さよならの記念日

Đang tải thông tin quảng bá...

さよならの記念日

GoodNovel Hoàn thành

私は白石日和(しらいし ひより)。来月には結婚するはずだった恋人・神崎玲央(かんざき れお)が、記念日の夜に初恋の相手・橘美月(たちばな...

Chương (1)

第1章

私は白石日和(しらいし ひより)。来月には結婚するはずだった恋人・神崎玲央(かんざき れお)が、記念日の夜に初恋の相手・橘美月(たちばな みつき)を連れてバーでラブソングを歌っていた。 その場でキスして抱き合うところまで友だちに撮られて、動画はインスタのプロフィールにピン留め。 コメント欄は「付き合っちゃえ」で溢れ返る。 面白がり屋の一人が、わざわざ私の前で言った。「あの二人、もうくっつくぞ」 私は冷たく一瞥して返す。「誰とくっつこうが、あんたに関係ないでしょ?」 第1話 私は白石日和(しらいし ひより)。来月には結婚するはずだった恋人・神崎玲央(かんざき れお)が、記念日の夜に初恋の相手・橘美月(たちばな みつき)を連れてバーでラブソングを歌っていた。 その場でキスして抱き合うところまで友だちに撮られて、動画はインスタのプロフィールにピン留め。 コメント欄は「付き合っちゃえ」で溢れ返る。 面白がり屋の一人が、わざわざ私の前で言った。「あの二人、もうくっつくぞ」 私は冷たく一瞥して返す。「誰とくっつこうが、あんたに関係ないでしょ?」 適当に返事したものの、胸中はざわついて落ち着かなかった。 「君を愛してる、その何割……」動画の歌声が途切れず流れてきて、言葉の一つ一つが刃みたいに胸へ刺さる。 今日は玲央と付き合って五年の記念日だ。今夜は全部断って私と過ごすって言ったから、いちばん好きな店を予約して朝からずっと待っていたのに、夕方になって「会議で残業」と電話してきた…… ただ、時計ばかり見ながら、ひたすら待つしかなかった。 そして届いたのは、美月とバーで寄り添いながら、ラブソングを口ずさむ彼の姿だった。歌など歌わないはずの玲央が、美月を見つめるその目は、私の知らないほど、やさしかった。 忘れたのかな。恋人は、私のほうなのに。 でも私は、そんなふうに扱われたことが一度もない。友だちが囃し立てて「日和のために一曲!」なんて言っても、「音痴だから」で全部かわして、最後には「お前が気を回さないから、俺の立場が悪くなるんだ」とまで言う。 音痴じゃない。 ただ、歌いたくないだけ。 薄く笑って、赤ワインをもう一口含む。いつもなら好きなはずの舌触りが、今夜は甘苦い渋みだけを残して、苦さばかりが濃くなる。 胸の奥で燻っていた苛立ちが、どろりとした火になって、理性を焼き尽くした。 私はスマホを掴み、そのまま発信する。 「……何?」受話器の向こうの玲央は、かすれていて、どこか面倒そうだった。 その奥に、美月の笑い声と、周りの「飲めよ!」がはっきり混じる。私は口の中の苦みを飲み下した。 息を整えて、二秒だけ間を置いてから聞く。 「……今晩は、帰ってくるの?」 「忙しいって言っただろ。なんでまた聞くんだよ」声が跳ね上がる。私のほうが悪いみたいな言い方だった。 胸がきゅっと縮んで、急にどうでもよくなった。 「じゃあ、仕事して」 私の声が冷えすぎたのか、玲央はすぐに違和感に気づいた。 いら立ちを押し込めて言う。「どうしたんだよ。何を拗ねてんだ。あとでちゃんと埋め合わせするって言っただろ」 私は鼻で笑い、わざと声を張り上げた。「友だちにでも聞いてみなよ。あんた、インスタじゃ結構な有名人なんだから」 言い終える前に通話を切り、連絡先を削除してそのままブロックする。 胸の奥に渦巻く苛立ちを抱えたままタクシーで戻ると、部屋は真っ暗だった。 灯りをつけても、そこに広がるのはがらんとした空間だけ。 眉をひそめてこの新居を見渡した瞬間、結婚なんてしなくていい――そんな思いが胸をよぎった。花婿が外で遊び歩いているのに、どうして私が必死で繋ぎ止めなきゃいけないの? 窓辺には、あの頃丹精を込めて集めた小物たちが並んでいる。今となっては、どれもみんな滑稽な思い出だ。 笑っているうちに、目の縁がじんわりと熱くなった。 しばらくしてから目をこすり、バッグを放り出して袖をまくる。自分で買ったものはすべてゴミ袋へ。服も日用品も、一つずつスーツケースに詰め込んだ。 窓辺に飾っていたツーショットの写真まで叩き割り、粉々のまま捨てる。 だいたい片づいたところでスーツケースを引きずり、私はそのままホテルに転がり込んだ。 住む場所なんて、あとでゆっくり探せばいい。 ――卒業した頃は、自分でワンルームを買って住むつもりだった。それなのに玲央は突然、「どうせ結婚するんだし、今は相場も下がってる。二人で金を出し合って新居を買おう」なんて言い出した。 言葉の端々に「結婚」の匂いが漂っていて、私は舞い上がり、頭がふわっとしたまま頷いてしまった。 鍵を受け取ってから一緒に住み始めたけれど、よく考えれば、玲央は一度だってちゃんとプロポーズしていない。私が勝手に夢を見て、勝手に寄りかかっただけだ。 ……馬鹿にされるのも、当然だよね。 翌朝、目を開けた瞬間に、知らない番号から着信が入った。受話器の向こうから吐き捨てるような声が響く。 「これ以上ゴネるなら、俺たち、終わりだぞ」 第2話 鼻で笑った。あいつの開き直りが、ただ滑稽だった。 終わりなら終わりでいい。今度こそ、追いすがらない。 迷いなく一言だけ返した。「了解」 そのあとスマホの画面を落とし、パソコンを開いて単身用の部屋を探し始めた。電話の向こうで彼が焦って喚いていようが、もう知ったことじゃない。 あいつはきっと、私に少しでも逃げ道を用意してやれば、どうせまた私が振り向いて許すと――そう思っていたのだ。 でも、もう疲れた。 初恋の相手である美月が白見原に戻ってきてからというもの、玲央のスマホは気まぐれに鳴るようになった。指先を少し切っただの、犬が変なものを食べただの、生理が来たのにナプキンがないだの――そんな些細なことまで理由にして、彼を呼び出す。 腹が立って、私は玲央の袖をつかみ、詰め寄った。「まだ、美月のことが忘れられないの?」 玲央は冷たく振りほどき、鼻で笑った。「心が汚れてるやつは、何を見ても汚く見えるんだよ」 それから、私たちは美月のことで口論することが増えた。玲央は口では「もう次は行かねえ」と言うのに―― 美月から着信が鳴った瞬間、誰よりも早く飛び出していく。戻ってきてはうつむいて謝り、私は見て見ぬふりをしながら、毎日自分に言い聞かせた。 玲央は私を愛してる。 愛してる、愛してる…… でも、本当は――愛してなんていない。 会社に着いた途端、息つく暇もなく仕事に追われ、受付の子に「おやつが届いてます」と呼ばれて向かったとき、すっと伸びた背中が視界に入った。 玲央は昔から顔がいい。陽だまりみたいな笑顔に、高い背。街を歩けば自然と視線を集める人で、私もあっさりスーツ姿の彼に惹かれてしまった。 前なら、迷わず飛びついて抱きついていたはずだ。 でも今は、踏み出しかけた足がその場で凍りついた。 玲央は笑って大股で近づいてくる。「悠斗が新婚旅行から戻ってさ。友だちに奢るって言ってる。行こうぜ」 まるで、昨日のことなんて最初からなかったみたいな顔で。 私は視線を落とし、少し間を置いてから答えた。「……うん」 退勤すると、玲央は車の後部座席のドアを開けて合図した。胸がざわつき、私は単刀直入に聞く。「助手席……誰か、乗るの?」 切れ長の目がわずかに揺れる。「美月はさ、他人に自分の席に座られるの、嫌いなんだ」 私は何も言わず、口元だけで笑った。 そのまま後部座席に乗り込み、二度と口を開かなかった。 ぼんやりと視線をさまよわせる。玲央は典型的な無骨な男で、身の回りにピンクだのキャラ物だの、まず置かないタイプだった。 それなのに今は、車内のあちこちにピンクのクッションやティッシュケースが転がっている。 見れば、どれも美月のものだった。 唇が無意識に強張る。私は前の座席――玲央の背中だけを、じっと見つめた。 しばらくして、そっと目を閉じる。 個室に着くと、ほかの連中はもう揃っていた。美月は玲央を見るなり嬉しそうに飛びつき、拗ねた甘い声で言う。「遅いじゃん。なんで?」 玲央が答える前に、私は悠斗に軽く頭を下げて笑った。「渋滞で。遅くなってごめんね」 悠斗と玲央は十年以上の付き合いだ。責めるどころか、二人まとめてさっさと席に引っ張ろうとする。 横では、美月が名残惜しそうに、いつまでも玲央の手を離さない。 それを見て悠斗が笑った。「じゃあ、お前らは並んで座れよ」そう言って、嫁さんに私を別のテーブルへ連れていかせる。 まるであの二人が恋人で、私はただの余所者みたいだった。 前なら、私は鈍くて何も気づかず、「悪気はないんだ」と思い込んでいた。でも今ならわかる。最初から、私を輪に入れる気なんてなかったのだ。 それなのに私は、必死で取り入ろうとして、贈り物だの食事だのと気を遣ってきた。裏では、どんな顔で笑われていたのだろう。 ……本当に、馬鹿みたい。 第3話 口だけが勝手に動いているのに、何を食べてもまるで砂を噛んでいるみたいで、味がしなかった。 玲央は連中と大声で盛り上がりながら、隣の美月にだけは細やかに気を配り、お茶を注ぎ、皿を替え、店員よりも忙しそうに世話を焼いている。 まるで、隣のテーブルに婚約寸前の私が座っていることなんて、最初から存在していないみたいだった。 私は冷めた目で眺める。玲央は普段、身の回りのことに無頓着な男だ。まして私に取り箸を伸ばしたり、カニの殻を剥いたりする発想なんて、最初からない。 それが今はどうだ。玲央はカニの身を丁寧にほぐしながら、美月に笑って聞いた。「もう一杯いく?」 俯き加減に笑い合う二人の息の合い方が、やけに眩しくて、目に刺さる。 指を折って数えてみても、玲央は一度だって私に同じことをしてくれたことがない。頼めば返ってくるのは、苛立った声だけだ。「手ぇ付いてんだろ。自分で剥けよ」 それでも言い返せば、玲央は人前でも平気で不機嫌な顔を作り、私を面倒な女に仕立てる。 視界の端で、美月が得意げに口角を上げた。胸の奥が、ずしりと重く沈む。 覚悟はしていたはずなのに、目の前で見せつけられると、胸がぎゅっと締めつけられる。 私の様子がどこか強ばっているのに気づいた悠斗が、しばらく玲央の手元を眺めてから、軽く笑って茶化した。「おい、玲央。少しは公平にしろよ。日和にもちゃんと注いでやれ。あとでひいきしてるって言われるぞ」 玲央はようやく私をちらりと見て、気だるそうにグラスへ水を足そうとする。 私は先にグラスを取り上げた。「いらない」 玲央の動きが止まる。何かを思い出したように、今度は横にあったオレンジジュースを手に取って注ごうとした。 私は目を上げ、淡々と言い切る。「それも、いらない」 続けて拒まれるとは思わなかったのか、玲央の顔に一瞬だけ戸惑いが走った。私の空気を察した悠斗が、間に入るように近づいてくる。「じゃあ、何がいい?言ってみ」 私は背筋を伸ばし、グラスをテーブルに戻して静かに答えた。「玲央からのものは、全部いらない」 その言葉が落ちた瞬間、個室の空気が一拍、止まった。 美月がすぐに玲央の袖をそっと引く。「玲央くん……日和さん、怒ってるのかな。ごめんね。私が隣に座ったのが悪かったのかも」 言い方がうまい。まるで私のほうが、理不尽に怒りをぶつけているみたいだ。 私はバッグを手に取り、悠斗に軽く頭を下げた。「ごめん。さっき会社から連絡が入って、急ぎの契約書があって。戻らないといけないの。埋め合わせはまた今度するね」 そう言いながら玲央の横をすり抜け、そのまま振り返らずに出て行こうとした。 「日和、お前さ。昨日、玲央が美月とラブソング歌ったことで怒ってんの?」 悠斗が眉を上げ、面白がるように笑う。 「それ、さすがに器ちっちゃくね?」 そこへ美月が口を挟んだ。「昨日はみんなが煽ってただけだよ。そんなの気にしないで。日和さん、ごめんなさい……私、謝る」 困ったように、でもどこか無垢な顔で玲央を見上げる。まるで、私にいじめられている被害者みたいに。 玲央は案の定、美月を引き寄せて腕の中に庇い、やさしい声で言った。「謝らなくていい」 それから私に向き直り、冷たい声で吐き捨てる。「歌を一曲歌っただけだろ。なんで謝らなきゃいけねえんだよ」 私は玲央を見て、それから彼の胸に収まっている美月を見た。 美月の瞳の奥には、含みのある笑みがはっきり浮かんでいる。嘲りなのか、見下しなのか――もう隠す気もないらしい。 私は視線を落とし、胸の奥がさらに沈んでいくのを感じた。 玲央は、自分が悪いなんて一度も思わない。私が少しでも強く言えば、決まってこう返してくる。「美月は愛情に飢えてる子なんだ。お前がいちいち目くじら立てるなよ」 ――私のほうが、二つも年下なのに。 私は息を吸い、無理やり笑った。「じゃあ、これからもたくさん歌えばいいよ」 そう言い捨てて、玲央の横を押しのけるように通り過ぎ、外へ出た。 背中で、美月の甘えた声が聞こえる。「玲央くん、日和さん行っちゃった。追わないの?」 「放っとけ。明日になりゃ、勝手に戻る」 夜風が強く、目に溜まっていたものが勝手にこぼれ落ちた。 冷たい手で頬を乱暴に拭う。こんなふうに擦れば、胸の奥の鋭い痛みまで削れる気がして。 五年も一緒にいたのに、どうしてこんなところまで来てしまったのだろう。 髪が風に揺れる。頭の中のぐちゃぐちゃと同じ揺れ方で、余計に苦しい。視界の端では、街角のカップルがふざけ合いながら、互いに串だんごを食べさせ合っていた。 足が勝手に屋台へ向かい、私も一本買ってしまう。口に運ぼうとしたとき、耳の奥で玲央のいつもの声がよみがえった。 「甘いの好きだよな。年取ったら歯にくるぞ。控えろよ」 ひと口かじると、舌先には確かに甘さが広がるのに、喉の奥の苦さは、どうしても消えなかった。 店主がふいにティッシュを差し出す。「涙を拭いてから食べたほうが、甘く感じるよ」 私はぽかんとそれを受け取り、堪えていた雫がまた落ちて、紙をじわじわと濡らしていく。 ――これが、恋なんだ。甘くて、苦い。 ホテルに戻り、すぐに単身用の部屋をひとつ押さえた。スーツケースを引いて出ようとした、そのとき。玲央からメッセージが届く。 開いてみれば、相変わらずの調子だった。【日和。今夜は騒ぐべきじゃなかっただろ】 第4話 私は口元をきゅっと歪めて、それを見なかったことにした。 新しい部屋の準備を終えてからも、玲央は何通もメッセージを送ってきたが、すべて無視した。 ベッドに沈み込み、何気なくインスタを開くと、通知に赤いバッジがついている。美月の新しい投稿だった。 写真の中で、二人の鼻先は触れそうなほど近く、その目に宿る甘さが画面越しにも溢れていて、一瞬、キスしているようにさえ見える。 美月はキャプションまで添えていた。「体はそっちにあっても、心は私のもの」 私は眉をひそめ、しばらくそれを眺めてから、たった一行だけ打ち込んだ。「もう、付き合えば?」 翌日、会社に着くと、玲央が朝食の袋を提げて入口で待っていた。私は一瞥もくれず、そのまま通り過ぎる。 次の瞬間、袖をぐいと掴まれた。 「お前、いったい何を怒ってんだよ」 私は顔を上げ、冷たく睨み返す。「玲央、よく聞いて。私、騒いでないし、怒ってもいない」 「もう、朝ごはんなんていらない。……私たち、別れよう」 そもそも、私も玲央も朝食を取らないタイプだった。それなのに、あの集まりで美月は、私の目の前で得意げに話し始めたのだ。玲央が毎朝届ける朝食は、毎日違うのを持ってきてくれて、どれもすごく美味しいのだと。 何気なく彼女のインスタを遡ってみれば、並んでいる朝食の写真は、どれも妙に洒落ていた。 ――だから、あんなに毎朝早く起きていたのか。誰かのデリバリー役をしていただけだった。 問い詰めると、玲央は当然のように言った。「美月は低血糖なんだよ。朝抜くと、気持ち悪くなるだろ……」 ――でも、忘れている。私だって、低血糖なのに。 玲央は信じられないという顔で私を見つめ、やがて歯を食いしばって問い返した。「……本気で言ってるのか?」 私は唇の端だけを上げて笑う。「これ以上ないくらい本気よ。二人の結婚祝いだって、もう用意してある」 そう言い切って、私は玲央の手を強く払いのけ、会社の中へ入った。 恋は散々でも、仕事は追い風だった。上司の高嶋洋平(たかしま ようへい)に呼ばれて部屋に入ると、大きな案件をどんと渡された。 「以前のクライアントが、君を指名してきた。頼むぞ」 私は企画書を抱え、夢中で読み込み始めた。しばらくすると、受付の女の子が大きな紙袋いっぱいの差し入れを持ってやって来る。 「日和さん……もしかして、誰かに口説かれてたりします?」 にやにやした表情に、私は指をくいっと曲げて合図した。「食べたいなら、詮索しないこと」 彼女はもう遠慮はせず、エッグロールの袋を一つ掴んで、さっさと消えた。 机いっぱいの差し入れを眺めていると、怒る気も失せてくる。玲央が何を考えているのかは知らないが、あの日以来、やたらと差し入れを送りつけてくるのだ。 ちょうど電話して、「もうやめて」と言おうとした、その時。 悠斗から着信が入った。開口一番、勢いよく言う。「日和、七時。KISSカフェ。サプライズあるから」 「私……」 「この前も用事って言ってただろ。まさか今回も?」 私は歯を食いしばって、結局向かうことにした。店の前に着いた、その瞬間。耳に飛び込んできたのは―― 「玲央、キスに夢中すぎじゃね?」 その声だった。