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最期に届いた家族の愛
両親の江口誠一(えぐち せいいち)と江口美蘭(えぐち みらん)は私を救うために、拉致犯の言い分をすべて受け入れて、廃工場で自ら火を放ち、...
Chương (1)
第1章
両親の江口誠一(えぐち せいいち)と江口美蘭(えぐち みらん)は私を救うために、拉致犯の言い分をすべて受け入れて、廃工場で自ら火を放ち、身を投じた。
二人は自分の命を差し出し、私の命をつないだ。
けれど両親が死んだあと、兄の江口真琴(えぐち まこと)は私を激しく憎み、ある夜に交通事故を起こして、二度と目が見えなくなった。
真琴を助けたくて、私――江口夕乃(えぐち ゆうの)は一日十人の男に身を任せた。
次々に現れる中年男の歪んだ趣味を飲み込み、屈辱を噛み殺しながら生き延び、ようやく兄の角膜移植の費用をかき集めた。
ところが家に戻ると、目にしたのは――すでに死んだはずの両親と、植物状態のはずの兄が、私と瓜二つの江口朔菜(えぐち さくな)の誕生日を祝っている光景だった。
ケーキを切っていた父が、ふと手を止める。
「真琴、朔菜も戻ってきたんだ。そろそろ夕乃に本当のことを話そう。もう、あんな連中に関わらせるのはやめよう」
真琴は朔菜を抱き寄せ、甘やかな顔で笑った。その目は、失明者のものとは思えないほど明るかった。
「彼女に知らせる必要はあるか?もし夕乃がどうしても遊園地へ行くと強情を張らなければ、朔菜が人さらいに連れ去られることはなかった。今こうして見つかったのは、奇跡みたいな幸運だ」
第1話
両親の江口誠一(えぐち せいいち)と江口美蘭(えぐち みらん)は私を救うために、拉致犯の言い分をすべて受け入れて、廃工場で自ら火を放ち、身を投じた。
二人は自分の命を差し出し、私の命をつないだ。
けれど両親が死んだあと、兄の江口真琴(えぐち まこと)は私を激しく憎み、ある夜に交通事故を起こして、二度と目が見えなくなった。
真琴を助けたくて、私――江口夕乃(えぐち ゆうの)は一日十人の男に身を任せた。
次々に現れる中年男の歪んだ趣味を飲み込み、屈辱を噛み殺しながら生き延び、ようやく兄の角膜移植の費用をかき集めた。
ところが家に戻ると、目にしたのは――すでに死んだはずの両親と、植物状態のはずの兄が、私と瓜二つの江口朔菜(えぐち さくな)の誕生日を祝っている光景だった。
ケーキを切っていた父の誠一が、ふと手を止める。
「真琴、朔菜も戻ってきたんだ。そろそろ夕乃に本当のことを話そう。もう、あんな連中に関わらせるのはやめよう」
真琴は朔菜を抱き寄せ、甘やかな顔で笑った。その目は、失明者のものとは思えないほど明るかった。
「彼女に知らせる必要はあるか?もし夕乃がどうしても遊園地へ行くと強情を張らなければ、朔菜が人さらいに連れ去られることはなかった。今こうして見つかったのは、奇跡みたいな幸運だ。
それにあいつ、所かまわず男に抱かれてきた女だぞ。厄介な病気でも持ち帰られたら困る」
私は手の中の通帳を見つめ、息ができないほど胸が痛んだ。
ちょうどそのとき、スマホにメッセージが届く。
【夕乃!今すぐ曝露後予防の治療を始めないと、本当に手遅れになる!】
扉の内側には、あたたかな灯りと弾む笑い声――私が夢に見てきた家だ。
扉の外にいるのは私。そして、手には涙でにじんだ通帳。
私は凍りついたみたいに立ち尽くし、家の中の声をただ聞いた。
「お兄ちゃん、そんなふうにお姉ちゃんのこと言わないで……」
朔菜の声は、軽くて柔らかい。
「お姉ちゃん?どこの誰のことだ」
真琴は嗤った。
「朔菜、お前は本当に優しすぎる。彼女はお前を十数年も外でさまよわせた人だぞ。まだ味方するつもりか?」
母の美蘭も同調する。
「そうよ、朔菜。あの子は放っておきなさい。お兄ちゃんの言うとおり。夕乃じゃなければ、あなたがこんなに長いあいだ私の元を離れて、外で苦労することなんてなかった」
父の誠一が一つため息をつく。
「もう、その話はやめよう。今日は朔菜の誕生日だ。さあ、ろうそくを吹き消して、願いごとを言いなさい」
「私の願いはね、パパとママとお兄ちゃんが、いつまでも元気で幸せでいられるように」
「いい子だ」
中がどれほど幸福であればあるほど、外に立つ私はその分だけ笑いものだ。
両親は亡くなり、兄は寝たきりになった。この家を支えるのは私ひとりだと、ずっと思っていた。
兄の手術費をそろえるために、私はできることは何でもした。
酒に付き合い、笑いに付き合い、夜にも付き合った。
脂ぎった男たちが蛆虫みたいに私の体を這い上がってくる。タバコと酒と汗の臭いが混ざり合った空気の中で、いっそ消えてしまいたいって何度も思った。
そのたびに私は目を閉じて自分に言い聞かせる――これは兄を救うため、たった一人の家族のためだ、と。
けれど今、無数の口づけと撫でで磨耗したこの顔と、部屋の中で笑うあの無垢な顔とが並んで、これ以上ないほど残酷な対比を作っている。
――私が耐えてきた屈辱は、罰にすぎなかったのだ。
中から足音がして、真琴だ。
扉が開く。私の惨めな姿を見ても、彼の顔に嘘がばれた時のような動揺は微塵もない。あるのは、露骨な嫌悪だけだ。
「今日の稼ぎは?今夜は相場が高かったらしいな。たっぷり稼いだんだろ」
私の手の通帳に目を留めた真琴は、それをひったくると、軽蔑を隠さない目で私を上から下まで値踏みした。
「夕乃、すっかり板についてきたな。こんなに早く金をそろえるとは。
ただ、その体、何人に回された?汚らわしい」
第2話
立ち去ろうとした彼は、思い直したように振り返り、私を睨んで一言、警告を残した。
「変な真似はするな。お前は、一生、江口家に借りがあるんだ」
扉が乱暴に叩きつけられ、乾いた音が鼓膜を刺し、耳の奥がずきりと痛んだ。
私はぼんやりとしたまま、マンションの敷地を出た。夜の冷たい風が頬を切るように吹きつける。
空腹で胃がきりきりと痛む。あてもなく夜の街をさまよっていると、少し先のブランド店の前に一台の高級車が止まった。
車のドアが開き、父の誠一と兄の真琴が左右から朔菜を守るように降ろす。どこかにぶつけやしないかと気を揉んでいる。
その後ろに母の美蘭がついてきて、やさしく彼女のドレスの裾を整える。その手つきは、まるで朔菜が世界でいちばん大切な姫であるかのようだった。
三人は彼女を囲み、灯りのあふれる店内へと消えていく。
私は一文無しで、影の中に立ち尽くし、空腹の痛みを抱えたまま、その光景を見ていた。
あの甘やかし方は、私の記憶にあるものとまったく同じだ。
けれど、その愛だけはもう、別の人へとすっかり移ってしまっていた。
手のひらで大事に育てられたのは、私のはずだった。命と引き換えにしてでも守ると、彼らが言った娘。
今の私は、彼らの口にのぼる罪人で、彼らにとって恥であり、触れたくもない存在だ。
鋭い痛みが胃の奥を貫き、もう立っていられず、私はその場にうずくまった。冷たい汗が全身を濡らしていく。
私はどうにか足を引きずりながら、「家」と呼ぶしかないあの賃貸の部屋に戻った。
家というよりは、息苦しい檻だ。
壁には、客の残していった精の跡がまだ乾かずに残っている。
いつの間にか真琴が来ていた。ソファに腰を下ろし、彼は余裕の笑みを浮かべながら私を見つめる。
「どうした?今日の客に不満でも言われたか?死人みたいな顔してるな」
彼は腕を組み、舌打ちを重ねる。
「夕乃、言っちゃなんだが、お前のその有様、妙にそそるな。オッサン連中に好かれるのも無理ないね」
私は何も言わず、壁に手をつきながら、一歩ずつ奥へ進む。
私が相手にしないのを見て、真琴は瞬時に逆上し、駆け寄ると髪をわしづかみにして、私の体を床に叩きつけた。
「黙ってんじゃねえ、聞こえねえのか!
何を気取ってんだ?今のお前はただの売女だ。売女は売女らしくしろ!」
頭皮が裂けるような痛みに、私は頭を抱えて身を震わせた。
それでも真琴の怒りは収まらず、何度も私の体を蹴りつける。
「死んだふりか?そんなことで逃げ切れると思うな!いいか、お前が朔菜に負わせた借りは、一生かかっても償えないんだ!
お前があの日あんなことしなきゃ、朔菜が迷子になることも、外であんな苦労をすることもなかったんだ!」
蹴りが入るたび、痛みは体ではなく、胸の奥に突き刺さる。
もう、泣く力さえ残っていない。
そのとき、向かいの部屋の高橋恵子(たかはし けいこ)がゴミ出しに出てきて、部屋の中の様子を見て思わず声を上げる。
「ちょっと!若いの、何してるの!その子、妹でしょう!」
彼女は駆け込んで、真琴を引きはがそうとする。
「ちょっと!やめなさい!鼻血が出てるじゃない?こんなに出てるわよ!」
手で顔を拭うと、掌がねっとりと赤く染まる。
真琴はその光景に面食らって動きを止め、私の血だらけの顔を見てわずかにうろたえた。
「どうしたんだ?」
痛みで意識が遠のき、私は壁を支えにどうにか立ち上がる。
「大丈夫」
恵子は目にいっぱいの不安を浮かべ、落ち着かない様子で真琴に向って叫んだ。
「早く妹を病院へ連れていきなさいよ!顔色がひどいじゃないの?」
真琴は気まずそうにその場に立ち尽くし、強がるように言う。
「大したことじゃない。こいつは図太い、死ぬようなタマじゃないよ」
第3話
私はソファに身を戻し、目を閉じて必死に呼吸を整える。
だが真琴がまた近寄ってきて、私の顎を指でつまみ上げ、無理やり顔を上げさせる。
「夕乃、今度は何の手口だ?同情を引く芝居か?
言っとくが、無駄だ。朔菜が味わった苦しみは、お前のその程度の擦り傷なんか比じゃない」
彼はティッシュを投げつけるように寄こし、冷えた声で続ける。
「明日、山口(やまぐち)社長の席がある。お前を名指しだ。ギャラはデカい。しくじるなよ」
思わず苦笑がこぼれた。結局、彼が戻ってきたのは、次の売り渡しの予定を告げるためだけだ。
真夜中、スマホが震えた。成金どものグループチャットからだ。
誰かが動画を上げていた。テキストにはこうある。
【江口家の御曹司、今夜は惜しげもなく金を使い、妹に「ハート・オブ・ザ・オーシャン」を贈ったそうだ。羨ましすぎる兄妹!】
動画を再生すると、映っていたのは高級ブランドの店内。
真琴が、朔菜の首に青いダイヤのネックレスをやさしくかけている。
朔菜は満ち足りた笑顔を浮かべている。そこへ真琴の声がはっきりと重なる。
「これ、あの女の稼ぎで買ったんだ。お前への償いって思って。
これからは、あいつの稼ぎは全部、お前の小遣いだ」
私は口を押さえ、泣き声がこぼれないように必死に堪える。
それは、私が命と引き換えに手にした金。彼の言う「汚らわしい女」が、身を売って得た金だ。
あの男たちの脂ぎった手が、私の体を這い回る。耳の奥では、屈辱の言葉が何度も甦る。
最安の弁当で腹を満たし、服は破れても捨てられない。
病気になることも、病院に行くことも怖かった――真琴の「治療費」に、一円でも多く残さなければならなかったから。
そして今、私が身を削って得た金は、彼が別の女を喜ばせるための道具になり、彼の口では「厄介な金」となっている。
感情が一気に煮え立ち、視界が暗転した。意識が、そこで途切れた。
次に目を開けたとき、私は病院にいた。
助けてくれたのは、恵子だ。彼女はどうしても気になって引き返し、私が倒れているのを見つけて、すぐに救急車を呼んでくれたという。
恵子は私の手を握りしめ、涙をこらえるように目を赤くしていた。
「あなたって子は……どうしてこんなに無理をするの?」
ちょうどその時、病室の扉が勢いよく開かれ、真琴が飛び込んできた。彼は私の鼻先を指さし、怒鳴りつける。
「夕乃!ずいぶん偉くなったじゃないか?ちょっと体調崩したくらいで病院に来るとはな。山口社長の席はどうするつもりだ!この席を取るために、俺がどれだけ頭下げたと思ってんだ?」
私は呆然と彼を見つめ、泣くよりもみっともない笑みを浮かべた。
見ず知らずの隣人は、私の異変に気づき、病院まで運んでくれた。
なのに、血のつながった実の兄が気にしているのは、私が彼のためにどれだけ利を生めるか――それだけだ。
動画の中、朔菜にネックレスをかけたときの真琴の甘い笑顔がまた浮かぶ。
あんな笑みは、これまで一度として私のものにならなかった。
恵子は見かねて、何か言おうと口を開いた。
私はそっとその手を握り、首を振って止めた。
恵子は怒りをこらえながらも、出ていく間際に真琴へ言う。
「若いの、彼女はあんたの実の妹だよ。ちゃんと大事にしてあげなさい。後で悔やんでも、取り返しがつかないわよ」
真琴はまったく取り合わず、私のベッドのそばまで来て、どかっと腰を下ろした。
彼は苛立ちを隠そうともせず私を見据え、ついに、何か大きな決断でも下したかのように口を開く。
「夕乃、ひとつ知らせだ。驚くなよ」
私は目を閉じ、顔を背ける。
それでも彼はお構いなしに続ける。
「父さんと母さんは死んでない。明日、帰国する」
私は思わず目を見開いたが、言葉が出てこない。
父さんと母さんが……私に会いに来る?
やっぱり、私のことを見捨てきれなかったんだよね。
第4話
そうだ、きっとそう。私はいちばん可愛がられていた娘なんだから。見つかったばかりの朔菜のために、私を捨てるなんて、そんなことあるはずがない。
あの日、耳にした言葉だって、きっと誤解だ。会話の全部を聞いていなかったに違いない。
私は思わず笑い声を漏らした。血の気のない顔に浮かんだその笑みは、ぞっとするほど不気味だ。
真琴は眉をひそめ、嫌悪を隠そうともせずに立ち上がり、部屋を出ていった。
体の奥にこびりついていた痛みが、少しだけ遠のいた気がした。どうしてか、今は、すべてが愛おしく感じられた。
手の点滴を引き抜き、看護師の制止も聞かず、私は家へ駆け戻った。
鏡に映る自分は、土気色の顔に落ちくぼんだ目。歩く骸骨みたいだ。
――明日、父さんと母さんがこの姿を見たら、きっと心配する。
私は押し入れの中をひっくり返し、ベッドの下に隠していたブリキ箱を取り出した。中には、ここ数年こっそり貯めてきた小銭が入っている。
小銭をひと握りつかんで、私は街角の安い服屋へ駆け込んだ。目に飛び込んできた中で、いちばん明るい赤のワンピースを買った。
それから、百円ショップに寄って、一番鮮やかな赤い口紅を一本買った。
翌朝、私は、まだ夜も明けきらないうちに目が覚めた。
赤いワンピースに着替え、唇にたっぷり口紅を引き、頬の白さをごまかすように色を塗り込む。
古びた鏡の前で何度も見直し、鏡の中の自分がもうそんなに病的に見えないと確信してから、ほっとして玄関に座り、二人の帰りを待った。
時は刻むように過ぎ、朝が暮れに変わる。
痛みが波のように押し寄せ、また鼻血が出た。丸めたティッシュを雑に押し当てて塞ぐしかなかった。
空がすっかり暗くなりかけた頃、黒い高級車が路地に滑り込む。
車のドアが開き、母の美蘭は華やかなツーピース、父の誠一はぴしっとしたスーツで現れた。
二人とも眩しいほどにきちんとしている。
私は買ったばかりの服の裾を握りしめ、居心地悪く身を縮めた。
勇気を振りしぼって一歩踏み出し、私はそっと声をかける。
「……お母さん」
しかし美蘭は、汚いものでも見たように鼻を押さえ、嫌悪をあらわにして数歩さがった。
「夕乃、何その格好。まるで立ちんぼ女じゃない?なんてみっともないの」
胸の熱が、一瞬で冷水を浴びせられたようにしぼんだ。
仕方ない、長く離れていたんだもの。少しぎこちないのも当然だ。きっと、そのうち元に戻る――私はそう自分に言い聞かせる。
美蘭は小さく咳払いし、ゆっくりと言葉を続ける。
「今日はね、あなたを家に連れて帰るために来たの。
ただし、一つ条件があるわ」
私はすぐにうなずいた。娘として認めてもらえるなら、どんな条件でも受け入れる。
美蘭が車内に向かって手招きした。
「朔菜、可愛い子、降りてらっしゃい」
次の瞬間、真琴が朔菜の手を引いて、この狭くて古びた部屋へ入ってくる。
私は訳も分からず、二人を見つめた。
美蘭は私と朔菜を交互に指さし、言う。
「朔菜はすぐに、江口家の娘として皆に正式に紹介されるの。
うちの家にあんなことをした娘がいるなんて許されない。朔菜の名に傷がつくから。
だから……」
美蘭はブランド物のバッグから、小切手と書類一式、それから金づちを取り出し、私の目の前のテーブルに並べた。
「この合意書にサインしなさい。金のために自ら堕ちたと公に認め、江口家とは一切の縁を切ること。さもないと、その脚を自分で叩き折りなさい。一生、家から一歩も出させないわ」