Đang tải thông tin quảng bá...
洪水に沈んだ家族の愛
家族と海外旅行に来ていたとき、突然大きな洪水に巻き込まれた。 私――江ノ上浅乃(えのうえ あさの)の婚約者、宍戸言人(ししど ことひと)...
Chương (1)
第1章
家族と海外旅行に来ていたとき、突然大きな洪水に巻き込まれた。
私――江ノ上浅乃(えのうえ あさの)の婚約者、宍戸言人(ししど ことひと)は、足の悪い妹・江ノ上葉菜(えのうえ はな)を背負ったまま、私のことなど一度も振り返らずに外へ走り去った。
両親は私のことには構いもしないで、葉菜に買ったばかりのインコだけはしっかり連れて行った。
彼らはその夜のうちに急いで帰国し、家族のグループラインでは「本当にみんな無事でよかった」と、生き延びたことを互いに喜び合っていた。
でも、その中に私のことは入っていなかった。
長女の私は、そのときまだ洪水の中で一人取り残されていた。
目を覚ました私は、迷わず恩師に電話をかけた。
「先生、国境なき医師団に付いていきたいんです……もう二度とここには戻りません」
第1話
家族と海外旅行に来ていたとき、突然大きな洪水に巻き込まれた。
私――江ノ上浅乃(えのうえ あさの)の婚約者、宍戸言人(ししど ことひと)は、足の悪い妹・江ノ上葉菜(えのうえ はな)を背負ったまま、私のことなど一度も振り返らずに外へ走り去った。
両親は私のことには構いもしないで、葉菜に買ったばかりのインコだけはしっかり連れて行った。
彼らはその夜のうちに急いで帰国し、家族のグループラインでは「本当にみんな無事でよかった」と、生き延びたことを互いに喜び合っていた。
でも、その中に私のことは入っていなかった。
長女の私は、そのときまだ洪水の中で一人取り残されていた。
目を覚ました私は、迷わず恩師に電話をかけ、大事な決断を伝えた。
……
半月ほどして、私は全身傷だらけのまま家に戻った。
家の中は笑い声であふれ、床には色とりどりのリボンやプレゼントの箱が散らばっていて、この家にどれだけお祝いごとがあったかを物語っていた。
家族ライングループには、親戚や友だちが、洪水から生き延びた「その一家」を祝うために集まったことを、楽しそうに書き込んでいた。
婚約者の言人は私に気づき、ほんの一瞬だけ、申し訳なさそうに目を曇らせた。
洪水が起きたとき、彼が真っ先に思い浮かべたのは妹の葉菜で、婚約者であるはずの私は、頭の片隅にさえいなかった。
両親がこちらを見たときも、その表情はどこか気まずくて複雑だった。
あのとき三人は、逃げる準備は何もかも整えていた。葉菜を笑わせるためのインコまでかごごと抱えていたくせに、ただ一人、長女の私は置き去りにされた。
言人がそっと歩み寄ってきて、ためらいがちに口を開いた。
「浅乃、大丈夫か……あのときは本当に危なくてさ。葉菜は足が悪いだろ。だからまずはあいつを助けるしかなかったんだ」
そう言いながら、彼はいつものように私の頭に手を伸ばしてこようとした。
私はさりげなくその手を避けて、冷めた目で言人を見つめた。
母さんは目を赤くしながら、ぎゅっと私を抱きしめてきた。
「浅乃、本当に辛かったわね。お父さんもお母さんも、わざと置いてきたわけじゃないのよ」
葉菜がこの家に戻ってきてから、母さんの腕の温もりを感じることなんて、ほとんどなくなっていた。
前の私なら、それだけで泣きそうになるほど嬉しかったかもしれない。けれど今の私は、そっと身を引いて、その抱擁から距離を置いただけだった。
母さんは、少し傷ついたような目をした。
そのとき、葉菜が足を引きずりながら駆け寄ってきて、心配そうに母さんの腕にすがりついた。
「姉さん、お母さんはこんなに心配してるのに、どうしてそんな態度を取るの?
お父さんとお母さんが私のことばかり助けたからって、姉さんが気を悪くしてるのは分かってる。でもだからって、みんなの前でまでお父さんとお母さんに恥をかかせるのは違うよ。
姉さん、私ね……あのとき、あなたがわざと私を置き去りにしたんだって、もう恨んでないから。だから姉さんも、お父さんとお母さんを責めないで……全部、私が悪いんだよ。……こんなことになるなら、最初から私なんて見つけなきゃよかったのにね……」
葉菜が涙をぽろぽろこぼしながら訴えると、父さんの顔からはさっきまでの後ろめたさが消え、あっという間に怒りの色へと変わった。
「浅乃、お前はいったいどういうつもりだ。わざわざこんなときに騒ぎを起こして、みんなに『俺たちがひどい親だ』って思わせたいのか?
お前たちは本当の姉妹なんだぞ。昔お前のせいで葉菜が迷子になって連れ去られたんだ。その分をちゃんと償うのが当たり前だろう。あのときだって、まず葉菜から助けるのは当然じゃないか。
もう何年も経ったんだから、自分のしたことを反省してると思っていたのに……やっぱりお前の心はあの頃と同じで、ひどく意地が悪いままだ」
言人も葉菜をかばうように背中に隠し、父さんと一緒になって私を責め立てる。
「浅乃、いい加減にしろよ。葉菜はお前のせいでどれだけ辛い思いをしてきたと思ってるんだ。元々お前が償わなきゃいけない立場なのに、まだ葉菜を追い詰めて、おじさんたちまで困らせる気かよ」
私は、自分の目の前にいる三人――実の両親と、世界で一番信じていたはずの婚約者を、信じられない思いで見つめた。
私は濁流にさらわれ、流木や岩にぶつかるたび、身体中に無数の傷を刻みつけられた。
必死で急流の中の倒木にしがみつき、誰にも気づかれないまま、その上で丸一日と一晩を過ごして、ようやく救助隊に見つけてもらえた。
意識を取り戻したとき、私が真っ先に思ったのは、家族に無事を知らせなきゃ、ということだった。
ところがスマホを開くと、家族ライングループには彼ら一家の無事な到着を知らせるメッセージが、途切れなく流れ続けていた。
「本当に九死に一生を得たね。みんな一緒でよかった」
画面いっぱいに並んだ十数枚の集合写真が、私の目を鋭く刺した。
そこには、私の父と母、妹、それから婚約者が、まるで本物の家族みたいに肩を寄せ合って笑っていた。
そのころ私は、見知らぬ国で、生死の境目をさまよっていたというのに。
身体には大小さまざまな傷がいくつも残り、医者には「もう少し遅かったら、この手は助からなかった」と告げられた。
臨床の現場に立つ医師にとって、一番大事なのはこの両手だというのに。
あの災害で命を落としかけて、どうにか生き延びた私を待っていたのは、実の父からの「全部お前のせいだ」と言わんばかりの、一方的に私を責め立てる言葉だった。
いつだって私の味方でいると言ってくれたはずの婚約者までが、今は平然と私の反対側に立っている。
もう何も説明したいと思えなくなって、私は黙って踵を返し、自分の部屋へと引き返した。
背中のほうでは、葉菜がいかにも私をかばうふりをしながら声を上げる。
「姉さんを責めないで。絶対、わざとじゃないから」
父さんは冷たく笑って言った。
「葉菜、お前は本当にできた子だな……どうしてあのとき、連れて行かれたのが浅乃じゃなかったんだろうな」
私はドアを閉めてから、その場にへたり込むように床に座り込んだ。
葉菜が見つかって家に戻り、「あのとき姉さんがわざと私を置き去りにしたんだ」と口ごもりながら話してから、この家に私の居場所はなくなった。
両親は私の言い分など聞こうともせず、もともと私のものだった、きれいに飾られたあの部屋を、当然のように葉菜に明け渡した。
その代わりに、私は今のこの、物置を無理やり改造した狭い部屋へと追いやられた。
葉菜が少しでも涙をこぼせば、その瞬間に、私の言葉なんて誰も耳を貸さなくなる。
そんな態度には、とっくに慣れているはずだったのに。
そのとき、恩師から「手続きは全部終わったよ。あとは君が出発するだけだ」とメッセージが届いた。
両親は知らない。海外の病院のベッドの上で、私はすでに恩師に電話をかけていたことを。
「先生、国境なき医師団に付いていくと決めました。もう二度とここには戻りません」
第2話
翌朝早く、お母さんはプレゼントをいくつか抱えて私の部屋に入ってきた。ひと目で、葉菜に選り分けられた残り物だと分かった。
声だけはやわらかいのに、言っていることははっきりした文句だった。
「浅乃、本当に気が利かない子ね。帰ってくるなら一言連絡しておきなさいよ。それに、お父さんにあんな冷たい態度取って……あのときあんたのことまで気が回らなかったのは悪かったと思ってるけど、だからって私たちを恨むのは違うでしょう……」
母さんの言葉がまだ続いているうちに、私はカーテンを引き開けた。まぶしい光が一気に私の体を照らす。
薄いネグリジェ一枚の私の姿があらわになって、お母さんはようやく気づいた。視線の届くところすべて、私の体じゅうが傷だらけなことに。
そのときになってやっと、私がどんな目に遭ってきたのかを理解したのだろう。
震える両手で傷に触れようとしてきたお母さんの手を、私は無表情のままそっとかわした。
ちょうどそのとき、言人が部屋に入ってきて、その光景を目にした。何か言おうとして、口を開く。
「浅乃、こんなにひどい怪我して……どうして言ってくれなかったんだよ……」
私は二人を、冷めきった目で見つめ返した。
「言ってくれなかった」って、何それ。最初から二人の頭の中には葉菜のことしかないくせに。
葉菜は連れ去られた先の家で散々な生活を強いられ、栄養も足りず、体もすっかり弱っていた。
だからちょっと風邪をひいただけでも、家族総出で病院に連れて行く大騒ぎになる。
その一方で、私が急性の胃腸炎で意識が遠のくほど苦しんでいたときも、両親は見て見ぬふりをして、微熱の葉菜を連れて病院に走った。私のほうは、たまたま様子に気づいた近所の人が119番に通報してくれなければ、そのまま倒れていたかもしれない。
それなのに病院で私の姿を見つけたとき、二人が口にしたのは「自分に構ってほしくて、わざと大げさにしてるんじゃないのか」という言葉だった。
私の目つきがあまりにも冷たかったせいか、彼らの目に一瞬だけ不安そうな色がよぎる。
無理もない。葉菜が家に戻ってきてからの私は、ずっとお父さんとお母さんの前では低姿勢で、嫌われないように必死で機嫌を取ってきたのだから。
言人は落ち着かない様子で私の手を握り、そのとき、薬指にはめてあった婚約指輪がなくなっていることに気づいた。
「浅乃、どうして指輪をつけてないんだ?」
私は何でもないことのように答えた。
「洪水のときに、流されちゃったの」
言人の顔に一瞬だけ落胆の色が浮かび、すぐに作り慣れた笑顔が戻る。
「指輪なんていいって。また今度、一緒にもっといいの買いに行こう」
「いらないよ」
あの指輪は、異国の街の排水溝に、この手で放り込んできた。
ほんの少し前までの私にとって、言人は唯一の拠り所だった。彼からもらった物は、どんな安物でも宝物みたいに大事にしていた。
両親に疎まれていた私が大学で出会ったのが、穏やかで優しい雰囲気の言人だった。
彼は誰よりも優しくしてくれて、「あの日わざと葉菜を置き去りにしたわけじゃない」と、私の話をちゃんと信じてくれた。
なのに、いつの間にか彼も、葉菜の側に立つ人間になっていた。
葉菜はあの何年もずっと本当に大変な思いをしてきたんだから、少しくらい譲ってやってくれ──お父さんたちの気持ちも分かってやれ。そう言って、私にばかり我慢を求めた。
だからもう、こんな拠り所はいらない。
言人なんて、もう私には必要ない。
第3話
あっという間に、私と葉菜の誕生日がやってきた。
正確に言えば、それは葉菜だけの誕生日だった。
私と葉菜の誕生日は本来同じ日だった。でも、彼女が七歳になった誕生日の日、遊園地で迷子になって、そのままいなくなった。
あの日から、彼女は十年間行方不明で、その十年のあいだ両親はずっと探し回っていた。
ようやく、ある事件の捜査の中で、十七歳になった葉菜が見つかった。
家に戻ってきて、葉菜が最初に口にしたのは「もしあのとき姉さんがわざと私を置いていかなかったら、迷子になって連れて行かれたりしなかったのに」という一言だった。
その日、両親は初めて、私にあからさまな失望の色を向けた。
お父さんは私の言い分なんて聞こうともせず、思いきり頬を打った。
それからこの家に、私の居場所はなくなった。
それ以降、誕生日を祝ってもらえるのも、葉菜ひとりだけになった。
お父さんとお母さん、それに言人が、お姫さまみたいなドレスを着た葉菜を囲んでケーキの前まで連れていき、ろうそくに火を灯して、誕生日の歌を歌いながら、彼女が願い事をするのを待つ。
部屋の隅にいる私に、目を向ける人は誰もいない。
家で働いている家政婦でさえ、「浅乃様は、ご主人様と奥様の前にはあまり出ないほうがいいですよ。当時あのことさえなければ、葉菜様がこんなに長いあいだ行方不明になることもなかったんですから」なんて、平気で口にする。
どんな願い事をしたのかは分からないけれど、目を開けた葉菜は、揺れるろうそくの灯りを味方にするみたいに、素早く言人の頬にキスをした。
お父さんもお母さんも止めようともしないで、その様子をどこか嬉しそうに見つめていた。
二人はずっと前から、葉菜が言人のことを好きだって知っていた。
昔、私が言人を初めて家に連れてきたとき、葉菜は彼を一目見ただけで夢中になって、泣いたりわめいたりしていた。
お母さんも何度か、こんなふうに私を説得した。
「葉菜は実の妹なんだから、あの子があんなに苦労したのは元をたどればあんたのせいでもあるのよ。ちゃんと償ってあげなさい」
その頃の私は頑として譲ろうとしなかったし、言人も両親の前で「一生愛するのは浅乃だけです」とはっきり口にしていた。
なのに今の彼は、穏やかに微笑む葉菜を見下ろして、その目にははっきりとした恋しさが滲んでいた。
葉菜がろうそくを吹き消したあと、小さく切ったケーキを一切れ持って、私のほうへ差し出してきた。
私が受け取ろうと手を伸ばした瞬間、葉菜はわざと早めに手を離して、べたつくクリームが私の服にべちゃっと飛び散った。
葉菜は涙をいっぱい溜めた目で言った。
「姉さん、やっぱり私のこと好きじゃないんだよね。私の誕生日のケーキまで、わざと落としちゃうなんて……」
その途端、お父さんとお母さんの顔色がさっと険しくなった。次に何を言われるかなんて、もう分かりきっている。どうせまた私の「至らなさ」とやらを並べ立てるつもりだ。
二人が口を開く前に、私は先に葉菜の手を取って、自分の手首についていたブレスレットを外し、その手首にはめてやった。
そして、葉菜に向かって、ゆっくりと言った。
「葉菜、これは言人のお母さんが私にくれたブレスレットだよ。これをつけていれば、宍戸家のお嫁さんってことになるんだって。言人が好きなんでしょ?だったら、言人もこの席も、全部あんたに譲る。このブレスレット、今日の誕生日プレゼントにして」
葉菜は一瞬きょとんとしてから、目の奥にぱっと喜びの色を浮かべた。
その様子を見て、お父さんとお母さんの目も嬉しそうに輝いた。
二人は前から何度も、言人のことは葉菜に譲ってやれと私に言ってきていたのだから。
お母さんはぱっと顔をほころばせ、さっきのケーキのことなどもうどうでもいいと言わんばかりに流した。
そして慌ててまくし立てる。
「浅乃、偉いじゃない。やっと分かってくれたのね。あんたの誕生日には、お父さんとお母さんがちゃんと盛大にやってあげるからね」
私はふっと笑ってみせた。
「私と葉菜の誕生日は、同じ日だよ」
両親の顔に、一瞬だけ気まずそうな影が走る。
状況をやっと飲み込んだ言人が、顔を赤くして飛び出してきて、私の手首を乱暴に掴んだ。
「浅乃、どういうつもりだよ。俺はお前の婚約者だろ!俺をほかの女に譲る気か?」
私はその手を振り払った。
「自分が私の婚約者だってこと、まだ覚えてたんだ。じゃあ、葉菜とベタベタしてたときは、その自覚どこに置いてきたの?言えないなら、代わりに私が言ってあげる」
私は、今にも倒れそうなふりをして目を潤ませている葉菜を、彼の背中越しに一瞥してから、わざとらしく言い添えた。
「それ以上言ったら、うちの妹、ショックで倒れちゃうよ?」
その一言で、三人とも慌てて葉菜のもとへ駆け寄り、支えるのに必死になった。
私はその光景をおかしなものでも見るように眺めてから、未練なんてひとかけらも残さず、その場を後にした。
第4話
病院からの海外派遣のメンバーが発表されて、同僚たちはみんな私を祝ってくれた。
この派遣プロジェクトに選ばれれば、昇進のチャンスがぐっと近づくと言われているからだ。
でも私は、そのチャンスをもう必要としていないことを、誰にも話さなかった。
もうすぐ恩師について、国境なき医師団として働きに行くことが決まっているからだ。
葉菜も同じ病院で働いていて、派遣メンバーの一覧を見つめたまま、目のふちを赤くしていた。
その日の夜、お父さんとお母さんは自ら台所に立って、私のためにごちそうを用意した。
食卓で、お父さんはどこか気まずそうな顔で言った。「浅乃、この前は本当に悪かったな。向こうのニュースで洪水のことを見たよ。あのとき、どれだけ怖かったか……」
お母さんも目を潤ませていた。
「浅乃、お母さんね、あなたの体中の傷を見たとき、どれだけ胸が締めつけられたか分かる?」
二人は、自分たちがどれだけ出来の悪い親かを、何度も何度も口にした。
昔のことをいつまでも根に持って、私を責め続けるべきじゃなかったとも言った。
何度も「ごめん」と繰り返し、許してほしいと頭を下げた。
涙声で訴え続ける二人の様子に、私は危うく信じてしまいそうになった。
でもすぐに、二人の口ぶりはするりと変わった。
「浅乃、病院の海外派遣の枠が発表になったそうだな。
葉菜も、もう少しで選ばれるところだったんだってな。あの子の一番の夢が、立派なお医者さんになって人を救うことだって、お前も分かってるだろ……だから、その枠を葉菜に譲ってやれないか?」
私の顔が曇るのを見て、お母さんが慌てて言葉を継いだ。
「別にお母さんたちが葉菜ばかり可愛がってるわけじゃないのよ。ただ、あの子はあの頃本当に酷い目に遭ってきたんだから、今少しぐらい埋め合わせしてあげるのは当然でしょう?それに、あんたなら放っておいてもすぐ出世できるけど、葉菜はそうはいかないんだから……」
思わず笑い出しそうになるくらい、怒りで胸がいっぱいになった。
あの子に償うためだと言われれば、お父さんとお母さんの愛情だって、私は譲ってきた。
婚約者まで、あの子に譲った。
今度はたった一つの昇進のチャンスのためにまで、昔の話を持ち出して私を追い詰めようとしている。
私が黙ったままでいると、葉菜は有無を言わせず私の目の前にひざまずき、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。
「姉さん、お願い。私、本当に今回の派遣に行きたいの!お父さんとお母さんがずっと私ばかりかばってきたせいで、姉さんが私のことを恨んでるのも分かってる。でも、それでもお願い……!」
私は口の端だけで冷たく笑った。
「いいよ。その代わり、ここで土下座して、十回ははっきり音がするくらい頭を床に叩きつけてみせてよ。そしたらこの枠、あんたに譲ってあげるけど、どう?」
葉菜は目を見開いて固まった。
両親の顔色もさっと変わり、お父さんはまた手を振り上げた。
「浅乃、この恩知らずめ。葉菜にそんなこと言うなんて!」
私は素早く身をかわし、鼻で笑った。
「お父さん、お母さん、忘れたの?葉菜が戻ってきたとき、葉菜の話だけ信じて私を家から追い出そうとして、玄関先で私が必死にすがってたときも、同じこと言ったよね」
十二月の凍える空の下、薄い服一枚で雪の上にひざまずいて、手足の感覚がなくなるまで頭を下げ続けて、「捨てないで」と許しを乞った。
そのころ三人は、暖房のきいた部屋の中で、三人分のごちそうを囲んでいた。
私が本当に凍え死んだら面倒だとでも思ったのか、そのときになってようやく家の中に入れてくれただけだ。
でも、この何年かの理不尽は、それひとつだけじゃない。
「お母さん、あのことも覚えてる?葉菜が足を滑らせて湖に落ちたとき、お父さんもお母さんも私が突き落としたって決めつけて、生理中だった私をそのまま湖に投げ込んだよね。あの日から、毎月のたびにお腹が裂けるみたいに痛むのに、お母さんはずっと『大げさね』って笑ってた。
大学入試の日に受験票が見つからなくなったときも、二人は手伝いもしてくれないで『不注意だからでしょ』って責めるだけだった。先生が事情を分かってくれなかったら、私は試験会場にすら入れなかったかもしれない。
そのあとになって、葉菜のペンケースから私の受験票が出てきたのに、『悪気はなかったんだろう』の一言で済ませたよね。
優秀な卒業生として母校で講演したときも、学校から『ご両親もぜひ』と言われて、二人とも行くって約束してくれたのに、当日になったら風邪をひいた葉菜のほうを優先して、誰も来なかった。私は一人で壇上に立って、学校中の笑い者になった。
私だって二人の実の娘でしょ。なのに、あのとき葉菜がああ言った途端、誰一人として私の話を聞こうとしなかった。……ねえ、本当のところ、葉菜がいなくなったのって、私のせいだと思ってたの?」
ぽとり、と落ちた涙が、自分の手の甲を濡らした。
そのときになってようやく、いつの間にか顔中を涙が伝っていることに気づいた。
第5話
もうとっくに何も感じなくなっていて、この人たちのことでこれ以上傷つくことなんてないと思っていた。
お父さんとお母さんの表情が、ほんの少しだけ揺れた。
でも、これ以上何を言われても聞くつもりはなかった。
「葉菜、海外派遣に行きたいんでしょ。その枠なら、譲ってあげてもいいよ」
葉菜はぱっと顔を輝かせて私を見て、お父さんとお母さんも慌ててうなずいた。
「私はもう何もいらない。全部葉菜にあげるよ。お父さんとお母さんの愛情も含めてね」
お父さんは訳が分からないといった顔をした。
「浅乃、お前、その言い方はどういう意味だ?」
私は一枚のキャッシュカードを取り出し、お父さんとお母さんの前に差し出した。
「このカードには、ここ何年かで私が貯めたお金が入ってる。だいたい2000万くらい。大学に入ってからは家のお金なんて一銭も使ってない。これで今まで育ててもらった分の礼には十分でしょ?」
二人が戸惑っているのが分かって、私はさらに踏み込んで言った。
「海外派遣の枠と、この2000万。これでお互い、もう貸し借りなしってことにしてくれない?」
お母さんの表情が一気にうろたえたものに変わる。
「浅乃、どうしてそんなこと言うの!あんたもお母さんの大事な娘なのよ。そんな突き放すようなこと、よく平気で言えるわね……」
もうこれ以上言い合う気にもなれなくて、私は肩をすくめた。
「じゃあ、海外派遣の話はなかったことにするしかないね」
お父さんとお母さんは一瞬で黙り込み、顔を見合わせてから、ためらいながら口を開いた。
「……じゃあ約束しろ。あの枠は、必ず葉菜に譲るって」
思わず吹き出しそうになるのを、なんとかこらえた。
これが「あんたも大事な娘だ」って、口では何度も言ってきたお父さんとお母さんの本性だ。
実の両親は、今回も迷うことなく私より葉菜を選んだ。
私は上司に、海外派遣の枠を葉菜に譲りたいと申し出た。上司は私を信頼してくれているから、すぐに了承してくれた。
ついでに退職願も出すと、国境なき医師団に行くつもりだと知った上司は、小さくため息をついた。
「浅乃、国境なき医師団は危険が多すぎるわ。あなたが行ったら……」
私は静かに首を振った。この世界に、もう執着するものなんて何もない。それなら、少しでも意味のある場所に身を置いたほうがいい。
言人が珍しく病院まで私を訪ねてきた。
私の腕をつかんで階段の踊り場まで連れていき、悔しさを隠しきれない目で見つめてくる。
「浅乃、本当にもう、俺のこと好きじゃなくなったのか?」
私はその手を振りほどき、思わず苦笑したくなった。
「言人、何度も言ったよね。あんたが葉菜のことを好きなら、私はもう二人の邪魔をしないって。
あんたはもう私の妹の婚約者なんだよ。これ以上、私にべたべたしないで」
それでも言人は一歩も引こうとしなかった。
「そんなに簡単に俺を手放せるはずがない!」
そのとき、非常階段のドアがギイッと音を立てて開き、そこには葉菜が立ち尽くしていた。次の瞬間、彼女は踵を返して駆け出していった。
言人は私から手を離し、そのあとを追うように走り去った。
ほどなくして、お父さんとお母さんから電話がかかってきて、開口一番怒鳴りつけられた。
「浅乃、お前、全部葉菜に譲るって言っただろう?それなのに、どうしてあの子の心を傷つけるようなことをするんだ。葉菜が車に轢かれかけたの、分かってるのか!」
二人は私の言い分なんて聞こうともしないし、私ももう時間を使ってまで説明したいとは思わなかった。
高校三年のとき、身に覚えのない盗みの疑いをかけられて、先生に呼び出されたお父さんとお母さんも、やっぱり私の話を聞こうとはせず、その場で「こんな娘はいらない」と言い放った。
あの日から分かってしまったのだ。私が何をどれだけ説明しても、無駄だということに。
一度でも私を悪者だと決めつけたら、そのあとは何をしても全部私の罪になる。
しばらくして、言人が何か話したのだろう、お母さんからまた電話がかかってきて、今度は謝罪の言葉を並べ始めた。
「浅乃、あんたと言人の間にはもう何もないって分かったわ。お父さんとお母さんが早とちりして、あんたを責めてたのよね」
私はただ「うん」とだけ、感情を乗せずに返事をした。
お母さんはまだ話し足りない様子で言葉を継いだ。
「葉菜と言人、もうすぐ式の準備を始めるのよ。葉菜のドレスとか、いろいろ相談に乗ってあげてちょうだい」
「結構です。もう、そっちの家のことに口を出すつもりはないから」
私は翌日のフライトを予約してから、その電話を切った。