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ド近眼の私、ホラーゲームでは無敵らしい
ホラーゲームに入り込んだ私は目がすごく悪くてよく見えなかった。 だから、血濡れの姫を本当の娘みたいに可愛がったり、ラスボスを夫みたいに...
Chương (1)
第1章
ホラーゲームに入り込んだ私は目がすごく悪くてよく見えなかった。
だから、血濡れの姫を本当の娘みたいに可愛がったり、ラスボスを夫みたいに扱ったり、年老いた化け物を実の親みたいに敬ったりしていた。
初めてラスボスに会ったときなんて、思わずその腹筋をわしづかみにしちゃって、こう言ったのだ。
「わあ、すごい体してるね。でも、ちょっと背が低いのがもったいないかな」
そう言われボスは言葉を失ったけど、手に持っていた自分の首を体にくっつけると、歯ぎしりしながら言った。
「俺は身長186センチだ。さあ、もう一度よく見てみろよ」
第1話
「ようこそ、『ハッピーホーム』へ。
このステージで7日間生き残れば、クリアとなります。
初期プレイヤー:30名。現在の生存者:30名。
それではプレイヤーの皆さん、ゲームをお楽しみください」
交通事故で死んだ後、私はまぶしい光に包まれた。気がつくと、大きな建物の前に来ていて、耳元では不気味な機械音が響いていた。
私は極度の近視で、3メートル先は人間も動物も見分けがつかないほどだ。
だから、建物の様子も、周りの人たちの顔もはっきり見えなくって、ただなんとなく人の形がわかるだけだ。
その時、か細い声で泣いている女の子・陣内彩花(じんない あやか)が言った。「うう……ここどこなの?家に帰りたい」
一方で、金髪の男・西村竜也(にしむら たつや)が荒々しく怒鳴っていた。「ふざけてやがって!とっとと俺を帰せ!」
そうこうしている、落ち着いた雰囲気の男女が現れた。ベテランプレイヤーの森田直美(もりた なおみ)と大野幸太(おおの こうた)と名乗り、親切に状況を説明してくれた。
ここは無限に続くデスゲームの世界で、連れてこられたのは、みんな一度死んだ人間らしい。
すべてのステージをクリアして、伝説の9999ポイントを貯めれば、生き返ることができるというのだ。
生き返れると聞いて、私はすかさず質問した。「じゃあ、ステージを1回クリアするごとに、どれくらいポイントがもらえるの?」
そう聞かれて直美の表情はどこか暗かった。彼女は低い声でこう言った。「それはね、クリアした時の恐怖値によるの。低ければ低い方がいいけど、恐怖値が99だったら、もらえるポイントはたったの1。もし恐怖値100になったら、その場で死ぬことになってしまうの」
恐怖値とは、その名の通り、恐怖を感じた度合いのことだ。
ベテランプレイヤーはゲームに慣れているから、だいたい恐怖値を60以内に抑えられるらしい。
でも、新米プレイヤーは、かなり悲惨なことになるそうだ。
それを聞いて私は顎に手を当てて、また質問した。「じゃあ、もし恐怖値0でクリアしたら、その時は100ポイントもらえるということ?」
その言葉を言った瞬間、私の知らないところで、私の行動のすべてが配信されているライブのコメント欄では、私をあざ笑う言葉であふれかえった。
【この新人、大口叩きすぎ!『ハッピーホーム』はS級だから難易度が最高ってわけじゃないけど、そのえげつなさで、いまだに誰も初回クリアできてないのに!】
【確か、この前の第一ギルドの亮太様もここでやられたんだっけ?6日間粘ったのに、結局死んだよな】
【最悪だ、今回マッチングしたベテランが直美さんと幸太さんだけか。彼らを合わせても亮太様に及ばないし、こりゃ今回も全滅だな】
……
すぐに、私たちは部屋を選択させられることになった。
直美の話では、このステージをクリアした人はまだいないけど、先に死んだプレイヤーたちが少しだけ攻略のヒントを残してくれたらしい。
この建物は全部で30階建てで、各階に住めるプレイヤーは1人だけだ。
しかも『ハッピーホーム』というゲームは、いわゆるコスプレ系のホラーステージなんだそうだ。
それぞれの部屋には化け物が住んでいて、そいつらがプレイヤーの家族や恋人など、親しい間柄の役を演じているらしい。
そんな相手と7日間も一緒に暮らすんだから、恐怖値が激しく上がるのも当然だ。
そこで、幸太は慌てて説明を続ける直美の言葉をさえぎると、彼女を引っ張って、それぞれ1階と2階の部屋を選んだ。
ベテランプレイヤーのその動きを見て、勘のいい人たちもそれに続いて、次々と低い階の部屋を選んでいった。
第2話
逆に私は目が悪いから、走るのが遅くって、だから、みんなが選び終わるのを待つしかなかった。
結局、最後に残ったのは30階だけだった。
私が見えないのをいいことに、コメント欄はまた騒がしくなった。
【こいつ、絶対死ぬな。みんな知ってる通り、階が上なほどボスのレベルも高いんだよ】
【特に30階はヤバいボスばっかで、『死の家』って呼ばれてるくらいだし】
一方で、30階に着いた私はぐるっと見回してみたけど、現実の世界とあんまり変わらないように感じた。ただ、ちょっと血の匂いが強くて、壁が赤っぽくて、温度が低くて、照明が暗くて……だけじゃん。
しかも、よく見るとここは広々としたワンフロアじゃない。それに、私がずっと夢見てた家族までいるなんて、感激。
だって現実の私は、ド近眼の役立たずなだけじゃない。みなしごで、超ド貧乏なんだから。
私はドアまで歩いていくと、ためらわずに手を伸ばして、力いっぱいドアを叩いた。そして大声で叫んだ。
「ただいま!帰ってきたよ!もうお腹がすいて死んじゃいそうだよ!」
するとコメント欄は一瞬にして唖然とするコメントで埋め尽くされた。
【こいつ、ただ死にたいだけだろ?普通のプレイヤーなら、もっと丁寧にお願いするか、ドアの前で化け物の機嫌が良くなるまでおとなしく待つもんだ】
【もうこんなバカみたいな女の配信なんて見たくない。他のライブルームに切り替えようよ。直美さんの方にしようよっと】
【いや、見続けようぜ!こいつがどんな死に方するのか、逆に見届けたい!】
でもそれは、リスナーが私の思考回路を理解してないだけなのだ。
だって、これは仮想生活のゲームなんだから。化け物と家族になるには、できるだけ自然に振る舞うのが一番なのだ。
自分の家に帰るときに、「こんにちは、どなたかいらっしゃいますか?ドアを開けてください」なんて、わざわざ丁寧に言わないよね?
ほどなくして、「ギィ」って音を立ててドアが開いて、ひんやりとした空気が私の全身を包み込んだ。
気持ちよくて、私は思わずため息が出ちゃった。ここは最高の避暑地だね。これなら夏もエアコンいらずだ。
そして足元を見ると、小さな赤い「人影」がいた。
目がぼやけてよく見えないけど、2つのおさげが揺れているのはわかった。きっと、赤いワンピースを着た子供だろう。
その子は不気味に笑うと、いきなり私に飛びかかってきた。そして、冷たい小さな手で私の首を絞めてきたんだ。
だけど私はそのままその子を抱きしめた。そしてふいに、ワンピースがびしょ濡れなのに気づいて、私は不満そうな声で言った。
「子供が濡れた服を着てちゃダメでしょ!早く脱いで!きれいな服に着替えさせてあげるから!」
そしてくんくんと鼻を動かすと、血の匂いがしたので私は焦って尋ねた。
「もしかして、どこか怪我したの?救急箱はどこ?手当してあげるから」
この時コメント欄では、もどかしそうなツッコミが飛び交っていた。
【おい、その目は節穴か、かっぽじってよく見ろよ!これも『死の家』のボスと言えるだろう!それにそいつは濡れてる赤いワンピースを着てるんじゃなくて、プレイヤーを殺してバラバラにしたから返り血をあびてワンピースが赤く染まってんだよ!血の匂いもそいつが怪我したんじゃなくて、ワンピースについたプレイヤーの血のせいなんだ!】
【まあいいさ。どうせあの方が帰ってきたら、こいつも終わりだ】
でも、私にはそんなコメントは見えないから、何事もなかったかのように子供を抱きかかえて家の中に入り、赤いワンピースを脱がせてあげた。そして、彼女の可愛い子供部屋から新しい白いワンピースを見つけて着せてあげた。
すると私の首を絞めていた子供の小さな手は、いつの間にか力が抜けていた。
子供が戸惑っているのを感じて、私は温かいタオルを手に取り、少し顔を近づけて、彼女の顔についている血の汚れを少しずつ拭き取ってあげた。
これでやっとはっきり見えた。すごく可愛い女の子だったんだ。
私はにっこり笑って自分の頬を指さして言った。「家族なんだから、助け合うのは当たり前でしょ。でも、お礼にチューしてくれてもいいんじゃない?」
女の子はもじもじと白いワンピースの裾をいじりながら、そっと私の顔に近づいてきた。そして、「チュッ」とキスをすると、すぐに顔を離した。
第3話
それと同時に「ありがとう、ママ」というか細い声が聞こえてきた。
は?ママ?
まさかの、ママデビューしちゃった。
やばい、これ最高じゃん。
だって、私、出産中に命を落とす話をよく聞いてたから……家族は欲しかったけど、子供を産むのだけはすごく怖かったんだ。
女の子をあやして、お昼寝させたところで、突然、機械的な声が聞こえてきた。
「初期プレイヤー:30名。現在の生存者:20名」
まさか、家を選ぶだけで、10人ものプレイヤーが死ぬなんて。
私はスマホを開いて、目の前に近づけて、やっと画面の文字が読めた。
どうやらプレイヤーのグループチャットで情報交換が始まったらしい。他のプレイヤーがどうやって死んだかとか、そういう内容だ。
そして情報によると、さっきの竜也と他の男3人が、3階の部屋を奪い合って大喧嘩したそうだ。
最終的に、竜也がなんとか勝って、3階に入居したらしい。
でも竜也がドアをノックして開けた途端、犬の頭をした人型の化け物が出てきた。そして、大きな口を開けて、彼を丸呑みにしてしまったんだって。
最後には、くちゃくちゃと口を動かして、肉片がついた骨を数本吐き出したらしい。
そして、その半開きになったドアの向こうには、たくさんの白骨が見えたそうだ。あれは全部、昔のプレイヤーの遺骨だったのかもしれないって、みんな推測してるようだった。
これを目の当たりにして、新米のプレイヤーはほとんどパニック状態になった。
まだ初日なのに、今は、直美と幸太以外の全員の恐怖値が、50にまで跳ね上がっている状態だ。
他にも、ある中年の男が、10階のドアに入った瞬間に、恐怖値が100まで急上昇して、即死したそうだ。
他のプレイヤーたちも、化け物に殺されるか、恐怖で死ぬかで様々な死に方をしてしまったようだ。
まあ、どれも私には関係ないけど。
私は立ち上がった。女の子が寝ている間に、バスルームからモップを見つけてきて、家全体を掃除することにした。
赤い床のタイルは、私がゴシゴシ磨きすぎて、真っ白になった。それを見て、私は思わず自分の仕事ぶりに感心してしまった。
壁にこびりついていた赤いシミは、どうしても落ちなかった。だから、とりあえずヘラで削り落とすことにした。
掃除が終わった頃にはもう午後だった。腰が痛くなるほど疲れて、私は女の子の隣のソファでぐっすり眠ってしまった。
次に目を覚ました時、私は冷たい気配に包まれていた。
部屋は薄暗く、目の前にはぼんやりとした黒い影が立っていた。
はっきりとは見えなかったけど、彼が発した最初の一言で、私はその声にやられてしまった。
黒い影は低くてセクシーな声で、軽く笑った。
「へえ、面白いな。まさか光希の手にかかっても生き延びてこれたとは」
するとすぐに、血濡れの姫の冷たい声も聞こえてきた。
「彼女に手を出すな。このママ、ちょっと面白いから、しばらく遊んでみる」
だが男は返事をせず、大きく手を振った。すると血濡れの姫はソファから吹き飛ばされて、「ドン」という大きな音と、骨が砕けるような音を立ててベランダのガラスに激突してしまった。
男は鼻で笑った。「君ごときが俺にそんな口の利き方をしていいと思ってるのか?調子に乗るな」
それを見て我慢できなくなった私はソファから飛び起きて、口早に言った。
「子供になんてこというの、許さないわ!父親としてありえない!」
だが、男の顔をひっぱたこうと思ったのに、どういうわけか、手が滑って、彼の腹筋を鷲掴みにしてしまった。
うわ、この手触り……あまりにもよかったから私は思わず、2、3回なでてしまった。
そして、男が黒いオーラ立ち込めて怒り狂う寸前で、私は慌てて取り繕った。
第4話
「光希は私の可愛い娘で、あなたは私の大事な夫。私たち仲良し一家じゃない。
っていうか、あなたはすっごくいい体してるけど……ちょっと背が低く見えるのは気のせい?
まっ大丈夫、私が来たから。これからは毎日美味しいものを作ってあげるから、子供もあなたも、ぐんぐん背が伸びるはずよ」
そんな状況に、コメント欄がひと際盛り上がった。
【うそでしょ、こいつ何言ってんの?首切り将軍の前で、よくそんなこと言えるな!】
【ついに来た、首切り将軍!『ハッピーホーム』で最強のボスだよね?確か亮太様もこいつにやられたんだよな】
【てか、なんで首切り将軍の顔が赤くなってんの……もしかして、これでカップル誕生か?】
【いやいや、考えすぎだろ】
配信を見ている人たちは、みんな私が首をへし折られるのを待っていた。
これまでのプレイヤーは、みんなそうやって死んでいったからだ。
ところが次の瞬間、首切り将軍は手に持っていた自分の頭を、ひょいっと首の上に乗せた。
そして、私にぐっと顔を近づけてきた。クールでミステリアスな雰囲気はどこへやら、なぜか少し不満そうな声で言った。
「俺が低い?俺は正真正銘186センチだぞ。もう一度、よく見てみろよ?」
最近は、化け物でも男である限り、身長を気にするのね。
「さあ、ちゃんと見て見ろ」
その首切り将軍の声があまりに素敵で、私は思わず胸がドキドキと高鳴った。
そう感じた、私は彼のネクタイをぐいっと引っ張って、自分に覆いかぶさるようにさせると、わざとらしく甘い声でささやいた。
「よく見えないな。もっと近くに来て」
そして目の前でアップになったイケメンの顔を見つめながら、私は心の中でほくそ笑んだ。
よかったぁ。このゲームは恐怖値しか見てなくて、ドキドキ値は判定しないみたい。
じゃなかったら、とっくにゲームオーバーしてた。
一方で首切り将軍が黙ったままなので、私は彼を怒らせたかと思って、すぐに目をキラキラさせて頷きながら媚びるように言った。
「わぁ!あなたが186センチで、私が166センチ!これって理想の身長差じゃない?私たちって本当お似合いね!」
すると、スーツ姿の首切り将軍は顔を真っ赤にして、何かを言おうとした。
そうしていると、体のパーツを元に戻したばかりの血濡れの姫が飛んできた。そして、首切り将軍を天井まで蹴り上げて、めり込ませてしまった。
そして彼女は、あどけない顔で私を見ると、頬をすり寄せ、潤んだ瞳でこう言った。
「ママ、光希、お腹すいた。ごはん」
こんな風に甘えられたら、誰だっていいなりになっちゃうでしょ。
そう思った私はすぐに冷蔵庫から食材を取り出すと、ウキウキしながら目の前の少女と……夫のために料理を始めた。
私の料理の腕は本物だ。親子とも、きれいに料理を平らげてくれた。
それから私がバスルームでシャワーを浴びていると、仲睦まじい親子の会話が聞こえてきた。
「光希、あいつを生かしておくのも悪くないかもな。飯が美味い」
「でもパパ、明日あの人たちが帰ってきたらどうするの?私たちがもう彼らのご飯を食べないって知ったら、きっとすごく怒るよ」
「あんなものが飯と呼べるか?文句があるやつは俺が始末しておくさ」
「わかった。じゃあ、私が見張り番をしててあげる」
シャワーを浴び終えた私は、当然のように主寝室を陣取った。そして布団からこっそり顔を出し、ソファに座ったまま動かない黒い影をうかがった。
そこで私は、優しい声で、自分の家庭的な一面をアピールしてみることにした。
「バスルームで体を洗ってきたらどう?頭は私がキッチンで洗ってあげる。その方が早いじゃない」
コメント欄は呆然とした。【なんだそれ?なんてイカれた提案だ】
さらに信じられないことに、首切り将軍が何を思ったのか、なんと私の提案に同意したのだ。
第5話
結局、私と首切り将軍は「首分け」して行動することにした。
私はキッチンで、彼の頭を洗いながら、鼻歌を歌っていた。
この不気味な光景に、コメント欄はぞわぞわと鳥肌を立てていた。
【これでこそ夫婦ってやつか。この女も、ヤバい変態だな】
でも、みんなは知らない。極度の近視の私にとって、手の中にあるのは毛の生えた黒いボールを洗っているようなもの、ただそれだけだった。
すると、突然手の中の「黒いボール」が喋り出した。「ご機嫌だね?」
私は素直に答えた。「もちろんだよ。あなたたち親子とはすごく上手くいってると思うし、絶対クリアできるって信じてるもん」
そしたら、その「黒いボール」は私をじっと見つめ、不意にニヤリと笑った。それは不気味だけど、整った顔立ちだった。
「願いは叶うさ」
そう言われて私は優しく彼を見つめた……まあ、よく見えないんだけど、私は細かいことを気にしないようにした。
「そういえばまだ、あなたの名前も知らないんだけど」
そう言われて、「黒いボール」、いや、首切り将軍の頭がふわりと飛んだ。そして、バスルームから出てきた体と完璧につながって、またあのイケメンな身長186センチの彼に戻った。
首切り将軍は何か嫌なことでも思い出したのか、かすれた声で言った。
「俺に名前はない。もしお前がよければ、つけてくれないか」
そう言うと、首切り将軍はすぐにその場を去った。そして沈んだ声で、ゲストルームで寝ると私に告げた。
ちぇっ、この男。腹筋を触りながら寝かせてくれてもいいのに。
そう思って私は頭をかきながら考えた。だけど、すぐには良い名前が思いつかなかったので、部屋に戻って考えることにした。
考え事をしていると、次の瞬間、布団の中から漆黒な瞳が現れた。その小さな顔は、ぼんやりと青白く光っていた。
その光景はまるでホラー映画のワンシーンみたいだった。
幸い、私にはよく見えなくて、ぼんやりとした白い影がそこにあるだけのように思えた。
「ママ、あの化け物なんて放っておいて。今夜は、光希がママと一緒に寝るの」
なんだ、血濡れの姫か。いつの間に私の布団にもぐりこんだんだろう。
私は血濡れの姫の小さなほっぺをぷにぷにして、ぎゅっと抱きしめながら、優しく言い聞かせた。
「パパのこと、化け物なんて言っちゃだめだよ。パパが悲しむでしょ」
すると血濡れの姫は不思議そうに私を見て、口を開いたが、そこには歯が一本もなく、血に濡れて痛々しい口内が広がっていた。
「えへへ。でも、私も化け物だもん。みんな私のこと、『キモいやつ』とか『クソガキ』って呼ぶんだよ」
それを聞いて、私はため息をついて、この子の考えを正してあげようとした。
「みんなって誰のこと?そんなことを言うなんて、間違ってる。もしママが彼らに会ったら、絶対に光希のために懲らしめてやるんだから。
でもね、光希は自分のことをそんな風に言っちゃだめ。ママが聞いたら悲しくなるから」
その後も、私は血濡れの姫を宥めようとあれこれ話しかけていたけど、いつの間にか眠くて眠ってしまったのだ。
でも、私は知らなかった。
私が眠った後、血濡れの姫は私にぴったりと寄り添い、私の寝顔をじっと見つめながら彼女のワンピースは赤くなったり白くなったり、白くなったり赤くなったりを繰り返していた。
そして、彼女小さくつぶやいた。「ママが悲しむ。ママを悲しませちゃだめだ」
それを見てコメント欄にも戦慄が漂っていた。
【血濡れの姫の妖気の波がこんなに大きいのは初めて見た!しかも、最後はワンピースがずっと白いままだ。変わらなかったぞ】
【まじかよ、この新人プレイヤー、血濡れの姫のステータスを変えちまったぞ。なかなかやるじゃん!】
翌日、私は機械的な声で目を覚ました。
「初期プレイヤー:30名。現在の生存者:15名」
私は寝ぼけ眼でスマホを手に取った。プレイヤーのグループチャットでは、昨夜さらに5人が死んだと話題になっていた。
そのうち3人は、化け物に殺されたという。
第6話
残りの2人に何があったのかは分からないけど、恐怖値が100になって、消えちゃった。
そこで突然、直美からメッセージが届いた。
【泉さん、大丈夫?きのうは2階の化け物とずっと戦ってて、なかなか連絡できなかったの。最初の3日間は、とにかく自分の『家族』を攻略することに集中して。
前に亮太様の配信を見たことがあるから、これが私が知ってる情報。部屋選びのルールを先に言わなかったせいで、あなたに30階を選ばせてしまって……本当にごめん。そのお詫びに思って】
それだけじゃなく、直美はグループチャットでたくさんの新人プレイヤーにアドバイスをしてあげていた。一方で幸太は時々出てきて悪態をつくだけだった。
【なんで新人に教えるんだよ。あなたはお人好しすぎるんだって。あいつらを助けたって、こっちには何の得もないだろ】
直美は、彼をなだめるように返信した。【これも何かの縁なんだから。そんな細かいこと、気にしないの】
だから、生き残ったプレイヤーはみんな直美にすごく感謝していた。
ふーん、この二人、見事なコンビネーション仕掛けね。ちょっと面白い。
私はくすっと笑って、スマホの画面に顔を近づけて直美に返信した。
【大丈夫よ。心配してくれてありがとう】
その傍らで首切り将軍は、片手で自分の頭を、もう片方の手で白いワンピースを着た血濡れの姫を持って、「ダンベル」運動をしていた。
私がスマホを抱えているのを見て、彼は何かを察したのか、少し眉間にしわを寄せた。
「あまり信じ……」
その言葉を言い終える前に、首切り将軍は突然胸を押さえて倒れてしまった。
血濡れの姫は小さな顔をしかめて、心配そうに彼を支えた。
私も急いで駆け寄って、自分の体で首切り将軍を受け止めた。
ゲームのシステムで、NPCはプレイヤーに具体的な攻略情報を教えられないようになっていたのだった。
その時ドアの外から「ドンドンドン」という重い足音が聞こえてきた。その一歩一歩が私の神経を踏みつけるみたいで、鼓膜に響いていた。
すると血濡れの姫は慌てて私の腕の中に飛び込んできて、お尻で私に抱かれている首切り将軍を押し退けようとした。
「ママ、おじいちゃんとおばあちゃんが田舎から帰ってきたんだよ。怖がらなくて大丈夫だからね」
だが、首切り将軍も負けじと、ぴくりとも動かないでいた。そして少し迷った後、すぐに私の手を握って、顔を赤らめながら繰り返した。「大丈夫だ、怖がるな」
なんて純情な男なんだろう。
怖くない、怖くない。どうせよく見えないんだから。はっきり見えないものは、全部ふつうの人ってことにしてしまえばいいんだから。
むしろ、新しいNPCが登場して、ゲームクリアを手伝ってくれるんじゃないかって、私は期待してるくらいだ。
それにどうやら、とても「元気」なご老人のようだしね。
鍵が鍵穴で回る音と同時に、配信のコメント欄もヒートアップし始めた。
【なんだか、臓鬼爺(ぞうきじじい)と夜叉婆(やしゃば)に期待しちゃうな。こいつを懲らしめてくれるやつがいないなんて信じないから】
【前の人、性格悪すぎだろ。新人が初クリアしてくれたら、あとに続く俺たちにとっても貴重な情報になるじゃん?】
ほどなくして「カチャリ」と音がして、ドアが開いた。
入ってきた2人は見るからに様子が怪しげで、彼らは腰を屈めて、なにやら巨大な荷物を背負っているようだった。
首切り将軍が床に倒れているのを見るなり、夜叉婆は甲高い悲鳴をあげて突進してきた。そして、私を突き飛ばし、口汚く罵った。
「この性悪女!よくも私の息子を傷つけたな!殺してやる!」
その瞬間悪霊に命を狙われた私は黒いオーラに包まれた。
近づいてよく見ると、夜叉婆はひどく痩せこけていた。まるで骸骨が無理やり服を着ているかのようだ。
髪の毛は一本もなく、顔のパーツはぐちゃぐちゃに溶けたようだった。はっきりとわかるのは、開いたり閉じたりする口だけ。
服からのぞく肌はすべて真っ黒に焦げていて、まるで焼きたての炭のようだった。
声を聞かなければ、彼女が女性だと見分けるのは難しかっただろう。
第7話
私は慌てて手を伸ばし、夜叉婆の炭のように真っ黒な手を握って、心配そうに言った。
「お母さん、お肌がどうしてこんなにカサカサなんですか?昨日の夜、お手製のパックを作ったので、よかったら持ってきましょうか?」
悪態をついていた夜叉婆だったが、それを聞いて急にきょとんとして、それからどもりながら言った。
「あ、あぁ……頼もうかしら……」
やっぱり、綺麗になりたいと思わない女はいないものね。
私が本当にパックを用意して夜叉婆にしてあげていると、臓鬼爺が不機嫌になった。
「おい、新しく来た嫁をしっかり脅かしてやるんじゃなかったのか?」
私は首切り将軍をじっと見つめて、口を曲げて言った。「なんだ、以前他の女がいたんだ」
首切り将軍はたちまち顔をこわばらせ、体からどす黒いオーラを放つと、そのまま夜叉婆の頭をねじり取ってしまった。
本当、それほど大それた親孝行はあったのだろうか。
しかし、首切り将軍は全く夜叉婆に構うことなく逆に私に向かって口の端を歪め、少し気まずそうな笑顔で言った。
「違うよ。あいつらは全員家に入る前に、光希に殺されたんだ」
夜叉婆も気まずそうに自分の頭を元に戻すと、顔のパックを軽く叩いてから、臓鬼爺を不気味に睨みつけた。
「口が軽すぎるんだよ。さっさとご飯の準備をしな!」
臓鬼爺はすぐに黙り込み、荷物と、お腹から飛び出たはらわたを引きずりながらキッチンへと向かった。
彼が通った後の床は、また真っ赤な血の色に染まっていった。
この時、血濡れの姫は床から起き上がり、とても丁寧に拒否の言葉を口にした。
「おばあちゃん、ごめんね。正直、おじいちゃんの料理、まずすぎるから、やめたほうが……」
彼女が言い終わらないうちに、キッチンから飛び出したはらわたの一部が、あっという間に血濡れの姫に巻き付いた。
臓鬼爺はケケケと不気味に笑った。「いい子だから、俺と一緒にご飯を作ろうねぇ」
床一面に散らばるはらわたを見ながら、私は裁縫道具を探しに部屋に戻った。「あら、お父さんのセーター、糸がほつれちゃってるじゃない。なんで放っておくのかしら」
臓鬼爺がご飯を作り終えた頃、私も裁縫道具を見つけ出せたので、かいがいしく配膳を手伝ったあと、臓鬼爺の腕を掴んで言った。「お父さん、セーターを直しましょうか?そんなふうに糸を引きずって歩くのは不便でしょう。昨日、私が掃除したばかりの床が汚れちゃうじゃないですか!」
すると化け物たちは、顔を見合わせた。
コメント欄の人たちもようやく理解したようだった。
【なんだ、こいつは度胸があるんじゃなくて、ただ目が悪いだけか?】
【いや、でも動きを見るとちゃんと歩けてるし、たぶんひどい近視なんだろう】
【俺は彼女を泉様と呼びたいくらいだ。だって俺たちに思いもよらない攻略法を示してくれたんだから】
【まあしばらく様子を見てようぜ。俺は、この女、実はすごく頭が切れてるんじゃないかと思うけどな】
そのコメントが流れた直後、私は臓鬼爺のはらわたを掴み、繕い始めた。
義理の父親なので、あまりベタベタするのもどうかと思い、少し距離を取っていたのだ。
だからそれが何なのかよく見えず、ただじっとり濡れているのを感じて、私は文句を言った。
「この毛糸、なんで濡れてるんですか?お父さん、さっき野菜を洗ったときに水でも跳ねたんですか?」
臓鬼爺もどうしていいか分からないようで、乾いた声で一言だけ返した。
「あ、あぁ……たぶん、そうだろうな」
そして、私が臓鬼爺のお腹を縫い終わったあと、気まずい空気のなか、皆でようやく食卓を囲んだ。
誰も手をつけないので、私は遠慮なく箸を伸ばし、「鶏のもつ煮込み」を取った。
そして私がそれを口に運ぼうとすると、化け物たちは邪悪な笑みを浮かべて、私をじっと見つめていた。
「これはね、あなたのお父さんが今日、下の階から持ってきたばかりの新鮮な食材だよ。昨日の晩におろしたばかりだから、鮮度が抜群なんだ」
第8話
階下?階下なんて、死んだプレイヤー以外に何がいるっていうのよ?
私はすぐにお箸を置いて、わざとらしくお腹を押さえてえづくと、首切り将軍の体に寄りかかった。
「うっ!だめ、こんな脂っこいものは食べられないわ。たぶん、昨日の夜が激しかったから……できちゃったみたい」
一方で血濡れの姫は、おもしろそうにその一連の成り行きを見守っていた。
すると臓鬼爺と夜叉婆は顔を輝かせ、急いで息子に私を部屋に連れてって休ませるように言った。
すると、首切り将軍は顔を真っ赤にして、慌てて私を抱きかかえて立ち上がると、耳元で低く囁いた。
「何を言ってるんだ。俺たち、まだ何も……」
うぶすぎる。まさか「そういうことした」とも言えないなんて。
それを見て、私は彼の腕の中でぐったりする振りをしながら、どさくさに紛れて腹筋を触り、同じように声を潜めて言った。
「大丈夫よ。もしその気があるなら、今からしたっていいんだから」
それを見て、コメント欄は一瞬にして炎上した。
【この女、痴女か!】
【これ、無料で見ていいやつ?】
【スゥ……ハー……すごく似合わない?片や見た目はいかついけど中身はうぶで、片や見た目はか弱いけど中身は肉食系。今日から私、このカップルの推しになるわ!】
でも結局、私は首切り将軍と一線を越えることはできなかった。
部屋に入るなり、彼は顔を赤らめるのをこらえながら、私に真剣な顔で打ち明けてくれたから。
「泉、お前が俺に寄せてくれる気持ちは嬉しい。まだ日は浅いが、俺もお前に特別な感情を抱いているのは確かだ。
だが、光希は俺の子だ。たとえこれがお前たちの言う『ゲーム』で、偽りの世界だとしても、2人目の子をもうけるなら、あの子に賛成してもらわないと。それが父親としての俺の責任だ」
この時、私は首切り将軍の首筋にある生々しい傷跡を見つめた。そこは、彼の首が繋ぎ合わされた痕だった。
もっと近くに寄ると、さらにはっきりと見えた。
それは傷跡ではなく、無数の傷が重なり合ったものだった。
まるで、切れ味の悪い刃物で何度も斬りつけられて、ようやく断ち切られたかのようだった。
この2日間、首切り将軍はずっとネクタイでそこを隠していた。
私はネクタイを緩めると、衝動を抑えきれずにその傷跡にキスをした。
「やめろ、醜いだろう」
彼は慌てて私を突き放そうとした。でも、自分が化け物であることを思い出して、私を傷つけるのを恐れたのか、どうしていいか分からないようだった。
「ううん、全然醜くないよ」私はキスをしながら、涙をこぼし、囁いた。「痛かった?」
今まで、首切り将軍がこんなにかっこいいと思ったことはなかった。
すると、彼は軽く笑って見せた。それはまるで雪解けのせせらぎのような優しい声だった。「痛かったさ。でも、もう痛くない」
一方で私は妊娠したフリで、臓鬼爺と夜叉婆を仄めかすことに成功した。
とにかく、この2日間の食事は私が全部作った。冷蔵庫にあった首切り将軍が買ってきた食材を使ったので、あの化け物夫婦が持ってきた袋の中の「食材」には手をつけることはなかった。
そして、もっともらしく見せかけるために、2日目の夜から、私は首切り将軍と一緒に寝ることになった。
夜中、どうやって彼を誘惑しようかと考えていると、布団の中からタイミングよく、不満そうな小さな顔がにゅっと出てきた。
「ママ、もう光希のこと好きじゃないのね。パパのどこがいいのよ、光希の方がずっといい匂いなのに!」
そう言って、血濡れの姫は首切り将軍をものすごい形相で睨みつけた。
そして血濡れの姫の白いワンピースが赤く染まりはじめ、首切り将軍の首の傷跡が広がっていき、今にも壮絶な戦いが繰り出されそうになった。