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入籍当日、元カレ元カノ大集合
4年間付き合った彼氏の柴田大輝(しばた だいき)と婚姻届を出しに行ったが、突然の大雪で道がふさがってしまった。 その場で5時間も立ち往生し...
Chương (1)
第1章
4年間付き合った彼氏の柴田大輝(しばた だいき)と婚姻届を出しに行ったが、突然の大雪で道がふさがってしまった。
その場で5時間も立ち往生していたところ、前の車から厚いダウンを着た女の人が、お湯を分けてほしいと窓をノックしてきた。
大輝が車の窓を開けた瞬間、私たちはぽかんとしてしまった。
窓の外にいた女性は、大輝が一度も口にしたことのない、アルバムの奥に大切にしまっていた幼馴染の碓氷瑠夏(うすい るか)だった。
そして、瑠夏の後ろ。傘をさして不機嫌そうに立っていた男は、私が3年間愛し、3年間憎み、もう二度と会うまいと誓った元彼の、碓氷真司(うすい しんじ)だった。
第1話
4年間付き合った彼氏の柴田大輝(しばた だいき)と婚姻届を出しに行ったが、突然の大雪で道がふさがってしまった。
その場で5時間も立ち往生していたところ、前の車から厚いダウンを着た女の人が、お湯を分けてほしいと窓をノックしてきた。
大輝が車の窓を開けた瞬間、私たちはぽかんとしてしまった。
窓の外にいた女性は、大輝が一度も口にしたことのない、アルバムの奥に大切にしまっていた幼馴染の碓氷瑠夏(うすい るか)だった。
そして、瑠夏の後ろ。傘をさして不機嫌そうに立っていた男は、私が3年間愛し、3年間憎み、もう二度と会うまいと誓った元彼の、碓氷真司(うすい しんじ)だった。
車のドアが開くと、猛吹雪まじりの冷たい風が一気に流れ込んできた。
瑠夏と真司の車はガス欠で、暖房も壊れてしまったらしい。仕方なく、私たちの車に避難してきた。
狭い車内で、四人はそれぞれ違うことを考えていた。気まずい空気が張り詰めて、爆発しそうだった。
でも、さっきははっきりと見た。瑠夏は、厚手の白いダウンを着ていて、車に乗り込むときによろめいた。そして、無意識に助手席のドアを開けて、そこに座ったんだ。
その動きはとても自然で、まるでそこが彼女の指定席みたいだった。
瑠夏を支えようと伸ばしかけた私の手は、行き場をなくして宙をさまよった。
瑠夏もハッとしたようで、顔を青くした。そして慌ててシートベルトを外しながら、「ごめん、癖で……後ろに行く」と呟いた。
「動かないで」
大輝の声だった。でも、そこには私の知らない焦りがあった。彼は瑠夏の腕をおさえ、「後ろは風が当たるから寒い。君の体は弱いんだから、暖かいところにいた方がいい」と言った。
瑠夏は私を一瞬見た。ごめん、って目が言ってた。でも、彼女は結局おとなしく座り直した。
私は黙って手を引っ込めた。大輝が助手席のヒーターの温度を、二度も上げているのをただ見ていた。
この人は私の婚約者。なのに、私の目の前で、他の女の人に無意識の優しさを見せつけている。
後部座席のドアが開けられて、また凍えるような冷気が入り込んできた。
真司が雪をまとって、無表情のまま私の隣に座った。
狭い後部座席で、彼と私の太ももがどうしても触れ合ってしまう。
懐かしい匂いに、一瞬意識が飛んだ。まるで大学時代の、あの別れの雨の夜に戻ったみたい。あの時も真司はこんな風に体が濡れていて、目を真っ赤にして「本当に行くのか」って私に聞いたんだ。
大輝がペットボトルの水を取り出して、キャップを開けた。
てっきり私にくれるんだと思って、いつもの癖で手を伸ばした。
でも、彼の手はコンソールボックスを越えて、まっすぐ瑠夏に差し出された。「水筒のお湯は熱すぎるから。これはしばらく俺が温めてたんだ。胃が弱い君はこれを飲んで」
私の手は行き場を失ったまま宙をさまよっていて、本当に馬鹿みたいだった。
大輝は、私の方を一度も見ようとしなかった。
その時、ぽいっと温かいものが私の膝に投げられた。
下を見ると、包装が破かれた使い捨てカイロだった。
「貼っとけ」
真司は窓に寄りかかって、だるそうな声で言った。その顔は、私を馬鹿にしているみたいだった。「後で生理痛で死にそうになられても困る。車内で騒がれたらうっとうしくなるからな」
私は、ハッとした。
確かに今日は生理の日だった。急いで家を出たから鎮痛剤を忘れてて、下腹部がずっとズキズキ痛んでいた。
自分でも我慢して言わなかったのに。婚約者の大輝なんて、全く気づいてもいなかった。
それなのに、3年も会っていなかった真司のほうが、一目で私の不調を見抜いたのだ。
私は黙ってカイロをお腹に貼った。じんわりと温かさが広がったけど、心は逆に、もっと切なくなった。
車の中は完全に沈黙していた。気まずさを紛らわそうと、瑠夏が口を開いた。「大輝さん、お二人はどこに行くの?」
大輝はハンドルを握る手に力を込めた。バックミラー越しに私を見たけど、その目はどこか泳いでいた。「真奈美(まなみ)の両親に会いに行くんだ。渋滞がなければ、明日には入籍する予定だった」
「入籍」という言葉が出た瞬間、隣にいた真司の動きがピタッと止まったのが分かった。
彼が指先でもてあそんでいた金属製のライターが、カチッと小気味よい音を立てて閉じた。そして、それきり動かなくなった。
瑠夏は一瞬きょとんとしたけど、すぐに愛想笑いを浮かべた。「そう、おめでとう」
彼女は、少し膨らんだ自分のお腹を撫でながら、優しく言った。「私と真司も結婚して2年なんだ。今回は気分転換に出てきたのに、赤ちゃんを授かるなんて……でも、嬉しい」
「赤ちゃん」という言葉に、大輝ははっとして、瑠夏のお腹をじっと見つめた。
その落胆ぶりは、あまりにもあからさまだった。まるで私が、ただの数合わせの部外者みたいに感じられるほどに。
彼は瑠夏のお腹をじっと見つめたまま、かすれた声で尋ねた。「君……妊娠、してるのか?」
瑠夏は頷いた。そして、幸せそうな顔でバックミラー越しに真司を見た。
真司は、クスっと笑った。そして再びライターに火をつけた。炎が、彼の相変わらず整っているけれど、どこか影のある顔を照らし出した。
真司は気だるそうに口を開いた。「ああ、妊娠してるよ。まあ、これが生活ってやつだろ。適当にやってくしかない。まさか離婚するわけにもいかないしな」
その一言で、瑠夏の顔は血の気が引いて、真っ青になった。
そして、私の心臓も嫌な音を立てて跳ね上がった。
第2話
窓の外は吹雪がひどくなる一方で、風がごうごうと鳴っていた。
どうやら、当分は動けそうにない。
大輝がガラスの反射越しに、何度も瑠夏のことを心配そうに見つめているのが分かった。私の心は、すっと冷めていった。
この四角関係の中で、私は大輝の過去にも、未来にも、居場所がないみたいだ。
渋滞はまだ続いていて、いつの間にか、もう5時間も経っていた。
言うまでもなく、みんなお腹が空いていた。
私はカバンから、用意しておいたお菓子を取り出した。
前の席に、ドライマンゴーの袋を差し出した。
大輝はそれを受け取ると、ほとんど無意識に袋を開けて、瑠夏の口元に持っていった。「ほら、君が好きだったドライマンゴーだぞ」
その動きは、あまりにも手慣れたものだった。
でも瑠夏は、気まずそうにさっと身を引いて、彼の手を押し返した。「大輝さん、忘れたの?私、留学した年にひどいマンゴーアレルギーだって分かって、もう食べられないのよ」
大輝の手は宙で固まった。いつも落ち着いている彼の顔に、今まで見たこともないような動揺と罪悪感が浮かんでいた。
「ごめん……忘れてた」
大輝は慌ててドライマンゴーを引っ込めた。そのおどおどした様子は、見ていて胸が痛くなった。
だって、私の前ではいつも、大人で落ち着いていて、感情を表に出さない完璧な婚約者だったから。
でも男の人って、本当に好きな人の前でだけ、不器用になったり慌てたりするものなんだ。
その時、横から伸びてきた手が、大輝の手からドライマンゴーの袋をひったくった。
真司は、それを私の膝の上にぽいと投げた。
「彼女が食わないなら、お前が食え」
真司は私をちらっと見て言った。「これ、お前の大好物だったろ?大学の頃、こんな安物のために節約して、俺は1ヶ月も禁煙したんだぞ」
膝の上のドライマンゴーに目を落とす。袋には、あの安っぽいメーカーの名前が印刷されていた。
本当は、もうとっくに好きじゃなくなっていた。むしろ、嫌いなくらいだった。
大学の頃に好きだったのは、真司がお金を持っていなかったからだ。
彼は貧乏な学生で、この街で必死に勉強していた。毎月の生活費はいつもギリギリだった。
このメーカーのドライマンゴーはセールになると一番安かった。真司が食費を切り詰めて買ってくれたから、私は彼のプライドを傷つけないように、いつも大好きだって顔をした。そして、一枚一枚、甘さをかみしめるように食べていた。
今ではお金もあるし、本物の新鮮なマンゴーも普段から食べている。だから、こんな砂糖の塊みたいなドライフルーツは、甘ったるくて気持ち悪いだけだった。
でも真司は、そのことを知らない。
大輝が、瑠夏がマンゴーアレルギーになったことを知らなかったように。
私たちはみんな、古い記憶だけを頼りにして、それが変わらない真実だと思い込んでいたのかもしれない。
私はぎこちなく袋を開けると、一枚口に入れた。甘いはずなのに、苦く感じた。
その一方で、前の席の二人はだんだん盛り上がってきた。
瑠夏は、大輝の気まずさを和らげようと、自分から子供の頃の話を始めた。
「大輝さん、覚えてる?昔住んでた家の裏にあった大きな木のこと。一度、鳥の巣を取りに連れてってもらったけど、降りられなくなっちゃって。結局、お隣さんがはしごを持ってきて助けてくれたのよね」
大輝の表情が、とたんに和らいだ。懐かしそうに口元を緩めながら、彼は言った。「忘れるわけないだろ?あの時、親にめちゃくちゃ怒られたのは10年経っても忘れないよ。君は鼻水まで垂らして泣きじゃくってたのに、小鳥を助けたんだって必死に言ってたよな」
二人は顔を見合わせて、微笑んだ。
二人にしか分からない話が続く。出てくる人の名前も、私は一人も知らなかった。
私はドライマンゴーを握りしめながら、話に入るきっかけを探した。でも、割り込む隙なんて、どこにも見つからなかった。
私はふと、真司の方に顔を向けた。
彼も横を向いて、窓の外に舞う雪を見ていた。その姿は、同じように場違いな感じがした。
あれは明らかに、大輝と瑠夏だけの時間だった。私たち二人は、後から来た人間にすぎない。
突然、真司がこちらを向いて、唐突に聞いてきた。「びっこは、まだいるのか?」
一瞬、何のことか分からなかったが、すぐに、あの犬のことを聞いているんだと気づいた。
大学2年の時、土砂降りの中で拾った足の折れた野良犬だった。真司が「びっこ」なんてひどい名前を付けたくせに、誰よりも丁寧にお世話をしていた。
別れた時、私がその犬を引き取った。
私は目を伏せて、ぽつりと呟いた。「もう死んだわ」
第3話
真司は眉をひそめて尋ねた。「どうして死んだんだ?」
「別れた年の冬に、老衰で」私は静かに答えた。
本当は、違う。
あの頃、私は失恋でひどく落ち込んでいて、精神的に参っていた。ある日、散歩の途中でリードを放してしまって、びっこは走り去ってしまった。雪の中を3日間ずっと探し続けた。ようやく見つけたとき、びっこは道端で、もう冷たくなって固まっていた。
それは、今でも私の心の棘だ。びっこにも、そして真司にも、申し訳ないことをしたと分かっている。
真司はしばらく黙っていたが、やがて喉の奥から冷たい笑いを絞り出した。「そりゃ、よかったな」
彼は再び窓の外に視線を戻し、独り言のように低い声でつぶやいた。「誰も面倒を見るやつがいないよりはましだ。お前と一緒じゃ、どうせ苦労するだけだからな」
その時、前の席の笑い声が、ぴたりと止んだ。
大輝は、ようやく後部座席の不穏な空気に気づいたらしい。彼はちらっと私を振り返った。
何か聞いてくれるのか、せめて一言でも慰めてくれるかと思った。
でも、大輝は何も言わなかった。
ただ私を一瞥しただけで、すぐに前を向き直ると、瑠夏のシートのリクライニングを調節し続けた。「この角度なら、腰、楽になった?」と、彼は優しく尋ねる。
甘ったるいドライマンゴーの袋を握りしめながら、窓の外の真っ白な世界を眺めていると、急にどうしようもない孤独感に襲われた。
まるで、別れたあの冬よりも、もっと寒いみたいだった。
この渋滞は、まるで終わりのない拷問のようだ。私の忍耐力は、少しずつ削られていく。
この息が詰まるような沈黙を破るため、瑠夏がゲームをしようと言い出した。
「じっと座ってるのも退屈だし、ゲームしない?」瑠夏はそう笑って、空のペットボトルを取り出す。「これを回して、ボトルが向いた人が罰ゲーム、真実か挑戦かよ」
私と真司は黙っていた。大輝は場を盛り上げるためか、「いいよ」と頷いた。
最初のターン。ペットボトルはくるくると回り、やがて大輝の目の前でぴたりと止まった。
大輝は、「真実」を選んだ。
瑠夏はぱちぱちと瞬きをしながら、何気ないふうを装って尋ねた。「大輝さん、今までの人生で一番後悔してることって、なあに?」
車内は、一瞬で静まり返った。
大輝はハンドルを握る指に力を込めた。ガラスの反射越しに瑠夏を一瞬だけ見て、すぐに視線を逸らす。
長い沈黙が続いた。もう答えないつもりかと思った、その時だった。彼の低い声が響いた。
「後悔してるのは、あの夏、E国行きの航空券を買わなかったことだ」
ささくれをいじっていた私の指が、ぴたりと止まった。爪のふちが裂け、血が一筋にじむ。
だって、その夏は、瑠夏が留学した夏だったから。
つまり大輝は、彼女を追いかけなかったことを、ずっと後悔していたのだ。
この何年間も、彼の心の中には、ずっと行けなかったE国が引っかかっていた。
私はその後ろに座って、大輝が別の女性に、何年も遅れて深い想いを告白するのを聞いていた。
ティッシュを一枚引き抜き、黙って指先の血を拭った。そして、なんとか笑顔を崩さないようにしながら、窓の外を眺めた。
二回目。ボトルの口は、真司を指した。
真司は気だるげに背もたれに寄りかかり、相変わらず口の端に笑みを浮かべたまま、「挑戦で」と答えた。
大輝が振り返る。その目には敵意が混じっていて、冷たく言い放った。
「だったら、お前の初恋の相手に電話して、『元気か?』って聞けるか」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、瑠夏の笑顔が顔に張り付いた。
どう答えても詰む質問だ。
大輝を除いて、真司の初恋の相手が誰なのかは、皆が知っていた。
空気が、一瞬にして極限まで張り詰めた。
真司は眉を上げたが、ためらう素振りは全く見せなかった。彼はスマホを取り出すと、長い指で画面を数回なぞり、通話ボタンを押した。
トゥルル――トゥルル――
スピーカーから漏れる呼び出し音が、狭い車内に響き渡る。
次の瞬間だった。
私のバッグの中から、突然、けたたましい振動音が鳴り響いた。
それはスマホのバイブ音で、この静まり返った空間では、耳をつんざくほどに大きく聞こえた。
大輝は勢いよく振り返り、私のバッグを食い入るように見つめた。
瑠夏は信じられないといった様子で、口元を手で覆った。
私はどうしていいか分からず、バッグを押さえつけて、気まずい振動を何とか隠そうとした。
真司は、私の番号を消していなかったのだ。
それどころか、この3年、彼は登録名すら変えていなかったのだろう。でなければ、連絡先からこんなに早く私を見つけられるはずがない。
真司はゆっくりと電話を切った。そして、慌てふためく私の顔を見て、意地悪く、そして皮肉っぽく笑った。
「悪い。手が滑って、押し間違えた」
第4話
ゲームは、まるで参加者たちの心の傷をえぐり出すかのように、まだ続いていた。
三回戦、負けたのは私だった。
真司は手元のライターをいじりながら、その深い瞳で私をじっと見つめていた。
「真奈美」
彼は、私の名前を呼んだ。
「もしやり直せるなら、今の婚約者を選ぶか、それとも元彼を選ぶか?」
大輝の呼吸が少し荒くなる。彼は私の答えを待っているようでもあり、その答えを恐れているようでもあった。
私が口を開き、何かを言おうとしたその時だった。
突然、後ろからけたたましいブレーキ音と、激しい衝突音が響き渡った。
次の瞬間、私たちの乗っていた車が、大きく揺れた。
後ろの車が凍結した路面でスリップして、コントロールを失ったまま、私たちの車に追突してきたのだ。
その勢いで、車は高速道路のガードレールに向かって突っ込んでいく。
「危ない!」
大輝が叫んだ。
車が横転してガードレールにぶつかる、まさにその瞬間、大輝はとっさに自分のシートベルトを外した。
でも、彼は私の方を見なかった。
大輝は助手席に覆いかぶさるように飛びつき、両腕を広げて、瑠夏と彼女のお腹を、必死に守ったのだ。
私は、強い遠心力でドアに叩きつけられながら、その光景を絶望的な気持ちで見つめていた。
そうか、これが答えなんだ。
大輝が選んだのは、瑠夏だった。
ドンッ。
車体は、激しい音を立ててガードレールに衝突した。
でも、予想していたほどの痛みはなかった。
衝突する直前、力強い腕が横から伸びてきて、私の頭をぐっと押さえつけ、彼の胸とシートの間に守ってくれたからだ。
慣れた匂いに血の匂いが混じって、私の鼻先をかすめた。
それは、真司だった。
車はようやく止まった。車内はひどい有り様だった。
大輝は、真っ先に瑠夏の顔を両手で包み込んだ。
「瑠夏!瑠夏、大丈夫か?どこか怪我はないか?お腹は痛くないか?」
大切な人を失いかけたような、そのパニックと愛情は、本物だった。
瑠夏はまだショックから覚めない様子で、泣きながら大輝の腕の中に飛び込んだ。「大輝さん、怖かった……」
二人は、まるで命拾いした恋人同士みたいに、きつく抱きしめ合った。
その時、私の後ろから、真司の押し殺したようなうめき声が聞こえた。
振り返ると、真司の腕が小刻みに震えているのが見えた。明らかに怪我をしていた。
でも彼は、私の肩を掴んで隅から隅まで様子を確かめると、怒ったような、でも焦ったような口調で言った。
「真奈美、お前は馬鹿か?なんで避けようとしないんだ?
俺が庇わなかったら、お前の頭はカチ割れてたぞ!」
怒ったような顔をしているくせに、その瞳には心配の色がありありと浮かんでいる真司を見る。
そして、前の席に目を向ける。そこには、瑠夏を優しく慰め、一度もこちらを振り返ろうとしない私の婚約者がいた。
涙が、とうとう堰を切ったように溢れ出した。
この瞬間、両親が言っていた「お似合い」だとか、「安定した生活」だとか、お互いを尊重しあうなんて言葉が、全部くだらない冗談に思えた。
人の本能は、嘘をつけない。
大輝の本能の中に、私はいなかった。
大輝の愛も、守りたいという気持ちも、いざという時の最優先も、すべては彼が手放してしまった幼馴染のものだった。
私は過去だけじゃなくて、今も負けてしまったんだ。
心の中で、何かがぷつりと切れる音がした。
真司が私の涙を拭こうとする手を、私はそっと押しのけた。そして、外の冷たい空気が肺に染みる痛みも構わず、深く息を吸い込んだ。
前で私に背を向けたまま、まだ瑠夏の涙を拭いてやっている男に向かって、私は最後の力を振り絞って、静かに口を開いた。
「大輝」
大輝の背中が、ぴくりと強張った。まるで、この車に私が乗っていることを、今初めて思い出したかのように。
彼は慌てて振り返り、私と真司の様子を見て、目を泳がせた。「真奈美、俺は……」
私は大輝の言葉を遮る。その声は、風に吹かれたら消えてしまいそうなくらいか細かったけど、でも、確固とした意志がこもっていた。
「私たち、別れよう」