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誤爆相手がマフィアのドンだった件
この三ヶ月間、私は「レックス」と名乗る男と付き合っていた。 ネット上で知り合っただけの、互いの顔すら知らない相手。 それでも私たちは、...
Chương (1)
第1章
この三ヶ月間、私は「レックス」と名乗る男と付き合っていた。
ネット上で知り合っただけの、互いの顔すら知らない相手。
それでも私たちは、溺れるほど甘い熱に浮かされていた。毎晩のようにスマホへ次々と届くメッセージに、私の心臓はそのたびに高鳴った。
【なあ、会いたいよ。また夢に出てきた。ずっと俺にすがりついて、欲しがってた】
そろそろリアルで会ってみないか、と私から提案しようとしていた、まさにそのときだった。
彼が何気なく送ってきた、一枚の写真。ありふれた机の上の風景だったけれど、その片隅に、ひどく見覚えのあるものが写り込んでいたのだ。
ファルコーネ・ファミリーの紋章。
他でもない、私自身がそのファルコーネ傘下の企業に勤めているのだから。
この三ヶ月間、私は裏社会の男と甘い愛の言葉を交わし続けていたというのか。しかもその相手は、もしかするとすぐ近くにいるかもしれない。
必死に彼の正体を突き止めようとしていた、その矢先――不意に視界へ飛び込んできたのだ。
私がレックスのために選んだ、あの特注のブラックオニキスのカフスボタンが、上司であるマルコの袖口で鈍く光っているのが。
第1話
【何してるの?】
スマホの画面をスワイプし、メッセージを送信する。
私はスマホの画面を見つめながら、「レックス」と名乗るその男からの返信をじっと待った。
この三ヶ月間、それが私の甘い日課になっていた。
最初はほんの気まぐれで繋がっただけだった。それなのに私たちは、あっという間に惹かれ合い、深く惹かれ合っていった。
ブブッ、とスマホが震えた。
届いたのは一枚の写真。彼のパソコンデスクを横から撮ったものだった。キーボードの脇には、いくつかのファイルが無造作に散らかっている。
【仕事中。あとは、愛しい君からのメッセージを待ちながら】
画面越しに甘い声が聞こえた気がして、思わず口元がほころぶ。
たった数行の文字だけで、ここまで私の頬を染めさせる人がいるなんて。
そろそろネットの関係を越えて、外に出てもいい頃かもしれない。初めてリアルで顔を合わせる、その一歩を踏み出してもいい頃合いかもしれない。
しかし、返信を打ち込おうとした瞬間、私の指はぴたりと止まった。
送られてきた写真の右下。ファイルの端から、金属製の小さなピンバッジの端が写り込んでいたのだ。翼を広げた、猛禽の紋章。
――ファルコーネ一家の家紋。私が勤めるこの会社を裏で牛耳る、あのマフィアのシンボル。
ネット上で甘い言葉を囁き合う私の恋人は、裏社会の人間だったのだ。
私はしばらく、ただ画面を見つめ続けることしかできなかった。頭の中が真っ白になり、思考が完全に停止している。
親指はキーボードの上で宙に浮いたまま、ぴくりとも動かない。
【ねえ、本当は何の仕事をしてるの?もしかして……ファルコーネ関係の人?】
打っては消しを繰り返す。
一体、何と返せばいいというのだろう。もし私が尋ねれば、彼だって必ず聞き返してくるに決まっている。私がどこにいるのかを知りたがり、やがて私がファルコーネ傘下の会社で働いていることまで突き止めるはずだ。
そうなれば、彼は間違いなくここへやって来る。
それで……どうなる?私は一体、どうすればいいの?
返信しないでいると、レックスからは立て続けにメッセージが届いた。
【なあ、どうした?忙しい?写真送ってよ。いつもみたいに。手でも、なんでもいいから。
また夢に出てきたよ。ずっと俺にすがりついて、欲しがってた】
言葉は次第に過激さを増し、露骨で刺激的になっていく。
けれど今の私を支配しているのは、頬を赤らめるような甘い熱情ではない。全身が凍りつくような恐怖だった。
この三ヶ月間、私はごく普通のビジネスマンと恋愛をしているのだと信じて疑わなかった。刺激的で新鮮で、それでいて絶対に安全な相手なのだと。
いくらマフィアのフロント企業で働いているとはいえ、マフィアの男と直接関わるなんて絶対に御免だ。
そんなの、自ら命を捨てるようなものだからだ。
それなのに私は、心の奥底に秘めた恥ずかしい妄想まで打ち明け、誰にも言えない秘密をそっと囁き合っていたのだ。決して関わってはいけない、裏社会の男に向かって。
再びスマホが震えた。今度は音声通話の着信だった。
出られない。声を聞かれれば、動揺しているのがバレてしまう。私は慌てて画面をタップし、通話を切断した。
そして、とっさに嘘のメッセージを送る。
【ごめん、会議中。また後でね】
信じてくれたようだった。しばらくして、短い返信が届く。
【待ってるよ】
チャット画面を閉じると、私は震える息を深く吐き出した。
落ち着かなきゃ。考えなきゃ駄目だ。
まずは、彼が組織の中でどういう立場の人間なのかを突き止めること。末端の下っ端なのか、それとも幹部クラスなのか。
次に、この後どう振る舞うべきか。命の危険を覚悟して関係を続けるか、それとも何もかも捨てて全力で逃げ出すか。
私は過去のチャット履歴を遡り、交わした言葉を一行一行見返した。
お互い、個人情報は出さないように気をつけていた。仕事や私生活の具体的な詳細については、一切教え合っていなかったはずだ。
けれど、一つだけ引っかかるものがあった。以前、彼がジムの鏡越しに自分の腹筋を撮って送ってきたことがある。
芸術品のように完璧に割れた腹部。その左の脇腹の下あたりに、黒い刺青が刻まれていた。
複雑な線が交差する、謎めいた紋様だった。
今の私にとって、それが唯一の手がかりだった。
問題は、私が本社に乗り込んで男たちのシャツを片っ端からめくり、刺青を探して回るわけにはいかないことだ。
第2話
自席に戻る途中、私はオフィス内をさりげなく見渡した。高級なスーツを隙なく着こなし、無表情な男たちが、慌ただしく廊下を闊歩している。
もしかすると、この中の誰かがレックスなのかもしれない。
幸いなことに、私は自分の顔写真を一度も送っていなかった。向こうから私を特定する方法はないはずだ。
私はもう一度チャット履歴を開き、過去のやり取りをくまなく読み返した。
――あった。先月の会話だ。彼がシカゴの繁華街・マグニフィセントマイルでショッピングをしている最中、「大事な予定に着けていくカフスボタンを一緒に選んでほしい」と頼んできたのだった。
その時、私が選んだのは、ゴールドの縁取りが施された特注のブラックオニキスのカフスボタン。彼は素直に私のおすすめ通りに、それを購入していた。
私はコーヒーを取りに行くふりをして席を立ち、ゆっくりと廊下を歩きながら、すれ違う男たちの手首をさりげなく確認した。
しかし、ほとんどの男たちは長袖に隠れて手首が見えない。たまに覗くカフスボタンも、どれもありふれたデザインばかりだ。
結局、成果はなかった。
自席に戻った私は、ふとあることを思いついた。試してみることにした。
私はさっそくレックス宛てにメッセージを送信した。
【ねえ、今日、私が選んであげたカフスボタン着けてる?】
返信はほぼ即答だった。
【もちろんさ、毎日着けてるよ。君を感じられるから】
その甘い言葉を読んだ瞬間、私のデスクの内線電話が鳴り響いた。
「リリアーナ、俺の部屋に来い。今すぐだ」
電話越しの声は、上司のマルコだった。
マルコは三十代前半、艶やかな褐色の髪に漆黒の瞳を持つ男だ。ファミリーのカポとして、絶対的なドンであるアレッサンドロ・ファルコーネへ直接報告を上げることができる、かなりの実力者だ。
私は足早に彼の執務室へ向かった。
しかし、ドアの前まで来たとき、ふいに中からくぐもった声が漏れ聞こえてきた。
それは、彼が仕事で見せるいつもの硬く冷ややかな声ではなかった。耳の奥がとろけるような、甘く、背筋がぞくりとするほどねっとりとした声だった。
「会いたかったよ。後で事務所に来てくれる?」
誰かと電話で話しているらしい。
「明日は残業になるかもしれない。ドンが視察に来るから……完璧に準備しておかないとな」
マルコの声には、強い敬意と、微かな畏れが滲んでいた。
ドン・アレッサンドロ。ファルコーネ一家の頂点に君臨し、冷酷無慈悲の象徴と噂される伝説の男。
「じゃあ、後でね」
甘い声のまま、マルコは電話を切った。
私は一つ深呼吸をしてから、ドアをノックした。
「入れ」
再び冷徹な上司の声に戻っている。
「リリアーナ、座ってくれ」彼はデスク越しに、向かいの革張りの椅子を顎でしゃくった。「明日の取締役会に向けて、詳細なレポートを用意しておいてほしい」
「はい」私は努めて冷静に答えた。
マルコが用件の説明を始め、ふと手元のグラスを取ろうと腕を伸ばした瞬間――私の視線は、彼の袖口に吸い寄せられた。
あった。鈍い光を放っている。
ゴールドの縁取りが施された、ブラックオニキスのカフスボタン。
私がレックスのために選んだものと、全く同じデザインだった。
指の力が抜け、持っていたペンが床へと転がり落ちた。
「どうした?」マルコが顔を上げ、不審げに眉をひそめる。
「な……なんでもないです」私は慌てて床に屈み、ペンを拾い上げた。心臓が激しく脈打ち、喉から飛び出してきそうだった。「手が滑っただけです」
「課長、そのカフスボタン……とても珍しいデザインですね」必死に取り繕ったつもりだったが、声は微かに震えてしまった。
マルコは自分の手首を見下ろし、口角を上げて小さく笑った。「そう思うか?なかなかいい趣味だろう」
確証を得なければ。「どちらで買われたんですか?」
彼はきょとんとした表情を浮かべた。「マグニフィセントマイルだが。なんでだ?君も欲しいのか?」
私は決して不自然にならないよう、愛想笑いを浮かべて軽く手を振った。
「いえ、別に。ただ気になっただけです」
私は逃げるようにマルコの部屋を後にした。
自席に戻るなり、糸が切れたように椅子に倒れ込み、両手で頭を抱えた。
ほぼ確信した。マルコこそが、「レックス」だ。
でも、だとしたら。さっきの電話で、彼が「会いたかった」と甘く囁いていた相手は一体誰なのだろう?
私が知らないところで、彼は別の女性とも付き合っているというの?
……そんな、嘘でしょう。
第3話
一時間後、誰もが振り返るような美しい金髪の女性が、ヒールの音を響かせてマルコの部屋へと入っていった。
私はすぐ近くで書類を整理するふりをしながら、聞き耳を立てた。
「会いたかったよ」
マルコの声は、またしてもあのねっとりとした甘さを帯びていた。吐き気がして、胃の奥がせり上がってくる。
「今日は特別かっこいいわ」女性がうっとりとした、蕩けるような声で返す。
「新調したスーツを着てきたんだ」マルコが自慢げに答えた。「それと、君の好きなカフスボタンもな。今夜はご両親に会う大事な日だ。最高の印象を与えたいからね」
「あなたはもう十分すぎるくらい完璧よ。パパもきっと気に入ってくれるわ」
ご両親に会う。新しいスーツ。彼女が好きなカフスボタン。
突きつけられた残酷な現実が、重くのしかかってきた。
私は、ただの都合のいい遊び相手だったのだ。本命の彼女とのデートを彩る小物を、代わりに選ばせるためだけの、都合のいいオンライン上の女。何も知らないまま、都合よく操られていた滑稽なピエロ。
この美しい金髪の女性こそが、彼が本気で愛している人。両親に紹介し、将来を誓い合う相手なのだ。
心が粉々に砕け散り、耐え難い吐き気がこみ上げてきた。
この三ヶ月間に交わした甘い言葉も、顔を赤らめながら大切に受け取っていたあのメッセージも――すべて、すべてが嘘だった。
彼にとっての私は、ほんの遊び相手に過ぎなかった。いつでもゴミのように捨てられる、そんな惨めな存在。
私は小刻みに震える手でスマホを取り出すと、レックス宛てに最後のメッセージを叩き込んだ。
【最低。もう連絡しないで!】
そして躊躇いもなく、彼のアカウントをブロックし、完全に削除した。
終わった。これで、全部終わり。
私は壁に背中を預け、何度も深く息を吐き出して、胸の奥で荒れ狂う怒りと屈辱をなんとか腹の底へと押し込めた。
しばらくすると、マルコが彼女と親しげに手を繋ぎながら部屋から出てきて、オフィスのエントランスまで優しくエスコートして送り届けた。
戻ってきた彼の顔には、ブロックされた動揺など微塵も見せなかった。
口の中に苦いものを噛み潰したような味が広がったが、私は必死に自分へ言い聞かせた。せめて、誰にもこの惨めな秘密を知られずに済んだのだと。
愛が手に入らないのなら、せめて自分のキャリアだけは死守してみせる。
私は馬鹿じゃない。たかがクズ男一人のために、この仕事を棒に振るような真似は絶対にしない。
翌日、私はマルコに会議室へと呼び出され、なんとドン・アレッサンドロ本人の前で、次期事業計画のプレゼンを行うことになった。
裏社会の伝説と謳われるドンをこの目で見るのは、これが初めてのことだった。
アレッサンドロは、上座のソファに深く腰を下ろしていた。私が勝手に想像していた白髪の老人の姿とは、まったく違っていた。
彼はまだ若く、灰色の瞳は、相対する者の心の奥底まで見透かすようだった。
完璧に仕立てられたネイビーブルーのスーツが、彼の持つ圧倒的で危険な色気を際立たせている。
その見事なスーツ姿に、私の視線がふと留まった。
……以前、レックスに話したことがあるのだ。ネイビースーツを着た男性が好き。黒よりもミステリアスで素敵だから、と。
気のせいだ。偶然に違いない。私は強く自分に言い聞かせた。
「リリアーナさん、どうぞ始めて」
彼の声は低く、抗いがたい魅力を帯びた、危険な響きを含んでいた。
私は乱れそうになる気持ちを必死に落ち着かせ、財務データと市場分析のプレゼンを開始した。
その間、アレッサンドロはずっと無言で私の説明に耳を傾けていた。時折静かに頷き、核心を突く鋭い質問を的確に投げかけてくる。
隣に座るマルコも時折補足のコメントを加えたが、大半は俯いて手元のメモにペンを走らせており、どこか上の空といった様子だった。
きっと昨夜から、あの金髪の彼女のことで頭がいっぱいなのだろう。胸の奥に鋭い痛みが走った。
やがて無事に発表を終え、深く会釈をして会議室から退室しようとした、そのときだった。
「リリアーナさん、少し待ってくれ」
不意に、アレッサンドロが声をかけてきたのだ。
彼はゆっくりとした動作でソファから立ち上がると、こちらへとゆっくり歩み寄ってきた。
反射的に後ずさりしかけるのを必死にこらえ、私はその場に踏みとどまった。
彼は私のすぐ目の前でぴたりと足を止めると、すっと視線を落とした。
見つめられているのは、私の鎖骨のあたり。
そこには、小さなほくろがある。私の体に刻まれた、唯一の特徴。普段は服に隠れて見えないが、今日のように少し衿ぐりの開いたトップスを着たときだけ、外に露わになるもの。
「その鎖骨のほくろ……とても印象的だな」アレッサンドロが、不意にそう囁いた。さっきまで冷徹に報告を聞いていた男とは到底思えない、不思議なほど親密で、甘く熱を帯びた声で。
背筋に、ぞくりと悪寒が走った。
以前、私はレックスに、鎖骨が露わになった写真を送ったことがあったのだ。
そのとき、彼から返ってきたメッセージの文面が、フラッシュバックのように脳裏をよぎる。
【泣いて俺の名前を呼ぶまで、そのほくろに何度も口づけしたい】
私は弾かれたようにマルコの方へ視線を向けた。だが、彼はこちらのやり取りに気づき、ただきょとんとしているだけだった。
「そ……そうですか?」
私は動揺で口ごもりながら、反射的に手で鎖骨のほくろをきつく覆い隠した。
「ほくろなんて、誰にでもあるものじゃないでしょうか……」
第4話
アレッサンドロは、私がマルコへ向けた視線に気づいたのか、わずかに眉をひそめたが、それ以上は何も言わずに目を逸らした。
彼は再びソファに深く腰を下ろし、私の提出したレポートに目を通し始める。
「よくできている。いや、完璧だ」
その言葉に、マルコの表情がぱっと明るくなった。「本当ですか、ドン?」
「これほど緻密な市場分析は、これまで見たことがない」アレッサンドロは静かだが揺るぎない称賛を口にした。「リリアーナさんは、極めて優秀なようだ」
誇らしさで胸が温かくなった。組織の頂点に立つドンから称賛の言葉をいただくなど、滅多にあることではない。
張り詰めていた空気がわずかに和らぎ、マルコは軽口を叩いた。「ドンが女性に対してこれほど穏やかに接するのを拝見するのは、初めてかもしれません。いつも、女性は苦手だとおっしゃっていたではありませんか……」
アレッサンドロが氷のように冷たい視線で一瞥すると、マルコは即座に背を丸め、口を噤んだ。
私はその様子を窺いながら、そっとアレッサンドロを盗み見た。
ドンは、女性が苦手……なのか?
だとしたら、なぜ彼はあんなにも近くに立ち、私の鎖骨を見つめたのだろう。
「リリアーナさん」アレッサンドロが再び私に向き直った。「今夜、重要な会食がある。同席してほしい」
それは問いかけではなく、拒絶を許さない命令だった。
「もちろんです。光栄に存じます」私はすぐさま答えた。
「では、決まりだ。部下にすべて手配させよう」アレッサンドロは立ち上がった。「六時にロビーで待っている」
二時間後、私は高級サロンの椅子に座っていた。
腕利きのスタイリストチームが、私のヘアとメイクを完璧に仕上げていく。
鏡に映った自分を見て、息を呑んだ。用意されたドレスとジュエリーは、驚くほど私の好みにぴったりだったのだ。
シンプルでありながら気品に満ちた、深みのあるブルーのシルクドレス。
ダイヤモンドのネックレスは、控えめながらも息を呑むほどの輝きを放っている。
「これらはすべて、ファルコーネ様からのご指定です」アシスタントが誇らしげに説明した。「あなたに最も似合うスタイルを選ぶように、とのご指示でした」
困惑がじわじわと広がっていく。
アレッサンドロ・ファルコーネは、一体なぜ、会ったばかりの私の好みをここまで正確に把握しているのだろうか。
六時きっかりにロビーへ降りると、私を待っていたアレッサンドロの瞳に、熱を帯びた光が宿った。
「美しい」
彼はスマートに腕を差し出した。「行きましょう」
頬が熱くなるのを感じながら、私はそっと彼の腕に手を添えた。
会食の会場は、ダウンタウンにある五つ星ホテル。シカゴの政財界の重鎮や、他ファミリーの面々が一堂に会し、誰もが隙のない装いで集っている。
「踊らないか」優雅な音楽が始まると、アレッサンドロが誘うように言った。
私が頷くと、彼は私をダンスフロアへと連れ出した。
大きな手が腰のくびれに添えられる。その温もりがシルクの生地越しに焼けるように伝わり、膝から力が抜けそうになった。
ステップを踏むたびに、アレッサンドロは少しずつ、少しずつ距離を縮めてくる。
やがて私は彼の逞しい胸元に引き寄せられ、体と体が密着した。彼の熱が、直接肌に伝わってくる。
彼の唇が、意図的に私の耳元をかすめた。背筋を電流が走り抜ける。
なぜだろう。レックスが送ってきた、あの挑発的な言葉の数々が脳裏をよぎる。
あのときに感じた、抗いがたい官能と同じだ。
私は小さく首を振り、自分を取り戻そうとした。しっかりしなさい。あんな不誠実な男のことを考えるのは、もうやめて。
一曲が終わる頃には、私は頬を熱くし、吐息さえ乱れていた。一方のアレッサンドロは、満足げに薄い笑みを浮かべているだけだった。
「ドン・ファルコーネ、こちらの美しいお連れ様は?」中年の男が近づいてきて、声をかけてきた。
アレッサンドロは言葉を返す代わりに、私の肩をぐっと引き寄せた。その独占的な仕草が、すべてを物語っていた。
少し居心地が悪くなり、私は彼の耳元で囁いた。「少し中座してもよろしいですか」
私はデザートテーブルへと逃れ、チョコレートケーキをひとつ手に取った。
「口の端に、少しついているよ」
いつの間にか隣に立っていたアレッサンドロが、親指でそっと私の唇の端を拭った。
その所作は、あまりにも自然で、あまりにも親密だった。まるで、長年連れ添った恋人のように。
周囲の視線が、一斉にこちらに集まるのを感じる。
間近に迫った彼の端整な顔を見つめながら、心臓が早鐘のように鳴り出した。女性が苦手だとか、禁欲的だとか――今この瞬間の彼を見ていると、そんな噂は質の悪いジョークにしか思えなかった。