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親友にネクタイを直される婚約者、私にはいらない
パーティーで、親友の奥山陽菜(おくやま ひな)が彼氏ができたと打ち明けた。 私、村田葵(むらた あおい)は笑って、「どんな人なの?」と尋...
Chương (1)
第1章
パーティーで、親友の奥山陽菜(おくやま ひな)が彼氏ができたと打ち明けた。
私、村田葵(むらた あおい)は笑って、「どんな人なの?」と尋ねた。
彼女は答えずに微笑み、視線は真っ直ぐに私の婚約者の石井竜也(いしい たつや)へと向けていた。
しかし、竜也が壇上でスピーチをする前、陽菜がさりげなく彼のネクタイを直すまで、私はそのことを深く気にも留めていなかった。
あまりにも自然で親密な二人の姿に、私はその場に立ち尽くした。陽菜は笑いながら言った。
「彼氏にしてあげる癖が出ちゃって。気にしないで」
私は言葉を失った。
その日、家に戻るとすぐに竜也に切り出した。
「婚約、解消しましょう」
竜也は苛立ちを隠そうともせず眉をひそめた。「ネクタイを直してもらっただけで、本気で言ってるのか?」
第1話
パーティーで、親友の奥山陽菜(おくやま ひな)が彼氏ができたと打ち明けた。
私、村田葵(むらた あおい)は笑って、「どんな人なの?」と尋ねた。
彼女は答えずに微笑み、視線は真っ直ぐに私の婚約者の石井竜也(いしい たつや)へと向けていた。
しかし、竜也が壇上でスピーチをする前、陽菜がさりげなく彼のネクタイを直すまで、私はそのことを深く気にも留めていなかった。
あまりにも自然で親密な二人の姿に、私はその場に立ち尽くした。陽菜は笑いながら言った。
「彼氏にしてあげる癖が出ちゃって。気にしないで」
私は言葉を失った。
その日、家に戻るとすぐに竜也に切り出した。
「婚約、解消しましょう」
竜也は苛立ちを隠そうともせず眉をひそめた。「ネクタイを直してもらっただけで、本気で言ってるのか?
俺と陽菜の関係はお前が一番よく知ってるだろ?俺は決して一線を越えてない」
私は暗い紋様の入ったグレーのネクタイを一瞥し、鼻で笑ってから、彼を見据えた。
「でもあなたは、陽菜が一線を越えるのを許したのね」
竜也は眉をひそめ、不機嫌そうな声で私を責め始めた。
「陽菜だって言ってたじゃないか、『彼氏にやり慣れてるから、曲がってるのを見てつい直しちゃっただけ』って。
少しくらい拗ねるのは我慢してやるが、この婚約は両家の親が決めたことだ。そう簡単に覆せるものじゃない」
私は信じられない思いで彼を見た。ついやっちゃっただけ?
まともな男なら、婚約者の親友に何食わぬ顔でネクタイを結んでもらったりしないでしょ!
私は冷ややかに言い放った。「陽菜がネクタイを整える手つき、私より慣れてたけど」
竜也の顔がさっと曇った。
「ネクタイが曲がってたから気づいてくれたんだ。近くに立っていたから、手伝ってくれただけだ。
つまり、あの時そこにいたのが俺じゃなくて別の男だったとしても、同じようにネクタイを直してやってたはずだ。
そもそも俺の婚約者のくせに、ネクタイの乱れに気づかないなんて、一体どっちのせいだ?なんで俺が責められなきゃいけないんだ?」
それを聞いた私は耳を疑った。竜也の中では、かえって私の過ちということになっている。
私は鼻で笑った。「責められてるって?今、私を責め立てているのはあなたの方じゃないの?」
竜也は苛立たしげに口元を歪め、吐き捨てるように言った。
「陽菜はお前の親友だろ。あいつがどんな子か、一番よく分かってるじゃないか。
お互い大人なんだから、些細なことで疑心暗鬼になるなよ」
私は深くため息をつき、彼の首からネクタイを解き、机にそっと置いた。
「竜也、ネクタイを直すような親密な振る舞いは、よっぽど親しくないとしないことでしょ?
陽菜のことはよく知ってるつもりよ。あんな図々しい真似ができるのは、あなたが許してるからじゃないの?私のことバカだと思ってるの?」
痛いところを突かれた竜也は、ムキになって声を荒げた。
「葵、いい加減にしろ。
男女が助け合っているだけで、そういう方向にしか考えられないのか?」
私は呆然とした。「そうね、あなたは私を、そんな下品な思考しかできない女だと思っていたのね」
竜也は少し気まずそうに咳払いをし、視線を逸らした。
「話が逸れたぞ。今は婚約の話をしているんだ。
両家の将来がかかっているんだ。わがままはやめてくれ。
この世界の結婚がどういうものか、お前だって分かってるだろ。結婚後も好き勝手しろと言ってるわけじゃない。お前以外の女と家庭を持つつもりもない。それで十分じゃないか」
恵んでやってるという態度で語る竜也を、私は他人を見るような目で見つめた。
「俺と陽菜が何もないのはともかく、たとえ何があろうと、賢い妻なら見て見ぬふりをするものだ。わざわざ掘り返して騒ぎ立てるな。
もちろん、俺もお前の私生活を詮索するつもりはない」
大らかなことで。まるで私の方が器の小さい人間みたい。
突然、すべてがどうでもよくなった。私は竜也を10年も愛していた。
政略結婚とはいえ、婚約する前は彼自身も承諾したはずだった。
だから、竜也も少しは私への気持ちがあるのだと思っていた。
今となっては、それはただの私の独りよがりな思い込みだったらしい。
彼にとっては、二人の間に愛情なんて存在せず、ただ利害だけなのだ。
まあいい。両親だって最初から反対していたことだし。
竜也は苛立たしげに眉間をもみほぐした。
「あさってのお前のお父さんの誕生日に、両家で集まって婚約のことを話し合う予定だ。
調子が悪いみたいだし、家で休んでおけ」
私は黙り込んだ。
この結婚をすることなど、あり得ない。
翌日、荷物をまとめていると、竜也から電話がかかってきた。
画面に「竜也」の文字とハートのマークが表示されるのをしばらく眺めてから、ようやく電話に出た。
「いーちゃん、今何してる?」
彼の声は、喧嘩などなかったかのように甘やかだった。
「家に大事な書類を忘れてきた、今から商談があって必要なんだが、持ってきてもらえないか?」
スマホを握る手に自然と力が入り、断ろうとした言葉が喉の奥で詰まった。
「秘書も急用で出られないんだ、お前しか頼める人間がいないんだ」
しばらく黙ったまま、結局私は折れた。
「場所を教えて」
20分後、言われたホテルに着いた。
廊下を歩いていたとき、半開きのドアの向こうから聞き覚えのある声が聞こえてきた。よりによって、それは陽菜の声だった。
第2話
「ネクタイが歪んでるよ」
陽菜の口調と笑みは、昨日のパーティーの時よりもずっと自然だった。
「もう、こっち来て、直してあげる」
その直後、背中を向けていた男が陽菜の前に歩み寄った。
「お前が急に掴むからだろ?危うく転ぶところだったぞ」
私はその場に釘付けになり、足に重りがついたように動けなくなった。
その背中は、見間違えようがない、私の婚約者、竜也だった。
陽菜は竜也の首に手を回し、抱き合っているも同然の距離だった。
彼女が親しげに首をかしげるた瞬間、ちょうど私と目が合った。
一瞬、陽菜の目の奥に浮かぶ笑みがはっきりと見えた。それは挑発ではなく、冷ややかな嘲笑だった。
それはまるで、私の独りよがりをあざ笑うかのように。
そして陽菜は私に今気づいたかのように、わざとらしい声で言った。
「葵、どうしてここにいるの?」
竜也は振り返り、そのままドアを開けた。
陽菜はその横で、無邪気で何一つ後ろめたいことのない顔をしていた。
竜也は説明など何もなく、私が持っているファイルケースに目を向けた。
「早く書類を渡してくれ」
私は無言のまま身動き一つせず、彼の胸元のネクタイをじっと見つめていた。
ネクタイは完璧に整えられていて、昨日見たものとほとんど同じデザインだった。
そこには、まるで陽菜の指の跡でも残っているかのように感じた。
「竜也の資料整理を手伝ってたの、ネクタイが曲がってたから直してあげてただけよ」
まるで今日の天気でも話すように、陽菜はさらっと言ってのけた。
その目の奥に、隠しきれないわずかなバカにしたような色がよぎった。
竜也は書類を受け取ると、「届けてくれて助かった、これ以上遅れたら大変なことになるところだった」と言った。
私は黙って彼の首元に残る口紅の跡を見つめた。
感情を押し殺した声で、自分の首元を指差しながら告げた。「そのままだと、仕事に影響が出るよ」
竜也はハッとして、心当たりがあるのか、気まずそうに自分の首を触りながらスマホを取り出して確認した。
「仕事で立て込んでいて気づかなかった、何かの拍子に触れたんだろう」
図星と言わんばかりだ。
陽菜はすぐにティッシュを差し出し、竜也はそれを当然のように受け取った。
「葵、心配しないで、竜也がミスなんてするはずないわ、仕事に影響なんて出るわけないじゃない」
陽菜の視線がこちらへ向いた。その目には隠す気すらない挑発が浮かんでいた。
「書類、届けたから、先に行くね」
背を向けたとき、後ろから話し声が聞こえたが、その内容を聞き届ける気力は残っていなく、私はそのままホテルを出た。
ホテルを出てすぐ、陽菜からメッセージが入った。
【葵、誤解しないでね、竜也とは本当に何もないの】
私はそれに返信せず、そのまま住まいに戻って荷物をまとめ、南区の邸宅へ向かった。
両親にどう説明すればいいか分からなくて、しばらくここに逃げ込むことにした。
その日の夜中12時近くになると、スマホが鳴り響き始めた。
竜也からだ。何度も着信が続く。
画面に「竜也」の文字が浮かび上がるたびに、押し込めたはずの気持ちがまた揺れた。
通話が自動で切れるギリギリのときに、私は電話に出た。
「もしもし、村田葵さんでしょうか?
石井社長が酔いつぶれていて、ずっとあなたの名前を呼んでいるのですが、迎えに来てくれませんか?」
電話の向こうは騒がしく、バーのような場所にいるようだった。
断る間もなく、相手は電話を切った。
私は眉をひそめながら、もう一度彼の方へかけ直した。
「なんでまだ迎えに来てくれないんだよ、俺を捨てる気なのか?」
竜也がこれほど取り乱しているのを初めて見た。
ため息をつきながらも、結局バーへ向かった。
指定された場所は、騒がしいバーではなく落ち着いた高級ラウンジだった。店内に入り、そっと視線を巡らせると、奥のプライベートルームのドアがわずかに開いていて、その向こうに竜也の姿があった。
テーブルの上には空の瓶がいくつも転がり、顔から首まで真っ赤に染まっていた。
相当飲んだらしく、見るからに苦しそうだった。
歩み寄ろうとした瞬間、竜也の横にもう一人いることに気づいた――陽菜だ。
竜也が彼女にしがみつくように抱きついた。「なんでこんなに遅いんだよ。
ずっと待ってたんだぞ、遅いよ」
子供のように甘えた声と、心を許した相手にしか見せない顔。
私には見せたことのない姿だ。
足が止まり、これ以上、一歩も踏み出せなかった。竜也が呼んでいたのは、私じゃなかった。
そうね、最初からずっと、本気だったのは私だけだったんだ。
第3話
「冷徹な石井社長も、こういう顔をするのね」
「本当、あつあつだなあ」
周りにはやし立てられて、陽菜は頬を赤らめた。
「でも石井社長、今、目の前にいるのが誰か、ちゃんと見えてるんですか?」
竜也はテーブルを叩き、声を張り上げた。
「当然さ。ひーちゃんに決まっているだろう?」
その瞬間、私の心の中で消え残っていた独りよがりな思い込みが粉々に砕け散った。
ずっと「ひーちゃん」だったのだ、「いーちゃん」ではなかった。
もしかしたら、竜也が私を「いーちゃん」と呼んでいたのも、「ひーちゃん」に似た音だったからなのかもしれない。
「ひーちゃんは苺のケーキが好きで、コーヒーはブラック派で、辛いものもだめで、体が弱くてすぐ調子を崩すし、生理の周期は……」
竜也が並べ立てる陽菜についての細かな情報に、私の血は凍りつくようだった。
足元から這い上がる寒気が、全身を貫いた。
竜也は一度も、私のことを覚えていてくれたためしがなかった。
私は苺の味が苦手なのに、彼は仕事帰りに何度も苺のスイーツを買ってきていた。
仕事が忙しいからだ、女心に疎い不器用な男だからだと、自分に言い聞かせていた。
今になってやっとわかった。彼は女心がわからないわけじゃなかった。ただ、私の心をわかろうとしなかっただけだ。
彼の頭の中にあったのは、いつだって陽菜のことだったんだ。
「一番の違いはさ、ひーちゃんは葵みたいにお堅くなくて一緒にいて楽しいんだよ。葵って本当に色気ってもんがないから」
周りの連中がすかさず囃し立てる、「本当、お似合いですね」
竜也は得意げに言った。
「もちろんだ。ひーちゃんのためじゃなかったら、村田家との婚約なんて引き受けてない。
葵と結婚して、そのうち本心を打ち明けてやるよ……俺が愛しているのはひーちゃんだ、って……」
陽菜は恥ずかしそうに、「そんなこと、大きな声で言わないでよ」と答えた。
「彼は酔っ払ってるんだから、聞き流して」
口ではそう言いつつも、陽菜は止めようとするそぶりもなく、竜也の甘い言葉も周りのはやしたてもすべて、心ゆくまで楽しんでいた。
私はこれ以上いたたまれず立ち去ろうとしたところ、竜也の親友の葛城翔吾(かつらぎ しょうご)とぶつかった。
「葵さん?
来てたなら、中に入ればよかったのに」
個室の中にいた全員が気配に気づき、一斉にこちらを向いた。
陽菜が、いかにも慌てたような素振りで言った。「葵、どうして……ここに?」
私はきょとんとした。あなたがわざと私のことをここに呼んだんでしょ?
二人がいかに愛し合っているかを、私に見せつけたくて。
「誰が……来たんだ?ひーちゃん、誰が……」
竜也は泥酔していて、言葉もまともに話せなかった。
私に気づいた者たちは黙り込み、その場に気まずい空気が流れた。
陽菜が、千鳥足の竜也を支えながら、わざとらしくゆっくりと私の方へ近づいてきた。
「葵、誤解しないで。ただ通りがかって、酔いつぶれている竜也を見かけたから、気になって声をかけただけなの」
稚拙な言い訳と、あからさまな挑発、私のことを馬鹿にしているのだろうか。
怒りで手が震えていた。
「ずっとあなたのことを呼んでいたわ、あなたが来てくれたんだから、私はもう行くわね。彼のこと、ちゃんとみてあげてね」
陽菜は竜也を私に押し付けると、翔吾と腕を組み、こう言った。「そうそう、私の恋人が誰か知りたいんでしょ?翔吾のことよ。じゃあね!」
私は信じられない思いで二人の後ろ姿を見送りながら、竜也が必死に求めていた陽菜が、よりによって親友とデキていると知ったら、彼も私のように絶望するのだろうか、と考えた。
突然体を預けられた竜也は、大きくよろめいた。
私はとっさに手を伸ばして、竜也の体を支えた。
「ひーちゃん、一緒に帰ろう」
胸を刃物で刺されるような痛みを感じつつ、目元を熱くさせながら冷静に言った。
「私を誰だと思っているの?」
竜也は構わず私を抱き寄せ、強く離さなかったが、口の中では、去っていった陽菜の名前を呼んでいる。
あれほど愛した竜也との腕の中に、今は吐き気しか感じない。
突き放そうとしたが、竜也の力は思ったより強かった。
腕が肩に食い込んで痛い。
仕方なく、私は彼を家まで送ることにした。
第4話
竜也を助手席に乗せ、車を走らせた。
夜風を窓の隙から感じながら、竜也の酔いが覚めてくれればと思い、前だけを見て運転した。
「そこじゃない、違う、俺の家はそこじゃない」
私は聞き流して、運転に集中した。
竜也はスマホを取り出し、地図アプリを開いて画面を差し出した。
私は車を止め、彼が示した住所をじっと見つめた。
そして、検索履歴に目が止まった。
そこには、私との新居から見知らぬマンションへの経路が何度も検索されていた。
そのマンションが、竜也の言う「家」だった。
全てを察した私は、溢れそうになる涙をこらえながら、彼を目的地のマンションまで送り届けた。
ドアのスマートロックの暗証番号は、陽菜の誕生日だった。
玄関には、お揃いのスリッパが置いてあった。
部屋のあちこちに、竜也と別の女が一緒に暮らしてきた痕跡が染みついていた。
その痕跡の主が陽菜であることは、確かめるまでもなかった。
竜也は私を好きじゃないばかりか、喧嘩の時に言っていた言葉さえ全て嘘だったのだ。
最初から最後まで、私に対して真心を向けた瞬間など一度もなかった。
彼をソファに放り投げて、立ち去ろうとした。
ちょうどその時、テーブルの上に検査結果の書類が置かれているのが目に入った。書類に陽菜の名前があった。
血液型の欄には、Rhマイナスと書かれてあった。
私も同じ血液型で、極めて希少だからこそ、幼い頃から怪我一つしないように細心の注意を払ってきた。
そうか、そういうことね、ようやくわかった、竜也が私との縁談を引き受けた本当の理由。
最も信頼していた親友と、10年間ずっと想い続けてきた婚約者。
彼らは私を歩く血液バンク扱いし、骨の髄までしゃぶり尽くそうとしていたのだ。
彼がいつも私の怪我をあんなに心配していたのは、陽菜のための貴重な血液ドナーを失うのが怖かっただけなのだ。
蜜のように甘いと思っていた過去の優しさが、実はすべて猛毒であり、今は無数の針となって私の骨の髄まで突き刺さってくる。
長年愛し続けてきた目の前の男を見ても、今はただただ滑稽で、呆れて笑うしかなかった。
書類をテーブルに戻し、立ち上がろうとすると、竜也の手が私の袖を掴んで離さなかった。
振り払おうとすると、今度は彼の方から唐突に力を抜いた。
次の瞬間、無理やりソファに引きずり戻され、体を押さえつけられる。
「ひーちゃん、ごめんって、怒らないでよ。俺、いい子にしてるからさ、最近は葵になんて指一本触れてないよ」
陽菜の幻影を見ながら私を撫でまわす竜也の姿に、激しい吐き気がこみ上げた。
涙がこぼれるのも構わず、私は竜也の手を払いのけ、思い切り頬を叩いた。
「竜也、あなたって本当に最低ね」
私は逃げ出すようにその部屋を飛び出した。
翌日、父の誕生日の食事会のため、村田家の屋敷へと向かった。
到着すると、両家の年長者たちが談笑しているところだった。
竜也は何食わぬ顔で、昨夜のひどい泥酔が嘘だったかのように平然としていた。
私は単刀直入に切り出した。「お父さん、お母さん、それから石井のご両親、婚約を解消させてください」
一同が唖然とする中、竜也は不快げに眉を寄せ、声を荒らげた。
「葵、いい加減にしてくれ、人前で何をやってるんだ。
陽菜がネクタイを直しただけで、本気でこんなことを言ってるのか?」
私は言い逃れしようとする彼の顔をじっと見つめた。「そうよ、でもそれだけじゃないわ」
「葵、その話はもうしただろ、いい加減にしてくれ、俺だって他に落ち度はないはずだ」
竜也の言葉を遮るように、私は冷たく言い放った。
「ほんとに?」
私の視線に、一瞬だけ彼の瞳が揺れた。
「どういう意味だ?」