婚約者が秘書に世紀の結婚式を!?

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婚約者が秘書に世紀の結婚式を!?

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海外での体外受精が成功したその日、代々ひとり息子として家を継いできた御曹司の恋人・高橋颯真(たかはし そうま)が、ついに私との結婚を承...

Chương (1)

第1章

海外での体外受精が成功したその日、代々ひとり息子として家を継いできた御曹司の恋人・高橋颯真(たかはし そうま)が、ついに私との結婚を承諾した。 けれど、十時間かけて帰国した私を待っていたのは、会社の前で大勢の報道陣に囲まれ、秘書・藤崎寧々(ふじさき ねね)と幸せそうに結婚を発表する彼の姿だった。 秘書は婚姻届の受理証明書をカメラの前に掲げ、嬉しそうに微笑む。 「皆さま、ご安心ください。これから先は私が高橋社長をしっかり支えて、きちんと働いていただきますので」 その場にいた記者たちは私に気づくと、一斉にカメラを向けてきた。修羅場になるのを期待していたのだろう。 けれど私は、ただ微笑んで、誰よりも先に二人を祝福した。 「高橋社長と藤崎さんはまさにお似合いのお二人です。どうか末永くお幸せに暮らされ、幸せなご家庭を築いてください」 その一言に、場は騒然となった。 まさか、颯真と九年付き合ってきた恋人である私が、ここまであっさり祝福するなんて、誰も思っていなかったのだ。 私はそのまま背を向けた。すると颯真が慌てて追いかけてきて、眉をひそめながら弁解した。 「寧々は会社の海外プロジェクトのために、この半年、寝る間もなく俺と一緒に働いてきたんだ。報酬もボーナスもいらない代わりに、夢の結婚式をしてみたいって言っただけで…… それに、プロジェクトが軌道に乗ったら離婚する約束だ。そのときは必ず、お前にもっと盛大で、一生忘れられない結婚式をしてやる。お腹の中の子どものこともあるんだ。だから、頼むからわかってくれ」 私は笑みを浮かべたまま、彼の手をそっと振り払った。 どうして、私のお腹の子があなたの子だなんて思ってるの? 第1話 海外での体外受精が成功したその日、代々ひとり息子として家を継いできた御曹司の恋人・高橋颯真(たかはし そうま)が、ついに私・朝倉乃愛(あさくら のあ)との結婚を承諾した。 けれど、十時間かけて帰国した私を待っていたのは、会社の前で大勢の報道陣に囲まれ、秘書・藤崎寧々(ふじさき ねね)と幸せそうに結婚を発表する彼の姿だった。 秘書は婚姻届の受理証明書をカメラの前に掲げ、嬉しそうに微笑む。 「皆さま、ご安心ください。これから先は私が高橋社長をしっかり支えて、きちんと働いていただきますので」 その場にいた記者たちは私に気づくと、一斉にカメラを向けてきた。修羅場になるのを期待していたのだろう。 けれど私は、ただ微笑んで、誰よりも先に二人を祝福した。 「高橋社長と藤崎さんはまさにお似合いのお二人です。どうか末永くお幸せに暮らされ、幸せなご家庭を築いてください」 その一言に、場は騒然となった。 まさか、颯真と九年付き合ってきた恋人である私が、ここまであっさり祝福するなんて、誰も思っていなかったのだ。 私はそのまま背を向けた。すると颯真が慌てて追いかけてきて、眉をひそめながら弁解した。 「寧々は会社の海外プロジェクトのために、この半年、寝る間もなく俺と一緒に働いてきたんだ。報酬もボーナスもいらない代わりに、夢の結婚式をしてみたいって言っただけで…… それに、プロジェクトが軌道に乗ったら離婚する約束だ。そのときは必ず、お前にもっと盛大で、一生忘れられない結婚式をしてやる。お腹の中の子どものこともあるんだ。だから、頼むからわかってくれ」 私は笑みを浮かべたまま、彼の手をそっと振り払った。 「どうして、私のお腹の子があなたの子だなんて思ってるの?」 そう言い捨てると、私は彼の愕然とした表情を無視して背を向けた。 けれど颯真は私の腕を乱暴につかみ、そのまま行く手を塞いだ。 表情は険しく、声にも苛立ちがにじんでいる。 「どういうつもりだ。さっき皆の前で俺に恥をかかせたのも足りないのか。今度は子どもをだしにして俺を試すつもりか? 乃愛、お前には何度説明すれば気が済むんだ。あれはただの報奨だろ。寧々はあれだけ身を粉にして働いたんだぞ。少しは思いやることもできないのか?」 その言葉に、私は呆れて思わず笑ってしまった。 そして、はっきりと言い返す。 「海外プロジェクトには私も参加していたわ。この半年、あの案件のために力を尽くしてきたのは、藤崎さん一人だけじゃない。会社中が必死だったでしょう」 それに、私の知る限り、寧々が尽くしたというのも、プロジェクト会議でお茶を入れたり、皆の食事を手配したり、その程度のことにすぎない。 あんなこと、彼女がいなくても誰かがやれば済む話だ。別に、いなければ回らなかったわけじゃない。 私はまっすぐ彼の目を見返した。 「それとも、誰かに社長と結婚してみたいって言われたら、あなたは誰にでも気前よく応じるの?」 言い終えた瞬間、彼の手にさらに力がこもった。 怒りに染まった目が、私をにらみつける。 「乃愛、結婚くらいのことでそんなに目くじらを立てるなよ。いつからそんな度量の狭い女になった?」 ――結婚くらいのこと? 九年にわたる交際のあいだ、私は何度も彼に結婚の話をした。 けれど、そのたびに返ってくるのは言い訳ばかりだった。 最初は、会社を継いだばかりで立場が安定していないから、その気になれないと言い、次は、もう少し落ち着いたら時間を作ろうとも言われた。 その次は、私の後任をきちんと育て終えたら結婚しようと言われた。 私はその言葉を、一度だって疑わなかった。 彼の「結婚する」という約束を信じたからこそ、私は名の知れた企業からの内定をいくつも断った。肩書きも待遇も求めず、自分から彼のそばに残って、仕事を支え続けた。 どれほど忙しくても、どれほど疲れ果てても、会社のために昼夜を問わず働いた。倒れて入院したときですら、不満を口にしたことは一度もなかった。 それなのに去年、今度は両親の意向だと言ってきた。先に子どもを授かれば、すぐにでも結婚すると。 今度こそ本当に結婚できるのだと思った。だから、体外受精をしようと言われたときも、苦しい過程になることはわかっていたし、何本もの注射を打たなければならないことも知っていた。 それでも、私はためらわなかった。 体外受精のあいだでさえ、仕事を休むことが怖かった。何度も注射を打った後そのまま案件の進捗を追い、何事もなかったように働き続けた。 張りつめた日々のなかで、精神が壊れかけたこともある。死んでしまいたいとさえ思い詰めた。 それでも私をつなぎとめていたのは、彼の存在と、彼が約束した結婚だけだった。 そうして半年間、必死に耐え抜いた。帰国すれば、ようやく幸せが待っているのだと信じていた。 なのに現実には、私がずっと焦がれてきたその結婚を、彼はご褒美のように他人へ与えていたのだ。 「どうせ九年も待ったんだろ。あと二、三か月くらい、待てないわけじゃないだろ」 颯真の投げやりな、どこか責めるような声が、私を現実へ引き戻した。 そのうんざりしたような顔を見た瞬間、胸の奥が針で刺されるように細かく痛んだ。 そのとき初めて、私ははっきりと思い知った。彼は私を愛していたわけではないのかもしれない。 ただ、私がいつもそばにいて、当然のように自分の問題を片づけてくれることに慣れていただけなのだ。 でなければ、どうしてあんなふうに、どうせ九年も待ったんだろなどと、あまりにも軽く言えてしまうのだろう。 第2話 そのことに気づいた瞬間、私は声もなく笑ってしまった。 もう彼の言い訳をこれ以上聞く気にはなれず、私は彼の腕を振りほどいて、その場でタクシーをつかまえた。 バックミラーに映った颯真は、去っていく私の背中を一度だけ見やったものの、すぐに身を翻し、寧々のもとへ戻っていった。 彼に対して最後に残っていたわずかな期待も、その瞬間に消えた。 涙をこらえながら、私は迷わず会社の社内アプリを開き、その場で退職手続きを申請した。それから家へ戻り、荷物をまとめて出ていく支度を始めた。 その夜、颯真は帰ってこなかった。寧々を連れて、最近話題になっているカップル向けのレストランへ行っていたのだ。 寧々はそのことがよほど嬉しかったのだろう。わざわざ九枚もの写真を投稿し、こんな言葉まで添えていた。 【高橋社長が、新婚初日くらいはちゃんとお祝いしないとって】 写真の中には、おそろいのスマホケースも映っていた。それに、颯真が寧々に合わせて、照れもなく可愛らしいポーズまで取っている。 それを見た途端、胸の奥に鈍い痛みが広がった。 付き合い始めた頃、私だってふざけたカップル写真を撮りたいとか、おそろいの小物を持ちたいとか、そんなことを口にしたことがある。 けれど彼は、そのたびに「子どもっぽい」の一言で切り捨てた。 それなのに今は、年を重ねたはずの彼が、寧々のためならそんなことまで平気でしてみせていた。 ぼんやりしていたそのとき、社内アプリに一件の通知が表示された。 【退職申請が承認されました】 その文字を見て、私はしばらく現実感を失った。 けれど我に返ったとき、写真の中で寧々と颯真がはめていたペアリングが、ひどく見覚えのあるものだと気づいた。 私は立ち上がって指輪のケースを探し、開けた。中は空だった。 その瞬間、二人の指にはめられていたのが、かつて私が結婚のために用意していたオーダーメイドの指輪だと確信した。 その指輪には、私の貯金のほとんどをつぎ込んだ。一億円くらいをかけただけでなく、デザインも仕上げも、私自身が心を砕いて作り上げたものだった。 もう自分で使うことはないとしても、ここを出たあと換金できる、私に残されたほとんど唯一の財産だった。 怒りを押し殺しながら、私は颯真にメッセージを送った。 指輪はどこへやったのか、と。 既読はすぐについたのに、いつまで経っても返事は来ない。 私はしびれを切らし、最後通告を送った。 【あなたも知らないっていうなら、盗まれたってことよね。今から警察に通報するわ】 そして三十秒ほどして、ようやく返信が届いた。 【明日、俺と寧々は教会で式を挙げる予定なんだ。でも頼んでいた指輪がまだ届かなくて、とりあえずお前のを借りただけだ。式が終わったら返す】 私があれほど大事にしてきた結婚指輪を、ここまで軽く扱えるのかと思った瞬間、心は完全に冷えきった。 【もういいわ。私は誰かがはめたものなんて身につけない。そこまであの子に渡したいなら、代金を払って。一億振り込んで】 颯真が応じるはずがないと思っていた。 なのに次の瞬間、一億円の入金通知が届いた。 その直後、彼から電話がかかってきた。受話口の向こうで、彼はほとんど脅すような口調で言った。 「金は払ったんだ。だったらもう、寧々に面倒をかけるような真似はするな。分別くらいつけろ」 一方的に電話は切れた。 黒くなった画面には、疲れ切った自分の顔が映っていた。それから、いつの間にか涙が頬を伝っていた。 この瞬間、私はようやく思い知った。九年間、何ひとつ惜しまず注いできた自分のすべてが、どれほど報われないものだったのかを。 私はさらに手を早めて荷造りを進め、引っ越し業者にも連絡を入れた。もう一刻も早く、この吐き気のする場所から離れたかった。 翌朝―― 引っ越し業者よりも先にやって来たのは、本来なら海外旅行中のはずだった颯真の両親だった。 玄関に入るなり、二人は痩せた私の姿に目を見張った。やつれきった顔を見るなり、すぐに私の手を取って、声を詰まらせた。 「全部あの子が悪いのよ。止めても聞かずに、あなたに体外受精なんてさせて……本当に、どれだけつらい思いをしたことか…… もしあの子がこの先、あなたを少しでも粗末に扱うようなことがあれば、私たちが絶対に許さないわ」 その言葉は、まるで頭から冷水を浴びせられたような衝撃だった。 私はずっと、颯真が言っていたことを信じていた。彼の両親が、子どもを先に授からなければ結婚は認めないと言っているのだと。 けれど今の様子を見る限り、真実はまるで逆だったのだ。 怒りで拳に力がこもり、手にしていた緩衝材が、ぎしりと音を立てた。 私が荷造りをしていることに気づいた二人は、不思議そうに顔を見合わせた。 「どうして荷物をまとめているの?颯真はどうしたの。まさか、こんなことをあなた一人にさせているの?」 これまでは、颯真が外で何をしていようと、私は両親の前では彼の体面を守ってきた。 けれど、もうその必要はなかった。私はここしばらくの出来事を、ひとつ残らずそのまま話した。 聞き終えた二人の顔色はみるみる悪くなり、やがて怒りで真っ青になったまま、その場で颯真に電話をかけた。 けれど何度かけても、向こうは出ない。 怒りを抑えきれなくなった二人は、今度は会社の副社長に連絡を入れ、颯真と寧々が式を挙げる教会の場所を聞き出した。 「乃愛さん、もう怖がらなくていいわ。今日は私たちが、あの恩知らずのろくでなしにきっちり思い知らせてやるから」 第3話 有無を言わせぬまま、二人は私を車に乗せ、そのまま式場へ向かった。 教会の中では、千万単位の値段がつくジュリエットローズが一面に敷き詰められ、まるで花の絨毯のように広がっており、祭壇の前では、牧師が厳かに結婚の誓いを読み上げていた。 その下で、寧々は高級オーダーメイドのウェディングドレスに身を包み、向かいに立つ颯真をうっとりと見つめていた。颯真もまた、目元にやわらかな笑みを浮かべている。 優雅なピアノの音色が流れるなか、二人が指輪を交換しようとした、その瞬間だった。 颯真の父が勢いよく前へ踏み出し、式を止めた。 その姿を目にした颯真は、一瞬だけ動きを止めた。 けれど次の瞬間には何かを悟ったように、人混みの向こうからまっすぐ私を見据えた。 彼は大股でこちらへ歩み寄ると、私の襟元をつかみ、怒りを噛み殺すような声で言い放った。 「乃愛、お前もたいしたものだな。式をぶち壊すために、わざわざ親に泣きついたのか。お前、この結婚式にどれだけ金と手間がかかってると思ってる? やっぱり、これまで甘やかしすぎたんだな。だから今になって、俺に逆らう度胸までついたのか」 燃えるような彼の目を見返し、私は冷たく笑った。 言い返そうと口を開きかけた、そのときだった。寧々が慌てて駆け寄ってきて、その場にどさりと膝をついた。 そして私の裾をつかみ、哀れを誘うような目で見上げてくる。 「朝倉さん、私はお二人の仲を壊したかったわけじゃないの。最初から、この式が終わったら……高橋社長と離婚の手続きをして、会社も辞めて、もう二度とお二人の前には現れないつもりなの……」 そこで言葉を詰まらせると、彼女は勢いよく顔を上げた。目は赤く潤み、声は震えていた。 「でも……朝倉さん、私、高橋社長の子どもを身ごもっているの。お願い……」 二人の関係がただならぬものだとは、もうとっくにわかっていた。それでも、こうしてはっきり聞かされると、胸は勝手に痛んだ。 私はその場に立ち尽くしたまま、全身がこわばっていくのを感じていた。手足から力が抜けていき、どう反応すればいいのかもわからない。 気づけば、教会にいた全員の視線が、いっせいに私へ注がれていた。そこにあるのは同情ではなく、面白がるような色ばかり。 ひそひそと囁く声まで聞こえてきた。どれほど愚かな女なのかと、私を嘲るような声が。 私が黙ったまま寧々を見つめていたせいで、颯真は私が彼女に何かするつもりだと勘違いしたらしい。 彼は身をひるがえして寧々を立たせると、自分の背後へかばうように隠し、私の視線を遮った。そのうえで、険しい顔のまま吐き捨てる。 「乃愛、お前は本当に心が狭すぎる。寧々はずっと俺たちのそばにいて、何ひとつ見返りなんて求めなかった。それに今回は、悪いのは俺のほうだ。 愛してるだの何だの言っておきながら、俺のために寧々を受け入れることもできないのか。そのうえ、寧々が夢見てた結婚式まで壊そうとするなんて……本当に性格が悪いな」 そう言い終えるなり、彼は私を乱暴に突き放した。不意を突かれた私は体勢を崩し、そのまま倒れかけた。 けれど颯真の母がとっさに腕をつかみ、間一髪で支えてくれた。 椅子に手をついてようやく立ち直った、その次の瞬間。ぱしん、と乾いた音が教会に響いた。 さっきまでざわめいていた場が、一瞬で静まり返る。 彼の母が、颯真の頬をためらいなく打っていた。しかも、会場の端ではまだ報道陣が配信を続けているというのに、そんなことには目もくれず、彼女は颯真を真正面から指さして怒鳴った。 「颯真、よく聞きなさい。乃愛さんがあなたのために、そして高橋家のためにどれだけ尽くしてきたか、そんなこと誰の目にも明らかでしょう!うちが嫁として認めるのは、乃愛さんただ一人よ。この子のお腹の子だって、うちの家の子として認めるのはこの子だけよ! 藤崎寧々ですって?そんな女をこの家に入れるつもりなら、私もお父さんも、もうあなたとは縁を切るわ!」 まさか両親が私の側に立つとは思っていなかったのだろう。 颯真は痺れたように頬をさすりながら、鼻で笑った。 「二人ともまだ知らないんだな。昨日、乃愛が自分で言ったんだよ。腹の子は俺の子じゃないって。それでもあいつを信じるっていうなら、もう好きにしろ。そんなに言うなら、いっそ俺と縁を切ればいい」 そう言い捨てると、彼は寧々の手をつかみ、そのまま振り返りもせず立ち去った。 教会の中が騒然となるなか、颯真の母はふいに目の前が暗くなったように、その場で崩れ落ちた。 私は慌てて人を呼び、高橋家傘下の病院へ搬送してもらった。 入院しているあいだ、颯真は一度も見舞いに来なかった。私は気が気ではなく、ずっと付き添っていた。 そして退院の日になって、ようやく颯真からメッセージが届いた。 【乃愛、今日は着工の日だ。お前もプロジェクトチームと一緒に現場に来るはずだろ。どこにいる?無断欠勤か?】 私は返事を打ちかけた。 けれどその前に、彼からもう一通届く。 【やる気がないなら、さっさとそのポジションを寧々に譲れ】 私は小さく鼻で笑い、そのまま返信を送った。 【私はもう退職したわ。誰を後任にするかはあなたの自由よ】 送ってから三十秒も経たないうちに、颯真から電話がかかってきた。 通話ボタンを押した瞬間、怒りに満ちた彼の声が、こちらの耳を突き刺した。 第4話 「俺の許可もないのに、誰が退職を認めたんだ!」 私は少しも慌てずに答えた。 「あなた自身よ。藤崎さんと新婚祝いをしていた、あの夜にね」 電話の向こうはしばらく黙り込んだ。 私がそのまま切ろうとしたとき、彼は低い声でようやく口を開いた。 「……あのときは、ただの業務承認だと思ったんだ。今すぐ取り消す。だから早く戻ってこい。無断欠勤にはしない」 まるで恩でも着せるような言い方が、滑稽でしかなかった。 これ以上相手にする気もなく、私はそのまま通話を切った。 すると受話口の向こうで様子をうかがっていた寧々が、すぐに涙声で言った。 「颯真、朝倉さんが、きっとまだ私のことを怒ってるのよ。私、今から謝りに行くわ……」 その言葉に颯真はすっかり胸を打たれたようだった。 「俺があいつを甘やかしすぎたせいだ。嫌な思いをさせて悪かった」 「颯真が私を愛してくれるなら、朝倉さんにどんなふうに責められても平気よ」 その健気さに、颯真はいっそう寧々を不憫に思ったのだろう。 「心配するな。俺も一緒に行く」 高橋家の病院の正門を出て、ちょうど立ち去ろうとしたときだった。 寧々が私の前に立ちふさがった。簡素な服に身を包み、疲れの隠せない私の姿を見て、彼女は堪えきれないというように笑みを浮かべた。 そして、颯真に買ってもらったという高級限定バッグを、わざと見せつけてくる。 「あの日、あなたが結婚式をめちゃくちゃにしてくれたおかげで、颯真、私がかわいそうだって思ったみたいで。豪邸を二軒もくれたうえに、何億万もするジュエリーまで贈ってくれたの。限定ブランドに会社の株までね」 そう言って、彼女は私を上から下まで眺め回し、得意げにあごを上げた。 「あなたが颯真のそばにいたとき、こんな扱いなんて受けたことなかったでしょう?」 私は取り合わず、車のドアを開けて乗り込もうとした。 けれど彼女は私の腕をつかみ、さらに勝ち誇ったように笑った。 「認めなさいよ、朝倉さん。あなたは私に嫉妬してるの。私があなたの居場所を奪ったことも、たった数日で、あなたが九年かかっても手に入れられなかったものを全部手にしたことも」 「藤崎さん、そんなことを言うためだけに来たのなら悪いけれど、付き合っている暇はないわ」 私は彼女の手を振り払い、そのまま立ち去ろうとした。 すると背後から、底冷えのする声が飛んできた。 「あなたなんて、死ねばいいのよ!」 何の構えもないまま、私は寧々に車道へ突き飛ばされ、猛スピードで走ってきた車が、そのまま私の体を激しくはね飛ばした。 地面に叩きつけられた瞬間、額から血が噴き出し、次いで腹部に鋭い痛みが走る。 駆けつけた颯真は、血だまりの中に倒れた私を見て、さすがに顔色を変えた。 すぐに駆け寄ろうとした――けれど、二歩ほど踏み出したところで、すぐそばの寧々が突然その場に崩れ落ちた。 腹を押さえ、真っ青な顔で彼を呼ぶ。 「颯真……お腹が痛いの……助けて……私たちの子どもを助けて……」 その瞬間、颯真は一片の迷いもなく進む方向を変え、寧々のもとへ駆け寄った。しかも、私を救護しようとしていた救急の医師まで強引に寧々の前へ引っ張っていき、解雇をちらつかせながら、妊婦である寧々を優先して診ろと命じた。 医師たちは颯真を恐れ、逆らうことができなかった。 その結果、血だまりの中で助けを求める私には、誰一人として手を差し伸べなかった。 寧々はそのまま院内へ運ばれ、颯真の一声で、病院中の専門医が呼び集められた。 一時間後。先頭に立っていた医師が、颯真に告げる。 「妊娠三か月です。各数値にも異常はありません。おそらく驚きによる腹痛でしょう」 「……三か月?」 颯真はその場で凍りついた。 彼が寧々と関係を持つようになってから、まだ二か月しか経っていない。しかも半月前、寧々が結婚を言い出したときには、妊娠一か月だと本人が話していたはずだった。 「どうして三か月なんだ……?検査を間違えたんじゃないのか?」 信じられないといった顔で医師につかみかかる彼に、医師はすぐさま、たった今出たばかりの検査結果を差し出した。 そこにははっきりと、妊娠十三週と記されていた。 その数字を見た瞬間、颯真はようやく、自分が寧々に騙されていたのだと悟った。期待していた子どもは、最初から自分の子ではなかった。 その現実に打ちのめされて、ようやく彼は思い出す。私のお腹にも、子どもがいたことを。 彼は慌てて私に電話をかけた。 けれど、私のスマホは事故のときに車に踏み潰され、とうに壊れていた。 何度かけても、つながることはない。病院の中をうろつき回っていたそのとき、高橋家の両親から電話が入った。 そして彼は、私のお腹の子どもが助からなかったことを知らされた。 スマホを握りしめたまま、颯真の頭は真っ白になった。足から力が抜け、その場に崩れ落ちる。 ちょうどそのとき、画面に一本の通知が表示された。 【あなたは高橋グループから解雇されました】