愛が尽きる時に散る想い

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愛が尽きる時に散る想い

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港市の人間なら誰もが知っている。この街一の大富豪、今井瑛翔(いまい えいと)が度を越した愛妻家だということを。 その妻である私・竹内詩...

Chương (1)

第1章

港市の人間なら誰もが知っている。この街一の大富豪、今井瑛翔(いまい えいと)が度を越した愛妻家だということを。 その妻である私・竹内詩織(たけうち しおり)は、一時期、誰もが羨む存在だった。 けれど、岡本紗希(おかもと さき)という女が現れて、私は初めて思い知ったのだ。どれだけ深く愛してくれる人でも、心変わりはするものなのだと。 私にバレるのを恐れた彼は、紗希を川沿いの郊外にある別荘に隠し、私の目の届かない場所で、彼女をとことん甘やかしていた。 だが、私の前にだけは決して彼女を出すことはせず、情事の後にはいつも、冷たい声でこう警告していたという。 「もしこのことを詩織にバラしたら、君のいい御身分もそこまでだ」 しかし、その女はそう素直ではなかった。彼女は瑛翔の寵愛を盾に、毎日私に当てつけのような真似をしてきた。 紗希の存在は、彼がもはや私だけを愛してくれた頃の瑛翔ではないのだと、絶えず私に突きつけてくる。 それならば、私は彼の選択を尊重し、永遠に彼の前から姿を消そう。 第1話 港市の人間なら誰もが知っている。この街一の大富豪、今井瑛翔(いまい えいと)が度を越した愛妻家だということを。 その妻である私・竹内詩織(たけうち しおり)は、一時期、誰もが羨む存在だった。 けれど、岡本紗希(おかもと さき)という女が現れて、私は初めて思い知ったのだ。どれだけ深く愛してくれる人でも、心変わりはするものなのだと。 私にバレるのを恐れた彼は、紗希を川沿いの郊外にある別荘に隠し、私の目の届かない場所で、彼女をとことん甘やかしていた。 だが、私の前にだけは決して彼女を出すことはせず、情事の後にはいつも、冷たい声でこう警告していたという。 「もしこのことを詩織にバラしたら、君のいい御身分もそこまでだ」 しかし、その女はそう素直ではなかった。彼女は瑛翔の寵愛を盾に、毎日私に当てつけのような真似をしてきた。 紗希の存在は、彼がもはや私だけを愛してくれた頃の瑛翔ではないのだと、絶えず私に突きつけてくる。 それならば、私は彼の選択を尊重し、永遠に彼の前から姿を消そう。 …… 別荘を出てから、私はあてもなく街を彷徨い、家に帰り着いたのは深夜だった。 家政婦の加代ばあやが、いつものように漢方薬の入ったお椀を私の前に差し出した。 ふわりと漂う血の匂い。その嗅ぎ慣れた香りに、私は呆然と物思いに耽っていた。 瑛翔と結婚してから、私たちにはずっと子供がいなかった。病院で検査した結果、私の子宮に問題があり、妊娠しにくい体だと分かったのだ。 その事実を知った私は涙に暮れる日々を送り、そんな私を見かねた瑛翔は、国中の名医を探し回ってくれた。 そしてついに、彼は地元で非常に名高い漢方の老大家に巡り会った。その医師曰く、男性の指先の血を副薬にすれば、女性の子宮の疾患を和らげることができるという。 この民間療法を知ってから、彼はいつでも副薬が採れるようにと、ほとんど肌身離さず小さなナイフを持ち歩いていた。 この数年で、彼の指先はナイフの傷で見る影もなくなっていた。 このことのために、彼はピアニストになるという夢さえ諦めたのだ。 彼の指先の血で煎じられたその薬を、私は五年も飲み続けてきた。 てっきり彼は、私たちの間に子供ができるようにと、私の体を一日でも早く良くしたかったのだと思っていた。 まさか、これほどの代償を払ってまで、彼がただ私に自分の子を永遠に孕ませないようにするためだったなんて、思いもしなかった。 そう思うと、私は自嘲気味に首を振った。 もともと妊娠しにくい体だというのに、どうしてここまで念入りにする必要があったのだろう。 どうやら彼は、本気で私との間に子供を作りたくなかったらしい。 瑛翔が部屋に入ってきた時、私はちょうどお椀を手にしたままぼうっとしていた。 そんな私を見て、彼は後ろから抱きしめ、優しい声で言った。 「どうしたんだい、ぼんやりして。薬が苦すぎたかな?飴を持ってきてあげようか?」 そう言って、彼は手品のようにポケットから飴を一つ取り出した。 彼の優しい眼差しを見つめていると、胃の奥から何かがこみ上げてくる。 吐き気をぐっとこらえ、私は淡々と告げた。 「なんでもないの。多分、今日出かけた時に風に当たったみたいで、薬の匂いを嗅いだら急に気持ち悪くなって」 瑛翔は途端に唇を固く結び、心配そうな表情を浮かべた。 「ここ数日冷え込んでいるのに、君は薄着だったから。どこか具合でも悪いのかい?病院で診てもらおう」 私は首を横に振った。 「大丈夫、もうだいぶ良くなったから」 私が頑なにそう言うので、彼は病院へ行くという考えをひとまず収めた。 手の中のお椀を見つめていると、目の奥がじんと熱くなった。 瑛翔は、どれほど私に自分の子供を産んでほしくないのだろう。 もし本当にあの紗希という女性が好きなら、私だって喜んで身を引くのに。ここまで残酷に私を欺く必要なんてないじゃない。 薬を飲み干すと、瑛翔は私の口元に残った雫を優しく拭ってくれた。 第2話 彼は私をベッドに寝かせると、英語の読み物を手に取り、ゆっくりと読み始めた。 私は翻訳家で、耳を慣らすために普段から英語をたくさん聞く必要がある。結婚して以来、瑛翔は毎晩私が眠りにつく前に、こうした英語の刊行物を読んでくれた。 五年間、一日も欠かさず、毎晩。 もちろん、私は彼の時間をこれ以上無駄にしたくなくて、自分からこう切り出したことがある。 「関連資料や動画ならあるから。あなたは毎日仕事で疲れているでしょう、もう読まなくてもいいのよ」 その時、彼は私の額に愛おしそうにキスを落とし、優しい口調で言った。 「でも、俺は詩織のために読みたいんだ。一生ね。 詩織が毎晩眠る前も、毎朝目覚めた後も、見たり聞いたりするものが、すべて俺のことであってほしいんだ」 この五年間、私に関することなら、どんな些細なことでも彼は最優先し、何事も自ら率先してやってくれた。 それに、結婚して何年も経つのに、彼の周りには女性の影が一切なく、友人たちと遊びに行く時でさえ、バーのような場所には決して行かなかった。 瑛翔は若くして傑出し、港市一の大富豪でもある。何年も私のお腹に音沙汰がないのを見た義母は、とっくに彼に何人か女をあてがおうとしていた。 けれど、彼はその度に断り、私のために家族との関係が険悪になることさえ厭わなかった。 その時期、彼の家族も本気で怒り、あらゆる場面で彼に圧力をかけてきた。 やつれた彼の顔を見て、私は一度ならず泣いて彼と別れたいと懇願した。 それでも彼は、その度に私を強く抱きしめ、揺るぎない声で言った。 「別れない。永遠に。何があっても、俺たちは一緒にいるんだ」 かつては、瑛翔のような素晴らしいパートナーを持てた自分を、私自身でさえ羨ましく思っていた。 体の下の感触は温かく柔らかい。我に返ると、いつの間にか瑛翔にベッドまで運ばれていたことに気づいた。 彼は私のために布団をかけ直し、その長い指で私の眉間をなぞった。 私は眉をひそめ、彼の手から逃れた。 「眠いから、やめて」 瑛翔の手は宙で固まり、やがて優しく私の頭を撫でた。 「じゃあ、おやすみ」 月が天高く昇る頃、隣から深いような浅いような寝息が聞こえてくる。私は寝返りを打ちながらなかなか寝付けず、いっそ目を開けた。 瑛翔の慣れ親しんだ安心する香りが私を包み、彼の大きな手は私の腰に回され、強く抱きしめられていた。 彼が眠りながら私を強く抱きしめているのは本当で、そして、彼の心変わりもまた、本当だった。 翌日、瑛翔が公開されたばかりの映画を観に行こうと誘ってくれた。 私が頷くより先に、玄関のベルが鳴った。 執事が入ってきて、ドアの隙間から、白いドレスの裾のようなものが見えた。 「今井社長、お客様がお見えです」 その言葉を聞いた瑛翔は眉をひそめ、ドアの外の姿に気づくと、その声には瞬時に、隠しきれない動揺の色が混じった。 「今日は仕事をしないと言っただろう?なぜ空気が読めない奴が家まで来るんだ?」 私は彼の手に力を込め、なだめるように言った。 「まあまあ、落ち着いて。会社の急用かもしれないじゃない」 私はドアの外の美しい人影に目をやった。 紗希だった。 私が執事に客人を招き入れるよう言おうとしたが、一足先に瑛翔に遮られた。 私が彼を見つめると、彼は視線をさまよわせ、こう説明した。 「詩織、思い出したんだが、会社で急ぎのプロジェクトがあってね。少し戻って処理しないといけないかもしれない。でも安心して、すぐに戻るから。そしたらまた一緒に映画を観に行こう、いいかい?」 私は胸の内に渦巻く感情を抑え、感情のこもらない声で言った。 第3話 「会社のことなら、仕方ないわ。私のことは気にせず、先に行って」 その言葉を聞くと、彼は慌てて私の額にキスを落とし、大股で去って行った。 次第に遠ざかっていくマイバッハを見つめていると、私の目元は徐々に潤んできた。 瑛翔が他の女のために私を置いていくのは、これが初めてで、そして最後になるだろう。 彼が去った後、胸の内の苛立ちはどうにも抑えきれず、頭の中は瑛翔と紗希が一緒にいる姿でいっぱいになった。 とうとう我慢できなくなり、私は運転手に彼らを追うよう命じた。 家から二キロほど離れた場所で、見慣れた車を見つけた。 紗希が甘えるように車のボディに寄りかかり、瑛翔が彼女を抱き寄せていた。 「詩織の前に現れるなと、俺は言ったはずだ。なぜ言うことを聞かない?」 女の精緻な顔から、たちまち涙がこぼれ落ちた。彼女は唇を尖らせ、悲しそうに言った。 「瑛翔、私、ただ良い知らせを伝えたかっただけなの。彼女の前にわざと現れたわけじゃないわ」 そう言って、彼女は自分のお腹に視線を落とした。 「病院で検査してきたの。瑛翔、私たちに赤ちゃんができたのよ!嬉しくて、ついあなたに会いに来てしまったの。どうしてそんなに意地悪なの?私と赤ちゃんが怖がっちゃう……」 瑛翔はしばらく呆然としていたが、やがて我に返った。 「赤ちゃんだと?なら、そんな風にむやみに走り回っちゃだめだ。お腹の子に障る」 その言葉を聞くと、紗希は瑛翔の腕に絡みつき、揺すりながら甘えた。 「瑛翔の言う通りにするわ。だから、今日は一緒にいてくれる?分からないけど、赤ちゃんができてから、あなたのことをもっと考えてしまうようになったみたい」 瑛翔の声は冷ややかだった。 「だめだ。今日は詩織と映画に行く約束があるんだ」 紗希は納得せず、下唇を噛み、しおらしい態度で言った。 「そう……じゃあ、私と赤ちゃんは、あの冷たい別荘であなたが帰ってくるのを待っているわ」 彼女のその言葉に、瑛翔の目に一瞬ためらいの色が浮かび、ため息をつくと、仕方なさそうに言った。 「今回だけだぞ」 それを聞くと、紗希の目が輝き、嬉しそうに飛び跳ねて、瑛翔の頬に「チュッ」とキスをした。 彼女がぴょんぴょん跳ねるのを見て、瑛翔は眉をひそめた。 「気をつけろ。もうすぐ母親になるっていうのに、どうしてそんなにそそっかしいんだ」 彼らの親密なやり取りを見て、私の心はまるでナイフで切り裂かれたようだった。 結婚して何年も、彼のこんなに優しい表情は、私の前でしか見せたことがなかったのに。 ビジネスの世界では、誰もが彼を冷徹非情な敏腕社長と呼ぶ。家に帰ってきて初めて、私にだけその柔らかな一面を見せてくれた。 その柔らかさは、他の女の前でも見せられるものだったのだ。 この世界で、彼の愛はもう私だけのものではなくなった。 車はすぐに走り去り、私は歯を食いしばって、運転手に追跡を命じた。 瑛翔は紗希を連れて、私たちがかつて行ったことのある多くの場所を訪れていた。 私と瑛翔の過去が染みついたそれらの場所は、今や彼と別の女との共通の記憶にもなってしまった。 夕方になるまで、彼らはゆっくりと川沿いのあの別荘へと向かった。 別荘にはすぐに明かりが灯り、二人のシルエットが窓ガラスに映し出された。 彼らは抱き合い、睦まじく寄り添っていた。 私は静かに別荘の外に佇み、どれくらいの時間そうしていたか分からない。 目がどうしようもないほど乾くまで、私はゆっくりと目を閉じた。 車に戻ると、私は冷たい声で運転手に命じた。 「今日のことは、瑛翔には知らせないで」 第4話 帰り道、私の頭の中では、瑛翔が優しく紗希を支える光景が何度も渦巻いていた。 彼はあれほど彼女を、そして彼らの子供を、大切にしている。 そう思った途端、瑛翔と結婚してからこの数年、私が一度も欠かさず飲んできたあの大量の堕胎薬のことを思い出し、途方もない悲しみが私を襲った。 私は無我夢中で部屋に戻り、彼に関するものをすべてスーツケースに詰め込むと、ゴミ箱に捨てた。 彼が大金をはたいて競り落としたネックレスも、私のために集めてくれたすべてのバッグも、彼が見つけてきてくれた面白いガラクタの数々も…… それらがゴミ収集車に運び去られた後、私の心はようやく少し落ち着いた。 ――ううん、違う。 まだ一つ、残っているものがある! それに思い至り、私は急いで寝室へ駆け込み、ベッドサイドの棚から一冊の日記帳を取り出した。 それは私たちが結婚した後、彼が私のために特別に用意してくれた日記帳だった。 中には、私に関する日々の些細なことが記録されていた。 その日記帳が分厚くて、取り出した途端に解放されるようにパラパラとめくれた。 【詩織が今日も寝言を言っていた。悪夢でも見たようだ】 【詩織と結婚できたのは、俺が何世もかけて積んだ徳のおかげだ。俺たち、絶対に永遠に一緒にいよう!】 …… 日記帳の文字は、彼の私への愛が具現化したものだった。 けれど、どれだけ濃い愛でも、燃え尽きてしまう日は来る。 私はライターを手に取り、この日記帳を跡形もなく燃やした。 揺れる炎の中、私の視線はふと、伏せられた写真立てに落ちた。 それは瑛翔がずっと前にそこに置いたもので、私は一度も動かしたことがなかった。 無意識のうちに、私はそれをひっくり返した。 写真の中では、紗希が満面の笑みを浮かべていた。 私の心は途端に締め付けられ、目の奥が熱くなった。 写真立てを開くと、写真の裏に一行、小さな文字が印字されているのを見つけた。 【瑛翔のことが大好き。――2015年4月18日】 私は力が抜けたように写真立てを床に落とし、涙が次々とこぼれ落ちた。 それは、私たちが結婚して三日後の日付だった。 つまり、あの時からもう、瑛翔は彼女と一緒だったのだ。 私はこんなにも長い間、彼に何も知らされずにいた。 突然、下腹部に差し込むような痛みが走り、股の間に生温かいものが伝うのを感じた。 私は涙を止め、訳が分からないまま自分の下半身に手を伸ばした。 温かい感触。手を持ち上げると、目に突き刺さるような赤が私の視界に飛び込んできた。 血……血だ…… 生理の時期でもないのに、この血は一体どこから? 私はパニックになりながら執事を呼び、車で病院へ向かってもらった。 道中、お腹の痛みはますます激しくなり、額にはびっしりと冷や汗が滲み出た。 病院に着くと、私はかろうじて体を支えながら検査を受けた。 結果を待つ間、言いようのない不安が胸を締め付けた。 しばらくして、医師が検査報告書を手に現れた。 「竹内さん、残念ですが……流産です」 私はまるで氷の洞窟に突き落とされたかのようだった。口を開いても、何も言葉が出てこない。ただ、その一言が頭の中をぐるぐると回り続けていた。 私が、流産。 じゃあ、私にも、子供がいたの? でも、今はもう…… 私は狂ったように医師の手から妊娠検査報告書をひったくり、何度も何度も見返した。 その様子を見て、医師はため息をついた。 「竹内さん、あなたはもともと妊娠しにくい体質です。今回の流産で、今後妊娠できる可能性は、極めて低いと言わざるを得ません」 私の手は恐ろしいほど冷たく、耳には何も聞こえなくなり、目の前の景色が、突然真っ白になった。 第5話 どれくらい時間が経っただろうか。私はゆっくりと口を開いた。その声は、驚くほど穏やかだった。 「このことは、誰にも瑛翔に伝えないで」 家に帰ると、意外にも紗希がすでに家の中で待っていた。 私を見るなり、彼女は腰をくねらせ、わざと自分のお腹を突き出し、得意満面の笑みを浮かべた。 「詩織、私のこと、とっくに知ってたんでしょう?」 私は答えず、ただ黙って彼女を観察した。 潤んだ大きな瞳、陶器のような白い肌、しなやかな体。私とはまったく正反対のタイプだ。 紗希の存在を知ってから、私は人に彼らの関係を調べさせていた。 二人は昔からの知り合いだったが、紗希の身分が低いため、義母が瑛翔の相手にふさわしくないと判断したらしい。 私たちが結婚した後、あるパーティで、瑛翔は誰かに悪意を持って薬を盛られた。そして、紗希を私と見間違え、二人は一夜を共にした。 事後、紗希への責任を取るため、瑛翔は私に隠れて、彼女を川沿いの郊外の別荘で囲っていた。 あの別荘地は非常に高価で、一棟で数十億はする。瑛翔が彼女のためにそれほど金を惜しまないということは、彼の心の中での彼女の地位は、決して私より低くはないのだろう。 私の心に、また酸っぱいものが込み上げてきた。 私の目が赤くなっているのに気づいたのか、彼女の得意げな表情はますます傲慢になった。 「詩織、港市の誰もが瑛翔のことを命がけで妻を愛する夫だと思っているけど、彼らが知らないことがあるわ。瑛翔が一番愛している妻は、あなたじゃなくて、私だっていうこと。 彼があらゆる手を尽くしてあなたに堕胎薬を飲ませていたのは、あなたとの間に子供を作りたくなかったから。それがなぜか分かる?」 そこまで言うと、彼女は鼻で笑った。 「もちろん、私が彼に言ったからよ。あなたが生涯で子供を持てる相手は一人だけ。私か、さもなければ彼女か、どちらか一人だと。 見ての通り、彼が最後に選んだのは、私だったというわけ」 そう言いながら、彼女は瑛翔が彼女に贈った様々な品物を見せびらかした。 「分かる?彼があなたに贈ったものなんて、全部私が気に入らなかったものばかり。あなたは私のお下がりを拾うのがお似合いよ。 瑛翔は言ってたわ。あなたが子供を産めないままでいれば、彼のお母様もあなたに愛想を尽かすだろうって。そうなれば、私たちは自然な流れで一緒になれる、ってね」 彼女の言葉が一つ、また一つと私の心を突き刺したが、不思議と私の心はもう凪いでいた。 瑛翔、本当に、私の「良い夫」だ…… 私は体の震えを無理やり抑え、ソファに腰掛けた。 しばらくして、掠れた声で言った。 「そういうことなら、私はあなたたちの選択を尊重するわ」 今井夫人の座なんて、もう欲しくない。 瑛翔のことも、もうどうでもいい。 紗希が帰ってからほどなくして、瑛翔からメッセージが届いた。 【可愛い詩織へ。少し用事ができて、数日アメリカへ出張することになった。家でいい子にして待ってて。愛してるよ~】 天までもが、私に味方してくれているようだ。 荷物をまとめ、私はフランス行きの飛行機に乗り込んだ。 瑛翔は、私がかつて彼に言った言葉を、とっくに忘れているだろう。 「もし、いつかあなたの愛が私だけのものじゃないと知ったら、その時は、私の方からあなたを捨てるから」 出発の直前、病院から電話があった。 「竹内さん、流産後のケアのためのお薬ですが、お忘れですよ。こちらからお送りしましょうか?」 少し考えてから、私は言った。 「ええ、瑛翔のところへ送ってください」 私が本当に彼の望み通りになったのだと、その目で確かめてみるといい。