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深夜番組と共に消え去る愛
私・朝倉夢子(あさくら ゆめこ)は十年間、深夜ラジオパーソナリティを務めてきた。 番組終了前の最後の生電話で繋がったのは、一人の女子大...
Chương (1)
第1章
私・朝倉夢子(あさくら ゆめこ)は十年間、深夜ラジオパーソナリティを務めてきた。
番組終了前の最後の生電話で繋がったのは、一人の女子大生だった。
「朝倉さん、こんばんは。実は今、とても悩んでいて……胸が苦しいんです。大学の先生のことを好きになってしまって。
彼には奥さんがいるはずなのに、私にはすごく優しくて……
私が風邪を引いた時は手作りの料理を持ってきてくれたり、落ち込んでいると夜遅くまで話に付き合ってくれたり、旅行にも連れて行ってくれたりするんです……」
彼女の話を最後まで静かに聞き終え、私はゆっくりと口を開いた。
「……素敵な人に惹かれてしまうのは、自然な気持ちですよ。ただ、今は、まず学業を最後までしっかりやり遂げることが、何より大事だと思います。
実は、私も高校生のとき、教育実習の先生にひそかに想いを寄せていました。でも、今の夫と出会って、初めて本当の恋愛や、大人の愛というものがどんなものかわかったんです。
あなたにもきっと、本当にふさわしいような素敵な人が巡ってきますよ!」
少女は意味深な笑みを漏らした。
「本当にうらやましいです、先生の奥さま」
第1話
私・朝倉夢子(あさくら ゆめこ)は十年間、深夜ラジオパーソナリティを務めてきた。
番組終了前の最後の生電話が繋がったのは、一人の女子大生だった。
「朝倉さん、こんばんは。実は今、とても悩んでいて……胸が苦しいんです。大学の先生のことを好きになってしまって。
彼には奥さんがいるはずなのに、私にはすごく優しくて……
私が風邪を引いた時は手作りの料理を持ってきてくれたり、落ち込んでいると夜遅くまで話に付き合ってくれたり、旅行にも連れて行ってくれたりするんです……」
彼女の話を最後まで静かに聞き終え、私はゆっくりと口を開いた。
「……素敵な人に惹かれてしまうのは、自然な気持ちですよ。ただ、今は、まず学業を最後までしっかりやり遂げることが、何より大事だと思います。
実は、私も高校生のとき、教育実習の先生にひそかに想いを寄せていました。でも、今の夫と出会って、初めて本当の恋愛や、大人の愛というものがどんなものかわかったんです。
あなたにもきっと、本当にふさわしいような素敵な人が巡ってきますよ!」
少女は意味深な笑みを漏らした。
「本当にうらやましいです、先生の奥さま」
頭の中で何かが弾けるような音がして、私ははっと顔を上げた。スタジオの外に、私の仕事が終わるのを待っている江口達朗(えぐち たつろう)の姿が見える。
道理で、あの声に聞き覚えがあったんだ。彼のスマホの中で、何度も聴いていた声なのだ。
ディレクターが焦ったように立ち上がり、イヤホン越しに「続けて」と急かす。
達朗は暗い瞳でこちらを一瞥し、スマホを手にしたまま背を向けて歩き去った。
私は深く息を吸い込み、笑みを作る。
平静を装いながら解説を締めくくると、ちょうど五分ぴったりだ。
十年間続けてきた深夜番組が、遂に静かに幕を下ろせた。
音楽が流れ始めた瞬間、張りつめていた緊張の糸がふっと切れた。全身に冷や汗がにじむ。
自嘲と諦めの入り混じったような笑みが、ふと唇にこぼれた。まるで、初めてマイクの前に座ったあの夜のようだ。
周囲の同僚たちの視線が、妙に複雑だった。驚きと好奇、そして同情が、一筋縄ではいかない色合いで絡み合っている。
「朝倉さん……」
私はスマホを受け取った。番組名と私の名前が、もう検索ランキングに載っていた。
【うわっ、やべえ!まさか番組終了後に、こんな大ネタ出るとは!】
【上のコメントに答えると、ざっくり言えば、女子大生が自分の先生に恋しちゃった話で、パーソナリティが説教した後に、急にその女子大生がパーソナリティのことを「先生の奥様」って呼んで、即座に電話カットされたってこと】
【そのパーソナリティの夫は江口達朗、A大学法学部の教授らしい】
【皮肉すぎる。この人、さっきまで夫との仲がどれだけ良くて幸せか語ってたくせに。次の瞬間には──自分こそが『悲劇の主人公』だったっていうね。まさか自分がネタの中心になるとは】
……
たぶん、これがこの番組史上、最も話題になった瞬間だったんだろう。オフィスを出た途端、胃の痛みがさらに強まり、気力だけで駐車場まで足を引きずるように歩いた。
達朗は車の中で待っていた。後部座席には、彼が私のために買ってきてくれた花と贈り物が置かれている。
「若い子はまだわがままで分別がなくてね。代わりに謝っておくよ」
彼の声は淡々としていて、まるで取るに足らない出来事でも話しているかのようだった。
「お前の番組なんて、聴いてる人もほとんどいないんだから。大丈夫、そんなに影響ないさ」
そう言い終えると、彼は私のシートベルトを締め、エンジンをかけた。
私は笑った。歯を食いしばりながら。
「あの子のこと……何も説明してくれないの?私に」
彼はわずかに眉をひそめ、冷たい声で言った。
「どんな説明が欲しいんだ?俺は浮気をした。自分の教え子のことを好きになった。学校で残業していると言っていた時間の半分は、実際には彼女と一緒にいたんだ。この半年間、ほとんどお前に触れなかった。彼女が気にしていたからだ。
離婚したいなら、俺は構わないよ」
まるで心臓を握り潰されるような痛みを覚え、声が震えた。
「どうして……」
「浮気の理由って?冷めた、飽きた、疲れた……新しい刺激が欲しくなっただろうな」
彼はしばし沈黙し、指輪をいじりながら、ゆっくりと外した。
「自分のしたことが許されないと分かっている。でも、心が動いてしまったんだ。どうしようもなかった。彼女といると、生きていることを実感させられるんだ。
ごめん、夢子。本当はお前を傷つけたくなかったんだ」
涙で視界が霞み、彼の顔が歪んで見えた。
……
「夢子、俺がいる限り、誰にもお前を傷つけさせない」
彼がプロポーズしてきたのは、病院の中だった。
あの年、大晦日に私は母と年越しのため、実家へ帰省した。
まさか、母がまた、ギャンブルとDVに溺れた父とよりを戻そうとし、借金の代わりに私を大企業の社長の元へ差し出そうとしていたとは、思いもしなかった。
逃げ場を失った私は、二階の窓から飛び降りて逃げるしかなかった。
達朗はそれを知るとすぐに駆けつけ、私の両親を、言葉巧みに、時には脅すように説き伏せ、親子の縁を切る絶縁状へと署名させた。
私はその書面を呆然と見つめ、泣き笑いのような声を漏らした。すると彼は、一つの指輪を取り出した。
「お前から電話をもらった時、ちょうど母の遺品を整理していてね。慌てていたから、ついポケットにしまったまま飛行機に乗っちゃったんだ。
夢子、俺と結婚してくれ。家族になろう」
私は何度も頷いた。「はい」と言おうとしたが、喉が涙に詰まって、言葉にならなかった。
骨折が治ると、すぐに私たちは婚姻届を提出した。
愛していたはずのこの心が、冷め果てるまで、十年と持たなかった。
かつて「一生を共に」と固く誓い合った約束は、今や脆いプラスチックのようだ。見た目にこそ昔と変わらないが、指先でそっと触れただけで粉々に砕けてしまう。
スマホの着信音が、私を記憶の世界から現実へと引き戻した。
達朗がちらりと一瞥をした。もう私を避ける必要はないと思ったのか、そのまま車内で電話に出る。
向こうからは、かすかにすすり泣く声が漏れている。
達朗は穏やかな口調で言う。「大丈夫。落ち着いて家で待ってて。彼女を連れていくから」
エンジンがかかる。私は咄嗟に彼の腕をしっかりと握りしめ、どこへ行くのかと問い詰めた。
「美月が、お前に謝りたいって言ってるんだ」
第2話
皮肉な笑みを浮かべたものの、胃の痛みに我慢できず、私は助手席で体を丸めた。何も言えなかった。
達朗はグローブボックスから胃薬を取り出し、さっと差し出してきた。私は首を振り、彼は涼しい顔でまたしまい込んだ。
夏目美月(なつめ みつき)の家に着くと、彼は私の腕を掴んで車から引きずり降ろした。
「言うべきことはわかってるだろう。彼女の機嫌を取れ。そうすれば、お前の望む条件は何でも飲んでやる」
玄関を入ると、美月は目を真っ赤に腫らし、私の前で深く頭を下げた。
「申し訳ありません、朝倉さん。本当にわざとじゃなかったんです。緊張していて、つい口が滑ってしまって……
あんなにわがままを言って、騒いでしまってごめんなさい。朝倉さん、もしお怒りでしたら、どうぞ叱ってください。私、ちゃんと反省しますから」
達朗が目で合図して、私に話すよう促した。
私は歯を食いしばりながら口を開いた。
「いいの、もう気にしてないわ。
でもね、もし本当に悪いと思って、償う気があるなら、はっきりした釈明文を公開しなさい。あなたが一方的に達朗に片想いしていて、彼にフラれた腹いせに、わざと私たちに復讐したこと。それに、達朗とは、何の不適切な関係は一切なかったということもね。
それから、あなたたちがプライベートでどうしようと、私の知ったことじゃない。でも、私の仕事にまでケチつけるような真似だけは、絶対許さないからね」
「夢子、お前は本当に自分勝手だな。お前だって散々中傷されたことがあるのに、よくもそんなことが言えるんだ?」
達朗は怒りをむき出しにして、私を問い詰めた。
大学を卒業して放送局に入ったばかりの頃、私は上司にセクハラされた。さらにその奥さんから不倫相手と誤解されて殴られたことがある。
当時、私は達朗をこう慰めた。「これで不幸中の幸いよ。あの上司と一緒に仕事しなくて済むんだから」
達朗は怒り心頭に発し、涙ぐみながら私を責めた。「どうして俺に言ってくれなかったんだ」
そして、目を真っ赤にして誓う。「もう二度と苦労させない。お前が『辞めたい』と思ったらいつでも辞められるように、俺が頑張るから」
言葉通り、彼は約束を果たしてくれた。
家を買い、車も手に入れ、私たちの暮らしは日ごとに豊かになっていった。
彼は、私の昼夜逆転した生活を気にかけ、何度も仕事を辞めるようにと諭してくれた。
けれど、私はこの番組に深い愛着があった。それに、代役のパーソナリティは来ては去り、結局、最後に残ったのは私だけだ。
三か月前、局は番組の打ち切りを決定した。
恩師である向井悟(むかい さとる)先生の推薦を受け、私は三度にわたる面接を経て、テレビ局のニュースキャスターとして内定を得た。来月から正式に入社する予定だ。
それは私がずっと夢見てきた仕事だ。世論は小さな火種で大火事になることもある。
ほんの少しの失敗で、このキャリアを一瞬で台無しにしかねない。
私が自分勝手?人を中傷した?そんなこと、あるわけないだろ!私に責任をなすりつけてるだけじゃないのか?
美月は達朗の腕を掴むと、涙をこらえながら「わかりました……」とうなずき、振り返ってスマホに手を伸ばした。
けれど私は、もう体を支えられない。視界が突然暗くなると、そのまま崩れ落ちた。
目を覚ました時、外はすでに夕陽に染まっていて、私は病院のベッドに横たわっていた。
達朗は白い半袖シャツを着て、窓辺に背を向けて立っている。
一瞬、意識が遠のき、目の前の達朗の姿が、十年前の青年とぴったりと重なった。
狭いアパートの一室で、私たちは夕方まで昼寝をしていた。大雨がやむまで。
彼がくるりと振り返り、目を輝かせて言った。
「ほら、夢子!見て、二重の虹だ!」
現実の達朗は、静かに体の向きを変えると、疲れ切った色の滲んだ暗い顔を私に向けた。
離婚協議書を私に差し出す。
「外では、もう離婚したと言っていい。今は独身だということにしろ。そうすれば、俺と美月のことも、お前にこれ以上迷惑をかけることはない」
私はためらわずにペンを手に取り、署名しようとした。
だが、彼は突然、書類を引き戻した。「そんなに急いでいるのか?」
思わず彼の顔を見上げ、私はあきれたように笑いながら尋ねた。
「じゃあ、どうしてほしいのよ?どんな反応を期待してるの?未練がましく泣きついてほしいの?
それとも取り乱して、『なんで私を愛してくれないの?なんで十年以上も一緒だったのに裏切るの?』って責め立ててほしいの?
……そんなことに、意味があると思う?」
彼は短く、冷たい笑いを漏らした。「ないよ。さっさと署名しろ」
署名を終え、私がスマホを探そうとすると、達朗は言いかけたような表情を浮かべた。結局何も言わず、そっとポケットから取り出して渡してくれた。
胸の奥に、嫌な予感がわき上がった。
スマホには爆発的な数の通知が殺到していた。私の名前が単独でトレンド入りしている――【ラジオパーソナリティの朝倉夢子、高校時代に中絶手術】
午前三時過ぎ、「朝倉夢子の同級生」と名乗る人物のアカウントが、私が高校時代に教育実習の男性教師に言い寄って教室で関係を持ち、そのため教師が学校を解雇された――とする書き込みを投稿していた。
さらに、私が当時半月ほど休みを取り、病院で手術を受けていたという情報も添えられていた。
書き込みにはクラスの卒業写真が添えられ、加えて私が制服姿で産婦人科の前に座っている写真まで載せられていた。
ふっと、自分を哀れむような笑みを浮かべると、私はゆっくりと顔を上げ、達朗を見据える。
「私をここまで追い詰めて……いったい、何がしたいの?」
第3話
「彼女じゃない」達朗はきっぱりと言い切った。「あいつがお前の高校の同級生を知ってるわけがない。ましてや、そんな写真を手に入れられるはずがない。
番組でわざと、高校生の時に教育実習の先生に片思いしてたって話をしたのはお前だろう。よく考えてみろ。昔、誰かを本気で怒らせたことはないか?誰かと深刻に揉めたことは?後ろ暗いことはなかったか?
アカウントにはもう連絡を取って、元の書き込みは削除させた。この件は俺が何とかする」
私は信じられずに立ちすくんだ。鼻の奥が熱くなり、込み上げてくる涙を必死にこらえた。
「どういう意味?あなた、本当だと思ってるの?私が嘘をついてると思うの?」
私は点滴の針を引き抜き、ベッドから降りた。足が震えて力が入らず、目の前がぐらりと揺れる。
彼は私を支え、そっとベッドに押し戻した。「何してるんだ。高熱が出てるのがわからないのか?
今さらそんなことを言い合って、何の意味がある?過去のことは、本当でも嘘でも、もうどうでもいいじゃないか」
そして、さらに付け加えた。「だが、お前に子供ができないのは事実だ」
心臓が、ぎゅっと締め付けられる。
三年前のことだ。私たちは子供を作ろうと決めた。けれど二度とも、三ヶ月を待たずに流産した。
私はもう一度挑戦したかった。なのに達朗は、私の体を案じて、もう二度とあの苦しみを味わわせたくないと首を振った。
「もともと子どもはそんなに好きじゃないし、やめよう。二人のほうがいいだろ、邪魔者もいないし」
深く息を吸い込んでも、胸の苦しさは和らぐことはない。
彼は私の信頼を踏みにじり、さらに人間性まで疑った。
十年以上かけて築き上げてきた信頼と愛情が、わずか数行の嘘と一枚の写真で葬られた。
この瞬間、私の心は完全に冷え切った。
スマホが鳴った。向井先生からの電話だ。
「朝倉さん、転職の件は少し延期にしよう。しばらくゆっくり休みなさい」
悲しみをこらえ、先生に謝罪の言葉を口にした。
電話を切ると、私はベッドサイドの離婚協議書を掴み、泣き笑いながら破り捨てた。
「もういらないよ。離婚さえしなければ、あの女はいつまで経っても日陰の愛人で終わるだけ。江口教授、あなたの将来だって彼女の手でめちゃくちゃにされるわ。いつか彼女に飽きた時に、後悔しないといいわね」
彼は数秒黙り込んでから口を開く。「教授を辞めた。友達に誘われて、彼の法律事務所のパートナーになることにした」
私は一瞬呆然とし、それから大声で笑い出した。目尻がじわりと濡れる。
なるほど、美月があれほど遠慮なく番組で私を「先生の奥様」と呼んだのも納得がいく。彼女はこれで、達朗との関係を事実上公にしたのだ。なのに達朗は、まるで何事もなかったかのように平然としていた。
「じゃあ、彼女はどうなったの?」
「とっくにこっちから卒業させたよ」
思わず、軽く二度、ぱちぱちと手を叩いてしまった。
やっぱり、最後まで馬鹿だったのは私だけ。
達朗は怒りと恥ずかしさで、顔をさらに曇らせた。
「認めるよ、今回は美月が悪い。あの子は若くて嫉妬深いからな。昨日は誕生日だったのに、俺がそばにいられなかったことを責めて、拗ねて……つい、こんな悪ふざけをしてしまったんだ」
結局また私のせい。あの時、彼を番組の最終収録に呼ばなければよかった。
そうしていれば、何も起こらなかったのに。
「彼女はもうお前に謝っただろ。どうしてそこまでしつこく責めるんだ?」
彼は深く息を吸い、怒りを抑え込んでから提案する。「お前、留学したいって言ってただろ。海外で勉強して戻ってくれば、こんなくだらないこと誰も覚えてないさ。キャスターでも何でも、やりたいことをやればいい」
彼の口から出る言葉は、いつもこんなにも軽い。
彼は私を一瞥すると、ため息を一つついて腰をかがめ、床に散らばった紙切れを拾い上げると、振り返りもなく部屋を出て行った。
愛を語る言葉が嘘に成り果てれば、もはや何も信じられない。
二人が去った後も、私の微熱は一向に下がらなかった。無理を承知で気力を振り絞り、千字を超える釈明文を書き上げた。
投稿ボタンを押そうとしたその瞬間、美月からLINEが届いた。
一瞬、手が止まった。
送られてきたのは血液検査の報告書――
彼女は妊娠していた。
【奥さま、名分なんていりません。でも子どもだけは諦められないんです。どうか、私たちを許してください】
私はスマホの画面を凝視し、喉の奥に鉄の味が込み上げてきた。
そして、たった一言で返信した。
【おめでとう】
そのスクリーンショットを添えて、投稿ボタンを押した。
わずか五分後、その投稿は「虚偽情報の拡散および名誉毀損」を理由に通報され、削除された。
すぐさま、達朗から電話がかかってきた。声には怒りを押し殺した緊張感があった。
「夢子、もういい加減にしろ」
私は即座に問い返した。「自分で釈明するのもダメなの?私の書いたことのどこが事実と違う?一体、何が『虚偽情報』なの?」
彼は鼻で笑った。
「自分の血液検査の報告書を悪用して、美月に妊娠の濡れ衣を着せるつもりか。彼女にこれほどの汚名を着せて、ようやく気が済むのか。これ以上続けるなら、法的措置を取らせてもらう」
私ははっと息を飲み、報告書の画像を拡大した。そこには名前がどこにも記載されていなかった。
私は病室を飛び出し、看護師に駆け寄りながら詰め寄るように問いかけた。「私……妊娠してるんですか?」
第4話
肯定の返事を聞いた瞬間、私はぼう然と立ち尽くし、泣きながら笑ってしまった。
どうして、よりによって今なの!
看護師に支えられて病室へ戻ると、「あまりお気持ちを高ぶらせないように」と、優しく注意してくれた。
スマホを手に取ると、達朗の投稿が目に入った。
彼は、すべては私が話題作りのために仕組んだ自作自演で、金を払って人を雇い、生電話を偽装しただけだと言い、番組に出ていたあの女子大生とは全く知らない仲だと書いていた。
【朝倉さんとは関係が破綻しており、現在離婚協議中です。彼女の一連の行為は私の名誉を著しく傷つけるものであり、法的対応も含め、あらゆる手段を取る可能性があることをお伝えします】
世論の風向きは一気に逆転し、コメント欄は「ブレイクするために手段を選ばない女」と私を非難する声で埋め尽くされていった。
誰かが私の写真を加工し、顔の上に「クソ売女」と大きく書き込まれて、ネットに投稿した。
次の瞬間、達朗から一本の音声データが送られてきた。
震える手で再生すると、そこに流れてきたのは父の声だ。
私がだらしなく、十代の頃から男と同棲して家に帰らず、何度も妊娠と中絶を繰り返したと証言していた。
【夫婦のよしみから、お前が本当に社会的に破滅する姿は見たくない。離婚を考え直す気になったら、連絡してくれ】
【あと、子供のことだが、堕ろすか産むかはお前次第だ。産むなら養育費は払う】
達朗は当時、家のゴタゴタをすべて揉み消してくれたのに、今は別の女のために、こんなことで私を脅してくる。
胸が締め付けられる。スマホを置くと、果てしない絶望に飲み込まれていった。
どれくらい横になっていただろう。
やがてドアが開き、美月が弁当箱を持って入り口に立っていた。
「朝倉さん、先生から、カボチャのお粥がお好きだと伺い、少し作って参りました。それに、母が漬けた梅干しもお持ちしました」
次の瞬間、彼女は頭を下げて、泣き声混じりに謝り始めた。
「朝倉さん、本当にごめんなさい……こんなことになるなんて思ってもみませんでした……」
彼女のわざとらしい声に胸がむかむかと逆撫でされ、悪寒が背筋を走った。胃がひっくり返り、吐き気がこみ上げてくる。
慌てて手を伸ばした拍子に、お粥の入ったお椀をひっくり返してしまった。美月がとっさに駆け寄り、ベッド脇に膝をついて受け止めようとした。
その瞬間、達朗が飛び込んできた。驚きと痛々しさの入り混じった表情で、彼は声を上げた。
「美月……」
彼はさっとTシャツを脱いで、美月の手を優しく拭いてやっていた。
そのとき露わになった背中に、爪の跡がくっきりと刻まれていた。
彼は私には一目もくれず、美月を連れて洗面所へ向かった。立ち去り際、ちらりと私を軽蔑するような視線を投げた。
十分ほどして戻ってくると、彼は上着を羽織りながら言う。
「美月は潔癖症なんだ。手を消毒液で真っ白になるまで洗うんだよ。彼女はあんたに敬意を払ってる。文句があるなら俺に言え」
私は口元をわずかに歪めて皮肉を込めて言い返す。
「へえ、そりゃお似合いな二人だこと」
達朗も潔癖症だ。他人と少しでも肌が触れれば、すぐに除菌シートで拭かないと気が済まない。
でも、そんな彼がその潔癖を押し殺して、私のために料理を作り、流産した後の血の跡も片付けてくれたんだ。
「お前だけは特別だ。俺の潔癖症は、お前には反応しないんだ」
怒りで唇を噛みしめた。その瞬間、病室のドアが勢いよく開いた。
一人の女が入ってくる。「あんたが朝倉夢子?」
答える間もなく、彼女は近づくと平手で頬を打ち、髪をつかんで私の腹を机の角に押しつけた。
手に握られている一枚の写真。写っている男は、かつて、父が私を差し出そうとした相手だ。「他人の男に手を出すなんて、この泥棒猫!ぶっ殺してやる!」
助けを求めるように達朗に視線を向けた。けれど、彼はまるで何も見えていないかのように視線を逸らしながら前に出て、美月のバッグを手に取ると、病室を飛び出した。
そうか、ひょっとして、この女を呼びつけたのも、彼なのかもしれない。
「妊娠したって聞いたわよ!泥棒猫の子なんてどうせただの出来損ないよ!子供を産んで、他人の家庭を壊すつもり?」
息が詰まり、絶望が胸を締めつける。私はもう、自分の子どもを守ることさえできない。
女の力は強く、髪をつかまれて壁に打ちつけられた。
激痛で意識が遠のき、下腹から血が流れ出たところで、ようやく女は手を離した。
病室の外には野次馬が群がり、「泥棒猫」だと噂して誰一人助けてくれない。
私はゆっくりと、血の海にへ崩れ落ちるように倒れ込んだ。その時、スマホやカメラを構えた数人が「芸能記者です!」と名乗りながら、一斉に押し寄せてきた。
「朝倉さん、ご主人が女子大生と不倫したって本当ですか?ネットで出回っているあなたへの暴露は事実なんですか?あなた、中絶したことがあるって本当ですか?」
「あなたの同級生に話を聞きました。中学の頃から不良と付き合って同棲していたって言ってましたが、それは事実ですか?」
「ご主人のコメントについて、何か言いたいことは?何か一言お願いします!」
「この女性の方が言っている『あなたが彼女の夫を誘惑した』って話はどういうことですか?江口弁護士と離婚したのは、あなたの不倫が原因なんですか?」
……
レンズが顔にぎりぎりまで迫り、耳鳴りがして、頭が割れるように痛んだ。
「どけっ!」
急いで駆け込んできた男が、記者たちを押し分け、私を抱き起こした。