良妻卒業~夫が全財産を隠し子へ~

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良妻卒業~夫が全財産を隠し子へ~

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夫の北条浩平(ほうじょう こうへい)がインタビューで、自分の財産の分与はもう決めてあると話していた。 記者が、「奥さんと息子さんには、...

Chương (1)

第1章

夫の北条浩平(ほうじょう こうへい)がインタビューで、自分の財産の分与はもう決めてあると話していた。 記者が、「奥さんと息子さんには、きっとそれなりの金額が残されるんでしょうね」と冗談っぽく言った。 浩平は優しく笑って、静かに首を振った。 「妻と息子には、生活に困らない程度のお金を残しただけなんです。 それ以外の財産は、すべて養女に譲ることにしています。 これは約束なんです。あの子を一生、何ひとつ不自由なく暮らせるようにするって、彼女のお母さんのお墓の前で誓ったんですよ」 子供たちの食事の支度をしていた私の手は、ぴたりと止まった。私ははっとして、テレビに目を向けた。 テレビの中の浩平は、若くして亡くなった初恋の人について、その思い出を熱心に語っていた。 やがて、記者が再び口を開いた。 「そのことを……奥さんはご存じですか?」 浩平は一瞬戸惑ったようだが、笑顔は崩さなかった。 「ええ。妻が反対することはありませんよ。 彼女はこの数年間、養女の面倒もよく見てくれています。雇った家政婦より、よっぽど優秀ですよ」 私はエプロンを外し、養女・北条由花(ほうじょう ゆいか)のおもちゃを拾ってあげていた息子・北条洵(ほうじょう じゅん)を抱き上げて、子供部屋に戻った。 結婚して5年。もう我慢の限界だった。 どうせ、私たち親子には何一つ残らないんだ。だったら、こんなお手伝い役、もうごめんだ。やりたい人がやればいい。 第1話 夫の北条浩平(ほうじょう こうへい)がインタビューで、自分の財産の分与はもう決めてあると話していた。 記者が、「奥さんと息子さんには、きっとそれなりの金額が残されるんでしょうね」と冗談っぽく言った。 浩平は優しく笑って、静かに首を振った。 「妻と息子には、生活に困らない程度のお金を残しただけなんです。 それ以外の財産は、すべて養女に譲ることにしています。 これは約束なんです。あの子を一生、何ひとつ不自由なく暮らせるようにするって、彼女のお母さんのお墓の前で誓ったんですよ」 子供たちの食事の支度をしていた私の手は、ぴたりと止まった。私ははっとして、テレビに目を向けた。 テレビの中の浩平は、若くして亡くなった初恋の人について、その思い出を熱心に語っていた。 やがて、記者が再び口を開いた。 「そのことを……奥さんはご存じですか?」 浩平は一瞬戸惑ったようだが、笑顔は崩さなかった。 「ええ。妻が反対することはありませんよ。 彼女はこの数年間、養女の面倒もよく見てくれています。雇った家政婦より、よっぽど優秀ですよ」 私はエプロンを外し、養女・北条由花(ほうじょう ゆいか)のおもちゃを拾ってあげていた息子・北条洵(ほうじょう じゅん)を抱き上げて、子供部屋に戻った。 結婚して5年。もう我慢の限界だった。 どうせ、私たち親子には何一つ残らないんだ。だったら、こんなお手伝い役、もうごめんだ。やりたい人がやればいい。 インタビューは二部構成で、後半は自宅で行われることになっている。 浩平が記者を連れて帰宅した時、私はちょうど洵を寝かしつけたところだった。 浩平は私に目もくれず、上着を脱いで壁にかけると、テレビを見ていた養女の由花を抱き上げた。 そして、愛おしそうに彼女のぷっくりした頬をつまんだ。 「今日、ママに意地悪されなかったか?」 それは、浩平の毎日の日課だった。 今までは冗談だと思っていたけれど、今日に限っては、その言葉に別の意味がこもっているように聞こえた。 自分がいない間に、愛する初恋の人、新井凛(あらい りん)の娘をいじめてるんじゃないかと心配しているのだ。 「北条さんは、本当にこの子を可愛がっていらっしゃるんですね。 天国の新井さんも、たった一人の娘が実の娘のように可愛がられているのを見て、きっと喜んでいるでしょうね。 もし新井さんが事故に遭わなければ……お二人は今頃、誰もが羨むお似合いのカップルだったでしょうに」 浩平は懐かしむように、そっと口元をゆるめた。 そばに立っている私は、わざとらしく咳払いした。 その場の空気が、数秒間凍りついた。 記者は、さっきの発言が場違いだったと、ようやく気づいたようだ。 「あの、すみません……」 「澪(みお)、由花が明日学校に着ていく服は洗濯したのか?」 浩平は記者の言葉を遮り、いつもの調子で私に言った。 「家政婦さんの洗濯じゃ安心できない。必ずお前が手洗いでしてくれ」 由花も慣れたもので、よちよちと歩み寄ってくると、今日汚して脱いだ服をまとめて私の胸に押し付けた。 浩平は、「速く行きなさい」と私を急かした。 そこにいた全員の視線が、私に突き刺さった。侮辱、軽蔑、嘲笑……いろんな感情が混じった目つきだった。 その瞬間、私はまるで道端の野良犬にでもなったような気分だった。 浩平の目には、私はずっと、ただの家政婦よりも使い勝手のいい飯使いにしか映っていなかったのだろう。 私は悔しさでうつむくと、どうしようもない切なさが、胸の奥からこみ上げてくる。 私は深く息を吸い込み、次の瞬間、汚れた何着もの子供服を、床へと力任せに投げ捨てた。 「浩平、私は洗わないわ。 私はあなたの妻よ。家政婦じゃない」 浩平はゆっくりと眉をひそめ、冷たい目で私を一瞥した。 「澪、どういうつもりだ?」 「今日のインタビュー、見たわ」 私は爪が食い込むほど拳を握りしめ、勇気を振り絞って彼と目線を合わせた。 「あなたは、私たちの共有財産を全部、よその子にあげるって言った。 あなたこそどういうつもりかしら?」 浩平の眼差しが、途端に鋭くなる。声色も、一気に冷たくなった。 「何が、よその子だ」 彼はそう言いながら、由花の耳を両手で塞いだ。 「由花は、俺の子供だ。 澪、俺がこの子を連れて帰って育てると言った時、お前にも選ばせたはずだ。この子の面倒を見る、そう決めたのはお前自身だろ!」 目の前の男を見ていると、私の心はすっかり冷え切ってしまった。 5年前、私は臨月を迎えていた。 それなのに、浩平は7日7晩も姿を見せなかった。 彼と連絡が取れなかったストレスで、私は体調を崩し、息子の洵は予定日より2週間も早く産まれてしまった。 浩平がようやく病院に顔を出したときは、すでに出産が終わった頃だった。 私は自分の子供が無事に生まれたのを見てほっとし、産まれたばかりの洵を彼に抱かせてあげようとした。 第2話 ところが浩平は、そんな私を無視して、赤ちゃんを包んだひとつのおくるみを目の前に突き出してきた。 「凛は出産で亡くなった。この子は、彼女が俺に託した子だ。 今日から、この子を俺たちの養女として育てる」 私の顔はみるみるうちに青ざめていった。彼は体を無理に起こそうとする私を見て、ようやく躊躇いを見せたと思ったら、また口を開いた。 「もし受け入れられないなら、離婚してもいい。 もちろんお前と子供の養育費は、毎月きちんと支払う。でも、それだけだ」 あの時、浩平が私に突きつけた選択肢は、これだった。 嫌悪を押し殺して、彼の初恋の人が産んだ子を育てるか。 それとも、未熟児で産まれた洵を連れて、一文無しで家を出るか。 納得なんて、できなかった。 結婚して5年、命がけで子供を産んだのに。どうして私たち親子が、こんな目に遭わなきゃいけないの? だから、私は耐えることにした。 それでも、浩平が私と洵に愛情を向けることは、この5年の間に、一度もなかった。 浩平の深い愛情は、凛と一緒にこの世から去ってしまったかのようだった。 今の彼に残された優しさは、すべて凛の子供にだけ注がれた。 私のこれまでの我慢は、まるで滑稽な一人芝居だったんじゃないかと。ふと、そんな気がした。 5年間の愛も憎しみも、目もくれないそんな彼の態度で、すべて消え去ってしまった。 私は静かに彼の目を見つめ返した。 「もう一度、選び直させて。 今度は、洵と二人で出ていくわ」 浩平はそんな私を見て、あざ笑うように口の端を歪めた。 「出ていく? 澪、俺のそばを離れて、お前と洵だけで生活できるとでも思ってるのか? さっさと部屋に戻れ。人前で恥をかかせないでくれ」 言い終わると、彼は使用人に目配せした。 数人の使用人が私の前に来ると、有無を言わさず両腕を掴んで、寝室へと押しやった。 ドアには、外から鍵がかけられた。 この部屋はあまり防音が良くないせいで、彼らのひそひそ話が聞こえてきてしまった。 「奥様も一体何を考えているのかしら。こんなに恵まれた暮らしをしているのに、わざわざ旦那様に恥をかかせるなんて」 「亡くなった方の子供を育てるだけでしょ?旦那様に養ってもらってるだけの『寄生虫』のくせに、ちょっと我慢すればいいだけじゃない?」 寄生虫? 私が浩平と一緒になった頃、彼はまだ何も持たない貧乏学生だった。 そんな学生が事業を起こせたのは、私が自分の貯金をすべて彼のためにはたいたからだ。 徹夜の接待までして、浩平の会社にとって始まりの一歩となった、大きな契約を取ってきたのも、私だった。 彼が仕事で身動きが取れず、家庭を構う暇などないと理解して、自ら一歩下がって、彼を陰で支えることを決めたのも、私なのだ。 それなのに今、私はみんなから、浩平に寄りかかるだけの寄生虫だと思われている。 ドアを背に、私はずるずると床に座り込んだ。外の騒がしさが、次第に遠のいていく。 その時、浩平がドアを開けた。中に入ろうとした彼の足が、私の腰にぶつかった。 痛みはなかった。でも、それが引き金になった。 堰を切ったように、涙が溢れ出した。 思いっきり泣きじゃくろうとした時、突然、頭から何かが被せられた。 「泣くな。 澪、お前は裁縫が得意だったな。この服、直しといてくれ」 私は頭からその服をひきはがした。 それは女性用の白いシャツで、袖口が少しすり切れていた。 溢れそうだった涙が、結局こぼれることはなかった。 もう、泣く気にもなれなかった。 とてつもない屈辱感に襲われて、ただ可笑しくなった。 このシャツには、見覚えがあった。 この家には、ウォークインクローゼットが二つある。 一つは、私と子供たちの服を入れるためのもの。 そしてもう一つは、浩平と凛の服をしまうためのものだった。 凛はもうこの世にいない。なのに浩平は、自分の生活の中に、彼女が生きていた証を頑なに残そうとするのだ。 私は息を深く吸い込んで、シャツを床に叩きつけた。 「浩平、冗談で言ってるんじゃないわ。 こんな生活、もううんざりよ。離婚するの」 私は、きっぱりとそう言い放った。 でも、浩平はまるで聞こえていないようだった。 彼はシャツのボタンを外し、両腕を広げた。 「こっちに来て、着替えを手伝え。 早くしろ。さっき、由花に絵本を読み聞かせるって約束したんだ」 私は浩平の前に立ったまま、動かなかった。 ただ、静かな声で繰り返した。 「洵を連れて、ここを出て行く」 今度こそ、彼はようやく私をまっすぐに見た。 その眼差しに宿る、隠そうともしない軽蔑の念が、私の全身を針で刺すように痛めつけた。 第3話 「言ってみろ。今度は何が欲しい? 澪、何度言ったら分かるんだ。欲しいものがあるなら俺に直接にそう言え。そんな馬鹿げた回りくどい真似はよせ」 そう言って、浩平はカードを一枚取り出すと、私の胸元にねじ込んだ。 「しばらくは、これで足りるだろ」 言い終わると、彼はさっさと着替え、私を突き飛ばして由花の寝室へ行ってしまった。 カードが、パタッと音を立てて床に落ちた。 私はそれを見つめてから、自分をあざ笑うかのように、ふっと息を漏らした。 なるほど、浩平の目には、私は最初からお金をもらっていればいい家政婦と何の違いもなかったわけだ。 こぼれそうになる涙をぐっと拭うと、私は洵の部屋へ向かった。 洵は目を覚ましていて、一人でぼーっとしていた。 私がドアを開ける音に気づいて振り向き、不安そうにしていた。 「ママ、またパパと喧嘩したの?」 私は首を横に振った。 「喧嘩じゃないわ。でも、ママはパパと別れたいの。 ママと一緒に来てくれる?」 洵の目が、ぱっと輝いた。「ほんと? ママ、僕も同じだよ。ここにいても、全然楽しくない。 いつもお姉ちゃんの機嫌が悪いと、パパは僕を冷たい顔で叱るんだ。僕がお姉ちゃんと同じものを欲しがっても、絶対にお姉ちゃんにしか買ってあげない。今、僕が使ってるおもちゃも読んでる本も、ぜんぶお姉ちゃんのお下がりなんだよ」 彼はその小さな手を握りしめながら、興奮した様子で声をひそめた。 「もしここを出たら、僕のものは、僕だけのものになるの?」 私の目の奥が、ツンと痛んだ。 洵は、本来なら何不自由なく愛されるべきなのに。ずっと浩平のえこひいきの中で、我慢して生きてきたのだ。 この子は幸せじゃなかった。 この結婚生活を続けるための、最後の理由はもう無くなってしまった。 この婚姻は、絶対に終わらせてやるんだ。 弁護士と離婚の条件について話し合った後、私は洵の部屋で眠りについた。 目を閉じて間もなく、バンッと乱暴にドアが開け放たれた。 浩平が青ざめた顔で立っていて、ベッドにいる私の肩を思いっきり揺らした。 「由花が高熱を出した!どうすればいい!」 彼がこんなに取り乱すのは、珍しいことだった。 私はとっさに、眠っている洵の顔を見た。まだ寝息を立てているのを確認して、静かに部屋を出た。 洵を起こさないようにドアをそっと閉めてから、私は浩平に向き直った。 「体を冷やして、家政婦を呼ぶ、病院に連れて行く。やるべきことはそれだけでしょ? 浩平、あの子が熱を出したからって、こんな夜中に私にどうしろって言うの?私は医者じゃないわ」 浩平の目に、いらだちが宿った。 だが、由花のために、彼はぐっとその怒りを腹の底へ呑み込んだ。 「澪、由花はずっとお前が育ててきたんだ。あの子のことなら、誰よりもお前が一番よく分かっているじゃないか。 あの子は今、ひどい熱にうなされているんだぞ。 そんなに冷たい態度を取っている場合じゃないだろ」 「冷たい」という言葉が、私の心に引っかかった。 私は、鼻で笑った。 私が本当に冷たい人間なら、由花はとっくに3年前にはもう命を落としていた。 実の母親に似たのか、由花はアレルギー体質だった。 子供は、飴に目がないもの。大人がいない間に、彼女はアレルゲン物質だと知るわけもなくレモン味の飴をいくつか食べてしまったのだ。 赤い発疹が、あっという間に肌に広がった。 しばらくすると、さっきまでいきいきとした肌から、見る見るうちに血色がなくなっていった。 私は、家の防犯カメラをこまめに確認する習慣があった。由花が床に倒れて苦しそうにしているのを見た時は、気が狂いそうだった。 一刻も早く帰宅しなければと、焦った私の運転が、車をガードレールに突っ込んでしまった。 血まみれの体で家に駆けつけ、彼女にアレルギーの薬を飲ませて救急車を呼んだところで、私は気を失って倒れてしまった。 私たちは、二人とも救急車で病院に運ばれた。 私はひどい脳震盪を起こし、肋骨は3本も折れていた。 ベッドから起き上がれるようになるまで、1ヶ月もかかった。 そしてその1ヶ月、浩平は一度も見舞いに来なかった。 後になって、私は泣きながら彼を問い詰めた。 浩平は、私をちらりと見て、平然と言い放った。 「別に死んだわけじゃないだろ? いい歳して、まともに運転もできないのか。事故を起こしておいて、誰かのせいにでもするつもりか? それより由花の方が大変だったんだぞ。ここ数日、まともにご飯も食べられていないんだ。 そうだ、早く退院しろ。由花がお前の作ったご飯を食べたいと言っている」 浩平はいつもこうだ。 私を必要とする時にだけ、声をかけてくる。 そんな時、私は医師にも、料理人にも、家政婦にだってなれる。 でも、彼が心から敬い、愛する妻にだけは、決してなれなかった。 第4話 私は何も言わず、由花の部屋へと向かった。 彼女は熱で顔を真っ赤にしていた。 私は由花の服をぬがせ、冷たいタオルでおでこを拭いてあげた。 さらに、戸棚から解熱剤を出して、彼女に飲ませた。 熱はすぐに引いた。由花が目を覚ました瞬間、浩平は私を脇へ追いやって、彼女を抱き上げた。 「由花、パパ心配したんだぞ。 もう、つらくないか?」 由花はまだぼうっとした様子だったけれど、ゆっくりと浩平の首に腕をまわした。 そして、舌ったらない声で言った。「パパ、看病してくれてありがとう」 「大変なもんか。君が元気でいてくれれば、パパは何でもないさ」 私は脇に立ったまま、涙がこぼれるほど笑ってしまった。 私の声に気づいて、親子は二人そろってこちらを見た。 私は由花をまっすぐ見つめ、一語一句はっきりと告げた。 「由花ちゃん、あなたの面倒を見ていたのは私。この人は何もしてないよ。 この5年、私はあなたのことを実の娘のように可愛がってきたわ。この人の何が大変だっていうの? 少しでも頑張ってやったことと言えば、あなたを産んですぐに死んじゃった、本当のママのことを想うことくらいかしら?」 浩平の表情が、少しずつこわばっていく。 その顔には、憎しみに近いような怒りが浮かんでいた。 「澪、お前は気でもおかしくなったのか?」 浩平は由花の耳を手でふさぎながら、私を睨みつけた。 私は冷静さを取り戻し、口の端をゆがめてみせた。 「ただ、目が覚めただけ。 浩平、離婚届はあなたの会社に送っておくわ。 早くサインして。そうすれば、あの女の位牌でも家に迎えて、堂々と二人でにいられるわよ」 吐き気がするようなこの空間から離れると、不思議と心が軽くなった。 実を言えば、もうずっと前から、我慢の限界だったのだ。 私はその夜のうちに荷物をまとめ始めた。 浩平は本気で怒っていた。由花を寝かしつけた後、自分の部屋にまっすぐ戻っていった。 これまでの結婚生活と同じように、今夜も自分は彼にとって、取るに足らない存在だった。 私も浩平のそんな態度には、もう慣れていた。 洵との荷物をまとめ終えると、私は書斎に向かった。 創業当初、私は会社の立ち上げを支えたメンバーの一人として、それなりの株を持っていた。 たとえ浩平がわざと株の価値を薄めていたとしも、これだけあれば、会社の実権をひっくり返すには十分なはずだ。 自分の名義の権利書などを取り出した後、手紙で埋め尽くされた一つの引き出しを見つけた。 そのうちの一通を手に取って開いてみると、それは浩平が凛に宛てて書いたものだった。 どの手紙にも、私と洵のことが書かれていた。 その内容を読んで、やっと浩平が由花ばかりを可愛がる理由が分かった。 【由花は元気に育っている。安心してくれ。澪とあいつの子に、由花をいじめさせたりはしない。 由花がママって言えるようになったよ。毎晩、君の写真を見せて、君が本当の母親なんだって言い聞かせている。 澪なんて、あの子の世話をするための家政婦でしかないんだ】 そこにつづられた言葉は、一字一句、鋭い刃物のように私の心を突き刺した。 由花が、浩平とあの女の間にできた実の娘だったなんて。その事実は、胃がひっくり返るほどの吐き気を催させ、私はその場でえづいてしまった。 これまで苦楽を共にし、彼のために全てを捧げてきたのに。 5年間の結婚生活は、嘘で塗り固められていた。 込み上げてくる嫌悪感を必死にこらえながら、証拠となり得る手紙を一枚残らず写真に収めた。 そして、一通ずつびりびりに破り捨てていった。 破り捨てられた紙が床に散らばった時、浩平がドアを開けて入ってくる。 彼の表情は一瞬で変わり、眉間に深いしわを寄せ、あからさまにうんざりした顔をした。 「澪、お前は一体どういうつもりだ? 誰が俺の物に触っていいと言った?」 私は静かに浩平を見つめた。 彼はますます眉をひそめた。「なんだその目は。早く由花の様子を見てこい」 私の手には、浩平が昨日書いたばかりの、最後の一通の手紙がまだ握られていた。 そこには、彼が死んだら凛と同じ墓に入る、とまで書かれていた。 私は笑みを浮かべ、ゆっくりと、しかしきっぱりとした手つきで、その最後の一通を浩平の目の前でびりびりに破いた。 「浩平、あなたのこれからの人生が、素晴らしいものになるように祈ってあげる。 あの死んだ女とね。親子三人、末永くお幸せに。 あなたたちの『美しい愛』を、私が叶えてあげる。一日も早く、天国で会えるといいわね」