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勝戦の日、妻に反逆者として磔にされた俺
勝戦の祝賀会で、妻の秦雅子(はた まさこ)は「証拠」と称するものを持ち出し、皆の前で俺を拘束した。 「道言琉生(どうごん るい)、あなた...
Chương (1)
第1章
勝戦の祝賀会で、妻の秦雅子(はた まさこ)は「証拠」と称するものを持ち出し、皆の前で俺を拘束した。
「道言琉生(どうごん るい)、あなたは『稲妻』作戦を敵に漏洩し、内通した疑いがある!」
彼女の背後で、通訳者の小林逸斗(こばやし はやと)が俺を見る目に、抑えきれない喜びと挑発が浮かんでいた。まるで「これでお前の負けだ」と告げているようだった。
前世、俺は確かに完膚なきまでに敗北した。
無実の罪を着せられ、拘置所でありとあらゆる拷問を受け、無残な最期を遂げたのだ。
そして彼らは、俺の功績を踏み台にした。一人は栄転を果たし、一人は「英雄の夫」として祭り上げられた。
再び目を開けた時、俺はちょうど雅子が手錠をかけようとしていた、まさにその瞬間に戻っていた。
今度は、静かに笑みを浮かべた。
彼女の驚きに満ちた視線をまともに受け止めながら、俺は素直に両手を差し出して言う。
「秦隊長。あなたが俺を糾弾するために使っている戦術は、すべて、俺が教えたものだぞ。
俺が『自白』する時には……お前、その自信をまだ保っていられるといいな」
第1話
勝戦の祝賀会で、妻の秦雅子(はた まさこ)は「証拠」と称するものを持ち出し、皆の前で俺を拘束した。
「道言琉生(どうごん るい)、あなたは『稲妻』作戦を敵に漏洩し、内通した疑いがある!」
彼女の背後で、通訳者の小林逸斗(こばやし はやと)が俺を見る目に、抑えきれない喜びと挑発な態度が浮かんでいた。まるで「これでお前の負けだ」と告げているようだった。
前世、俺は確かに完膚なきまでに敗北した。
無実の罪を着せられ、拘置所でありとあらゆる拷問を受け、無残な最期を遂げたのだ。
そして彼らは、俺の功績を踏み台にした。一人は栄転を果たし、一人は「英雄の夫」として祭り上げられた。
再び目を開けた時、俺はちょうど雅子が手錠をかけようとしていた、まさにその瞬間に戻っていた。
今度は、静かに笑みを浮かべた。
彼女の驚きに満ちた視線をまともに受け止めながら、俺は素直に両手を差し出して言う。
「秦隊長。あなたが俺を糾弾するために使っている戦術は、すべて、俺が教えたものだぞ。
俺が『自白』する時には……お前、その自信をまだ保っていられるといいな」
……
カチリ。
冷たい手錠が俺の手首を締めつけた。その瞬間、会場は一気にざわめきに包まれた。
雅子の顔には、いつもの冷ややかな表情だった。彼女はUSBメモリを高く掲げ、人々の視線を浴びながら、ゆっくりと口を開いた。
「道言、これは三日前、逸斗が回線から傍受した、あなたが敵に内通した証拠よ。強がったところで、自分の汚れた行いは隠せないわ」
逸斗がそっと雅子の袖をつかみ、涙でにじんだ目を上げる。
「雅子さん……道言さんは……きっと、ただ魔が差したなんです……」
――こいつは、表向きは俺をかばうような言葉で、祝宴に集まった者たちの怒りを巧妙に煽っていた。
「ふざけるな!魔が差しただと!?こいつは確信犯だ!」
「そうだ!裏切り者に生きる価値はない!道言、お前はとっくに死んでいるべきだ!」
罵声は嵐のように吹き荒れ、場内は俺の死を求める叫びで満ちていた。
そして、誰かがテーブルの酒を掴み、俺の顔に向かって思い切りぶちまけた。
雅子はただ冷然と見つめるだけで、むしろ、そっと逸斗を自分の後ろにかばうように身を寄せた。
逸斗はその隙間から、勝ち誇った目でこちらを見据え、口元に薄い、挑発的な笑みを浮かべている。
俺はその視線も罵声もまるで無視し、顔をぬぐい、雅子を真っ直ぐに見据えながら、一言一句、ゆっくりと言い放った。
「秦隊長。そのUSBに入っているのは……『稲妻』作戦計画の『最終版』で間違いないのか?」
雅子の目が鋭く光り、口元に嘲りの色が走る。
「まさか、死に際まで言い逃れるの?」
「いや」俺はすぐに首を横に振った。「言い逃れなんてするつもりはない。ただ、親切心で忠告したいだけだ」
「もし中身が違っていたら……あなたの高きにある神様のような姿に、ひびが入りかねないからね」
雅子の表情がみるみる固くなっていく。
俺は手錠を軽く揺らし、嘲るように笑った。
「いいさ。とりあえず、あなたの望み通りにしよう――『罪』は認める」
俺が素直に従うのを見て、雅子はわずかに満足げにうなずいた。
だが、その次の瞬間、俺は続けた。
「ただし、裁判所への出頭を要求する。内通の罪なら、公衆の面前で証拠を明らかにしてもらわねばなるまい」
その言葉が落ちた瞬間、雅子の微笑みは完全に凍りついた。
周囲から、小さな息を呑む音がいくつも漏れた。
俺はゆっくりと視線を移し、逸斗の顔を捉えて、薄く笑みを浮かべた。
「ついでに――小林さんには、皆の前で一つ、説明してもらおうか。
彼の『絶対に安全』なはずの回線を……どうしてこの素人の俺が、自由に行き来できたのか?」
人々の視線が一斉に逸斗へと注がれた。
彼の顔は瞬時に血の気を失い、反射的に後ずさった。
俺の落ち着き払った態度に、雅子は眉を深くひそめ、目に初めて、かすかな迷いの色を浮かべた。
彼女は俺を射抜くように見つめ、まるで俺の魂の奥底を見透かそうとしているかのようだった。
長い、重い沈黙が流れる。
やがて、彼女は歯を食いしばり、低く、鋭い声で命じた。
「……連れて行け!」
第2話
俺が基地の取調室に放り込まれたその夜、取り調べは始まった。
十数名の尋問官が入れ代わり立ち代わり現れ、ありとあらゆる手口を使って俺の口を割らせようとした――誰一人、成功しなかった。
俺は分かっていた。壁一枚隔てた監視室で、雅子が必ず俺を見ているのだと。
そして、最後の尋問官が、俺に言葉を詰まらせて退いたその時――彼女はついに自ら現れ、俺の正面に腰を下ろした。
俺は手錠をはめた両手で顎を支え、彼女の固く結ばれた口元と険しく見える表情を見つめ、くすりと笑った。
「どうした?もう耐えきれなくなったか?俺はお前の参謀だ。誰よりも知っているはずだろう?あいつらの手口なんて、俺の目には子供騙しに等しい。
ただ機嫌が良かったから、少し付き合ってやっただけさ」
雅子はうつむいたまま、長い沈黙を重ねた。やがて、かすれた声で囁くように言った。
「……監視カメラは切った。今なら、自分から話せば……まだどうにかできる」
顔を上げた時――彼女の目は、確かに赤く染まっていた。
「だって……あなたは、私の夫だから」
俺は思わず嗤ってしまった。
そうか、雅子はまだ「俺が夫だった」ことを、覚えていたのか。
二度目の人生を歩む今、俺はもう忘れかけていた。かつて、二人はどれほど愚かしく深く愛し合っていたのかを――
五年前、雅子はまだ入隊したばかりの新入りだった。
任務中、俺が危機に陥った時、彼女は身を挺して二発の銃弾を受け、半年間も病院のベッドに縛りつけられた。
罪悪感に駆られた俺は、毎日のように見舞いを続けた。
だから、彼女が退院する日に、上層部へ俺との婚姻届を提出したことも、当然の成り行きに見えた。
五年の歳月、俺は知る限りのすべてを彼女に叩き込んだ。
その結末が――あの無残な死だった。
「……私の言う通りにしなさい。過去の情もあるから、あなたを生かせるよう、努力する。刑も、できるだけ軽くするように……必ず、出所できる日を」
その声を聞いた瞬間、俺はふっと現実へ引き戻された。
彼女の目に浮かんだのは、婚姻届を提出したあの日の、必死でまっすぐな眼差しのようだった。
だが、今その目を見ると、胃液が逆流するような嫌悪がこみ上げた。
前の人生、俺はこの目を信じ、全てを打ち明けた。
そして彼女は、俺の信頼を利用し、逸斗を守るために俺に反逆者の濡れ衣を着せた。
「情?」俺は冷たく嗤った。
「その情とやらで……俺が教えた『影武者』技術を使って、俺を罠にはめることか?」
雅子の表情が一瞬、微かに硬直した。
だがすぐに、作り物のような柔らかな表情を浮かべた。
何か言おうと唇を開いたその刹那――俺は遮るように、彼女の握る「証拠」の不正確な数値を三つ、淡々と指摘した。
「その証拠――作りが雑すぎる……どうやら、俺が教えたことの十分の一も、まだ身につけられていないらしいな」
余裕の笑みを崩さず、俺は顔色を変えていく雅子を見つめる。
彼女の目から偽りの優しさが剥がれ落ち、濁った怒気がみるみる広がっていった。
雅子は突然立ち上がり、一歩、また一歩と近づき、その手で俺の首を強く締め上げた。
「道言。私は……あなたのその、全てを見下したような目が、一番嫌いなんだよ!」
息が詰まり、涙で視界が滲む。俺は無意識に手を伸ばし、指を彼女の腕に食い込ませた。
雅子の瞳の奥に、歪んだ快感が掠めた。
「天才?だから何?結局、私と逸斗の手のひらの上で転がされてるだけじゃないか!」
俺は爪をさらに深く立てた。
雅子は痛みに呻き、俺を乱暴に壁へ押しつけた。
床に転がり、咳き込みながら必死に息を吸い込む。
その時――
取調室のドアが勢いよく開かれた。
雅子の腕の傷を見た逸斗が、青ざめた顔で駆け寄ってくる。
「雅子さん!その傷、どうしたの!?」
雅子は俺を睨みつけ、唾を吐き捨てるように言った。
「狂犬に噛まれただけよ」
「そんな傷……僕も、お腹の子も、心配でたまらない」
逸斗はそっと傷に息を吹きかけた。
……お腹の子?
俺は弾かれたように顔を上げた。
その時初めて、雅子の制服の下の腹部が、わずかに膨らんでいることに気づいた。
俺の視線を感じ、逸斗はわざとらしく雅子のお腹に手を当て、勝ち誇った笑みを浮かべてこちらを見た。
「道言さん。ご安心ください。僕とこの子が、雅子さんのこと……あなたの代わりに大切にするから」
――なるほど。だから雅子は、妊娠した今、急いで俺を葬りたかったのか。
胸の奥がえぐられるような鋭い痛みが走る。
逸斗は、俺が取り乱すのを待ち望むように、じっと見つめていた。
俺は冷静さを繕い、彼の首元で微かに光るものに目を留めた。
「小林さん。君のサファイアのネックレス、ちょっと怪しいな。
……あれ、新型の撮影装置だろう?」
逸斗の体がぴくりと震え、慌ててネックレスを押さえ、踵が絡みそうになる。
「図星か?」
「道言!いい加減にしろ!いつまで逸斗を貶め続けるつもり!?」
雅子は彼を抱き寄せ、怒りに震えながら俺を睨みつけた。
俺は心底呆れたように、椅子の背にもたれかかった。
「貶める?秦、惚けるなよ。
お前は……とっくにこいつの正体を知っていたはずだ」
逸斗の目が見開かれ、瞳孔に恐れがよぎった。
雅子の表情が曇り、一瞬――その目に、冷たい殺意が灯った。
彼女は逸斗をそっと押しのけ、拳を握りしめ、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
拳が振り下ろされようとしたその瞬間、ドアがノックされた。
「秦隊長。本部からの者がお見えです。本件への介入を要請されています」
第3話
雅子の足がぴたりと止まり、勢いよく逸斗の方を振り返った。
二人の視線が交差すると、その奥に、同じ色の恐怖が浮かんだ。
「道言、今度は何を仕組んだ?本部が動くはずがないわ!」
雅子の声は、冷たい氷のようだ。
俺は肩を軽くすくめ、余裕たっぷりに見上げた。
「仕組む?そう思うなら、俺の計画は何だと当ててみたら?秦隊長、俺が教えたことを、そんなにも無駄にしたのか?」
露骨な嘲りに、雅子の全身に荒々しい気配が漲る。
こめかみの血管が浮き出し、爆発しそうな怒りを必死に抑え込んでいる。
「いい加減にしなさい!私が本気で手を下す前に、吐いてしまいなさい!」
俺はただ、静かに笑った。
話さないのではなく、本当に何も知らないのだ。
この人生は、前世とはまったく違う方向へ進んでいる。
本部がなぜ動いたのか、誰が来るのか――俺にも分からない。
ただ、雅子を苛立たせるために、「自分には計画がある」と言っただけだ。
彼女は疑い深く、頑固だ。本番が始まる前に少し揺さぶっておくくらい、構わない。
「それはね……」
雅子は鉄の机を拳で殴りつけ、鈍い音と共にへこませた。
俺よりも、背後で震えていた逸斗の方が、小さく悲鳴を上げた。
そして雅子が言葉を継ごうとした瞬間、再びノックの音が響く。
「秦隊長。本部よりいらした者は、五分後に裁判所の会議室へお越しになります。道言さんを至急、同室へお連れください」
雅子の顔色が何度も変わり、歯軋みするような悔しさを噛み殺して答えた。
「……分かった」
会議室へ向かう間、雅子の表情は険しいままだった。
部屋に着いて間もなく、ある人の姿が入口に現れた。
姿がはっきり見えるより先に、その重々しい気配だけが先に届く。
雅子は慌てて立ち上がり、迎えに出ようとした。
本部の制服を纏った女性が近づいてくる。
彼女は雅子の差し出した手を完全に無視し、まっすぐに俺へと歩み寄った。
そして静かで落ち着いた足取りで俺の前に立ち、軽く一礼する。
視線が合った瞬間、俺も思わず目を見開いた――彼女か?
「道言さん。私は本部の江川朝美(えがわ あさみ)です。
『星火計画』について、裁判所において説明を願います」
その言葉が落ちた途端、二つの視線が、釘のように俺に突き刺さった。
「道言!何よ、その「星火計画」って!?どうして私に一言も言わなかったの!」
朝美が目の前にいるにも関わらず、雅子は感情を抑えきれずに詰め寄った。
俺は彼女に一瞥も与えず、朝美に向けて短く頷いた。
「了解しました。裁判所で――知るべき人全てに、説明いたします」
「おかしいでしょう!」
逸斗が飛び出し、朝美の前に立ちはだかった。
「江川さん!道言さんは嘘を吐いています!彼は雅子さんの参謀に過ぎません!
きっと『星火計画』を口実に、内通の罪から逃れようとしているんです!」
朝美は冷たい視線を彼に落とし、淡々と告げた。
「小林さん。あなたに、その議題を扱う権限はありません。それから、そのネックレス――技術部が回収し、調査します」
彼女が背後に控える隊員に目配せすると、即座に動いた。
後ずさりしてもがく逸斗から、無理やりネックレスを外して、押収した。
雅子は力尽きたように崩れ落ちる逸斗を支えながら、声を荒げた。
「江川さん!私の部下に対し、無断で捜査を行うのは適切とは言えません!」
朝美は眉一つも動かさない。「秦隊長。不満があるなら、上に上申してください」
雅子はこのような屈辱を受けたことがなかった。奥歯を噛み締め、砕けそうな音がした。
俺はその表情を、心の底から楽しんで眺めていた。
その時、朝美がふいに背伸びをして、俺の耳元に顔を寄せた。
息づかいは、かすかに震えている。
「琉生、先生が……ずっとあなたのこと、心配してた」
第4話
「先生が……」
声が詰まった。目が一瞬、熱を帯びた。
俺は両親のいない孤児だった。国から「この上ない人材」と評される先生に、孤児院で拾われた。
先生は俺を実の子のように育ててくれた。
前世、俺が投獄されたと聞きつけると、あの誇り高き方はあらゆる手を尽くし、奔走して俺の冤罪を晴らそうとしてくれた。
本来なら、先生の尽力で俺は無事釈放されるはずだった。
だが――あの時、俺は雅子の演じる「深い愛情」に騙され、「私があなたを守る」「先生に迷惑をかけないで」という甘い言葉を信じた。
その結果が、獄中での無残な死だった。
最後に先生が面会に来た時、彼の髪はほとんど真っ白になり、まるで数十年分も老けたように衰弱していた。
その記憶が蘇り、喉の奥が締めつけられる。
再び朝美の落ち着いた眼差しに向き合い、溢れそうなものを必死に飲み込み、はっきりと頷いた。
「先生には、心配しないでって伝えて。俺は……先生が育てた弟子だ。先生に恥をかかせるような真似は、決してしない」
朝美の口元に、柔らかな笑みがほころんだ。
「ええ。私も、先生も、あなたを信じてる。明日、裁判所で会いましょう」
俺が頷くと、彼女は静かに会議室を後にした。
ドアが閉じる音と同時に、雅子が血相を変えて詰め寄ってきた。
「道言!あなた、どうやって江川さんと知り合ったの!?それに……さっきの『先生』って誰よ!?」
俺は鼻で嗤った。
「答える義務があるか?秦、自分を買いかぶり過ぎだな」
これ以上彼女を相手にする気もなく、立ち上がろうとした瞬間――
雅子が俺の手首を掴んだ。骨が軋みそうな力で。
彼女の顔は怒りに歪み、震えていた。手を上げようとする。
「道言!何度も私の忍耐を試さないで!答えなさい!なんでだ?一体どういうことだ!?」
その狂おしい姿を見て、一瞬、意識が過去へと引きずり込まれた。
前世――俺も同じように、雅子に問い詰めた。
「なんで?
なんで、急に愛が消えた?
なんで、俺を騙した?
なんで、逸斗と手を組んで、俺を地獄へ突き落とした?」
彼女はただ冷たく、軽蔑の色を浮かべただけだった。
胸を抉るような記憶が疼き、俺は目を冷たく細めた。雅子の手を振り払い、氷のように冷たい声で言い放つ。
「秦隊長。今日お前が俺にした行為は、全て『不当な尋問』として記録する。明日、裁判所で審判長に全て報告する」
雅子の顔が一瞬で紅潮し、喉を締めつけられたように言葉を失った。
上げかけた手は、力なく垂れ下がる。
その後、雅子は俺を尋問することはなかった。
きっと、逸斗の容疑を晴らす「証拠」探しに躍起なのだろう。
翌朝、俺は裁判所へと連行された。
雅子と逸斗は並んで傍聴席に座っていた。
逸斗の傲慢な態度からして、今日こそ俺を完全に葬り去れると確信しているようだ。
俺は微笑み、静かに被告席についた。
「審判長。私の手元のUSBメモリが、道言琉生の反逆行為を立証する証拠です。提出を要求します」
雅子の声が響く。
審判長の指示で、USBの内容が大画面に映し出された。
俺は昨日とは全く異なる三つの数値を目にし、思わず笑みがこぼれた。
――秦雅子。本当に、俺が「本物」と言い放った三つのパラメータに合わせて、「稲妻」作戦の中枢を改ざんしてきたのか。
審判長が眉をひそめて問う。
「被告、道言琉生。弁明はあるか?」
場内の視線が一斉に刺さる。
雅子は再び高慢な表情を取り戻し、「これで終わりよ」と言わんばかりに俺を見下ろしていた。
俺は静かに立ち上がる。
「審判長。中央サーバー・バックアップの記録を申請します」
不満げなざわめきが渦巻く中、本物の「稲妻」作戦の最終版が画面に表示された。
そして、それは、USBの「稲妻」作戦とは全くの別物だった。
雅子が息を呑む。
逸斗は顔色を失い、「な、なんで……そんなはずが……」と震えた。
裁判所は一気に騒然となった。
「お前たちが使ってる『影武者』の真のパラメータは、『星火計画』の事前検証アルゴリズムに過ぎません」
俺は雅子を見据え、一言一句を叩きつけるように言った。
「形だけを真似ても、その魂は盗めない」
雅子の顔が蒼白に染まる。
逸斗は「星火」の名を聞いた瞬間、錯乱したように叫び出した。
「彼は!彼は『星火計画』のメンバーになりすましているんです!あの計画は……最高機密なんです!」
彼は裁判所の厳粛さを忘れた、絶望的な叫びだ。
「へえ。小林さん」
俺は即座に、その言葉を捉えた。
「通訳者のあなたが、どうして『星火計画』が最高機密だと知っているのでしょう?」
――静寂。
場内の全ての視線が、逸斗を突き刺す。
雅子は彼をかばおうとしたが、何を言えばいいかわからない。
審判長が厳かな口調で問いかける。
「道言琉生。あなたと『星火計画』との関係を、どう証明する?」
第5話
審判長の問いに、雅子と逸斗の目に、再びかすかな希望の炎がともった。
俺は静かに首を横に振り、声を低く落とした。
「俺は、証明しません。
『自己証明』という行為そのものが、愚かですから」
その言葉が終わるか終わらないうちに、雅子の怒号が炸裂した。
「道言!証明できないんでしょう!?
証拠はすべて、あなたが犯人だと証明している!
あなたに残された道は――ただ一つ、罪を認めることだけよ!」
怒声が響き渡る中、俺は静かに、昨日朝美から託された特製の衛星電話を取り出した。
裁判所にいる全員の視線を一身に浴びながら、唯一登録された番号をダイヤルし、スピーカーモードに切り替える。
会場全体が、一瞬で水を打ったように静まり返った。
呼び出し音が途切れ――
裁判所の大画面に、老いていながらも威厳に満ちた一人の人物の姿が映し出された。
その瞬間、傍聴席にいた全ての高級将校、そして審判長までもが、一斉に立ち上がり、厳かに敬礼した。
「……長官!?」
逸斗の顔から血の気が一気に引き、青白くなった。
雅子は土気色になり、手が微かに震えていた。全身から、底冷えする恐怖が滲み出ている。
俺はその懐かしい顔を見た瞬間、目の端が熱くなった。
胸の奥でずっと押し殺してきた無念が、一気に溢れ出そうになる。
映像の中の、「長官」と呼ばれた老人が、力強い、しかし穏やかな声で言い放った。
「罪を認める?……俺の一番弟子が、いったい何の罪を認めるというのだ?」