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もしも、愛をやり直せたなら
辺境戦線へ赴任して六年目。私、エレナ・ブランシェの帝国軍中央病院への帰任申請は、またしても却下された。 理由は、軍規が定める「親族の同...
Chương (1)
第1章
辺境戦線へ赴任して六年目。私、エレナ・ブランシェの帝国軍中央病院への帰任申請は、またしても却下された。
理由は、軍規が定める「親族の同一部隊配属の禁止」。夫であるクロード・クライストとの利益相反を回避するためだという。
到底納得できず、上官に直接問いただすため、私は密かに帝都へと戻った。
だが、執務室のドア越しに聞こえてきたのは、夫と軍医総監の会話だった。
「あのセリア・ミルワードのために、お前はエレナの申請を五年も握り潰してきたんだぞ。来年で彼女は年齢上限だ。今回が中央に戻れる最後のチャンスなんだ!」
クロードの冷ややかな横顔には、微塵の動揺も浮かんでいない。
「今年の帰任枠は一つだけだ。セリアを戻さなければならない。
エレナは年齢が来たら、軍を退いて家庭に入ればいい。だがセリアは違う。彼女には理想があるんだ」
上官は不満げに私を庇ってくれた。
「エレナの理想だって、この中央病院で軍医として生きることじゃないのか?当時、お前が意図的に彼女を最前線へ送るよう私に仕向けたくせに、今度は戻ってくるのを邪魔するというのか!
セリアは査定すら通っていない。お前が庇っていなければ、とっくに軍籍を剥奪されている。まさか一生彼女を庇い切れるとでも思っているのか!?」
クロードが珍しく怒気を露わにした。
「エレナは俺の妻という立場で後方支援に行っているんだ。大した苦労などあるはずがない。ですがセリアには何の後ろ盾もない。最前線へ行けば、過酷な環境に潰されて死んでしまうんだ!
セリアは俺の直属に置き、手元で育てる。誰にも手出しはさせない!」
私は目を赤く充血させながら、通信機で軍籍管理局の担当官へ連絡を入れた。
「こちらブランシェ軍医。至急、婚姻解消の申請用紙を手配願います」
五年という歳月をすり減らした果てに残ったのは、とうに冷めきった男の心だけだった。
こんな男、もういらない。
第1話
辺境戦線へ赴任して六年目。私、エレナ・ブランシェの帝国軍中央病院への帰任申請は、またしても却下された。
理由は、軍規が定める「親族の同一部隊配属の禁止」。夫であるクロード・クライストとの利益相反を回避するためだという。
到底納得できず、上官に直接問いただすため、私は密かに帝都へと戻った。
だが、執務室のドア越しに聞こえてきたのは、夫と軍医総監の会話だった。
「あのセリア・ミルワードのために、お前はエレナの申請を五年も握り潰してきたんだぞ。来年で彼女は年齢上限だ。今回が中央に戻れる最後のチャンスなんだ!」
クロードの冷ややかな横顔には、微塵の動揺も浮かんでいない。
「今年の帰任枠は一つだけだ。セリアを戻さなければならない。
エレナは年齢が来たら、軍を退いて家庭に入ればいい。だがセリアは違う。彼女には理想があるんだ」
上官は不満げに私を庇ってくれた。
「エレナの理想だって、この中央病院で軍医として生きることじゃないのか?当時、お前が意図的に彼女を最前線へ送るよう私に仕向けたくせに、今度は戻ってくるのを邪魔するというのか!
セリアは査定すら通っていない。お前が庇っていなければ、とっくに軍籍を剥奪されている。まさか一生彼女を庇い切れるとでも思っているのか!?」
クロードが珍しく怒気を露わにした。
「エレナは俺の妻という立場で後方支援に行っているんだ。大した苦労などあるはずがない。ですがセリアには何の後ろ盾もない。最前線へ行けば、過酷な環境に潰されて死んでしまうんだ!
セリアは俺の直属に置き、手元で育てる。誰にも手出しはさせない!」
私は目を赤く充血させながら、通信機で軍籍管理局の担当官へ連絡を入れた。
「こちらブランシェ軍医。至急、婚姻解消の申請用紙を手配願います」
五年という歳月をすり減らした果てに残ったのは、とうに冷めきった男の心だけだった。
こんな男、もういらない。
*
ドアを押し開けると、室内の会話がピタリと止んだ。
クロードは一瞬呆然とし、すぐさま極めて不機嫌そうな視線を私に向けてきた。
「誰の許可を得て帝都に来た?
東部戦線は今まさに人手が必要な時期だろう。これは明らかな敵前逃亡、軍規違反だぞ!」
私の目が微かに赤くなっていることに気づくと、彼はスッと視線を逸らし、少しばかり気まずそうに付け加えた。
「……何か聞いたのか」
軍務において、彼は常に一切の妥協を許さない厳格な男だった。
それは、己の妻に対しても同じ。
五年前、戦線に配属されたばかりの頃を思い出す。
砲火が飛び交う戦地で、何度命を落としかけたことか。
気が狂うほど彼に会いたかった。
幾つもの許可を取り付け、密輸業者のトラックに揺られて帝都に戻り、軍靴を何足も履き潰して、ただ彼と言葉を交わすためだけに駆けつけた。
それなのに、喜んで帰宅した私を、クロードは冷たく突き放した。
泥だらけの無様な私を一瞥し、冷酷に叱りつけた。
「エレナ!軍規を何だと思っている!
次また勝手に持ち場を離れるようなら、妻であろうと容赦はしないぞ!」
もし今日、セリアのために私の復帰を五年間も阻み、あまつさえ彼女を自らの手で育てると言い放ったのを、この耳で聞いていなかったなら。
彼にこれほど身勝手な一面があるなど、夢にも思わなかっただろう。
私は二通の書類をデスクに置き、異常なほど冷静な声で告げた。
「中央病院への帰任申請書よ。
五年経ったわ。私の軍歴を考えれば、もう戻るべき時期よ」
クロードは眉間を揉みほぐし、疲労感を滲ませた。
「突拍子もないことを言うな。
帰任条件にはっきりと書かれているだろう。中央病院に親族を置いてはならないと。
これは軍の決定だ。俺を困らせないでくれ」
夫婦とは名ばかりだった。
彼は気品に溢れ、鶴の一声で数百人の軍関係者を動かす統括軍医長であり、机に置かれている万年筆一本すら数万エルもする代物だ。
翻って妻の私は、「助けてくれ」という彼の一言で、一切の迷いなく最前線へ赴き、土埃と泥まみれになりながら五年を駆け抜けた。
両手はしもやけだらけで、軍服は色落ちして真っ白になっている。
理解できない。
こんな私の、一体どこが彼を困らせているというのか。
「困らせたりはしないわ」
私は申請書の下に重ねていたもう一つの書類を引き抜き、彼の目の前に突きつけた。そして、ひどく静かに告げた。
「離婚しましょう。
軍の辞令は覆せない。でも、私たちの関係は変えられる」
クロードは一瞬フリーズし、信じられないといった様子で私を睨みつけた。
「お前は俺たちの婚姻を何だと思っているんだ!」
第2話
「いつからそんなに計算高くなった。目的のためなら手段を選ばないって言うのか!」
両手を強く握り締める。爪が食い込み、手のひらから血が滲む。
溢れそうになる涙を必死に堪える。
「五年よ。もうすぐ、中央病院に帰任できる年齢制限を超えてしまう……私にはもう時間がないの!」
年齢上限を迎え、中央への帰任資格を失う日まで待ってなどいられない。
彼の心が戻ってくる日など、もう待てない。
自分のために、戦わなければならない。
クロードはじっと私を見つめ、見慣れない感情を瞳に浮かべると、ふっと声を和らげた。
「この五年間、お前がひどく苦労してきたことは分かっている。
だが、今年はどうしても駄目なんだ。
エレナ、俺を信じて、もう少しだけ待ってくれないか」
彼は背後から私を抱き寄せ、その指先で涙を拭おうとする。
私は身をよじってその手をかわし、皮肉たっぷりに問い返した。
「なぜ駄目なの?誰か他の人に枠を譲ったから?
セリアに、でしょう?」
先ほどまでの柔らかな態度は嘘のように消え失せ、クロードの顔色は瞬時に曇った。
「そこまでして戻りたがるのは、俺とセリアの関係を疑っているからか?
いいだろう!ならお前の望み通りにしてやる!
たとえ離婚したところで、今年お前が中央へ戻れることはない。それでも俺に署名しろと言うんだな?」
私は彼の目を真っ直ぐに見据え、迷いなく頷いた。
クロードは苛立たしげにペンを走らせる。紙を突き破らんばかりの筆圧で署名すると、婚姻解消の申請用紙を私に叩きつけた。
「中央にも戻れず、行く当てもなくなった時に後悔するなよ!」
*
離婚申請が軍籍管理局で審査されている、この一ヶ月の間。
少しでもチャンスを掴むため、私は半月もの間、野戦病院での過酷な激務を休みなくこなした。
そしてついに、中央帰任の候補者リストに名を連ねた。
すべては私の思い描いた通りに進んでいた。
ただ一つ、予期せぬ事態が起きたこと以外は。
私は妊娠が発覚した。
すでに三ヶ月。
前線の環境は過酷で、生理不順など日常茶飯事だった。
だからこそ、お腹に宿った命の存在に気づくのが遅れた。
時期を逆算すると、三ヶ月前、クロードからの通信一本で帝都に呼び出されたあの時のことだ。
その夜、彼は酒に酔い、異常なほど激しかった。
ふと思い出す。あの時期、セリアはある上官と親密にしていたはずだ。
この子は、彼の八つ当たりの産物。
本来なら、存在してはならない命。
結果が出て間もなく、クロードが病院にやって来た。
彼には私のカルテを閲覧する権限がある。妊娠を知っていても不思議はない。
私のお腹を一瞥するなり、冷徹に言い放った。
「子供のことは、セリアもすでに知っている。
セリアは前線での怪我が原因で、子供が産めない体だ。お前の妊娠を聞いて、一晩中泣き明かしていた。
上官の妻として、彼女の気持ちを察してやるべきだ。堕ろせ」
お腹に当てていた指先が、一瞬硬直する。足元から心臓に向かって、強烈な悪寒が駆け上がった。
結婚したばかりの頃、私たちは子供のいる未来を一緒に思い描いていた。
彼は言った。
「お前に似た娘が欲しいな。
そうすれば、お前の子供時代がどんなだったか見られるから」
しかし今や、セリアが泣いたという、そのひと言だけで。
クロードはこの子を殺そうとしている。
かつて確かに存在した、ささやかで温かな思い出さえも、自らの手で葬り去ろうと。
胸の奥に突き刺さった棘が、疼き出す。
絶対に、あいつの思い通りになどさせてたまるか。
「これは私の子よ。どうしようと私の勝手。あなたには関係ない」
クロードに纏う空気が氷点下にまで凍りつく。彼は私の手首を掴み、骨が砕けそうなほどの力で締め上げた。
「離婚の手続きはもう進んでいるんだ。お前がこの子を産めば、セリアを苦しめるだけだ!
俺には、軍医長としてお前に中絶を強要する権限がある。分かっているだろう!」
私は彼を真っ向から睨みつけ、目を赤くしながらも、決して屈することなく言い放った。
「セリアの涙一滴でそこまで心を痛めるなんて。一体彼女を部下として見ているの?それとも愛人として?」
彼の瞳に激しい怒りが燃え上がる。私の言葉に逆上し、勢いよく手を振り上げて怒鳴った。
「エレナ!言い過ぎだぞ!」
第3話
頬を鋭い風が掠めた。私は顔を上げ、涙が伝うに任せた。
だが、予期していた鈍い痛みはいつまで経っても降ってこなかった。
彼が振り下ろそうとした手は、通信機の着信音によって止められた。
セリアからの専用コール音だった。
彼の瞳から隠しきれない優しさが溢れ出し、声色が一気に甘くなる。
「どうした?大人しくしていろと言っただろう。料理なんてしなくていいんだ」
スピーカー越しに、甘ったるい泣き声が漏れ聞こえてくる。
彼のために料理をしようとして、怪我でもしたのだろう。クロードは甘い言葉で必死に彼女を宥めていた。
「ああ、安心して。必ず堕ろさせるから。
俺にとって一番大事な『子』は君だけだ。他には誰もいらない」
これ以上ないほど優しいその声が、私の耳にはひどく鼓膜を切り裂くように響いた。
背を向け、毛布の中に丸くなる。
こぼれ落ちた涙が、音もなく枕に染み込んでいく。
通話を終えたクロードは、長い沈黙の後、そっと私の毛布を掛け直した。
「堕ろしてくれ。手術費も、術後の療養費も、すべて俺が出す。
離婚を言い出したのは、中央に戻れない腹いせだろう。分かっている。
信じられないかもしれないが、俺とセリアの間にやましいことなど何一つないんだ」
私は目を閉じたまま、何も答えない。
ただ、枕だけがじっとりと温かく濡れていた。
彼はついに痺れを切らし、立ち上がる。
「分かった。子供は産めばいい。
だが、中央に戻ることは二度とない。俺が折れるのは、これが最後だ」
*
帝国軍中央病院は今、最も傷病兵の移送が多く、業務が逼迫している時期だ。
この子の存在が、中央帰任の資格に影響を及ぼすことは十分に理解していた。
迷うことなく、中絶手術の予約を入れた。
処置室を出た時、下腹部に陣痛のような鈍い痛みが走った。
今日は、中央病院への復帰名簿が発表される日だ。
絶対に行かなければならない。
しかし中央病院のロビーに足を踏み入れた途端、盛大な拍手喝采が耳に飛び込んできた。
「ミルワード軍医、中央病院への復帰、そしてクライスト統括軍医長の元での配属、おめでとうございます!」
ロビーの演壇の上で、セリアが挨拶を述べていた。
クロードは微笑みを浮かべ、何度も彼女に頷き返している。
その姿は、まるで本物の夫婦のように釣り合っていた。
覚束ない足取りで、人混みを掻き分ける。
「今日が中央復帰の選考発表じゃないですか!?
私も申請書を出したのに、なぜ私が戻る前に名簿が発表されています?」
セリアは笑みを浮かべ、掲示板の軍令を指差した。
「ブランシェ軍医。今回の復帰リストには、妊婦は含まれないという規定が追加されたんですよ。
クライスト軍医長ご自身が、あなたのことを軍上層部へ報告なさったんです。だから復帰できるのは、私一人だけになっちゃいました」
口の中に、鉄の味が広がる。
必死に涙を堪え、クロードの方を睨みつけた。
彼の視線はひどく冷ややかで、一欠片の温もりすら感じられなかった。
「子供を堕ろすよう忠告したはずだ。お前が聞かなかっただけだろう」
腹部の痛みがさらに激しさを増す。胃の腑がひっくり返るように軋んだ。見えない棘が、全身の神経をズタズタに抉り回しているかのようだ。
全身の震えが止まらない。
「私がここに残るために、中絶を勧めたっていうの!?違うわ、セリアのためでしょう!
あなたが事前に名簿を操作して、軍の職権を濫用してセリアを呼び戻したのよ!」
クロードの目がスッと冷酷な光を帯びた。
「エレナ!ここは軍の施設だぞ!復帰者のリストはすでに確定している。見苦しい真似をするな!」
どす黒い怒りが、胸の奥底で激しく渦巻いた。
中央に戻るため、私がどれだけ身を削ってきたと思っているのか。
どうして……?
絶対に許せない!
私は演壇に駆け上がり、所持していた証拠のデータファイルを院内の電子掲示板へ一斉送信した。そして、血を吐くような思いで叫んだ。
「セリア・ミルワード軍医は前線に配属されていた二年間、何度も無断で帝都に戻り、軍規を蔑ろにしました。
中央での研修期間中には、十数回も負傷兵から告発を受け、一年前には医療ミスで兵士を死なせかけました。
これらはすべて、クロード・クライスト統括軍医長が自らの権力でもみ消したものです。ミルワード軍医には、中央に戻る資格など一切ありません!」