女性恐怖症の夫が男性の部下を妊娠させた!?

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女性恐怖症の夫が男性の部下を妊娠させた!?

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夫に手作りの料理を届けに行った時、彼はまだ手術の真っ最中だった。 市内でも有名な天才歯科医である彼には、重度の女性恐怖症がある。 彼の...

Chương (1)

第1章

夫に手作りの料理を届けに行った時、彼はまだ手術の真っ最中だった。 市内でも有名な天才歯科医である彼には、重度の女性恐怖症がある。 彼のクリニックのスタッフは全員男性だ。以前、彼は私に出会えてよかった、でなければ一生結婚できなかっただろうと、ひどく喜んで言っていた。 だが今日、彼の専用休憩室にあるゴミ箱の底には、口紅がべっとりとついた丸まったティッシュが落ちていたのだ。 取り替えたばかりの新しいゴミ袋の中は空っぽで、その底に横たわる、鮮やかすぎる「スターダストピンク」の色だけが、酷く目に焼き付いた。 詳しく見ようとしたその時、突然ドアノブが回った。 夫がドアを開けて入ってくる。ツンとした消毒液の匂いを漂わせながら、ごく自然に私を抱きしめた。 「静香(しずか)は優しいな。わざわざ料理を届けてくれるなんて」 私は体をこわばらせたまま抱かれ、胃がひっくり返りそうになるのを堪えながら言った。 「会いたくなったから、様子を見に来たの」 クリニックを出て車に乗り込むと、私は私立探偵をしている親友にメッセージを送った。 【クリニックの監視カメラの映像、直近三ヶ月分のバックアップが全部欲しい】 第1話 夫に手作りの料理を届けに行った時、彼はまだ手術の真っ最中だった。 市内でも有名な天才歯科医である彼には、重度の女性恐怖症がある。 彼のクリニックのスタッフは全員男性だ。以前、彼は私に出会えてよかった、でなければ一生結婚できなかっただろうと、ひどく喜んで言っていた。 だが今日、彼の専用休憩室にあるゴミ箱の底には、口紅がべっとりとついた丸まったティッシュが落ちていたのだ。 取り替えたばかりの新しいゴミ袋の中は空っぽで、その底に横たわる、鮮やかすぎる「スターダストピンク」の色だけが、酷く目に焼き付いた。 詳しく見ようとしたその時、突然ドアノブが回った。 夫がドアを開けて入ってくる。ツンとした消毒液の匂いを漂わせながら、ごく自然に私を抱きしめた。 「静香(しずか)は優しいな。わざわざ料理を届けてくれるなんて」 私は体をこわばらせたまま抱かれ、胃がひっくり返りそうになるのを堪えながら言った。 「会いたくなったから、様子を見に来たの」 クリニックを出て車に乗り込むと、私は私立探偵をしている親友にメッセージを送った。 【クリニックの監視カメラの映像、直近三ヶ月分のバックアップが全部欲しい】 …… 高橋渉(たかはし わたる)の女性恐怖症は、業界でも有名だ。 どれほど重度かというと。 結婚したばかりの頃、家に五十代の清掃員を雇ったことがあった。 彼女がうっかり彼の袖に触れてしまった時、渉はその場で顔面蒼白になり、バスルームに飛び込んで皮が剥けるほど腕を洗い続けたのだ。 それ以来、彼の世界に私以外の女性が存在することはなかった。 彼の歯科クリニックは「クリアデンタルクリニック」といい、清らかな領域という意味が込められている。 共同経営者から受付や清掃スタッフに至るまで、見事に男ばかりだ。 私もそのことに安心感を覚え、密かな優越感すら抱いていた。 なにしろ、私は彼にとって唯一の例外なのだから。 しかし今、あの「スターダストピンク」の口紅がついたティッシュは、一本の棘のように私の目に深く突き刺さっていた。 ついさっき、まだクリニックにいた時、渉は私を抱きしめ、顎を私の首筋にすり寄せた。 「どうした?今日はなんだか大人しいね」 彼の声は優しく、疲れからくる甘えが少し混じっていた。 以前の私なら、愛おしく思って抱き返し、こめかみを揉んであげただろう。 だが今、私の鼻をくすぐるのは、消毒液の匂いのほかに、ごく微かな甘ったるい香りだった。 私は顔色一つ変えずに彼を押し除け、胃から込み上げる吐き気を無理やり抑え込んだ。 「疲れているみたいだったから、邪魔したくないと思って」 私はテーブルに歩み寄り、保温ジャーを開けてスープを器に注いだ。 「冷めないうちに飲んで。会社で会議があるから、もう行くわ」 渉は器を受け取り、甘やかすような目つきで私を見た。 「いつもありがとう。この忙しい時期が終わったら、島へリゾート旅行に行こう」 完璧と言える彼の顔を見つめながら、私は心の中で冷笑した。 リゾート旅行? あなたの「名演技」でもお祝いしに行くの? 振り返ってバッグを手に取った瞬間、視界の隅に、休憩室のハンガーに掛かっている白衣が映った。 襟元に、極端に短い髪の毛が一本ついている。 栗色で、少しウェーブがかかっていた。 渉は黒のストレートヘアだし、私も黒髪のロングストレートだ。 このクリニックの男性医師やスタッフに、こんな栗色の髪の持ち主はいない。 私はマフラーを直すふりをして、指先でそっとその髪の毛を拾い上げ、手のひらに握りしめた。 「では、行くわね」 彼には見送りさせず、早歩きでクリニックを後にした。 そして私は車に乗り込み……思い出はそこまでだった。我に返ると、私は手のひらを開く。 その栗色の巻き髪は、陽の光の下でやけに目障りだった。 スマホが振動した。 親友の佐々木瑠衣(ささき るい)からのメッセージだ。 【監視カメラのシステムが暗号化されてて、解除に少し時間がかかりそう。 遅くても明日には送れると思う。でも、面白いことが分かったわ。 あんたの旦那の、あの男だけのクリニックに、先月新しいアシスタントが入ったらしいの。 名前は安藤悠(あんどう ゆう)。男性、二十二歳。 でも私が経歴と住民票を調べたら、この安藤悠、実は女だわ】 第2話 夜十時、渉がようやく帰宅した。 彼は家に入ると、まず着ていた服をすべて脱ぎ捨て、洗濯カゴに放り込んだ。 そしてバスルームへ行き、シャワーの音が三十分ほど鳴り響いた。 出てきた時、彼はボディーソープの爽やかな香りを漂わせており、まるで全ての汚れを洗い流したかのようだった。 「やっぱり家が一番くつろげるな」 彼はベッドに潜り込み、手を伸ばして私を抱き寄せようとした。 私は寝返りを打ち、彼に背を向けた。 「今日はすごく疲れてるの。もう寝ましょ」 渉の手は一瞬止まり、それから私の背中にそっと触れた。 「どうした?仕事で何か嫌なことでもあった?」 気遣うようなその口調には、一切のボロもなかった。 私は目を閉じたが、頭の中はあの口紅のついたティッシュと栗色の巻き髪でいっぱいだった。 「ううん、ただ少し頭が痛いだけ」 渉は身を寄せ、私の耳たぶにキスをした。 「じゃあ、マッサージしてあげるよ」 彼の指は細長く力強い。メスを握る手であり、数え切れないほどの患者の歯茎に触れてきた手だ。 そして、あの「安藤悠」を撫で回したかもしれない手でもある。 私は全身を強張らせ、鳥肌が立った。 「いいのよ、一晩寝れば治るから」 ベッドの端へと少し移動し、彼との距離を取る。 渉は私の拒絶を感じ取ったのか、手を引っ込めた。 「わかった。じゃあ、おやすみ」 一睡もできない夜だった。 翌朝、私は目の下にクマを作ったまま起き上がった。 渉はすでに朝食を作ってくれていた。全粒粉のパンに目玉焼き、そして一杯のホットミルク。 完璧な夫だ。 「もうクリニックへ行くよ。今日は難しいインプラントの手術があるんだ」 彼はネクタイを締めながら私に言った。 私はミルクを一口飲み、何気ないふりをして尋ねた。 「そういえば、クリニックに新しいアシスタントが入ったらしいわね? 名前は安藤悠だっけ?」 ネクタイを締める渉の手が、ピタッと止まった。 ほんの一秒のことだったが、私は見逃さなかった。 彼は振り返り、困ったような笑顔を見せた。 「ああ、そうね。卒業したばかりの若い男で、なかなか気が利くんだな。 どうして突然そんなことを?」 若い男? 私はコップを置き、彼の目を真っ直ぐに見つめた。 「何でもないわ。昨日スープを届けた時、見慣れない後ろ姿が見えたから」 渉は歩み寄り、私の額にキスをした。 「あいつは仕事は丁寧なんだけど、少しおしゃべりでね。 もしかして、ヤキモチ妬いてるの? 安心して。相手は男だし、俺は男には興味がない。 君以外の女にはもっとアレルギーがあるって知ってるだろ?」 彼は屈託なく笑い、その瞳は澄んでいた。 あのティッシュを見ていなければ、危うく信じてしまうところだった。 「そうね、あなたの女性恐怖症は筋金入りだもの」 私は口角を引き上げ、彼のネクタイを直してあげた。 「行ってらっしゃい。遅刻しないようにね」 家を出る彼の後ろ姿を見送った瞬間、私の顔から笑みが消え失せた。 スマホが鳴った。瑠衣からだ。 【動画、メールで送ったわ。 静香、心の準備をしておいてね。 この二人、かなりエグいことやってるから】 私はメールを開き、動画をダウンロードした。 監視カメラの映像に映っていたのは、渉の専用休憩室だった。 時間は昨日の午後、私がスープを届ける三十分前。 ゆったりとした男性用のスクラブを着た人物が入ってきた。 短髪でノーメイクだが、 その歩き方は明らかに女のものだ。 彼女は渉の後ろに回り込み、慣れた手つきで彼の腰に抱きついた。 渉はカルテを見ていたが、彼女を押し除けるどころか、むしろ背中を預けるように彼女の胸にもたれかかった。 「先輩、あのオバサンいつ来るの?」 少し低い声を作っているようだったが、それでも女特有の甘ったるい声だとわかった。 第3話 渉はカルテを置き、彼女の手を握った。 「もうすぐ来るよ。よしなさい。 あいつが帰ったら、さっきの続きをしよう」 私は画面を食い入るように見つめた。 オバサン? 彼らの中では、私はすっかり「オバサン」扱いらしい。 動画の中で、悠はポケットから口紅を取り出した。 まさしくあの「スターダストピンク」だ。 鏡に向かってそれを塗り、振り返って渉の唇にキスをした。 その後、ティッシュで渉の唇の跡を拭き取り、そのままゴミ箱へポイと捨てた。 「先輩の唇、すごく柔らかい」 渉は笑って彼女の頬をつまんだ。 「声が大きい。壁に耳ありだ。 いい子にしていたら、来月の学会に連れて行ってあげるからね」 私は動画を消した。胃の中がひっくり返るような不快感に襲われる。 結局のところ、女性恐怖症なんてものは、私に一途であることを証明するための道具に過ぎなかったのだ。 外で堂々と浮気するための都合のいい隠れ蓑だったというわけだ。 …… 私はすぐに問い詰めることはしなかった。 上場企業の財務部長として、私が最も得意とするのは「清算」だ。 それが帳簿であれ、人の心であれ。 瑠衣にお金を振り込み、さらに深く調査するよう頼んだ。 悠の素性と、ここ数年の渉の資金の流れを全て洗い出してほしいと。 離婚するからには、一文無しで追い出し、社会的に抹殺してやる。 午後、私はタピオカミルクティーを二つ提げて、再び「クリアデンタルクリニック」へと足を運んだ。 受付の鈴木が私を見て、愛想よく挨拶してきた。 「奥さん、こんにちは!院長なら第二診察室にいますよ」 私は笑顔で頷き、視線をぐるりと巡らせた。 「新しいスタッフが入ったって聞いたから、皆さんに差し入れを持ってきたの」 鈴木はミルクティーを受け取ると、奥の調剤室を指差した。 「悠くんなら中で薬の準備をしてます。 あいつ運がいいんですよ、入ってすぐ院長に気に入られて、直接指導してもらってるんです」 私はハイヒールを鳴らしながら、調剤室へ向かった。 ドアは少し開いており、中から小さな鼻歌が聞こえてきた。 ドアを押し開けて中に入る。 小柄な後ろ姿が、粉薬をいじっていた。 男性用スクラブを着ているため、服がブカブカに見える。 栗色のショートヘアで、少しウェーブがかかっている。 「安藤さんですね?」 私が声をかけた。 彼女はビクッとして、手に持っていたスプーンをトレーに落とし、カチャリと甲高い音を立てた。 振り返ったのは、色白で整った顔立ち。 ノーメイクだが、目元にはどこか小賢しそうな光が宿っている。 胸元は平らで、おそらくサラシか何かで潰しているのだろう。 「あ、あなたは……?」 彼女は平静を装い、必死に声を低くして男を演じようとした。 私は彼女を上から下まで値踏みするように見つめ、その唇に視線を止めた。 口紅は塗っていないが、不自然なほど赤みがある。 メイクを落としたばかりなのは明らかだった。 「院長の妻の、静香です」 私は手を差し出し、微笑みながら彼女を見た。 「新しいアシスタントが入ったと聞いて、挨拶に来たのです」 悠の目に一瞬の動揺が走ったが、すぐに取り繕った。 彼女は握手に応じようとせず、服で手を拭うだけだった。 「お、奥さん、初めまして…… 手が汚れているので、握手は遠慮しておきます」 「構わないですわ、気にしなくていいです」 私は強引に彼女の手を握った。 手のひらはきめ細かく柔らかで、骨格も華奢だ。 これのどこが男の手なのか? 渉の目は節穴なのか、それともクリニックの全員を馬鹿にしているのか? 「安藤さんの手、とても柔らかいですね。 力仕事をする手には見えないですわ」 私は意味ありげに言った。 悠は手を引き抜こうとしたが、私はがっちりと離さなかった。 彼女の顔がみるみる赤くなる。 「奥さん、私……昔から力仕事はしたことがなくて」 「そうですか?」 私は手を離し、バッグから一本の口紅を取り出した。 例の「スターダストピンク」の口紅だ。 「ここに来る途中で買い求めたのですけれど。 色が少しピンク過ぎて、私のようなオバサンには。どうやら不釣り合いなようですね……」 第4話 「安藤さんは唇もほんのり赤くて綺麗だし、彼女へのプレゼントにどうですか?」 悠は口紅を見た瞬間、その瞳が大きく見開かれた。 彼女は無意識にドアの方へ視線を泳がせ、助けを求めているようだった。 「奥さん、ご冗談を……私……彼女なんていませんから」 「あら?では、彼氏は?」 私はじりじりと詰め寄った。 悠は壁際まで追い詰められ、額には冷や汗がにじんでいた。 その時、ドアの外から渉の声がした。 「静香?どうしてここへ?」 その声には、わずかに隠しきれない焦りが混じっていた。 私は振り返り、慌てて駆けつけてきた渉を見た。 彼はマスクも外さないまま、私と悠の間を泳ぐように視線を走らせた。 「どうしてって、私が来ちゃダメなの?」 私は笑いながら、手に持った口紅をひらひらと振ってみせた。 「ただ、この口紅が安藤さんにぴったりだと思って、プレゼントしようとしただけよ」 渉の目がスッと暗く沈んだ。 彼は歩み寄り、ごく自然な動作で私の肩を抱いて、私と悠の間を隔てた。 「からかうのはやめなよ。悠は男なんだから、口紅なんかプレゼントしてどうするんだ? それに、彼はまだ仕事中なんだ」 そう言うと、彼は悠の方を向き、冷たい声で言い放った。 「さっさと仕事に戻れ。薬の調合ひとつもできない人間に、俺のアシスタントが務まるとでも思っているのか?」 悠はまるで地獄で仏に会ったかのように、うなだれたまま足早に飛び出していった。 「どうしたんだい?今日の君、なんか変だよ」 渉は私を見て、少し眉をひそめた。 「誰かに何か変なことでも吹き込まれたのか?」 悠をかばう彼の姿を見て、私の中の怒りの炎はさらに激しく燃え上がった。 「別に。ただ、あなたの新しいアシスタント、随分と特別だなって思っただけ」 私は意図的に「特別」という言葉を強調した。 渉の体がピクリとこわばり、直後に少し引きつった笑みを浮かべた。 「今時の若者は、個性が強いからね。 さあ、俺のオフィスで少し休んでいって」 彼は私の手を引いて外へ歩き出したが、その手のひらは汗ばんでいた。 彼は怯えている。 自分の秘密が私にバレることを恐れているのだ。 だが残念ね、もう手遅れよ。 …… それからの数日間、私はあえて動かなかった。 家の中に隠しカメラを仕掛け、渉の車にはボイスレコーダーを忍ばせた。 瑠衣の調査も進展を見せた。 安藤悠、本名は安藤悠那(あんどう ゆな)。 医大の四年生だが、単位を落としすぎて実習先が全く見つからないらしい。 だが彼女には、界隈を泳ぎ回るという特技があった。 コスプレ界隈ではそれなりに有名で、男装キャラクターを得意としていたらしい。 渉と彼女は、一年前のコミケで知り合ったという。 金曜日の夜、渉はクリニックの飲み会があると言い出した。 「男ばかりで酒飲んで焼き鳥食うだけだから、君は来ない方がいいよ。 むさ苦しいし、煙たいからね」 彼は着替えながらそう言った。 だが彼が着ているのは、一番お気に入りのシルクのシャツだ。普段なら、焼き鳥屋なんかに絶対着て行かない代物だった。 「わかったわ。楽しんできてね」 私は甲斐甲斐しく彼の襟元を整えてあげた。 「お酒は控えめにね。早く帰ってきて」 渉は私の頬にキスをして、ウキウキした様子で出かけて行った。 私はバルコニーに立ち、彼の車がマンションの敷地から出て行くのを見送った。 そしてスマホを取り出し、GPSアプリを開く。 あのボイスレコーダーには、位置情報機能が搭載されているのだ。 車は焼き鳥屋などには向かわず、郊外にある温泉ホテルへと直行した。 クリニックの飲み会? 笑わせるわ。 私は瑠衣に電話をかけた。 「機材を持って、温泉ホテルに来て。 今夜は、最高のショーを見物するわよ」 一時間後、私と瑠衣は温泉ホテルのロビーにあるラウンジに座っていた。 二人ともサングラスと帽子で変装しており、誰にも顔はバレない。 瑠衣が私にタブレットを手渡した。 「ホテルの宿泊記録よ。渉の奴、露天風呂付きのスイートルームを取ってるわ」 第5話 「宿泊者はあいつと悠那の二人だけ。 他のスタッフは誰も来てないわよ」 画面に表示された名前を見て、私は鼻で笑った。 「男だらけの飲み会が、二人きりの温泉旅行に早変わりってわけね。 渉、ずいぶんと楽しそうじゃないの」 私たちはこっそりとそのスイートルームの入り口まで近づいた。 露天風呂付きのこの部屋は、庭が屋外にあり、竹垣で囲われているだけだ。 プロである瑠衣にとって、撮影のベストアングルを見つけることなど造作もない。 彼女は小型カメラを竹垣の隙間に差し込んだ。 タブレットの画面に、すぐさま映像が映し出された。 湯気が立ち込める露天風呂の中で、渉は縁に寄りかかって目を閉じ、くつろいでいる。 悠那は極めて露出度の高いビキニを身にまとい、彼の膝の上にまたがっている。 今回は胸を潰すこともなく、女としての曲線を露わにしている。 「先輩、あのバカな女、本当に飲み会に行ってるって信じたの?」 悠那は彼の肩をマッサージしながら、甘ったるい声で笑いながら聞いた。 渉は目を開け、手のひらを彼女の腰に這わせる。 「あいつか?ちょっと甘い言葉で誤魔化せば、すぐコロッと騙されるんだよ。 あの女は、少し金があるだけで他は取り柄がないからな。 一日中仏頂面で、冷たいやつだ。 君みたいな色気なんて欠片もない」 悠那はクスクスと笑い、身を乗り出して彼にキスをした。 「じゃあ先輩、いつあの女と離婚するの? 私、高橋夫人になるのが待ちきれないの」 渉は彼女を強く抱き寄せ、しゃがれた声で言った。 「もうすぐだ。あいつが持ってる株を手に入れるまで待ってくれ。 そもそもあいつと結婚したのも、あいつの実家の資産が目当てだったからな。 今やクリニックの名前も売れたし、あいつにはもう利用価値なんてないんだよ」 画面を見つめながらその会話を聞いていた私の心から、最後の温もりさえもスッと冷え切った。 初めから、これは徹底的に仕組まれた計算だったのだ。 私が愛だと思っていたものは、彼が成り上がるためのただの踏み台に過ぎなかった。 瑠衣は怒りで全身を震わせていた。 「このクズ男!私が八つ裂きにしてやる!」 私は彼女の手を押さえた。 「落ち着いて、今踏み込んだところで、せいぜい浮気現場を押さえるだけよ。 私はあいつを、二度と立ち直れないようにしてやりたいの」 私はスマホを取り出し、渉に電話をかけた。 画面の中で、渉は着信音を聞いて眉をひそめた。 スマホを手に取って画面を確認すると、悠那に静かにするよう合図を送る。 そして電話に出た瞬間、彼の声は途端に優しくなった。 「どうした、静香?俺の声が聞きたくなった?」 悠那は彼の腕の中で笑いをこらえながら、不穏な手つきで彼の下半身へと手を伸ばしている。 私は深く息を吸い込み、冷静な声を作った。 「渉、家が停電しちゃって、すごく怖いの。 帰ってきて、一緒にいてくれない?」 渉の表情が一瞬こわばり、すぐにうんざりしたような顔つきになった。 だが口先では、相変わらず私をなだめるように言った。 「怖がらないで。きっとブレーカーが落ちただけだよ、管理会社に連絡してごらん。 俺は今抜けられないんだ。みんな楽しく飲んでるところだからね。 いい子だから、自分でなんとかしてくれ。終わったら、すぐ戻るから」 そう言うと、彼はためらうことなく電話を切った。 スマホを放り投げ、再び悠那を抱き寄せる。 「本当に面倒くさい女だ。 あんなの放っておこう。さあ、続きをしようか」 私は真っ暗になったスマホの画面を見つめながら、残酷な笑みを浮かべた。 渉、これがあなたへの最後のチャンスだったのに。 自分から手放したんだから、私が容赦しなくても恨まないことね。