Đang tải thông tin quảng bá...
もう二度と、あなたの隣で踊ることはない
氷室朔也(ひむろ さくや)の策略によって、私・七瀬舞音(ななせ まね)が二度と踊れない体になってから七年。 偶然にも、私は彼がずっと想い...
Chương (1)
第1章
氷室朔也(ひむろ さくや)の策略によって、私・七瀬舞音(ななせ まね)が二度と踊れない体になってから七年。
偶然にも、私は彼がずっと想いを寄せていたかつてのパートナー、祝華怜(いわい かれん)の結婚式に参列していた。
視線が交差した瞬間、私たちは互いに息を呑んだ。どうして相手の隣に朔也がいないのかと、二人して驚いていたのだ。
「朔也ったら、昔とは別人のようよ。今じゃ名門オペラ座で、エトワールを務めているんだから」
華怜はどこか残念そうに目を伏せた。
「今日の式にも彼を呼んでるの。もし二人の間に何か誤解があるなら、ちゃんと顔を見て話した方がいいわ。
最近、世界中で新しいパートナーを探しているらしいの。トップクラスのダンサーを何人もオーディションしたのに、誰も彼のお気に召さなかったとか。
――きっと、彼はあなたを待っているのよ」
私はふっと笑みをこぼした。心は凪いだ海のように静かだった。
「私?私はもう、とっくの昔に踊れなくなっているのに」
ステージの上で彼の魂の伴侶になりたいと願い、どうにかして彼の世界に足を踏み入れようとしていた、あの頃の痛ましいほどの執着。
それもとうの昔に、跡形もなく消え去ってしまったのだから。
第1話
氷室朔也(ひむろ さくや)の策略によって、私・七瀬舞音(ななせ まね)が二度と踊れない体になってから七年。
偶然にも、私は彼がずっと想いを寄せていたかつてのパートナー、祝華怜(いわい かれん)の結婚式に参列していた。
視線が交差した瞬間、私たちは互いに息を呑んだ。どうして相手の隣に朔也がいないのかと、二人して驚いていたのだ。
「朔也ったら、昔とは別人のようよ。今じゃ名門オペラ座で、エトワールを務めているんだから」
華怜はどこか残念そうに目を伏せた。
「今日の式にも彼を呼んでるの。もし二人の間に何か誤解があるなら、ちゃんと顔を見て話した方がいいわ。
最近、世界中で新しいパートナーを探しているらしいの。トップクラスのダンサーを何人もオーディションしたのに、誰も彼のお気に召さなかったとか。
――きっと、彼はあなたを待っているのよ」
私はふっと笑みをこぼした。心は凪いだ海のように静かだった。
「私?私はもう、とっくの昔に踊れなくなっているのに」
ステージの上で彼の魂の伴侶になりたいと願い、どうにかして彼の世界に足を踏み入れようとしていた、あの頃の痛ましいほどの執着。
それもとうの昔に、跡形もなく消え去ってしまったのだから。
……
華怜は、入室時に私が控え室のドアの傍らに立てかけておいた松葉杖に気づいていないようだった。
おそらく私の言葉の真意にも気づいておらず、ただ笑ってこう言った。
「奇遇ね、私ももう踊っていないのよ。歳も歳だし、今は劇団の脚本家に転身したの」
いくつか言葉を交わした後、彼女のスマートフォンが鳴った。
「ごめんなさい、少し外すわね」
私はこくりと頷き、花畑のように美しく飾り付けられた宴会場を見渡した。
そして、ウェルカムボードに写る見知らぬ男性へと視線を落とす。
――華怜の新郎。なんでも、留学先で知り合ったらしい。
長身で男らしく、精悍な顔立ちをしている。朔也とはまったく違うタイプの男性だ。
時の流れはまるで無数に枝分かれする小径のようで、思いもよらない現在へと私たちを導いていく。
「朔也からの電話だったわ」
戻ってきた華怜は、どこか複雑な目をしていた。「今から急いでこっちに向かうって」
「きっと新しいパートナー探しで忙しいのね。プロとしての技術は問わない、ただ相性だけを見るって、朔也本人が言っていたらしいわ」
私は少し呆然とした。
朔也が多忙なのはよく知っている。
私と一緒にいた頃から、彼は常に終わりのないリハーサルに追われ、台本の解釈に没頭していた。
バレエ団の中で、彼はひときわ眩い光を放つ孤高の黒鳥(ブラックスワン)だった。
完璧を追い求めることは、彼の魂に深く刻み込まれた本能なのだ。
十七歳の朔也が私のもとにやって来た日のことを、今でも覚えている。
その傲慢な瞳には、あからさまな見下しの色が混じっていた。
「君じゃ実力不足だ。僕のパートナーを務めるには程遠い。それでも華怜の代わりになれるとでも思ってるのか?」
華怜が差し出してきたスマートフォンの画面に、私の思考は断ち切られた。
「見て。これが最終選考に残った候補者たちよ。何人かはプロのダンサーですらないの」
画面に視線を落とした瞬間、私の瞳は微かに揺らいだ。
「そうでしょう?みんな、あなたによく似てるのよ」
華怜はずばりと言い当てて、静かにため息をついた。
「私が海外へ行った後、二人が結ばれたと聞いて、心から喜んでいたのに。どうしてあっという間に年月が過ぎて……あなたたちはこんなにも、遠くすれ違ってしまったの?」
不意に抉り出された記憶の断片に、喉の奥が苦い。
私はただ微笑んで、何でもないことのように受け流した。
「私たちは、歩む道が違っただけよ」
「そうかな」
私の言葉に重なったのは、微かに震える別の声だった。
心のどこかで予感はしていたけれど、振り返って朔也と視線がぶつかった瞬間、やはり一瞬だけ思考が白く飛んだ。
「……久しぶり」
短い沈黙のあと、私から先に声をかけた。
「ああ、本当に久しぶりだ」
朔也は夢でも見ているかのように呟いた。「この数年……ずっと君を探していたんだ」
私は静かな笑みを浮かべたまま、どこか上の空で応じた。「そう」
彼はもつれるような足取りで、すがるように私へ歩み寄ろうとする。
だが、私がわずかに眉をひそめたのに気づくと、慌てて立ち止まり、機嫌を伺うような痛々しい笑みを浮かべた。
「僕が新しいパートナーを探してるって話、聞いたかな。……君も、一度オーディションを受けに来ないか?」
私は少しだけ驚いた。
記憶の中の朔也は、いつだって傲慢で、見上げるほど高い場所にいる人だった。
私と一緒にいた時でさえ、彼が私に向ける視線には、いつでも微かな見下しの色が混じっていたというのに。
「私には才能がないし、ダンスの奥にある感情も理解できない。あなたの動きには合わせられないし、テンポにもついていけないもの――」
かつて彼が私を拒絶した時の言葉を、私は冗談めかして笑いながらそっくりそのまま繰り返した。
「違うんだ、僕は――」
今度、狼狽えて惨めな姿を晒しているのは彼の方だった。
「僕が教えるから。怪我のせいで何年も踊っていなかったとしても、僕が――」
「もういいの」
私は笑って朔也の言葉を遮ると、足首まで覆っていたドレスの裾をそっと持ち上げた。
痛ましく収縮した彼の瞳に映り込んだのは、不自然に歪み、誰の目にもわかるほど腫れ上がった私の膝。
「もうとっくに、私は踊れない体なの」
私はただ淡々と、事実だけを口にした。
第2話
私の脚は、初めからこんな無残な姿をしていたわけではない。
ほっそりとして長く、誰の目にもダンスに向いている素質があった。
母は教室の教師にその才能を褒めそやされ、すっかりその気になって私をバレエの英才教育の道へと押し上げた。
学生時代、私は常に優秀な成績を収め、都内の名門若手バレエ団へと推挙された。
しかし、朔也と華怜の二人に出会って思い知らされたのだ。「天才」という言葉すら、彼らの世界に足を踏み入れるための最低条件に過ぎないのだということを。
私は白鳥の群れに迷い込んだみにくいアヒルの子のように、必死に彼らの背中を追いかけたが、どんなにもがいても決定的な差を見せつけられていた。
昼夜を問わず練習に明け暮れる日々。頻繁に医務室へ通い、足は常にテーピングと包帯でぐるぐる巻きだった。
いくつものコンクールで賞を勝ち取り、ようやくバレエ団の中で華怜に次ぐ二番手のポジションを掴み取ったある日。
指導にあたっていた先生が、朔也の肩を叩いてこう言った。
「舞音もずいぶんと優秀よ。華怜が疲れている時は、彼女をパートナーにしてみたら?」
それが、私と朔也の初めての視線の交差しだった。
彼は気怠げに伏せていた瞳を上げ、姿見越しに、部屋の隅でトウシューズを履き替えていた私を捉えた。
頭の先から爪先まで、遠慮のない視線でじろりと値踏みする。
そして、彼自身のプライドを酷く傷つけられたとでも言わんばかりに、一言一言、真顔でこう言い放ったのだ。
「先生。誰にでも華怜の代わりが務まるわけじゃないですよ」
あの年、私は十五歳だった。
幼い頃から厳しい競争世界の第一線で生きてきたせいで、他人が自分に向ける感情には人一倍敏感になっていた。
しかし、あそこまであからさまな嫌悪感を向けられたのは、人生で初めての経験だった。
当時、朔也はすでに国内でも名の知れた天才ダンサーだった。
彼は美しかった。男とも女ともつかない中性的な色気を纏い、息を呑むほど顔立ちが整っていた。
立ち居振る舞いのすべてに、抜きん出た気高さと傲慢さが滲み出ている。
ただひたすら技術を磨くだけの、息苦しく色彩に乏しかった私の青春時代の中で、彼は圧倒的に鮮烈な存在だった。
認めざるを得ない。ひどく身の程知らずなことだけれど、私は彼に羨望の眼差しを向け、どうしようもなく惹かれていたのだ。
それまでは、ただ母の期待に応えるためだけに踊っていた。
けれど朔也に出会ってからは、私の中に明確な熱が生まれた。彼に私を認めさせたい。私も、彼のパートナーになりたい、と。
しかし――朔也が華怜に向ける、他の誰にも見せないような甘く優しい眼差しに気づいた時、私はすべてを悟ってしまった。
華やかで気品に満ち、踊る姿はまるで舞い降りた白鳥そのものな華怜。
私が密かに朔也を想っているのと同じように、朔也もまた華怜に恋をしている。
それは、残酷なまでに当たり前のことだったのだ。
決して日の目を見ることのない私の秘めたる恋心は、狂ったように練習に打ち込むための原動力へと変わっていった。
そんなある日のこと。華怜が怪我をした。
靭帯の捻挫で、ダンサー生命に関わるような大怪我ではなかったが、それでも半月は絶対安静が必要だと言われた。二ヶ月後に控えた大きなコンクールへの影響は避けられない。
朔也は猛反発した。「僕と華怜の息は完璧に合っている。リハーサルが数週間減ろうが問題ない。華怜はすぐに復帰できるし、僕は彼女を待つ」と強硬に主張した。
それでも、指導教員の決定は覆らなかった。先生は私を呼び出し、華怜の代役として朔也のパートナーを務めるよう命じたのだ。
まるで天から降って湧いたような奇跡に、私は夢見心地で頷いた。
我に返った瞬間、心の奥底から甘い歓喜と優位に立ったような優越感がじわじわと込み上げてくる。私は誇らしげに背筋を伸ばし、レッスンスタジオへと向かった。
だが、朔也は意地でも姿を見せなかった。
コンクールのことも、スタジオで彼を待ちながら一人で踊り続ける私のことも完全に無視して、何日も華怜の病室に付きっきりになっていたのだ。
怒り心頭に発した先生が直々に彼のもとへ乗り込み、華怜自身も彼を説得したことで、朔也はようやくしぶしぶ私のいるスタジオへやって来た。
私は内心の苛立ちを隠し、彼を無視して無言のまま踊り続けた。
だが、一曲踊り終える前に、唐突に曲が止められた。
見れば、私服姿のままの朔也が柱に気怠げに寄りかかり、苛立たしげに手を振っている。
「その程度のレベルで踊ってるつもりか?華怜の代わりが務まると思ってるなら、来世で出直してこい」
私は屈辱と怒りで顔を真っ赤にしながら、わざと強い口調で言い返した。
「あなたに選択肢なんてないわ。嫌なら、コンクールを棄権すればいいでしょ」
あの頃の私は、彼がどれほど華怜に執着しているか、その危ういほどの情熱を甘く見ていた。身の程をわきまえず、力ずくで彼の世界に踏み込もうとしていたのだ。
それから数日と経たないうちに、私は誰もいない深夜のスタジオで不自然に足を滑らせ、膝の関節を完全に脱臼した。
運び込まれた病室のドアの枠に寄りかかり、朔也は漆黒の瞳にこれ以上ないほどの嘲りを含ませて私を見下ろしていた。
「あいにくだったな。華怜はもうすぐ完治して、また踊れるようになる。――君が前と同じように踊れるかどうかは、分からないけどな」
第3話
今振り返ってみれば、朔也はきっと後悔しているはずだ。
私の人生をまるごと犠牲にしてしまったことを。
あの日、彼は腹いせに深夜のスタジオの床に石鹸水を撒いた。
おそらく、私を転ばせて少しばかり痛い目を見せ、鬱憤を晴らすだけのつもりだったのだろう。
結果として、彼は望み通り怪我から完全復帰した華怜を隣に取り戻した。
二人は見事にコンクールの優勝トロフィーを手にした。
華怜はその場で海外の著名な教授の目に留まり、以前から憧れていた名門大学への切符を手に入れた。朔也もまた、早々に国立バレエ団への入団を内定させていた。
二人の前途はどこまでも眩く、洋々だった。
――私一人を除いて。
誰も予想していなかったのだ。私自身の怪我が、想像を絶するほど深刻だったなんて。
膝蓋骨の脱臼に加え、靭帯の断裂。治療とリハビリを重ねても、一向に良くならないどころか、後遺症は深刻になっていくばかりだった。
私は出場予定だった若手向けのコンクールをすべて辞退し、母に連れられて実家の地方都市へと帰ることになった。
新幹線に乗る直前、見送りに来た指導教員は力なくため息をつき、残酷な事実を口にした。
「あれほど酷い怪我では、仮に日常生活が送れるまで回復したとしても、以前のようにはもう二度と踊れないでしょう。
舞音、あなたはまだ若い。これからは勉学に励んで、大学受験を目指しなさい」
私はすでに十八歳になっていた。
これまでの人生のすべて――あの輝かしい日々は、突然弾けたシャボン玉のように消え去り、飛び散った石鹸水が顔をぐっしょりと濡らした。
顔が濡れているのを感じてそっと触れると、それがすべて自分の止めどない涙なのだと気づいた。
私自身の血の滲むような努力も、母が注ぎ込んでくれたお金も、そして……あと少しで手が届きそうだった夢も。すべて無に帰したのだ。
抜け殻のように虚ろな状態のまま帰郷した私を待ち受けていたのは、朔也だった。
彼もまた、どこか遠くから急いで駆けつけてきたらしく、その姿にはひどく疲労の色が滲んでいた。
喧騒に包まれた駅のコンコースを抜け、彼は私を追いかけてきた。
いつも高みに立っていた彼が、珍しくひどく取り乱していた。私を見下ろしていたはずの傲慢な目尻は、今は赤く泣き腫らしたように充血している。
彼は私の手を強く握りしめ、何かを言おうとしては口ごもり、最後には唇を震わせてこう言った。
「すまなかった……君の人生には、僕が一生責任を持つ」
その年、華怜は海を渡った。
私はバレエをきっぱりと諦めて本を開き、学生としての生活をやり直した。
そして朔也は入団が決まっていたバレエ団を辞退し、しばらく表舞台から姿を消した。
その時、私は初めて知った。朔也のようにプライドの高い天才が、人混みに紛れ込んで頭を下げ、通学路の屋台で私のために温かい焼き芋を買ってきてくれることを。
私がかつて着ていたレッスンウェアを丁寧に畳み、トウシューズのリボンを甲斐甲斐しく結んでくれることを。
周囲の人々は口々に噂した。孤高の天才だった朔也は、私によって神の座から俗世へと引きずり降ろされたのだと。
そして誰もが首を傾げていた。朔也と華怜という完璧なペア、魂の結びつきすら感じられたパートナーの絆を、私が一体どんな手を使って引き裂いたのかと。
大学の入学式の日、朔也はキャンパスまで私を送ってくれた。
周囲からの好奇の目を気にも留めず、私は朔也の手をぎゅっと握りしめ、ルームメイトたちに「私の彼氏なの」と紹介した。
別れ際、私は彼の目を真っ直ぐに見据えて問いかけた。
「朔也、あなたが私と一緒にいるのは、罪悪感から?私の一生を台無しにしたっていう、罪滅ぼしのつもり?」
私はあえて残酷な事実を言葉にして突きつけた。
彼は何も言い返せず、ただ押し黙っていた。私はふっと低く笑い、わざと悪戯っぽい笑みを浮かべてみせた。
「それでもいいわ。でも、覚悟しておいてね。私の人生はまだまだこれからなんだから。いつか絶対に、あなたのパートナーになってみせる」
くるりと背を向けると、吹き抜ける風が、瞳に溢れそうになっていた涙を散らしていった。
私はまだ、悔しかったのだ。かつて朔也に言い放たれた「君には才能がない。ふさわしくない」というあの言葉が。
どうしても手の届かない彼がいる世界、どうしても越えられない険しい山に対する執着を、どうしても捨てきれずにいた。
私は卑屈にも、朔也が向けてくれるかりそめの優しさに甘く溺れ、この関係が単なる罪悪感という鎖で繋ぎ止められているだけだという現実から目を背けていた。
胸の奥で燻り続ける少女のひたむきな恋心を、私は一度たりとも手放せたことなどなかったのだ。
朔也は二十歳という若さで、バレエ団のエトワールに昇格した。
ただ、正式なパートナーだけは頑なに決めようとはしなかった。
私の足の怪我は日常に支障がない程度には回復していたが、ダンスの腕前は以前とは比べ物にならないほど落ちていた。
それでも朔也は約束を守って自ら私にダンスを教え、私の機嫌を取ることすら覚えて、心にもないお世辞を言ってくれるようになった。
「すごくいいよ。うちのバレエ団の連中より、ずっと上手く踊れてる」
「本当?じゃあ、あなたのパートナーのオーディション、受けに行ってみようかな」
私がそう返した途端、朔也の顔がサッと曇った。
ここ数年、彼は以前のような鋭い棘や傲慢さをすっかり潜めていた。
私と一緒にいる時の空気も、どこからどう見てもごく普通の恋人同士のそれだった。
私のちょっとしたわがままを笑って許してくれたし、ふとした瞬間に心からの気遣いを見せてくれることもあった。
冗談めかして「早く私をお嫁さんにしてよ」と迫ると、彼は優しく頷いて「ああ、いいよ」と答えてくれた。
――ただ、「パートナー」という特等席だけは別だった。
そこは、私が決して足を踏み入れることを許されない絶対的な聖域だった。
過去も、現在も、そして未来永劫、ずっと。
第4話
二十一歳になった朔也は、国際的なコンクールで金メダルを総なめにしていた。
メディアから私生活について問われた際、彼は私の存在を堂々と公言した。
将来についての質問にも、真剣な面持ちでこう答えている。
「彼女が望むなら、僕たちはいつでも結婚します」
だが、正式なパートナーの決定について尋ねられた時だけは、珍しく口ごもった。
「僕の魂に寄り添えるダンサーは、もう二度と現れないでしょう」
彼はほとんど本能的に、静かにそう吐き捨てたのだ。
ネット上では彼の輝かしい十代の経歴が掘り起こされ、白鳥のように美しいある少女の姿が大きくクローズアップされた。
――華怜だ。
海の向こう側にいる彼女もまた、眩いほどの光を放っていた。
十八歳で世界最高峰のバレエ団に入団し、全国ツアーを巡り、数え切れないほどの賞を獲得している。
世間が「魂のパートナー」の別離を惜しみ、かつての相棒の帰還を熱望する声が高まる中。
私は朔也の枕元に置かれていた本の間から、彼と華怜が一緒に写っている数枚の写真を偶然見つけてしまった。
陽光が二人の肩に降り注ぐその写真は、私には到底手の届かない、美しすぎる夢のようだった。
彼が華怜のコンクールの映像を、何度も何度も繰り返し見ていることは知っていた。
彼が私に向けている感情が愛なのかどうか、私には分からない。
ただ、彼が華怜に抱いている感情が、決して単純なものではないことだけは確信していた。
だからこそ、私は意地になって朔也の所属するバレエ団のオーディションを受けに行った。
奇跡など起こらなかった。
私のパフォーマンスは、可もなく不可もない平凡なものだった。
面接官は、びっしりと書き込まれた私の履歴書と、十八歳でぷっつりと途絶えた経歴を見比べ、鋭く指摘した。
「脚を怪我したことがあるのね?バレエの世界でブランクは致命傷よ。一度でも途切れてしまったら、二度と復帰できるとは思わないことね」
スタジオを出た後になって、ようやく膝が焼け付くように痛むことに気がついた。
私は患部を押さえ、歯を食いしばって必死に立ち続けた。
髪の生え際が冷や汗でぐっしょりと濡れた頃、ふと顔を上げると、そこに朔也が立っていた。
彼がレッスンウェアを着ている姿を見るのは、随分と久しぶりだった。
彼は冷たい目を伏せ、私を見下ろしていた。
そこには、いつものような気遣いや心配の色は微塵もなかった。
私を深く見据えるその眼差しを、私は痛いほどよく知っていた。
それは十五歳で初めて出会った時の、身の程をわきまえない人間を見下すような軽蔑の目。
そして十八歳で私を突き放した時の、ひどく鬱陶しいものに向けられる嫌悪の目だった。
「何しに来た?」
激痛のあまりまっすぐ伸ばせない私の膝へ視線を落とし、彼は言った。
「これ以上、何が不満だって言うんだ?」
問いかけるその声には、隠しきれない苛立ちが滲んでいた。
そうだ。私に何の不満があるというのだろう。
かつて数多くの少女たちが夢見たバレエ界の貴公子であり、私が卑屈なまでに追い求めたその人は、今や私の恋人なのだ。
私が望めば、由緒ある国立劇場の関係者席にだっていつでも座らせてくれる。
リハーサルの合間にこっそりステージに上がらせて、自己満足に浸らせてやることだって彼には造作もない。
「私は、あなたのパートナーになりたいの」
それでも私は意地になって歯を食いしばり、一言一言、区切るように言い放った。
その日、朔也は何も答えなかった。
いや、数年前のあの日、とうの昔に答えは出ていたのだ。
翌日、彼は新しいパートナーを公式発表した。まだデビューしたての、右も左も分からない新人ダンサーだった。
私はどうしても納得できなかった。
彼の出演するバレエの映像を再生し、画面を指差して彼に詰め寄った。
「次のコンクールで踊る演目、これでしょう?私が完璧に踊れるようになったら、あの子と代わって一緒にステージに立ってくれるわよね?」
彼は私を上から下まで一瞥し、私の惨めな姿も、その奥にある焦燥もすべて見透かした。
そしてしばらく沈黙した後、まるで聞き分けのない子供をあやすように、ふっと軽く笑って言った。
「ああ、いいよ」
私はコンクール当日の朝をタイムリミットに定め、昼夜を問わず狂ったように練習に打ち込んだ。
私の脚がそんな無茶に耐えられないことなど、二人とも最初から分かりきっていたというのに。
それでも私は、何かに取り憑かれたように自分の価値を証明したかったのだ。
約束の日になって初めて、私は朔也に騙されていたのだと悟った。
その日、彼はすでにあの新人パートナーを連れてコンクールの会場にいた。最初から私のことなど、微塵も考慮していなかったのだ。
私は急いで会場へと駆けつけ、客席から二人の演技を観た。
その女の子の技術はあまりにも未熟で、見るに堪えないほど粗だらけだった。
結果は火を見るより明らかだった。朔也は人生で初めて、入賞すら逃したのだ。
それなのに、彼の横顔はひどく穏やかで、まるで重い呪縛から解放されたような安らぎすら浮かべていた。
私は、ふっと自嘲の笑みをこぼした。
私から逃れるためなら、彼は実力のない人間でも適当に隣に置いてみせるのだ。
ただひたすらに、私の見苦しい執着を振り払うためだけに。
あの日、劇場から逃げ出した私は足をもつれさせて転倒した。
長く溜め込まれていた重圧が一気に弾けたように、膝の古傷が容赦ない激痛を巻き起こした。
意識が遠のく寸前、私は緊急通話のボタンを押した。
スマートフォンから聞こえる朔也の声は、ひどく遠かった。「当てつけのつもりか。いい加減にしろよ」
あの年、私の膝は粉砕骨折した。癒えきっていなかった古傷に新たな致命傷が重なり、踊るどころか、まともに歩くことすらできなくなった。
私が朔也のもとを去る時、彼はまだ私が拗ねて騒ぎを起こしているのだと思い込んでいて、苛立たしげに警告してきた。
「自分が僕の隣にふさわしいとでも思っているのか?」
私はもう惨めな思いをすることもなく、ただ静かに自分の荷物をまとめて出て行った。
それから今日まで、私たちは一度も顔を合わせていなかった。
そして今、ひどくねじ曲がり腫れ上がった私の膝が、ついに彼の目に留まったのだ。
彼はひどく動揺して二歩後ずさり、かすれた声を絞り出した。
「それは……どうして……?」
私は淡々と微笑んだ。
「気にしないで。どうせもう踊りたいとも思っていないし、何の問題もないわ」