思い入れはすべて水の泡

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思い入れはすべて水の泡

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宇宙船の打ち上げの前日、私は匿名の通報で精神的な病気を隠しているとされ、搭乗資格を失った。 精神病院に閉じ込められて3年。宇宙開発のエ...

Chương (1)

第1章

宇宙船の打ち上げの前日、私は匿名の通報で精神的な病気を隠しているとされ、搭乗資格を失った。 精神病院に閉じ込められて3年。宇宙開発のエースになっていた夫の三浦朔(みうら さく)が、じきじきに私を迎えに来た。 「当初お前を入院させたのは、どうしようもなかったんだ。もう降格を願い出て、お前を連れ戻した。これからは、ふたりで穏やかに暮らそう」 そう言われ、「自分のせいで朔の出世の道が閉ざされた」と思いこんだ私は、それからの人生を彼のために、かいがいしく尽くしつづけた。 しかし死の直前になって、娘が私を密告した一通の手紙を見つけた。それは、なんと朔の直筆だったのだ。 そこには、彼が親友・佐藤勇太(さとう ゆうた)の妻・佐藤真奈美(さとう まなみ)と30年間も交わしつづけていた手紙もあった。 手紙には、未亡人の真奈美を守るため、私を精神病に仕立てあげたと書かれていた。嘘の診断書で私を病院送りにし、宇宙飛行士の席を真奈美にゆずった、と書かれていた。 それを見て手から滑り落ちたコップが、床で粉々に砕け散る。その破片に、私はまるで心を突き刺されたかのようだった。 本来、宇宙へ行くはずだったのは、私だったんだ。 それなのに朔は、他の女のために私の夢を奪ったんだ。 そう思いながら私は、絶望のなかで息を引き取った。 次に目を覚ましたとき、私は宇宙飛行士の選抜発表の日に戻っていた。 そして、朔が、「申請書類は俺が出しておくよ」と申し出てきた、その瞬間、私はその申し出をはっきりと断った。 第1話 宇宙船の打ち上げの前日、私は匿名の通報で精神的な病気を隠しているとされ、搭乗資格を失った。 精神病院に閉じ込められて3年。宇宙開発のエースになっていた夫の三浦朔(みうら さく)が、じきじきに私を迎えに来た。 「当初お前を入院させたのは、どうしようもなかったんだ。もう降格を願い出て、お前を連れ戻した。これからは、ふたりで穏やかに暮らそう」 そう言われ、「自分のせいで朔の出世の道が閉ざされた」と思いこんだ私は、それからの人生を彼のために、かいがいしく尽くしつづけた。 しかし死の直前になって、娘が私を密告した一通の手紙を見つけた。それは、なんと朔の直筆だったのだ。 そこには、彼が親友・佐藤勇太(さとう ゆうた)の妻・佐藤真奈美(さとう まなみ)と30年間も交わしつづけていた手紙もあった。 手紙には、未亡人の真奈美を守るため、私を精神病に仕立てあげたと書かれていた。嘘の診断書で私を病院送りにし、宇宙飛行士の席を真奈美にゆずった、と書かれていた。 それを見て手から滑り落ちたコップが、床で粉々に砕け散る。その破片に、私はまるで心を突き刺されたかのようだった。 本来、宇宙へ行くはずだったのは、私だったんだ。 それなのに朔は、他の女のために私の夢を奪ったんだ。 そう思いながら私は、絶望のなかで息を引き取った。 次に目を覚ましたとき、私は宇宙飛行士の選抜発表の日に戻っていた。 そして、朔が、「申請書類は俺が出しておくよ」と申し出てきた、その瞬間、私はその申し出をはっきりと断った。 すると、朔は一瞬固まり、書類を握る手にもっと力を込めた。 「梨花(りか)、さっき言っただろ。この数日はゆっくり休めって。 こういう雑用は、俺が代わりにやっておくよ」 それを聞いて、私は指先が白くなるほど拳を握ると、胸がぎゅっと苦しくなった。 私は、朔のことを心の底から信じていたのに。 前世では、その信頼を利用された。だからあの時、この申請書類に人生をめちゃくちゃにされる偽の証明書を入れられていたなんて、全く知らなかった。 その結果、私は精神病院に3年間も閉じ込められて、光のない日々を送ることになった。 こうして、人生を狂わされてしまったのだった。 もう二度と、あんな思いは繰り返したくない。 そう思って、必死で冷静を装ったけど、書類を奪おうとする私の手は、抑えきれずに震えていた。 「ごめん、まだ書き忘れてたところがあったの。書き終わったら自分で出しに行くから大丈夫だよ」 そう言って私が書類を奪うと、朔は少し慌てた表情になった。 「どこを書き忘れたんだ?俺が手伝うよ」 私は書類をキャビネットに突っ込んで鍵をかけると、無理やり笑顔を作った。 「大丈夫、自分でなんとかするから。 キッチンでコーヒー用のお湯を沸かしているんでしょ?ちょっと様子を見てきてくれない?」 そう言って私は不満げな朔を部屋からなんとか押し出した。 そして、すぐに申請書類をもう一度取り出すと、案の定、書類の間には、【精神疾患歴あり】と書かれた偽の診断書が挟まっていた。 それを見て、私は全身の血の気が引く思いだった。 まさか……全部、本当だったなんて。 そうこうしているうちに、コーヒーを持った朔が部屋に入って来たのだ。私は慌てて書類をキャビネットに戻したが、彼と顔を合わせたときには、目が赤くなっていた。 すると朔は慌ててカップを置くと、私をぎゅっと抱きしめた。 「どうして泣いてるんだ?」 私は涙をぐっとこらえ、大きく息を吸った。 「朔、前に言ってたよね。私とのパートナー関係を解消したいって。 いいよ。同意する」 そう言えば、前世で、朔はその話を何度も私に持ちかけてきた。 だけど10年もパートナーを組んできたんだから、私たちが一番お互いを理解しているものだとそう思っていた。 それに職場では、パートナーは男女で組むのが決まりだった。 あの時私は、あまりにも頑固だった。 自分の夫を、他の女と組ませるはずがなかった。 でも、今の私にははっきりとわかっている。もしここでパートナーの変更に同意しなかったら…… 2週間後には、朔に精神病院へ送られてしまうだろう。 だから、今度こそ、私は自分で将来を選びたいと思った。 一方それを聞いて朔は一瞬固まったが、すぐに大きな喜びに顔を輝かせた。 「梨花、やっとわかってくれたんだな! パートナーを解消するのも、全てはもっといい訓練のためだから」 そう言って、彼はとっくに申請書を準備していたみたいだった。 片や私は申請書を渡されたとき、朔の顔をじっと見つめた。 その顔に、ほんのわずかな名残惜しさや、申し訳なさそうな色がないかを探った。 だって私たちは、丸10年もパートナーだったのだから。 でも、そんなものはなかった。 彼の顔は、興奮でいっぱいだった。 ここまで来てはもう、何も期待することはないだろう。 サインを終えると、朔は埋め合わせをするみたいに、私の頬にキスをした。 「俺はなんて幸せ者なんだろう。こんなにいい妻をもらえて。 心配しなくても大丈夫。パートナーを解消しても、職場では俺がしっかりお前のことを守ってやるから!」 第2話 それを聞いて、私は皮肉な笑みを浮かべた。 一方、朔は私の話を最後まで聞く気もないようで、そのまま職場へと飛び出していった。 しかも、途中でスマホを取り出して、急いで真奈美に電話をかけていた。 あの満面の笑みを見て、私はどこかで見覚えがあるような気がした。 確かかつてはるばる遠くから、私に会いに来てくれたとき。 そして、プロポーズしてくれた時も、私の妊娠がわかった時も、彼はそんな笑顔を見せていた。 そう思いながら、私は偽造された精神疾患の診断書を、燃やしてやった。 そして、もう一度申請書を書き直して、職場に提出した。 今度こそ、誰にも私の邪魔はさせない。 …… 翌日、職場に着くと、私の荷物が段ボール箱に詰め込まれていた。 朔のオフィスから、狭い共同デスクの片隅に放り出されるように置いてあった。 そして彼のオフィスには、真奈美が引っ越してきていた。 そこで、真奈美は朔のジャケットを肩に羽織って、彼が手作りした朝食を食べていた。 まるですべてが、自分のものだというかのように。 これが、昨日彼の言った、「しっかりお前のことを守ってやる」ということなのか?そう思うと私はますます皮肉に感じた。 そして、それを見た同僚の久保拓海(くぼ たくみ)が黙っていられず、朔に文句を言いに行こうとした。 「勝手にパートナーを変えただけでもひどいのに、今度はオフィスまで追い出すなんて!一体なんなんだよ!」 だけど、私は拓海を引き止めて、淡々と笑って言った。 「いいの、行かなくて。パートナーの解消は、私から言い出したことだから。 あのオフィスはもう、私のいる場所じゃないの」 そしてオフィスの中にいる、あの人も含めてもう私のものではないのだ。 その日の午後は、搭乗訓練だった。 私は高度訓練チームから、真奈美がいた基礎訓練チームに異動させられていた。 誰がやったかなんて、考えるまでもない。 そこで、私はまっすぐ朔のチームがいる場所へ向かった。 ちょうど真奈美が訓練を終えたところだったけど、もう体力が限界みたいで、 朔にシミュレーターから抱きあげられて出てきた。 そして彼はそんな真奈美を心配してやまない様子で彼女の背中をさすって、ペットボトルのキャップを開けて、水を飲ませてあげているのだった。 「ごめん、俺が悪かった。いきなりこんなに難しい訓練に挑戦させたからだ」 一方、真奈美は朔の額の汗を拭いてあげながら、優しく微笑んだ。 「ううん、大丈夫。あなたと一緒に宇宙に行けるなら、どんなことだって乗り越えられるわ」 こうして二人はしばらく慰め合ったあと、朔がやっと私の存在に気が付いてくれた。 すると彼は真奈美の腰に添えていた手をさっと引っ込めて、慌てて言い訳をしてきた。 「梨花、違うんだ。真奈美さんの体調が悪そうだったから、チームリーダーとして心配で…… 変に勘ぐらないでくれ」 勘ぐるもなにも、ないでしょ。 だって朔の手が離れた途端、真奈美は隠そうともせずに、嫉妬に満ちた目で私を睨んできた。 「ごめんね。朔さんはいつも優しくしてくれているだけなの。 だから、私のことで朔さんを怒らないであげて。彼だって大変なの」 真奈美は優しくそう言ったけど、その口調にはどこか棘があるようだった。 真奈美は、昔からいつもこう。 そして朔だけが、彼女の言葉の裏にある悪意に気づかないのだ。 そう思ったものの私は真奈美を無視して、朔にまっすぐ向き直った。 「どうして私を、別の訓練チームに異動させたの? もうすぐ最終選考なのは知ってるでしょ。まさか、私を落とすつもり?」 そう聞かれて朔は、息をのんだ。 「誤解だよ。 お前は最近、ちょっと張りつめすぎてる。だから基礎訓練で少し肩の力を抜いたほうがいいと思っただけだ」 そして、それを聞いた真奈美も、話に割って入ってきた。 「そうよ。朔さんは、あなたのためを思って…… 私が彼のチームに来たのは、あなたのポジションを奪うためじゃないの。朔さんが、私が前のチームでつらい思いをしてるのを見かねて、声をかけてくれただけ」 その言葉に私は、思わず笑ってしまった。 しかし、目に滲む涙はどうにも止まらなかった。 高度訓練チームに入るには、最低でも5年は基礎訓練を積まないといけない。 朔は、私より2年先輩だ。 私が周りから馬鹿にされて、教官に鼻先で怒鳴られているのだって、見てきたはずだ。 そんな時だって、彼はチームを変えてくれるなんてことはなかった。 ただ冷たく、正論を口にしただけ。 「本気で訓練してれば、誰も文句なんて言わないだろ?」 なのに、真奈美が教官に少し注意されただけで、朔はすぐに、彼女を自分のチームに引き入れた。 私が6年間、必死に積み重ねてきた努力を蔑ろにしてまで。 「じゃあ聞くけど、真奈美さんがこのチームにふさわしいって言うの?彼女の体力じゃ、ここの訓練には絶対についていけない。 朔!あなたが彼女をここに呼んだせいで、私の積み上げてきたものが全部奪われたのよ!」 第3話 そう言って私は掠れた声で叫んだ。 なんで私だけ、こんなひどい扱いをされなきゃいけないの? すると、真奈美の目は、すぐに赤くなった。 「朔さん、やっぱり私を元のチームに戻して。 こんなふうに辱められてしまうなんて、嫌よ、そんなんだったらつらい思いをするほうがましよ!」 そう言って立ち上がって去ろうとする彼女を朔は追いかけ、そして腕の中に飛び込んでくるのをされるがままに受けとめると、 私を見るその目には、責めるような色が浮かんだ。 「梨花、そんな言い方はないだろう。 お前がチームに入れたのだって、俺が口添えしたからじゃないか」 そう言って彼は最後に、命令をするような口ぶりで私に言い放った。 「そんなふうに騒がれると、俺の判断が正しかったとしか思えないな。 お前は少し短気すぎる。基礎訓練チームで、頭を冷やしてくるといい」 …… それから私は家に帰って荷物をまとめ、寮に引っ越す準備をした。 朔は真奈美のために、私の訓練資格をもう取り上げてしまったのだ。 きっと、これだけでは終わらないはずだ。 そう思って離婚届を置いて、私はやっと立ち上がった。 そのとき、ドアが蹴破られて、兄が怒った顔で入ってきた。 「梨花、真奈美さんに謝ってこい」 「私が何をしたっていうの?」そう言う私の声は怒りと悔しさで震えた。 すると、兄は声を荒げた。 「大勢の前で彼女に恥をかかせたんだぞ。高度訓練チームにふさわしくないなんて言って、それでも自分が悪くないとでも言うのか? 陣内家が、お前みたいな恩知らずを育てた覚えはないぞ! 勇太さんは、俺と朔を助けるために死んだんだ!お前もその恩を返すのが当然だろう!」 そう。真奈美の夫の勇太は、兄と朔の親友だった。 そしてとある重大な任務の最中、二人をかばって命を落としたのだ。 だから兄と朔は、一生、真奈美に罪悪感を抱いて生きている。 でも、私は納得できなかった。 「あの人が助けたのは、あなたたちでしょ!なんで私の将来を犠牲にして、恩返ししなくちゃいけないの!」 それを聞いて兄は、ショックを受けたように私を見つめた。 その時朔も、ドアの外から入ってきた。私を見る視線は兄と同じように失望しきっていて、眉をきつくひそめているのだった。 「梨花、お前がそんな人でなしだとは思わなかった。 もし勇太さんが俺たちを助けてくれなかったら、まだ俺たちに甘やかされて暮らせるとでも思っていたのか? お前が今手に入れているものは全部、真奈美さんの犠牲で成り立っているんだよ。彼女は俺たち家族のせいでつらい思いをしてるのに、お前は少しも申し訳ないと思わないのか!」 すると兄が、私の荷物を奪おうと前に出てきた。 「訓練資料を出せ。真奈美さんが使うから」 そんな中、私は荷物をぎゅっと抱きしめて、離そうとせずに叫んだ。 その声は怒っていたけれど、涙がどうしても止まらなかった。 「絶対に渡さない!これは私のものよ!」 それを見て朔も、私の荷物に掴みかかってきた。 彼は私の指を一本ずつ、無理やりこじ開けようと、指が折れてしまいそうなほどの力を込めた。 「お前は才能があるから、また宇宙へ行くチャンスはある。 真奈美さんはお前より年上だ。これが彼女にとって最後のチャンスなんだよ。 だから真奈美さんに譲ってくれ。俺が代わりに、一生かけてお前に償うから。それでどうだ?」 しかし私は、一歩も譲らずに言った。「絶対にいや!」 すると朔の力はどんどん強くなり、ついに荷物を奪い取ると、私を床に突き飛ばした。 その拍子に私の後頭部が、机の鋭い角にぶつかり、途端に血の匂いが広がった。 私が震える手で、そっと後ろに触れてみると、べっとりと血がついていた。 「宇宙飛行士の体に、傷跡が残っちゃいけないのに! 朔、お兄ちゃん!病院に連れてって!」 それを見て朔はひどく慌てて、急いで私を支えに来た。 「梨花……ごめん、俺が悪かった…… 今すぐ病院に連れていくから!」 そのとき、ドアの外から真奈美の悲鳴が聞こえた。 「朔さん!うっかりガラスの破片を踏んじゃって、足を切ったみたい!」 それを聞いて朔は、私を掴んでいた手をすぐに離すと、まっすぐドアの外へ向かってしまった。 そして私の方に来ようとしていた兄も、くるりと向きを変えて行ってしまった。 こうして二人の足音が、だんだんと遠ざかっていく中、私は痛みをこらえ、なんとか自分の力で立ち上がると、病院に向かって歩きだした。