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愛は風に散って、二度と戻らない
結婚して七年目、藤村南翔(ふじむら)は恋に落ちたみたいだ。 ジムに入会して、体型管理に気を遣うようになる。 ネクタイを結んであげている...
Chương (1)
第1章
結婚して七年目、藤村南翔(ふじむら)は恋に落ちたみたいだ。
ジムに入会して、体型管理に気を遣うようになる。
ネクタイを結んであげているとき、南翔はいきなり「赤いチェック柄に替えてくれ」と言う。
「歳を取るとさ、明るい色が好きになるんだ」
メッセージを送るときも、いつも堅い彼が、珍しくクマのスタンプで返してくる。でも、すぐに送信取消になる。
それでも彼は相変わらずきっちり定時に帰宅して、毎日花を買ってきて、ご飯を作ってくれる。
自分が絶対に考えすぎだと思い込んで笑う。南翔が一番愛しているのは私だ。浮気なんて、あり得ない。
だがある日、私は何気なくドライブレコーダーの映像を再生してしまった。
そこには、南翔が教え子と車の中で必死に絡み合い、甘い言葉を囁き合っている映像があった。
その子は見覚えがある。うちに来て、一緒に食事をしたこともあり、私のことを「先生の奥さん」と呼んだ。
第1話
結婚して七年目、藤村南翔(ふじむら)は恋に落ちたみたいだ。
ジムに入会して、体型管理に気を遣うようになる。
ネクタイを結んであげているとき、南翔はいきなり「赤いチェック柄に替えてくれ」と言う。
「歳を取るとさ、明るい色が好きになるんだ」
メッセージを送るときも、いつも堅い彼が、珍しくクマのスタンプで返してくる。でも、すぐに送信取消になる。
それでも彼は相変わらずきっちり定時に帰宅して、毎日花を買ってきて、ご飯を作ってくれる。
自分が絶対に考えすぎだと思い込んで笑う。南翔が一番愛しているのは私だ。浮気なんて、あり得ない。
だがある日、私は何気なくドライブレコーダーの映像を再生してしまった。
そこには、南翔が教え子と車の中で必死に絡み合い、甘い言葉を囁き合っている映像があった。
その子は見覚えがある。うちに来て、一緒に食事をしたこともあり、私のことを「先生の奥さん」と呼んだ。
彼女は笑顔の明るい子で、話すときはいつも南翔を見て、憧れの色を隠しきれなかった。
映像の中で南翔は彼女にこう言った。「静良(せいら)には絶対に知られちゃダメだ。彼女は妊活中なんだ。傷つけたくない。俺は彼女を本当に愛してる」
私の心が沈んだ。私を愛していても、他の子を好きになるのは別なんだね?
私はその映像をスマホにコピーし、道路脇に座り込んでぼんやりしている。
やがて、定時に帰宅する南翔がバラの花を抱えて現れる。スーツ姿は相変わらず上品で、いつも通りだ。
「静良、どうして帰らないんだ?」
彼は宝物みたいにバラを差し出して笑う。「ほら、今日は特別に花屋さんに頼んで、一番新鮮なのを選んでもらったんだ。
花屋さんは『百合ばっかり七年も贈り続けたら飽きるだろ?たまには違うのもいいでしょ』と言った。どう?気に入った?」
私はそのバラを見つめ、心臓が一瞬止まる気がする。
眉間を押さえ、私は疲れる声を漏らす。「私、バラの花にアレルギーあるって、前に言ったよね」
南翔はやっと夢から覚めるみたいに、「ごめん、静良。学校のことで頭がいっぱいで、すっかり忘れてた」と言う。
彼はその場でバラをゴミ箱に投げ捨てる。
「次は絶対に、こんなバカな間違いはしない」
結婚七年目にして初めて、彼は私のアレルギーを忘れる。
いや、たぶん別の人がバラが好きだ。彼は記憶が入れ替わってしまうだけだ。
自然と、映像の中の宮下美々(みやしたみみ)のことを思い出す。
澄む声で、若くてみずみずしい体は、まるでその赤いバラみたいに艶やかだ。
昔の私は「氷の美人」と呼ばれていた。南翔と一緒にいたばかりの時、誰もが「お似合いのカップルだ」と言った。
けれど七年経った今、私の腹は傷だらけだ。妊活のために何度も刺した注射の痕跡ばかりだ。
私は婚約指輪の跡がくっきり残る手を見つめ、思わず呟く。
「南翔……私たち、本当に最後まで一緒にいられるのかな」
彼の顔色が変わり、突然私の手を強く握って真剣に言う。「静良、俺たちは絶対に添い遂げる。死になっても、一緒の墓に入るんだ。
この心臓は、一生君のためだけに動いてる」
そう言って、彼は私の手を引き、家に連れ帰る。そしてスーツを脱ぎ、台所に立ち、夕飯を作り始める。
南翔は、本当にいい夫だ。七年の間私の世話をして、一度も私に料理をさせたことがない。
食卓に並ぶ料理は美しく整っているのに、私は喉を通らない。
「南翔、あのね……」
勇気を振り絞って、美々のことを聞こうとするそのとき、彼のスマホが鳴る。
「ちょっと待って」
画面を確認する彼は、一瞬眉をひそめるが、すぐに首を振り、食卓の写真を撮る。
「今の学生は本当に生意気でさ、俺の料理の腕前を信じようとしないんだ」
口では文句を言っているが、彼は顔に優しい笑みが浮かんでいるのに気づかない。
私は胸が冷たくなり、その相手は美々だと思い込んでいる。
「美々でしょ?」
彼は何事もないように頷く。「そうそう。あの子はおてんばで、口数も多くてさ。相手してると白髪が増えそうだ」
その言葉を聞いて、胸がさらに痛くなる。
「じゃあ、他の教授に任せればいいじゃん。この間で、私と旅行に行こうよ。
本当なら新婚旅行に行くはずだったのに、学校の急な仕事でずっと延期になったでしょ。ちょうど夏休みも近いし、今度こそ一緒に気分転換しに行こうよ」
「ダメだ」南翔は眉をひそめて断る。
「途中で院生を他の教授に任せるなんてあり得ない。夏休みは彼らの論文も見てやるって約束したんだ。時間なんてない」
強すぎる口調に気づくのか、彼はすぐに声を和らげ、私の頭を撫でる。
「静良、いい子にしてろ。夏休みが終わったら、ちゃんと休みを取って一緒に行くから」
心臓に大きな穴が空いて、風がスースー抜けていくようだ。
「もういい」
私は立ち上がり、寝室に戻る。
第2話
真夜中、喉が渇いてぼんやり目を覚ます。隣の南翔を起こして水をお願いしようとするのに、彼はそもそも眠っていない。
真っ暗な部屋の中で、スマホが光っている。私を起こさないように、彼は音を消しているらしい。
私は彼の背中越しに、彼が誰とやり取りしているのか静かに見つめる。
画面に表示されるのは「美々うさぎ」という名前だ。彼女からのメッセージにはこうある。
【今日、奥さんとやった?一番好きなのは美々の体だって言ったでしょ?今日は火曜だから妊活の日じゃないよね?】
南翔は、私たちの妊活スケジュールまで彼女に話しているなんて。
彼は【変なこと考えるな。俺と静良のことに口を出すな。静良は、君みたいな人間と比べられる存在じゃない】と返信する。
しばらく既読がついたまま返事がなくて、南翔は不安になるのか、疑問クマのスタンプを送る。
するとすぐに、美々からも「お利口クマ」のスタンプが返ってくる。
【わかったわかった。先生の奥さんが一番ってこと、ちゃんと知ってるよ。美々はお利口だから。
じゃあご褒美に、一番得意な豚の角煮作ってくれる?】
南翔の得意料理は本来、私が学生時代しょっちゅう食事を抜いているのを見かねて、私のために身につけたものだった。
彼はそう言った。「きっと美味しいと思えるものに出会ってないだけだ。俺が必ず、君の忘れられない一品を作ってみせる」
そして彼は毎日毎日、違う料理を作り続けて、最終的に百種類の料理から選ばれたのが豚の角煮だった。
その日、彼は誇らしげに言った。「これで逃げられないな。君の胃袋は俺が掴んだから。
この料理は静良の専属だ。俺のこの手は、君のためにしか動かない」
なのに今、私は目の前で彼が美々に返信するのを見てしまう。
【いいよ、ご褒美に作ってやる】
満足そうにスマホを抱くまま、南翔は眠りにつく。寝返りを打つこともない。
同じ布団にいる私は、顔が涙に濡れている。
翌朝早く、南翔は台所でせっせと料理をしている。
私が起きてくると、彼はからかうように笑う。
「お寝坊ちゃん、早く手を洗って朝ごはん食べろ。ほら、君の大好きな豚の角煮作ったぞ」
心の中で冷笑する。どうせ美々に作ったついでだろう。
私は腕を組んで台所の入り口から見つめる。「朝から角煮なんて、重くない?」
私に気づかれないように、彼は弁当箱をロッカーの奥に押し込む。
私はそれ以上何も言わず、トイレに駆け込む。あと一秒でもここにいたら、涙を堪えられないから。
南翔が学校に出かけると、私はすぐに弁護士相談のページを開く。
「離婚協議書を作成してください。お願いします」
私たちはキャンパスカップルだった。結婚したばかりの頃は何もなく、家も両親が買ってくれた。
一年後、南翔の仕事は順調に進み、有名大学の教授になり、収入も家計をまかなえるほどになった。それで彼の希望どおり、私は仕事を辞めて家庭に入った。
だから離婚の条件は簡単だ。結婚後の財産はいらない。両親が買ってくれた家だけ返してもらえばいい。
私は学歴もあるし、また仕事を探せばどうにでもなる。
弁護士が作ってくれた離婚協議書のファイルを南翔に送ろうとするそのとき、病院からの電話が鳴る。
「安井さん、おめでとうございます。妊活が成功しました。妊娠三週目です」
第3話
離婚協議書を送る指を引っ込める。胸の中、苦いのも甘いのも混ざって、ごちゃごちゃだ。
私と南翔は三年も妊活してきたのに、ずっと結果が出なかった。なのに、よりによって今、このタイミングで妊娠する。
私はお腹をそっと撫でる。もう一度だけ、取り返したいって思う。
南翔の私への愛は嘘じゃない。妊娠を知れば、きっと美々とは縁を切ってくれる。
私は検査結果を彼に送る。
返事はすぐに来る。【静良、妊娠したのか?やった、俺、父親になるんだ。家で大人しく待ってろ。仕事が終わり次第すぐ帰る】
でも、いくら待っても帰ってこない。
外は暗くなって、テーブルの料理もすっかり冷える。
不安に負けて、何度も電話するけど、全部切られる。私は我慢できず、車を出して学校へ向かう。
今日は夜の講義は入っていないはずで、顔見知りの学生たちが次々と声をかけてくる。
「奥さん、藤村先生をお探しですか?授業終わって、寮の部屋に戻ってましたよ」
学校は彼のために教員用の部屋を用意してくれている。でも彼は、たまに昼寝する以外はほとんど使わない。
彼は言った。「授業が終わったら一刻も早く静良のところに帰りたい。寮は空っぽで、家みたいに君の痕跡がないから」
その部屋に着くと、灯りはつくまま、ドアも半開きだ。
中から、美々の柔らかい声が聞こえる。「先生、これはあなたのために手作りのシルバーリングだよ。つけてみて、似合うかな」
ドアの隙間から、彼女が照れる顔で南翔の薬指にリングをはめるのが見える。私たちの結婚指輪の上に、そのシルバーリングが重なる。
「やっぱりサイズ、合ってる。先生、ぴったりだね。私のもおそろいで、二人の名前を刻んであるよ」
美々は、自分の薬指の上のシルバーリングを嬉しそうに掲げる。
南翔も、つられて笑ってしまう。
けれど、何かを思い出すように、彼は急にそのリングを外して床に放り捨てる。
「警告したよな。俺たちは体だけの関係だ。静良の代わりになろうなんて思うな。俺の薬指にふさわしいのは、静良との結婚指輪だけだ」
その険しい顔に、底まで落ちている私の気持ちが、ほんの少しだけ浮く。
美々はびくっとして、泣きながら膝をつき、リングを探し始める。
「ごめんなさい、先生。たまたま通りかかったカップルの手作り工房で、つい先生のことを思い出しちゃって、奥さんの席を奪うつもりなんてないわ。怒らないで。もう二度としない」
ベッドの下からリングを見つけた彼女は、ふとドアの外の私に気づき、一瞬だけ動きを止める。
「どうした?」と南翔が眉をひそめて言う。
「なんでもない」
泣き腫らした目を上げ、彼女はリングを何度も拭いて、ぎゅっと握りしめる。
「先生、私はただ先生を愛してる。私の愛は汚れてなんかないの……」
彼女はつま先立ちでキスをしてくる。南翔は突き放そうとするが、その柔らかさに抗えない。
最後に、彼はため息をつく。次の瞬間、力を込めてキスを返す。
「いい子だ。愛以外のものなら、なんだってやる」
彼らの唇が重なるたび、私の心は上下して、最後には泡みたいに弾けて、砕ける欠片ごと飲み込む。
浮気してるのは向こうなのに、恥ずかしいのは私のほうだ。
私は踵を返して家に戻る。
何度も考えた末、私は離婚協議書を印刷して、南翔のナイトテーブルに置く。
第4話
南翔が帰ってきたのは明け方だった。シャワーを浴びたはずなのに、どこかにまとわりつくバラの香りが消えていない。
きっと美々がいつもつけている香水だ。
まだ寝ない私を見つけ、彼は額にキスしようと身をかがめてくるが、私は顔をそむけて避ける。
彼は眉をひそめて言い訳をする。「静良、怒ってる?今日、学生に急に呼ばれてさ。論文指導が長引いちゃったんだ。本当にごめん」
その滑稽な嘘に、吐き気が込み上げる。
すると彼は胸から小さな箱を取り出し、宝物でも差し出すように私の前に置く。
「見て。妊娠祝いに用意したんだ」
中には五カラットの大きなダイヤモンドリングがある。
「前はお金がなくて、結婚指輪は小さなダイヤで我慢させるしかなかった。でも今は違う。俺の静良は、もっとふさわしいものを受け取るべきだ」
目の前のダイヤモンドリングを見つめながら、私の脳裏に浮かぶのは、美々の涙で赤く腫れた目と、二人でつけていたシルバーリングだ。
さっきまで彼女とベッドで過ごしていたその手が、今は私を誤魔化すためにこのリングを差し出している。
このリングの値段は上がるとしても、込められているのは愛じゃなくて罪悪感だ。
私はそのリングを押し返し、ナイトテーブルの離婚協議書を指さす。
「南翔、離婚しよう」
南翔の顔が強張り、離婚協議書を見るとすぐ飛び退く。
「静良……俺、何か怒らせた?言ってくれ。直すから。
俺は離婚なんて絶対しない。これは心をえぐり取られるのと同じだ!」
彼は真っ赤な目で、まるで被害者みたいに震えている。
私は息が詰まって、吐くことも飲み込むこともできない。胸が潰れそうだ。
「静良、君妊娠したんだろ?俺たちの子が、君と俺の離婚なんて許すはずない!」
その言葉に、ついに私は抑えきれず問いただす。「じゃあ、私を愛してるなら、なんで裏切ったの?
最近ジムに通ったり、ネクタイ変えたり、スタンプ使ったりなんて、学生に歳取ったって思われたくないからでしょ?」
南翔は言葉を失い、かろうじて声を絞り出す。「違う、それは誤解だ……」
私は冷たい笑いを漏らす。「車のドライブレコーダーの記録を消し忘れたのも、寮のドアを閉め忘れたのも、全部証拠よ。あの子は自分の考えもあるよ、ただの『名分もない愛人』で満足すると思ってんの?」
彼は床に膝をついて、狂うように自分の頬を叩きながら、必死に叫ぶ。
「俺が悪かった!静良、お願いだ、もう一度だけチャンスをくれ!今すぐ切る。二度と関わらない!」
そのとき、彼のスマホが鳴る。美々からの電話だ。
彼は慌てて切ろうとするが、私は取り上げて神経質に通話ボタンを押す。
彼女は嬉しさと不安が入り混じる声で言う。「先生……私は妊娠した。あの時、車の中で……」
私は指先が震え、スマホを落としそうになる。
耳がジンジンして、相手の声がもう聞き取れない。
私は笑う。「南翔、私たち同時に妊娠したみたいね。どっちの子を選ぶつもり?」