二度目の人生、裏切りヒモ男の援助をやめた

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二度目の人生、裏切りヒモ男の援助をやめた

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結婚式の日。またしても彼氏の谷口竜也(たにぐち たつや)が私・中島玲奈(なかじま れな)を放っておいて初恋の陣内篠(じんない しの)と出...

Chương (1)

第1章

結婚式の日。またしても彼氏の谷口竜也(たにぐち たつや)が私・中島玲奈(なかじま れな)を放っておいて初恋の陣内篠(じんない しの)と出かけてしまった。 その時、小説の世界でよくある「妻を亡くして後悔し、血を吐くような思いで追いかけてくる」あのお決まりの展開になってほしくて、私は18階から身を投げたのだ。 しかし私が死んだ後、竜也は一滴の涙も流さず、私の全遺産を相続した。それどころか、翌日にはさっそく篠と手を繋いで、私のお墓にまでやってきて、悪びれる様子もなく言った。 「お前が金で俺と篠を引き裂いたんだ。今の結果も全部、お前の因果応報だ。玲奈、今日、俺と篠は結婚した。もう、お前を恨むこともない」 篠は竜也の腕を抱き寄せ、善良で心が広いだなんて、お世辞を言っている。 だが、かつて彼の母親が重い病気でお金が必要だった時、私の前に跪いて自分を金で買ってくれと懇願してきたのは、他ならぬ竜也自身だった。 今、竜也が並び立てる私の「999個の罪」を聞きながら、私は吹っ切れた。 ふたたび目を開けると、私は飛び降りる直前に戻っていた。今度は飛び降りるのをやめ、真っ先に竜也のカードを止め、竜也の母親の入院費を打ち切った。そして、彼が何より大事にしているその愛を、存分に成就させてやることにした。 けれどどうして後になって、竜也は目を真っ赤に潤ませて、やり直そうと私に縋り付いてきたのだろう? 第1話 「いい加減にしろ!玲奈、篠は病気なんだ。頼れる家族が誰もいないから、俺が代わりに見てやってるだけだ。いちいち文句を言って、情に訴えるような真似はやめてくれ。 いい歳して、屋上から飛び降りるなんて、脅しかよ。やりたきゃ勝手にやればいいだろ!」 彼氏の谷口竜也(たにぐち たつや)が、失望した目で、ビルの上にいる、私・中島玲奈(なかじま れな)を見ていた。 冷たい風が吹き抜け、私は言いようのない悪寒に震えた。そこで初めて、自分は時を遡ったのだと悟った。 心臓が激しく波打つのを感じて、私は一歩後ろへ下がった。 下で見ていた人々は、私の行動を見てほっと息を吐き、口々に「危ないから降りてきて」と声をかけてくれた。 けれど、私が死に物狂いで10年もの間愛し続けてきたその男は、私の姿を軽蔑するように見ていた。「どうせ演技だろう」とでも言いたげな表情で。 竜也が「病気だから助けなきゃ」と言い張る相手。それは彼の初恋の相手、陣内篠(じんない しの)だった。 竜也と付き合っている間、彼はいつも「篠の方が可哀想だ」と言っては、私を置き去りにした。 今回は、10年間夢見て、私の両親と縁を切ってまで用意した結婚式だったというのに。 竜也は結婚式を放り出し、私と多くの招待客を残して、ただ風邪を引いただけの篠を看病しに行ったのだ。 前世の私は、どうかしていた。自分がもっと酷い目に遭えば、竜也が私を少しでも愛してくれるようになるのではないか?それを確かめたかった。 おまけに竜也に刺激され、反抗心が芽生えた私は、衝動的に高層ビルから身を投げた。 死ぬ瞬間のその時まで、竜也が後悔し、絶望にくれる姿を夢見ていた。 けれど、彼はそうならなかった。 後悔どころか、涙一つ流さなかったのだ。 竜也は私の体から飛び散った血を無表情で拭うと、幼稚な奴だと私を鼻で笑っただけだった。 そして、翌日、私の遺産を持って篠と入籍したのだ。 その瞬間に、私はようやく全てを理解した。 「篠が可哀想だから助けている」という竜也の言葉は、すべて嘘だった。 竜也はただ、篠が好きすぎて、何事も篠を優先し、彼女を中心に回っていたのだ。 私は10年もの間、騙され続けたまま、無惨な死を迎えてようやく真実に辿り着いた。 今の私には二度目の人生がある。二度と他人のためだけに自ら命を絶つような馬鹿はしない。 私は冷静になって踵を返し、ビルを出た。野次馬も、警備員によって散らされていく。 人だかりからも安堵のため息が漏れた。 「よかったな、吹っ切れたのか?」 「そうだよ。人生、これから先が大事なんだから。どんなに大きなことがあっても、命を粗末にしちゃいけないわよ!」 優しい人が私に水を一本差し出し、「これでも飲んで落ち着きなよ」と言ってくれた。 しかし、竜也が私にかけてきた言葉はいたわるものではなく、電話越しに篠へ投げつけた悪態だった。 「見ただろ?玲奈のやつはすぐ降りてきた。演技だって言ったのに、信じないからだよ」 竜也はそう言うと、私にスマホのスピーカーを突きつけてきた。 すると、篠の弱々しい声が聞こえてきた。 「玲奈さん、お願いします。小説に出てくるような、お金にものを言わせて、竜也を追い詰めるような真似はもうやめてください。お金さえあれば、何をしてもいいと思っているのですか? この10年、竜也は本当に苦しんできました」 それを聞いて、竜也は瞳を真っ赤にし、恨めしそうに顔を背けた。まるで被害者であるかのような表情だった。 私は竜也が見せた恨みの混じった表情から、前世の私の墓の前で彼が言っていた言葉を思い出した。 「勉強しろと強要して俺の自由を縛り、篠と話す時間すら奪った。 結局、俺の家の格が低いのが嫌なんだろ。大卒の俺を軽蔑してるんだ。 大学受験を5回もやり直しさせられて、篠とは遠距離恋愛になるように留学までさせられた。 金を投げつけて俺を馬鹿にする。金なんて、プライドを踏みにじるだけの侮辱でしかなかったんだ」 そんな、泣き言のような言葉を聞き流しながら、私は虚しい笑みを浮かべるしかなかった。 元々は竜也自身が、私の袖を引いてこう頼んできたのではなかったか。 「玲奈、もっと上を目指したいんだ。お前のヒモなんて言われたくない。だから協力してくれ。ちゃんと勉強したら、お前の会社の役に立ってみせるよ。恩返しさせてほしいんだ」 私はそんな恩返しのことなど求めていなかった。ただ竜也の願いを叶えたい一心だった。 挙句には、竜也が大学院に落ちたと聞けば、多額の投資をしてまで無理やり名門大学へ入れてやったのに。 竜也に金を渡したのは、留学先で周囲のハイセンスな学生たちと並んだ時に、格安の服を着て卑屈になる彼を見て、少しでも自信を持って生活してほしいと思ったからだったからだ。 しかし、全てを手に入れた今、竜也は私が彼の愛を邪魔したのだと逆に恨みを持つようになっていた。 竜也は、絶望的にため息をついた。 「いいんだ、気にすんな。玲奈は傲慢だから何を言っても無駄だ。篠、少ししたらそっちに行くから、今はゆっくり休んでろよ。いつまでもグズグズ騒がれたらたまらないからな」 電話を切ると、竜也は警告するような目つきで私を一瞥した。 前の私なら、竜也の懸念は正しいと言えただろう。 怒鳴り散らし、泣き喚いて、何としても彼の行く手を阻もうとしただろうから。 だが今の私は、無表情のまま竜也の脇を通り過ぎる。 「行きたいなら勝手に行って。私はもう邪魔しないから」 第2話 私がやっと折れたというのに、竜也は嬉しそうな様子も見せず、苛立ったように言った。 「余裕ぶってるつもりか?何回言わせるんだよ。俺と篠はただの友達だ。 それに、どこに行こうが、それは俺の自由だし、お前に許可をもらう必要もないだろ。 俺を買ったからって、交友関係まで制限できると思うなよ。今訴えられたらどうなるか、分かってるのか?」 捨て台詞を吐いて脅してくる竜也を見て、私は思わず笑ってしまった。 今でこそ高級ブランドを身にまとい、最新のスマホを使っているが、10年前の竜也は学費も払えないような貧困の学生だったのだ。 彼の父親は早くに亡くなり、弟は水難事故で亡くし、母親は大病を患っていた。 独りぼっちで、私の前に膝をつき泣きつく竜也は、母親を助けてほしい、そのためなら何でもすると誓った。 私は竜也の境遇を憐れみ、彼の母親の治療費を全額肩代わりした。 ただ善意からしたことだったが、竜也は無鉄砲にも会社へ押しかけ、突然私に告白してきたのだ。 最初は周囲の冷やかしもあって承諾したが、いつしか私は竜也にのめり込んでいた。 竜也に尽くすあまり、生活費も学費も全て負担し、限定ゲームや靴など、新しいものが出るたびに買い与えてウォークインクローゼットを埋め尽くしていった。 私はずっと、互いに愛し合っているのだと信じていた。 しかし竜也の目には、私はただ金で彼を汚す悪人にしか見えていなかったらしい。 どうりで、これほどまでに憎まれていたわけだ。 それならそれでいい。竜也に好きなようにさせる。 「竜也、別れよう。これであなたは自由よ」 竜也は鼻で笑い、「いつもの芝居か」といった表情を見せた。 「なんだ?自殺未遂でだめだったから、次は別れ話ごっこか? いいぞ、別れを言い出したのはお前だ。後悔しても知らないからな」 捨て台詞を吐くと、竜也はわざとらしくゆっくりと歩き出した。 私から追いかけてくるのを待っているのだ。 これまで喧嘩のたびに、どっちが悪くても、重苦しい沈黙に耐えきれない私が折れていた。 だから今回もすぐに負けを認めるはずだ、と竜也はタカをくくっている。 しかし、前世で竜也が篠と幸せな一生を送るのを、私は幽霊となって見届けたのだ。 私の両親は娘を失った悲しみで、一夜にして老け込んでしまった。 それでも両親は、私の遺言を尊重して遺産を竜也に譲った。 あの時、竜也は涙を流して私の両親を、実の両親のように大事にすると約束していた。 それなのに二人が病に伏せると、面倒だと言って治療を放棄したのだ。 竜也と篠の幸せそうな姿を見せつけられる日々が、私の中の彼に対する情を枯らし、激しい後悔へと変えた。 私の愚かさで両親まで道連れにしてしまったのだから。 今度こそ、二度と同じ過ちは繰り返さない。 私は竜也に背を向け、迷いなく歩き出した。 「分かってるって……」 私が立ち去るのを見て、竜也は一度こちらを振り返った。背中を向けた私を見て、言いかけた言葉を飲み込んだようだ。 そして、竜也は険しい顔をして、怒りながらその場を去った。 私はそのまま帰宅し、家の中にある竜也の荷物をすべて処分した。一息つこうとスマホを開いた時、自分に関する検索ランキングが急上昇しているのを見て、言葉を失った。 第3話 竜也は、私が飛び降りようとした動画をすべて撮影し、それをネット上に投稿して、こんな文章を添えた。 【独占欲が爆発する彼女を持つと、どうなるか?ただ病気の友達の看病に行くだけなのに、彼女は死ぬと脅して引き止めようとするんだ!】 この動画は拡散され、たちまちネット上は炎上騒ぎになった。 【別れろ、絶対別れた方がいい!こんな粘着質な女が彼女とか、怖すぎるだろ!】 【看病に行くだけで飛び降りるなんて、かまちょすぎて理解できない。画面越しでも窒息しそうになったわ!】 少しして、竜也はすぐさまそのコメント欄で一番高評価を得ていた書き込みに返信した。 【みなさんの言う通り、もうあの女とは別れた。今は新しい彼女を病院から連れ帰っているところだ】 添付された写真には、竜也と篠のツーショットがあった。二人の頬にはハートの半分ずつが描かれ、ぴったりと寄り添っていた。 フォロワーたちは【おめでとうございます】と祝福の言葉を連ねた。 私はそれを見て、滑稽で笑いがこみ上げた。 写真の中の篠は、血色も良く、どこからどう見ても元気そうだ。 病気なんかじゃない。これは私と竜也の結婚式を台無しにするために、篠が考えた常套手段だ。 病気のフリなんて何度も繰り返しているのに、竜也は一度も疑うことなく、逆に私の方を心が汚れている、篠を悪く思っていると責めるのだ。 以前の私はそれで悔し泣きをしていたけれど、今はもう分かった。竜也は見抜けないのではなく、確信犯で篠を贔屓しているのだと。 今回竜也が自ら私をネットで炎上させ、コメント欄に篠との交際公表の写真を貼ったのも、私が昔のように問い詰めるのを待ち、彼がそれを上から目線で論破し、その流れで自分に都合よく喧嘩を収めようという意図だろう。 でも今回は、竜也のくだらない芝居なんて無視することにした。彼からの通知を全てオフにし、両親に電話をかけた。 二人にとってみれば、私は一昨日大喧嘩をしたばかりだ。 でも、私にとってはもう何10年も会っていなかったのだ。 「お父さん、お母さん。もう迷いは吹っ切れたよ。あの政略結婚の話、受けることにするわ」 私の言葉に、受話器の向こうの両親は明らかに絶句していた。 それもそうだ。昨日まで縁を切るとまで言って、家出をしてまで竜也との結婚を貫こうとしていたんだから。 父の中島慎吾(なかじま しんご)は私のただならぬ気配を感じ取ったのか、慌てて聞き返してきた。 「玲奈、一体何があったんだ?」 私が答えるより先に、母の中島恵(なかじま めぐみ)が声を上げた。スマホを奪い取るようにし、声には恐怖の色が混ざっている。 「玲奈!ネットのニュース見たわよ!谷口さんのせいで、飛び降りそうになったの!? どうしてそんな馬鹿なことするの?男一人のために人生を投げ出そうとするなんて。 幸い何事もなく済んだけど、玲奈、私とお父さんがどれだけ心配したと思ってるの!」 前世で、私が亡くなったあとに一日で白髪になり、さらに竜也に酸素マスクを外され、死にきれずに無念の中で逝った両親のことを思うと、鼻の奥がツンとして、罪悪感でいっぱいになった。 今まで散々二人を困らせてきた。でももう二度とそんなことはしない。 親孝行をして、これからは二人を安心させて生きていきたい。 「お父さん、お母さん。ごめんなさい。私が浅はかだったの。 でも、もう目が覚めて、竜也とは別れた。二人が言った通りね。身分違いの恋なんて長く続くはずがないわ。 だから、政略結婚を受け入れる。二人が決めた相手と結婚するわ」 今回は、燃え上がるような愛情なんて必要ない。夫婦として互いに尊重し合い、穏やかな人生を送ることができれば、それだけで十分だ。 電話を切ると、すでに夜も遅い時間になっていた。 私は恋愛で荒れ果てた自分の仕事を必死に立て直していて、気がついたら寝過ごしてしまった。 慌てて会社へ向かう。今日は200億のプロジェクトが動く、大事な日なのだ。 会社に駆け込むと、秘書の鈴木美月(すずき みつき)から報告を受けた。顧客はすでに会議室で、竜也のチームから案件の説明を受けているという。 嫌な予感が頭をよぎった。うっかりしていた、竜也は私の秘書同様で、篠はこのプロジェクトの名目上の企画担当者だ。 会議室の扉を勢いよく開けると、竜也が契約書を顧客に投げつけ、声を荒らげていた。 「篠が病気の体で徹夜して仕上げた企画書に、何故ケチをつけるんですか?せっかく汗水垂らして作ったものを無駄にするつもりですか?」 第4話 会議室は水を打ったような静けさになった。 やがて相手が気まずい沈黙を破り、何とか感情を抑えて説明した。 「谷口さん。こちらの注文内容にケチをつけているのではありません。ただ、今回ご提出いただいた案は弊社の基準を満たしていないので、採用することはできかねます。 数値データに整合性が見られず、また誤字脱字や文章構成にも課題が確認されております。また、内容の一部に既存情報との高い類似性が確認されており、検知率が80%を超えております。 過剰な要求をしているつもりはございませんが、現段階では承認基準を満たしておらず、採用は難しいと判断しております」 そもそも篠に能力が足りないことはわかっていた。採用試験で不合格にするつもりだったが、竜也があまりにしつこく頼み込むから折れたのだ。 ところが、入社してからの篠はミスを連発した。 契約書作成でペンを間違え、インクが消えて契約を無効にして億単位の損害を出したりした。 接待では勝手にメニューを変え、「体が弱いので」と高級ワインをぶどうジュースにし、予約していたフルコースを病気の時の栄養食に入れ替えたりもした。 書類の印刷を頼めばシュレッダーにかけて、「見間違えました」で済ませたこともある。半年かけて取り組んだプロジェクトが水の泡になり、ボーナスも吹き飛んだ。 文句を言おうとするといつも竜也が篠の前に立ち塞がり、新人だから仕方ないと私を責めた。篠をクビにするなら、彼のこともクビにしろと脅すのだ。 前の私は、あのおめでたい恋愛脳のせいで竜也のためにずっと我慢を重ねてきた。しかし、まさかここまでひどいことになるとは思わなかった。 正気に戻ると、会議室の中の篠と視線がぶつかった。 私が入ってくるのを見て篠は得意げに微笑み、いかにも悲しげに首をかしげて竜也に話しかけた。 「竜也、こんなことしないで。200億円の大きな仕事だもの。私が少しくらい嫌な思いをするのは当たり前よ。 今から残業して書き直すわ。もし過労で倒れたとしても、お客様が満足してくれるものを持ってくるから」 竜也はすぐに心を痛めて篠を止めた。 「篠、何言ってる!たかだか200億で、健康を犠牲にできるわけがないだろう?無理するな、この案のままで行く。相手が提携したくなければ、降りてもらうだけだ!」 顧客は冷ややかな目で竜也を睨みつけた。 「中島社長と話がしたいんです。ただの助手である谷口さんに、この決定権はないはずでしょう」 竜也は鼻で笑った。 「うちの社長は俺の言うことなら何でも聞きますよ。会社を畳めと言えば迷わずそうするでしょう。あなたは何様のつもりですか? こちらに敬意を払ってください。でなければ、タダじゃ済まさないですよ!」 顧客は怒りで顔を赤くし、今にも爆発しそうな状態だった。 最近会社の提携が減っていた理由がわかった。この二人、顧客に愛想をつかされていたのだ。 前は恋愛ばかりで会社に注意を払っていなかったが、戻ってきて驚いた。二人は好き放題に振る舞っていたのだ。 私は怒りを押し殺して、ニヤついている竜也を見据えて言った。 「へえ、そんな大きな権限があったの? 竜也、陣内さん。二人とも規約違反で懲戒解雇よ。とっとと出ていきなさい」 第5話 私が突然現れたことで、会議室にいた竜也は目を丸くした。 私の発言の意味を理解したのか、竜也は眉間に深い皺を寄せた。 「玲奈、何を言ってるんだ?」 私は耳の奥をほじるような仕草をしてから、ゆっくりと口を開いた。 「耳が遠いのかしら?それとも理解できないの?二人ともクビだって言ってるのよ」 竜也はそれが私のまた新しい駆け引きだと決めつけ、呆れたように鼻で笑った。 「玲奈、昨日あんなに騒いで別れるとか言っておいて、今日はクビだと? もう十分だろ。こっちはもう飽き飽きしてるんだ……」 彼が言い終わる前に、私は準備させていた美月から退職手続きの書類を受け取り、突きつけた。 「サインして、さっさと会社から消え失せて」 差し出された書類を見て、竜也の顔色は青ざめ、信じられないという目で私を見返した。 「玲奈、本気か?」 篠がいち早く割って入ってきた。 「玲奈さん、竜也にそんなこと言わないでください!せっかく仲直りできる機会なのに」 私はそのままもう一枚の退職手続きの書類を篠の前に投げた。 「慌てないで。あなたもクビよ」 私が本気だと知った途端、竜也も逆上し始めた。 プライドの高い竜也が、このような侮辱に耐えられるはずもなく、吐き捨てた。 「いいさ。後から、泣きついて戻ってきてなんて頼むなよ」 竜也は殴り書きでサインをし、革靴の音を響かせながら威勢よく立ち去った。 篠は二人の間で行き場をなくした様子でため息をつき、サインを済ませると竜也を追っていった。 社員たちは皆、私がいつものように情緒不安定になっているのではと、不安そうに私を伺っていた。 でも、彼らは知らない。私が時を遡ったことを。 私は未練がましく竜也を追うようなことはせず、まず取り引き先を繋ぎ止めることに注力した。 冷静になった私を見て、顧客の態度は軟化し、契約はスムーズに進行した。 顧客を見送った後、周囲の怪訝な視線を無視して社長室へ向かった。 美月に、これまでの竜也の管理する会計書類をすべて出させることにした。 今まで竜也を信頼して任せていたけれど、別れた以上は私が全権を掌握するつもりだ。 「社長、こちらが資料になります」 資料をめくっていた私の眉間は、怒りで硬直していった。 竜也の好き放題を許していたのは私だけれど、まさか部下たちもそれを助長していたとは。 今回調査して初めてわかったことだが、竜也は会社の経費で篠と頻繁に外食や買い物に行き、最低でも数百万以上を使っていたのだ。 オーダーメイドのドレスに数億の住居、オークションで数十億のジュエリーも、全て平然と経費として扱っていた。 私には誕生日でさえサインペンで手描きしただけのカードを渡し、「形ではなく気持ちが大切なんだ」などと言っていたのに。 あの時は色落ちしないように必死で守っていた自分が、今では馬鹿らしくて仕方ない。 今思えば、あれもただの言い訳だったんだ。 前世で死ぬ間際まで竜也を愛し、遺産さえ残そうとした自分を殴りたくなった。 鼻で笑いながら、まだ返却していない竜也名義のカードを止め、法的措置を取るよう準備を進めた。 時計を見るともう時間だったので、お見合いのためにレストランへ向かった。 両親に勧められたお相手は、葛城グループの長男、葛城直樹(かつらぎ なおき)。 華やかで有力な一族の若手で、宴会では何度も顔を見かけている。 しかし、お見合い相手として対面するのは、これが初めてだ。 礼儀として、約束の時間より早めに現地に着いた。 予約していた個室に向かう途中、ちょうど出口から出てくる竜也と篠に出くわした。 私を見つけた篠がすかさず嫌味を放つ。 「玲奈さん、2時間も経たずに追いかけてくるなんて……朝にあんな恥をかかせなきゃ良かったのに」 竜也も傲慢な顔つきで私を見下ろした。 「謝罪するつもりなら聞かなくもない。篠の新しい車として、最高級の輸入車を一台買ってよこせ」 篠はあざとく笑いながらも首を振った。 「ダメよ竜也。玲奈さんのガレージには他にもたくさんあるし、何でもいいわ」 竜也はそれに納得がいかないようで眉を上げた。 「ダメだ。会社で散々嫌な目に遭わされたんだから、おさがりで良いわけがない。お前には、もっといいものをもらう権利がある」 二人の掛け合いを見て滑稽に思った私は、余裕たっぷりに髪をかき上げた。 「そうかしら?彼女はおさがりが合ってるみたいよ。そうじゃなければ、なんであなたと一緒にいるのよ?」 「玲奈、お前――」 竜也が憤怒し始めたが、それを遮った。 「大丈夫、そのときが来たら、車はきちんと手配しておくわ。二人で仲良く使えばいいでしょ?」 竜也は一瞬、言葉の意味が理解できずきょとんとした。 「へぇ、分かればいい……」 すぐに周りの嘲笑に気づいたのか、竜也の顔が怒りに真っ赤になった。 「玲奈!自分からクビにしておいて、嫌がらせのつもりか? 見損なったよ。篠の方がお前より100倍いい。二度とお前なんか許さないからな!」 そう捨て台詞を吐いて、竜也は私からもらったカードで会計しようとした。 店員が操作をした直後、申し訳なさそうに言った。 「お客様、このカードは凍結されておりますので、別のお支払方法をお願いします」 第6話 「どういうことですか?端末が壊れてるんじゃないですか?」 すると後ろから会計を急ぐ客の列が伸び、店員は他の客の会計を先に済ませようとした。 その客のカードは問題なく決済できたため、店側のシステムに問題がないことは明らかだった。 顔を真っ赤にして苛立った竜也は、あろうことか他にも持っていた数枚のブラックカードを店員に投げつけた。 しかし、「決済不能」という電子音が、竜也のプライドを何度も打ち砕いていく。 まさか全てのカードが使えないとは、竜也も夢にも思っていなかったのだろう。 「お客様、恐れ入りますがカードのご利用が停止されているようです」 竜也が歯を食いしばりながらカードを取り上げると、鼻で笑いを浮かべる私と目が合い、激高した。 「玲奈、まさかお前がやったのか? 性格が悪すぎる!結婚式での小さな行き違いをいつまで根に持ってるんだ?わざとカードを止めて、俺を恥かかせる気か!」 篠もすぐさま悪態をつき始める。 「玲奈さん、そんなにセコい真似してると竜也も怒って、もう構ってもらえなくなりますよ」 私は冷ややかな目で篠を一瞥し、一切容赦せず言い返した。 「陣内さん、寄生虫のあなたが口を挟むことじゃないわ。 それに、あなたが使っているその服もバッグも、元はといえば全部私の金よ。 ついでに言っておくと、私は自分の資産を回収しただけ。あなたたちに与える金は一銭も残していないわ」 竜也の顔色は蒼白になり、悔しさに地団駄を踏んでいた。 「お前はどれだけ強欲なんだ?それだけ持っていれば、俺たちに少しくらい分け与えたっていいだろう?」 あまりの身勝手さに笑えてきた。 「銀行には大金があるわよ。強盗でもして手に入れれば?」 言い返せない竜也は、怒りで眉間にしわを寄せている。 篠が呆然とした表情で私を見る。 「玲奈さん、竜也は少し強がってるだけですよ。そんなに本気で追い詰めて、愛想を尽かされても知りませんからね」 竜也は傲慢な態度を崩さず、勝ち誇ったように鼻を鳴らした。 「気にするな。これはただの駆け引きだ。そのうち泣きついて戻ってくるだろうよ」 そう言って竜也は、はめていた高級時計を外して投げ捨て、支払いを済ませると、篠を連れて足早に店を去った。しかも、捨て台詞を残して。 私は予約した個室へ向かう途中、二人が遠ざかっていく中でも楽しそうに話しているのが聞こえた。 私に焼きもちを焼かせ、狂ったようにすがりついてくるのを待っているのだ。 しかし、そんなものには興味はない。私は竜也を記憶から抹消し、お見合いに専念した。 相性がよく話も盛り上がったおかげで、とんとん拍子に事が進んだ。 母もこの縁談を喜び、すぐさま正式なプロポーズの運びとなった。 結婚式の準備で深夜に帰宅し、溜まっていた業務を片付けていると。 ふいにスマホが鳴り、確認すると案の定、我慢しきれなくなった竜也からのメッセージだった。 【いい加減にしろ。俺がいなきゃお前は何もできないんだろ。篠に謝れば、寛大な俺が許してやる】 私は首を振り、スマホを放り投げて仕事に集中した。 一通り終わらせて画面を開くと、普段は一文字で返信していた竜也が99件も通知を寄越していた。 内容は相変わらずの身勝手な謝罪要求だ。 中身をざっと見渡すと、新しい通知が届いていた。 【俺と結婚したければ、今すぐ言う通りに動け】 私は迷いなくブロックした。 しばらくすると、今度はスマホが鳴りだしたが、即座に着信拒否した。 ようやく静寂が戻る。 仕事も縁談も、やることが山積みだ。竜也に構っている暇などない。 両家とも先を見据え、慌ただしく結婚の準備が進められた。さらに、式を待たずに先に入籍するほどの急ぎぶりだった。 急だったが、準備不足は感じられないほど、豪華な結婚式となった。 前世と違い、両家に祝福される婚姻であり、財界の有力者が集まる盛大な結婚式だった。 当日の朝、準備の最中に病院から電話がかかってきた。 「中島さん、谷口さんのお母さんですが、容体が悪化しました。未払分があるのですが、至急入金いただけますか?」 美月には既に支払停止を指示していたが、病院は相変わらず私にかけてくる。 以前は私が進んで立て替えていたせいだろう。病院も勝手に前例に習ったというわけだ。 だが、私は忘れていない。私が投身自殺をした時、竜也の母親が冷たく吐き捨てたあの言葉を。 あまつさえ、私が竜也に遺産を残したことを知るや否や、私の両親に対して私の「愚かさ」を笑ったのだ。 「あんたたちの娘が自分からお金を残していくなんて、さすがにうちの息子の魅力ってことかしらね! 勝手に死んだ女のことなんて,もうどうでもいいでしょ。籍も入れていないんだから、他人も同然よ。うちの息子には関係ないわ。恋愛は自由なんだから! みっともない真似は辞めなさい。これ以上騒ぐなら警察を呼ぶから!」 …… そんな記憶が脳裏をよぎり、私は氷のような口調で切り捨てた。 「既に別れておりますので、竜也の家族の事情は存じません。支払う意思は一切ありませんので、これからは本人に請求してください」 第7話 電話を切り、私は両親と共にフロントロビーで賓客を迎えた。 会場には年長者が多く、祝いの言葉に笑顔で応じる中、ポケットの中でスマホが震え続けていた。 執事の山本大地(やまもと だいち)がかけてきたと分かり、一言断って席を外した。 「玲奈様、大変です!谷口様が更衣室に押し入ってきました!今、新郎である葛城様がお着替え中なのに!」 私は耳を疑った。 「どういうこと?あの場所に、どうやって入ったの?」 大地はしどろもどろになりながら答えた。 「以前、玲奈様が『この家の中で、竜也が立ち入り禁止の場所はない』と仰っていましたので、誰も止められなくて……」 頭痛がした。あの竜也のことだ。きっと何か常軌を逸した行動に出るに決まっている。 大地にその場を繋ぐよう命じて急行した。到着するなり目に入ったのは、直樹に贈った百億単位の骨董品が、ゴミのように床で粉々に砕け散っている光景だった。 竜也は狂ったように喚き散らしていた。 「玲奈をすぐ呼び出せ!さもなくば、ここの物を全てぶっ壊してやる!」 その場にいた誰もが息を呑み、震撼していた。 渦中の竜也は平然としたまま、私を見つけると恨みがましい目で詰め寄ってきた。 「玲奈、お前だろ?うちの母の治療費を止めたのは」 「ええ、私よ」 私の答えに、竜也の目が怒りに燃えた。 「なんて冷酷な女だ!あの薬がなきゃ母は生きていけないんだぞ。金を出さないなんて、殺そうとしてるのか!」 もはや竜也に未練はない。そう言われても動じなかった。 「竜也、はっきり言うけど。あなたのお母さんは私の家族じゃない。自分の親を支えるだけで手一杯よ。あなたの身内を面倒見る義務なんてないわ。 自分の身内くらい自分で面倒見て」 これほど強く言い返されると思っていなかったのか、竜也は呆然とし、やがて屈辱に満ちた表情を見せた。 「お前の勝ちだ」 私は何のことだか理解できない。 竜也は奥歯を噛み締め、捨て台詞を吐いた。 「白々しいな。連絡先をブロックして金を止めて……俺に謝らせて、プロポーズさせたいんだろ? そんなに必死だったなんてな!いいさ、結婚してやる。 次はこんな手段で追い詰めるな。もし同じことしたら、今度こそお前の前から消えてやるからな!」 その瞬間、周囲からざわめきが起こった。 「どういうこと?今日の主役は葛城さんと中島さんじゃないの?」 「中島さん、前にも忘れられない元カレのためにビルから飛び降りそうになってたって噂よ。この暴れてるのがその男でしょ。式を利用して元カレの気を引こうとしたんじゃない?」 「悪趣味ね……どう見ても葛城さんの方がイケメンなのに」 …… 直樹は冷静な視線を向け、私に説明を求めていた。 黙って見ていられず、私は前に出て言い放った。 「いい加減にして!今日は私と直樹の結婚式よ。騒ぎたいならよそでやって!」 それでも竜也は、これが演技だと決めつけ、直樹の前に立ちふさがって落ち着いた口調で告げた。 「なあ、玲奈が雇った代役だろ。責めたりしないから、そのタキシードを脱いでくれ。もう俺が来たんだ、あんたの役目は終わりだ」 直樹は動じず、ただ冷酷な眼差しで竜也を圧倒していた。 竜也は業を煮やしたように、ポケットから二枚のお札を取り出し、放り投げた。 「演出料が欲しいのか?これで足りるだろ、とっとと失せろ!」 私は堪えきれず、竜也を突き放すように直樹の手を取り、二人の結婚指輪を突きつけた。 「竜也、よく見て。この人は私の夫よ。私たちは法律で認められた夫婦なの。出ていくべきは、あなたの方よ!」