荒波を越え、私に吹く新生の風

Đang tải thông tin quảng bá...

荒波を越え、私に吹く新生の風

GoodNovel Hoàn thành

如月家で、長きにわたり冷遇され続けてきた如月寧々(きさらぎ ねね)。 愛人の娘である異母妹・如月依莉(きさらぎ えり)の出現により、彼女...

Chương (1)

第1章

如月家で、長きにわたり冷遇され続けてきた如月寧々(きさらぎ ねね)。 愛人の娘である異母妹・如月依莉(きさらぎ えり)の出現により、彼女は自分の部屋をはじめ、積み上げてきた名誉、そして婚約者さえも奪われてしまう。 何より寧々を絶望の淵に追いやったのは、実の父と兄による依莉への理不尽な偏愛と、自分に向けられる冷酷な仕打ちの数々だった。 「もう、この家には何の未練もない」 如月家との決別を誓った彼女は、亡き母の旧姓である「白川」を名乗り、叔父の支援を受けて再びデザインの世界へと舞い戻る。 圧倒的な実力を武器に、かつて自分を蔑ろにした如月家や元婚約者の周防家を実力でねじ伏せ、彼らに相応の代償を支払わせていく。 そしてついに国際デザインコンテストで頂点に立った寧々は、誰にも邪魔されない、輝かしい第二の人生を歩み始める―― 第1話 愛人の娘が、この家に引き取られた日のことだ。 父の後ろにおどおどと隠れる彼女。けれど父は、何事もないかのように私へ笑いかけた。 「寧々。お前が一番大切な娘であることに変わりはないんだよ」 兄も私・如月寧々(きさらぎ ねね)の頭を撫でて、優しく言った。 「俺の妹は、永遠にお前ひとりだけだ」 けれど、その言葉はただの呪いだった。 私の部屋も、愛用していたピアノも、三年間徹夜を重ねてやっと勝ち取ったデザイン賞の栄誉さえも、気づけばすべて彼女のものになっていた。 そして決定的だったのは、あの夜。 如月依莉(きさらぎ えり)は私がデザインしたドレスを身に纏い、私の婚約者の腕に絡みつきながら、婚約披露宴の主役として笑っていた。 全身の血が凍りつくようだった。 席を立とうとした私の両肩を、父と兄が左右から死に物狂いで押さえつける。 「寧々、わきまえなさい。大人になるんだ」 父の低い声が、ごうごうと耳鳴りのように響いた。 その晩、私は浴室で手首を切った。 赤く染まっていくバスタブの水面を眺めながら、意識を手放した。 次に目を覚ました時、病室にいた父はひどく渋い顔をしていた。てっきり心配してくれるのだと思った私の期待は、最初の一言で打ち砕かれた。 「依莉は心臓が弱いんだ。血など見せられたら発作を起こしかねない。こんな悪ふざけで彼女を脅すのは、もうやめなさい。いいかい?」 兄も深いため息をつく。 「あの子は妹なんだぞ。お前が姉として譲ってやれ。不満があるなら、俺に言えばいいだろう」 その瞬間、憑き物が落ちたように頭が冷えた。 ああ、そうか。 この家族はもう、私にはいらない。 …… 退院の日が決まると、私は長年疎遠になっていた番号へ電話をかけた。 「……叔父さん。私、白川の家に戻りたいの」 受話器の向こうで短い沈黙があり、やがて震える声が響いた。 「寧々……!やっと、帰ってくる気になったか」 通話を終えると、父が迎えにやってきた。 父は自らハンドルを握り、車内では甲斐甲斐しく私の体調を気遣った。まるで良き父親そのものだった。 けれど車が停まったのは自宅ではなく、街外れのマンションの前だった。 「寧々、ここは静かだし、内装もお前の好きなテイストにしてある。療養するには一番いい環境だろう」 父は慈愛に満ちた表情で、私の頭を撫でる。 この人は知らないのだ。入院中、彼と依莉が交わしていた内緒話を、私が聞いてしまったことを。 「パパ、私怖いの。お姉様、またあんなことして私をいじめるかと思うと……」 「大丈夫だ、可愛い依莉。あいつは外に住まわせるからね。そうすれば、お前も怯えずに済むだろう?」 渡された鍵を受け取る指先は、氷のように冷たかった。 その時、父のスマートフォンがメッセージの着信を告げる。父は画面を確認するなり、そそくさとその場を立ち去っていった。 扉を開けた瞬間、鼻をつく異臭に思わず顔をしかめた。リビングには私の荷物が乱雑に積み上げられている。 埃っぽい空気に喉が刺激され、乾いた咳が二つ、三つと漏れた。 これが「療養に最適な環境」だなんて、笑えない冗談だ。 荷解きの手を止めたのは、母の写真が出てきたからだ。 フレームの中の母は、穏やかに微笑んでいる。 写真をそっと胸に抱き寄せると、まるで心臓を直接抉られたような痛みが走った。涙で視界が滲む。 明日は、母が逝って七年目の命日だ。 落ちた涙がスマホの画面を濡らした時、通知が光った。親友からのメッセージだ。 【寧々!法律事務所に勤めてる子から聞いたんだけど、お父さんが遺言書を書き換えたらしいよ!資産は全部、修さんと依莉のものだって……寧々の取り分はゼロよ!】 ……意外ではなかった。 ふと下駄箱の上に置かれた書類に目をやると、不動産売買契約書の名義欄には「如月依莉」の文字が躍っている。 私は冷たい壁に背中を預け、ずるずるとその場に座り込んだ。 まるで七年前の悪夢の再来だ。 家に連れられてきたばかりの依莉が「お姉様のお部屋、素敵」と呟いたあの日。父は即座に言った。「二、三日の間だけ貸してやりなさい」と。 その「二、三日」は、結局七年もの間続いている。 きちんと空調は効いているはずなのに、骨の髄から凍えるような寒気が引かない。 この家も、家族も、もう私の場所ではないのだ。今の私に残された拠り所は、自分で立ち上げたファッションブランドのオフィスだけだった。 是非もないままオフィスへ向かい、ドアを押し開けた私は、その光景に足が止まった。 私のデスクに、我が物顔で依莉が座っていたのだ。 その手には、まだ誰にも見せていない新作のデザイン画が握られている。口元には勝ち誇ったような笑み。 そして傍らでは、兄の如月修(きさらぎ しゅう)が依莉のために優しくリンゴを剥いていた。 物音に気づいた修が顔を上げ、私を見る。 「寧々か?まだ顔色が悪いじゃないか。もっと休んでいればいいのに」 目頭が熱い。 修が心配そうに手を伸ばしてくる。肩に触れようとするその指を、私は条件反射で避けてしまった。 修の手が空を切り、彼は呆気にとられたように私を見る。その視線が依莉に向けられていることに気づくと、彼は慌てて弁解を始めた。 「違うんだ、寧々。お前を心配して、依莉に仕事を手伝ってもらおうと――」 私は兄の言葉を無視してデスクへ歩み寄ると、依莉の手から乱暴にデザイン画を引ったくった。 「きゃっ!」 依莉が大袈裟に声を上げて立ち上がる。 その拍子に胸元がはだけ、首元で揺れる緑色の輝きが目に飛び込んできた。 鮮やかな翡翠のネックレス。 ――母の形見だ。 三年もの間、どれだけ探しても見つからなかったあのネックレスが、まさか彼女の首にあったなんて。 「そのネックレスを返して!」 思考より先に体が動いた。手を伸ばして掴みかかろうとする。 けれど私の指が届く寸前、修はさっと身を翻し、依莉をその背に隠してしまった。 「寧々!乱暴はやめろ、何をしてるんだ!」 私は遮られた腕を下ろそうともせず、ただ修の背後の翡翠ネックレスを睨みつけた。視界が熱くなる。 「それはお母さんの形見よ!兄さんだって知ってるでしょう?」 私の剣幕に、修の体が強張った。彼は驚いたように依莉を振り返る。 すると彼女は、大粒の涙を目に溜め、震える声で訴え始めた。 「……これ、拾ったんです。お姉様の大切なものでしたのね。知らなかったとはいえ、こんな……」 彼女はか弱い被害者を演じながら、震える手で留め具を外しにかかる。 「すぐにお返ししますから、そんなに怒鳴らないで……」 芝居がかったその態度に吐き気がした。修は眉間に深い皺を刻み、強引に私の腕を引いて出口へと促す。 「もういいだろう、寧々。ネックレスくらい、俺がもっといいのを買ってやるから」 「ふざけないでっ!」 私は力任せに修の手を振り払った。喉が張り裂けそうなほど叫んでいた。 「あれは私のものよ!」 私の激昂に、二人は同時に動きを止めた。 今までどんなに理不尽な目にあっても、言葉を飲み込み、耐え続けてきた「従順な寧々」。そんな私が初めて見せた抵抗だった。 私は彼らが呆気に取られている隙に歩み寄り、依莉の手からネックレスを奪い返した。手のひらに食い込む金具の痛みが、唯一の現実感だった。 「ひどい……」 依莉はわっと泣き崩れ、修の胸に縋りつく。 私は冷たい笑みを浮かべ、非難の色を露わにする兄を見据えた。 「もう結構よ。何もかも譲ってあげる。この会社も、家も、兄さんも。……だけどこのネックレスだけは、絶対に渡さない」 第2話 踵を返してオフィスを出た私を、修が追いかけてきた。珍しく家まで送るという。 ハンドルを握る彼は、気まずい空気を払拭するように口を開いた。 「寧々、あの子に悪気はなかったんだ。ただの悪戯心だよ。いちいち目くじらを立てなくても、お前が大人になって譲ってやれば丸く収まるだろう?」 まただ、と思った。 昔、私がピアノを弾いていると、決まって依莉は邪魔をしに来た。めちゃくちゃに鍵盤を叩く彼女と私が喧嘩になると、修はいつも「依莉は子供だから」と言い訳し、結局私をピアノから引き剥がすのだ。 私はシートに身を沈め、目を閉じた。もう反論する気力さえ湧かない。 マンションの下へ着いた頃、ふと明日のことが気になり、私は彼に声をかけた。 「兄さん。明日のこと、お父さんと忘れないでね……」 「わかってるよ」 修は私の言葉を遮り、乱れた襟元を直してくれながら頷いた。 「もちろん覚えてるさ。ちゃんと準備はしてあるから、お前は安心して休養してくれ」 翌朝、私は霧の立ち込める霊園へと足を運んだ。 だが、墓前に立った瞬間、抱えていた花束が手から滑り落ちた。 母の眠る墓石が、見るも無惨に汚されていたからだ。鮮血を思わせる真っ赤なペンキが、冷たい石の表面にぶちまけられていた。 信じられない光景に、私は我を忘れて駆け寄った。袖口で必死にペンキを拭い取ろうとするけれど、乾いた塗料はこびりついて離れない。 その時、ポケットの中でスマホが震えた。 依莉からだ。添付されていたのは一本の動画だった。 画面の中は、墓地とは対照的な、光溢れるリビングルームだった。 父が依莉の肩を愛おしそうに抱いている。 修が笑顔でケーキにナイフを入れている。 そして、私を裏切った元婚約者の周防聖(すおう ひじり)までもが、楽しげに拍手を送っていた。 テーブルの中央に鎮座しているのは――小さなサボテンの鉢植えだ。 「私の可愛いサボテンちゃん、一歳のお誕生日おめでとう!パパ、お兄ちゃん、聖さんも、ありがとう!」 依莉の甘ったるい声が、墓地の静寂を切り裂く。 頭を鈍器で殴られたような衝撃に、私はその場に立ち尽くした。 私はペンキの汚れもそのままに、実家へと取って返した。 リビングに踏み込むと、父が不機嫌そうに腕時計を指差した。 「やっと来たか。家族揃って依莉のサボテンの誕生日を祝ってやろうと言っているのに、お前待ちだったんだぞ」 「……私を、待っていた?」 私は掠れた声で父を睨み据えた。 「私がそのサボテンに向かって、笑顔で『お誕生日おめでとう』とでも言うと思ったの?」 私の言葉に、父の表情が険しくなる。 「なんだその言い草は。せっかくのめでたい席に水を差すような真似はやめろ。まるで葬式みたいに辛気臭い顔をしやがって」 父は吐き捨てるように続けた。 「母親が死んで何年経つと思ってるんだ。死んだ人間より、今生きている人間が楽しく過ごすことのほうが大事だろう。お前はどうしてそう陰気なんだ」 「……葬式みたい、ですって?」 父の言葉に、私はわなわなと唇を震わせた。 「今日は、お母さんの命日よ。まさか、忘れたの?」 悲鳴にも似た私の声が響くと、部屋の空気が凍りついた。 ケーキを皿に取り分けていた修の手が、空中で止まる。 聖は一瞬目を見開き、気まずそうに父へと視線を逃がした。 ただ一人、依莉だけが悪びれもせず、無邪気なふりで目を瞬かせた。 「あら、ごめんなさいお姉様。私、すっかり忘れてて…… ……でも、あの方はお亡くなりになって随分経ちますし、今生きている私たちのほうが大切なのではありませんか?」 その言葉に、父は我が意を得たりとばかりに頷いた。 「依莉の言う通りだ。死んだ者は戻らない。私たちは前を向いて生きるべきだ」 父の顔を見つめながら、私の唇から乾いた笑いが漏れた。 笑って、笑って、やがて視界が涙で滲んでいく。 ああ、そうか。 修が言った「準備はできている」というのは、母の法要のことなんかじゃなかった。 この、愛人の娘が飼っているサボテンの、馬鹿げた誕生日会の準備だったのだ。 母の命日に、彼らは母のことなど記憶の彼方に追いやり、一鉢の植物を囲んで祝杯をあげている。 墓参りに行くどころか、この期に及んで死者を冒涜する言葉まで吐いて。 夫婦の情も、親子の情も、この家では愛人の娘の前には塵芥同然だったのだ。 依莉は聖の腕に絡みつき、挑発的な視線を私に向けた。 「お姉様、ケーキはいかがですか?そういえばお姉様、ここ数年お誕生日会なんてなさっていませんでしたものねぇ……」 ――パァン! 乾いた音が、リビングの空気を切り裂いた。 私が振り下ろした平手打ちが、彼女の頬を強かに弾いたのだ。 場が水を打ったように静まり返る。 彼女がこの家に来てからというもの、私の誕生日はないがしろにされ続けてきた。 ケーキはおろか、たった一言の「おめでとう」すらなく、父と修は依莉の誕生日だけを盛大に祝い続けた。いつしか私は、この家の中で透明人間のような存在になっていた。 母が亡くなった後、叔父が引き取ると言ってくれたのを断り、私は頑なにこの家に留まり続けた。母の面影が残るこの場所を、守りたかったからだ。 何度も自分の気持ちを押し殺し、譲歩を重ねれば、いつかまた家族に戻れると信じて。 けれど、それは幻想だった。家はとうに変質していたのだ。 今、目の前にいる「親族」と呼ぶべき人々に感じるのは、吐き気を催すほどの嫌悪感だけ。 「寧々!貴様、気が狂ったか!」 第3話 父の顔色は怒りで土色に変じ、振り上げられた手が私の頭上で止まる。 「……殴りなさいよ」 私は一歩も引かず、冷ややかな瞳で父を見据えた。 「その手が下された瞬間、あなたとの親子としての情は、完全に断ち切られるわ」 父の手が空中で硬直し、やがて力なく下ろされた。 私は鼻で笑い、依莉を指差す。 「その女は母の墓石を汚したのよ。これくらいの制裁じゃ軽すぎるくらいだわ」 「寧々、何の話だ?何か誤解があるんじゃないか……」 修が慌てて割って入るが、私は聞く耳を持たず、霊園の管理事務所から入手した監視カメラの映像を再生しようとした。 「いい加減にしろ!」 バシィ! 私の手からスマホが叩き落とされ、床に激突した画面が蜘蛛の巣状に砕け散り、暗転した。 父は目を血走らせ、怒号をあげる。 「依莉も私の大事な娘だ、そんなことをするはずがない!寧々、お前には心底失望したぞ。こんな捏造までして…… 出て行け!今すぐ私の目の前から消え失せろ!」 私はその足でオフィスへ戻ると、自分の描いた全てのデザイン画と顧客データを回収した。 そして「療養先」にとあてがわれていたマンションへ戻ると、私の荷物が廊下に放り出されていた。 管理人に聞けば、オーナーである依莉から「即刻退去させるように」と連絡があったらしい。 私はファイルケースを握りしめる手に力を込めた。瞳の奥から、未練という名の光が完全に消え失せる。 そう、如月家の施しなど、もう何一ついらない。 けれど、私の才能、私の成果、私自身のものだけは――誰にも奪わせない。 近くのビジネスホテルにチェックインを済ませると、私はスマホを取り出し、明日のフライトを予約した。 行き先は、決めてある。 翌朝。 ホテルを出たところで、私は思わず足を止めた。 そこに立っていたのは、聖だったからだ。 彼は有無を言わさず私のスーツケースを奪い取ると、困惑する私に矢継ぎ早に言葉を並べた。 「寧々、依莉ちゃんのやり方は酷すぎたよ。怒るのも無理はない。……どこへ行くつもりなんだ?送るよ」 「結構よ、私は……」 「僕が悪かった。君がここに泊まってるって調べて、わざわざ謝りに来たんだ。せめて罪滅ぼしくらいさせてくれよ」 私の拒絶を遮り、彼は半ば強引に私を助手席へと押し込んだ。 車内には重苦しい沈黙が流れていた。 彼が差し出してきたペットボトルの水を、私は一口だけ喉に通した。 ――それが間違いだった。 程なくして、強烈な睡魔に襲われる。 重くなる瞼に抗う間もなく、私の意識は暗い底へと沈んでいった。 次に目を覚ました時、私は全身が粟立つような悪寒を感じた。 埃っぽい匂いと、冷たいコンクリートの感触。 そこは廃倉庫のようで、私の手足はロープで固く拘束され、床に転がされていた。 「あら、お目覚め?愛しいお姉様」 目の前に置かれたパイプ椅子に、依莉が優雅に足を組んで座っていた。 彼女は私を見下ろし、心底楽しそうに微笑む。 「家で寝るより、ずっと快適だったでしょう?」 私は必死に体を起こそうとしたが、ロープが食い込んで叶わない。 「依莉……こんなことして、ただで済むと思ってるの?立派な犯罪よ」 「犯罪?」 彼女はおかしそうに声を上げて笑った。甲高い笑い声が、ガランとした倉庫に反響する。 「それがどうしたの?私には関係ないわ」 彼女はヒールの音を立てて近づくと、私の顎を乱暴に掴んで上向かせた。 「ほら、見てごらんなさい。如月家の令嬢だなんて偉そうにしていても、結局この様よ。家も、物も、あなたの婚約者だって……最後はみーんな私のものになったじゃない」 彼女の声色が、氷のように冷たく変わる。 「あんたの母親はさっさとくたばって正解だったのよ。あんたも同じ目に遭わせてあげる」 私は恐怖を飲み込み、精一杯の侮蔑を込めて笑い返した。 「私が捨てたゴミを拾うのが、そんなに嬉しい?人の残り物ばかり漁るなんて、生まれは争えないわね。骨の髄まで卑しいのよ、あなたは」 ――パァン! 強烈な衝撃が走り、口の中に鉄の味が広がる。 依莉の形相は、先ほどの優雅さとは程遠い、悪鬼のようなものへと変わっていた。 「この平手打ちは、家で私をぶったお返しよ!」 ――パァン! もう一発、平手が飛ぶ。 「これは、ママの分!あんたのあの母親が、長年正妻の座に居座り続けた恨みよ。あの泥棒女!」 衝撃で頭が横に弾かれ、頬が焼け付くように痛む。 けれど私は顔を戻すと、口に溜まった血混じりの唾を、彼女の顔面めがけて吐きかけた。 「……言わせておけば。どれだけ着飾っても、あなたは一生、日陰者の私生児よ!」 「きゃっ!寧々!この……っ、薄汚いメス豚が!」 依莉は悲鳴を上げ、汚れた顔を乱暴に拭った。 その瞳に宿るのは、普段の可憐な仮面をかなぐり捨てた、純然たる殺意と悪意。 彼女は狂乱したように私へ飛びかかると、その綺麗に手入れされた鋭い爪で、私の右頬を引き裂いた。 皮膚が裂ける焼けるような痛みが走る。けれど私は悲鳴を飲み込み、血走った目で彼女を睨みつけながら、嘲るように笑ってやった。 その時、倉庫の入り口から誰かが駆け込んできた。 「依莉ちゃん、急げ!おじさんと修さんがもう近くまで来てる!」 聖だ。彼は私の方を見ようともせず、視線を泳がせながら依莉を急き立てる。 それを聞いた依莉の目元に、残忍な色が走った。 彼女は床に落ちていた油まみれのウエスを拾い上げると、無理やり私の口の中にねじ込んだ。 「んぐっ……!」 必死に抵抗しようと首を振るが、漏れるのはくぐもった呼吸音だけ。 間髪入れずに、悪臭を放つ麻袋が頭から被せられた。 視界が闇に閉ざされる。 彼女は力任せに私を突き飛ばし、私はなす術もなく床に転がった。 「依莉!どこだ、どこにいる!」 遠くから響いてきたのは、焦りに満ちた修の声だった。