恩を返すために私を見捨てるのね

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恩を返すために私を見捨てるのね

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時任寛人(ときとう ひろと)と伊東結月(いとう ゆづき)は幼馴染で、小さい頃から一緒に育ってきた。 二人が生まれる前から両家同士が婚約を...

Chương (1)

第1章

時任寛人(ときとう ひろと)と伊東結月(いとう ゆづき)は幼馴染で、小さい頃から一緒に育ってきた。 二人が生まれる前から両家同士が婚約を決めたため、きっと結婚するだろうと思われていた。 しかしある日、漁村出身である樋口澪(ひぐち みお)が事故にあった寛人を救った。 その後、寛人は澪に恩返しをするという理由で、彼女のほうばかり構うようになり、結月を散々傷つけ続けたのだった。 それにがっかりした結月は寛人との婚約を解消して、京坂市に行き、萩原家の後継者である萩原颯真(はぎわら そうま)と結婚することにした。 結月がいなくなってはじめて、寛人は自分がどれほど結月を傷つけたかに気づく。 結月を取り戻すため、寛人は京坂市に行ったが、結月が自分ではない人と結婚して、幸せになるのを見届けることしかできなかった。 第1話 時任寛人(ときとう ひろと)と伊東結月(いとう ゆづき)は容坂市で一番お似合いの二人である。 二人は生まれる前から婚約していて、生まれた時からひとときも離れることはなかった。結月は、二人はこのままずっと一緒にいられると思っていた。 しかし、それは寛人が釣りをしている時に湖に落ちてしまい、漁村出身である樋口澪(ひぐち みお)に助けられるまでのことだった。 寛人の父親、時任哲也(ときとう てつや)は名誉のために、澪やその家族全員を時任家で働かせることにした。また、寛人にこんなふうに言いつけた。 「結月と結婚したいなら、恩返しができるまで、樋口澪をそばに残すんだ!」 結月と結婚するため、寛人は嫌でもそれに応じるしかなかった。そして、恩返しができるまで、彼女が不幸だと感じた時にはいつでも助けに駆けつけると澪に約束した。 それからの三年、澪は常に自分は不幸だと思っていた。 初めての不幸は結月の誕生日の日のことだった。自分はこんな盛大な誕生日会を開いたことがないと言ったから、澪に誕生日会を譲ってやるように、寛人は結月に頼んだのだ。 結月は婚約解消を言い出したが、寛人は打ち上げ数が一万も超える花火で彼女の誕生日を祝った。そして、全ては結月と結婚できるようにするためだと、結月に片膝で跪いて言った。 二回目の不幸は、寛人と結月が一緒に結婚用の家を買うのを見に行った時のことだった。その時澪が自分はこんな豪華な家を見たことがないと言ったから、寛人はその家を澪にあげた。同じ日に、寛人はもっと大きくて、価格の高い家を結月に買ってあげた。そして、もう少し待って欲しいと結月に伝えた。 結月はずっと寛人を待ってあげていた。しかしその後、寛人は二人が結婚するための家、車、結婚後飼おうとしていた犬までも全部澪に渡してしまったのだった。 そしてこのようなことを繰り返し、九十九回目まで来た。 そして寛人がやっと澪への恩返しを終わらせたのだと思っていた。結月は婚姻届を出すために、ずっと楽しみに市役所で寛人を待っていた。しかし、一日も待った彼女を迎えたのは、寛人が一億円も使って、オークションで「一生一人だけを愛する」のを象徴するピンクダイヤモンドを澪に買ったという知らせだった。 その瞬間、何度も抑えられてきた失望感が波のように押し寄せてきた。 そろそろ退場すべきなのかもしれない。 結月は輝くピンクダイヤモンドを見つめながら、寛人に電話をした。そして、優しい声で言った。 「寛人、結婚はもうしないよ」 寛人は鼻で笑って、隣にいる人といちゃついた。 「またわがままを言って俺を脅してるんだろ。 おとなしくしてて。恩返しができたらすぐお前のそばに向かうから」 またこの言葉だ。 この三年、結月は数え切れないほどこの言葉を聞いてきた。 それに彼女はもう疲れ果ててしまった。 結月は静かに電話を切って、市役所を離れた。 寛人はただ、もっと高いダイヤモンドを入札して結月にあげるように、手下に言いつけた。 結月は前のように、ヤキモチを焼いて、駄々っ子になっているだけで、澪にあげた物を結月にもあげれば、すぐに機嫌がなおると寛人は思っていたのだ。 しかし、彼は知らなかった。婚姻届を出すことは、結月がこの二十数年の付き合いに免じて、寛人にあげた最後のチャンスだったということを。 結月はもう彼に期待などしない。 結月は家に帰って、すぐ京坂市にいるおばに電話をかけた。 「おばさん、この前おばさんが言ってた政略結婚の話、私、受け入れようと思うの」 おばは感激して、涙を拭きながら、自分を助けてくれる結月に感謝の言葉を送った。 結月は少し彼女を宥めて、電話を切った。そして、ここ数年寛人が自分にくれたプレゼントを整理し始めた。 幼い頃もらったオーダーメイドのバービー人形、中学時代もらった手作りのマフラー、二人が成人して、寛人が結月にプロポーズするために自分で作った指輪。 しかし澪が現れた時から、全てが寛人が結月の機嫌を取るためのものになってしまった。 本来なら全て結月の大事な思い出で、それらを見るだけで寛人との結婚後の生活を想像させるものだったのに。 今となっては、もう全部いらない。 二十数年もの思い出も一緒に、寛人に返すことにしたのだ。 結月は全ての物を段ボールに整理して、アシスタントに渡した。そして、クローゼットから二人の婚約の印となっている物を取り出し、二人の結婚用の家へと向かった。 パスワードは相変わらず、彼女と寛人の誕生日の組み合わせだった。 音を聞いた寛人は部屋から出てきて、結月を見て少し驚いた。 「結月?」 彼は口の端に薄笑いを浮かべた。 「やっぱり俺には怒れないんだよな。ダイヤモンドは気に入ってくれたか?気に入らなかったらまた別のものを買うからね。それから……昨日は婚姻届を出すのにあまり向いていなかったから、また新しい日を選んでもらったよ」 結月は静かに彼の話を聞いて、自分の背後にあるいくつもの段ボールを指でさして話した。 「物を返しに来たの」 それを聞いた瞬間、寛人の笑顔が固まった。そして彼は眉をひそめた。 寛人が何かを言う前に、澪は素足で二階から降りて、彼の腰に抱き着いた。 結月の目はぴくっと痙攣した。 澪が着ているシャツは、結月が大学入試を受けた後、アルバイトをして寛人に買ってあげたプレゼントだった。 結月にとって初めてのアルバイトの経験で、唯一の経験だった。 寛人はプレゼントをもらった時、喜んだわけではなく、結月が皿洗いをしてガサガサになった手を見て、胸が痛くなって泣いた。 彼はシャツを箱に大事にしまい込んだ。そして、一生結月を悲しませないと約束したのだ。 しかし今、そのシャツは澪が着ているし、寛人もまた澪のことで数え切れないほどに結月を悲しませた。 澪はこの時ようやく結月がここにいることに気づいたようで、顔で寛人の背中をさすって、恥ずかしそうに言った。 「お客さんがいるなら早く言ってくれればよかったのに。もう、私、こんな姿じゃ笑われちゃうわ」 寛人は眉をひそめて、澪の手を握り、引き離そうとした。 しかし、澪はわざと敵対するように、もっと力を入れた。 結月に、澪は自慢げに見えた。 結月は目線をそらして言った。 「物を返しに来たの。良かったら、婚約の印を私に返してちょうだい」 結月はそう言って、時任家の代々嫁に伝わる宝石のペンダントを渡した。 寛人は一瞬固まった。わざと結月を怒らせるように、彼は澪の手を握りしめて、冷笑した。 「今都合よく見えるかな」 結月は胸が苦しくなり、無意識に箱を持つ手に力を入れた。 自分は諦める準備を完全にできたと思っていたが、この光景を見るとやはり心が締め付けられた。 結月と寛人が初めて澪のことで喧嘩になったことが思い出される。寛人は結月に跪いて、すべてはもっと早く恩を返して彼女と結婚するためだと神に誓っていた。 しかし、いくら返しても、澪への恩は返しきれないようだ。 寛人は澪のために、何度も結月を見捨てた。二人の結婚の日時も何度も遅延された。 今日という日になって、雪崩を起こす最後の一塊の雪がやっと降り注いできたのだった。 彼女はやっとこの恋を手放せる。 結月は深く息を吸って、そのペンダントを机に置いて言った「都合がいい時に、送って来てくれればいいわ」 結月は真剣に婚約解消の話をしたいと思っていたのだ。 しかし、澪が寛人の服の下に手を入れ、寛人の体が一瞬固まるのを見て、吐き気がした彼女は、すぐに向きを変えてその場を去っていった。 「待ってくれ!」 寛人は結月を呼び止めて、口を開き、脅すように言った。 「結月、本当に俺との婚約を解消するのか?」 結月は足を止めて、動揺しない声で言った。 「そうよ」 寛人は鼻で笑った。 彼は結月のそばに行って、重ねた段ボールを蹴りつけた。 「婚約を解消するなら、こんなゴミを残す必要もないだろう?」 寛人は結月の目をじっと見つめた。結月はきっと、今回も前の九十九回の時と同じように、涙目で「私の機嫌を取ってくれれば、仲直りしてもいいよ」と言うはずだと、寛人は思っていた。 しかし、結月はただ頷いた。「そうね、もう残す必要もないし。 邪魔だと思うなら、私がここに残した物も全部捨てればいいよ」 寛人は骨の関節が鳴るまで、拳を強く握りしめた。 しばらく経って、彼は怒った口ぶりで言った。 「俺がまだお前の物に触れると思うのか?自分で全部片付けろ。取り忘れた物があるから取りに来たいという理由で俺と仲直りしようとするなよ」 第2話 寛人は結月が悲しみを抑えきれず泣き出すのを待っていた。 結月が少しでも名残惜しい様子を見せるなら、寛人は嫌でも結月を慰めようと思っていた。 しかし、結月は何も言わずに、ただ自分の生活した痕跡が残されたところに行って、少しずつ整理し始めた。 ここは結月と寛人が結婚後に暮らすための家で、カップル用の物がたくさん置かれている。それらの中には二人が幼馴染として小さい頃から、結婚を計画するまでの全ての記憶が残されているのだ。 結月は無感覚状態でそれらを全て一つずつ取っていった。 ふと、シーツが乱れているのが視界に映り、結月は吐き気を抑えるために手で口を覆った。 それは彼らがいちゃついた痕跡で、寛人が結月を裏切った証拠だ! 彼らの関係はここまで進んでいたわけだ。 おかしいことに、結月は今更それに気づいたのだった。 結月はすぐに気持ちを切り替えて、全ての物を捨ててしまった。 その間、リビングにいる寛人と澪はわざと結月に聞かせるように、時おり淫乱な声を出した。 結月はただ聞こえないふりをして、無表情で自分の物を全部整理し、また優しくドアを閉めた。 ドアが閉める前に、寛人の声が中から伝わってきた。「結月、どんな要求でも一度聞いてくれると言ってたよな。まだそれを守ってくれるのか?」 ドアを閉めようとした手が一瞬止まる。 十八歳、大学入試が終わった後、二人は一緒に登山に行った。 体力不足で、途中で崖から落ちそうになった結月を助けるために、寛人は骨折した腕の痛みをこらえながら、無理やり結月を引っ張り上げた。 結月を慰めるために、まるで何も起こらなかったかのような態度をしていた。 その後、結月はどんな要求でも一度聞くと寛人に約束したのだ。 あの時、寛人は結月に一生幸せでいてくれればそれで十分だと言ったが、結月は彼自身の願いを考えてくれと返したのだった。 しかし、寛人は結月さえいれば他に何の願いもないと言った。 今、寛人は結月に何をして欲しいのだろうか。 視線を部屋の中に移した結月が見たのは、優しく澪の額にキスする寛人だった。彼は口を開いて言った。「澪は南坂市で売っている鯛焼きが食べたいそうだから、買ってきてくれ」 結月は寛人をじっと見つめて言った。「わかったわ」 その願いまでも、澪に関連したものなのか。 しかしこれでいいのだ。 これでお互いにはもう貸し借りはない。 容坂市の天気は変わりやすい。暫くして、外は牡丹雪が降り始めた。 結月は嫌な気持ちを抑えて車に乗り込み、南坂へと向かった。 結月の運転技術はあまりよくない、おまけに天気の悪さにも影響されて、何度も事故になりそうだった。 そうやってようやく買ってきたのに、澪は一口だけ食べて、すぐに吐き出した。「もう冷めてるじゃん。美味しくないわ!」 それを聞いた寛人はすぐに鯛焼きをゴミ箱に捨てて、澪を抱き上げて言った。「行こう、店に行って食べよう」 寛人は雇った運転手に休暇を与えたので、出かけたければ結月の車を運転するしかなかった。 彼は澪と一緒に車に乗り、車の隣に立っている結月を睨んでイライラして言った。「早く乗れよ」 散々疲れ果て、寛人と喧嘩する気力まで失った結月は黙って車に乗るしかなかった。 南坂市へ向かう途中、寛人はずっと澪といちゃついていた。結月は頭を車の窓にもたれかけクラクラしていた。 その時突然、反対車線の車がスリップを起こし、彼らの車に向かって来たのだった。 寛人は何も考えず、すぐに方向を変えて、結月が乗っている側がその車とぶつかることになってしまった。 二台の車がぶつかった瞬間、彼は澪に飛びかかり、自分の体でしっかり守った。 爆音がした後、結月は額から血が流れてくる感じがした。 結月は口を開けてみた。朦朧とした視界の中、寛人が焦って澪を抱いて車から降りるのが見えた。 結月は唇を動かした。ふと、寛人が初めて運転免許をとって、家族に黙って結月をつれてドライブした光景が脳裏によぎった。 それは同じような雪の日だった。地面が滑っていたから、車はコントロールがきかなくなって、路上の柵へとぶつかってしまったのだ。 あの時も、寛人は今のように素早く飛びかかり結月を守ってくれた。 おかけで結月は傷一つなかったが、寛人は三ヶ月も入院することになった。 しかし今、彼は結月の命で澪の無事を確保することにしたのだ。 結月は唇を動かしていたが、やがて完全に気絶してしまった。 そして結月は通りすがりの人に病院に運んでもらった。 入院して一週間、寛人は一度もお見舞いにも来なかった。 澪のほうが、毎日寛人に世話をされている写真を送ってきた。 【私も想像もしてなかったよ。生と死の前なのに、寛人が私を選んでくれたなんて。 寛人は本当はあなたに会いに行きたかったのよ。でも私が頭が痛いと言えば、それをすぐにやめるの。 伊東結月、寛人の心の中には私しかいないようにしてあげるわ】 結月は唇を動かし、それは見なかったことにして、澪と寛人を一緒にブロックした。 この前まで、結月は二人の二十数年に及ぶ仲を考慮して、婚約を解消した後でも友達のままでいようと考えていた。 それが今はもう、一生寛人と関わりを持ちたくないと思うようになったのだった。 第3話 退院した二日目が寛人の母親、時任薫(ときとう かおる)の誕生日だった。 結月は二度と時任家と関わりを持ちたくなかった。しかし、薫は誕生日会に来るように、何度も結月にお願いをしたのだ。結月がいなければ、誕生日会を開く意味もないと言っていた。 薫は小さい頃から結月に優しかった。結月の両親が亡くなった後も結月を自分の娘みたいに接してくれたのだ。 それに、婚約解消のことも確かに寛人の両親にしっかり話すべきだと結月は思った。 情にもろい結月は結局薫のお願いに応じることにした。 薫はにぎやかなのが好きだから、誕生日会は盛大に開かれた。 時任家の大邸宅に入った結月はすぐに何をするのも不便そうにしている寛人や彼の身体を支えている澪が見えた。澪は非難するような口ぶりで言った。「寛人ったら、私を守るために命がけになっちゃって。 結月こそが寛人の婚約者なのに。こんなことをしたら、結月を怒らせてしまうよ」 二人の周りにいる招待客たちはみんな気まずそうな顔をして、屋敷に入ってくる結月の様子をうかがっていた。 寛人も結月の姿が見えた。彼は澪を振り払って結月に話しかけようとしたが、結月が自分に目もくれないで、一人で隅っこへ歩いていくのを見て、くっついてくる澪は好きなようにさせて、自分はまた座り直した。 二人の共通の友達は見過ごせなくなり、寛人を責めた。「寛人はもうすぐ結月と結婚するだろう。こんなことをしたら結月は悲しむぞ!」 寛人は結月を一瞥して、鼻で笑った。「結婚?俺はもうあいつにふられたよ。結婚なんてもうしないよ」 その一言が波紋を呼ぶことになった。 年配者たちまで寄ってきて、結月に事情を尋ねだした。 「二人は生まれた時から離れたことがなかったでしょう。どうしてここまで喧嘩することになったの?」 「寛人は生死の境に、自分の命をかけて結月を守ってあげたでしょう。結月も、寛人にお守りをもらうために、9999段もある階段を一段上るたびに頭を地面につけて神様に敬意を表すようなことまでできたのよ。何があってもちゃんと話し合えばきっと和解できるわよ」 「そうよ。ここ容阪には二人ほど仲良しな幼馴染はいないよ。誤解があったらすぐに解いたほうがいい!」 結月は澪が首につけているお守りを見て、目をそらした。 それは寛人が交通事故にあった後、神様に守ってもらうために、階段で9999回も頭も地面につけて神様に拝んで手に入れたものだ。 その後、結月は三ヶ月もまともに歩けなかった。 あの時、寛人もお守りや自分の命を大事にして、絶対に結月を裏切らないと約束した。 それが今は…… 結月は自嘲する笑みを浮かべた。 寛人は自分の命を澪にあげた。お守りまであげてしまった。 二人の過去は、今澪を目の前にすると全く価値のないもののようだ。 まだ説得してくる人に、結月は優しい声で言った。「喧嘩じゃないんです。私達はもう別れましたから。婚約の印になっている物も返してしまったし」 薫がそれを聞いて、ハイヒールを履いた足で駆けてきて、寛人の耳をつねり、結月に謝るように促した。 しかし、寛人はただ黙ったまま結月をじっと見つめた。 結月は注目される中心でいるのが嫌になって、一息入れるために、ドレスの裾をつまんで屋上にあるガーデンに行った。 澪もすぐについてきた。 澪は手を手すりについた。寛人が買ってあげたピンクダイヤモンドが彼女の指の上で輝いている。 結月は目をそらして、離れようとしたが、澪に腕を掴まれてしまった。 澪は敵意を隠そうとしなかった。「叔母さんはあんたに肩入れをしてるんだから、すごくイイ気分でしょ?」 結月は眉をひそめて、澪を振り払おうとした。 しかし、澪はその手にさらに力を込めた。「叔母さんがあんたの肩入れをしたのは、あんたのお母さんのおかげよ。でも残念、あんたの両親は若くして死んだわよね。人が死んだ以上、その情なんて何年かしか持たないわよ。 私が寛人と付き合えば、叔母さんはあんたのために自分の息子を敵に回したりしないはずよ」 パシンッ! 結月は一瞬でカッとなって、澪の顔を叩いた! ほかのことならどうでもよかった。 しかし亡くなった両親のことだけは、どうしても我慢できない。 澪は口の端に少し笑みを浮かべて、顔を覆って後ろにいる寛人に駆け寄って泣き出した。「寛人に怒らないでと彼女に言っただけなのに。伊東さんは私には関係ないし、伊東さんにとって寛人は大した存在じゃないって言うのよ」 寛人は一瞬にして暗い顔になった。「結月、謝れ」 結月は自分を嘲笑うかのように笑みを浮かべた。昔、寛人もこんなふうに自分を守ってくれていた。しかし、今は他の人を守るようになってしまった。 これ以上騒ぎを起こすつもりはなかったので、結月は二人を一瞥して、その場を離れようとした。 しかし、寛人は骨が砕けそうな力で結月の腕をしっかりと掴んだ。 結月は彼を見て、一言一句はっきりと述べた。「私がその女を殴ったのは、彼女が私の両親が若くして死んだと言ったからよ。あんたについては、そうね、事実も知らず、その女の味方になる人なんて、私にとって大した存在じゃないのよ」 そう言って、結月は寛人の指を一本ずつ引き離し、その場を去っていった。 階段を降りる時、結月は耐えられず、ポタリと涙を流した。 寛人には結月のことが嫌いな従妹がいて、同じ手段を使っていた。 しかし、あの時の寛人は迷わず結月を信じてくれた。 結月の潔白を証明して、真相がわからない年配者たちに誤解されないように、監視カメラ映像まで調べてくれたのだ。 しかし今、寛人は何も聞かず、澪を信じた。 結月は手を強く握りしめて、涙をこらえた。 結月は早めに帰りたくて、薫に別れの挨拶をしに行った。しかし、誕生日会が終わった後に一緒に話がしたいと薫にお願いされてしまったのだ。 薫はずっと自分を実の娘のように接してくれたから、結月は拒む言葉を口に出せず、静かなところで一人で待つことにした。 第4話 婚約解消の話が周知の事実となり、薫は寛人がこれ以上澪と一緒にいたら、もう二度と結月と仲直りができないと思った。 だから無理矢理に結月につくよう寛人に言いつけた。 そうして、澪は一人になってしまった。 ある御曹司、辻井翔(つじい かける)が酔いが回ってきて、どうしても澪と友達になりたいと言い、うるさく付きまとってきた。 周りはみんな、さっきのことを目にしたものだから、誰も助けようとしなかった。 澪は目が赤くなり、今にも泣き出しそうになっていた。 その時、寛人が急に現れて、拳で翔の顔に殴りかかっていった! 翔は殴られて倒れそうになり、激怒した。「時任!結月ならまだいいが、こいつに手を出してもダメだってか? 結月は婚約者だろう、こいつはお前の何だってんだ?」 寛人は彼をじっと見つめて、また結月を一瞥した。 そして答えた。「彼女は俺の女だ」 結月が動揺しないのを見て、寛人は唇をすぼめて、急に澪を引っ張ってくると、激しいキスした。 キスをし終わると、澪はふらついて寛人の懐にもたれた。 寛人は周りを見回して、力強く言った。「澪をいじめる奴がいれば。俺は絶対に許さないぞ!」 澪に味方する寛人を見て、さっきまで澪を非難している人たちはみんな二人を囲った。 結月は我慢できず、トイレに駆け込み、必死に唇を嚙んで大粒の涙を流した。 泣き疲れた結月は、自分は体の調子が悪いから、まだ後日、話をすると謝罪のメッセージを薫に送った。 メッセージを送って、結月は深く一息吸い、ドアを押して外を出た。 しかし、外に出てすぐ誰かに腕を捕まえられた。 それはさっき寛人に一発殴られた翔だった。 翔は悪気のある笑みで、結月を上から下までじろじろ見つめた。「俺は本当はあの澪よりも、お前のほうが好みなんだぜ。 ただ以前のあいつはお前のことを宝物のように大事に守ってたからな。俺もあいつの機嫌を損ねることはできないしさ。でも今は違う。あいつは他の女を守ることにしたんだ。お前が良ければ、俺がお前をもらってやってもいいぞ」 結月は眉をひそめた。「嫌よ。ここは時任家の影響力が強い所だから、変な真似はしないほうがいいわよ」 その話を聞き、翔はさっきみんなの前で寛人に殴られたことを思い出した。刺激を受けたかのように、無理矢理結月にキスしようとした。 結月は激しく抵抗しながら、手を震わせて緊急連絡先に電話した。 寛人はほぼ秒で出た。 結月は今にも泣き出しそうな声でこう言った。「寛人、辻井君が付きまとってるの、早く来て――」 しかし寛人は鼻で笑った。「澪があいつに付きまとわれて、それからお前までもあいつに付きまとわれてるってか。結月、お前はいつからこんなこざかしい真似をするようになったんだ?」 今にも翔にトイレの中に引きずられそうになっている結月は焦って言った。「違うの、辻井君は本当に……」 プープー 寛人は電話を切ってしまった。 その瞬間、結月は身が凍るほどの寒気がした。 結月は目をつむり、どこから湧いてきたか分からない力で、壁に飾ってある装飾品を掴んで翔に投げつけた。 その痛みに翔は結月を放した。結月もすぐにトイレに駆け込み、鍵をかけて、自分を助けに来てほしいと薫に電話をかけた。 その連絡を受けて薫はすぐにやって来た。人に引きずられて離れていく翔の怒鳴り声を聞いて、結月は全身の力が抜け、そのままドアにもたれかかり目を閉じた。 外にはまだ客らがいるから、薫は結月を宥めて、上の階で着替えさせるように使用人に言いつけた。そして誕生日会が終われば、自ら結月を家まで送ると言った。 翔が本当に諦めたかどうかが分からない結月も、一人で帰る勇気はなかった。 結月が着替え終えたとき、誕生日会はすでに終わっていた。彼女が階段を降りで薫を探そうとしたとき、寛人の部屋を通り過ぎた。すると中から聞き覚えのある声が伝わってきた。 そこにいるのは寛人とその友人たちだった。 「結月が辻井にいじめられるのが怖くないのか?あのくそ野郎、なかなかしつこいぞ」 ドアの隙間を通して、結月は寛人がタバコを口にくわえるのが見えた。煙が立つ中、寛人は頭を横に振りながら言った。「結月の両親はもういなくなったけど、一族にはまだ力があるから、辻井はちょっかいを出せないはずだ。 本気でちょっかい出そうにしても、俺の家にいればあいつは何もできないさ。それに一回くらいは結月に挫折を味わわせたほうがいいだろう。これでもう婚約解消のことで騒いだり、澪のことでヤキモチを焼いたりしなくなるだろうからな」 その友人は笑った。「やっぱり、澪のほうが大事なんだな」 寛人は軽く笑った。その瞳の中には愛情があった。「俺にとって一番大事なのは永遠に結月だ。澪とは……ただ恩を返すためだ」 結月は皮肉に思い笑った。 結月が大事なのに、澪が盛大な誕生日会を開いたことがないと言ったから、澪に誕生日会を譲ってやるように頼んだ。 結月が大事なのに、澪が気に入ったから、二人の結婚用の家を澪にやった。 結月が大事なのに、生死の境で結月を見捨て、大事ではないほうの澪を身を挺して助けた。 大事なものはごみのように捨てて、大事ではないものは宝物のように守る。 寛人と同じやり方をする人間は、この世に彼一人しかいないだろう。 結月はこれ以上聞いていられなくなり、階段を降りで薫に会いに行った。 客らはみんな帰ったが、薫は躊躇って、上の階に行けなかった。 結月を見て、彼女はすぐに結月をソファーに座らせた。「結月さん、おばさんはね、あのバカをかばっているわけじゃないのよ。でもね、結月さんと寛人は二十数年も一緒にいたし、寛人も結月さん以外の誰とも結婚しないと言ったのよ……本当に、もう一度寛人にチャンスをくれないかしら?」 結月は頭を横に振って、優しい声でこの間にあったことを全部薫に話した。 澪が現れるまで、結月も自分は寛人以外の誰とも結婚しないと思っていた。 でも事実が証明しているように、人はみんな変わってしまうものなのだ。 寛人にとって結月は唯一の人間ではなくなってしまった。そして結月だけを愛することはなくなった。 今までにチャンスならいくらでも与えてきたのだ。今はもう結月はそんなもの、あげたくなくなっていた。 そう言って、結月は薫の手を握った。「おば様、あなたが優しくしてくださったんです。私全部覚えています。でも今、寛人は他の人を好きになったんです。私ももうすぐ政略結婚で京坂市に行くから、私達はもう終わりなんですよ」 薫はもう少し何かを言おうとしたが、結月の揺るぎないまなざしを見て、ただため息をついた。「わかったわ。結月さんの婚約の印になっているものは、後で送ってあげるわね」 薫は優しく結月の髪を撫でて言った。「京坂に行く前に、もっとおばさんに会いに来てね」 結月は頷いて、お礼をしてその場を去っていった。 第5話 もう少しで結月の家に到着するという時に、寛人から運転手に電話がかかってきた。 結月は人の通話内容を盗み聞きする習慣はないから、顔の向きを変えて、聞かないようにしていた。 しかし、寛人の声はあまりにも焦っているようで、避けようにも避けられず結月の耳に届いた。 澪が急に胃が痛くなったから、今すぐ澪を病院に送れと寛人は運転手に命令していた。 運転手は結月を一瞥して、恐る恐る言った。「でも、若奥様は今日ショックを受けられたそうで、先に若奥様を家まで送るように奥様に言いつけられておりますが」 結月は少し眉をひそめた。 寛人との婚約が決まったこの数年間、時任家の人はみんな結月を若奥様と呼ぶように命令されていた。 結月は恥ずかしくてそう呼ばないで欲しかった。 しかし寛人は眉を吊り上げて、結月への愛を隠さなかった。「俺は絶対に結月と結婚するよ。結月と結婚できなかったら、死んだほうがましだよ」 しかし今、彼は冷たい声で運転手を叱っている。「お前は時任家の運転手だ。よその人間なんてかまうな」 結月はバッグのショルダーを握りしめる手が白くなるほど力を込めた。 よその人間ね。 今の自分、よその人間になっている。 結月は運転手を困らせたくないから、自分を路肩に降ろしてと伝えた。 寛人がうるさく催促したせいだろう。運転手は一秒だけ躊躇して、すぐ結月を降ろすと、また車を出して去っていった。 結月は路肩に沿ってゆっくり歩いた。 今夜少し酒を飲んだから、薫の前の誕生日のことが思い出された。 みんなが一緒に囲んで座って、結月が寛人と結婚したらどんなふうになるだろうか、どんな子供が生まれるだろうかと、結月をからかっていた。 あの日あまりにも楽しかったからか、結月は酒をたくさん飲んだ。そして夜中に胃が痛くなってのたうち回っていた。 あの日運転手はちょうど休みだった。天気も悪いから、タクシーも拾えなかった。寛人もちょうど車を運転するのを家から禁止されていたから、家族に心配されないように、彼は結月を背負って病院に行った。 一年後の今、寛人は澪のために、結月を道端に捨てられるようになっていた。 結月は鼻をすすって、マフラーをもっときつく巻いた。 結月が家に着いたとき、体は凍るほどかじかんでいた。 結月はドアを開けようとしたが、ふと誰かに目を隠された。そして少し笑っているような声で聞かれた。「だーれだ?」 結月は今にも叫び出したい衝動をぐっと堪えて、目を覆う手を引き離した。 自分に合わせる気がない冷静な結月を見て、寛人は眉をひそめた。そして浮いている手をゆっくりおろして、ポケットから小さい箱を取り出した。「落し物があったから、どうしても俺に届けろって母さんが言ってな。一体なんなんだ?」 そう言って、彼は箱を繰り返し確認してみたが、それが何か特別なもののようには見えないから、寛人は箱を開けようとした。 この箱は、結月の母親である伊東芙美(いとう ふみ)が時任家と交換した婚約の印になるものだった…… その瞬間、結月の目はピクリと痙攣した。そしてすぐに手を伸ばして箱を奪い取った。 すると寛人はもっと強く眉をひそめた。「結月、俺に秘密ができたのか?」 結月は箱をしっかりと握りしめた。掌がその尖った角に当たって痛みを覚えた。 結月と寛人は、お互いに絶対に秘密は持たないと約束していた。 だから二十数年、二人はいつも誠実に向き合い。お互いに何も隠さなかった。 澪が現れて初めて、寛人は結月を騙したのだ。 不愉快な思い出が蘇り、結月は心臓も連動して痛くなるほど、もっとその手に力を入れた。 結月は箱をきちんとしまい込んで、寛人を見つめた。「秘密じゃないわ。でもあなたに教える必要もないでしょ」 何せよ、二人は今何の関係もないのだから。 結月はこれ以上寛人と話すつもりがないから、ドアを開けようとした。 しかし、寛人は咄嗟に結月のバッグを奪い取って、中から箱を取り出した。「必要がない? どこかの馬の骨が送ったプレゼントか?じゃなけりゃ、何で俺に見せないんだ?」 どうしてか分からないが、結月はその中身を寛人に知られたくなかった。だからつま先立ちをして取り返そうとした。 寛人は結月がこんなふうにするのが好きなようだ。二人がまだ喧嘩していないときに、寛人はよくこうして結月をからかっていた。 結月はこうしているうちに、寛人の懐に飛びかかって、自分に返すように愛嬌をふるまっていた。 寛人は笑みを浮かべた。結月が焦って転ばないように、一本の手を差し伸べて彼女を守った。 しかしうつむいた瞬間、結月の真っ赤になった瞳が彼の視界に飛び込んできた。その瞬間、寛人の笑みが固まった。「俺が見ようとするから、泣いたのか?」 結月は唇をすぼめた。いっそのこと寛人に見せてしまおうか。 寛人が見れば、すぐに結月に返すはずだ。 しかし彼女が口を開き何かを言うまえに、寛人のスマホが鳴った。 ピーと鳴ってすぐ切られて、また鳴って、また切られた。 結月はそれを横目で見た。電話の相手は澪だった。 こうして何度も繰り返して、寛人は焦り出し、彼女に背を向けて去ろうとした。 結月は彼の裾を掴んで、初めて引き留める動きをしてみせた。 寛人は足を止めて、少し驚いて喜んだ。 しかし、スマホがまた鳴り、彼は優しく言った。「澪が電話をたくさんかけてきてる。何かあったのかもしれない。澪は一人で頼れる人がいないんだ。俺は帰ってすぐ……」 結月は彼の話を遮った。「先にそれを返して」 それを聞いた寛人の表情が暗くなった。そして彼はまた何かを言おうとした。 しかし、鳴っては切られる電話に彼は焦っていた。結局何も言わず、無造作に箱を結月に押し付けた。 寛人のその動きが乱暴で、箱が少し開けられた。中からは黄ばんだ紙が出てきて、緩やかに地面に落ちていった。 寛人はそれを適当に一瞥して、すぐに去っていった。 結月は腰をかがめてその婚約証書を拾い上げて、ちぎった。そして結月と寛人の間の記憶とともに全てゴミ箱に捨ててしまった。 第6話 寛人との腐れ縁を断ち切り、結月は離れる準備をし始めた。 結月は容坂には家族がいないから、離れる前に家を売る必要がある。 両親が残した家のほかに、家はもう一つあった。それは寛人からもらった結婚した後に住む新居で、二人で所有権を持っている。 結月は寛人と相談して、その不動産権利書から自分の名義を消してしまおうと考えた。これから寛人が再婚しても面倒なことを避けることができる。 結月はスマホを取り出して、寛人にメッセージを送った。 メッセージを送って随分時間がたったが、ずっと返事がない。 結月が容坂にいる時間はもう残り少ない。遠くから戻ってきてこの件に対処したくないから、結月は寛人の近況を知って、直接彼に会いに行くために、彼のインスタをチェックした。 しかしインスタをタップすると、結月はブロックされている表示があらわれた。 結月は少しモヤモヤしていた。薫を通して寛人と連絡を取りたかったが、寛人はあの夜からずっと家に帰っていないことがわかった。 結月は深く息を吸って、澪にメッセージを送った。【寛人と大事な話があるから、私のメッセージに返事するように寛人に伝えてちょうだい】 すると澪はすぐにある住所を送ってきた。 それは寛人の持っているリゾート山荘で、二人の秘密の場所でもある。 友達も遊びに行きたいと言ったことがあるが、寛人はあそこは結月との二人だけの場所で、二人以外誰も足を踏み入れてはいけないと言って拒絶したのだ。 それが今、澪も行けるようになったのか。 あそこはもう二人だけの秘密の場所ではなくなったのだ。 結月は無理やりその思考を停止させて、車を出し、そのリゾート山荘へと向かった。 ここは静かな場所だったが、今は非常に賑やかで、見知らぬ人もたくさんいる。 結月が小道に沿って中に入ると、ちょうど澪が片膝をついて寛人の顔にキスするのが見えた。「私と友達をここに誘ってくれてありがとうね」 寛人は頭を傾げてそれを避けようと思っていたが、結月を見た瞬間にその動きを止めた。 澪が寛人の顔にキスするのを見た瞬間、ふと、ここを自分好みに内装してくれる寛人に感謝の気持ちを伝えるために、結月はここで初めて寛人にキスしたことを思い出した。 それはお互いに人生で初めてのキスだった。それから寛人はキスの心地よさを知り、結月を喜ばせるたびにそのご褒美として、しつこく結月からのキスを求めた。 この邸宅にある草花はみんな、二人の恋を見届けてきた。 そして今も、二人の最後の縁が断ち切られるのを見届けることになるだろう。 結月は黙り込んでそのまま立っていた。二人が離れたのを見て、結月は書類を寛人に渡した。「私たちの新居はあなたが買ったもの。私たちが別れたから、あなたに返すべきだわ。これを読んで、もしあなたがそうしたくないなら、私が今の不動産価格で買うわ」 寛人は冷たい視線で結月を見つめた。骨の鳴る音が聞こえるほど、書類を握り締める手に力を入れた。 しばらくして、彼は口を開いた。「ほかに用事はあるか?」 結月は二秒くらい考えた。「まだここに残してるものがあるから、今日それを全部一緒に持って行きたいわ」 寛人の表情はさらに険悪になっていった。 しかしその時、澪が口に手を当てて、驚いて叫んだ。「まあ、あの部屋にあるものはもういらないと思って、全部使用人に物置小屋に移させたのよ。一緒に取りに行こうか?」 結月は頷いた。「お願いするわ」 寛人の肩に手をついている澪は立ち上がろうとしたが、その瞬間に寛人に腕を捕まえられた。「俺も一緒に行く」 澪は顔が赤くなって、小さい声で呟いた。「もう、甘えん坊なんだから」 結月はそれを見なかったことにして、前だけを見て物置小屋へと向かった。 澪は結月のものを全部一番小さい物置小屋に置いていた。空間が狭くて、二人しか入れない。 寛人はドアの外に立ち、結月が自分のものを選び取るのを横目で見ていた。 澪は腰をかがめて結月を助けるふりをして、結月に近づき、二人しか聞こえない声で言った。「私がこんなにもたくさんの言い訳をして寛人の注意を引いたのに、あんたはまだ諦め切れてないの? それなら、私が助けてやるわよ」 結月に反応する時間を与えず、澪は「不注意」で後ろにある棚にぶつかった。すると一番上にある箱がその衝撃で、二人に向かって落ちてきた。 その瞬間、寛人の目はぴくっと痙攣した。彼はダッシュで物置小屋に入り、迷わずに澪を自分の懐に引っ張った! 重い箱が澪の肩を掠めて、結月の肩に激しくぶつかった。 そして結月はふらついて、床に転んでしまった。 しかし、寛人はただ眉をひそめて結月を見るだけで、すぐ掠り傷を負った澪を抱き上げて、彼女を病院に送るために慌てて車を探した。 結月は痛みで身動き一つできず、意識が朦朧となっていった。 気絶する前に、結月は思った。 時任寛人、あなたへの気持ちが冷めてよかったわ。 もう愛していないから、生死の境にあんたに捨てられても悲しくなんてない。 もう愛していないから、これ以上あんたに期待などしない。 澪が怪我をしたのを見て、澪の友人たちはみんな寛人を囲んで、一緒に澪を病院に送っていった。 そして結月が発見されたのは二日目の朝、使用人が掃除しに来た時だった。 使用人は何があったのか分からないが、結月のことは知っているから、救急車を呼んで、またすぐ寛人に電話した。「時任さん、伊東さんはひどい傷を負っていて、物置小屋に倒れていました。もう救急車を呼びましたが、時任さんは見に来られますか?」 寛人は答えなかった。 澪が小さい声で痛いと言ったのを聞いて、彼はやっとハッとして、冷たい声で言った。「救急車を呼んであるんなら、もう俺が行く必要はないだろう。もう俺とは関係ないんだから、俺がどうこうする必要もないだろう」 使用人はこれ以上なにも言えず、謝罪する言葉を言って、電話を切ろうとした。 するとそこへ澪が注意した。「本当に行ってみないの?伊東さんは物を整理していたから……」 澪の話を聞いて、寛人の声は更に冷たくなった。「そうだ、ちゃんと整理するんだ。あいつの物で俺の場所を汚すんじゃないぞ」 唇が青白くなった結月は小さい声で言った。「わかった」 結月も、結月のものも、寛人の世界からきれいに消え去る。 結月の傷はそこまでひどいものではなかった。 使用人は誰に連絡すればいいのかわからなくて、薫に連絡した。 薫はびっくりして、すぐに結月の世話をしに駆けつけて来た。 結月が起きた時、薫はちょうど廊下で寛人と電話をしていた。「この大馬鹿者!どこにいようがどうでもいいわ、まだ結月さんと仲直りがしたいなら、今すぐ戻って結月さんの面倒を見なさい!今回のチャンスを逃がしたら、結月さんは本当にあんたを許さないわよ!」 病室はあまりにも静かだから、寛人の吹き出す声まで結月の耳に届いた。「許さないからなんだ?婚約も解消したし、あいつが残してた物は全部持っていっただろ。あいつが死んでも俺が葬式に出る必要はないぞ」 薫は彼を叱ろうとしたが、寛人はすでに電話を切っていた。 薫がドアを押して部屋に入ると、起きている結月を見て、気まずそうに言った。「結月さん、寛人は…… 結月さんもよく知ってるでしょう、寛人は怒りに任せて何だって口から出ちゃうのよ、だからあまり気にしないで」 薫の話を中断させるように、結月は頭を横に振った。 寛人の言った通りだ。 二人には何の関係もない。 これから、結月は寛人を自分の人生から完全に消すのだ。 薫が結月の表情を見て、二人にはもうなんの可能性もないとわかった。残念に思いながらも、結月の意見を尊重した。そして、一人の母親として、結月のために結婚前の準備をし始めた。 この日、薫はあるリストを結月に渡して、丁寧に言い聞かせた。「これらは全ておばさんが用意した嫁入り道具よ。結月さんは一人で遠いところに結婚するんだから、お金や不動産で身を守らないと。これらがあれば心強いでしょ」 結月は感動して、何度も大丈夫だと言った。 しかし、薫は結月の手を軽く叩いた。「あの時、芙美が私をあの小さい村から連れ出してくれなかったら、今日の私もいなかったわ。それに、寛人が結月さんに悪いことをしたことに変わりはないんだから。私も母親として償わないと。 京坂についたら、すぐに引き渡しの手続きを……」 その話の途中で、寛人がドアを押し開いて言った。「誰が京坂市に行くんだって?」