報奨の家が白紙に?よし、完全サボりだ

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報奨の家が白紙に?よし、完全サボりだ

GoodNovel Hoàn thành

社内規定で、3年連続のトップセールスを達成すれば、30坪のマンションが贈呈されるはずだった。 俺はそのために死に物狂いで契約を獲ってきたの...

Chương (1)

第1章

社内規定で、3年連続のトップセールスを達成すれば、30坪のマンションが贈呈されるはずだった。 俺はそのために死に物狂いで契約を獲ってきたのに、条件を達成した途端、規定は廃止になったと言い渡された。 上司の山口翔(やまぐち しょう)は1万円の賞与を突きつけて、馬鹿にしたように笑った。 「営業能力があるのはいいことだ。だが会社の方針への理解が足りないな。 若いうちは調子に乗らず、大人しくしていた方がいいぞ」 俺は感情的になることなく、3年かけて手に入れたこの「高額」な賞与を淡々と受け取った。 2日後、本社による年度売り上げの査定が行われた。 顧客から届いた1億6000万の注文書を、俺はその場で突き返した。 上司の指示に従うことこそ、プロの務めだ。 目立たず大人しくしてろというなら、何もせずに大人しくしていてやる。 どうせ売り上げが目標に届かなくて困るのは、俺じゃないのだから。 第1話 11月の販売ランキングが出て、俺はホッと胸を撫でおろした。 なんだかんだで、3年連続のトップセールスの成績だ。勤続年数も実績も「従業員インセンティブ規定」で定められた報酬――30坪のマンションの贈呈条件を完全に満たしている。 大きく深呼吸をしてから、大切にまとめてきた実績報告書と月別販売ランキング表、それに今月の分も持って、軽い足取りで上司である山口翔(やまぐち しょう)の部屋のドアを叩いた。 部屋に入った途端、鼓動が激しくなり、俺は慎重に申請書類を翔のデスクへ置いた。 「支店長、マンション贈呈の申請に来ました。こちらが3年間の実績報告書と、月別販売ランキング表です。ご確認をお願いします」 俺は落ち着こうと、頭の中で言葉を噛みしめた。 翔は目を細めて書類に目を通し、3分以上経ってからようやく顔を上げた。 その後、何度も頷きながら、深いため息をついてまた書類を見始めた。 翔の背後から差し込む日差しの中、俺は棒立ちのまま、どうしていいか分からずにいた。 彼の忙しそうな様子に、俺は汗ばんだ手のひらを握りしめ、もう一度口を開いた。 「支店長、マンション贈呈を申請したくて……こちらが必要書類です」 俺の静かな声は湖に投げた石のように、重苦しい空気に飲み込まれてしまった。 翔はこめかみを押さえ、顔を上げたまま面倒そうに言った。「誰だ?」 「後藤勲(ごとう いさお)です」と正直に答えた。 翔はため息をつくと資料を置き、横にあった金のフレームの眼鏡をかけ、俺を値踏みするように見た。 「ああ、後藤か。営業部の不動のトップだな」 彼は眉をひそめて資料をめくった。めくるたび、その顔が険しくなっていく。 やがて資料を閉じ、横の湯のみを手に取った。普段の穏やかな態度はどこへやら、よそよそしく冷たい視線だった。 「この規定はもう廃止されたぞ」 翔は冷ややかな目で俺を見て、お茶をすすりながら口を開いた。 「聞こえなかったのか?『従業員インセンティブ規定』の最新版では、この報酬規定は取り消されたんだよ」 耳鳴りがして、俺は指先でシャツの裾をぎゅっと握った。 唇を噛みしめ、スマホの「従業員インセンティブ規定」を開き、落ち着いて言い返した。「いいえ。社内ネットワーク上には何の告知もありません。規定に基づき、正当な権利を求めているだけです」 翔は俺の言葉を馬鹿にしたように鼻で笑った。 「規定は先月変更されたんだよ。社内システムへの反映が遅れているだけだ」 翔は自分に火の粉が降りかからないよう、すべての責任を会社に擦り付けた。 そして哀れむような目つきで俺を見ると、引き出しから1万円分の報奨金の明細を投げつけ、偉そうな口調でこう続けた。 第2話 「がっかりするなよ。会社はこの制度を廃止したけど、今回の1万円の報奨金は君のような優秀な社員への会社からの感謝の印だ。会社はちゃんと社員のことを考えているんだぞ」 俺は黙ったまま、足元に落ちた報奨金の明細を見つめた。これが翔のいつもの手口だった。 会社の規程を盾に圧力をかけてくる一方で、この1万円で口を封じ、金で話を穏便に済ませようという魂胆だ。 この3年間、俺が寝る間も惜しんで積み重ねてきた努力を一瞬で踏みつけにされた。 顧客との商談、注文の獲得。遅刻も早退もせず、ノルマも過剰なほど達成し続けてきたのは、この30坪のマンションという報酬のためだった。そのストレスで胃潰瘍にまでなったというのに。 今、条件を完璧に満たし、全てのハードルを超えたはずだった。なのに、3年間やる気を支えてきたものは一瞬で泡のように消え、ただの軽くて、ひどく重たい1万円の報奨金に変わってしまった。 胃が締め付けられるように痛んだ。俺はお腹を押さえ、歯を食いしばりながら、地面に落ちた「高額な」報奨金の明細を拾い上げた。 俺が何も言わないのを見て、翔は鼻で笑った。 「今回の決定は急ではあったが、会社としての判断だ。近年の景気を見ればわかるだろ?会社も戦略に合わせて調整しているんだ。君は物分かりのいい社員だ。状況を理解して協力してくれよ。 君はまだ若いんだから、今は地に足をつけて、じっくり力を蓄える時期だ。あまり焦るな。今は一時的に損に見えるかもしれないが、頑張り続けていれば会社はきちんと君の成果を評価するさ」 翔は笑みを浮かべていたが、その目には勝利を確信したような冷たさが宿っていた。 脂ぎった顔で、若手を一人丸め込んだとでも言いたげな態度だ。 その言葉がナイフのように突き刺さり、この3年間の全ての苦労が無意味だったと突きつけてくる。 俺はまるで道化だった。取り消された報酬のために3年も身を削り、結局最後に残ったのは、泡のように消えた夢だけだ。 俺は翔を怪しむような眼差しで見つめ、心に秘めていた疑念をぶつけた。「この規程は先月廃止されていたはずです。なぜ社内の連絡網や個人のメールで何の通知もなかったのですか?仮にシステム同期が遅れたとしても、規程に則るなら全社員にいち早く周知すべきではありませんか?」 翔はくすりと笑った。まるで俺がとんでもない冗談を言ったかのような表情だ。 「先月は多忙だったんだ。周知する暇もなくてね。どうせこの報酬を達成できる人間なんてほとんどいないんだし、多少通知が遅れただけなんだから、君は寛大な目で見てくれるだろう?」 そのふざけた口調を聞き、俺は拳を強く握りしめた。 俺がどれだけ正論を説いても、翔にとっては痛くも痒くもなく、ただ嘲笑のネタになるだけだった。 権力の前では、反論など無意味に等しい。 翔は机に置かれた報奨金の明細にチラリと目をやり、馬鹿にするように慰めた。 「営業成績が良いのは素晴らしいことだが、社内のルールや企業理念への理解度はもっと高めてもらわないとな。 若い者は地に足を着けるべきだ。スタンドプレーばかりするのは感心しない。この1万円を受け取って、今一度、俺が言ったことを考えてみろ」 翔はそう言うと、俺の目の前で経理の内線を鳴らした。「トップセールスの後藤が報奨金をもらいに行くから、優先的に処理してくれ」とだけ、蔑んだ表情で指示を出した。 その後、机の上の1万円の報奨金の明細を指差し、俺に早く退出しろと合図した。 翔が呼ぶ「トップセールス」という響きが、何度も心臓をナイフで突き刺すようだった。自分がこれ以上なく可笑しく、可哀想に思えた。 俺は歯を食いしばり、その報奨金の明細を持って経理のオフィスへ向かった。 だが、デスクの上には本来あるはずのない精算書が置かれていた。 「後藤さん、お待ちしていました。支店長からの指示です、優先して処理しますね」経理の二宮恵(にのみや めぐみ)が明細の処理を始めた。 俺は言葉も出ず、恵が隣に置いたままの精算書に釘付けになった。 そこには、俺以外の社員の署名で、俺が報酬として申請していた規程と同名目の金銭が計上されていた。 第3話 首をかしげた俺は、念のため申請の日付に目をやった。 そこには11月23日と書かれていた。まさに昨日のことだ。 恵はすぐに事務処理を進め、俺に確認の署名を求めた。 俺は差し出されたペンを受け取り、精算書から目を逸らした。 「従業員インセンティブ規定」そのものがなくなったわけではない。翔が、どうしても俺に支払いたくないだけだ。 ほどなくして、スマホに銀行口座への入金通知が届いた。そこに記された「賞与」の文字が、ひどく目に刺さった。 恵がそれを見て、ため息交じりに言った。 「後藤さんもこの会社に入って3年ですね。支店長の性格なら知ってるでしょう?彼から手当を支給してもらうなんて、星を掴むくらい難しいですよ。後藤さんが一番の売り上げを出しているから多少は配慮してもらえてるけど、他の人ならこの10分の1だってもらえませんよ。 マンション贈呈のことで不満があるのは分かります。でも、支店長が申請を承認しない限り、手に入れるのは絶対に不可能です。 頑張ってください。今年を乗り切れば、支店長も異動になるかもしれません。そうなってから、改めてチャンスを狙えばいいじゃないですか?」 恵が小声で教えてくれたところによると、翔は上司とある話をしているらしい。年間の販売ノルマさえ達成すれば、来年は昇進して本社に引き抜かれるのだそうだ。 俺はペンを強く握りしめ、恵にお礼を言ってオフィスを後にした。 自分の席に戻り、手がけている業務を整理する。 ついでに、ここ数日の予定を確認した。 その時、不機嫌そうな顔をした翔が顔を出し、厳しい口調で警告した。「近日中に本社から販売実績の監査が入る。みんな各自資料をまとめておけ。未確定の注文がある奴は急いで詰めておけ。一番大事な場面で恥を晒すな!」 さらに、あえて俺の名前を挙げた。 「後藤。君はトップセールスだ。一番細かくチェックしろ。注文漏れなど絶対に許さん」 まるで先ほど何もなかったかのように、翔は淡々と指示を出す。 俺が何も言わずにいると、翔はこう続けた。「本社への報告が終わったら、成績の良かった者には報奨金を出すことも考えている。 ただ、足元をしっかり見ることだ。スキルを磨くと同時に、会社の理念を理解しておけ。自分の功績を盾にして、厚かましく手当を要求するのは、プロとしての姿勢を疑うぞ。誰のこととは言わないが、肝に銘じておくように」 翔の言葉が終わると、オフィスがざわつき始めた。誰もが直接口には出さないが、明らかな嫌味はすべて俺に向けられていた。 どこからともなく降り注ぐ探るような視線が、皮膚を焼くように痛かった。 俺はマウスを力一杯握りしめ、冷ややかな顔をしてパソコンの画面を凝視した。 そのとき、画面の隅に長く交渉を続けていた顧客から通知が届いた。 この顧客は長く狙っていた相手だった。商品品質への注文が多く、ずっと難色を示されていたのに、回り回って結局俺を指名してきたのだ。 反射的にチャット画面を開く。 【1億6,000万円の発注を検討しています。条件としては、納期を3日以内とさせていただきます】 最寄りの倉庫の在庫を確認したが、100万にも満たない。 他の倉庫からかき集めるとしても、3日以内というのはあまりに厳しい。 今の部署の誰が考えても、達成不可能な注文だ。 だが俺なら、絶対に納期通りに納品できる自信があった。 配送ルートと人員配置を頭の中で演算し尽くせば、この貨物は確実に期日通りに届けられる。 ここ数年、俺の脳はすでに市内全域の物流ネットワークを構築している。正直、どんな検索エンジンより正確だ。 1億6000万の注文にGOを出そうとした瞬間、先ほどの翔の嫌味たらしい「忠告」が耳に蘇った。 人生、常に目立とうとせず、腰を据えて落ち着くことも時には必要だ。 第4話 経理部で見かけた精算書の内容が、頭をよぎる。 俺は迷わず、返信欄にこう入力した。【申し訳ございませんが、在庫切れです】と。 顧客からの提案を、その場で断ったのだ。 続けて、社内のシステムでも当該の注文をキャンセル扱いにするよう登録した。 一連の作業を終えてふうっと息をつき、マグカップを片手に給湯室へコーヒーを入れに向かった。 給湯室に近づくと、同僚たちが何やら噂話をしているのが聞こえてきた。 「支店長は、後藤さんを見せしめにして組織を引き締めようとしてるのさ。後藤さんは3年間も死に物狂いで働いて月間トップを取り続けても、手当なんてろくになかったんだ。俺たちなんてたかが知れてる。定年まで働いても、昇給なんて夢のまた夢さ」 「さっき二人の話は聞いたろ?後藤さんが会社の規約を持ち出しても、あんなふうに突っぱねるだけなんだ。3年間、日夜必死に働いた見返りがたった1万円じゃ、やる気なんて失せるよ。むしろ、適当に流して時間を潰してたほうがマシだな」 聞き耳を立てていたが、作業スペースのほうが騒がしくなり、それ以上は聞けなかった。 俺は素早く背を向け、あえて少し離れた位置から同僚たちに向かって歩いた。角を曲がると彼らとぶつかりそうになり、何食わぬ顔で、さっきの話は聞こえていないふりをした。 彼らは俺に軽く会釈をして、通り過ぎていった。 コーヒーを淹れてから戻ってくると、自分の席の周りに人だかりができていた。 翔が、へつらうように相手に応じている。 次の瞬間、翔はこちらを向き、口を歪ませた笑みで横の相手にこう紹介した。 「こちらが後藤、うちのエースで、トップセールスの実力者です」 それからすぐに笑いを消し、俺に向かって眉間にしわを寄せた。「本社の井上さんが今年の売上評価にいらっしゃった。早く茶を出せ!」 相手の女性は30代前半で、真っ白なスーツを着こなし、氷のような冷ややかな視線を向けていた。 会社のレポートなどで名前は知っていたが、こうして直接お会いするのは初めてだ。 井上紬(いのうえ つむぎ)のモットーは「賞罰厳正」だと聞いている。 翔とは何が違うのか分からない。裏では社員の手当を削っているんじゃないか…… 俺はコーヒーをデスクに置き、紬の心中をあれこれと推察していた。 挨拶も済まないうちに、紬は手にしていた資料を力任せに翔の顔へ投げつけた。 「山口支店長、これで本社が騙せると思ってるの?この資料、申告額より1億6,000万円も足りてないじゃない。こんな大きな不正を見過ごせっていうの?私を舐めてるの?」 翔は顔面蒼白になり、言葉を失った。 慌てて床の資料を拾い上げ、一気に目を走らせる。 集計した合計が自分の申告した数字と一致しないことに気づくと、ふくよかな額に冷や汗が吹き出した。 「井上さん、これは誤解です。部下の計算ミスに違いありません。きっとどこか抜け落ちているんです。すぐ再計算させます。 どうか、ご安心を。今日中に必ず納得いく説明を差し上げます。まずはこちら、支店長室へどうぞ」 冷や汗を拭いながら、翔が紬を誘導する。 俺はつい、笑みがこぼれた。 翔、俺のマンションを奪おうとするなら、俺はあなたの実績を奪うまでだ。 本社への異動なんて、させるわけがない。 コーヒーを優雅に一口啜り、再びデスクで注文データの整理に戻る。 物流情報を追跡し、最短ルートを選択し直す。 品質と納期を守って正確に届けることで、円滑に取引を成立させるのが仕事だ。 怒りに満ちた翔が、システム上の注文記録を持って俺の席までやってきた。 「後藤、どうして1億6000万の取引をキャンセルした! あそこの数字は年度の目標売上に算入済みだというのに、独断でそんなマネをするな!」 翔は鬼のような形相で喚き、太った腹回りを激しく震わせている。 「金で何でも解決できる」という甘い考えが見事に崩れ去った瞬間だ。 第5話 俺は記載されているキャンセル理由を指し、冷静に言い返した。「キャンセルの理由は既に明確に説明しました。在庫不足であり、期限内の納品が不可能だからです」 自ら受注を拒否すれば、せいぜいインセンティブの減額か、始末書程度で済む話だ。 マンションを失った損害に比べれば、そんなの屁でもない。むしろどうでもいいことだ。 翔は不意を突かれて言葉に詰まり、堪えるように言った。「しかし後藤、君なら納期までにこのロットを納品できる手立てがあるだろう?なぜ受注を断るんだ?手に入るはずの売上をドブに捨てる気か!」 大局と小事、どちらを取るべきかなんて、そんな単純なことも分からないほど馬鹿ではないつもりだ。 俺は軽く笑ってコーヒーを啜り、以前翔が俺を諭した時と同じような態度を真似た。 「支店長、能力を高く評価していただき感謝します。ですが、以前支店長が目立つなとおっしゃっていただいたことを思い出し、自分なりに振り返ってみた結果、確かにその通りだと感じました。 今まで営業成績という理由でトップセールスの座を占領し、他の社員からチャンスを奪ってきました。今後は一歩引いて、悪目立ちせず、自分を律していこうと決めたのです」 これまでの案件は常に成功していたため、翔はチェックすることもなく全ての報告をそのまま受理する習慣がついていた。 その油断が、今日の紬の面前で顔に泥を塗る事態を引き起こしたわけだ。 翔は濁った瞳を怪しく動かし、黒ずんだ顔で手を後ろに組んだまま、じっと立ち尽くしていた。 「後藤、トップセールスだからって調子に乗るな。今回の件は明らかな規定違反だ。大幅な減点対象になる。今すぐこの案件は回収し、未達分の穴埋めをしろ。これは勧告だ!」 会社の規定を口実に騙せるのは、一度だけで十分だ。 「お断りします。規定に基づいて業務を行っただけで、違反はしていません。支店長、その根拠のない発言は脅迫と見なしてよろしいでしょうか?」 もし翔が肯定すれば、その時点で彼の昇進は終わりだ。 部下を脅すような人間を昇格させる会社はない。ここで翔が認めれば、それは即座に自分の墓穴を掘ることを意味する。 それを聞いて、翔の眉間に深い皺が刻まれ、顔色が蒼白へと変わっていった。 「君がやらなくても、代わりはいくらでもいる!」翔は一度言葉を切ると、別の部下の名前を呼んだ。 しかし、呼ばれた部下たちは次々と断り文句を並べた。 「支店長、私の実力はご存じでしょう。これほどの大量注文を一人で捌くなんて不可能です」 「すみません支店長、なんだか熱っぽくて。今から病院へ行くところなので、他の方にお願いします」 「支店長、父が脳卒中で倒れたとの連絡が入って、今すぐ病院に行かないと……」 名前を呼ばれた人たちは予想通り、誰もその厄介事に関わろうとはしなかった。 なぜなら俺の担当する顧客は、大抵が一筋縄でいかない、厄介者ばかりだからだ。 要求が多い上に、納期や品質に対する基準が非常に厳しい。 その顧客に短期間で解決策を提示できるのは、俺しかいないのだ。 ただ我慢するだけではダメで、相手の本当の要求を見抜く力が必要だからだ。 周囲を一巡して、誰も注文を引き受けられないと知った翔の顔は、怒りで赤く染まった。 周りには氷のような空気が流れ、壁掛け時計の秒針の音が響くほど静まり返った。 時間はもう午後5時。翔に残された猶予はあと30分しかなかった。 彼はもう、打つ手がないのだ。 紬に対して納得のいく説明ができなければ、今年の賞与も昇進も消えてしまうだろう。 蟻地獄に追い込まれたような翔の顔を見ながら、俺はのんびりとPC画面で営業日報を入力した。 その時、メールの通知がポップアップした。1億6000万円の顧客からの至急連絡で、予算を1億8000万円まで増額してでもこの状況を解決してほしいという依頼だった。 横にいた翔は目を丸くしてメッセージを見つめた。俺が返信ボックスに【申し訳ございませんが】と打ち込んでいることに気付き、形相が変わる。 彼は焦って俺の肩を掴んだ。 「後藤、待て――」