雪は降るのに、帰ってくるあてはない

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雪は降るのに、帰ってくるあてはない

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家に帰ってごはんを食べているとき、幼なじみの松井剛(まつい つよし)が私の従妹・夏川洋子(なつかわ ようこ)のために、北部特殊基地への昇...

Chương (1)

第1章

家に帰ってごはんを食べているとき、幼なじみの松井剛(まつい つよし)が私の従妹・夏川洋子(なつかわ ようこ)のために、北部特殊基地への昇進のチャンスを断ったことを知った。 「洋子は地元の大学にしか行けないだろ。おばさんの体調もよくないし。だから俺はお前の出願先も変えておいたよ。俺たち、一緒に地元に残ろう」 母の野村恵(のむら めぐみ)もそれに続いて言った。「そうよ、洋子ちゃんのことはあなたのおじさんに頼まれてるんだから。あなたも面倒をみてあげなきゃ。それにどうせ将来、剛と一緒になったらこっちに戻ってくるんだから、東都中央大学なんて行っても意味ないでしょ」 そして私が何か言う前に、洋子の目にはみるみる涙がたまって、ぽろぽろとこぼれ落ちた。 「私のできが悪いからだよね。居候のくせに、絢香(あやか)さんの邪魔までしちゃうなんて申し訳ないわよ。私に気遣うことないよ、もう行っていいから、私なら一人で大丈夫だから」 そう言って洋子が泣き出すと、剛と母はすぐにあたふたして、彼女をなぐさめはじめた。 私はそんな彼らを横目に、だまって部屋に戻った。そして出願締め切りの最後の瞬間に、志望校を東都中央大学に書き直した。 そもそも東都中央大学に行きたかったのは、ただ剛の近くにいたい、というだけじゃなかった。 かつては、私も彼と一緒に、四季の移り変わりの中そのまま年月を重ね、老いていくまで寄り添っていけたらと思っていたが、でも今はもう、そんなのはどうでもよくなった。 ただ、私も心に決めていた目標を諦めるわけにはいかないのだ。 第1話 家に帰ってごはんを食べているとき、幼なじみの松井剛(まつい つよし)が私の従妹・夏川洋子(なつかわ ようこ)のために、北部特殊基地への昇進のチャンスを断ったことを知った。 「洋子は地元の大学にしか行けないだろ。おばさんの体調もよくないし。だから俺はお前の出願先も変えておいたよ。俺たち、一緒に地元に残ろう」 母の野村恵(のむら めぐみ)もそれに続いて言った。「そうよ、洋子ちゃんのことはあなたのおじさんに頼まれてるんだから。あなたも面倒をみてあげなきゃ。それにどうせ将来、剛と一緒になったらこっちに戻ってくるんだから、東都中央大学なんて行っても意味ないでしょ」 そして私が何か言う前に、洋子の目にはみるみる涙がたまって、ぽろぽろとこぼれ落ちた。 「私のできが悪いからだよね。居候のくせに、絢香(あやか)さんの邪魔までしちゃうなんて申し訳ないわよ。私に気遣うことないよ、もう行っていいから、私なら一人で大丈夫だから」 そう言って洋子が泣き出すと、剛と母はすぐにあたふたして、彼女をなぐさめはじめた。 私はそんな彼らを横目に、だまって部屋に戻った。そして出願締め切りの最後の瞬間に、志望校を東都中央大学に書き直した。 そもそも東都中央大学に行きたかったのは、ただ剛の近くにいたい、というだけじゃなかった。 かつては、私も彼と一緒に、四季の移り変わりの中そのまま年月を重ね、老いていくまで寄り添っていけたらと思っていたが、 でも今はもう、そんなのはどうでもよくなった。 ただ、私も心に決めていた目標を諦めるわけにはいかないのだ。 しかしそう思って、私が志望校を東都中央大学に変えた、まさにその瞬間、部屋のドアが、バンと乱暴に開けられてしまった。 ドアのところに、母が鬼のような形相で立っていた。「絢香!早く出て!さっきから食事の席でふてくされて、誰にあてつけてるの?洋子ちゃんはあなたの従妹でしょ、気遣ってあげるべきなのに、なんなのその態度は!今すぐ彼女に謝って!」 だが、私は椅子に座ったまま、動かなかった。そして画面の「送信完了」という文字を見つめながら、静かに口を開いた。 「私は謝ることなんてなにもしてないでしょ」 「なんだって!」母は数歩で駆け寄ってくると、私の腕をぐいっとつかんだ。「反抗する気?お母さんの言うことが聞けないって言うの?今日という今日は、絶対に謝ってもらうからね!」 そう言って母は私を椅子から無理やり引きずり起こすと、よろめく私をダイニングテーブルのそばまで引っ張っていった。 そこでは、洋子が目を真っ赤に泣き腫らして、剛の腕の中にか弱そうにうずくまっていた。 「絢香、洋子ちゃんに謝って!」 母は命令するように言い、私の腕をつかむ手の力を緩めなかった。 それを見て洋子は泣きじゃくりながら、慌てて手を振った。「大丈夫、おばさん。私が悪いの。私が絢香さんを怒らせちゃったから……」 続いて、剛も口を開いた。その声は、あからさまに不機嫌だった。 「絢香、いい加減にしろ。俺の赴任先の近くにある大学に行くって約束してただろ。わがままを言って約束を守ろうとしないのは、お前の方だ。 洋子は体が弱いんだから、つらい思いをさせちゃだめだ。お前がひと言謝れば、それで済む話だろうが」 そう言われ、私は三人を順番に見ていたら、ふと、目の前の光景がひどく馬鹿げた茶番に見えてきた。 「私がわがままを言ってるって?」私は口の端をゆがめる。「私はただ自分の目標を変えたくないだけよ。それに、出願先だって、今さら……」 だが、私がそう言い終わらないうちに、乾いた音を立てて、強烈な平手打ちが私の頬を襲った。 母の、渾身の一撃だった。叩かれた衝撃で顔が横を向き、私は一瞬にして、目の前が真っ暗になった。 「まだ口答えするつもり!」 母の声は金切り声になり、少し涙声のような響きさえあった。 「絢香!この親不孝者!忘れたとは言わせないわよ、お父さんが早くに亡くなって、うちがどれだけ大変だったか!女手ひとつであなたを育てて、とても大変だったのよ!そんな私たちを助けてくれたのは誰……あなたのおじさんでしょ!」 彼女は泣きながら私を指さす。「おじさんだって、自分の暮らしで精一杯だったのに!あなたが熱を出して入院したとき、あちこち頭を下げてお金を借りてきて助けてくれたのよ! その後、おじさんにすごくいい栄転の話があったときも、私たちの面倒を見るために、その話を断ってそばに付き添ってくれた!このご恩は、一生かかっても返しきれないわよ! だから、あなたのおじさんもおばさんが亡くなった今、一人の娘を託された私は彼女に良くしてあげなきゃいけないの!それは絢香、あなたも同じよ!彼女に少しでも嫌な思いをさせたら、絶対に許さないから!」 第2話 母は涙ながらに訴えていたけど、私の心の中の怒りは、ますます燃え上がるだけだった。 ついに我慢できずに叫んだ。「そうだよ、おじさんには助けてもらった!でもお父さんがいた時、あなたは彼らにどれだけお金を渡してきた?!お父さんが命がけで稼いだお金で、おじさんのために家や車を買ってあげたじゃない! 私が熱を出した時、おじさんは確かにお金を立て替えてくれた。でもすぐ親戚中に、『あの子の母親は未亡人だから足手まといだ』って言いふらしたじゃない!それなのにあなたは、恩があるからってお金を十倍にして返してあげたんでしょ! おじさんが転勤をあきらめたのだって、自分の実力がなくて試験に落ちたからでしょ!なのに、あなたに、『お前たち母娘の面倒をみるためだ』なんて言って!そうやって罪悪感を持たせて、一生恩を着せようとしてたんだよ!」 私は一気に叫んだ。その言葉の一語一句がそんな見せかけの「家族の建前」を突き破った。 私の剣幕に、母はあっけにとられていた。信じられないっていう顔で、私のことを見ていた。 涙がぼろぼろとこぼれてくる中、私は泣きながら母を見つめた。「母さん、あなたがおじさんに借りがあると思うなら、自分で返してよ!なんで私を巻き込むの!なんで私の将来や恋を犠牲にして、あなたの借りを返さなきゃいけないの?」 そう言って私は、ぱっと剛のほうに顔を向けた。 「あなたもよ、剛!」私は震える指で彼を指さした。「毎月の休みだって少ないのに、用事があるとか言って私に会ってくれなかったじゃない。母さんに言われて、私に内緒で洋子とデートしてたこと、私が知らないとでも思ったの! そんなあなたに、私の進路を決める資格なんてあるわけないんだから!」 私がそう言うと、リビングはしんと静まり返った。 母は胸を押さえて、唇をわなわなと震わせるだけで、何も言えなかった。 一方、剛の目にも一瞬だけ気まずそうな色が浮かんだのが見えた。 その時だった。洋子が突然、私の目の前で深々と頭を下げた。 「絢香さん!ごめん!ぜんぶ私のせいなの!」 彼女は泣き叫びながら、なんと私に向かって、何度も頭を下げ始めた。 「私さえいなければいいのよ!すぐに出ていくから!もう二度とみんなの前に現れないから!だからお願い、もう喧嘩しないで。全部、私がわるいの……」 そう言ってまるで世界中の不幸を一身に背負ったみたいに、洋子は床にしゃがみ込み、身をよじるように泣きじゃくった。 「洋子!」 それを見た剛が飛んでいって彼女を支えようとした。でも洋子はそれを振りほどいて、胸を押さえながら激しく咳き込み、顔も青ざめていった。 すると剛はバッと顔を上げて私を睨みつけた。さっきまでの気まずそうな表情は、もう怒りに変わっているのだった。 そして、彼は大股で私の目の前に来ると、高く手を振り上げた。 一方私は顔を上げて、まっすぐ彼の目を見つめた。そして、静かに言った。 「剛、もしその手を振り下ろしたら、私たちは本当に終わりだからね」 それを聞いて、剛の手が、空中でぴたりと止まった。私の瞳に映る、感情のない冷たさに動きを封じられたみたいに。 でも、次の瞬間。洋子のほうから、もっと苦しそうな咳と、えづく声が聞こえてきた。 すると、剛の顔から、最後の迷いが消えた。 「お前は、本当にどうかしてる!」 彼は低くうなると、止まっていた手で、私の頬を思いっきりひっぱたいた。 さっき母に叩かれたのより、ずっと重くて、大きな音がした。 私は叩かれた勢いでよろけて、テーブルの角に体をぶつけた。その衝撃で、脇腹に鋭い痛みが走って、口の中には血の味が広がった。 片や洋子が、泣きながら慌てて剛にすがりついた。「剛さん、私……私は大丈夫だから、絢香さんを責めないで……」 だが、剛は、たまらないっていう顔で彼女をぎゅっと抱きしめた。 「ばかだな。あんなにひどいこと言われてるのに、まだ彼女をかばうなんて。君は優しすぎるんだよ!」 そして母も、鬼みたいな顔で私を睨みつけていた。 「絢香!洋子ちゃんにちゃんと謝って!」 そんな彼らを見て私は切ない笑いを漏らした。そして、抱き合っているあの「親子三人」を、最後にもう一度だけ見ると、心の中にあった、彼らへの最後の想いも、ぷつりと消えた。 ふらつく足で立ち上がって、息が詰まりそうなこの家から飛び出したあと、私は海まで走って、しばらくずっと座っていた。 そして、スマホを取り出すと、半年前にもらった剛からのメッセージを探し出した。 第3話 【お前のお父さんの故郷の雪が見たいって、いつも言ってたよね。隊長が言うには、俺は半年後に北部特殊基地に移れるんだ。そしたらお前は東都中央大学の学生だし、雪を一緒に見に行けるようになるね】 そのメッセージを見たとき、私は感動して泣いてしまった。 今思えば、あれは結局私だけの夢だった。どうやら、一人で叶えるしかないみたい。 そう思いながら私は海辺で夜が明けるまで過ごして、それから家に向かった。 その間、剛も母も、私の居所を一度も尋ねてこなかった。 ただ、SNSで洋子の投稿だけが更新され続けていた。それはみんなが彼女を囲んで慰めている動画だった。 そして、家に帰ってドアを開けると、私の布団と枕がリビングの床に投げ捨てられていて、母が私に冷たく言った。 「洋子ちゃんがあなたと同じ部屋にいたら、また嫌な思いをさせられてしまうでしょ。だから今日からあなたはリビングで寝て」 さらに、剛も目を真っ赤にして、私の前に来て言った。「おばさんの言うことは正しいよ。お前のその性格は、本当に直すべきだ。 これから俺と結婚して一緒に暮らすんだ。もしそれでも変わらなかったら、誰もお前のわがままを許してはくれないぞ」 だが、私は二人を無視して、ただ黙って自分の布団を拾い上げた。そしてソファの上に置くと、その中に潜り込んで目を閉じた。 昨夜、一晩中眠れなかった私は、今はただ静かに眠りたかった。 母は鼻で笑った。「あなたは死んだ父親そっくり。どこまでも頑固で、ひねくれてるんだから」 それから彼女は笑顔で、洋子と腕を組んで言った。 「さあ、行こっか。私と剛が、新しい服を買いに連れて行ってあげる。もうすぐ大学生なんだから、うんとオシャレしないとね」 そう言って、三人は楽しそうに笑いながら家を出て行った。誰一人私に目を向けることなく。 一方、私は午後まで眠り続け、ようやくゆっくりと目を覚ますと、家の中は、しんと静まり返っていた。 喉が少し渇いていた。私は起き上がって寝室へ行き、自分の水筒を手に取ると、ごくごくと二口飲んだ。 でも、水にマンゴーの味がすることに気づいたときには、もう手遅れだった。 途端に息が苦しくなって、私の体中に赤い発疹が広がった。 私は慌ててアレルギーの薬を探した。でも、薬箱にあったはずの薬が、全部なくなっていることに気づいた。 その代わり、洋子のスクールバッグの中に、マンゴージュースを見つけた。 深く考える暇もなく、私は歯を食いしばって救急車を呼び、そのまま意識を失った。 目を覚ますと、母が不機嫌そうな顔でベッドのそばに座っていた。 「あなたは本当に、私に一日もろくな暮らしをさせたくないんだね!今度は自殺未遂の騒ぎまで起こして!」 私は慌てて首を横に振って説明した。「違うの、母さん!洋子がわざと私の水筒にマンゴージュースを入れたのよ!」 次の瞬間、またしても顔を強く叩かれた。 「嘘ばっかり!洋子ちゃんがうちに住んでからの半年間、ずっとあの子をいじめてきたのはあなたの方でしょ!あんな良い子がそんなことするわけないじゃない! ああ、どうしてあなたみたいな性悪な子を産んでしまったのよ!」 そう言い捨てると、母は顔をそむけて、そのまま病室を出て行った。 残された私は悔し涙で、一瞬にして目の前が滲んだ。 その時、病室のドアが再び開いて、剛がまっすぐ私のそばに歩いてきた。 彼は少し痛ましげな顔で、私の涙を拭ってくれた。 そして彼はため息をついて言った。「最近、お前のことをちゃんと気にかけてやれなくてごめん。でも、おばさんから洋子のことを頼まれたんだ。断れないよ。おばさんは俺を小さい頃から面倒見てくれてるからさ、彼女をがっかりさせたくないんだ。 約束するよ。二人が大学に入って、洋子に自分の友達ができたら、その時は休暇を全部使ってお前と一緒にいるから。だから、いい子にしてくれよ、もう騒ぐのはやめろ」 私は呆然と剛の目を見つめて尋ねた。「私が病院送りにされたのは洋子のせいだって言ったら、信じてくれる?」 そう言って、私は彼の目の前にスマホを突き付けた。そこには、洋子のバッグにあったマンゴージュースの写真と、その購入レシートが写っていた。 それを見て剛は眉をひそめた。 その瞬間私の心に、一筋の希望が生まれた。今度こそ、彼が私を信じてくれるかもしれないって。 でも、次の瞬間、剛の言葉は私を奈落の底へと突き落とすかのようだった。 第4話 「たぶん、お前がアレルギー持ちだってことを忘れてたんだと思う。彼女の代わりに、俺が謝るよ」 それから、剛は私から目をそらして言った。「このことはおばさんには黙っておいてくれ。洋子はもう十分に可哀想なんだ。おばさんにまで嫌われたら、この家での居場所がなくなっちゃうだろ?彼女にはもう、俺たちしかいないんだ。 だからこの件は、もうこれで終わりにしてくれ。大目に見てやってくれよ」 大目に見てやってくれ、か。 その軽い一言で、私が受けてきた理不尽も心の傷も、すべてを無かったことにされてしまった。 私は、小さくうなずいた。 そうか。確かに、もうこの人たちに期待すべきじゃないのかもしれない。 こうして退院したあと、私は住み込みのアルバイトを見つけて、家には帰らなかった。 そして大学の合格通知が届く日に、私はやっと家に戻った。 ドアを開けると、家の中はとても和やかな雰囲気に包まれていた。 剛と母は、新しいきれいなワンピースを着た洋子を囲んで、嬉しそうに抱き合っていた。 「うちの洋子ちゃんも、もう大学生なのね。本当に嬉しいわ。 洋子ちゃんは優秀できれいだから、大学に入ったらきっとモテモテだね」 そう言われ、洋子は恥ずかしそうに剛の腕を掴んで揺らした。 「ううん、剛さんが一番だよ。私の中では、剛さんが一番かっこいいんだから!」 しかし、私が入ってきたことに気づくと、彼らの楽しそうな笑い声は、ぴたりと止んだ。 母は私を睨みつけた。「何日もどこをほっつき歩いてたの。てっきり外で野垂れ死んだかと思ったわ」 一方、私の痩せた姿を見て、剛は胸が痛むような顔をして、すぐに駆け寄ってくると私の手を取ろうとした。 「お前と洋子の大学の学費、俺も一部払うから。そんなに無理して、自分で稼がなくてもいいんだよ」 だが、私はその手を振り払い、冷たく言い放った。「いらないから」 そう言って、私は自分の部屋へ向かおうとした。 「絢香」剛は私を呼び止めた。わざと優しい声を作っているのがわかる。「合格通知も届いたことだし、俺が車で大学まで送るよ。前もって見ておけば、慣れるだろ」 「ほんと?やったぁ!」洋子はすぐに彼の腕に絡みつき、目を輝かせた。「剛さん、大好き!」 でも、次の瞬間にはしょんぼりして、おずおずと私の方を見ながら言った。「でも、絢香さんはまだ私のこと怒ってるみたいだし……私と一緒には行きたくないよね。二人で行ってきていいよ、私は大丈夫だから」 そんな彼女の言葉を聞いて、私はどっと疲れを感じた。 だから、母が口を開いて私を怒鳴るより先に、私は言った。 「あなたたちだけで行って。私は用事があるから」 すると、剛は眉をひそめ、無意識に一歩前に出ると、私の腕を掴もうと手を伸ばした。「絢香……」 しかし、母が「剛」と呼びかけて、すぐに彼を制した。「この子のしかめっ面を見てると気分が悪くなるわ。もう彼女は放っておいて、さあ、行こう」 そこで、洋子もタイミングよくうつむいて、小さな声で言った。「剛さん、絢香さんに無理させないで……たぶん、本当に私と一緒は嫌なんだと……」 それを聞くと剛の伸ばされた手は、宙で固まった。 そして、心に言いようのないいらだちと怒りがこみ上げてきたようで、彼は手を引っ込めると、私の前に歩み寄り、低い声になった。 「絢香、お前がそうやってすねてられるのも、あと一日だけだ。明日、俺が一人でお前を大学に連れて行ってやる」 剛は少し間を置いて、命令するように付け加えた。「明日は、昔みたいに、ちゃんと笑顔を見せてくれよ。今のそんな、つまらないことで意地を張る態度は改めろ。わかったな?」 そう言われ私はふっと笑うと、そのまま自分の部屋に入った。 昔の私には、もう二度と戻れない。 彼らが出て行った後、私はわずかな荷物をまとめ、東都中央大学の合格通知書と、前もって買っておいた切符を手に、まっすぐ駅へと向かった。 そして列車に乗る前、私は、18年間暮らしたこの南の街を、最後にもう一度だけ振り返って見た。 それから、二度と振り返らずに、自分の夢へと向かって行った。