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兄の言う通りに死んだのに、どうして泣くの?
兄が意地になって家を飛び出したあの日、私は土砂降りの大雨の中、必死で彼を探しに行った。 ――まさか、落下した電線が頭上から落ちてくるな...
Chương (1)
第1章
兄が意地になって家を飛び出したあの日、私は土砂降りの大雨の中、必死で彼を探しに行った。
――まさか、落下した電線が頭上から落ちてくるなんて、思いもしなかった。
その事故で、私は両腕を永遠に失った。
医者になることを夢見ていた私は、その日から、皮肉にも「病院の終身患者」になった。
私は何度も自殺を図った。けれど、そのたびに家族が私を死の淵から引き戻した。
兄は私の前に跪き、涙ながらに懇願した。
「……俺が悪かった。頼む、死なないでくれ。お願いだ」
母は仕事を辞め、昼も夜も私に付き添ってくれた。
「あなたはお母さんの命なのよ。あなたが死んだら……お母さんはどうやって生きていけばいいの?」
父は私のリハビリ費用を稼ぐため、無理な残業を重ね、ついには海外へ単身赴任することになった。
――私はきっと少しずつ人生は良くなっていくのだと思っていた。
それなのに。
ようやく両足で両手の代わりをする生活に慣れ始めた頃、偶然に家族の会話を耳にしてしまった。
「……正直に言えばさ。最初から、あの時死なせておいた方が良かったんじゃないか」
その日の夕方、私はひとりでビルの屋上まで這い上がった。
風は強かった。鼻をすすったけれど、涙は出なかった。
第1話
兄が意地になって家を飛び出したあの日、私・雨宮遥(あめみや はるか)は土砂降りの大雨の中、必死で彼を探しに行った。
――まさか、落下した電線が頭上から落ちてくるなんて、思いもしなかった。
その事故で、私は両腕を永遠に失った。
医者になることを夢見ていた私は、その日から、皮肉にも「病院の終身患者」になった。
私は何度も自殺を図った。けれど、そのたびに家族が私を死の淵から引き戻した。
兄の雨宮陽翔(あめみや はると)は私の前に跪き、涙ながらに懇願した。
「……俺が悪かった。頼む、死なないでくれ。お願いだ」
母である雨宮惠子(あめみや けいこ)は仕事を辞め、昼も夜も私に付き添ってくれた。
「あなたはお母さんの命なのよ。あなたが死んだら……お母さんはどうやって生きていけばいいの?」
父は私のリハビリ費用を稼ぐため、無理な残業を重ね、ついには海外へ単身赴任することになった。
――私はきっと少しずつ人生は良くなっていくのだと思っていた。
それなのに。
ようやく両足で両手の代わりをする生活に慣れ始めた頃、偶然に家族の会話を耳にしてしまった。
「……正直に言えばさ。最初から、あの時死なせておいた方が良かったんじゃないか」
その日の夕方、私はひとりでビルの屋上まで這い上がった。
風は強かった。鼻をすすったけれど、涙は出なかった。
「遥!動かないで!」
母が駆け寄ってきて、全身の力で私を屋上の縁から引きずり下ろした。
勢いが強すぎて、私たちはそのまま一緒に地面に倒れ込む。
起き上がる間もなく、母は手を振り上げ、乾いた音とともに平手打ちが私の頬に落ちた。
「何考えてるの!?お母さんを殺す気なの!?」
耳の奥がキーンと鳴り、頬が焼けるように痛んだ。
次の瞬間、母は私を胸に抱き寄せ、力いっぱい抱きしめた。
「もし飛び降りたら……お母さんも一緒に死ぬ!」
熱い涙が次々と私の首元に落ちてきた。
兄はそばで荒く息をしていた。あまりにも必死で走ってきたせいで、今にも倒れそうだった。
私が無事なのを確認した途端、彼は膝の力が抜けたように今にも跪きそうになる。
私は母の肩に顔を埋めたまま、小さく言った。
「……死ぬつもりじゃなかった。本当に。
ただ、風に当たりたくて……少し、息抜きしたかっただけ」
母は一瞬、体を強張らせた。けれど、私を抱く腕はさらに強く締めつけられた。
しばらくして、兄が背を向ける。その背中は少し前かがみになっていた。
「……帰ろう」
下に降りてから、私はいつも通り、蛇口をひねって足を洗い、食卓についた。
料理は何度も温め直されたせいで、少し元気がなくなっていた。
私は俯き、足の指でスプーンを挟み、一口ずつ、ゆっくりと口に運んだ。
母は私の向かいに座り、目は赤く腫れている。
兄は箸でご飯をかき回すばかりで、一粒も口にしなかった。
「遥……明日、俺の彼女が来るんだ。婚約の話を、家でしようと思ってて」
私は一瞬だけ足を止め、それから小さく頷いた。
「うん、いいよ。私、明日は友だちと約束してるから……ご飯はいらない」
兄は俯き、大きく一口ご飯をかき込んだ。
――私たちは分かっていた。
病気になってから、私は病院以外どこにも行っていない。昔の知り合いともとっくに連絡は途絶えている。
友だちなんて、いるはずがなかった。
夜、母はいつも通り、浴室でお風呂の準備をしてくれる。
私はドアの前に立ち、前かがみになって湯加減を確かめる母の背中を見つめる。
「……お母さん。私……髪、伸ばしてもいい?」
母はゆっくりと体を起こし、こちらを振り返った。
「どうしたの、急に」
私は鏡に映る自分を見つめた。
「長い髪なら……少し隠せるから。
私に手がないって……分かりにくくなるでしょ」
母の手から、タオルが浴槽の中に落ちた。
しばらくしてから、彼女はそれを拾い上げ、蛇口の下で何度も何度も洗い流す。
ざあざあと水の音が響き、押し殺した嗚咽を覆い隠す。
背を向けたまま、鼻にかかった声で母は言った。
「伸ばそう、伸ばしなさい。うちの遥ちゃんは……きっと、一番きれいなんだから」
翌朝、まだ八時にもならない頃、インターホンの音で目が覚めた。
母は少し慌てた様子で玄関へ向かう。
「はい、今行きます」
明るい女の声が響いた。
「おはようございます、おばさん……あ、すみません、早すぎましたよね。
今日は振替休日で、早めにお手伝いできたらと思って。
両親はもう少し後で来ます」
私は体を起こし、足でドアを押し開けた。
リビングには、兄の隣に一人の女の子が立っていた。
肩までの長い髪。手には上品な包みの贈り物。
母と楽しそうに話している。
物音に気づいた彼女は、こちらを振り向き――
その視線が私の肩のあたりで止まった。
第2話
私は思わず身を翻し、部屋に逃げ込もうとした。
すると、野原茜(のはら あかね)が微笑みながらこちらへ歩いてくる。
「あなたが遥ちゃんよね。
いつも陽翔から話は聞いてたの。今日やっと会えたわ」
彼女は紙袋から淡いグレーのマフラーを取り出し、そっと私の肩にかけた。
「出張先で見つけたの。カシミヤですごく柔らかいのよ。
遥ちゃん、肌が白いから。この色きっと似合うと思って」
マフラーからほのかな香りがした。
私はその場に固まり、足の指が無意識にきゅっと縮こまる。
「……ありがとうございます」
兄と母はそばに立ち、どこか緊張した表情を浮かべていた。
私は俯き、後ずさろうとする。
「すみません……今日は約束があって。家では食事しないので……」
茜の手がやさしく私の肩に置かれた。
「私、何度か来てるけど、いつもすれ違いでね。
今日はどうしても、遥ちゃんと少しお話ししたくて」
そう言って、にこやかに振り返って兄に問いかけた。
「ね、陽翔。そうでしょ?」
兄は一瞬だけ私に視線を向けてから、言った。
「遥……その用事、今日じゃなくてもいいんじゃないか?」
私は小さくうなずいた。
洗面を済ませてリビングに戻ると、茜はすでに母のエプロンを身につけ、台所で手伝いをしていた。
手際よく動きながら母と何か話していて、母の顔には久しぶりに笑顔が浮かんでいる。
茜は果物の盛り合わせをテーブルに置き、私の隣に腰を下ろした。
「遥ちゃん、目が本当にきれいね。もっと笑ったほうがいいよ」
私は口元を少し引きつらせ、どう返せばいいのか分からなかった。
やがて、茜の両親が到着した。
きちんとした身なりで、物腰も柔らかい。
持ってきた手土産は、テーブルの一角を埋め尽くした。
昼食が並び、私は立ち上がる。
「私……部屋で食べます。皆さんは……」
茜が私の袖を引き、椅子を自分の隣に寄せた。
「ここに座って。私の隣」
母は口を開きかけ、兄も何か言いかけて、結局黙った。
私はそのまま席に着いた。
最初は天気の話や、結婚式の大まかな予定など、当たり障りのない会話が続いた。
茜は自然な仕草で私に料理を取り分け、まるで昔から知っているかのようだった。
――私が足の指で、慣れた動作でスプーンを挟むまでは。
その瞬間、茜の両親の笑顔が消えた。
二人は箸を止め、ちらりと視線を交わす。
食卓に響くのは茜の声だけになった。
食後、茜の父親がお茶を一口すすって言った。
「陽翔くんは、本当にいい子だ。式の流れについて、私たちは何も求めていない。二人が幸せなら、それでいい」
一拍置いて、その視線がゆっくりと私の方へ流れる。
「ただ、一つだけ条件がある。結婚したら、君たちの家庭の中心は、あくまで二人だということだ。
妹さんには、ご両親がいる。これからは……何でもかんでも、というわけにはいかないだろう」
兄の背筋がすっと伸びた。
「おじさん。遥は俺の妹です。俺は一生、彼女を見捨てたりしません」と言った。
茜の父親は手を上げ、彼の言葉を遮った。
「だが、君は家庭を持つんだ。一生、妹の面倒を見ることなんてできない」
「できます!」兄がこう返す。
「できない。
――それができるなら、娘は嫁に出せない!」
空気が一気に張りつめた。
「……大丈夫です」
全員の視線が私に集まる。
私は空っぽの袖を見つめ、もう一度同じ言葉を繰り返した。
「お兄さんは……できます」
茜が勢いよく立ち上がった。
「お父さん!何言ってるの!
そんなの、私、絶対に認めない!
遥は……これからは私の妹でもあるの!」
茜の父親の声が急に荒くなる。
「じゃあ、君はどうする!一生、あの子の後ろに回って生きるつもりか!」
彼は茜の手首を強く掴んだ。
「帰るぞ!家に帰る!」
茜は両親に半ば引きずられるように玄関へ向かった。
振り返った彼女の目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
兄は煙草の箱を取り出し、ベランダへ出ていった。
ライターが何度か空を切り、ようやく火がつく。
私はガラス越しに彼を見つめる。
背中を丸め、煙が幾重にも立ち上り、風に散っていった。
その瞬間、垂れ下がる自分の袖を見て、胃の奥が強くえぐられた。
――私は突然、どうしようもなく、自分自身が嫌いになった。
第3話
真夜中、リビングから聞こえてくる物音で目が覚めた。
私は裸足のままそっと廊下に出る。
玄関では兄が前かがみになって靴を履いている。その動きはどこか切迫している。
「……お兄さん、どこ行くの?」
兄の動きが一瞬止まった。
「茜が……こっそり家を抜け出したらしい。さっき電話があって、神川公園のあたりにいるって。
今から迎えに行ってくる」
私は一瞬、言葉を失い、それから小さくうなずいた。
「外、寒いよ。ちゃんと上着着て」
兄は立ち上がり、私を見下ろす。
「遥ちゃん、もう寝ろ」
私はかすかに笑った。
「鍵、開けておくね。茜姉さんと一緒に帰ってきてね」
兄も少しだけ笑った。そして私の頭に手を伸ばし、ごしごしと揉みくしゃにした。
「うん」
ドアが静かに閉まった。
街灯が一つ、また一つと消えていき、空が白み始める。
――兄は戻ってこなかった。
朝になり、母が起きてきてソファに丸まっている私を見て目を見開いた。
「遥ちゃん?どうして、こんなところで寝てるの?」
「……お兄さん、茜姉さん迎えに行ったまま、まだ帰ってない」
母は急いで電話をかける。長い呼び出し音のあと、ようやく繋がった。
受話器を耳に当てたまま、母の顔色が少しずつ失われていく。
「……どこの病院?今から、すぐに行く」
電話を切った母がこちらを振り返る。唇が小さく震えていた。
「茜が……車に、はねられたって……」
……
手術室の前の照明は目が痛くなるほど白かった。
病院に着くと遠くからでも兄の姿が見えた。壁にもたれかかり、俯いている。
服には埃がつき、こめかみには青黒い痣があった。
昨日まで穏やかだった茜の父親は、目を真っ赤にして兄の胸ぐらを掴んでいた。
「全部お前のせいだ!このクソ野郎!
お前がいなければ!茜が真夜中に家を出ることも、事故に遭うこともなかった!」
母がよろめきながら駆け寄り、何度も頭を下げる。
「申し訳ありません……本当に、申し訳ありません……」
声は震え、顔は涙でぐしゃぐしゃだった。
「全部、私たちの責任です。ちゃんと育てられなかった……」
茜の父親は兄を突き飛ばし、今度は母を指差した。
「出て行け!
息子と、この……障害者を連れて、今すぐ出て行け!二度と、私たちの前に現れるな!
茜に何かあったら……ただじゃ済まさないぞ!」
私たちはその場に立ち尽くしたまま、長い時間を過ごした。
やがて、手術室のドアが開く。
医師がマスクを外して言った。
「ひとまず、命に別状はありません。ただし、しばらくは経過観察が必要です」
茜の両親がすぐに駆け寄った。
兄も一歩前に出かけて――止まった。
母がそっと彼の腕を掴む。
「……帰ろう。今日は、もう」
帰りの車内は音一つしなかった。
兄はハンドルを強く握りしめ、指の関節が白くなっている。
私は後部座席から兄の後頭部を見つめていた。
一瞬だけ――彼が素早く手を上げ、目元を拭ったのが見えた。
家に戻り、私は自分の部屋に入った。
どれくらい時間が経ったのか、分からない。
押し殺した嗚咽が壁の向こうから聞こえてきた。
「……母さん。俺だ。全部、俺のせいだ……
茜に、もし何かあったら……
昨日、どうして承知しなかったんだ……!
どうして、承知しなかったんだよ……!」
泣き声は次第に大きくなっていく。
やがて、かすれた声が聞こえた。
「……こんなことになるなら、あの時、遥を死なせてやればよかった……」
――乾いた平手打ちの音が響いた。
続いて、母の壊れたような泣き声。
私はドアに背中を預け、そのままゆっくりと床に座り込んだ。
涙が音もなく溢れ出す。
頬を伝い、首筋へ流れ、やがて服の襟元に滲んでいった。
第4話
翌日の午後、スマホが鳴った。
私は何度か深呼吸をしてから、足の指で画面をなぞり、電話に出た。
画面に映ったのは父・雨宮源一(あめみや げんいち)の顔だった。
背景は簡素な作業小屋で、空はどんよりと曇っている。
父はずいぶん痩せて見えた。肌も前より黒くなっていた。
「遥ちゃん、ちゃんとご飯は食べてるか?
最近はどうだ?腕は……まだ痛むか?」
私は無理やり笑顔を作り、できるだけ明るい声を出した。
「うん、食べてるよ。大丈夫。
お父さん、痩せたね。黒くもなった」
父は手を振った。
「俺は平気だ。まだまだ丈夫だぞ。
こっちの工事ももうすぐ終わる。金が入ったら、帰って一番いい理学療法士を探してやるからな」
その時、画面の外から大きな声で父の名前を呼ぶ声がした。仕事に戻るよう急かしているらしい。
「お父さん、早く行って。私は本当に大丈夫だから。
外では体に気をつけて。病気しないで、ちゃんと食べて、暖かくして……」
取りとめもなく話す私に、父は小さく笑った。
「うん。じゃあ行ってくる。家では、お母さんの言うことを聞くんだぞ」
通話を切り、私は膝でそっと頬をこすった。
濡れていた。
家の中はしんと静まり返っている。
母と兄は朝早くから病院へ行っていた。
リビングの食卓には、私のために用意された食事が置かれていた。
私は席に着き、一口ずつ、ゆっくりと食べた。
一粒一粒の米も、一切れ一切れの野菜も、大切に噛みしめて、すべて食べ切った。
それから部屋に戻り、足でクローゼットの扉を開ける。
一番奥に淡い水色のワンピースが掛かっていた。胸元には繊細な刺繍が施されている。
――兄が初めて給料をもらった時、私に買ってくれたものだ。
「遥ちゃんが着たら、きっとお姫様みたいだ」そう言っていた。
それはもうずいぶん昔のことだった。
私はいつもよりずっと時間をかけて、足と歯を使い、不器用にそれを身に着けた。
背中のファスナーには手が届かず、そのまま開いたままだった。
鏡の前に座り、映る自分を見つめる。
ファスナーが閉まっていないせいで、ワンピースは体に合わず、だらりと垂れ下がっている。袖も空っぽのまま揺れていた。
ふと、母の声が聞きたくなった。
スマホを取り、足で母の番号を押す。
長く呼び出し音が鳴り続けたが出ない。
もう一度かけても同じだった。
今度は兄にかけた。
こちらはすぐに切られた。
数秒後、メッセージが届く。たった三文字。
【今、無理】
私はその文字を、しばらくの間、じっと見つめていた。
そして、返信を打った。
【ごめんなさい】
一番柔らかいカジュアルシューズを履き、私は家を出た。
団地の一番奥にひっそりと建つ棟がある。
エレベーターは使わず、階段を上っていった。
塀に沿って建っており、下には普段ほとんど人の通らない緑地帯が広がっている。枯れかけた低木がまばらに植えられていた。
十八階――最上階まで登った。
屋上はいつもと変わらず風が強かった。
私は縁まで歩き、腰を下ろす。足を宙に投げ出す。
――これなら、誰かに当たることはない。
ワンピースのポケットから鎮痛剤を一粒取り出し、歯でアルミ包装を破って飲み込んだ。
痛いのが怖かった。
一度で死ねなかったら、それはあまりにもみっともない。
そして、静かに前へ身を傾けた。
下から吹き上げる風が激しく体を打つ。
耳の中はただ風の唸る音で満たされていた。
……
母と兄が帰ってきたのは夕方だった。
車が団地に差しかかった時、遠くに黒山のような人だかりが見えた。
二人の胸に不吉な予感が走る。
母は車のドアを押し開けた瞬間、足がもつれ、膝をつきそうになった。
兄が支え、二人はよろめきながら走り出す。
必死に人の群れをかき分け、最前列へと押し進んだ。
片付けられた空き地の中央に、汚れたビニールシートが一枚、かけられている。
その端から、淡い水色の布切れと黒い髪の一房が覗いていた。
母は正気を失ったように周囲の制止を振り払い、そのビニールシートを勢いよくはねのけた。