感謝のまなざしを送る。
「君が出す必要はない」
時生は手を振り、甘やかすように言った。「寄付したいなら、いくらでも俺に言えばいい」
そう言った時、依蘭が現れ、住職に向かって告げた。「ご住職さん、私も寄付します。私の恋人が申しました。このお腹の子は彼の大事な宝物だから、三年分のお線香代を捧げたい、と」
雲里子は顔を上げ、淡々と微笑んだ。「瀬川さんの恋人は、本当に心優しい方ですね」
依蘭は得意げに巻き髪を弄びながら言った。「富士崎さん、奥さん、それでは私は失礼します。恋人が待っておりますので。今夜は、共に素敵な時間を過ごす約束ですから」
そう言い捨て、時生の鋭い視線をものともせず、腰を揺らして去っていった。
彼女が去ると、時生は明らかに落ち着きを失った。
しばし迷った末に口を開く。「雲里子、会社から急ぎの連絡が……」
雲里子は顔を上げず、淡々と答えた。「じゃあ、早く戻って」
「雲里子、安心してくれ。俺は修行に付き添えないが、戻っても心は君と共に祈ってる」
時生の顔には、名残惜しさと悔しさが浮かんでいた。
去る前、彼は雲里子を抱き締めた。「修行はあと六日だ。六日後、必ず迎えに来る」
第5話
第七日、雲里子の携帯に一通のメッセージが届いた。
【信じる?私がちょっと誘えば、時生はあなたを迎えに行くことなんてきれいさっぱり忘れちゃうわよ…】
やっぱり、時生は現れなかった。
雲里子を迎えに来たスピードボートには、男が一人乗っていた。見覚えのある顔だ。時生の部下の一人だった。
龍慈寺は神港市の外れ、小さな島に建っており、行き来には必ず船が必要だった。富士崎家は自家用のスピードボートを持っている。
「奥様、社長は急に会議に出席することになりまして、代わりに私が迎えに参りました」
雲里子はうなずき、船に乗り込んだ。
だが、彼女は依蘭の悪意をやはり甘く見ていた。
半ばほど進んだとき、突然スピードボートが止まり、操縦していた男は海に飛び込んだ。「奥様、申し訳ありません。人は財のために命を賭けるものです。奥様を狙ってるのは瀬川依蘭……どうか、死んでも私を恨まないでください」
雲里子が状況を理解する間もなく、彼は船に残された唯一の予備のゴムボートを持ち去り、悠然と去って行った。
雲里子の乗るボートは漏水し始め、徐々に沈みつつあった。
依蘭は金で人を買収し、彼女を海の底に沈め、魚の餌にさせようとしているのだ。
だが、雲里子はパイロットとしての専門訓練を受けていた。一瞬取り乱したが、すぐに冷静さを取り戻し、船に残された最後のプラスチックの桶を見つけた。
彼女は桶を浮かせて救命具にして、片手で抱えながらもう一方の手で必死に水をかいた。
幼いころから耳にしてきた教えのおかげで、太陽や星を頼りに方向を見極める術を心得ていた。
だが、雲里子はただの凡人で、神港市に最も近い岸まで、まだ四十キロもあった……
夜が降り、海水は骨まで刺すように冷たく、雲里子の体力はじわじわと奪われていく。
――だめ!死ぬわけにはいかない!
まだ国に尽くしていない……
まだ三年も会えていない両親のもとへ帰っていない……
帰ったら、両親に心から謝りたい。
――私は間違っていた。儚い愛を信じ、あなたたちの元を去るべきではなかった、と……
意識がかすむ中、雲里子は携帯を取り出し、時生の番号を押した。
――時生、もし少しでも私を愛したことがあるなら……助けて……
通話はつながった。だが応じたのは依蘭だった。「夢藤、時生は今、入浴中よ。電話に出る暇なんてないの。ゆっくり待ってなさい。数日後には、時生と一緒にあなたの死体を引き上げに行ってあげるわ……」
通話が切れる直前、雲里子は時生の声を耳にした。「誰だ?」
だが次の瞬間――「ドサッ」という音とともに、携帯は依蘭の手で水槽に投げ込まれた。
「ごめんね、富士崎さん……代わりに電話を取ろうとしたんですが、うっかり手を滑らせて水槽に落としてしまいましたの……」
「構わない……」
時生は依蘭に巻かれていたバスタオルを乱暴に剥ぎ、その胸元に飢えたように身を投げ出した。
水槽の中、沈んでいく携帯から、最後にかすかな嗚咽のような音が漏れた――
第6話
雲里子が再び目を覚ましたのは、病院だった。
時生は彼女の目が開いたのを確認すると、喜びのあまり涙を流しながら抱きしめた。「雲里子、雲里子……もう会えないかと思った。神様、よかった、君は俺のそばにいてくれた」
看護師も感動のあまり涙ぐむ。「さすがです、富士崎奥さんが奇跡的に生き延びられたのは、富士崎さんの愛に支えられたからでしょう……
やはり、真実の愛はどんな困難も乗り越えますのね」
雲里子は口元をわずかに引き、淡々とした表情を浮かべた。
時生は病室で三日間、彼女を一心に看護した。
細やかな気配りが絶え間なく続いた。
四日目の朝、雲里子が目を開けると、時生が彼女の手を握ったまま眠っていた。
雲里子がそっと手を引こうとしたその瞬間、病室のドアが押し開けられた。
彼女は慌てて再び目を閉じた。
すると、「誰だか、当ててみて?」という声が聞こえた。
依蘭が時生の目を覆い、甘く問いかける。
うたた寝していた時生は飛び起き、雲里子の方を見た。
雲里子が目を閉じているのを確認して、ようやく依蘭を叱責した。「どうしてここに!?」
依蘭は唇を尖らせて答えた。「心配で見に来ただけよ。体を壊さないかと思って……」
「出て行け!雲里子が見たら怒るぞ!」
「大丈夫よ。奥さんの薬には睡眠薬を入れたから、今日どんなに騒いでも絶対に起きないわ」
そう言うと、依蘭はコートを脱ぎ、中の半透明のレースのドレスを見せつけながら、誘惑めいた声をかける。「富士崎さん、好きじゃないの?」
数日間我慢していた時生は、この挑発に抗えず、ようやく我慢できずに依蘭を抱き寄せた。
病室の静寂の中、二人の唇が触れる音が響く。
病床の雲里子は、指先でベッドシーツを必死に握った。
――なぜ瀬川依蘭は本当に薬を使わなかったのか。もし眠っていたら、こんな痛みはなかったのに。
何も知らなければ、昔のように嘘の愛を享受できたのに……
雲里子は歯を食いしばり、涙を流さないよう耐えた。
時生が逢瀬を終えたとき、雲里子の点滴ボトルはすでに空になっていた。
輸液チューブには長い血の跡が逆流していた。
「雲里子!」
時生は慌ててズボンを穿き、看護師を呼びに走った。
「まだ行かないのか!?」
顔を厳しくして依蘭を追い払いつつ、陰険に脅す。「裏口から静かに出て行け。雲里子が起きて噂を耳にするのは絶対にダメだ」
依蘭は憤懣やるかたないが、時生の目つきがあまりにも怖く、逆らえず、慌てて去った。
薬を替えに来た看護師は、嬉しそうに笑顔を浮かべたている。「富士崎さん、おめでとうございます。奥さん、妊娠しています!」
「何だって?」
看護師は雲里子の薬を換えながら、検査報告書を時生に手渡す。「血液検査の結果、妊娠六週目です」
時生は報告書を握りしめ、両手を震わせた。
まるで宝くじに当たった若者のように呆然とする。
興奮のあまり、看護師に言い聞かせた。「病院の皆にボーナスを出す。だが、このことは雲里子には秘密にしてくれ。俺が直接彼女にこのいい知らせを伝えたい」
時生は知らないのは――雲里子はすべて聞いていたこと。
妊娠が確認されたが、雲里子の体は硬直したままだった。
三年来、何度も神に祈ってきた結果だ。
だが今や、彼女は時生の唯一ではない。
時生の子を産みたいという願いは、彼女の人生から完全に消え去った。
唯一の愛ではないのなら、彼女は望まない!
時生の子供も、彼女は欲しくない!
第7話
雲里子がちょうど目を覚ますと、時生の顔には抑えきれない喜びが溢れていた。
彼は雲里子に、病院であと数日休むよう促したが、雲里子はどうしても退院手続きを済ませた。
あと四日で出発するから、まだ準備しておくことがあったのだ。
だが、家に戻ると時生は一歩も離れず、彼女に付き添った。「雲里子、体の調子は少し良くなったか。家を見に行こう。リバービューはどう?君にプレゼントしたいんだ」
実のところ、それは雲里子と、これから生まれてくる二人の子どもへの贈り物だった。
雲里子の返事を待たず、時生はさっさと彼女を連れて行った。「この別荘は海外の有名な建築家が設計したもので……」
不動産仲介業者が丁寧に説明するが、雲里子はまったく耳に入らなかった。
突然、先に浴室に入っていた時生が慌てて出てきてドアを閉めた。「雲里子、君は先に下で見ていてくれ。ちょっとトイレを使うから」
「わかった……」
雲里子は従った。先ほど、ドアの隙間から洗面所に置かれたローズレッドのハイヒールを目にしていた。
――どうやら依蘭はすでに中で彼を待っているらしい……
浴室の中、依蘭は泡だらけのバスタブから裸で這い出してきた。
「何してるんだ?最近来るなって警告しただろ!」時生は抑えた怒りを滲ませる。
依蘭は不満げに時生の首に腕を回した。「赤ちゃんも私も、あなたに会いたかったの。一日でも会わないと我慢できない!」
彼女は言いながら指先で時生の胸を撫でる。
もし以前なら、時生はすぐに彼女をバスタブに押し倒していただろう。
しかし今回は違った。時生は一気に彼女を押しのける。「人間の言葉がわからないのか?俺があげた金で、お前の一生は十分に暮らせるだろう」
怒りの色が目に宿り、直視できないほど冷たい。
「五分以内に出て行け!」
時生は拒否できない口調で命じ、服についた泡を拭き取り、急いで立ち去った。
数日前、雲里子が海に落ちて命を落としかけたことを思い出す。時生は最愛の人を失いかけ、初めて自分には雲里子が必要だと痛感した。
雲里子の性格は頑強で、依蘭の存在を知ったら、きっと彼を離れる……
だが、今ならまだ間に合う。これからは雲里子だけを愛し、彼女と子供と共に幸せな人生を送るのだ!
時生が階下に降りると、雲里子はダイニングで猫に餌をやっていた。
「近所の野良猫だ。肉の匂いに誘われて入ってきた」
ステーキはほとんど猫に食べられてしまったが、時生が近づくと、猫は窓から逃げた。
雲里子が少し落胆しているのを見て、時生は慌てて彼女を抱き上げる。「大丈夫、ここを買い取って君にあげるから、この猫もまた必ず来る」
雲里子は淡く微笑む。「そうね、だって一度肉の味を覚えた猫が、忘れるわけないもの」
彼女は猫のことを言っているのに、時生の顔は真っ青になった。
リバービューから離れる時、時生は急用で会社に行くと言い、運転手に雲里子を先に家に送らせた。
こうした「急用」は何度も繰り返され、雲里子は彼が依蘭とどこに行くか追及する気も失せた。
車に乗ると、雲里子は運転手に行き先を変更させた。
病院で中絶すれば、すぐに時生に知られるだろう。彼女はマスクをして、無免許のクリニックを探すしかなかった。
だが不運にも、そこの医師は「この二日間は医療機関の立入検査があるため手術は中止」と告げた。
雲里子は仕方なく帰った。
時間を計算すると、やはり神港市から離れて、別の町で手術を受けるしかなかった。
考え込んでいると、肩を叩かれた。
「雲里子、どうしてここに?」
時生に見つかり、雲里子は手を強く握る。
時生がそのクリニックを見つめているのを見て、雲里子はすぐに嘘をついた。「数日後、お義母さんの誕生日でしょ。ここの朝鮮人参が良いと聞いたから探してただけ」
「雲里子、そういう小さなことは俺に任せて。こんな場所に良いものなんてあるわけない」
時生は小さいクリニックの外観を一瞥し、雲里子の手を握って立ち去った。「雲里子、こうやって手をつないで街を歩くのは、久しぶりだな」
雲里子の心の中で思う――それは彼の時間は全部、他の人のために使われていたからだ。
「雲里子、三日後は暇だ。維亜町に遊びに行こう」彼は目を輝かせて言った。
「サプライズを用意してるんだ」
雲里子は微笑む。「いいわ、ちょうどその日、私もあなたにサプライズを用意してるの」
その日は、彼女が出発する日だ。
第8話
時生は維亜町で、少し特別な花火大会を用意していた。
この数日、彼が出かけるのは、すべて自分の手で花火大会の準備を確認するためだった。
彼は煌めく花火の下で、妊娠検査の結果を雲里子に手渡そうとしている。
これは彼ら夫婦にとって長年の願いであり、時生にとって、この子はまるで結婚生活で心が逸れるのを止めるための、神様からの警告のようにも思えた。
三日後。
時生は雲里子を維亜町に呼び出し、たこ焼きを買ってきた。それは二人の初めての出会いを象徴するものだった。
「雲里子、覚えてるか?最初に君に奢ったのは、これだったんだ」
雲里子はかじると、外側は軽くパリッと香ばしく、中はとろりと柔らかく熱々だ。
あと数時間で、彼女は時生のもとを離れなければならない。
思えば、たこ焼きで始まった関係は、たこ焼きで終わることになった。
緊張している時生は、雲里子の落ち込みに気づかなかった。
その時、秘書が約束の時間に電話をかけてきた。時生は計画通り、雲里子に言う。「雲里子、会社からの電話だ。ちょっと受けてくる」
「うん」
雲里子は心の中で、電話の相手が依蘭に違いないと確信した。
最後の別れの時さえ、しつこく来るなんて。
雲里子は腕時計を見ながら、出発の時間を計算していた。すると、見覚えのある二人の顔が目の前に現れた。
彼女は、依蘭がいつ美月に取り入ったのか知らなかった。
二人についてレストランに入ると、二人の仲間がいい様子から、美月が依蘭の妊娠を知っていることは容易に想像できた。
美月は率直に言った。「我が家は子供を産まない女はいらない。依蘭は身ごもってるのだから、さっさと席を譲るべきだ。もう時生にまとわりつくな」
雲里子は冷笑した。「富士崎時生なんて、もうどうでもいい。でも、富士崎家がどんなに女が必要でも、汚い女を迎えるなんて……」
彼女は落ち着いて視線を依蘭に向ける。
依蘭は、雲里子が哀願すると思ったが、このタイミングで皮肉を言うとは思わなかった。
自分には未来の姑がついていると悟った依蘭は、傲慢に立ち上がり、雲里子を力強く押した。
雲里子は急に押され、反射的に後ろに倒れた。だが、背後に階段があることを忘れていた。
依蘭の見開かれた瞳の中で、雲里子は椅子ごと階段を転げ落ちた……
「ああ……」
美月も驚き、急いで階段を下りると、雲里子の下半身から大量の血が染み出していた。
「こ、これは……?」美月の声は震えていた。
雲里子は体中が痛かった。だが彼女は美月の顔を見て、冷たい笑みを浮かべた。「これは富士崎時生の子よ、あなたの孫なの」
「妊娠してるの?」美月は床に広がる血を見て、慌てて時生に電話をかけようとした。
だが依蘭が素早く携帯を奪い取った。「お義母さん、私のお腹にも孫がいるでしょ!さっきあの女は富士崎家に口答えした、時生の子を産む資格なんてないわ!
彼女が時生を敬わないのなら、閉じ込めてしまえ。別の男と逃げたと言ってしまおう!」
依蘭は雲里子を睨み、狂気じみた表情を浮かべる。
雲里子は逃げたいが、出血が増えるにつれ意識がぼんやりしてきた。
「雲里子!」
維亜町の広場で、すべての準備を終えた時生が戻ると、雲里子の姿はなかった。
彼は焦ってあちこち探したが、定刻になり、空に花火が咲いても、雲里子を見つけられなかった。
「雲里子!」
花火の爆発音が、時生の叫びをかき消す。
美しい花火に誘われ、多くの人が広場に集まったが、雲里子だけはいなかった。
時生の胸中の不安はますます増やしてきた……
大量出血で、雲里子は全身から力を抜いた。
依蘭と美月は、鼻を押さえながら彼女を桟橋まで運んだ。
依蘭は冷笑した。「船を手配したわ。彼女を海外に運ぶ。時生は彼女を一生見つけられないわ!」
美月は口で念仏を唱え、雲里子を見る勇気はなかった。
「船が来たわ!」
依蘭が雲里子を船に乗せようとしたその時、雲里子の手首に手がかかり、彼女を止めた。
「雲里子!」
聞き慣れた声に、雲里子は弱々しく目を開けた。悔しさで涙があふれる。「先生、む……迎えに来てくれた……」
血だらけの雲里子を見て、先生はすぐに拳銃を取り出し、依蘭と美月を狙う。「お前ら!よくもわが国の重要な人材を傷つけたな!」
「人材?」依蘭と美月はぽかんとした。
「先生、家に連れて帰ってください」雲里子は必死に先生の銃を押さえる。
雲里子の青ざめた顔を見て、先生は胸を痛めながら彼女の手を握りしめる。「雲里子、今すぐに連れて行く。こいつらの罪は、後で必ず償わせるからな!」
「もう……」雲里子の涙が頬を伝う。
「もうここに戻りたくない。ここは辛すぎる……」
「わかった、連れて行く、二度と戻らない!」