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親友と浮気した元カレの宿敵と結婚する
失恋した親友から、バーで飲んでるから迎えに来て欲しいと電話があった。 バーのボックス席に駆けつけたら、親友が私の婚約者の小野弘樹(おの...
Chương (1)
第1章
失恋した親友から、バーで飲んでるから迎えに来て欲しいと電話があった。
バーのボックス席に駆けつけたら、親友が私の婚約者の小野弘樹(おの ひろき)の首に抱きついて甘えていた。
「弘樹、私7年も待ってるんだけど。そろそろ、結衣(ゆい)と遊ぶのも飽きたんじゃないの?」
最高の結婚式を約束してくれたはずの弘樹が、今、私の唯一の親友を抱きしめ、とろけるように甘い顔で笑っている。
後日、弘樹は大金をはたいてあらゆるメディアをジャックし、私に公開プロポーズをしてきた。
生放送のカメラの前、私は笑みを浮かべながら、10カラットのダイヤの指輪をかかげる。
「ごめんなさい、弘樹。あなたとの遊びはもう飽きちゃったの。私ね、もう別の人と結婚してるんだ」
第1話
失恋した親友から、バーで飲んでるから迎えに来て欲しいと電話があった。
バーの怪しく光るライトの下で、顔を火照らせた親友の藤堂明里(とうどう あかり)が、ある男の膝に座り、甘えた声で文句を言っている。
「いったい、いつになったら結衣(ゆい)と別れてくれるの?あんな地味でつまんない女のどこがいいわけ?7年も付き合うなんて!あなたはもう、私と楽しいことした仲なのにさ。
弘樹。私だって本当にあなたと別れたかったわけじゃないの。ただ、もっと私のことを大事にしてほしかっただけ!
もう本当にいや!毎回、結衣を宥め終わってから会いにくるあなたを、誰もいない家で夜中まで待ってるなんてさ!」
もしこの光景を自分の目で見なければ、私は信じられなかっただろう。
首に明里の手を回されてる男が、私が7年間付き合い、もうすぐ結婚するはずの婚約者――小野弘樹(おの ひろき)だったことは……
明里がいつも惚気たり、別れるなんて言っては大騒ぎしていた相手が、まさか……私の彼氏だったなんて。
しかし、私と明里が親友でいたこの3年間、弘樹はいつも私の前で、明里のことが大嫌いだと言ってた。「あのわがまま放題なお嬢様ぶりが気に入らない」と。
つまり弘樹は、ずっと嘘をついて私を誤魔化していただけだったのだ……
7年も前に、弘樹と明里はもう出会っていて、その時から複雑な関係が始まっていたなんて。
それは、私たちが付き合い始めるよりも、ずっと前のことだ。
ということは、弘樹が会社で残業だと言っていた数多くの夜は、全て明里との愛の巣で体を重ねてたということなのだろうか?
明里が私と仲良くなった後、私の前で彼氏との夜の話をわざわざしてたのも、私を嘲笑うため?
次から次へと明らかになる事実に、まるで雷に打たれたような衝撃が走る。
あまりの心の痛みに、そばにあった椅子の背もたれに手をかけないと、立っていることもできなかった。
バーのボックス席には、弘樹と一緒に会社を立ち上げた仲間たちもいたが、皆抱き合っている二人を囃し立てるのに夢中で、薄暗い隅で一人で崩れ落ちそうになっている私には、誰も気づいてはくれない。
「弘樹。明里ちゃんみたいな、可愛くてお金持ちのお嬢様に一途に7年も思われてるなんて、まじで羨ましい」
「明里さんがいなかったら、会社の立ち上げ資金だって、あんなすんなり集まらなかったんだろ?早く陣内(じんない)さんと別れてあげろよ。じゃないと、陣内さんが可哀想だろ?」
「そうだよな。陣内さんって、会社じゃ雑用しかできないし何の役にも立たない。明里さんっていう最高の人がいるのに、なんであんな女と7年も付き合ってんの?」
彼らの一言一言が、鋭いナイフみたいに私の心臓に突き刺さる。
私が弘樹の起業のためにしてきた努力は、全て無駄だったようだ。接待で吐くまで飲んだことも、取引先の会社に2か月通ってやっと取れた契約も、3日3晩徹夜して倒れるまで頑張った企画書も……
その全てが、彼らの目には、ただの役に立たない雑用としか映っていなかった。
もう今の私では、社長になった弘樹には相応しくないらしい。
第2話
今の自分の気持ちがなんなのか、自分でもよくわからない。怒りなのか、それとも悲しみなのか……
だが、ぎゅっと握りしめた手の指先が震えているのだけはわかった。
今にも、爪が手のひらに食い込んでしまいそうだ。
やっとの思いで携帯を手に取った私は、弘樹に電話をかけた。
弘樹は明里を抱いていた片腕をほどくと、面倒くさそうに携帯の画面に目を落とす。
しかし、相手が私だとわかると、彼は躊躇いもなく電話を切った。
悔しかったので、私は少し待ってから、今度は明里に電話をかけてみた。
すると、電話の向こうからは、甘ったるい声が聞こえてくる。
「もしもし、結衣?もう夜色バーに着いた?」
まさか明里が私を呼んでいるとは思わなかったらしく、弘樹が顔を強張らせた。明らかに動揺しているのが分かる。
まさか……私に隠し通すつもりだったのだろうか?
私は考えを変えた。
喉まで出かかった問い詰める言葉を飲みこみ、私はこう言った。
「明里、ごめん。急に用事ができちゃって、そっちに行けなくなった」
私の言葉を聞いた明里が悔しそうな顔をしているのが見えた。すると、彼女は隣の弘樹にもっと強く抱きつき、わざとらしく悲しそうな声を出す。
「えー、なんでー?結衣は私の一番の親友でしょ?私が失恋したことより大事な用事があるわけないじゃん!
結衣、私つらくて死にそう。お願いだから、来てよー」
明里はきっと、もう待てないのだろう。
だから私を呼んで、弘樹に直接、私と彼女のどちらを選ぶのか迫るつもりなのだ。
しかし、私は明里にそんなチャンスはあげない。
何も答えずに、私はそのまま電話を切った。
明里と私の電話が終わると、弘樹はすぐに明里を突き放し、携帯片手に慌ててバーの出口に向かっていった。
私は少し距離を置いて、弘樹の後を追って外に出てみる。
その瞬間、携帯の画面に「弘樹」と表示される。
私は通話ボタンを押す。
電話の向こうの弘樹の声は、いつもと変わらず、とろけるように甘くて優しかった。
「結衣、ごめん。さっき会議中で、電話に出られなかったんだ。
どうした?何か急ぎの用事だった?」
その優しい声に、私の涙腺は一瞬でゆるんでしまう。
私は静かに顔を上げて、必死に深呼吸した。こみ上げてくる涙を、なんとかこらえようとして。
しばらくして、ようやく冷静を装えたので、私は落ち着いて、口を開く。
「うん、結構急ぎかな。
明里が失恋したみたいで……夜色バーでだいぶ飲んでるから、迎えに来てほしいって言われたんだけど、私、用事があってどうしても行けないの。
だから、代わりに行ってもらえないかな?」
そう言って、私は目を閉じた。
私と弘樹は、かなり酷い家庭環境で育った。
どうしようもないギャンブル中毒の父。
そして、私が小学生のとき、父は借金のかたに、母を海外に売り飛ばした。
その後、近所の人が気づいて警察に通報してくれたけど、父は罪を逃れるために姿をくらました。それ以来、私は両親のどちらにも会っていない。
一方、弘樹の父親は、お酒を飲むとすぐに暴力をふるう人だった。
弘樹が中学生のとき、彼の父親は母親を撲殺してしまい、無期懲役で刑務所に入った。
その後、17歳のとき、高校2年のクラス替えで私たちは出会った。どん底だった私と弘樹の人生が、そこで初めて交わったのだ。
それから私たちは、救いを求めるように寄り添った。お互いだけが、心の拠り所で、温もりをくれるたった一人の家族だったから。
二人で支え合い、一番辛い時期を乗り越えた。そして、同じ有名大学に合格することができた。
今夜まで、私はずっと信じていた。たとえ世界中の人が私を裏切っても、弘樹だけは絶対に私を裏切らないと。
弘樹はただの恋人ではない。私のうしろで、いつも支えてくれる、絶対に揺らがない存在だったから。
第3話
しかし、たった今この目で見て、この耳で聞いてしまった……
それでも、弘樹が浮気だなんて、まるで現実感のない、作り話のように思える。
私が知らない間に、絶対に壊れないはずだった私と弘樹の間に、まさか明里が割り込んでくるなんて。
だが、明里は弘樹を7年も待っていたと言った。
では、弘樹は?彼は、ずっとこのことを知っていたのだろうか?
あの二人は、一体いつからこんな関係に……
色々な考えが頭の中をぐるぐる回り、割れそうなくらい頭が痛かった。
弘樹への7年間の想いは、もう私の体の一部のようなもので、ただの恋愛などという言葉では足りないくらいに、大きなものだったのだ。
だから、私は自分を騙すような淡い期待さえ、抱いてしまった。
もし弘樹が今ここで過ちを認め、正直に打ち明けてくれるのならば……
酔った明里が取り乱して、勝手な思い込みで、訳の分からないことを口走っただけ。
私の大切な親友をこれ以上悲しませたくなかったから、泣いて抱きついてきても突き放せなかっただけ。
周りのみんなもただ酔っていて、悪ふざけが過ぎただけって、そう思える。
弘樹が明里とは私が想像しているような関係ではない、そう言ってくれたら……
私は弘樹を信じた。
今夜、この夜色バーに来たことだって、全部なかったことにできたのに。
しかし、電話の向こうの弘樹は、落ち着き払った声でこう言った。
「わかった。今から会社を出て、明里を迎えに行くよ」
その瞬間、何かがガラガラと音をたて、砕け散った気がした。
弘樹が嘘を重ねたことで、私の中に残っていたわずかな希望も、完全に消え去った。
この世界で、私が唯一信じていた人は、もういなくなってしまった。
もう我慢できなり、涙が堰を切ったように溢れ出す。
電話を切ったあと、次第に意識が遠のいていった私は、ふらふらと車道の真ん中へ歩き出した。
あの時は、本気で死んでしまいたいと思った。
どれくらい歩いたのか、ふと顔を上げると、弘樹と一緒に暮らしている家の前に立っていた。
ドアを開けて中に入ると、部屋いっぱいのシャンパンゴールドの飾り付けが、目に突き刺さる。
忘れていた。そういえば今日、私は弘樹にプロポーズするはずだったのだ……
リビングの真ん中には、私が半年前からオーダーしていたウェディングドレスが飾ってある。
ドレスの裾には、デザイナーにお願いして、私たちのイニシャルである「H・Y」を金の糸で刺繍してもらっていた。
大学を卒業する前から、弘樹は何度も約束してくれた。「盛大な結婚式を挙げる」と。
人生で愛するのは、私一人だけなんだとも言っていた。
私を守って、幸せにしてあげられるのなら、どんなことでもすると言ってくれていた。
だから、私はその言葉を信じて、ずっと夢見ていた。ウェディングドレスを着て、17歳から大好きな弘樹と結ばれる日を……
しかし、いざ大学を卒業する頃になったら、弘樹は起業したばかりで、とてもそれどころではなかった。
「会社の立ち上げは大変だから、あと1年だけ待ってほしい」と弘樹は言った。
そして、約束の1年が経った。
しかし、あの少年の約束は、手のひらの砂のように、静かにこぼれ落ちていく。
ちゃんと握りしめていたはずなのに、いつの間にか、指の間からすべてこぼれ落ち、無くなってしまっていた。
私は飾ってあったドレスを手に取ると、躊躇うことなくゴミ箱に投げ捨てた。
1日かけて準備した料理も、皿ごと次々にゴミ箱の中へひっくり返していく。真っ白だったドレスが、汚い食べ物で完全に見えなくなるまで……
それは、汚れてしまった私たちの愛みたいに、もう元に戻ることはできない。
ハサミを手に取り、シャンパンゴールドのバルーンも一つずつ割っていく。パンッ、パンッと、乾いた破裂音がリビングに響き渡った。
最後に、【弘樹。私と結婚してください】と書かれた横断幕に目が止まる。
この時になっても、私の手はまだ意思に反して震えていた。
しかし、ハサミの先は、ゆっくりと私たち二人の名前を切り裂いていく。
これからの人生で、二人が交わることは、もう永遠にない……
第4話
長いこと片付けをした後、部屋はすっかり、弘樹の好きなモノトーンの色合いに戻っていたし、私がここにいた痕跡は、もうどこにもない。
7年間愛し合っていたが、一緒に暮らしたのはたったの1年だった。
だから、私の暮らしは、全て小さなスーツケースひとつに収まってしまった。
私はスーツケースにもたれかかり、リビングの冷たい床に座り込む。もう心も体も、くたくただった。
そのまま、いつの間にか眠ってしまっていた。
夢の中、私は弘樹と初めて会った、あの夏に戻っていた……
その日はものすごく暑くて、校庭に立っているだけで制服が肌に張り付いた。
その時の私は、ちゃんとした下着を買うお金もなくて、制服の下には小学生の時に母が買ってくれた、サイズの合わないキャミソールを着ているだけだった。
だから、制服が汗でぬれると、中が透けて見えそうになる。
それで走るときは、いつも無意識に腕で胸元を隠していた。
しかし、たったそれだけのことで、放課後、他のクラスの女の子たちにいきなり髪を掴まれ、女子トイレへと引きずられていった。
「いやらしい!あんな走り方して、また近藤先輩に色目使ってたんでしょ?」
私はその子たちのことも、「近藤先輩」という人が誰なのかも、全然知らなかった。
だから、なぜ私がいじめのリーダー格の子に目をつけられたのか、さっぱり分からなかった。
周りの子が、その子のことを「絢香(あやか)」って呼んでるのを聞いたことがあるだけ。
頭皮がじんじんと痛み、目の前が暗くなる。私は溺れるみたいにもがいて、通りかかる知らない人に助けを求めた。
だが、誰も立ち止まってはくれなかった。
女子トイレの入口で、私は地面に倒れ込んだ。そして、最後に通りかかった人の靴にすがりついた。
「お願い……先生を、呼んできて……助けて……」
こんなことは、一度や二度ではなかった。
先生が来てくれたとしても、彼女たちを少し叱るだけなのは分かってる。
でも、そうすればトイレの中でひどい目に遭うのを、ほんの少しでも避けられる。
みじめな姿のまま見上げると、足にしがみつかれた男の子が、ちょうど私を見下ろしていた。
真昼の光が彼の横顔をかすめて、私の目に飛び込んでくる。それはまるで麻酔みたいで、一瞬、痛みを忘れてしまった。
「あんたは犯罪者の息子なんでしょ?首突っ込まないでくれる?」
後ろにいた女の子が彼を知っていたみたいで、吐き捨てるように言った。そして私は、また髪を掴まれてトイレに引きずり込まれそうになった。
その男の子は、私から足をすっと抜いた。
きっと、他の人みたいに慌てて逃げていくんだと思った。
でも、彼は違った。
さっと前に出ると、私をいじめていた子たちを、一人残らず蹴り倒したのだ。
地面に転がった取り巻きの子たちが、悔しそうに叫ぶ。
「小野!あんた頭おかしいんじゃないの!」
「よくもやったわね!あんたなんか退学だよ!父親と一緒に刑務所にでも入れ!」
夏の風が、弘樹の制服のすそを揺らす。それと同じように、彼の口の端もふっと上がった。怖いものなんて何もないというような顔で。
「いいぜ。どっちが先にこの学校にいられなくなるか、楽しみにしてるよ」
リーダー格の絢香は、座り込んだまま弘樹のことをじっと見ていた。その目には、なんだか複雑な色が浮かんでいる。
それは、怒っているのではなくて、まるでうっとりしているみたいだった。
私も地面に突っ伏したまま、風になびく弘樹の髪と、額に光る汗を、ただぼうっと見つめていた。
「小野弘樹」という名前が、この日から私の心に深く、深く刻まれた。
「ロックを解除しました」
玄関の電子ロックが開く音で、私は一気に夢から現実へと引き戻された。
時刻は、午前3時。弘樹が、ようやく帰ってきた。
弘樹は部屋の電気もつけずに、リビングの床に座っている私に気づかない。
私がすっと立ち上がると、彼はびくりと肩を震わせた。
第5話
私は真っ暗な部屋の中で、もうずっと待っていた。
窓からかすかに入る光で、弘樹の隠しきれない動揺した表情がはっきりと見える。
「結衣!え?どうして……まだ寝てなかったの?」
目の前にいる24歳の弘樹が、後ろめたそうに、私の名前を呼ぶ。
思い出の中の、女子トイレの前で私を助け起こしてくれた17歳の弘樹と、目の前の彼を同一人物だとは、もうどうしても思えなかった……
私は何も答えず、黙ったまま。
すると、弘樹は平静を装いながらも、一方的に言い訳を始めた。
「明里のやつ、酔うと手がつけられなくてさ!会社の奴らをみんな夜色バーに呼んで、やっとのことで抑え込んだんだよ!
さっき家まで送って、あとはみんなに任せて、俺は先に帰ってきたんだ……
ああ……疲れた……シャワー浴びてくるよ。心配しないで。ここは寒いから、先に部屋に入ってて!」
そう言うと、弘樹はバスルームへ向かった。
弘樹はかなり慌てていたようで、リビングに置いてある私の荷物が全部詰まったスーツケースには気づかなかったらしい。
だが、私には見えた。弘樹の襟元から隠しきれていない、激しい夜を物語る痕が。
私はぐっと唇を噛み、携帯を取り出して明里のインスタを開く。
ちょうど1分前、新しい投稿があった。
【最高のものをあげられるのは、私だけ】
写真には、ハイヒールのそばに脱ぎ捨てられた、黒いレースのランジェリーが写っている。
私は、その投稿に「いいね」を押した。
すると、すぐに明里からメッセージが来た。
【結衣、まだ起きてたの?】
【ねえ聞いて!私、彼氏とヨリを戻したの!】
明里は続けて、同じような赤い痕だらけの首の写真を送ってきた。その赤さが、やけに目に焼き付く。
【やっぱり彼のことが諦めきれなくて……】
明里は、私の彼氏だけではなく、馬鹿みたいに騙されやすい私という「おもちゃ」も手放したくないのだろう。
でも残念。私はもう、この茶番に付き合うのはやめることにしたのだ。
【そうなんだ?おめでとう!でも、私、弘樹と別れたの】
【え、なんで?どうしてよ!弘樹って、結衣のことが一番大事なんじゃなかったの?】
画面の向こうで、明里が勝ち誇った顔を隠しながら、驚いたふりをしているのが目に浮かぶようだ。
私は素早く指を動かし、返事を打ち込む。
【でも、もう好きじゃなくなっちゃったの。とっくに飽きちゃってさ】
【だから、明里が欲しいなら、あげるよ】
もう明里と、上辺だけの親友ごっこを続ける気はなかった。
そのメッセージを送ると、私はすぐに明里をブロックした。
スーツケースを引いて、弘樹の家を出る。
ドアを出たところで、一瞬だけ足を止めた。
私は部屋に戻ると、中指にはめていた指輪を外し、玄関の棚の上にそっと置く。
この指輪は、弘樹が社会人1年目の時にプレゼントしてくれたものだ。
愛し合った夜、私は弘樹の腕の中で満ち足りた気持ちで丸くなり、幸せのなかで眠りに落ちかけていたその時……
まどろみの中で、指に冷んやりしたものが嵌められるのを感じた。
そして、弘樹の優しい声が聞こえた。
第6話
「結衣、今の俺の力じゃ、この1カラットのダイヤしか贈れない。
でも約束するよ。プロポーズの日には、最高に大きくて輝くダイヤの指輪で、『結婚してください』って言うから。
結衣、俺が愛するのは永遠にお前だけだ。絶対に、幸せな奥さんにしてみせるからね」
今となっては、弘樹の約束も、この指輪も、すべて意味をなさない。
私はもう振り返らないと決めた……
重たいスーツケースを引きずって、深夜4時の街をあてもなく歩く。
小学生のころから身寄りがなかった私。今、唯一の愛する人まで失って、どこに帰ればいいのかも分からない。
どれくらい歩いただろう。いつの間にか、ひとつのホテルの前に立っていた。
今夜はもう、ホテルに泊まるしかないようだ。
中に入ろうとしたとき、向かいから歩いてきた人に名前を呼ばれた。
「陣内さん!」
ぼんやりしていた私ははっと我に返った。そこにいたのは、弘樹の宿敵――近藤悠斗(こんどう ゆうと)だったから。
弘樹が会社を立ち上げてからずっと、悠斗の会社にはことごとく先を越されていた。
2社の事業内容はそっくりだったが、商品の質も会社のイメージも、明らかに悠斗の会社が上だった。
私が2ヶ月かけてやっと契約にこぎつけた取引先も、もともとは悠斗の会社と契約するつもりだった。
しかし、あまりにしつこかった私に根負けして、お試しで短期契約を結んでくれたのだった。
悠斗は、私の横にあるスーツケースに視線を落とす。その口調は落ち着いているのに、どこか期待しているように聞こえる。
「小野社長と……別れたんですか?」
「ええ、別れました」
隠すことでもないから、私は正直にそう答えた。
「それじゃあ、今、住むところがないんですか?」
悠斗は、そう思わず口にしていた。
「一人でホテルに泊まるのは危ないです。よかったら、俺のところに来ませんか?」
私は眉をひそめて悠斗のことを見て、それから彼の背後にあるホテルの入り口に目を向けた。
悠斗は、自分の言い方がまずかったと気づいたのか、慌てて説明を始めた。
「誤解しないでください!俺がこのホテルに泊まってるんじゃなくて、接待で送ってきたお客さんがここに泊まってるだけなんです。
俺、東区で妹と二人で住んでいるので、家は広いし、ゲストルームもいくつか余ってるんです。
それに、俺はほとんど会社で残業だし、妹がいつも一人で留守番しているんですが、まだ小さい子だから心配で。陣内さんがいてくれたら、妹の面倒を見てもらえるし、助かるなあと思いまして」
今の状況でこれより良い選択肢はなさそうだったと私は思った。
それに、小さい女の子のお世話くらいなら、私にもちゃんとできるだろう。
なんて言ったって、学校を卒業してからずっと、弘樹の身の回りのことは全部私がやってきたのだから。
家のことは隅々までちゃんとして、弘樹には何の心配もさせたことがなかった。
私は、こくりと小さく頷く。
悠斗の顔がぱっと笑顔になったが、すぐにはっとしたように真顔に戻って、紳士的に手を差し出してきた。
「車、あっちに停めてあるんです。スーツケース、持ちますね」
心の整理がついたからか、悠斗の家のゲストルームで私はぐっすり眠り、目が覚めたのは次の日のお昼だった。
目をこすりながら部屋を出ると、そこにいたのは「忙しくて家にいない」と言っていたはずの悠斗だった。
彼はエプロン姿で、ダイニングテーブルのそばでのんびりと食器を並べていた。
しかも、音の外れた歌まで口ずさんでいる。
取引先でのプレゼンで競い合ったとき、鋭いオーラを放っていた悠斗と同一人物だなんて、とても信じられない。
すぐに私に気づいた悠斗が、笑顔で振り向いた。
「あ、陣内さん、起きました?お腹すいたでしょう?さあ、ごはんでも食べましょう」
そう言われてテーブルに目をやると、たくさんのおかずにスープまで並んでいた。その横には、もう冷めてしまった朝食も置いてある。
どうやら悠斗は、私が起きるのを朝からずっと待っていてくれたらしい。
この人は、明け方の4時まで顧客を送っていたはずだ。もしかして、2、3時間しか寝ていないのだろうか?
なんだか申し訳なくって、私が口を開こうとした瞬間、背後から大きな女性の声が響いた。
「うっそ!お兄ちゃん!明日は槍でも降るんじゃないの?真っ昼間から会社に行かないで、ご飯作ってるなんて!」
振り向くと、そこに声の主がいた。
身長170センチはありそうな、私より背も高くて体格もいい、腕に筋肉までついた人が。
この人が……悠斗が「一人じゃ心配だから面倒をみてほしい」と言っていた「小さい女の子」だって?
私が振り向いたので、悠斗の妹にも私の顔が見えたようだ。彼女は思わずといった感じで声をあげた。
「え……陣内さん?なんでうちにいるんですか!?」