アヒルも数えられない僕は、愛されもしなかった

Đang tải thông tin quảng bá...

アヒルも数えられない僕は、愛されもしなかった

GoodNovel Hoàn thành

両親と一緒にヨットで遊びに出かけたときのことだった。甲板の上で、お父さんの木村陽斗(きむら はると)がふいに僕に聞いた。 「橋の下のあ...

Chương (1)

第1章

両親と一緒にヨットで遊びに出かけたときのことだった。甲板の上で、お父さんの木村陽斗(きむら はると)がふいに僕に聞いた。 「橋の下のあひるさんは、何羽いるのかな?」 僕が口を開いて、童謡の続きを歌おうとした瞬間、お父さんは僕を蹴り飛ばして海に落とした。 「こんな簡単な歌でもすぐ答えられないのか?お前、本当に頭ついてるのか!」 冷たい海水が肺の中まで流れ込み、僕は必死に声を絞り出した。 「お父さん、僕、泳げないんだ。助けて……」 けれどお母さんの木村千夏(きむら ちなつ)は、そのままヨットを出すように命じた。 「泳げないなら、そのまま水の中でもう少し浸かってなさい。極限状態になれば才能が開くものよ。案外、誰にも教わらなくても泳げるようになるかもしれないわ」 僕は必死に両腕を振った。けれど恐怖で右足がつってしまった。 そして最後には、遠ざかっていくヨットをただ見ていることしかできなかった。 僕の魂はふわりと宙に浮かび、ようやくお父さんとお母さんのヨットに追いついた。 橋の下にアヒルが何羽いるのか、もうわかったんだって、二人に伝えたかった。 でも、もう僕の声は二度と届かなかった。 第1話 両親と一緒にヨットで遊びに出かけたときのことだった。甲板の上で、お父さんの木村陽斗(きむら はると)がふいに僕に聞いた。 「橋の下のあひるさんは、何羽いるのかな?」 僕が口を開いて、童謡の続きを歌おうとした瞬間、お父さんは僕を蹴り飛ばして海に落とした。 「こんな簡単な歌でもすぐ答えられないのか?お前、本当に頭ついてるのか!」 冷たい海水が肺の中まで流れ込み、僕は必死に声を絞り出した。 「お父さん、僕、泳げないんだ。助けて……」 けれどお母さんの木村千夏(きむら ちなつ)は、そのままヨットを出すように命じた。 「泳げないなら、そのまま水の中でもう少し浸かってなさい。極限状態になれば才能が開くものよ。案外、誰にも教わらなくても泳げるようになるかもしれないわ」 僕は必死に両腕を振った。けれど恐怖で右足がつってしまった。 そして最後には、遠ざかっていくヨットをただ見ていることしかできなかった。 僕の魂はふわりと宙に浮かび、ようやくお父さんとお母さんのヨットに追いついた。 橋の下にアヒルが何羽いるのか、もうわかったんだって、二人に伝えたかった。 でも、もう僕の声は二度と届かなかった。 …… そのとき甲板では、お父さんがお母さんとグラスを合わせ、気楽そうな笑みを浮かべていた。 「木村家には菜々ちゃん一人いれば十分だ。あの役立たずは、底辺で腐っていくのがお似合いだ」 お父さんのそばに浮かびながら、その嫌悪に満ちた顔を見て、僕の胸はぎゅっと締め付けられた。 お父さんの中では、僕はずっと前から価値のない存在だったんだ。 お母さんは、あの白いグランドピアノの前に座っていた。 すらりとした指が白と黒の鍵盤の上を跳ねる。 流れ出したのは、リストの「愛の夢」 一曲弾き終わると、お姉ちゃんの木村菜々子(きむら ななこ)が駆け寄って、お母さんの頬にちゅっとキスをした。 「お母さんのピアノ、ほんとにきれい!慧、前は聞こえないっていつも言ってたけど、絶対あれ嘘だったよね。 お母さんが私のこともかわいがるから、やきもち焼いてるだけだよ」 お母さんは甘やかすようにお姉ちゃんの鼻をつまみ、やさしい目を向けた。 「あの子は音感がひどいのよ。どうしようもないわ」 僕はピアノのそばに立って、鍵盤に手を伸ばそうとした。 僕には絶対音感がある。先生は、僕は天才だって言ってくれた。 波の音の重なりも聞こえるし、風の旋律だって聞こえる。 でもお母さんは、一度だって信じてくれなかった。僕の手は鍵盤をすり抜けて、何の音も鳴らなかった。 テーブルの上にはきれいなケーキが置かれていた。僕がいちばん好きないちごのケーキだった。 甘ったるいクリームの香りに、いちごのさわやかな匂いが混ざって、まっすぐ僕の鼻に入りこんでくる。 おいしそう。 前は、お母さんは一度も甘いものを食べさせてくれなかった。 食べすぎると頭が悪くなる、豚みたいになるって言って。 でも、もう僕は死んでるんだ。だったら食べてもいいよね? 僕はテーブルに身を乗り出し、大きく口を開けて、そのケーキにかぶりつこうとした。 けれど歯は空を切り、上下の歯がぶつかって、聞いているだけで歯が浮くような音がした。 僕の体はそのままテーブルを突き抜けて、何ひとつ食べられなかった。 香りだけはまだ僕を誘っているのに、舌には何の味もしなかった。 そのどうしようもない喪失感は、空腹よりずっとつらかった。 僕はしゃくり上げるように鼻をすすった。目の奥には涙がたまっていた。 「お母さん、慧、おなかすいた。匂いはするのに、食べられないよ。 ひと口だけでいいから、食べさせてよ」 お母さんはシャンパンを手にしたまま誰かと話していて、僕の声なんてまるで聞こえていなかった。 そのとき、お父さんが手を上げて腕時計をちらりと見た。 わずかに眉をひそめる。 「十分か」 お父さんは手招きして、ボディガードの隊長を呼んだ。口調は軽かった。 「行け。あのガキを引き上げてこい。 懲らしめるだけでいい。本当に死なせるなよ。外に漏れたら外聞が悪い」 隊長の顔は真っ青で、額には冷や汗がびっしり浮かび、足まで震えていた。 彼はぶるぶると身をかがめ、声も上ずっていた。 「木村社長…… さっき後ろをついていた救命ボートが、エンジン故障で……追いつけませんでした」 お父さんの手がぴたりと止まり、グラスを持った手は宙に浮いたままになった。 暗い赤色の酒がかすかに揺れる。 「追いつけなかったって、どういう意味だ?」 隊長はどさりとその場にひざまずき、ひざを打ちつけて痛みに顔をゆがめた。 第2話 「ヨットのスピードが出すぎていて、波も高くて……坊ちゃんを見失いました」 お父さんはグラスを床に叩きつけた。赤ワインが飛び散り、ボディガードの顔にかかった。 「役立たずどもが!見失ったなら探せ!そんなことまで俺が教えなきゃならないのか!」 その騒ぎに気づいて、お母さんもこちらへやって来た。眉をきつく寄せている。 「どうしたの?あのばか、まだ上がってきて謝ってないの?」 お父さんは苛立たしげにネクタイを引っぱり、襟元のボタンを外した。 「ボディガードが見失ったらしい。いま探してる」 それを聞いても、お母さんは慌てるどころか、かえって冷たく笑った。 その目には軽蔑があふれていた。 「やっぱりね。どうせ浮き輪の陰にでも隠れて、わざと出てこないだけよ。 そんなやり方で気を引こうっていうの? こういう子どもじみた芝居、あの子が今まで何回やったと思ってるの?この前だって、一日じゅうクローゼットに隠れて出てこなかったでしょう。ピアノの練習から逃げるために」 僕はお母さんの目の前まで漂っていって、大声で叫んだ。声は泣きそうに震えていた。 「違うよ、お母さん!あのときは耳が痛かったんだ! 補聴器が壊れてて、音が針みたいに刺さって……痛くてたまらなかったから隠れたんだよ!」 でも、お母さんには聞こえない。 お母さんは上品にシャンパンをひと口含み、目に浮かぶのは侮蔑ばかりだった。 「放っておきなさい。しばらくそのままにしておけばいいわ。海はあんなに冷たいんだもの、耐えられなくなったら勝手に這い上がってくるでしょ。 すぐ嘘をついて、大げさに騒ぐような子は、甘やかしちゃだめなのよ」 僕はお母さんの冷たい横顔を見つめながら、ぽろぽろ涙をこぼした。 海の中、本当にすごく寒かったんだよ、お母さん。 慧は、もう上がれない。 もう二度と上がれないんだ。 空はすっかり暗くなった。 海は一面まっ黒で、ヨットのサーチライトだけがぽつんと明滅していた。 潮風は骨にしみるほど冷たくなり、波もますます高くなっていた。 船体に激しく打ちつけるたび、胸が縮み上がるような大きな音が響く。 僕は甲板の隅で体を丸め、膝を抱えた。 魂になった僕には寒さは感じないはずなのに、あの真っ黒な海を見ていると、生きていたころの恐怖がよみがえって、どうしても震えが止まらなかった。 僕は深い海が怖い。 五歳のとき、お姉ちゃんがプールの深いほうに僕を突き落とした。 あのとき僕は、もう少しで溺れて死ぬところだった。息ができなくなるあの感覚は、一生消えない悪夢になった。 それなのにお父さんは、僕を臆病者だと言った。こんな程度の心の傷も乗り越えられないなんて、と。 木村家の男を名乗る資格はない、と。 「旦那様、まだ見つかっていません」 隊長は部下を連れて周囲の海域をひととおり捜索したが、何の手がかりもなかった。 誰の顔にも、おびえがはっきり浮かんでいた。 お父さんの顔色はどんどん険しくなっていった。 僕を心配しているんじゃない。ただ、自分の面目がつぶれたことが気に入らないだけだ。自分の権威に傷がついたと思っているだけ。 「これだけの人間が、どこへ消えたっていうんだ?まさか空でも飛んだのか? 通りすがりの漁船にでも助けられたんだろう。 いまごろどこかに隠れて、こっちを笑ってるに決まってる。俺たちが慌てるのを見て楽しんでるんだ」 お姉ちゃんはそばでアイスクリームを食べていた。淡い色の舌先でクリームをぺろりとなめる。 足をぶらぶらさせながら、何でもないことみたいに口を開いた。その目は無邪気そのものだった。 「慧って、かくれんぼ大好きだもん。長く隠れてれば、お父さんもお母さんも心配してくれるって言ってたよ。 もっと自分を見てくれるって。だから今回も、きっと私たちをびっくりさせて、ごほうびをもらいたいだけなんだよ」 それを聞いたお父さんは激怒して、そばの椅子を蹴り倒した。 「ふざけたやつだ!そこまで腹黒いのか!気を引くためなら命まで懸ける気か? そんな卑しい真似、いったい誰に教わった!」 お母さんも眉をひそめ、顔いっぱいに嫌悪を浮かべた。 「今日は菜々ちゃんの祝賀会なのよ。それなのに、よりによってこんな騒ぎを起こして人の気分を台なしにするなんて。 見つけたら、全寮制の教育施設へ送りなさい。 家に置いておいても目障りなだけだわ。顔を見るだけでうんざりする」 僕はお姉ちゃんの前まで漂っていって、彼女の口元についたクリームを見つめた。 それは、僕が食べたくても食べられない味だった。 「お姉ちゃん、どうして嘘をつくの?」 第3話 「そんなこと、僕は一度も言ってないよ。アヒルを数えろって言ったのはお姉ちゃんのほうじゃないか。 ちゃんと数えられたら、お父さんが抱っこしてくれるって、お姉ちゃんが言ったんだよ」 お姉ちゃんには僕の姿が見えない。彼女はアイスの最後のひと口を食べ終えると、満足そうに唇をぺろりとなめて、甘ったるい笑みを浮かべた。 「お父さん、もう心配しなくていいよ。慧ももう子どもじゃないんだから、そのうち帰ってくるって」 お父さんはうなずき、上着を脱いでお姉ちゃんの肩にかけた。仕草はひどくやさしかった。 「やっぱり菜々ちゃんは聞き分けがいいな。さあ、戻ってケーキを切ろう」 三人は背を向け、そのままあたたかな船室へ入っていった。 楽しそうな笑い声が、また中から聞こえてきた。 分厚いガラス越しのその声は、あまりにも遠かった。 僕だけが、扉の外に取り残されていた。 ガラス越しに、三段重ねの大きなケーキが切り分けられるのが見えた。 お姉ちゃんは最初のひと切れをお母さんに食べさせ、二つ目をお父さんに食べさせた。 三人はあんなにも幸せそうに笑っていた。まぶしすぎて、目が痛かった。 一家団欒の光景の中に、最初から僕の居場所なんてなかったんだ。 僕は振り向いて、果てしない海を見た。 遠くの海面に、何かが波に揺られながら浮かんでいるように見えた。 あれは僕の体だった。たったひとりで波に流され、深い闇の底へ沈んでいきながら、魚に食われていた。 「慧は海の中にいるよ。真っ暗で、冷たくて……誰か、慧をおうちに連れて帰って」 僕は船室に向かって叫んだ。声が枯れても、血がにじむほど叫んでも、誰ひとり答えてくれなかった。 返ってくるのは、波が船体を打つ音だけだった。 お父さんはとうとう苛立ちを隠さなくなった。 「ヨットを戻せ!あいつがどこへ行けるのか、見てやる!」 ヨットは向きを変え、全速力で引き返した。 僕は船尾の手すりにしがみつきながら、自分の体がある場所がどんどん遠ざかっていくのを見ていた。 行かないで。 お父さん、お母さん、行かないで。 僕はまだ、そこにいるんだ。 あなたたちのすぐ後ろの海の中にいるんだよ。 ただ一度振り返ってくれれば、僕が見えるのに。 お願いだから、一度でいいから振り返って。 ヨットは岸に着いた。 埠頭はひっそりとしていて、薄暗い街灯がいくつか灯っているだけだった。 そこに僕の姿はなかった。 お父さんはまだ諦めきれず、ボディガードに命じて埠頭近くの監視カメラ映像を出させた。 映像には、ヨットが出ていってから今に至るまで、誰ひとり上陸した記録がなかった。 「あのガキ、まさかまだ海に浸かってるのか?」 お父さんはようやく、かすかな異変を感じ始めた。その根拠のない自信が揺らぎ始めていた。 それでもなお、僕に何かあったとは信じようとしなかった。 お父さんの目には、僕は頭が悪くても妙にしぶといやつとして映っていたからだ。 どれだけ殴っても死なないし、どれだけ罵ってもいなくならない、そんな存在として。 お母さんはスマホを取り出し、位置情報アプリを開いた。 僕が勝手にいなくならないように、二人は僕の腕時計に追跡機能をつけていた。 それが、二人が僕に向けた唯一の関心だった。 「どこにいるか見て、連れ戻して足をへし折ってやるわ」 お母さんはそう言いながら、僕を示す赤い点をタップした。 画面に地図が表示される。 その赤い点は、ぽつんとひとつ、沖合の海上に止まっていた。 埠頭から二十海里も離れた場所だった。 しかも赤い点の横には、高度の表示が絶えず下がり続けていた。 マイナス十メートル、マイナス二十メートル、マイナス五十メートル。 お母さんの手が震え、スマホを落としかけた。 「どういうこと?どうして腕時計が海の底にあるの?」 お父さんも身を寄せて画面を見た。顔が一瞬で真っ青になる。 けれどすぐに平静を取り戻し、むしろ冷たく笑ってみせた。 心の底に湧いた恐怖を、無理やり押さえつけるみたいに。 「あのガキ、腕時計を捨てたんだ。こっちが位置情報で追うのをわかってたんだろう。 わざと海に投げ捨てて、俺たちを慌てさせようとしてるんだ。普段から、どうやって俺たちに反抗するかばかり考えてたんだな」 お父さんの説明を聞いて、お母さんはほっと息をついた。 顔に浮かんでいた動揺は、すぐさま怒りに変わった。愚弄されたと思い込んだ人間の、みっともない逆上だった。 「ほんっとにふざけてるわ! あの時計、限定モデルなのよ。一つ何百万もするのに、簡単に捨てるなんて!」 僕は二人のあいだに漂いながら、その沈み続ける赤い点を見つめていた。 第4話 それは腕時計じゃない。僕の手首だった。 腕時計はきつく締まっていて、僕には外せなかった。 そのまま僕はそれをつけたまま、少しずつ冷たい海の底へ沈んでいった。 そして最後には、闇にすっかり飲み込まれた。 「通報しろ」 お父さんは苛立った様子で煙草を取り出して火をつけた。ライターは何度も空打ちして、ようやく火がついた。 「海上保安庁に捜索させろ。あのガキを引きずり出してこい。 今度こそ地下室に閉じ込めて三日三晩飢えさせる。そうしなきゃ気が済まん」 ほどなくして、二隻の海上保安庁の巡視艇と一隻の捜索船が埠頭に到着した。 隊を率いていた隊長は厳しい顔つきで、お父さんのスマホに表示された位置情報を見つめていた。 「木村さん、最後に確認します。 お子さんは腕時計を捨てただけで、ご本人はまだその位置にいるわけではない、と本当に断言できますか」 お父さんは煙をひとつ吐き出した。立ちのぼる煙の向こうで、その目はわずかに泳いでいた。 それでも口調だけは強かった。 「間違いなく捨てたんだ。あいつなら泳げるだろうし、あんな場所にぼんやり留まってるほど馬鹿じゃない。 近くの岩礁でも捜してくれ。それか、通りかかった船に拾われたのかもしれない」 隊長は眉をひそめ、画面に表示された水深マイナス百メートルの数値を見た。 さらに今夜の風と波のデータにも目を落とす。 その表情は、いっそう重くなった。 「木村さん、我々の経験から申し上げますと、投棄された物体なら、ここまで一定の速度で沈み続けることはあまりありません。 それに、この深さにいるのが人だとすれば、生存の可能性はありません。 現時点での任務は、捜索救助ではなく、収容へ切り替わる可能性があります」 お父さんの、煙草を挟んだ手がぴくりと震えた。 火の粉が手の甲に落ちて、赤い跡を作った。 それでもお父さんは身じろぎもせず、目を見開いたまま、隊長を睨みつけた。 「何だと?収容だと? うちの息子が死んだとでも言いたいのか!」 お母さんも甲高い声を上げ、隊長に詰め寄って突き飛ばした。 爪が隊長の腕に食い込む。 「何を勝手なこと言ってるの!あの子はただ隠れてるだけよ!嘘つきでどうしようもない子なだけなんだから!」 隊長は何も言わず、ただ黙って手を振った。 数人の潜水士が酸素ボンベを背負い、真っ暗な海へ飛び込んでいく。 ソナーが耳障りな電子音を鳴らした。 画面の上で、生体反応を示す波形は、とっくに一本のまっすぐな線になっていた。 僕は取り乱すお母さんを見つめながら、ふいに、どうしようもなく悲しくなった。 お母さん、やっと僕を捜し始めてくれたんだね。 でも、もう遅いよ。 捜索船は、うねる海の上で大きく揺れていた。 探照灯の青白い光が、海面を何度も何度もなぞっていく。 お父さんとお母さんは甲板に立ち、潮風に髪を乱されていた。 高価な礼服は波しぶきで濡れ、見る影もなくなっていた。 それでも二人は、僕が死んだという事実だけは認めようとしなかった。 「木村さん、ソナーが目標らしき反応を捉えました」 無線機の向こうから、潜水士のくぐもった声が聞こえてくる。ごぼごぼという水泡の音が混じっていた。 「水深三十メートル、岩礁の割れ目に挟まっています」 お父さんは手すりをきつく握りしめた。指の関節は白くなり、爪が鉄に食い込みそうだった。 「何だ?あのガキがそこに隠れてるのか?引っぱり出せ!足をへし折ってやる!」 しばらくして、水面が大きく波立った。 一人の潜水士が浮上し、手にぽつんと一足の靴を掲げていた。 白いスニーカーだった。 海水に長く浸かって黄ばんでいて、靴底もはがれかけていた。 靴ひもはきつく結ばれ、その上にはいびつな笑顔の落書きがあった。 潜水士はその靴を甲板へ差し出した。 靴底から落ちる水滴が、ぽたぽたとお父さんの革靴のそばに落ちる。 お母さんはその靴を見た瞬間、体をこわばらせた。 口を両手で押さえ、涙が一気にあふれ出す。 「それ……」