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潔癖な女王の断罪:ゴミを捨て、私は頂点へ
実習生の女が散々おもちゃにした指輪。彼氏にそんなものでプロポーズされた瞬間、私はこの恋に終止符を打つ決心をした。でも、彼らは私の手に...
Chương (1)
第1章
実習生の女が散々おもちゃにした指輪。彼氏にそんなものでプロポーズされた瞬間、私はこの恋に終止符を打つ決心をした。でも、彼らは私の手にある「ある物」を見て、どうしてそんなに慌てているのかしら?
付き合って七年目。周藤蓮也(すとう れんや)は、激しい豪雨の中で私、江口智美(えぐち ともみ)の退勤を待っていた。
助手席のドアを開けると、そこには最悪な光景が広がっていた。座席はびしょ濡れで、長い髪の毛が一本、不自然に落ちていた。
蓮也はハンドルを握ったまま、こちらを振り返りもしない。
「さっき、企画部の実習生を家まで送ったんだ。傘を持ってなくてずぶ濡れだったからな」
私はその冷たく湿った座席に腰を下ろした。心までがじわじわと、一気に冷え込んでいく。
「蓮也、私がひどい潔癖症だって、知っているはずよね」
彼は鼻で笑った。その声には、隠しきれない疲れと苛立ちが滲んでいた。
「たかが座席一つでガタガタ言うなよ。彼女は君より若いし、一緒にいて楽しいんだ。雨に濡れた姿だって、君よりずっと綺麗だったよ。
正直、彼女とはもう一通り試してみたが、確かに君といるより楽しかった。
でも、プロポーズは予定通りする。君が知らないふりさえすれば、これからも上手くやっていけるだろう」
窓の外では激しい雨がカーテンのように視界を塞いでいたが、車内の空気はそれ以上に重く、私を窒息させた。
第1話
実習生の女が散々おもちゃにした指輪。彼氏にそんなものでプロポーズされた瞬間、私はこの恋に終止符を打つ決心をした。でも、彼らは私の手にある「ある物」を見て、どうしてそんなに慌てているのかしら?
付き合って七年目。周藤蓮也(すとう れんや)は、激しい豪雨の中で私、江口智美(えぐち ともみ)の退勤を待っていた。
助手席のドアを開けると、そこには最悪な光景が広がっていた。座席はびしょ濡れで、長い髪の毛が一本、不自然に落ちていた。
蓮也はハンドルを握ったまま、こちらを振り返りもしない。
「さっき、企画部の実習生を家まで送ったんだ。傘を持ってなくてずぶ濡れだったからな」
私はその冷たく湿った座席に腰を下ろした。心までがじわじわと、一気に冷え込んでいく。
「蓮也、私がひどい潔癖症だって、知っているはずよね」
彼は鼻で笑った。その声には、隠しきれない疲れと苛立ちが滲んでいた。
「たかが座席一つでガタガタ言うなよ。彼女は君より若いし、一緒にいて楽しいんだ。雨に濡れた姿だって、君よりずっと綺麗だったよ。
正直、彼女とはもう一通り試してみたが、確かに君といるより楽しかった。
でも、プロポーズは予定通りする。君が知らないふりさえすれば、これからも上手くやっていけるだろう」
窓の外では激しい雨がカーテンのように視界を塞いでいたが、車内の空気はそれ以上に重く、私を窒息させた。
座席の冷たい液体が、私の高価なレザーのスカートを容赦なく濡らしていく。
そのじっとりとした不快感が肌を伝い、心臓まで凍りつかせる。あまりの気持ち悪さに、胃の底からこみ上げてくるものがあった。
道中、蓮也は聞いたこともない小唄を鼻歌で歌っていた。
彼はとても機嫌が良く、私の様子など微塵も気にかけていない。
到着したのは、市内でも指折りの予約困難店として知られる、ミシュラン星付きの高級レストランだった。
彼は先ほどの無礼を謝ることも、私をなだめることもしなかった。
料理が半分ほど運ばれてきた時、彼は突然ベルベットの箱を差し出した。
それは婚約指輪だった。だが、箱の表面は擦り切れ、まるで誰かが何度もおもちゃのようにいじくり回したかのようだった。
「はめてくれ、智美。もう七年だ。いい加減身を固めて親を安心させないと」
彼は立ち上がることも、プロポーズの定番である片膝をついて跪くことさえしなかった。
指輪が私の薬指にはめられた瞬間、心の中の熱が一気に冷え込んでいくのを感じた。
サイズがひと回りも大きく、指の上でぶかぶかと無様に揺れている。
私の指のサイズは、三年前、彼が自ら測ったはずだったのに。
「蓮也、指輪が大きすぎるわ」
彼は赤ワインを一口啜り、その視線をわずかに泳がせた。
「勘違いしてたかな。後で自分でサイズ直しにでも行ってくれ」
その時、テーブルの上に置いていた蓮也のスマホの画面が、不意に明るく灯った。
LINEの通知だ。表示された名前は「ひだまりちゃん」
【蓮也、さっき車の中で指輪をはめてみたら、少し緩くなっちゃったみたい。智美さん、気にしないよね?】
私はその文字を見つめ、それから指先の汚れた指輪に目を落とした。
これは婚約指輪であると同時に、他人のおもちゃでもあったのだ。
胃が激しく痙攣し、冒涜されたという猛烈な嫌悪感が爆発した。
私は指輪を外し、ゆっくりとした動作で、テーブルの上の食べ残しの中に放り込んだ。
「蓮也。私の婚約指輪は、誰でも試着できる備品なの?」
蓮也の顔色が瞬時に険しくなり、彼は箸を乱暴に叩きつけた。
「智美、いい加減にしろ!
君の潔癖症や強迫行為に付き合えるのは、俺以外に誰がいると思っているんだ?
雅子はただ好奇心旺盛なだけだ。卒業したばかりの若い子が、何を知っているっていうんだよ」
蓮也は私が理不尽に騒いでいると思い込み、恩を仇で返していると決めつけている。
彼は私を指差し、その瞳には冷酷な光が宿っていた。
「はめないなら、結婚式は中止だ。よく考えろ」
私は目の前にいる、七年間愛し続けた男を見つめた。
その顔はまだ私の好きな造形のままだが、中身はとっくに腐り果て、悪臭を放っている。
あのびしょ濡れの助手席と同じだ。反吐が出るほど、汚れきっている。
「ええ、中止にしましょう」
私はナプキンを手に取り、丁寧に指を拭った。
「一度汚れたものを、私は決して受け入れない」
蓮也は、私の別れ話をただの痴話喧嘩だとでも思って、高を括っていたのだろう。
彼はSNSにこう投稿していた。【女を甘やかしちゃいけないな。度が過ぎると可愛くない】
翌日、私は定刻通りに出社した。
私はこの会社の財務責任者であり、蓮也と共に創業した古参メンバーでもある。
オフィスの前に着くと、ドアが少し開いているのに気づいた。
中に入った瞬間、息が止まった。
林田雅子(はやしだ まさこ)というあの実習生が、私のデスクにわがもの顔で踏ん反り返っていた。
彼女の手には、私が愛用しているボーンチャイナのコーヒーカップ。あれは蓮也が付き合って五周年の記念に贈ってくれた、大切な私物だ。
だが、何より虫唾が走るほどの嫌悪感を覚えたのは、彼女がぶかぶかの白いワイシャツに、その身を包んでいたことだった。
第2話
ワイシャツの袖は無造作に捲くられ、襟元は扇情的に開けられていた。
それは、蓮也がオフィスの休憩室に置いていた予備のワイシャツだった。
「あら、智美さん。やっと来たんだ」
雅子は立ち上がろうともせず、挑発的な笑みを浮かべた。
「蓮也が言ってたよ、智美さんは体調が悪いから、代わりに私が書類を整理しておいてあげなさいって」
彼女はそう言いながら、手元のカップをわざとらしく揺らした。
「このカップ、すごく素敵だね。蓮也が私にくれるって言ってたけど……智美さんなら、別に気にしないよね?」
私は彼女を射抜くように睨みつけた。潔癖症ゆえの激しい拒絶反応が圧迫感となって私を襲い、指先がジンジンと痺れていく。
「置きなさい」
私の声は、氷のように冷徹だった。
雅子は驚いたふりをして、大げさに手を震わせた。
淹れたての熱いコーヒーが、昨夜プリントアウトしたばかりの資金調達計画書にまともにぶちまけられた。
茶色の液体が瞬く間に染み広がり、三日三晩徹夜して作り上げた私の心血を無残に踏みにじっていく。
「ああっ!ごめん、ごめん」
雅子はわざとらしく慌てて立ち上がった。口では謝罪を並べているが、その瞳には勝ち誇ったような挑発の色がまざまざと浮かんでいる。
周囲の同僚たちは何事かと首を伸ばし、遠巻きにひそひそと囁き合っていた。
その視線に込められているのは同情などではなく、明らかに面白半分で騒ぎを眺める好奇の目だった。
そこへ蓮也が入ってきた。
彼は床に無残に散らばった計画書には一瞥もくれず、真っ先に雅子の手を取った。
「火傷はしてないか?」
雅子は目を潤ませ、彼の胸元に身を寄せた。
「全部私のせい。不注意で、智美さんの大事な書類をダメにしちゃった……」
蓮也は私を振り返ると、眉間に深い皺を刻み、激しい口調でなじってきた。
「書類なんて、作り直せばいい。何をそんなに目くじらを立てているんだ。
今の自分を見てみろ。まるで嫉妬に狂った怨霊だ」
私は床に広がる無残な惨状を見つめた。それは、彼のためにシリーズCの資金調達を成功させようと、私が最後に出した努力の結晶だった。
だが、今の彼の目には、あの弱々しく甘え上手な小娘しか映っていない。
雅子は蓮也の背後に隠れ、彼が慰めようと顔を伏せた隙に、私に向かって口パクで言い放った。
「おばさん」
その瞬間、私の心の中で何かがぷつりと音を立てて切れた。
「蓮也、この実習生を私のオフィスから追い出して」
私は怒りを押し殺し、努めて平坦なトーンで言った。
蓮也は図星を突かれて逆上したのか、お気に入りの女の前で威厳を保とうと、全社員の前でこう宣言した。
「雅子は、今日付で社長秘書に昇進させる。オフィスは君の隣だ。
当面の間、彼女に手取り足取り仕事を教えてやってくれ。核心業務もすべて教え込むんだ」
「新人教育」というもっともらしい名目を掲げてはいるが、その実は、何もできない能無しに私の権限を少しずつ移そうとしているだけだ。
私は彼を冷たく見据え、静かに問いかけた。「本気で言ってるの?」
「智美、そんな不遜な口を利くな」
彼はその一言を捨て、雅子を庇うようにして背を向けて去っていった。
夜、邸宅に戻ると、何かに侵食されるような不快感はさらに拍車がかかっていた。
洗面所には、私の電動歯ブラシが使われた形跡があった。
ブラシの先にはまだ生々しい湿り気が帯びていて、そこから鼻を突くような甘ったるいピーチの香りがこびりついて離れなかった。
私は、あんなブランドの歯磨き粉など一度も使ったことはない。
寝室へ戻ると、枕から安っぽい香水の匂いが漂ってきた。
雅子が纏っていた、あの鼻につく匂いだ。
抑えていた潔癖の衝動が、その瞬間に限界を超えた。
シーツやカバー、枕までをひったくるように剥ぎ取り、ゴミ箱へと叩き込んだ。
ちょうどそこへ入ってきた蓮也が剥き出しになったベッドを見て怒鳴り散らした。
「智美!また始まったのか。いい加减にしろ!
書類を取りに雅子を連れてきただけだろ。彼女が少しあそこで休んだからって、そこまで発狂する必要があるのか?」
私は彼を見つめた。目の前の男が、恐ろしいほど得体の知れない他人に見えた。
「あの女を、私たちの寝室にまで入れたの?」
「ここは俺の家だ!誰を連れ込もうが俺の勝手だろ!」
蓮也はドアを乱暴に閉めて出て行った。私を振り返ることさえしなかった。
十分後、私は彼のSNSの投稿を目にした。
投稿された写真には、バーの仄暗く艶やかな照明の下、彼が雅子のためにカクテルを振る姿が写っていた。
添えられた言葉は、【やっぱり若さはいいな。堅苦しいルールなんて何もない】
私はリビングの床に座り込み、ゴミ箱の中のシーツを見つめていた。
かつてあった愛着が、底知れぬ嫌悪によって一枚、また一枚と削ぎ落とされていく。
私はスマホを取り出し、ヘッドハンターに電話をかけた。
第3話
「私をずっと引き抜こうとしていたあの投資銀行に連絡して。転職する決心がついた」
それと並行して、私たちの名義になっている共有財産の洗い出しを始める。
汚れてしまったものは、もう要らない。全てを無に帰してやる。
……
半年に一度の慰労会は、格式高い海鮮レストランで行われた。
蓮也は雅子を同伴させることに固執し、あろうことか自分のすぐ右隣に座らせた。
「婚約者」であるはずの私は、末席の隅に追いやられた。
宴会の間、蓮也の意識は雅子に釘付けで、甲斐甲斐しく海老の殻を剥いては彼女に差し出し、至れり尽くせりの様子だった。
誰も私の名を口にしようとはしない。まるで数合わせのために用意された透明人間にでもなったかのようだった。
雅子が突然顔を上げ、テーブルの看板料理に目を留めた。
それは、濃厚なソースがたっぷりと絡んだフルーツ風味のエビマヨだった。
彼女は自ら箸で一粒掴み上げ、衆人環視の中で私の皿へと置いた。
「智美さん、これこのお店の看板メニューだよ。食べてみて」
彼女は无邪気に笑っていたが、瞳にはどす黒い悪意が宿っていた。
私がマンゴーと特定の海鮮に深刻なアレルギーを持っていることは、社内では周知の事実だ。
特にマンゴーは、微量でも口にすれば喉を瞬時に腫れ上がらせ、最悪の場合は窒息死という結末を招きかねない。
そしてその料理のソースには、マンゴーピューレが大量に使われていた。
かつての蓮也は、それを誰よりも気にかけ、外食の際も必ず事前に店に念押ししていた。
だが今の彼は、私の皿を一瞥しただけで、無関心に言葉を吐き捨てた。
「雅子が取り分けてくれたんだ。一粒くらい食べろよ。人前で彼女に恥をかかせるな。
普段から甘やかされすぎなんだ。少しくらい食べたところで、死にゃしないだろ」
周囲の同僚たちも、「社長の顔を立ててくださいよ」とはやし立て始めた。
その騒がしい声が、一本一本の針となって私の耳に突き刺さる。
場の空気を維持するため、そして蓮也という男の底知れぬ冷酷さを確かめるため。
彼の目の前で、それを一口だけ口にした。
わずか三分後、首筋が焼けるように熱を持ち始める。
窒息感が潮のように押し寄せ、喉の奥が急速に腫れ上がっていくのがはっきりと分かった。
テーブルの端を必死に掴んで立ち上がろうとしたが、膝の力が抜け、立っていることさえままならない。
「れ……蓮也……」
必死に声を絞り出し、彼に助けを求めた。
蓮也は雅子の耳元で内緒話をしていて、私に邪魔をされたことにひどく不機嫌そうな顔をした。
「またか。エビマヨ一粒で大げさなんだよ」
その時、雅子が突然悲鳴を上げ、自分の手の甲を押さえた。
「痛っ!蚊に刺されたみたい。少し赤くなっちゃった……」
蓮也の顔色が瞬時に変わり、取り乱した様子でその手を握り締めた。
「大丈夫か?アレルギーじゃないのか?」
彼は目を凝らさなければ見えないほどの小さな紅い点に、必死に息を吹きかける。その瞳は、壊れ物を扱うような慈愛に満ちていた。
「怖がるな。車に海外製の特効薬がある、今すぐ塗りに行こう」
彼は助けを求めて伸ばされた私の手を無慈悲に振り払い、一瞥もくれることはなかった。
雅子の肩を抱き寄せ、焦燥に駆られた様子で個室を飛び出していく。
残されたのは、大勢の冷ややかな目にさらされ、陸に上げられた魚のように喘ぐ私一人だった。
視界は次第に霞み、意識が遠のいていく。
最期に私の異変に気づき、119番通報をしてくれたのは、通りかかったレストランの店員だった。
救急救命室のライトが絶望的なほど眩しかった。
医師が静脈に薬液を送り込み、酸素マスクの内側は私の吐息で白く曇っていく。
その瞬間、規則正しく響くモニターの電子音を聞きながら、私の心は驚くほど凪いでいた。
蓮也。一生守り抜くと誓ったあの男は、蚊に刺された程度のことで、死にゆく私を捨て去った。
退院したのは三日後だった。
ようやく蓮也から電話がかかってきたが、開口一番に飛んできたのは不満だった。
「智美、この数日間どこに行ってたんだ?連絡もつかないし。
雅子が企画案を書けなくて困っている。早く会社に戻って手伝ってやれ。
あの日の宴会もそうだ。病気のふりが過ぎるぞ。結局、みんな楽しめなかったんだ」
スマホを握りしめる私の耳に、彼の当然だと言わんばかりの傲慢な声が響く。
喉の奥には、まだ鈍い疼きが残っている。それは、命を繋ぐために強引に通された挿管の生々しい後遺症だった。
第4話
「蓮也。私、死にかけたのよ」
私の声は静かで、何の抑揚もなかった。
電話の向こうで一秒の沈黙があり、すぐに蓮也の鼻で笑う声が聞こえた。
「いい加減、同情を買おうとするのはやめろ。その手はもう飽きたんだよ。
午後の二時に会議だ。来なかったら、ボーナスをカットする」
私は静かに電話を切った。
泣き喚くことも、醜く取り乱すこともなかった。
私は引っ越し業者に電話し、午後二時に邸宅へ行くように伝えた。
そして、会社に戻った。
雅子の企画案を直すためではない。その後に始まる大芝居を特等席で見届けるためだ。
今日は、会社にとって命運を握る海外プロジェクトの調印式だった。
会議室に入ると、雅子が自分の「成果」を誇らしげに披露していた。
それは、彼女が勝手に数字を書き換えたデータ報告書だった。
彼女は自分の有能さを見せつけようと、いくつかのコスト項目を低く見積もり、利益が極端に高く見えるように改ざんしていた。
だが、それは違法行為であり、いずれ深刻な資金ショートを招くことは火を見るより明らかだった。
投資側の代表であり、海千山千の老獪な投資家は、その場で不自然な点を見抜いた。
「周藤社長、この数字は明らかに不自然です。これは詐欺行為に該当するのではないですか?」
彼はフォルダを机に激しく叩きつけた。
蓮也は硬直した。雅子を全幅の信頼を寄せていたがゆえに、報告書の中身など一度も目を通していなかった。
彼は狼狽して雅子を見た。雅子は顔面蒼白になり、助けを求めるように私を見た。
「こ、これは……智美さんがこう書き換えろって言ったの!」
雅子は突如として私を指差すと、堰を切ったように涙を流した。
「新人は華々しい成果を見せなきゃダメだって。数字を飾れば、みんな納得するって……
智美さん、怖くて逆らえなかったけど……どうして会社を陥れるようなことするの?」
蓮也は藁をも掴む思いで、私に向かって怒号を浴びせた。
「智美!どうしてこんなことをしたんだ!
最近少し冷たくしたからって、会社の未来を私情で振り回すつもりか?
実習生に嫉妬して、俺が心血を注いだ事業をぶち壊して満足か!」
彼は居並ぶ役員たちの前で、私を狂った女だと罵り、心術が良からぬ卑劣な人間だと吐き捨てた。
彼は全ての責任を私に押し付け、雅子を守ろうとした。
結託した二人の見苦しい姿に、私はただ滑稽に感じた。
「蓮也、その報告書の修正履歴はクラウドに残っているわ。誰が書き換えたかなんて、調べればすぐに分かることよ」
私の冷静な反論は、理性を失った彼をさらに逆上させた。
彼はテーブルのガラス製の灰皿を掴み取った。八つ当たりで机に叩きつけるつもりだったのだろう。
だが、あまりの勢いに手元が狂い、灰皿は弧を描いて私の顔面へと飛来した。
私は咄嗟に右手を出して防いだ。
ガシャン!
火がつくような激痛が右手の甲から広がった。
灰皿は粉々に砕け、鋭利なガラスの破片が深く肉に突き刺さった。
鮮血が瞬時に流れ出し、机の上の白い書類を赤く染めた。
私はデザイン設計で身を立てた人間だ。この両手は、私の命そのものだった。
蓮也は呆然としていた。血に染まった私の手を見つめる瞳の奥を、後ろめたさが掠めた。
だが彼はすぐに冷淡な表情に戻ると、苛立ちを隠そうともせずに手を振った。
「不慮の事故だ。勝手に手を出した君が悪い。いつまでも芝居じみた真似をするな」
雅子がここぞとばかりに横から火に油を注ぐ。
「智美さん、怪我は痛そうだけど、損害はちゃんと償ってもらわないとね」
蓮也が頷く。「君の配当金は全て凍結し、この穴埋めに充てさせてもらう。
それから、業務上横領で告訴するつもりだ。弁護士からの通知を待っていろ」
私は手の甲でめくれ上がった傷口を見つめた。血が床に滴り、刺々しい花のように広がっていく。
突然、私は笑い声を漏らした。
私は左手で、バッグの中から青いファイルボックスを取り出した。
「蓮也、これはあなたがこの数年間で行った脱税の証拠、それから雅子にマンションを買い与えるために公金を流用した履歴よ。
この手の怪我で、七年間の情は全て清算したわ。
これからは、あなたが私に借りを背負う番よ」