八年の約束に、さよなら

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八年の約束に、さよなら

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親友の結婚式で、ブーケをある女の子が横取りしたかと思えば、手を滑らせて私の腕の中に落としてきた。 親友の水沢葵(みずさわ あおい)が、...

Chương (1)

第1章

親友の結婚式で、ブーケをある女の子が横取りしたかと思えば、手を滑らせて私の腕の中に落としてきた。 親友の水沢葵(みずさわ あおい)が、私に向かって祝福するように言った。 「沙耶ちゃん、次の花嫁はあなただよ」 招待客たちは示し合わせたように、一斉に私の八年来の恋人へと視線を向けた。 桐谷グループのCEO、桐谷悠真(きりたに ゆうま)。 けれど彼は何事もないように私の手からブーケを抜き取り、そのまま無造作に私の隣にいた女性へ渡した。 彼の秘書でもある、真田琉衣(さなだ るい)だった。 「先に取ったのは彼女だろ」 彼は私の髪をくしゃりと撫で、優しい声で言った。 「いい子だから、まずは琉衣に返してあげてくれ。俺たちはまた次があるんだから」 スポットライトも、招待客たちの視線も、その花束を追うように琉衣へと集まっていった。 驚きと照れが入り混じった琉衣の顔を見つめながら、私は自分の腹部にそっと手を当て、苦く笑った。 悠真は知らない。 もう次なんて、ないのだ。 八年の約束はすでに期限を迎えたのに、私たちは結局、結婚には辿り着かなかった。 私はもう、海外で大きなビジネス帝国を築いた両親に約束している。 来週にはここを離れ、ヨーロッパへ戻り、家業を継ぐことになっていた。 第1話 真田琉衣(さなだ るい)がブーケを受け取ったのを見た瞬間、親友の水沢葵(みずさわ あおい)の笑顔がすっと消えた。 彼女は私以上に腹を立てていて、私の耳元で歯ぎしりするように言った。 「この真田、絶対わざとだよ!結婚式の前に、ブーケはあなたに残しておいてって、わざわざみんなに伝えておいたのに!」 私は小さな声で彼女をさえぎった。 「葵ちゃん、今日はあなたの大切な日なんだから、こんなこと気にしなくていいよ」 「でも、あなたは悠真と結婚するために、もう八年も待ってるのよ!しかも今はあの人の子まで身ごもってるのに、このまま式を挙げなかったら……」 「大丈夫」 私は静かに顔を横へ向け、来賓席にいる桐谷悠真(きりたに ゆうま)を見た。 ブーケを抱えた琉衣は、ちょうど彼の隣に座っていた。 その距離は、秘書として守るべき一線をとっくに越えていた。 招待客はみな、私と悠真のことをよく知る友人ばかりで、誰もが探るような、それでいて同情めいた視線を私に向けていた。 葵はますます憤って、緊張したように私の手をぎゅっと握った。 「沙耶ちゃん、さっき少し真田のことを調べたんだけど、あの子、かなりしたたかな玉の輿狙いよ。金持ちばかり狙って近づくタイプ。ここ数か月ずっと、あなたの彼に接近しようとしてたの。気をつけて……」 「葵ちゃん、今日はあなたがいちばんきれいな花嫁なんだから、私のことで心配しないで」 私は彼女の手を握り返し、淡く微笑んだ。 「それに、もう悠真と結婚するつもりはないの。妊娠したことも、まだあの人には話してない」 私の言葉があまりにも衝撃的だったのか、葵は目を見開き、信じられないものを見るように私を見つめた。 長い沈黙のあと、彼女はようやく結婚式の進行を続けなければならないことを思い出した。 式が終わると、葵は私をきつく抱きしめた。 「沙耶ちゃん、何か力になれることがあったら、遠慮なく言って。あなたがどんな決断をしても、私は味方だから」 「どんな決断?」 彼女が去ったあと、悠真が静かな足取りで私のもとへやって来た。 「さっき、何を話してたんだ?」 彼は無意識のように手を伸ばして私の肩に触れようとしたが、私はわずかに身をひねってそれを避けた。 「別に何でもないよ」 彼は私の拒絶を気にした様子もなく、軽く笑った。 「怒ってるのか?でも、あのブーケは先に琉衣が取ったんだし。あの子はまだ若いし、結婚式に憧れてるんだろう。ブーケを取ったのだって、縁起をもらいたかっただけだ。次は君にって、前に話してただろう?」 彼は身を寄せ、私の髪を撫でながら、根気よくなだめるように言った。 「どうしてそんなに葵のブーケにこだわるんだ?俺たちが結婚するときには、式で君のためにもっときれいなブーケを用意するよ。君が欲しいだけ、いくらでもね」 私は黙って手のひらを強く握りしめ、彼の目をまっすぐ見つめた。 「じゃあ、今月中に結婚できる?葵とは子どものころに約束したの。どちらかが先に結婚したら、もう一人もそのあとに続くって。お互いのブライズメイドになって、幸せを見届けようって」 空気が一瞬で凍りついたようだった。 悠真の手は私に触れかけたまま宙で止まり、数秒後、彼はふっと笑った。 「子どものころの冗談を、まだ本気にしてるのか?俺は桐谷グループの社長だ。結婚式をそんなに慌ただしく挙げるわけにはいかない。焦らなくていい、約束するよ。きっと最高に完璧な式にするから」 苦いものが胸いっぱいに広がった。 何か衝突があるたびに、彼はいつも「次こそは」と、その未来の結婚式を口にした。 八年も経ったのに、私はまだその約束が果たされる日を待ち続けていた。 そしてもう待つのはやめて、家に帰ろうと決めた。 車は重たい沈黙の中を走り、私の邸宅の前で止まった。 悠真はシートベルトを外し、もう私たちの間の険悪な空気は過ぎ去ったと思っているようだった。彼はいつものように身を寄せ、私にキスをしようとした。 私は手を上げて、彼の肩にそっと当てた。 「もう疲れたの、悠真」 彼はぴたりと動きを止め、私の目を見つめて数秒黙り込んだ。やがて、私の肩を軽く叩いた。 「ああ、ブライズメイドはたしかに疲れるよな。早く休め。 琉衣がタクシーをつかまえられないって言ってて、まだ会場にいるんだ。迎えに戻ってくるよ。あの子をひとりで残すのは危ないから」 私は静かにうなずいたが、悠真はすぐには動かなかった。 たぶん彼は、いつものように私が彼に気をつけてと言うのを待っていたのだろう。あるいは、こんな遅くに私を家へ置いて、ひとりで出ていくなんてひどいと不満をこぼすのを。 けれど私はただ車のドアを開けて、外へ降りただけだった。 遠ざかっていく車を見つめながら、私は目にしみる涙をぬぐい、ヨーロッパにいる両親へ電話をかけた。 「お父さん、お母さん。私、婚約を受け入れて、颯と結婚するわ……」 第2話 私が妊娠していると知ると、両親はとても喜んだ。 この子は名家の血を引く子なのだから、決して私生児なんて汚名を背負わせはしない、必ず最高の未来を与えると言ってくれた。 それに、桐谷颯(きりたに はやて)が私のためにいくつもの結婚式のプランを用意してくれているとも言っていた。 私は三日後の便を予約した。 家に戻ると、寝室の引き出しにしまってあった、これまで大切にしてきたものを処分した――悠真が私に書いたラブレターと、二人で撮った写真だ。 荷造りを終えたころ、悠真が帰ってきた。 「こんな時間までまだ起きてたのか?」 彼は荒らされたクローゼットと、脇に置かれたスーツケースに目をやり、気楽な口調で言った。 「どうしたんだ、急に服をまとめたりクローゼットを整理したりして。旅行にでも行くのか?」 私は彼の問いには答えず、ただ静かに尋ねた。 「真田さんは家まで送ったの?」 「ああ。あいつのマンション、かなり辺鄙な場所にあるから、たしかにタクシーはつかまりにくかったな」 「そう」 私はうつむいて、そのまま立ち去ろうとした。 けれど次の瞬間、悠真に腕の中へ抱き込まれた。 彼の体から漂うローズの香水の匂いに、少し吐き気がした。 それは琉衣の匂いだった。 私は反射的に彼を突き放した。 悠真は一瞬体をこわばらせ、二秒ほど私を見つめたあと、すぐにおかしそうに笑った。 「まだブーケのことで怒ってるのか?そんなことで拗ねるなよ」 彼は立ち上がってネクタイを緩め、子どもをあやすような、困ったような口調で言った。 「もういい、明日もっと大きい花束を注文してやるから。早く身支度して寝よう、俺は明日も会議があるんだ」 そう言うと、彼はバスルームへ向かっていった。 私はその背中を見つめながら、そっと口を開いた。 「両親に返事をしたの。一週間後、ヨーロッパに戻って結婚するって」 悠真がバスルームのドアノブをひねる手が、その場でぴたりと止まった。 振り返った彼はついに堪忍袋の緒が切れたように、不機嫌そうに眉をひそめた。 「沙耶、もういい加減にしてくれ。前にも言っただろう、俺は社長なんだ。何の準備もなく衝動的に結婚式なんて挙げられない。結婚は俺たち二人の問題だ。君と親友との約束のために、軽々しく決められるものじゃない」 「じゃあ……」 私は最後の期待を込めて、深く息を吸った。 「もし私が妊娠していたら、あなたは私とこの子に、ちゃんとした家庭を与えてくれる?」 彼の表情がわずかに固まり、それからこめかみを押さえた。 「結婚式も、子どもを持つことも、どちらも人生の大事なことだ。だからこそ、全部きちんと計画どおりに進めたい。 沙耶、今の桐谷グループには重要な案件がいくつもある。今は俺の仕事にとって正念場なんだ。今結婚したら、俺の集中力が削がれて、これまでの計画が全部狂ってしまう。 だから、妊娠を言い訳にするのはやめてくれ。俺はすべての準備が整ったときに、その子を迎えたいんだ」 彼の言葉は石のように、一つまた一つと、容赦なく私の心に叩きつけられた。 胸が張り裂けそうなほど苦しかった私は、もう何ひとつ期待するのはやめようと決めた。 悠真は赤くなった私の目元を見て、心が揺らいだように小さくため息をついた。 「あと一年待ってくれ。仕事が落ち着いたら、俺たちは……」 彼が言い終えるより先に、着信音がまたしても彼の約束を遮った。 電話の向こうで、琉衣がプロジェクトに緊急事態が起きたから、今すぐ全員を集めて会議をしなければならないと告げていた。 電話を切ると、悠真はそのまま出て行った。 荷物を持って行ったきり、二度と戻ってくることはなかった。 たぶん私が突然結婚すると言い出したことで、彼は息苦しさを覚えたのだろう。 ちょうどいい口実として会社を使い、家を出て、私の催促から逃げたのだ。 彼は知らない。 彼が戻ってくるころには、私はたぶんもうヨーロッパへ帰っていることを。 第3話 私は静かに、出発前の身の回りのことを一つずつ片づけていった。そして私たちの家も、値を下げて売りに出した。 鍵を仲介業者に渡したその日、書斎で悠真の会社のプロジェクト資料を見つけた。 少し迷った末、私はやはりそれを悠真に届けることにした。 彼のオフィスの前まで来たとき、中から楽しげな笑い声が聞こえてきた。 琉衣と悠真だけじゃない。悠真の友人たちも一緒だった。 ノックしようとしたそのとき、悠真の友人の声が聞こえた。 「悠真、この前の結婚式で沙耶と揉めたって、ほかの連中もみんな知ってるぞ。お前たち、別れたんじゃないかって、こっそり俺に聞いてくるやつまでいる」 琉衣はドアの前にいる私に気づくと、申し訳なさそうな口調で、けれど挑発的な目を向けながら言った。 「桐谷社長、全部私のせいです。結婚式に出るのが初めてで勝手がわからなくて、それでブーケを取ってしまって……そのせいで、桐谷社長と御影さんが喧嘩することになってしまいました」 続いて、悠真の声が響いた。 「君のせいじゃない。沙耶が心が狭すぎるだけだ」 彼の友人が、探るように囃し立てた。 「悠真、今度は本気なのか?わざわざ家まで出たんだろ。沙耶と別れて、琉衣と付き合うつもりなのか?」 悠真は少し間を置き、声にわずかな冷たさをにじませた。 「何を馬鹿なこと言ってる。俺があれほど沙耶を愛してるのに、別れるわけないだろう。家を出たのは、あいつにちゃんと反省させるためだ。いつも独占欲ばかり強くてたまらないからな」 悠真は気づいていなかった。 その言葉を聞いた琉衣の顔が、嫉妬で歪んだことに。 「反省したら、また家に戻るつもりだ」 悠真のアシスタントが、ためらいがちに探るように口を開いた。 「社長、本当にこのまま御影沙耶(みかげ さや)さんと口を利かない状態を続けるおつもりですか?昨日、水沢葵さんがドレスを買っているのを見かけました。それに、店員さんに一週間後、親友のブライズメイドをするって話していたんです。水沢さんの一番の親友って、御影さんですよね?」 その場の空気が、一瞬で静まり返った。 悠真は顔をこわばらせた。 「花婿がいないのに、どこに結婚式があるっていうんだ。普段から俺は十分あいつに譲ってやってる。今回はちゃんとわからせないといけない。俺はグループの社長だ。何もかもあいつの思いどおりにして、あいつの好きに決めさせるわけにはいかない」 私は資料をそっとドアの前の床に置き、そのまま一度も振り返らずに立ち去った。 そして翌日、私は荷物を持って、ヨーロッパへ戻る飛行機に乗った。