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私の面会枠を幼馴染へ、今更後悔しても遅い
まだ古い町並みが残るころ。婚約者の松本宏介(まつもと こうすけ)は、結婚式の1週間前に、私に黙って政府の秘密機関に就くことになった。宏介...
Chương (1)
第1章
まだ古い町並みが残るころ。婚約者の松本宏介(まつもと こうすけ)は、結婚式の1週間前に、私に黙って政府の秘密機関に就くことになった。宏介は「待っていてくれ」という言葉だけを残して、慌ただしく去っていった。
私はその言葉を信じて、ひたすら彼の帰りを待ち続けた。
しかし、3年間、面会が許される日は月に一度だけ。それにもかかわらず、宏介はいつも他の女性と会う約束のためにその日付を埋めた。
母が重い病気で、お金にも困っていた時、私は泣きじゃくりながら、一目でいいから会わせてほしい、電話だけでもしたいとお願いした。
でも、取り次いでくれた警備員の人は、困った顔でこう言うだけだった。
「松本隊長の今月の面会は、もう終わってしまいました。また来月いらしてください」
私はがっかりして、暗い気持ちで帰ろうとしたその時、宏介の幼馴染の小林明日香(こばやし あすか)が、誰にも止められないまま門の中へ入っていくのが見えた。
「松本隊長からの伝言で、直接オフィスに来るようにとのことです。本当にお優しい方なんですね。この1年、ずっとあなたのことを心配して、今月の面会もわざわざあなたのために空けて下さったそうですよ」
私が駆け込もうとすると、警備員の人が慌てて私を止めた。
「もう諦めてください。松本隊長にお金なんてないですよ。お金は全部、さっきの方にあげちゃったんですから」
その夜、母は痛み止めも使えないまま、苦しんでいた。
全部、私がなにもできなかったせいだ。もう、宏介を待つのはきっぱりと諦めた。
そして、ようやく宏介が任務を終えて帰ってきた頃には、私はとっくに他の人の妻になっていた。
第1話
まだ古い町並みが残るころ。婚約者の松本宏介(まつもと こうすけ)は、結婚式の1週間前に、私に黙って政府の秘密機関に就くことになった。宏介は「待っていてくれ」という言葉だけを残して、慌ただしく去っていった。
私はその言葉を信じて、ひたすら彼の帰りを待ち続けた。
しかし、3年間、面会が許される日は月に一度だけ。それにもかかわらず、宏介はいつも他の女性と会う約束のためにその日付を埋めた。
母が重い病気で、お金にも困っていたとき。私は泣きじゃくりながら、一目でいいから会わせてほしい、電話だけでもしたいとお願いした。
でも、取り次いでくれた警備員の人は、困った顔でこう言うだけだった。
「松本隊長の今月の面会は、もう終わってしまいました。また来月いらしてください」
私はがっかりして、暗い気持ちで帰ろうとしたその時、宏介の幼馴染の小林明日香(こばやし あすか)が、誰にも止められないまま門の中へ入っていくのが見えた。
「松本隊長からの伝言で、直接オフィスに来るようにとのことです。本当にお優しい方なんですね。この1年、ずっとあなたのことを心配して、今月の面会もわざわざあなたのために空けて下さったそうですよ」
私が駆け込もうとすると、警備員の人が慌てて私を止めた。
「もう諦めてください。松本隊長にお金なんてないですよ。お金は全部、さっきの方にあげちゃったんですから」
その夜、母は痛み止めも使えないまま、苦しんでいた。
全部、私がなにもできなかったせいだ。もう、宏介を待つのはきっぱりと諦めた。
そして、ようやく宏介が任務を終えて帰ってきた頃には、私はとっくに他の人の妻になっていた。
……
産婦人科で凄腕だという医師に診てもらうために、久しぶりに地元へ戻った。そしてその医師がいる総合病院で、機関から出てきたらしい宏介にばったり会ってしまった。
時間が経ちすぎたせいで、あんなに大切に覚えていた宏介が帰ってくるこの日なんて、すっかり忘れていた。
宏介は明日香と一緒に皆に囲まれて、上司らしき人が、嬉しそうに宏介の肩を叩いた。
「今度、二人の結婚式に呼んでくれよ。3年間も大変だったな。決められた日にしか会えなかったんだから」
宏介は一瞬気まずそうな顔をして、きょろきょろと私の姿を探し始めた。
明日香は、いつものように宏介の体に寄りかかった。
「宏介さん、優香(ゆうか)さんは最近見かけないわね。こんな大事な日に会いに来ないなんて、どこかにお嫁に行っちゃったのかしら」
宏介は途端に眉をしかめ、すぐに言い返した。
「ありえない。そんなことを言うな」
その頃の私はちょうど診察を終え、薬の受け取りを待っているところだった。
ふと顔を上げると、宏介とばっちり目が合ってしまった。
彼は嬉しそうに口元を緩めると、大股で私の方へ歩いてきた。
「優香、お前がこの大事な日を忘れるわけないよな。この仕事は休みがほとんどなくてね。休暇も取れず、本当に寂しい思いをさせたな」
宏介は私の後ろにある「産婦人科」という看板を見て、心配そうに視線を落とした。
「まだ、生理がひどいのか」
昔の私なら、その優しい言葉を聞くだけで、胸がいっぱいになるはずだった。
馬鹿みたいに、宏介には休みがないんだと自分に言い聞かせて、3年間も彼の帰りをただ待ち続けていただろう。
でも今ではもう、そんな気持ちはとっくに冷めきっていた。
私は首を横に振って、妊娠のための診察に来たのだと、誤解を解こうとした。
しかし宏介は、私の返事を聞く前に、私を押しのけて明日香の腕を引き、彼女の身体の心配をした。
明日香は気まずそうな顔をして抱きしめられた。
「ただの風邪なのに、宏介さん大げさよ。優香さんの方が先じゃない?生理痛ってすごく辛いんだから」
それでも宏介は、どうしても明日香を病院で診てもらおうとした。
「優香は慣れてるから。ちょっと待たせても大丈夫だ」
私はその信じられない言葉を聞いて、目を大きくした。
昔、私が気を失いそうになるほど生理痛がひどくて、ベッドから下りることすらできなかった時。宏介に、薬局に寄って薬を買ってきてほしいと頼んだことがあった。
しかし、夜になって帰ってきた宏介は薬を買ってこなかった。
私が何度も文句を言っても、彼はただ軽く笑うだけだった。
「子供を産めば治るさ。薬なんて体に良くないだろ」
そしてその日、宏介が忙しくて薬を買えなかったと言っていたのは、ただ明日香と散歩をしていただけだった。
私はまるでピエロのように、近所の人たちが幼馴染同士の恋を褒めそやすのを、ただ聞いているしかなかった。
私たちの関係は、ずっと不安定で、何度も喧嘩して、何度も別れ話になった。
それでもやっと、宏介が私にプロポーズして、明日香とも会うのをやめてくれたのだ。
やっと報われたんだと、私が心から喜んだすぐ、宏介はまた秘密機関に行ってしまって、3年間、面会の日はたったの一度も私のために空けてくれなかった。
機関以外の人間と会えるチャンスはすべて、どこかの男に失恋して落ち込んでいた明日香のために使われた。
まるで彼にとって、私のことなんてどうでも良くて、私の気持ちなんて、大事に扱わなくても問題はないかのように……
その時の記憶が蘇り、はっと我に返った。
薬剤師が私を呼び、薬を渡してくれた。
「この処方通りに飲んでみてください。きっと赤ちゃんのことは心配ないですよ。まだ若いんですから、焦らなくても大丈夫です」
第2話
宏介は驚き、顔を少し赤くして、気まずそうに口を開いた。
「優香、気が早すぎるだろ。もう子供のことなんて。ちょうど言おうと思ってたんだ。結婚式は1年、延期しないか?明日香のことで、ちょっと問題が起きてな。心配だから1年そばにいてやろうと思って」
明日香は、まるで私をわざと刺激したいかのように、さらに説明を加えた。
「優香さん、ごめんなさい。私がお二人と同じタイミングで結婚式を挙げたいなんて言うから……私も早く彼氏を見つけるから、怒らないでよ」
なんて馬鹿げた言い訳だろう。
しかし、宏介は隣で慌てて明日香を慰めるなんかし始める。
こそこそと二人で何年も一緒にいたのにまだ足りないのか。今度は堂々と1年だなんて。
あまりに可笑しくて、私はどうでもいいという風に口を開いた。
「もう私には関係ない。私はもう結婚……」
しかし、宏介の友達がいきなり野次を飛ばしてきたせいで、私の言葉は誰の耳にも届かなかった。
「たいしたことじゃないって、優香さん。そんなに怒るなよ。久しぶりに会ったんだからさ、チュウの一つでもすれば全て気にならなくなるって」
私は呆れて、早くこの場を立ち去りたかった。
なのに、宏介に腕を掴まれ、強く抱きしめられた。
私が抵抗しているのにもかかわらず、彼は勝手な幸福感に浸っているようだ。
周りの面白がって煽る声に乗せられて、無理やりキスをしようとしてきた。
腕が引っ張られてすごく痛かった。やっとの思いで宏介を振りほどくと、思い切りその頬を叩いて、きっぱりと言い放った。
「私はもう結婚してるの。あなたたちも、少しは慎んだらどう?」
その場が、しんと静まり返った。
宏介は一瞬気まずそうな顔をしたが、すぐにその表情は怒りに変わった。
「優香、そんな冗談はよせ。俺のプロポーズだって同意しただろ。結婚に困ってるわけでもあるまいし、なんでそんな嘘をつくんだ」
宏介の口から出てきた最低な言葉を聞いて、私は思わず乾いた笑いを漏らした。
結婚式の1週間前、明日香が秘密機関で働く人が好きだという、たった一言だけで、宏介は私に一言も相談せずに、機関の適性審査を受けに行った。
私は宏介のキャリアのことを考えて、ぐっとこらえた。
でも、たった彼の写真一枚を家で眺めるだけで、3年間も耐えろっていうの?
ただ明日香のわがままのためだけに、3年間まるごと、たったの一日だって私のために面会のチャンスをくれなかった。
隊員たちはみんな、宏介の妻は明日香だと思っていたんじゃないかしら。
そのおかげで、私はまるで既婚者の浮気相手にでもなったかのように、冷たい目で見られることも耐えなくちゃいけなかった。
「もうここに来るのやめてください。松本隊長は婚約者と喧嘩中なんですよ。隊長には家庭があるんだから、あなたが毎日探しに来て何になります?」
ある時から、私が宏介について何か聞こうとするたび、周りの人たちに無視されるようになった。
私たちが言い争っている間に、明日香の体勢が突然崩れて、そばにあった盆栽にぶつかった。
ずっしりと置かれてあった植木鉢が、自分たちの方へと倒れてきた。
避けきれず、私はとっさに宏介の腕を掴んだ。しかし、彼は私の手を荒々しく振り払い、隣にいた明日香をその腕の中に引き寄せた。
植木鉢の破片が足にぶつかり、あっという間に血が垂れてきた。
宏介は慌てて謝った。
「優香、俺は……」
すごく痛かったけれど、私は彼を無視して、医者を探そうとした。
近くにいた看護師も、すぐに駆け寄って来てくれた。
明日香を守ることはもう、宏介の無意識の行動になっていたのだ。
胸がすっと冷えた。幸い、もう宏介を愛していないのだ。
彼がほかの女を庇おうかなんて、どうでもよかった。
明日香は心配の様子をしていたけれど、その瞳の奥には一瞬、得意げな色がよぎった。
「宏介さんったら!私なら、ちょっと避けるくらいのことなのに。優香さんを先に守ってあげなきゃダメじゃない?」
私は明日香のわざとらしい振る舞いを遮って、冷静に言った。
「治療費と、これから仕事を休む分のお金と、慰謝料、全部払ってくれる?」
明日香は目を大きくして、悔しそうに唇を噛んだ。
宏介は私の足の傷には目もくれず、明日香の代わりに弁解することしか頭にない様子で、私を責めた。
「明日香だって、すごく気にしてるに違いないじゃないか。お前、そんな冷たいことを言うのはダメだろ」
私は肩をすくめた。ダメなんてことはないでしょ。だって、私にはもう関係ない人たちなんだから。
明日香は私が言った請求を考えながら、少し気まずそうな顔をした。
「家にお金を取りに帰ればいいんでしょ。ずいぶんとお高い足なのね、ちょっとぶつかっただけでお金を請求するなんて」
宏介は、慌てて明日香を追いかけて行った。
彼は一度振り返り、まだうまく歩けない私の姿を確認した。少しためらったようだけれど、やっぱりすぐ明日香のあとを追った。
第3話
その日からしばらく、家でおとなしく過ごして、宏介と顔を合わせることもなかった。
……
母の墓参りの日、夫が仕事で、私は一人でお参りに来た。
なぜかそこにいた宏介と明日香を避けて通ろうとしたけれど、宏介に行く手を阻まれた。
「お前のお母さんが亡くなっていたなんて……知らなかったんだ。すまない。あの時お前が受けようと思っていた面接のことだけど、当時は明日香の方が困っているように見えて、だから、ついお前じゃなくて明日香を推薦してしまったんだ」
昔の話を切り出されて、胸がドキリとした。やっぱり、宏介の仕業だったんだ。
怒りがこみ上げてきて、私は思わず彼を問い詰めた。
「あれは私が必死に勉強して、やっと掴んだ会社だったのよ!それをどうして小林さんなんかに譲ってしまうわけ?どれだけ貴重なチャンスだったか分かってるの?あんなにあなたを信じていたのに……」
宏介は、ため息をついた。
「明日香は、昔から危なっかしくて見ていられなかった。ほっとけなかったんだ。お前なら、もっといい仕事をすぐに見つかるだろうって、そう思ってたんだ」
吐き気がして、思わず口元を押さえた。宏介の言葉が、ただただ気持ち悪かった。
彼は私に約束されるはずだった仕事を勝手に他人にやると、その後3年も音信不通になった。だから、気になって仕方なかった真相を確かめるすべもなかった。
明日香に詰め寄っても、彼女はしらを切るだけだった。
ずっと夢見ていたその仕事は、こうして私の手からこぼれ落ちた。誰に訴えることもできず、ただ明日香が私の理想の人生を歩んでいくのを見ているしかなかった。
茫然自失で家に帰り、当面の生活のために簡単なアルバイトを始めるしかなかった。
しかし、母が病気になって、どうしても治療費が足りなかった。
もしあの仕事に就けていたら、半年分の給料で払える金額だったのに……
追い詰められた私は、宏介の仕事場まで足を運んだ。周りの冷ややかな視線も気にせず、何度も何度も頭を下げた。
「宏介に伝えてください!お金が必要なんです、お金を貸してください!会いたいわけじゃないんです、ただ、『優香がお金を借りたい』と伝えてください、お願いします!」
だけど、お願いを聞いてくれた警備員の人は困った顔でこう言った。
「松本隊長はお忙しいようで……『時間がない』と、話も最後まで聞いてもらえませんでした」
全身の血の気が引いていく。
耳鳴りがして、今すぐ宏介の元へ駆けつけて問い詰めたい衝動に駆られた。
でも、警備員の人に必死で引き止められた。
「もうやめてください。男なんて他に当ててください。人の旦那にちょっかい出すなんて、みっともないですよ」
私が絶望して帰ろうとした、ちょうどその時。明日香は、いとも簡単そうにあの秘密機関の中へと入っていった。
その時初めて知った。宏介のお金が、全て明日香に渡されていたことを。
あの瞬間、私の心は完全に冷めてしまった。
私が黙っていると、宏介はきれいな指輪を私の手のひらに乗せた。
「これからは、俺がお前の面倒を見る。お母さんのことは……本当に、こんなことになるなんて思ってもみなかったんだ」
そう言うと、宏介は明日香を連れてお墓の前で手を合わせた。
私は悲鳴を上げた。母を失った悲しみがこみ上げてきて、涙が止まらなかった。
「あっちへ行って!あなたたちなんかに、母を弔う資格はない!帰って!全部、あなたたちのせいよ!」
宏介は優しい目をして、引き下がろうとした。
だけど、明日香が突然墓の前にひざまずいた。
「全部、私のせい……優香さんのお母さん、申し訳ありませんでした。今日ちゃんとお参りできなかったら、私、一生後悔します」
明日香は土下座をして立ち上がると、母の墓石にわざとらしく倒れ込んだ。
彼女の体重を受けた墓石が、傾いてしまった。
もう我慢できなかった。私は明日香の服を引っ張り、髪を掴んで取っ組み合いになった。
「母はもう死んだのよ。なのにどうして、静かに眠らせてあげることすらできないの?」
宏介は、私を引きはがして、何気なく言った。
「もうやめろ、優香。新しいのを建てればいいじゃないか」
しかし、何年も溜め込んできた私の怒りは、もう止められなかった。私は必死で明日香に食らいついた。
なんで?なんで私の大切なものばかり奪うの?やっと新しい人生を始めたのに、まだ邪魔しに来るなんて……
明日香は苦しそうな悲鳴をあげながら、その目に私への憎しみを浮かばせた。
すると宏介が、私を乱暴に引きはがすと、思いっきり平手打ちした。
「いい加減にしろ。お前のお母さんが死んだのは、明日香のせいじゃないだろ。結局、お前が無能なだけじゃないか。仕事一つ変わったくらいで、どうにもならなくなるなんて」
私は目を真っ赤にして叫んだ。
「ここから消えて!もう来ないで!」
宏介はハッとして、慌てて私を支えようとした。
私は彼の手を振り払い、薬指にはめた結婚指輪を見せつけた。
「とっくに結婚してるのよ。だからもう関わらないで。あなたたちなんかに、母のお墓の前に立ってほしくない」
宏介は一瞬動揺したけれど、すぐに鼻で笑った。
「優香、嘘はやめろよ。お前が結婚したなら、噂の一つくらい耳に入るはずだ。まさか相手の身元は秘密だ、なんて言うつもりか?この町にそんな大物なんて片手で数えられるだろ?お前がそんな男と知り合えるわけがない」
昔の私は、あまりに惨めだった。だから宏介は、私がいつまでも彼を待つことしかできないと勘違いしているんだ。
口を開こうとした時、誰かに背中を強く押された。
私は地面に強く打ち付けられ、足の間から生温かいものが流れ出すのを感じた。
第4話
股から流れる血を見て、私はパニックになった。
「宏介、病院に連れてって」
いろんな薬を飲んで、やっと授かった子だから。妊娠に気づいて喜ぶ間もなかったから。
この子を失いたくない。
私は、必死に宏介にすがりついた。
「助けて、痛い。宏介、お願いだから、お願い……」
そんな私に手を貸そうとした宏介の隣で、明日香がそれを大声で引き止めた。
「あら、宏介さん、それ、流産じゃない?優香さんとはしてないって言ってたのに、その子、どこの子かね?もしかして浮気されたんじゃないの?優香さんって、男がいないとダメな人だと思ってた」
私は宏介に必死にしがみついた。
「仕事のことはもうどうでもいいから、病院に連れてって……」
私は痛みで意識が飛びそうだった。なのに、宏介は明日香の言葉を聞いて、足を止めてしまった。
「ただの生理だよ。優香はいつもこんなに痛がるんだ。ナプキン持ってないか?」
明日香は目に一瞬、嫉妬の色を浮かべた。そして、すかさず宏介を引き止めた。
「生理痛でこんな風にはならないよ。絶対に流産だわ。この前だって、産婦人科で薬をもらってたじゃない。宏介さん、私が秘密機関に行くように勧めて本当によかったね。優香さんの本性が見抜けて」
宏介は、まるで信じていない様子だった。明日香の頭を軽く叩いて、冗談めかして言った。
「ばかなこと言うなよ。ただの生理痛だって。信じないなら、賭けてもいいぜ?」
明日香は腹を立てたが、頷いて黙ってくれた。
二人はそんな風に、私が血を流して苦しんでいる隣で話だけをしていた。誰も助けようとはしてくれなかった。
絶望した私は、「助けて」と叫びながら、這うようにして道路がある方へと向かった。
明日香は、にやりと口の端を上げた。
「宏介さん、優香さんが行っちゃったら、賭けができないじゃない?」
宏介は私の腕を掴んで、力ずくで引き戻した。
私は絶望のあまり、脅すように言った。
「助けないならどいて。私の夫はあなたたちの上司なのよ、ここで私を見捨てるのは、犯罪なんだから」
明日香はさらに煽った。
「は?上司?まだ夢でも見てるんじゃないの?どこの馬の骨かも分からない男とくっついただけでしょ」
私は明日香の顔を、思い切りひっぱたいた。
しかし宏介は私を突き飛ばし、頭を押さえつけた。
「何するんだ、謝れ!」
私の髪は、冷や汗でびっしょり濡れていた。
宏介は明日香のことが心配でたまらないようで、彼女の頬を優しく撫でた。
彼は私を一瞥してこう言った。
「おとなしく謝るなら、後で迎えに戻ってきてやる。謝らないなら、その生理痛は自分でなんとかしろ。せっかく昔お前のその生理のために医者を探してやったのに」
私が答える前に、宏介は足早で去ってしまった。
私の体から、血の気が引いていくようだった。
目の前がかすんでいく時、一人の男が駆け寄ってきて、私を腕の中に抱きかかえた。
傍にいた秘書らしき人物は、手に持ったスマホを握りしめた。「今すぐ、救急車を呼びます!」