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一万メートルの空に囚われた愛
飛行機事故の時、夫の田村純一(たむら じゅんいち)は彼の幼馴染の大野翠(おおの みどり)と指をからめあっていた。 来世こそ夫婦になろう、...
Chương (1)
第1章
飛行機事故の時、夫の田村純一(たむら じゅんいち)は彼の幼馴染の大野翠(おおの みどり)と指をからめあっていた。
来世こそ夫婦になろう、と。そう誓い合って、二人は一緒に死のうとしていた。
飛行機は雪山に墜落して、私と翠は同じ場所に投げ出された。でも彼女は、私を殴って気絶させると、私の体から肉をえぐり取った。
私の肉を食べて、翠は雪山で生き延びた。そして私の死体を隠して、顔もぐちゃぐちゃにしたんだ。
その後、純一と翠は恋人になった。そして翠は、私の息子・田村樹(たむら いつき)の継母になり、私の両親にも実の娘同然に扱われ、私の全てを奪っていった。
一年後、私の遺体が発見された。それを解剖したのは、なんと夫の純一だった。でも彼は、それが私だとは最後まで気づかなかった。
第1話
飛行機事故の時、夫の田村純一(たむら じゅんいち)は彼の幼馴染の大野翠(おおの みどり)と指をからめあっていた。
来世こそ夫婦になろう、と。そう誓い合って、二人は一緒に死のうとしていた。
飛行機は雪山に墜落して、私と翠は同じ場所に投げ出された。でも彼女は、私を殴って気絶させると、私の体から肉をえぐり取った。
私の肉を食べて、翠は雪山で生き延びた。そして私の死体を隠して、顔もぐちゃぐちゃにしたんだ。
その後、純一と翠は恋人になった。そして翠は、私の息子・田村樹(たむら いつき)の継母になり、私の両親にも実の娘同然に扱われ、私の全てを奪っていった。
一年後、私の遺体が発見された。それを解剖したのは、なんと夫の純一だった。でも彼は、それが私だとは最後まで気づかなかった。
私の遺体が見つかった時、そのあまりのひどさに、救助隊員たちは何人もトラウマになってしまったそうだ。
顔中が切り傷だらけで、元の顔なんて分からない。骨がのぞいているところもあった。夫の純一が現場に来たとき、周りの人たちはまた吐き始めた。
「田村さん、遺体は洞窟で見つかりました。事故の犠牲者じゃないかもしれません。誰かに殺されたハイカーみたいです」
純一の部下である山下健二(やました けんじ)の話では、遺体が見つかった場所は飛行ルートから外れているとのことだった。
普通ならあんな場所まで飛ばされるはずはない。自分で歩いた可能性もあるが、遺体の痕跡はどれも、私が誰かに殺されたことを示していた。
今日をもって、あの飛行機事故から丸一年が経った。純一は遺体の前で眉をひそめ、体をぶるぶると震わせていた。
「田村さん、ここは私たちに任せてください。田村さんもあの事故に遭われたんですから……これはあんまりにも酷いですよ」
「平気だ」純一は無理に自分を落ち着かせた。プロとして、情に流される姿を見せたくなかった。
しかし、そばにいた健二はぽつりと言った。「まだ28人も見つかってないんですよね。奥さんも、行方不明のままですし……」
「しっ」
純一は、私のことを話すのを許さなかった。私は純一のそばに漂いながら、彼が遺体を調べていくのをじっと見ていた。
私の服は、とっくに純一の幼馴染である翠にはぎ取られていたので、お腹にぽっかりとあいた二つの穴が、ひどく目立っていた。
「二か所、明らかにお肉がえぐり取られています。田村さん……切り口がすごく綺麗で、誰かがわざとやったんですよね」
「ああ」純一はさすがプロだ。細かいところも見逃さない。「右手の薬指が潰されてる。何か目的があったんだろうな。恨みによる犯行か」
翠は私を殺した後、結婚指輪を奪おうとした。でも抜けなかったから、逆ギレして尖った石で私の手を叩き潰した。
「あなたは純一とつり合わない!」って言いながら、彼女は私の指輪を盗んだ。
純一の視線が、遺体の手の甲に落ちる。そこにはハート形のあざがある。あと少し、裏側まで見てくれさえすれば、彼も気づくはずだった。
この遺体は、私なんだって。
でも、純一はその大事なことを見逃した。彼が傷だらけの顔をもう一度見ている。すると、健二は口を挟んだ。「墜落したとき、顔から落ちて木や石でこんなになった、とか……」
「いや、切り口が綺麗すぎる」純一はそう言うと、「まずDNA鑑定だ。事故の犠牲者のデータと比べてみてくれ」と指示を出した。
彼らが話していると、ドアの外から別の部下が入ってきた。
「田村さん、大野さんが外でお待ちです。あの事故のショックから立ち直れていないんじゃないかって心配で、わざわざ来てくれたそうですよ」
私の魂も純一の後について外に出る。彼は慌てたように、なんでも翠に報告するな、と部下を叱っている。
純一が部屋を出てすぐ、翠が彼の胸に飛び込んできた。「お仕事の邪魔しちゃいけないって分かってる。でも、雪山で遺体が見つかったって聞いて、もしかして美羽さんなんじゃ……」
「考えすぎだよ。また夜、うなされるぞ」純一は翠を優しくなだめていた。
……
飛行機が激しく揺れて、泣き声と悲鳴が飛び交っていたあの時のことが、今も忘れられない。もうだめだ、死ぬんだって、分かっていた。
なのに純一は、翠の手を固く握っていた。指を絡ませて、死を目の前にして、お互いの本当の気持ちに気づいたみたいだった。
純一が彼女をなだめる声が聞こえた。「怖がらなくていい。翠、俺がそばにいるから。
お前と一緒なら、死ぬのだって怖くない」
第2話
ハッと我に返ると、純一が車を買い替えていることに気づいた。車の中は翠の好きなぬいぐるみだらけで、助手席には【翠専用】と書かれたステッカーまで貼ってある。
「樹を迎えに行こう。もうすぐお迎えの時間でしょ」
「うん」
純一は翠に優しくシートベルトをつけてあげて、頭をなでた。もう何も考えなくていいよ、とでも言うように。
二人は運転している時でさえ、手を握り合っている。昔、私が信号待ちの時に手をつないで写真を撮ろうとしたら、純一にひどく怒られたのを思い出した。「危ないだろ!事故にでもなったらどうするんだ!」って。
胸がずきりと痛んだ。車が停まると、息子である樹がこっちに走ってくるのが見えた。
私は手を伸ばし、愛しい我が子を抱きしめようとした。
でも樹は私をすり抜けて、翠の胸に飛び込んでいった。
「パパじゃやだ!翠姉ちゃんに抱っこしてほしい!」樹は、翠にものすごく懐いていた。
翠は樹の鼻を優しくつついて、「学校で、先生のお話ちゃんと聞いた?」と尋ねた。
私は息が詰まりそうだった。私を死に追いやった人殺しに、私の息子まで奪われてしまった。今すぐ翠に飛びかかって、八つ裂きにしてやりたい衝動に駆られた。
でも、私にはもうどうすることもできなかった。
樹は翠の肩に甘えるように寄りかかると、こくりと頷いた。「うん、それにね、先生に褒められたよ。僕はこんないい子にしてるから、翠姉ちゃんは、いつ僕のママになってくれるの?」
私は衝撃を受けた。
この子が、翠に母親になってほしいって?
本当に気が狂いそうだった。私を死に追いやったこの女が、純一を奪い、今度は樹まで奪おうとしている。
なんて皮肉なの。
「パパもがんばらないと、翠姉ちゃんは誰かにとられちゃうよ」
死んでまだ一年しか経っていないのに。周りの人はもう私のことをすっかり忘れてしまったの?
三人は笑いながら、私の実家へ帰っていった。明日は週末だから、純一は樹を私の両親に預けるつもりらしい。
父が樹を遊びに連れて行ってくれた後、母が真剣な顔で純一に向き直った。
「またご遺体が見つかったって聞いたけど、美羽じゃなかったの?」母が尋ねると、純一は翠を気遣うようにちらりと見て、静かに首を振った。
あれは美羽のはずがない、どうやら事故で亡くなったハイカーのようだ、と純一は言った。
母はため息をついた。「樹くんはまだ小さいもの。樹くんのためにも、ちゃんとした家庭が必要よ。あなたと翠の結婚も、そろそろ考えたほうがいいんじゃないかしら」
まさか、母が純一に再婚を勧めるなんて。母が言うには、彼女と父はもう気持ちの整理はついているし、死んだ人間は帰ってこないんだから、とのことだった。
もうこんなに時間が経ってしまった。きっと、私はもう戻れないって。
私は絶望で目の前が真っ暗になった。どうして私は、死んでからこんな仕打ちを受けなきゃいけないの。みんなに裏切られて、見捨てられて……
「おばさん、それは少し早すぎませんか?せめて、美羽さんのご遺体が見つかるまでは……」
ふん、翠って、本当に良い子ぶるのが得意ね。
翠の言葉を聞きながら、私は心の中でそう皮肉った。
翠は孤児で、私とは幼なじみだった。純一の隣の家に住んでいた大学教授の夫婦に引き取られ、何不自由なく育った。ある日、その夫婦が事故で亡くなってしまい、彼女は莫大な遺産を相続したのだ。
翠が若手俳優と結婚したあと、純一は私に告白してきた。私と純一はすぐに結婚した。純一はすごく優しかったから、まさか彼が翠への当てつけで私と結婚したなんて、鈍感な私は全然気づかなかった。
ある日、偶然純一の日記を見てしまった。日記には、彼の心にはずっと翠がいた、と書かれていた。
その後、翠は夫に捨てられて、傷ついた彼女はうちに転がり込んできた。
そこから二人の関係は、どこかおかしくなっていった。夜中にふと目を覚ますと、純一が翠の部屋にいる気配がしたこともあった。
最初の頃、私は文句を言ったり、やきもちを焼いたりした。でも純一は「考えすぎだ」と、「本当に何かあったら、お前とは結婚してない」と、疑い深い私を責め、だんだん私を無視するようになった。
第3話
純一は私の両親の家に行ったその日の夜、翠にプロポーズした。
何万人もいるコンサートで、彼はゲストとしてステージに招かれ、カメラに向けて翠への愛を宣言した。私は、幸せそうにキスを交わす二人を、ただ見つめていた。
私の魂まで、きりきりと痛みだした。
そうか、これが純一が人を本気で愛するときの姿なんだ。情熱的で、気持ちをまったく隠さない。
私に対しては、こんなじゃなかったのに。
翠は純一にネックレスを贈った。なんと、そのネックレスには、私が純一にあげた結婚指輪がつけられていたのだ。
「美羽さんにも、私たちの幸せをちゃんと見届けてほしいから」
翠は笑いながら、純一にそのネックレスをつけてあげた。彼女の思い通りだ。死んで魂だけになった私は、今まさにこの光景を見せつけられている。
純一はやさしく翠を抱きしめて言った。「やっぱりお前は気が利くな」
「私と結婚するんだから、過去とはちゃんと、さよならしないとね」
……
飛行機が落ちて、意識を取り戻した時のことを思い出した。あの頃の私は、翠が一緒だったことに、むしろ安心していた。一人じゃなかったから、きっと助かるって信じてたんだ。
私は翠に聞いたんだ。私たちの隣にいたはずの純一はいないかって。だって、席は隣同士だったから。
周りは亡骸だらけで、中には見るも無残な人もいた。翠はほとんど怪我もしてなくて、むくりと体を起こすと、「何か食べるものを探してくるね」と言ってくれたんだ。
まさか、その後、翠が石を抱えて、私の頭に思いっきり振り下ろすなんて、私は死ぬまで思いもしなかった。
鬼のような形相で、彼女は怒鳴った。「なんであなたが生きてるのよ!手間かけさせないで!愛されてない方が邪魔者なの!あなたが死ねば……純一は完全に私のものになるんだから!」
私は翠に殴られて血まみれになった。彼女は私の薬指にはまった結婚指輪をにらみつけると、今度は狂ったように私の手を殴りつけた。私の指は、ぐちゃぐちゃにつぶれてしまった。
私はすぐには死ななかった。ただ気を失ってただけ。でも、体中がすごく、すごく痛かった。
意識が戻ると、お腹をすかせた翠が、じっと私を見ていた。そして彼女は、私の体から肉を二切れ……切り取った。
……
夜、翠は悪夢にうなされて目を覚ました。隣にいた純一が、すぐに彼女を抱きしめた。
「また怖い夢でも見たのか?」
「うん。美羽さんの夢を見たの。私があなたを奪ったからって、すごく恨んでるって……」
翠の演技は、たいしたものだ。純一は彼女をなだめながら言った。本当に好きなのは翠だけで、昔私と一緒にいたのは、彼女が他の人と付き合っていたことへの当てつけだったんだと。
「奪ったなんてことない。俺がお前を愛してるんだ。あの事故を乗りこえて、これからの人生をお前とずっと一緒にいたいって確信したんだよ。だから、なにも思いつめなくていい」
こんなにやさしい純一の顔は、私は一度も見たことがなかった。
私は宙に浮かんだまま、その光景を見ていた。翠が体をくねらせ、純一の耳もとでささやく。彼はすぐにその気にさせられていた。翠は、二人の子どもが欲しい、と囁いた。
私はただそこで、見て、聞いていた。目の前でくり広げられるすべてが、私の人生がどれだけ失敗だったかを物語っていた。
第4話
私の体が見つからないから、両親は、せめて安らかに眠れるようにってお墓をつくってくれた。
「こうすれば、翠の心の負担も軽くなるからね」母は翠のことばかり気にかけていて、父も、翠のことを本当の娘みたいに思うって言っていた。
翠は、どうしても私にお線香をあげたいって言い張った。
彼女はお墓の前に、唇の動きだけで私に語りかけてきた。
[見た?あなたが誇りに思っていたものは、全部私のものになったのよ!
あなたなんてとっくに死んでればよかったのよ。ほんと、邪魔なだけなんだから]
翠は樹にお線香を渡して、私にあげるよう優しくなだめた。でも樹は泣き叫んで、どうしてもお線香をあげようとはしなかった。
樹は、翠に母親になってほしいんだって。
私は絶望で、心が空っぽになった。
ちょうどそのとき、純一のスマホが鳴った。電話の相手は健二で、ひどく慌てた様子だった。
「田村さん!やっと繋がりました!結果が出て、あの遺体は奥さんのものでした!」
「なんだと?」純一は震える声で聞き返した。「今、誰のだと言ったんだ?」
「奥さんのご遺体です!しかも奥さんは、誰かに殺されたんですよ!」