夫ががんの初恋を家に連れ帰った日

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夫ががんの初恋を家に連れ帰った日

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結婚して八年。夫は私の反対を無視して、がんを患った「初恋の人」を家に連れてきた。 「お前みたいな毒女、少しも同情心がない。明葉の足元に...

Chương (1)

第1章

結婚して八年。夫は私の反対を無視して、がんを患った「初恋の人」を家に連れてきた。 「お前みたいな毒女、少しも同情心がない。明葉の足元にも及ばない!」 息子まで私を責めた。水城明葉(みずき あきは)を家に入れないなら、母親なんていらないと叫んだ。 私はその瞬間、完全に心が折れた。離婚を決意し、デザイン業界からの招きを受けて再び頂点へと返り咲いた。 けれど彼らは、あの「がんの診断書」が偽物だったと知ると、泣き腫らした目で私の前に現れた。 「楓(かえで)、騙されてたんだ。本当に愛してたのはお前だけなんだ!」 「ママ、僕を捨てないで。ママの子どもは僕ひとりだけだよ!」 私は視線を一度も向けずに言った。 ――どこの狂犬?邪魔よ、授賞式の途中なんだから。 第1話 「明葉の体調が悪い。今日から家で世話することにした」 テーブルの上には湯気の立つ料理。そして、その横に置かれたのは――がんの診断書。 それが真壁蒼真(まかべ そうま)から私への、結婚八周年の「贈り物」だった。 私の顔色が変わるのを見て、明葉が彼の胸に身を寄せ、か細い声で言った。 「蒼真、やめて。楓、私のこと歓迎してないみたい。それに……もう長くないの。放っておいて」 「そんなこと言うな。きっと良くなる」 蒼真はそう言い捨てて、私に怒鳴った。 「篠宮楓(しのみや かえで)、お前、人間の心ってもんがないのか! 病人ひとりも受け入れられないなんて、そんな冷たい母親が湊斗に何を教えられる!」 その声に反応して、真壁湊斗(まかべ みなと)が小さな拳で私の足を叩いた。 「ママなんか嫌い!明葉おばちゃんを入れないなら、ママなんていらない!」 テーブルのスープはすっかり冷えきっていた。私の心みたいに。 父と子、二つの同じ顔が、そろって私を正義のように責め立てる。 一人は、八年愛し続けた夫。 もう一人は、七年育ててきた息子。 蒼真が何度も夜に帰らなかった日々。 それでも私が支えにしていたのは――湊斗だった。 かつて彼は、私の手を握って笑いながら「ママ、大好き」と言ってくれた。 でも今は、別の女のために「ママなんていらない」と言う。 怒りよりも先に、心の底からの失望が込み上げた。 私は自嘲気味に笑い、部屋へ戻ろうとした。 だが蒼真の声が背中を刺した。 「楓、明葉は病人だ。お前の部屋を譲れ。今日からお前は屋根裏部屋で寝ろ」 私は深く息を吸い込み、そのまま部屋に入り、震える手であの慣れ親しんだ電話をかけた。 「……高坂(こうさか)さん、また働かせてください」 電話の向こうで、弾んだ声が返ってきた。 「本当に!?楓、やっと決心したのね!あなたが家庭のために仕事を捨てたのは、デザイン界の損失よ!すぐに段取りするわ!」 私は苦く笑い、「お願いします」とだけ答えた。 その夜、来月の航空券を予約した。 高坂は嬉しさのあまりSNSに投稿した。 その次の投稿に、蒼真の名前を見つけた。 彼のアカウント名は――「雲が晴れて月明かりを見る」。 昔、彼は言っていた。 「楓に出会えたから、この名前にしたんだ」って。 しかし明葉が私の目の前に立つまで、この「月明かり」が明葉だと知らなかった。 投稿された写真には、彼と湊斗、そして明葉。三人がスイーツ店で笑っている。 キャプションにはこう書かれていた。 【甘いものは、甘い人と一緒に食べるのが一番】 けれど、あの親子は普段、甘いものなんて大嫌いだったはずだ。 明葉の笑顔が、まぶしいほどに胸を刺した。 ――甘いものが嫌いなんじゃない。 「甘くできる相手」が、私じゃなかっただけ。 コメント欄に、こんな言葉があった。 【真壁社長、そんなことしてたら奥さんに逃げられますよ】 蒼真の返信は、たった四文字だった。 【逃げない】 そうね。私は逃げなかった。 「一生愛する」なんて言葉を信じて、何もかも捨てた。 内助の功を尽くして八年――結果、残ったのはあの親子と、空っぽの私。 ふらつく視界の中で、蒼真がやってきて、小さな箱を差し出した。 「ほら、昔好きだったイチゴケーキ。買ってきた」 そのケーキは置きっぱなしにされていたので、上に乗っていたイチゴはとっくに崩れたクリームの中に沈んでいた。 ――なにそれ?明葉の食べ残し? 私は迷わず、ケーキをゴミ箱に投げ捨てた。 蒼真は怒り狂い、歯を食いしばって私を罵った。 「楓、お前、何やってる!」 「ゴミを捨てただけ」 怒りに満ちた彼の目が、ますます険しくなる。 「今日が結婚記念日だってのに!プレゼントまで買ってやったのに!まったく恩知らずだな!」 「そう。私って恩知らずなの。これからもそうするわ。買うなら、全部捨てる」 拳を振り上げた蒼真は、結局私を殴らず、代わりに、壁にかかった結婚写真を叩き割った。 彼の去っていく足音とともに、写真立てが地面に落ちて粉々に砕けた。 私はしゃがみ込み、静かにそれを拾い集めた。 この散らばった破片の中で、気づいた。 泣いている私の姿は、七割ほど明葉に似ていると。 私は手を止め、写真を見つめながら一気に引き裂いた。 第2話 翌朝、蒼真は珍しく早起きした。 八年間、一度も台所に立たなかった男が、今朝は自分の手で朝食を用意していた。 明葉はその横で幸せそうに微笑む。 「蒼真、ほんとに優しいね」 「馬鹿だな、お前に優しくしないで誰にするんだ。エビが好きだろ。体が弱いんだから、しっかり食べて栄養つけろ」 「うん、明葉おばちゃん、これも食べて。これ、おいしいよ」 三人は机の前に座っていた。その間には、まるで本当の家族のような穏やかな空気が流れていた。 まるで――この家で、部外者は私だけのように。 私がリビングに入ると、蒼真は軽く咳払いをした。 「エビ料理を作った。少し食べろ」 「そうそう、蒼真のエビ料理、すっごくおいしいんだよ。楓も食べてみて!」 明葉はそう言って、エビを私の茶碗に入れてきた。 私は無表情のまま、そのエビをそのままゴミ箱に落とした。 明葉の目が一瞬で赤くなる。 「楓、私に文句があるのは分かるけど、蒼真の気持ちまで踏みにじるのは、ちょっと……」 彼女の涙を見た瞬間、蒼真の顔に怒気が走る。 「楓、昨夜も我慢してたけど、今朝はなんなんだ!その死人みたいな顔は誰に向けてる!」 「私、胃潰瘍で海鮮食べられないって、知らなかった?」 一瞬、彼の動きが止まった。 昔、湊斗が夜泣きで眠れなかった頃、私はずっと看病していた。 食事もろくに取れず、結局自分の胃を壊した。 それを、彼はもう忘れてしまったのだろう。 ――かつては、私のためにピザの上の海老を一つずつ取ってくれた人なのに。 明葉がぱちりと瞬きをする。 「胃潰瘍でも大丈夫だよ。私なら、薬飲みながらでも、蒼真の手作りなら全部食べちゃう」 「そうだよ、明葉おばちゃんは誰かみたいにわがまま言わないもん!」と、湊斗が口を挟む。 蒼真は再び微笑み、甘ったるい声で言った。 「こら明葉、気持ちだけで十分だ。お前の体もまだ完全じゃないんだから、無理するなよ」 ――もう見ていられない。 私は箸を置き、短く言い放った。 「なら全部食べなさい。ひとつ残さず、ゴミも出さないように」 部屋に戻り、私は自分の本業に集中し始めた。 何しろデザインから離れて八年も経つので、どうしても手慣れなくなっていた。 ただ、廊下からは笑い声が大きすぎて、集中できない。 「ねぇ湊斗、あなたお母さんのこと、どう思う?」 「うるさいよ!いつも口うるさいし、服もボロいし、お菓子も食べちゃダメって言うんだ!」 「ふふ、じゃあ私は?」 「明葉おばちゃんは遊びに連れてってくれるし、おいしい物も買ってくれる!大好き!」 「じゃあ、私のこと『ママ』って呼んでくれる?」 「うん、ママ!」 その声を聞いた瞬間、胸の奥が氷のように冷たくなった。 湊斗は生まれつき体が弱く、普通の子供よりも細やかな世話が必要だった。 蒼真は会社のことで彼を一度も面倒を見たことがなく、この何年も私は仕事を辞め、少しずつ彼を育ててきた。 しかし、まさか私の存在が、彼にとって外に連れ出して食べさせ遊ばせてくれる見知らぬ人よりもはるかに小さいものだとは思いもしなかった。 外からパチパチと音がして、我に返る。 雨だ。 ベランダに出していた花の鉢を思い出し、慌てて駆け出した。 だが、ベランダの花はすでに誰かに故意にひどく荒らされて、見るも無残な状態になっていた。 息をのんだ瞬間――「カチャリ」という音。 扉が、外からロックされた。 「湊斗!開けなさい!」 私は必死に叩く。 けれど、ガラス越しに見えたのは、息子が嬉しそうに叫ぶ姿だった。 「ママ、見て!川に落ちたニワトリみたい!」 明葉は笑いながらその頭を軽く撫でる。 「いたずらっ子め。お菓子買いに行こ、ね?」 「やったー!」 湊斗は私を無視し、ぴょんぴょん跳ねながら明葉の手を引いて外へ出て行った。 空には稲妻が走り雷鳴が轟き、私はベランダの隅にうずくまり、体も心も凍りつくほど冷えた。 最後の花びらが雨に流れ落ちた頃、ようやく蒼真が戻り、扉を開けた。 明るい照明の下、私の髪はずぶ濡れで、顔色は死人のようだった。 明葉がわざとらしく口元を押さえた。 「まあ、楓、どうしたの?」 湊斗はその背に隠れ、私に向かって舌を出す。 蒼真は眉をひそめただけだった。 「楓、お前ももう大人だろ。どうしてベランダに閉じ込められるなんてことが起きるんだ。気をつけろよ」 私は黙ったまま、湊斗の腕を掴もうとした。 蒼真が慌てて私を突き飛ばす。 「何してるの?まさか子どもに本気で腹立ててるの?子どもが分からないのは仕方ない。でもお前まで分からないのか?」 体勢を崩した私は、そのまま床に尻もちをつく。 みっともなくて、情けなくて。 その瞬間、湊斗が笑い声を上げた。 この裁判において、私は完全な被害者であるにもかかわらず、唯一の被告人となってしまった。 第3話 私は父子を見つめ、乾いた笑いを何度も漏らした。 それから立ち上がり、無表情で二人の方へ歩いて行った。 私が和解しに来たと思っていたらしく、蒼真も湊斗も顔に抑えきれない嘲笑を浮かべていた。 バチーン――バチーン―― 私は彼らに一人ずつ平手打ちをした。 湊斗は目を見開き、顔を手で覆って泣きながら明葉にすがった。 「ママ、嫌だ!あなたはひどいママだ!意地悪な女だよ!誰にも相手にされないのが当然だ!」 蒼真はさらに憤りをむき出しにして、荒い息をつきながら私を睨みつけた。 明葉は「いい人」役を演じるように振る舞い、蒼真の腕をつかんで私を責め立てた。 「楓、湊斗はまだ子どもだ。お母さんがどうしてそんなことを――」 バチーン―― 「うるさい」私はずっと彼女を殴りたかった。 明葉はその場で大げさに目をつぶし、倒れ込むそぶりを見せた。湊斗は驚いて泣き止んだ。 蒼真は慌てて明葉を抱きかかえ、外へ連れて行こうとした。出て行く前に、彼は私に向かって吐き捨てるように言った。 「もし明葉の容態が悪化したら、思い知らせてやるからな!」 おそらく私が家で湊斗を虐待するのを恐れたのだろう、彼は湊斗も引きずって連れて行った。 家はようやく静かになった。 昨日、ベランダで一日中雨に打たれ、夜中に熱が出た。私は体を支えながら解熱剤を探そうとした。 朦朧とする意識の中、誰かが近づいてくる気配がした。 目をこらすと、明葉が軽蔑を浮かべて立っていた。 「楓、今のあんた、本当に犬みたい。私が海外に行かなかったら、蒼真がそんなあんたを選ぶわけないでしょ?」 彼女は得意げに笑った。 「でも大丈夫。今は蒼真は私だけを見てるし、あなたの子も私のことを母さんって呼ぶようになったんだから。 そんな女になるくらいなら、最初から死んだほうがマシよ」 その言葉で頭が冴えわたり、多少は楽になった気がした。明葉がさらに何か言おうとした瞬間、私はまた平手を振り上げた。 明葉は口角を上げて、後ろへそのまま倒れ込んだ。ちょうど玄関から戻ってきた蒼真の腕の中だ。 明葉は蒼真の胸で涙をぽろぽろこぼし、 「蒼真、楓がまた私を殴ったの!心配で見に来ただけなのに、また殴られたのよ」と訴えた。 胸を押さえながら、「痛い、連続で殴られて、もう耐えられない。私、死んじゃうのかな」などと言った。 蒼真は顔を曇らせ、私の喉元をぐっと掴んだ。 「楓、明葉は今は病人だって分かってるのか!お前が何度も傷つければ、殺すのと同じだ!」 息が詰まり、脳が一瞬真っ白になった。 息ができなくなりかけて、やっと蒼真は私の喉を離した。 すると彼は鋭く私を睨んだ。 「いい心遣いが無駄になったな。明葉がやっと退院したのに、お前はわざと彼女を苦しめるつもりか!」 そう言い、彼は明葉を抱いて病院へ連れて行こうとしたが、明葉がしがみついてなだめ、二人は主寝室へ入って行った。やがて、寝室から男女の声が聞こえてきた。 私にはそんなことにかまう余裕はなかった。体がますます熱くなり、心も胃も焼けるように痛んだ。しばらくうずくまってから、ようやく解熱剤を見つけて飲んだ。 幸い、その日から数日、蒼真と湊斗は家に戻らなかった。やっと静かな時間が戻ったが、落ち着く間もなく、学校から電話がかかってきた。湊斗が学校で喧嘩をしたらしい。 私はすぐ蒼真に電話したが、即座に切られた。仕方なくメッセージを送る。 【湊斗が学校で問題を起こした。すぐに行って様子を見て】 返信は短かった。 【今は行けない】 それっきり連絡は途絶えた。いつも通りだ。湊斗に何かあっても、父親は姿を見せない。 今回は――彼が行かないなら、私も行かない。 第4話 ただ一つ、私の計算違いがあった。 小学校の先生がメモしておいた連絡先は、蒼真ではなく、私の電話番号だった。 電話の嵐で仕事にならず、デザインも全く進まない。仕方なく、私は学校へ向かった。 だが、校門に着いた瞬間、湊斗の隣に明葉の姿が見えた。 突然「母親」が二人現れ、先生は明らかに戸惑っていた。 湊斗は私を指差して、周りの子どもたちの前で大声を上げた。 「この人は僕のママじゃない!家の家政婦だ!」 そう言って、明葉にぴったりと寄り添い、にこにこしながら言った。 「こっちが本当のママだよ!」 明葉は笑って彼の頭を撫で、勝ち誇ったように私を見た。 「楓、もう帰っていいんじゃない?ここは私に任せて」 私はその場で立ち尽くしたまま、二人の親しげな様子をただ見つめた。 ――いいわ。もう、彼が選んだのなら。 これからは、明葉が彼の「母親」でいい。 「湊斗、あなたの言うとおりよ。今日から明葉があなたのママ。私は、もうあなたを産んだ覚えはない」 それからの私は、家の中でまるで透明人間のように過ごした。 何も感じず、何も求めず、ただ黙々と仕事部屋にこもり、デザインに没頭した。 そんなある日、高坂から一つの情報が届いた。 ――明葉の「病気」の診断書は偽物だった。 私は目を閉じて、このところの彼女の言動を思い返した。 確かに、嘘は稚拙だった。 ただ、蒼真の「愛」がその嘘を成立させ、彼自身が見て見ぬふりをしていた。 私は静かにその証拠をファイルにまとめた。 ――これは、出て行く前に置いていく最後の「贈り物」だ。 それからの蒼真は、私の変化に少し戸惑っていたようだった。 以前のように怒りを見せない私に、どう接していいのか分からないのだろう。 珍しく時間を作って、花を贈り、プレゼントまで用意してきた。 まるで恋人時代に戻ったかのように。 あの頃の彼は、確かに言った。 「蒼真は楓を一生愛する」と。 でも「一生」なんて、思ったより短い。八年ももたなかった。 もう私は、そんな笑える「愛」を信じる気もなかった。 そして迎えた私の誕生日。 彼は「サプライズがある」と言って、そして彼のプレゼントは確かにサプライズだった。 ――離婚届だった。 蒼真の顔は灰色にくすみ、かすれた声で言った。 「明葉の病気が悪化した。治療の手続きには署名が必要なんだ。楓……頼む、一時的に離婚しよう。 明葉が落ち着いたら、必ずすぐに再婚する。誓うよ」 私が反対するのではないかと心配して、彼は説明に次ぐ説明をし、誓いを立てた。 だがそんなもの、もう必要なかった。 この離婚届、私は必ず署名する。 ただし、その前に条件を出した。 ――すべての財産を、私名義にすること。 蒼真はは珍しく眉をひそめたが、私が後悔するのを恐れて、結局何も言わず、さっさとサインした。 私は横に立つ湊斗を見やった。 「湊斗、あなたはどっちに行くの?」 彼は鼻を鳴らし、私を見下すような目つきで言った。 「僕は真壁家の子だよ。もちろんパパと一緒に行く。僕たちは家族なんだ」 そう言って、舌を出してからかうように笑い、蒼真の手を握った。 「……そう。学校で明葉を『ママ』って呼んでたものね。やっと願いが叶ってよかったじゃない。おめでとう」 私は二人の反応を気にもせず、離婚届をバッグにしまい、荷造りを始めた。 結婚してからずっと、私はこの家のために時間も心も費やしてきた。 自分の物なんて、ほとんどなかった。 十分もかからずに、荷物はすべて片づいた。 そして私は、八年過ごした家を静かに後にした。 一方その頃、蒼真は手にした離婚届を見つめ、胸の奥がずきりと痛んでいた。 何か、大切なものを失ったような気がしてならなかった。 だが、スマホに映る明葉の笑顔を見て、無理やり心を落ち着けた。 ――楓は俺を愛してる。どんなことをしても、結局は許してくれる。 今回もきっと同じだ。 少し時間が経てば、戻ってくる。 そう自分に言い聞かせながら帰宅した彼は、片付けられた室内を見て血の気が引いた。 慌てて私の部屋に駆け込むと、机の上に一枚のファイルが置かれていた。 ――そこにあったのは、「水城明葉・がんの偽造診断書」の証拠一式だった。