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命の血清を奪った夫、今さら後悔しても遅い!
私は8年間、菅原大輔(すがわら だいすけ)を愛してきた。 登山中、私は毒蛇に噛まれた。命が尽きかけたその瞬間……大輔は、最後に残った一本...
Chương (1)
第1章
私は8年間、菅原大輔(すがわら だいすけ)を愛してきた。
登山中、私は毒蛇に噛まれた。命が尽きかけたその瞬間……大輔は、最後に残った一本の血清を彼の心を奪ったある女性にあげてしまった。
「彼女も怖がってるし、お前は医者だろ?つべこべ言うなよ」
それからしばらくして、警察から遺体の引き取りを求める電話が、大輔の元にかかってきた。
その遺体というのが私だと知った瞬間、大輔は私の亡骸の前で、この世の終わりかというほど泣き崩れた。
私は静かに彼を見る。「大輔。私は死ぬのよ。これで、あなたとはもう何もかも終わりね」
第1話
「大輔!蛇に噛まれた!助けて!」
私は子供のころから蛇が大の苦手だった。写真を見ただけでも震えてしまうぐらいなので、本物が目の前に現れたときの怖さなんて言うまでもない。
一瞬、なにかに喉を締めつけられる感じがしたあと、冷や汗が頰を伝って首筋を流れる。
私は震える声で菅原大輔(すがわら だいすけ)に助けを求めた。しかし彼は、増田若葉(ますだ わかば)を庇うように立ち、私の声なんて聞こえていないようだった。
ぐったりと大輔の腕の中に倒れこむ若葉の足元では、小さな蛇が動いている。そして、彼女はか細い声で自分も怪我をしたと訴えていた。
「大輔さん、私死にたくないよ。だって、まだあなたと叶えられていない約束がいっぱいあるでしょ?あなただって約束してくれたのに……」真っ青な顔の若葉はぼろぼろと大粒の涙をこぼす。
そんな若葉を見て心を痛めた大輔は、彼女を抱きしめ優しく慰めた。「若葉、大丈夫だから。蛇に噛まれた時は、むやみに動いちゃだめだぞ。毒が体にまわるのが早くなるからな」
そう言って大輔は若葉を背負うと、やっと私の方を見た。私の傷口をちらっと見ると、ほっとしたように息を吐く。
「美優(みゆ)、お前の傷はたいしたことなさそうだし、お前は医者なんだから、自分でなんとか出来るだろ?俺は麓の病院で待ってるから」
私は信じられない思いで目の前の男を見つめ、叫んだ。
「大輔!私を噛んだのは毒蛇なの!彼女より私のほうが危険な状況なんだよ?」私は悔しさをのみ込み、事実をはっきりと伝える。なぜなら、昔、医療ボランティアで地方に行ったとき、見たことがあったから。
しかし、大輔は振り返りもせず、若葉を背負って山をかけ下りていった。心の底から激しい怒りがこみあげ、もうどうにかなりそうだった。
その時、若葉が振り返って私を見た。その目には、勝利を確信したような挑発の色が浮かんでいる。
私は震える手で鞄からミネラルウォーターと消毒液を取り出し、急いで傷の応急処置をすると、足を引きずりながら山を下りた。
麓の町のひとつしかない小さな診療所の医師は困った顔で、血清は一本しか残っていないと私たちに告げる。
大輔はその血清を手に取ると、迷わずに言った。「美優、見た感じお前の傷は大したことないだろ?でも若葉のほうは、噛まれたところが赤く腫れてるから、彼女のほうが重症だ。
な?分かるだろ?」
この男は若葉の為にこんなことを言うなんて、私の命なんてどうでもいいのだろう。そう思うと、胸が痛み、息もできなかった。
医師が何か言いかけていたが、大輔はそれを遮って話を続ける。
「美優。俺はこれから若葉と山頂に星を見に行くから、お前は近くの病院で注射なり打ってもらって、先にひとりで帰っててくれ」
そう言い残し、二人は恋人つなぎで去っていった。まるで、本当に愛しあっている恋人のように……
医師が不思議そうに私に尋ねる。「あの人、本当にあなたの旦那さんなんですか?」
私はその哀れむような視線に耐えられず、苦笑いだけを返し、すぐに背を向けた。
その瞬間、涙がせきを切ったようにあふれ出し、冷たい地面にぽたぽたと落ちる。
しかし、今は時間との勝負だ。涙を服の袖でぐいっと拭う。
私が蛇に噛まれてから、もう1時間が経っていた。それに、一番近い病院までは車で40分はかかる。
噛まれた傷は小さいが、あの蛇の毒は命にかかわるし、1時間から4時間ぐらいで眩暈や手足の麻痺が始まることもある。急がなければ……
手のひらの冷や汗を拭う。毒が全身にまわっていくのが、はっきりと分かるうえに、胃からこみあげてくる吐き気で、息が詰まりそうだった。
でも、止まるわけにはいかない。周りになにもない山道。助けを呼ぶこともできないのだから。
カーブにさしかかったとき、対向車線から来た大きなトラックが、突然進路を変えた。私は恐怖で反射的に目を瞑り、ハンドルを強く握りしめる。
ドンッ、という大きな音。次の瞬間には、車は崖の下へ落ちていき、私は強い衝撃と共に車外へと投げ出された。
意識を失う直前、私は無意識に電話をかけた。それは、登録してある唯一の緊急連絡先……電話が繋がると、大輔が若葉に何か言っている声が聞こえてきた。「迷惑電話だから気にしなくていいよ」
絶望の中、私はそっと目を閉じた。
沈んでいく夕日が、空を燃やすように照らしている。真っ赤なバラの花束みたいで、すごく綺麗だった。
「大輔。私は死ぬのよ。これで、あなたとはもう何もかも終わりね」
第2話
私の魂は宙に浮かび、自分の体を見下ろしていた。こんな辛い世界には、もう1秒たりともいたくはなかったのだが、魂がなにかものすごい力に引っぱられるように、私の魂は大輔のそばにやってきた。
空には星が瞬き、少し冷たい風が吹いている。
大輔と若葉は、山頂の岩に座り星空を見上げていた。その様子はとてもロマンチックで、温かい雰囲気が流れている。
若葉がそっと大輔の肩に頭を乗せる。「大輔さん。私、美優さんに何か言ったほうがいいかな。だって、私のせいで二人がけんかするのは嫌なんだもん。私だってずっと美優さんと仲良くなりたかったから、頑張ってたんだけど……いつもなんだか誤解されちゃうの」
若葉が傷ついたような顔をすると、大輔は宥めるようにその頭をなでた。
「この何年、俺が美優を甘やかしすぎたせいで、あいつは思い上がってしまったんだよ。今日なんか、お前の命を救う血清を奪おうとするなんて……医者のくせに人としてやっちゃいけないことをしてさ。でも、安心して。あいつには、絶対お前に謝らせるから」
私は大輔の前に歩み寄り、怒りを込めて問い詰める。「あなた、人の心を見抜ける弁護士だって、いつも偉そうに言ってたよね?なのに、この女の腹の底は見えないわけ?あなたの目は節穴なの?」
そのときふと理解した。忘れられない女の人の前では、男の人は本当に目が見えなくなる。だって、若葉が帰国したあの日から、大輔の心はもう私にはなかったのだから。
私が大輔と出会ったのは大学1年生のとき。あの日、私はルームメイトに携帯を盗んだと濡れ衣を着せられた。いくら言っても信じてもらえず、私はもう、死んで潔白を証明するしかないと思った。
冷たい風のなか、私は顔をぐちゃぐちゃにして泣きながら、寮の屋上にたったひとりで立っていた。
下には人だかりができていて、動画を撮っている人もいれば、「早く飛び降りろよ、この腰抜け!」とヤジを飛ばす人もいた。
なんて冷たい世界なんだろう、と思った。
一歩踏み出そうとしたそのとき、誰かによって私の体は後ろからぐいっと引き戻された。
私は呆然と、目の前にいる綺麗な顔の男を見つめる。
彼も私の顔を見つめていたが、急に我に返ったらしく、すぐに自己紹介をしてくれた。「名前は菅原大輔。法学部だから、もしかしたら何か手伝えるかもしれない」と。
大輔は、私の真っ暗な人生に差し込んだ一筋の光みたいだった。そして言ったとおりに、事件の真相も突き止めてくれた。
その後、ルームメイトは疑ってしまったことを私に申し訳なさそうに謝ってきた。
謝罪を受け入れたが、許すつもりはなかった。
私は孤児で、施設育ちだった。貧乏だったが、人として守るべきプライドはあったから。
それから私は、大学の近くに小さなアパートを借りた。授業とバイトと図書館を行き来するだけの毎日。でもそうしたら、世界はずっと静かになった。
大輔とはもう会うこともないと思っていたのだが、彼はなにかと理由をつけて私に会いに来るようになった。
ある日、私は大輔に聞いた。「私のどこが好きなの?」
彼は視線を一瞬彷徨わせたが、私の目をしっかりと見つめ返してきた。
「お前の……ほかの子とは違うところが好き」
私は自分の優秀さが、同じくらい優秀な彼を惹きつけたのだと思っていた……彼の財布の中から、若葉の写真を見つけるまでは。
その瞬間、全てが繋がった。大輔がどうしてあのとき私を助け、あんなに夢中でアプローチしてきたのか……それは、私と若葉の顔があまりにも似ていたからだった。
大輔と若葉は幼なじみだったが、親の都合で若葉は海外へ行ってしまった。そして、私が屋上から飛び降りようとしていたあの日、大輔も偶然、彼女を思ってひとりで泣きに屋上へ来ていたのだった。
大輔はただ偶然私を助けただけだった。しかし、まさか私が若葉とそっくりだとは思ってもみなかったのだろう。
そう、私は若葉の代わり。
それでも私は大輔と別れなかった。なぜなら、彼を愛してしまっていたから。大輔に助けられたあの瞬間から、もう特別な気持ちが芽生えていたのだ。
感謝もしていたし、愛情もあった。それに、もしあのとき彼が助けてくれなかったら、私はとっくにこの世にいないのだから。
8年も一緒にいた。だから、私たちの気持ちは本物だって信じていた。
しかし、若葉が帰国してから、大輔は変わってしまった。
彼は残業を言い訳に、疲れきった様子で夜遅くに帰ってくる。家にいるときでさえ書斎にこもって出てこない。私が書斎に入ると、慌てて携帯を伏せて、ノックもしないのかって怒ったりもした。
私は大輔の服の匂いを、念入りに確認するようになった。すると、いつもほのかに香るジャスミンの香水。それは、若葉の特別な香りだった。
第3話
大輔と若葉が近すぎると私は苦言を呈した。男女なのだから、ちゃんと距離を考えるべきだ、と。
しかし大輔は素知らぬふり。
「若葉は妹みたいなもんだからさ。お前が毎日、疑ってかかるから、そうやって変なこと考えるんだよ」
大輔と若葉は山のホテルで2泊した後、車で家に帰ったのだが、その間ずっと、私の魂は彼に引っ張られていた。
私が事故にあった道路を通ったとき、少し渋滞していた。道端には、長い規制線が張られている。
待ちきれなくなった大輔は、様子を見るために車を降りた。そして、若い女性が車ごと崖から落ちたと聞いて、眉を顰める。
私はため息をつく。自分の死体が見つかったのだろう。
夏で気温も高いし、きっとひどい臭いがしたはずだ。
若い検視官が鼻をおさえて駆けだし、わきで激しく吐いているのだから。
結局、年配の検視官が大きなマスクをつけて、現場の初期調査を終わらせた。
「被害者は20代半ばから後半の女性。一見、事故死のように見えますが、体内から猛毒が検出されました。傷口から見て、毒蛇によるものだと思われます」
車の中のはひどく壊れていて、警察もすぐに身元を特定できなかったようなので、あとはDNA鑑定を待つしかなさそうだ。
「まだ若いのに、可哀想ね」人だかりの中で、中年の女性が袖口で涙を拭っている。
「毒蛇」と聞いた大輔は、白い布をかけられた遺体に目を向け、はっと目を見開いた。しかし、すぐに自分の考えを否定するように首を振る。
それはそうだ。まさか、その遺体が私だなんて、思うわけがないのだから。
大輔はもっと何か聞きたそうだったが、車の列が動きはじめたので、何事もなかったかのように車内へと戻った。「事故でちょっと混んでただけみたい」
しかし、助手席の若葉の目はすこし泳いでいた。彼女は大輔に、早くこの場から離れるよう急かす。
おーい、行かないでよ。どうして降りてきて見ないの?もしかして、怖い?
大輔。結局、私たちはすれ違ってしまったね。
大輔は若葉を家まで送り、ゆっくり休むように言った。すると若葉は、背後から大輔にぎゅっと抱きつき、か細い声を出す。「大輔さん、今夜泊まってくれない?なんだか、怖くて……」
若葉は子猫みたいに大輔にぴったりくっつき、体をすり寄せる。
しかし、この「子猫」こそが残忍で冷酷なのだ。蛇を二匹購入した。一匹は無毒、もう一匹は猛毒。そして、毒蛇にわざと私を襲わせたのだから……
若葉はただ私に死んでほしかったのだろう。
そのとき、若葉がつまさきで立ちになり、大輔の唇にそっとキスを落とす。彼の目には一瞬躊躇いがよぎったが、すぐにもっと情熱的なキスを返した。
なんて恥ずかしい人たちなの。最低!
若葉の甘い声を聞きたくなくて、私は耳を塞いだ。部屋からは逃げだせたが、この見えない鎖からは、どうしても逃れられなかった。
なす術もなくなった私は隅っこに隠れた。自分の遺体はまだ冷たい山に置き去りにされている。そう思うと、悲しみと怒りで胸が張りさけそうだった。
今夜、この二人は一線を越えるだろう。私がそう思ったとき、大輔が突然立ち上がった。
「若葉、ゆっくり休んで。俺はもう行くから」
若葉は訳が分からないようで、腫れた唇を尖らせる。「どうせ美優さんに知られるのが怖いんでしょ?」
私はすぐに大輔のそばまで飛んでいき、この男がなんて答えるのかに聞き耳をたてた。
しかし、彼は複雑な表情を浮かべるだけで、何も答えなかった。
夜中の1時、大輔は私たちが一緒に暮らしていた家に帰ってきた。
電気をつけても私がいないことに気づくと、大輔は苛立った様子で携帯を手に取った。そして私からの最後の着信履歴を開く。心配してくれると思ったのだが、彼はそのまま携帯を置いてしまった。
大輔。本当に私のことなんて、どうでもよかったのね。
大輔は熱いシャワーを浴びてから、冷蔵庫を漁った後カップラーメンを食べた。それからようやく、のろのろと携帯を取って私の番号に電話をかける。
電話からは、女性の機械音が流れる。「おかけになった電話は、電源が入っていないか、電波の……」
苛立った大輔は私にボイスメッセージを送ってきた。「美優、いいかげんにしろよ。たかが血清一本のことで、いつまで怒ってるんだ?お前が医者だってこと忘れるなよ!」
もう、またそのセリフ。私はソファから飛び上がって彼をひっぱたいた。しかし、私の手は大輔の頬をすり抜けるし、私はもう死んでるから、彼は何も感じない。
私は目を真っ赤にして、必死に大輔に叫んだ。「この馬鹿!あほ!最低男!毒蛇にかまれたのは私なのに!なんで、血清をあの女にあげたのよ!」
ボイスメッセージを送りおえた大輔は、そのままベッドに倒れこみ寝てしまった。朝、けたたましい電話の音が鳴り響く。相手は私の同僚の平野睦月(ひらの むつき)だった。
大輔が不機嫌そうに通話ボタンを押すと、電話の向こうからは、睦月の焦った声が聞こえてきた。
「もしもし、大輔さん?美優が今日出勤してないんだけど、何かあった?美優、今日大事な手術があるのに。患者さんもずっと待ってるんだけどな」
その言葉で、大輔は私が一晩中帰ってきていないことに、ようやく気がついたらしい。どんなに大げんかをしても、私が外泊することなんて絶対にありえなかった。
大輔は携帯を確認したが、私からの着信は一件もない。少し腹を立てた大輔は、トゲのある口調で睦月に答える。
「どうせ美優に頼まれて電話してきたんだろ?こんな子供みたいなことはやめろって、あいつに伝えといてくれ。それに、若葉に謝らないなら、もう二度とこの家に帰ってくるなってな!」