誠実そうな彼が偏愛したのは、私じゃなかった

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誠実そうな彼が偏愛したのは、私じゃなかった

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私、須藤花音(すどう かのん)、誕生日はエイプリルフール。 なのに、付き合って五年になる彼氏・松本律希(まつもと りつき)は、毎年一日早...

Chương (1)

第1章

私、須藤花音(すどう かのん)、誕生日はエイプリルフール。 なのに、付き合って五年になる彼氏・松本律希(まつもと りつき)は、毎年一日早くお祝いしてくれる。 だって、エイプリルフール当日に、幼なじみの中林莉々(なかばやし りり)と過ごす時間を、無駄にしたくないからだ。 今年は「埋め合わせする」と言って、ようやく二人きりで誕生日を祝ってくれることになった。 周りからは「あの日、プロポーズされるよ」と囁かれていた。 エイプリルフール当日。 私はばっちりメイクをして、新調したワンピースを着て、待ち合わせの場所へ向かった。 花びらが舞い散る中、律希が私の前に片膝をついた。 私が言葉を発しようとしたその瞬間―― 指輪ケースから、どばっとインクが噴き出した。 「ハッピーバースデー!真っ黒さん」 「結婚に焦ってる女、怖いね。エイプリルフールのプロポーズを本気にするなんて」 莉々がスマホを掲げて、夢中で連写している。 律希は彼女を止めるどころか、一緒になって笑い出した。 「泣きたきゃ我慢しろよ。 莉々と『お前は泣かない』って賭けてる。負けさせるなよ」 私は無表情のまま、顔のインクを拭った。 心は完全に冷え切っていた。 第1話 私、須藤花音(すどう かのん)、誕生日はエイプリルフール。 なのに、付き合って五年になる彼氏・松本律希(まつもと りつき)は、毎年一日早くお祝いしてくれる。 だって、エイプリルフール当日に、幼なじみの中林莉々(なかばやし りり)と過ごす時間を、無駄にしたくないからだ。 今年は「埋め合わせする」と言って、ようやく二人きりで誕生日を祝ってくれることになった。 周りからは「あの日、プロポーズされるよ」と囁かれていた。 エイプリルフール当日。 私はばっちりメイクをして、新調したワンピースを着て、待ち合わせの場所へ向かった。 花びらが舞い散る中、律希が私の前に片膝をついた。 私が言葉を発しようとしたその瞬間―― 指輪ケースから、どばっとインクが噴き出した。 「ハッピーバースデー!真っ黒さん」 「結婚に焦ってる女、怖いね。エイプリルフールのプロポーズを本気にするなんて」 莉々がスマホを掲げて、夢中で連写している。 律希は彼女を止めるどころか、一緒になって笑い出した。 「泣きたきゃ我慢しろよ。 莉々と『お前は泣かない』って賭けてる。負けさせるなよ」 私は無表情のまま、顔のインクを拭った。 心は完全に冷え切っていた。 律希が立ち上がった。 ウェットティッシュを一枚取り出すと、私の顔を適当に拭った。 「はいはい、ただの冗談だって。そんなにカリカリすんなよ。 今日はエイプリルフールだぞ。こんな日にプロポーズを本気にする方がおかしいだろ。 莉々の言う通りだ。お前が結婚に焦ってるから、簡単に引っかかったんだよ」 周りがさらに笑い声をあげた。 「莉々、それヤバくね?マジで笑える」 「見ろよ、あの顔。まさか本当に泣く気かよ」 結婚に焦ってる。 私はそう呟いた。胸の奥が締め付けられるようだった。 莉々がワイングラスを手に、優雅に近づいてきた。 「花音さん、怒らないでよ……ごめんなさい。律希とこんな賭けをするのではなかった」 言い終わらないうちに、彼女はグラスの中のワインを私の顔めがけて勢いよくぶちまけた。そして大げさに叫んだ。 「あっ!滑っちゃった」 胸元に広がるべたべたしたワインの染みを見下ろし、とうとう我慢の限界が来た。 テーブルの上のシャンパンボトルを掴み、迷わず彼女の頭から浴びせた。 泡が彼女の丹念に整えられた巻き髪を伝って、惨めに滴り落ちた。 莉々が金切り声をあげた。 「あんた、正気か!」 空になったボトルを置き、冷めた目で彼女を見つめた。 「毎度毎度、滑ったとか、やらかしたとか。そんなに不器用なら、病院で診てもらいなさいよ」 「花音、やりすぎだ!」 律希が私を押しのけた。よろめきながら二歩下がり、やっと体勢を整えた。 彼は莉々を抱き寄せ、大事そうに髪や頬を拭き始めた。 その光景を眺めながら、背筋に寒気を覚えた。 さっき私が莉々にワインをかけられた時、彼は微動だにしなかったのに。 彼の取り巻き連中もすぐに集まってきて、こぞって私に怒りの視線を向けた。 「どういうつもり? 莉々が謝ったのに、よくもそんなことができるな」 「そうだよ、ただの冗談だろう。そこまでする必要あるか?さっさと莉々に謝れ」 この五年、こんな光景を何度も見てきた。 莉々が少しでも哀しそうな顔をするたび、彼らは彼女の忠犬のように群がり、私に頭を下げさせる。 要するに、律希が私を大事にしないからだ。だから彼の友人たちも、私をこんなにも軽く見る。 心が完全に冷え切った今、不思議と感情は静まり返っている。 「律希。別れよう」 個室に、一瞬だけ異様な静けさが降りた。 律希は莉々の顔を拭く手を止め、怒りを込めて冷笑した。 「は?お前が謝れば済む話だろうが。別れで脅すなんて? いいぜ、別れてやるよ」 彼がポケットからもう一つのベルベットの箱を取り出し、開けた。 中には本物のダイヤの指輪が収まっていた。 彼は莉々の手を引き、その指輪を薬指に嵌めた。 「実はな、お前が冗談を笑い飛ばせる奴なら、後でサプライズを仕掛けるつもりだったんだ。 でも、もうやる必要はないみたいだな」 第2話 律希の視線は氷のように冷たかった。 莉々が指輪を光にかざし、得意げに私を一瞥した。 「残念ね、誰もがそれほど幸運に恵まれるわけではないわ」 私はその指輪に視線を落とした。 三か月前、雑誌で見つけて嬉しそうに律希に見せたあの指輪だった。 あのとき、彼は不機嫌そうに雑誌を払いのけた。 「そういう風に結婚を匂わせるのやめて。ほんとウザいんだよ。買ってやらないからな」 なのに今、その指輪は莉々の手にぴったり収まっていた。 サイズも完璧。 本当に私のために買ったものだったのか。 私は自嘲気味に笑った。 「別にいいわ。もういらない。 五年だよ、律希。 私の我慢にも限界がある。あんたたちに踏みにじられて笑われる筋合いはない」 口元を引きつらせようとしたけれど、うまく笑えなかった。 「終わりにしよう」 くるりと背を向け、出口へ歩き出した。 背後から怒鳴り声が飛んできた。 「花音!戻って謝れ。さもないと本当に別れるぞ」 見下した命令口調だった。 彼はまだ、私がただ拗ねているだけだと思っていた。 私は足を止めなかった。 ドアの外からひんやりとした夜風が頬を打った。 かつてないほど、頭が冴え渡っていくのがわかった。 もうこんな茶番は十分だ。 …… 家に着くと、雨が激しかった。 遠くで雷がゴロゴロと鳴り、それと同じように、私の心も、穏やかではいられなかった。 玄関で指紋認証を試すが、反応しなかった。パスワードもエラーだった。 戸惑っていると、モニターから律希の声がした。 「押すなよ。さっき遠隔でロックをリセットした。 あんなとこで別れるとか言ったんなら、俺の家に入れるな。 過ちを認めて莉々に謝れ。じゃないと許せないからな」 冷たい風に震えた。 私が小さい頃に両親が離婚し、どちらからも引き取ってもらえず、真冬に家の外に締め出された。彼は知っているのに…… その翌日、彼は私をここに連れてきて、こう言った。 「花音、これからここはお前の家だ」 「約束する。もう誰もお前を追い出したり、門前払いになんてさせない」 あの誓いが耳に残っている。 なのに今、私を放り出したのは、その誓いを立てた彼自身だった。 濡れたドレスが肌に張り付き、骨の芯まで冷たかった。心も同じだった。 モニターから、莉々の甘ったるい声が聞こえてきた。 「律希、花音さんが怒ってどっか行っちゃうんじゃないかって、心配じゃないの?」 律希が鼻で笑った。 「どこに行くっていうんだ。お前よりずっと扱いやすいんだよ。ちょっとアクセサリーをやればすぐ機嫌を直す。 それに、あのレベルの女が俺みたいな金持ちを捕まえられて、簡単に捨てられるわけないだろ」 これ以上聞くのは惨めすぎた。 自分のプライドがそれを許さなかった。私はその場を離れた。 どうやら彼は忘れてしまったらしい。 最初から私が求めていたのは、彼の金じゃなかった。 学園祭のコンサートで、私がピアノを一曲弾き終えると、彼は楽屋で私を呼び止め、「一目惚れした」と言った。 あの時、私はそんな遊び人の御曹司にかまう暇はなかった。 彼から贈られたブランド品のバッグは、迷うことなくゴミ箱に捨てた。彼のお金も一切受け取らなかった。 転機はあの日だった。 私はアルバイトから帰る途中、誰かに無理やり湖に突き落とされた。 彼は飛び込んで助けてくれた。 震えながら私を寮まで送ってくれたその姿に、ようやく心がほぐれた。 それから彼は威張った態度を改めた。 毎日、満員のバスに一緒に乗ってアルバイト先に通い、夜は寮まで送ってくれるようになった。 彼が誠実で本気であることを次第に信じるようになり、私は彼の恋人になった。 けれど、彼が偏愛すると決めた相手が現れた瞬間、それまでの誠実さなど、語るに足らないものへと変わり果ててしまった。 第3話 莉々が現れると、私はいつも簡単に捨てられる脇役だ。 スマホがブルルと震えた。 画面には律希の文字。 【こんな夜中にどこ行った?】 【いい加減にしろよ。さっきのは冗談だって】 【莉々が謝らなくていいって言ってたし】 【戻ってこい。パスワードも元にしたから】 【莉々と飲みすぎて頭が割れそうなんだ。帰ってきて彼女の世話をしてくれ】 並んだ文字を見て、思わず笑えた。 いつもそのパターンだった。 何があっても、優先されるのは莉々の気持ち。 彼女であるはずの私は、いつの間にか二人の世話係にされていた。 スマホをしまおうとしたら、またメッセージが届いた。 【花音、あのときのお母さんにはちゃんとした事情があったの】 【本当に会いたい。お願いだから、お母さんのことを嫌わないで……こっちに来て一緒に住んでくれない?】 【来てくれるなら、隆文(たかふみ)が会社に入れてくれるって】 画面をじっと見つめる。一瞬、心が揺らいだ。 思わず指が動いた。 【うん】 送信したあと、律希とのトーク画面を開く。しばらく眺めて、ブロックした。 顔を上げ、遠く漆黒の夜空を見つめた。 この街に、もう未練はない。 深夜近くなり、ようやくホテルに辿り着いた。 シャワーを浴びても、心の冷たさは癒えなかった。 意識が遠のくように眠りに落ち、長い夢を見た。 夢の中で神父から結婚の誓いを問われ、私は幸せそうに頷いた。 次の瞬間、花嫁は莉々にすり替わっていた。 そして私はピエロの衣装を着せられ、大勢の人に指を差され、笑われていた。 はっと飛び起きると、全身冷や汗まみれだった。 手を額にあてると、熱があった。 解熱剤を二錠無理やり飲み込んだ。 少し考えた末、やはりタクシーを呼んで、律希とのアパートへ戻り、自分の荷物をまとめることに決めた。 ドアを開けた瞬間、強烈な酒臭さと香水のにおいが鼻をついた。 ソファには莉々のレースの下着やミニスカートが、無造作に投げ捨てられていた。 同棲を始めた当初から、莉々はこの家のもう一人の女主人みたいに振る舞っていた。 パスワードを知っており、いつでも勝手に入り込んでくる。 時にはベッドにまで上がり込み、私と律希の間に寝転がる。 私が文句を言うたび、律希は決まってこう言った。 「小さい頃から一緒に育った兄妹みたいなもんだ。ケチくさいこと言うなよ」 だが、兄妹があんなにべたべたするものか? 部屋中に散らばる莉々の痕跡を見て、私は自分がどれほどバカだったかを自嘲した。 寝室へ向かう。ドアは半開きになっていた。 目をやると、莉々と律希は裸のままベッドの上で絡み合っていた。 二人はダーツを手に、壁に貼られた私の写真めがけて投げつけていた。 「ねえ律希、あの賭けで花音を追い始めてからもう五年だよ?まだ別れないの? まさか、あのつまらない女に本気になっちゃったの?」 律希の瞳がわずかに揺れた。それから、鼻で笑った。 「ありえないだろ。あの時、湖で助けたフリしただけなのに、あの女、五年もべったりついてきやがって。 あんな愛情不足の女、どこを愛せるって言うんだ?」 一拍置いて、彼は嫌悪を込めて続けた。 「ただ世話してくれる奴がいるのに慣れてただけだよ」 私はその場で凍りついた。頭の中が真っ白になった。 最初から、全部嘘だった。 本気で信じ込んでいたのは、私だけだった。 その瞬間、莉々がふとこちらに目を向け、挑発的に笑った。 もう隠し通すのは無理だ。私はそのままドアを開け放った。 律希は慌てて立ち上がろうとする。 だがすぐ思い直したように座り直し、布団を引き寄せ、自分と莉々を丸ごと覆い隠した。 第4話 「花音、いつ帰ってきた? 昨日酔っ払ってただけだ。暑いから服を脱いだだけで、莉々とは何もしてない」 私は無視して、荷物を詰め始めた。 このスーツケースは、最初にここへ引っ越してきた時に持ってきたもの。 二度と開けることはないと思っていたのに、こんなに早く出番が来た。 自分の荷物だけをまとめ、鏡台に並ぶダイヤのアクセサリーには、一目もくれなかった。 私の態度を見て、律希の苛立ちが募っていく。 「何をしてるんだ。まだ怒ってるのか?」 私は五年間ずっと身につけていたお揃いのネックレスを外し、テーブルに置いた。 「怒ってなんかいない。拗ねてもいない。律希、あんたには吐き気がする。 今さら別れを告げるなんて、後悔しかない。さようなら」 彼は眉をひそめ、まだ私が彼に未練があると思っていた。 「別れだと? 今までずっとお前の生活を支えてきたんだぞ。渡してるサブカードを止めれば、お前一人じゃすぐ立ち行かなくなる。 離れたところで、すぐ泣きついてくるなよ」 卒業後、私は彼の起業を支え、会社が軌道に乗るまで心血を注いできた。 なのに彼は、一度たりとも私に給料を払ったことがない。 その代わりクレジットカードの家族カードを渡し、こう言った。 「もう社長夫人だ。従業員扱いするわけにいかないだろ」 当時は愛の言葉だと信じていた。 今では、ただ耳障りな雑音にしか聞こえない。 そのカードもテーブルの上に置いた。 もう何もかも借りはない。 立ち去ろうとすると、莉々がバスローブ姿のまま駆け寄り、私のスーツケースを押さえた。 「ダメよ。荷物検査をさせて。 律希に愛想を尽かしたって言うなら、もらったアクセサリーは全部置いていきなさい」 律希は腕を組み、それを黙認するように立っていた。 「莉々の言う通りだ。別れるならきっちり清算しろ。後で面倒くさくなるからな」 その目つきは、まるで万引き犯でも見るようだった。 「何も持ってない。もらったものは全部、鏡台の上に置いてきた」 莉々が嫌味ったらしく言い放った。 「本当?親も行き場もない人間ほど、手癖が悪いものでしょ。 金にがめついくせに、潔白ぶるなんて、気持ち悪い」 私は五年間愛し続けた男を見つめた。 「律希、あんたもそう思うの?」 彼は苛立たしげに目を逸らした。 「潔白なら、見せて何が悪い?」 心の奥に残った最後のぬくもりも、完全に砕け散った。 私は乱暴にファスナーを引き、スーツケースを開け放った。 中に入っていたのは、色褪せた古着と証明書だけだった。 この贅沢品で溢れかえった部屋の中で、私だけの本当の持ち物は、あまりにも少なかった。 「見て。あんたたちのものなんて、一つも入ってない」 重たい沈黙の後、律希がスーツケースからハンカチを取り出した。 「これ、俺が買ったエルメスだ。莉々が疑うのも無理はない。お前は結局、そういう女なんだな」 その一言で、屈辱に堪えきれない涙が、ついに溢れ落ちた。 「こんな最低な人間を愛したことを、心底後悔してるよ」 私はスーツケースを掴み、二度と振り返らず玄関へ向かった。 階下に降りると、律希が慌てて追いかけてきた。 「花音!よく考えろ。 俺みたいな男、二度と見つかるもんじゃないぞ! 今すぐ謝るなら、来年結婚してやってもいい。 ただし、莉々にはちゃんと優しくしろ。それができなきゃ、婚約なんていつでも白紙だ」 怒りで笑えてきて、口を開こうとした時、怒りに満ちた声が、私の背後から響いた。 「ぶっ飛ばすぞ!何様のつもりだ、その言い草は?」 律希が声の主を認めた瞬間、顔面から血の気が引いた。 私は思わず振り返った。