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彼の助けなど、私には必要ない
谷口翔(たにぐち しょう)にプロポーズされた日、私たちは自分たちがとある運命に翻弄される物語の中にいると知った。 彼はこの物語の主人公...
Chương (1)
第1章
谷口翔(たにぐち しょう)にプロポーズされた日、私たちは自分たちがとある運命に翻弄される物語の中にいると知った。
彼はこの物語の主人公。つまりは、ヒロインを救うために存在するのだ。
そして私はといえば、名前すら与えられていない、ただの脇役にすぎなかった。
だが、翔は目を真っ赤にしながら、私の手を引いて役所へと向かう。勢いのまま婚姻届を出すと、周りのことなど一切気にせず、私との盛大な結婚式まで挙げた。
彼は私を強く抱きしめてこう言った。
「日和(ひより)。運命なんてくそ食らえだ。俺が信じてるのは、お前を愛してるってことだけだから」
私たちは、誰もが羨む仲の良い夫婦だった。
こうして二人で幸せに暮らし、静かに老いていくものだと信じていた。
しかし、結婚して3年目のことだった。この物語のヒロインが酒に酔ったまま逆走し、狂ったようにバイクを飛ばして、まっすぐ私に突っ込んできたのだった。
反射的にハンドルを切った私は、ガードレールに激突した。
体は血だらけで、運の悪いことに、ガラスの破片が心臓に突き刺さっていた。鼓動のたびに命を削る激痛が走る。
助手席に座っていた翔は、呆然としていたものの無傷だった。
翔はなんとか車の中から這いずり出し、倒れ込んでいる相手を見た。その瞬間、彼の顔が真っ青になる。
「莉奈!」
その名前を聞いた瞬間、私は自分の体から血の気が引いていくのが分かった。
宮本莉奈(みやもと りな)。それがこの物語のヒロインの名前だったから。
第1話
谷口翔(たにぐち しょう)にプロポーズされた日、私たちは自分たちがとある運命に翻弄される物語の中にいると知った。
彼はこの物語の主人公。つまりは、ヒロインを救うために存在するのだ。
そして私はといえば、名前すら与えられていない、ただの脇役にすぎなかった。
だが、翔は目を真っ赤にしながら、私の手を引いて役所へと向かう。勢いのまま婚姻届を出すと、周りのことなど一切気にせず、私との盛大な結婚式まで挙げた。
彼は私を強く抱きしめてこう言った。
「日和(ひより)。運命なんてくそ食らえだ。俺が信じてるのは、お前を愛してるってことだけだから」
私たちは、誰もが羨む仲の良い夫婦だった。
こうして二人で幸せに暮らし、静かに老いていくものだと信じていた。
しかし、結婚して3年目のことだった。この物語のヒロインが酒に酔ったまま逆走し、狂ったようにバイクを飛ばして、まっすぐ私に突っ込んできたのだった。
反射的にハンドルを切った私は、ガードレールに激突した。
体は血だらけで、運の悪いことに、ガラスの破片が心臓に突き刺さっていた。鼓動のたびに命を削る激痛が走る。
助手席に座っていた翔は、呆然としていたものの無傷だった。
翔はなんとか車の中から這いずり出し、倒れ込んでいる相手を見た。その瞬間、彼の顔が真っ青になる。
「莉奈!」
その名前を聞いた瞬間、私は自分の体から血の気が引いていくのが分かった。
宮本莉奈(みやもと りな)。それがこの物語のヒロインの名前だったから。
翔が口にしたその名前を聞いた私は、ハンドルに突っ伏したまま体が固まった。
凍てつく血が血管の中を巡り、血の混じった呼吸が喉から漏れる。
変形した車体の中で押しつぶされ、身動き一つとれない。
なんとか抜け出そうとしても、ほんの少し動くだけで、裂けるような痛みが全身を襲う。
視界の隅では、翔が地面に屈みながら、震える手で莉奈に怪我がないかどうかを確認していた。
そんな彼の、涙ながらに叫ぶ声が響く。
「莉奈、死ぬな!なあ、頼むから冗談だって言ってくれよ……
目を開けて。俺だよ、翔だ。絶対に助けてやるからな。お願いだから返事をしてくれ……」
私は血と涙で視界がぼやけ、前が見えなくなった。
だが、どんな体の痛みよりも、翔が莉奈の名前を呼んだあの瞬間が、一番辛かった。
喉に溜まった血が溢れ出し、口を開くたびに鮮血が溢れ出てくる。
車の外の遠のく翔の姿に向けて、声を絞り出した。
「翔……
助けて……」
しかし、彼には届かなかった。
あるいは聞こえていたが、彼にとったらどうでもよかったのかもしれない。
救急車が到着すると、医者である翔は莉奈を支えるようにして一緒に乗り込んで行き、振り返ることさえなくそのまま去っていった。
翔は忘れていた。運転席に残された私が、もっと深い怪我を負っていることを……
豪雨の中、潰れた車に放置された私に、気づいてくれる人は誰一人としていなかった。
絶望的な苦痛に襲われながらも、最後の執念が私を突き動かす。
大きく息を吐き出した。
こんな理不尽な理由で死にたくない。愛する人に捨てられたままなんて絶対に嫌だ。
残った力を振り絞り、シートの隙間に落ちた携帯に手を伸ばす。
しかし、それはかなり困難を極めた。
何度挑戦しても、指が携帯に触れるだけで持ち上げることができない。
目の前に見えているのに、その距離は果てしなく遠かった。
大雨の中でもはっきりするほどの、生臭い血の匂いが漂う。
私は歯を食いしばり、自分に喝をいれた。
「日和、ここで死ぬなんてありえないでしょ!」
最後の一回、全身全霊を込めて携帯を掴み取る。
無理な動きをしたせいで両足が軋み、取れてしまうのではないかというほどの激痛が走った。
冷や汗が吹き出し意識が遠のく中、私は震える指で救急車を呼ぶ。
「中ノ坂通り……事故……助けて……」
電話の向こうで何か言っているようだったが、もう聞き取れなかった。
出血と寒さで、言葉さえまともに喋られない。
命の灯が消えていく感覚がはっきりとわかる。
意識が途切れる寸前、走馬灯のように過去が駆け巡った。
走馬灯の最後は、赤い目をした翔が花束を持って私に歩み寄り、プロポーズしてくれた時のこと。
第2話
「俺と結婚してくれないか?」
そう言ってくれたのに、翔は私を置きざりにして、何の迷いもなく物語のヒロインである莉奈のもとへ行ってしまった。
私たちがどれだけ固い意思を持ったとしても、翔は莉奈のために生きるように設定されているということなのだろうか。
ならば私は一体何なのだ?これまでの二人の愛も、温かな記憶も、すべて嘘だというのか?
目尻を温かい涙が伝い、胸が引き裂かれるように痛む。
耐えきれなくなった私は、ゆっくりと瞼を閉じた。
気がついた時には、病院の処置台の上だった。
目に刺さるような蛍光灯の光、そして失血で意識は朦朧としている。
目を覚ました私に気づいた一人の医師が、大声をあげた。
「患者さんが目を覚ました!早く谷口先生を呼んできて!
心臓の動脈のすぐ近くにガラス片が刺さっていて、とても危険な状態なんだ。谷口先生なら助けられるはずだから!」
翔の名を聞いて力なく目を開けると、偶然にも私が運び込まれたのは彼が務める病院だった。
翔は心臓内科でいちばん腕のいい医師だった。私の胸には、砕けたガラスの破片がひとつ、心臓のすぐそばに突き刺さり、鼓動に合わせてかすかに揺れていた。
わずかな振動ですら、私の命を奪うのには十分だった。
先ほど慌てて翔を呼びに行った看護師が、間もなくして青い顔で戻ってきた。
「谷口先生は外科の棟で執刀中なので、こちらへは来られないと……だから、先生……先生にやってもらうようにとおっしゃっていました。
それに、今日の当直医の先生方も全員、谷口先生の指示でカンファレンス中で……麻酔科医も見つかりませんでした」
看護師の言葉に、処置室にいた新米の医師は絶句し、視線を私の胸へと向ける。
新米医師は躊躇いながら看護師に聞いた。
「患者さんが誰なのか言わなかったのか?それに、こっちは緊急を要すると……」
「伝えましたが、谷口先生は、『命の重さは平等だ。どんな状況であれ手術を中断させることはできない』と」
翔は全ての医師を集め、莉奈のために最高の治療体制を整えたのだった。
麻酔科医も専門医も不在のなか、救急の処置しか経験のない新米医師に私の心臓の手術をさせるというのか?
しかし、時間は待ってはくれない。一秒、また一秒と私の意識は朦朧としていく。
私と翔がどれほど深く愛し合っていたかは、誰もが知っていた。
だから、なぜ翔が瀕死の私を見捨て、莉奈を優先するのか。そんなことをしても、なぜ彼が心を痛めないのか、誰も理解できなかった。
しかし、翔にとって莉奈という存在は、全てを犠牲にしてでも守りたいものなのだということを、私だけが知っていた。
たとえ、この私がいなくなったとしても……
涙が止めどなく溢れ出す。鼓動がどんどん弱まっていくのを感じた。
視界も真っ黒に染まっていく。痛かったはずの体も感覚が麻痺し、無意識に体が痙攣を繰り返していた。
周囲のモニターが不気味な警告音を発し始める。
覚悟を決めたように医師は歯を食いしばり、控えていた看護師に言い放った。
「この手術、俺がやる!
早くして!もう時間がない!」
私の意識は途絶えかけていたが、氷のようなメスに皮膚を切り裂かれた瞬間、激痛で全身が硬直した。
あまりに冷たく、そして激しい痛み。
メスで切られる度に、喉からは絶望的な声が漏れ、本能的に体が抗う。
医師が叫んだ。
「動かないように、押さえつけて!」
私はあまりの痛みに意識を失った。
全身に負った無数の傷の手術は、4時間以上も続いた。
私の呼吸がようやく安定すると、医師は目に入り込んだ汗を拭い取る。
意識が朦朧とする中、医師の憐れみを含んだため息が聞こえた。
「あとは、彼女の生命力次第……」
結局、最後まで翔が姿を現すことはなかった。
私は力尽きかけてもなお、微かな声で彼の名前を呼び続けていたというのに……
冷え切った処置室、私は何かに縋りたくて必死に指先を動かす。
そうして、どれくらいの時間が経ったのだろうか。ようやく、何か布のようなものに触れた。私はそれを握りしめながら、ようやく少しだけ心を落ち着けることができた。
心臓に刺さったガラスの欠片は無事取り除かれたが、心には砂が詰め込まれたような、ざらざらとした痛みが広がり、全身を蝕んでいく。
自分が握りしめているものが何なのか見ようとしたが、意識が勝手に奈落の底へと落ちていった。
第3話
意識が戻ったとき、私はもう病室にいた。
意識がはっきりしてくると、足にはめられたギプスに気づく。どうやら、脛の骨を骨折していたらしい。
医師から、きちんとリハビリをしないと後遺症が残るかもしれないと言われた。
ダンスを教える私とって、足に後遺症が残ることは、死刑宣告と同じだった。
もう二度と、スポットライトを浴びるステージに立つことはできない。夢を叶えることもできなくなった。
胸部も念入りに包帯で巻かれていて、ベッドの上で呼吸するだけでもかなり苦しい。
そっと手を持ち上げると、自分でも気づかない間に、拳を強く握りしめていたらしい。そのせいで指先が強張っていて、指を開くのもやっとだった。
開いた手の中には、小さな布切れが握られていた。
ずっと握りしめていたせいで、ぐしゃぐしゃになっている。
昨日の出来事は全て夢だったのだと思いたかったが、その布切れを見た瞬間、全てが現実だと思い知らされた。
私は呆然とそれを見つめた。
すると、病室の外から誰かが言い争う声が聞こえてきた。声のする方を見ると、白衣を着た翔が廊下にいた。
表情を曇らせた彼が、莉奈の家族に冷たく詰め寄っている。
「昨日は莉奈の誕生日だったかもしれませんが、彼女のお母さんの命日でもあったんですよ?なのに、彼女をあんなに刺激して……どうして、飲酒してるのに、運転させたんですか?
もし俺があの場に居合わせなかったら、莉奈はもう死んでいたかもしれないんですよ!
莉奈の性格は俺が一番理解しています。彼女は無茶をするような人間ではありません」
私は病室のベッドに横たわり、外の騒ぎに耳を澄ませた。
その言葉の端々から、莉奈に対する心配と庇う気持ちが痛いほど伝わってきた。
事故が起きてから今まで、翔の中に私のことを気にする余裕など少しもなかったのだろう。
点滴を取り替えるために病室に入ってきた看護師が、じっと外を見つめていた私に気づいた。
看護師が尋ねる。
「谷口先生をお呼びしましょうか?」
私は視線を戻すと、力なく笑って静かに首を振った。
「いいえ、結構です。
翔は今、忙しいようですから」
看護師は点滴の落ちを確認しながら、頷いた。
ゆっくりと点滴が体に入ってきて、手の甲から冷たい刺激を感じる。
一瞬、視界がぼやけた。
廊下が静かになった頃、疲れ果てていた私は目を閉じ、深い眠りについた。
ヘルメットが衝撃を和らげたため、莉奈は気絶しただけで特に大きな怪我はなかった。
助手席にいた翔も、かすり傷一つ負っていなかった。
この事故で、あわや死ぬところだったのは私だけ。
翔への愛で溢れていた私の心臓も、あの事故とともに無くなってしまった。
しかし、翔にとったら私は道端の石ころと変わらず、いなくなっても何の変化も起きないのだろう。
2週間ほど入院していたが、翔からは一切連絡が無かった。
なぜなら、翔は休暇を取って、莉奈の旅行に付き添っていたのだった。
携帯の画面には、翔がインスタに投稿したばかりの写真。
雪山の頂上で手を固くつないだ彼と莉奈が、愛おしそうに見つめ合っている。
投稿文はこうだった。
【人生は広い荒野みたいなものだ。だからこそ、本当に大切な人と一緒に、この世界の全てを見て回りたい】
その表情からは、翔の幸せと喜びがこれでもかと滲み出ていた。
私は黙って「いいね」を押した。
次の瞬間、その投稿は削除され、翔からメッセージが届いた。
【日和、すごくお前に会いたいよ】
私は視線を落とす。そして、初めて彼からのメッセージに返信をしなかった。
……
退院して家に帰ったその日、ちょうど翔も旅行から戻ってきていた。
莉奈が翔を家の下まで送り届けにきたようだった。すると、莉奈は私に気づいたようで、鼻で笑うと、翔を強引に抱き寄せてキスをした。
人目もはばからずスキンシップをとってくる莉奈を押し返す翔だったが、その耳は赤く染まり、彼女を見つめる目は愛に溢れている。
莉奈は挑発するように私を見つめ、「何か文句ある?」とでもいうような顔つきだ。
物語本来のヒロイン。幼くして母親を亡くし、高慢でわがままに生きてきた女。
莉奈は翔と出会って初めて愛を知り、家族の温もりを手に入れたという筋書きだ。
そして、莉奈をどん底から救い出した翔は、全身全霊で彼女を愛している。それが、この物語の本来の形であるはずだった。
第4話
二人が出会うと、まるで待ってましたと言わんばかりに、物語は勝手に綴られ始めた。
目の前の光景は、脇役でしかない私に、物語の作者が冷ややかにこう言っているようだった。
「立場をわきまえろ」と。
車椅子に座る私の瞳には、もう何の感情も残っていなく、ただ虚無感と痛みだけだった。
莉子を見つめならが、翔が苦笑交じりに言う。
「いい子だから先に戻ってろ。数日したら会いに行くからさ。
今はいうことを聞いてくれ、な?妻に知られたら面倒なことになる」
私は卑屈な傍観者のように暗がりに潜み、二人の幸福を眺めていた。あの事故で、なんで莉奈は死ななかったのだろう、そんな最低なことさえ考えてしまった。
その時、振り返った翔が私に気づき、動きを止めた。
私たちの視線がぶつかると、翔の顔色が一瞬で青ざめる。
もう私の心は死んだから、何度も自分に言い聞かせてきたはずなのに……すべてを受け入れろ、と。
けれど、翔の瞳を見た瞬間、堪えきれずに涙があふれ出した。
ほとんど反射みたいに、私はその場から逃げ出したくなった。
しかし、車椅子のせいで思うように動けない。
何もできずに、ただ狼狽える姿を晒してしまったことが、どうしようもなく屈辱だった。
私の涙に気づき慌てた翔が、急足で駆け寄ってくる。
「日和。その足はどうしたんだ?」
私の目の前に立つ彼は、一つの傷でも見逃すまいと、私の身体中をくまなく見た。
最後に心臓付近の傷を見つけると、震えた声を漏らした。
「どうしてこんなひどい怪我を……」
聞かれなかったら、どれほど良かっただろうか。
そう問いかけられた途端、私の心には抑えていた不満と怒りがこみ上げてきた。
顔を上げ、痛ましげな翔の目を見てはっきりと言った。
「あの事故で怪我をしたのは宮本さんだけじゃなかったんだよ。
でも、あなたが彼女のために私を見捨てた時、その後の結果くらい予想できたんじゃない?」
私の言葉を聞いた瞬間、翔の顔からはさっと血の気が失われていく。
翔の頭の中で、曖昧だった記憶が、一瞬にして鮮明に蘇ってきた。
あの時、翔の頭の中は莉奈のことでいっぱいだった。莉奈だけは無事であるように、とそれしか考えられなかったのだ。
私の方がよっぽどひどい怪我をしていたことなど、すっかり忘れて。
もし私が咄嗟にハンドルを切って、ガードレールに突っ込まなければ、翔だってこんな軽症では済まなかったはずなのだ。
罪悪感に顔を歪ませる翔の目からは涙が溢れ、私に触れようと手を伸ばしてきた。
しかし、震える指は、私の目の前で止まった。
「痛かったか?」
私は車椅子を漕いで後退し、首を小さく横に振る。
「全然」
私の拒絶を感じ取ったのか、張り詰めていた糸が切れたみたいに、翔がその場に崩れ落ちた。
「ごめん、日和。俺が悪かった。許してくれ。
頭を打った莉奈を見て、冷静でいられなくなったんだ。だから、彼女を助けることしか頭になくて……
分かってくれるか?」
私は彼の手を払いのけると、息を深く吸い込んだ。皮肉な笑みを浮かべ、もう一度だけ聞く。
「手術中、運ばれてきた患者が私だと知らされていたのに、なんであなたは全員の医師を他の場所に回したの?
なんで、一度も私に会いに来てくれなかったの?」
問い詰める私を前に、翔は言葉を詰まらせながらも、弱々しく答えた。
「莉奈は意識不明だった。だから、彼女を失うのがただ怖かった。
お前は外傷だって言っていたから、俺がいなくても他の医者がちゃんと処置してくれると思って……」
莉奈、莉奈、莉奈……全ては莉奈の為。
私は何と言えばいいのか分からなかった。ただ、胸の中では冷たい冬風が吹き荒れ、一生降り止まない雪が積もっていくのを感じていた。
長いあいだ積み重なってきた失望と苦しみ、死の淵に追い詰められたような絶望と恐怖が、潮のように胸の内で激しくうねり続けていた。もう、抑えきれなかった。胸を焼くほどの悔しさと、身を裂くような激痛が……
声を絞り出し、最後の質問を投げかける。
「あなたと宮本さん、一体いつからなの?」