子供の為に秘書と入籍?そんな夫、捨ててやる

Đang tải thông tin quảng bá...

子供の為に秘書と入籍?そんな夫、捨ててやる

GoodNovel Hoàn thành

私、安藤菫(あんどう すみれ)は恋人である坂本真崎(さかもと まさき)と役所へ向かい、婚姻届を提出するはずだった。しかし、私たちが婚姻届...

Chương (1)

第1章

私、安藤菫(あんどう すみれ)は恋人である坂本真崎(さかもと まさき)と役所へ向かい、婚姻届を提出するはずだった。しかし、私たちが婚姻届を提出する前に、真崎の秘書である河内知佳(かわうち ちか)が、真崎と彼女の名前を記入した婚姻届を提出してしまったのである。 よって、私と真崎ではなく、真崎と知佳の間に婚姻関係が結ばれた。 私は知佳に、ただどういうことか尋ねただけだった。なのに知佳は、突然その場で泣き崩れ、私に向かって縋り付くようにこう叫んだのだった。 「ごめんなさい、菫さん。すべては息子のためなんです。私は、どうしても真崎さんが住んでいるところの、小学校に息子を入学させたくて。でも、そこの小学校に入るには、そこの学区の住民票が必要だったから……それに、シングルマザーの子供っていう理由で、いじめられないか心配で……」 知佳は呼吸もままならないほど泣きじゃくり、ほとんど我を失っていた。 真崎は普段、私にとても優しかった。しかし、今回は私を庇うどころか、何人も周りに人がいるというのに、私に平手打ちを食らわした。 「シングルマザーの知佳が子供のためにやったことだ。そこまで追い詰めることじゃないだろ? それに、婚姻届なんてたかが紙切れ一枚のことじゃないか。子供の入学が終わればすぐに離婚するんだから、入籍が少し遅れるくらいで、知佳を追い詰めたりなんかしなくたっていいだろ? とにかく、今すぐ知佳に謝ってから、今後の給料の半分も生活費として知佳に渡してやれ。お前が素直に謝罪するっていうなら、俺が婚姻届を窓口に出す後ろ姿でも撮らせてやるよ。 名前が写らないようにすれば、インスタでもなんでもみんなに自慢できるだろ?菫、大人しく言うことを聞け。さもないと、お前との結婚の話は無しにするからな」 私は冷たく鼻で笑った。「無しにされたって構わない」 結婚どころかこんな男自体、こちらから願い下げだ。 第1話 私、安藤菫(あんどう すみれ)は恋人である坂本真崎(さかもと まさき)と役所へ向かい、婚姻届を提出するはずだった。しかし、私たちが婚姻届を提出する前に、真崎の秘書である河内知佳(かわうち ちか)が、真崎と彼女の名前を記入した婚姻届を提出してしまったのである。 よって、私と真崎ではなく、真崎と知佳の間に婚姻関係が結ばれた。 私は知佳に、ただどういうことか尋ねただけだった。なのに知佳は、突然その場で泣き崩れ、私に向かって縋り付くようにこう叫んだのだった。 「ごめんなさい、菫さん。すべては息子のためなんです。私は、どうしても真崎さんが住んでいるところの、小学校に息子を入学させたくて。でも、そこの小学校に入るには、そこの学区の住民票が必要だったから……それに、シングルマザーの子供っていう理由で、いじめられないか心配で……」 知佳は呼吸もままならないほど泣きじゃくり、ほとんど我を失っていた。 真崎は普段、私にとても優しかった。しかし、今回は私を庇うどころか、何人も周りに人がいるというのに、私に平手打ちを食らわした。 「シングルマザーの知佳が子供のためにやったことだ。そこまで追い詰めることじゃないだろ? それに、婚姻届なんてたかが紙切れ一枚のことじゃないか。子供の入学が終わればすぐに離婚するんだから、入籍が少し遅れるくらいで、知佳を追い詰めたりなんかしなくたっていいだろ? とにかく、今すぐ知佳に謝ってから、今後の給料の半分も生活費として知佳に渡してやれ。お前が素直に謝罪するっていうなら、俺が婚姻届を窓口に出す後ろ姿でも撮らせてやるよ。 名前が写らないようにすれば、インスタでもなんでもみんなに自慢できるだろ?菫、大人しく言うことを聞け。さもないと、お前との結婚の話は無しにするからな」 私は冷たく鼻で笑った。「無しにされたって構わない」 結婚どころかこんな男自体、こちらから願い下げだ。 私の答えを聞いた真崎は、いつもの脅しが私に効かなかったからか、呆気にとられていた。 しかし、すぐに気を取り直した真崎は私を鼻で笑った。 「菫、そう言えば俺が考えを変えるとでも思ったのか?本当にくだらない女だな。 一人で子供を育てている知佳を、社長として助けて何が悪い? それに、俺たちはいつ入籍したって同じだけど、知佳には急がなきゃならない理由がある。知佳の子供が入学できなくなってみろ、お前は責任が取れるのか? お前がこんなに冷たい奴だとは思わなかったよ。こんな冷たいお前と子供を育てようって、俺が思うと思うか?」 理不尽な言葉を浴びながら、私は平手打ちでジンジンしている頬をさする。 心の中は、かつてないほど静かだった。 似たような経験を重ねすぎて、もう感覚が麻痺していたのだろう。 だから、視界の端に映る、泣きじゃくっている知佳が滑稽でしかなかった。 声をあげて大袈裟に鼻を啜っているものの、その目からは涙が一切流れていない。 こんな見え透いた演技にも関わらず、真崎は信じ切っている。 私はもう以前の私ではないので、冷ややかに言った。 「あなたと入籍するのは私だったはずなのに、知佳さんは私よりも先にあなたとの婚姻届を出したんだよ?それなのに、怒らないで感謝でもしろって?」 知佳は再び顔を手で覆い、地面に泣き崩れる。 「真崎さん、私が悪いの。土下座でも何でもして謝るわ」 真崎は慌てて知佳を起き上がらせ、私を怒鳴りつけた。 「菫、いい加減にしろよ?早く知佳に謝れ。それに、今回のことは、全部お前が悪いんだから、給料の半分を知佳にやることも忘れるなよ」 真崎は普段から知佳に甘かった。 知佳が少しでも機嫌を損ねれば、彼は私に謝罪を強要する。 かつて知佳が書類の提出先を間違え、会社に大損害を出した時も、真崎は知佳の責任を追及せずに、私の管理不足だと言ってすべての責任を私に押し付け、数千万規模の株式持分までも私から取り上げた。 以前は真崎のことを愛していたから、自分を殺して耐えていた。 しかし今は、一歩も譲るつもりはない。 「私は間違っていないから。謝るべきなのは知佳さんのほうでしょ?」 真崎の顔が怒りで真っ赤に染まる。 「お前……」 だが、私は真崎が怒鳴るよりも先に、背を向けてその場から立ち去った。 役所から出るともう日が暮れていた。行き交う恋人達が目に入り、心が苦しくなる。 6年も付き合っていた私たちなのに、入籍さえしていなかった。 最初の頃、真崎は仕事に専念したいと言って、入籍を先延ばしにしていた。 だから、私は真崎を支えるために、かなり給料の良かった仕事を辞め、真崎についてこの街まできたのだった。 真崎の接待には必ず付き添い、嫌というほどお酒を飲んできた。そうしてまで、真崎を社長に押し上げるのに必死だった。 だが、事業が安定すると、真崎は私が本気で彼を愛しているのか確かめるため、知佳が決めた52の課題をクリアしなければ結婚しないと言った。 「愛の試練」などという馬鹿げたことを名目に、知佳は私に無理難題を押し付けた。出勤した私の頭に氷水をかけたり、お茶に下剤を混ぜて接待で大恥をかかせたりした。 それだけではない。デートをしている時でさえも、真崎は愛を確かめるためだと言って、知佳を連れて歩いたのだった。 しかし、いつか真崎と結婚できると信じ、私は耐え続けていた。 そして昨日、知佳は最後の課題だと言って、私が完成させたばかりの設計案を知佳に差し出すように言ってきたのだった。 それは、私が1年間かけて描き上げたものだったので、私は拒んだのだが、知佳はそんなこと言うのは愛が無い証拠だと詰め寄ってきた。 だから、私は泣く泣く手放した。そして、ようやく真崎が結婚に同意してくれたのだった。 やっと、真崎と結婚できることが嬉しすぎて、私は一晩中眠れなかった。 なのに……目の前で、その期待を知佳に潰されたのだ。 それに、私は一言「どうして?」と聞いただけだったのに、真崎は私の心が汚れているから知佳が悪者に見えるのだと罵った。 真崎が本当に、知佳に対する感情がないというのなら、なぜ会社であんなにも彼女だけ特別扱いするのだろうか? しかし、今はっきりと分かった。真崎の心はとっくに知佳へと向いていたのだった。 テストだなんて言って、すべては入籍を逃れるための言い訳で…… 私は突然空腹感に襲われ、丸1日何も食べていないことを思い出す。 こんな馬鹿げたことに、1日も使ってしまうとは。 なんと無意味な1日だったのだろう。 私は首を振って余計な雑念を追い払うと、食事の取れそうなところを適当に探して、暖簾をくぐる。 食事が運ばれてきた時、ちょうど真崎のインスタに知佳と真崎の名前が記入された婚姻届が投稿された。 社員たちからも【おめでとうございます】とのコメント。もちろん私を馬鹿にすることも、皆忘れてはいない。 【社長の彼女は安藤さんなのに、結局選ばれたのは知佳さんだったんですね】 【こんな若くて可愛い知佳さんに、安藤さんが敵うわけ……ないですもんね?】 【……】 真崎が私を動揺させるための魂胆だとはわかっている。 私が真崎の思い通りにならないと、知佳との仲睦まじい姿を見せつけるのは、真崎のいつも手口だった。 これまでは結婚のために、とひたすら我慢してきた。 しかし今回の私は、鼻で笑って「いいね」を押しただけ。 それから間もなくして、真崎の投稿を見た両親から電話がかかってきた。 「菫。真崎さんが結婚したってどういうことなんだ?お前じゃなくて、他の人と籍を入れたのか?」 老いた両親は常に私がまだ結婚していないことに焦り、真崎と一日でも早く籍を入れることを望んでいたのだった。 しかし、真崎はずっと先延ばしにしていた。知佳に情けをかけても、私を想う心はなかったようだ。 私が両親に答える前に、真崎からメッセージが届いた。 【菫。今回の投稿はお前の親も見えるようにしてやった。二人はさぞかし慌てているんじゃないか?】 【知佳に謝るなら誤解だと説明してやってもいいぞ。それでも、まだ反省を見せなければ、どうなっても知らないからな】 真崎は以前、何があっても私の意思を尊重してくれ、無理やり何かをさせるということは無かった。 真崎の実家で食事をした時のこと。卵アレルギーの私に無理やり卵を食べさせようとする彼の母親に激怒した真崎は、テーブルごと食事を全てひっくり返したくらいだった。 それなのに今は、私の両親まで巻き込み、知佳に謝らせようとしている。 私を大切にしてくれていた真崎は、どうやら死んだみたいだ。 私はメッセージを無視する。 そして、淡々と両親に伝えた。 「お父さん、お母さん。真崎とはもう終わったの。これからは実家に戻ってお見合いするから」 真崎と一緒になることを、両親はずっと反対していた。しかし、私は両親の反対を押し切り、故郷まで捨て真崎に着いて行ってしまったのだった。 だが、やはり親の人を見る目は正しかったようだ。 「分かったぞ!お見合いの段取りはすぐしてやるからな!」 電話を切り、明日発の帰省のバスを予約する。タクシーで自宅に帰り、荷物をまとめることにした。 家のドアに手をかけたその時、部屋の中から誰かが談笑する声が漏れ聞こえてきた。 第2話 ドアを開けると、玄関には靴が三足揃えて置かれていて、一足は子供用だった。 そして、一緒に並べられていた革靴も、誰のものなのかすぐに分かった。なぜなら、それは真崎が知佳からプレゼントされた、スーパーのワゴンセールで投げ売りされているような、ペラペラのフェイクレザー靴だったから。 作りも粗雑で一目見ただけで安物だと分かるのに、なぜか真崎はそれを宝物のように大事にしていた。 一方、私がプレゼントした何十万円もする高級な革靴は、埃をかぶったまま放置されている。それどころか、私の趣味を馬鹿にして「こんなセンスのない靴なんか、恥ずかしくて履けない」と言い捨てたのだった。 そんなことを言われた私は、自分のセンスを疑い、知佳に恥を忍んでアドバイスを求めたことさえあった。 だが、今にして思えば、単に真崎が私からの贈り物を気に入っていなかっただけだみたい。 3足の靴を足で乱雑に端へ追いやり、私はリビングへと歩を進める。 まず目に入ったのは、私のネグリジェを着て、ソファーでくつろぐ知佳の姿だった。まるでこの家の主のような顔でテレビを見ている。 そして、知佳の息子である河内拓也(かわうち たくや)は大きなハサミを持ち出し、リビングのカーペットを切り刻んでいた。 そのカーペットは、母が私のために何日もかけて織り上げてくれたものだった。しかし、今では拓也によって切り刻まれ、無残な切れ端となって、部屋の隅に放り出されている。 さらに腹が立ったのは、祖母の遺影までもが、拓也の落書き帳となり、水性ペンで無茶苦茶にされていた。 怒りで震えながら写真を取り返し、私は言った。 「なんであなたたちがここにいるの!?」 自分が遊んでいたものを取り上げられた拓也は、ふてぶてしい態度で言い放つ。 「パパがいいって言ったんだもん!」 次の瞬間、騒ぎを聞きつけた真崎がキッチンから現れた。 真崎は油の匂いが苦手で、いつもなら料理なんて一切しない。それなのに、今は慣れない手つきで知佳親子のための食事を作っていたらしい。 「拓也、どうしたんだ?」 拓也を抱きしめようとした真崎の手が、私に気づいて止まる。 「真崎。あなたってもう誰かのパパだったんだね。私、知らなかったよ」 私の発言に真崎は少し戸惑ったものの、すぐに開き直った。 「器の小さい奴だな。拓也は幼い頃から父親の愛を知らずに育ったんだ。だから、少し甘えさせてやってるだけだろ? てか、お前はなんで突然戻ってきたんだ?」 私は呆れてものも言えなかった。 「ここは私の家なのに、戻ってきちゃいけなかった? それより、真崎。なんで、この人たちが家にいるわけ?」 真崎に悪びれる様子は一切ない。 「知佳の家は拓也の学校から遠いんだ。家から通学に時間がかかって拓也の勉強に支障が出るだろ? だから、この家はちょうど学校にも近いし、しばらく住まわせることにしたんだよ。部屋も余っているし、知佳が良い物件を見つけるまでの間だからさ」 「もし、いつまでも見つけられなかったら?」 真崎は知佳親子を優しい眼差しで見ながら答えた。 「だったら、ずっといればいいさ。たいしたことじゃない」 以前、私の両親を呼び寄せたいと相談した時、真崎には激しく反対された。 「こんな都会に、あんな田舎者を住まわせるのか?こっちと田舎じゃ暮らしが全然違うんだ。一緒に住んだら、お互い合わないところが出てくるに決まってる」と真崎は言ったのに…… 今では、知佳親子を家に住まわせるどころか、まるで家政婦のように、世話まで焼き続けている。 なるほど……元々真崎が住まわせたくなかったのは、私の両親だけだったようだ。 やりきれなくなった私は、低い声で言った。「私は、この二人と一緒に住みたくないんだけど」 真崎が顔を曇らせる。 「お前は、こいつらが可哀想だとは思わないのか?」 私は冷ややかに笑い返した。 「私はあなたほどお人よしじゃないの。婚姻関係を結んだだけじゃ飽き足らず、堂々と自宅にまで住まわせるなんてさ」 それまで静かだった知佳が、口を開いた。 目を潤ませながらネグリジェを脱ぎ始め、か弱そうな声で言う。 「真崎さん、菫さん。二人とも、私のことで喧嘩しないでください。 私が邪魔なら拓也と一緒にすぐ出て行きますから……真崎さん、拓也をあの小学校に入れてくれたこと、そして……戸籍上だけでも父親がいる子にしてくれたこと、本当に感謝しているの」 その瞬間、知佳が拓也に視線を送った。すると、拓也が突進してきて私のふくらはぎを力一杯噛んだのだった。 赤い噛み跡と共に、痛みが走る。 しかし、それでもまだ足りないと言わんばかりに、拓也は拳を振り回してきた。 「悪者はここから出ていけ!ここは、僕たちの家なんだから!」 拓也がこれでもかというほど私を叩いた後、ようやく知佳が拓也を抱き止める。 「菫さん。拓也はまだ子供だから……すみません」 私が口を開く前に、真崎が遮るように言った。 「知佳、このまま拓也と一緒に住んでいいからな。 菫。知佳は婚姻届のこと、お前に申し訳ないって言って、わざわざ詫びの品まで買ってきてくれたんだぞ?なのに、お前はいつまでも器の小さいことを言って。本当に最低なのは、どっちだろうな?」 そう言って真崎が指さした「詫びの品」というのは、食べかけのシュークリームだった。 私は冷たく言い放つ。 「私、卵アレルギーだから。食べられないし、残飯処理をするつもりもない」 すると、知佳がわっと泣き出す。 「真崎さん。こんな安物、菫さんは受け取ってくれないって。菫さんにとっては、安物かもしれないけど、私にしたら精一杯の買い物だったのに……いらないんだったら、直接言ってくれればいいのに、なんでわざわざこんなことを……」 真崎は不快そうに顔を歪めると、その食べかけを無理やり私の口に押し込んできた。 「知佳がお前のために買ってきたのに、なんだその態度は? アレルギーだなんてどうせ嘘なんだろ?本当かどうか試してやるよ」 避けられずにシュークリームが口の中に流し込まれ、卵の生臭さが鼻に突き刺さる。 こみ上げてくる吐き気と戦い、これでもかというほど口の中を洗った。 洗い終えた時には、全身に真っ赤な蕁麻疹が出ていた。 そんな私を見て、真崎はようやく私の卵アレルギーを思い出したらしい。一瞬だけバツの悪そうな顔を見せる。 「菫……」 しかし、私は無視して、部屋へ荷物を取りに行った。 追いかけてきた真崎は、今度はさっきと打って変わった、柔らかな口調で話しかけてきた。 「菫。さっきはカッとなって、お前が卵アレルギーだってこと、忘れてたんだ。ごめんな」 あの真崎が自分から謝るなんて。何か裏があるのではないかという疑念がすぐさま頭をよぎる。 次の瞬間、私の嫌な予感は当たった。 「なあ、知佳たちを置いてやるのはそんなに駄目なことなのか? 二人が家を見つけるまでだからさ。二人が出て行ったら、ちゃんと籍も入れる。な?いいだろ?」 やはり、すべては知佳のためだったらしい。 私は皮肉な笑みを浮かべ、真崎の手を振り払う。 「籍なんか入れてもらわなくたっていい。私は、今すぐに出て行って、あなたたちの家族団欒を叶えてあげるから」 第3話 それだけ言って、私は荷造りを始めた。 この方法でも無駄だと悟った真崎は、一瞬戸惑っていたが、何か思うことがあったようで、瞳に不満の色を走らせる。 「菫、そうやってわざと俺の気を引こうとでもしてるのか? こっちはお前と話し合ってやろうとしてるのに。お前がそんな態度なら、もう勝手にしろ!」 真崎は怒って、ドアを激しく閉めて出ていった。 真崎はいまだに、私がただ嫉妬から臍を曲げ、ネットで見たようなくだらない手段で彼の気を引こうとしているのだと思っている。 しかし、今回の私が本気なことに、彼はまだ気づいていない。 この関係と、この家のために、私は自分を犠牲にしすぎた。 でも今は、ただ自分のために生きたい。 私は首を振り、再び荷造りに集中する。 書斎にあるものの中で一番大切なのは、長年かけて積み上げた顧客リストやデザインの設計図。私の人生と言っても過言ではない。 しかしファイルを開くと、苦労してまとめた資料には、色鮮やかな絵の具の落書きがあり、何も読めなくなっていた。 さらには、資料の裏に小学生レベルの足し算や引き算の練習までが書かれている。 これが知佳親子の仕業だということは、明らかだった。 子供の拓也に善悪の分別がつかないとしても、知佳がこの資料の大切さを分からないわけがない。 これは明白な嫌がらせだ。 私はすぐにドアを開けてリビングへ行き、資料を知佳の前に投げつけた。 「あなたが子供にさせたの!?」 そう言われた知佳は、キッチンで食器を洗っている真崎を一瞥してから、小馬鹿にしたように笑う。 「そうですよ。でも、だから何だっていうんですか? 拓也の練習帳がなかったんです。そうしたら、あなたの書斎に埃を被った資料がたくさんあったから、有効利用してあげたんですよ? なんですか?弁償でもしてほしいんですか?」 知佳は私の返事も待たずに、拓也に目配せをした。 するとさっきまで静かにゲームをしていた拓也が、突然スマホを床に投げ捨てると、ひっくり返って泣き喚き始めたのだ。 「パパ!あの人がいじめてくる!」 騒ぎを聞きつけた真崎が、ゴム手袋も外さず慌ててリビングに走ってくる。 床にひっくり返っている拓也を見た真崎は、そのまま私に向かってきて、私の顔に力任せに平手打ちを喰らわした。 「お前、見損なったぞ。子供相手に何やってるんだよ? それに、スマホが粉々に砕けるほど強く突き飛ばすなんて。拓也を殺す気か?」 私は痺れる頬を押さえながらも、なんだか笑えてきた。 「話も聞かずに、私の仕業だと決めつけるの?」 真崎は一瞬言葉をつまらせたようだったが、強気で言い返してきた。 「お前以外に誰がいるっていうんだ? 拓也がお前の資料を練習帳の代わりにしたくらいで、こんなに責めることはないんじゃないか? 拓也は無駄にお金を使わないようにって考えて、お前の埃の被っていた資料を練習帳がわりに使ってくれたんだろ?なんで、それを分かってやらないんだ?」 その言葉を聞いて、冷たい笑いがこみ上げてくる。 このことは、真崎の承知の上だったのか。 社長の彼に、この資料の大切さが分からないわけがない。 しかし、それでも拓也の行動を容認し、むしろ私が感謝すべきだとまで言い出した。 あきれて言葉も出ない。 まだ話しているうちに、知佳は足元に落ちている破れてしまったお守りを拾い上げた。 「真崎さん。菫さんは悪くないから。私が拓也をちゃんと育ててあげなかったのがいけないの。 それに、代々受け継いできた拓也のお守り……これは、きっと私たちへの戒めなのかな」 その言葉で、お守りが破けてしまっていることに気づいた真崎は、鬼のような形相で私を睨みつけてきた。 「菫!お前は、何してるんだよ! 子供に手をあげたうえに、お守りまで壊すなんて!普通に謝罪するだけなんて、許さないからな。お守りを弁償しろ。知佳に、お守りの10倍の賠償金を渡せ」 すると知佳は真崎に気づかれないようにほくそ笑むと、白々しく口をひらいた。 「真崎さん。菫さんに弁償させるなんて、そんなことできないよ。むしろ、私が菫さんに謝るべきなんだから」 そう言って、知佳はわざとらしく財布を開けた。 しかし、知佳が取り出そうとしていたのは1円玉で、私への弁償など微塵も考えていないことが見え見えだった。 知佳が1円玉を取り出そうとしているのは、真崎に見えていなかったようだ。だから、真崎は知佳を庇おうと、知佳に財布をしまわせる。 「あのお守りは河内家に代々伝わる家宝なんだろ?それに、お前たちにとっては、唯一家族を感じられるものだ。ちゃんとしないわけにはいかない」 そう言った真崎が、私に視線を向ける。 「菫。知佳に免じて、10倍の値段の弁償は無しにしてやる。 だから、今すぐ全財産を知佳に渡せ。そうやって、二人に誠意を見せて、しっかり謝るんだ」 馬鹿らしい。 代々伝わる家宝? あんなお守り、一目見ただけで観光地かどこかの土産物屋で買える、安っぽいものだと分かる。なのに、全財産を渡して、さらに謝れ、だと? そんなの拒否するに決まっている。 「嫌。 たとえ死んだとしても、1円すら払わないし、絶対謝りもしないから」 真崎は完全に怒りを露わにした。 「菫。明らかにお前が悪いのに、俺と知佳は折れてやってるだろ?なのに、まだそんな態度を取るのか? これ以上わがままを言うなら、別れるからな」 私は淡々と答える。 「ならちょうどよかった。私もそのつもりだったから。別れよう」 第4話 私の言葉が終わるや否や、真崎は呆気にとられたような顔をした。 彼は、別れを切り出せば私が今までのように折れてくるとでも思っていたのだろう。だが、まさか私がすんなりと了承するとは思ってもいなかったようだ。 「菫。自分が何を言っているのか分かっているのか?」 私は冷静に頷く。 「あなたから別れたいと言ったよね?だから、私は同意した。何か問題でもある?」 真崎は言葉を失い、怒りでみるみるうちに顔が真っ赤になっていった。 全てを横で見ていた知佳が、込み上がってくる笑みを堪えながら、ここでわざとらしく割って入ってきた。 「菫さん。そんなに私と拓也のことが疎ましかったんですね。私たちを追い出すためなら、真崎さんと別れることまで厭わないくらいに…… ご迷惑をおかけしました。私たちは、もうこれで失礼しますので」 そう言い放った知佳は拓也を抱き上げ、早々にドアから出ていった。 一瞬ためらった真崎だったが、慌てて二人を追いかけていく。 出ていく間際、私を罵ることを真崎は忘れなかった。 「菫。別れたければ勝手にしろ!どっかに行くなら、行けばいい。何日もつかは知らないけどな」 真崎はまだ、私がいつものように拗ねているだけだと思い込んでいるらしい。 以前、知佳のミスを全て押し付けられたことがあった。その時、私と真崎は激しい喧嘩をした。腹を立てた私は家を飛び出し、本気で真崎との関係を断とうとしたのだった。 その時の真崎は必死に私を捜し、見つけ出すなり、私を抱きしめて涙ながらに懇願したのだ。 「菫、もし知佳に何かがあったら、彼女の子供が一人になってしまうと思って、ついお前に全ての責任を被せてしまったんだ。お前の気持ちを考えられなかった俺が悪い。でも、困っている人を放っておくなんて俺にはできなかった。本当にごめん。許してくれるか?」 真崎が素直に謝罪してきたこと、そして同僚や友人たちの説得もあって、私は長年の情に絆されて、その時は彼を許してしまった。 だから真崎は、今回も私がすぐに怒りを収めて、彼のところへ戻っていくと思っているのだろう。 だが、そんなのは真崎の思い込みに過ぎない。私は今度こそ本気で彼を見捨てたのだから。 真崎たちが去った後、私は淡々と荷造りを再開した。 壁一面に貼られた世界中で撮った写真を眺めると、現実のこととは思えない感覚に襲われる。 あれは、真崎と付き合い始めて3年目のことだった。 毎日深夜まで残業に追われる苦しい時期だったが、会社が軌道に乗り始め、これから良くなるという希望を抱いていた。 そんなある日の深夜、真崎が突然激しい頭痛を訴えたかと思うと、そのまま意識を失って倒れたのだ。 病院へ運ばれ、一命は取り留めたものの、検査の結果は絶望的だった。 「脳腫瘍の疑いがあります。まだ精密検査中ですが、厳しいと言わざるを得ません。 覚悟だけはしておいたほうがいいでしょう」 医師から告げられたあの日、病院の廊下がどれほどの絶望を味わったか、今でも忘れられない。 やっと苦難を乗り越えてこれからという時に、なぜ真崎の命が尽きなければならないのか? 自分の状態を知らされた真崎は、私に抱きついて泣き崩れた。 必死に稼ぐことばかりに執着して、私との時間を大事にしていなかったと後悔を嘆いた真崎は、最期にたくさんの思い出を残したいと言った。 そうして真崎は会社を人に任せ、私たちは国内、国外と様々な観光地を回る旅に出たのだった。 写真をあまり好まなかった真崎だったが、旅行中は積極的に私とのツーショットを撮ろうとした。「もし、俺が死んでも、この写真と一緒に燃やしてくれれば、寂しくないからな」と言って。 その頃の私は、真崎を失うことが本当に怖かった。 3ヶ月後、大きな病院での再検査で、それは良性の腫瘍であり、切除すれば治るとの診断を受けた。 私たちは歓喜のあまり抱き合い、もう二度と離れないと誓い合った。 なのに、今の真崎の隣には知佳がいる。 知佳のために私を傷つけ、私からすべてを奪うことさえも躊躇わない。 真崎の誓いなど、結局その程度のことだったみたいだ。 気持ちを切り替えるため、私は深呼吸をすると、数々の写真を無造作にゴミ箱へと放り込む。 梱包を終えた後、まだまだ余裕がある空っぽのスーツケースを見て、思わず苦笑いがこぼれた。 真崎と6年もの歳月を一緒に暮らしてきたのに、私の持ち物なんて、スーツケースひとつさえ埋まらないなんて。 それに対して知佳たちが持ち込んだ荷物はわずか1日で家を占領し、後庭まで二人が持ち込んだ荷物で埋め尽くされていた。 この家の本来の住人である私の方が、存在感のない客のような気分だった。 首を振り、そんな考えを頭から追い出して、預金通帳を手に取る。こうすると、ようやく少し安心できた。 愛は私を裏切ったけれど、貯蓄だけは裏切らない。 会社が成長して数千万もの利益を生み出していた時期でさえ、真崎は経営難だと私に嘘をつき、贅沢はするなと私からお金を絞り上げていた。 将来のために倹約しろ、と。 子供を産んで、ミルクを飲ませて、学校に通わせるのにはお金がかかるから。 真崎の言葉を信じていた私は、会社の役員だというのに格安の弁当で食事を済ませ、雨の日も雪の日もバスで通い続けた。 だからこそ、実家に戻って人生をやり直せるだけの貯えはあった。 大きくため息を突き、家の外へ出ようとしたその時、風に運ばれて甘い果実の匂いが鼻をかすめた。 私は思わず歩みを止めた。家の裏手の葡萄棚を見上げて、遠い日のことを思い返す。 第5話 私がブドウを好きなことを知った真崎が、庭に葡萄の木を植え、手作りのブランコまで設置してくれたのだ。 夏になると、二人でブランコに乗り、採れたての葡萄を食べながら、風に揺られて月を眺めるのが楽しみだった。 今年もまた、葡萄が熟す季節がやってきた。 私は手を伸ばして実を一粒もぎ、口に入れる。 相変わらず葡萄は甘い。 だが、私と真崎の関係は、あの頃とは別物になってしまった。 ここ2年間、この葡萄の木を世話しているのは私だけ。 ようやく実った葡萄を、真崎が私に剥いてくれる事はもうない。彼は一番大きな房を切り取っては、知佳親子のために持って行くのだから。 そう思った私は斧を持ち出してきて、葡萄の木もブランコもすべて切り倒した。 真崎と過ごした6年間の絆を、まとめて断ち切るように。 跡形もなくなった庭を背に、私は6年間暮らしたこの家を出て、ずっと連絡を絶っていた番号に電話をかける。 「絢香、まだ人を集めてる?」 私が電話をかけた相手は、幼なじみの御手洗絢香(みたらい あやか)だった。 綾香は大都市で真崎を支える道を選んだ私とは違い、卒業してすぐ地元に戻り、故郷の発展に尽力していた。 今や絢香が経営するアパレル工場は成長を続け、業界でもすっかり名を馳せている。 去年から絢香は、一緒に故郷で働かないかと何度も誘ってくれていて、待遇も今の真崎の会社より遥かに良かった。 しかし私は真崎を捨てきれず、そのたびにやんわりと断っていたのだ。 私の突然の申し出に絢香は少し驚いた様子で、少し黙り込んだあと、興味深そうに尋ねてきた。 「もちろん大歓迎だよ。菫は業界屈指のデザイナーだもん。嬉しすぎるくらい。 でも、坂本さんと結婚して、都会で暮らしたいって言ってなかった? 菫がこっちにくること、坂本さん……許してくれるの?」 私は首を振って、自嘲気味に答える。 「許すも何も、もう別れたの。 だから地元に戻って、婚活でもしようと思ってさ」 そう聞いた絢香は、一瞬驚いたが、明るく私を励ましてくれた。 「そういうことなのね。大丈夫!菫の魅力なら、いくらでも素敵な人が見つかるから。 こっちの街も結構発展したし、前とはかなり変わったんだよ。それに、ドロドロした争いとか過酷な残業もないから。 うちに来てくれればチーフデザイナーとして、月60万円の基本給は保証するから」 この好待遇に、私は思わず固まってしまった。 真崎の会社での私の基本給は、全社員の中で一番低かった。「会社の経営維持のため」と耳当たりの良いことを言われ、我慢させられていたのだ。 さらに「今の経済環境でこれだけもらえるのは良心的だ」とさえ言われていた。 その言葉を信じて転職さえ考えなかった私は、なんとひどい搾取を受けていたのだろう。 6年間という青春を、無駄な人間に捧げてしまった。 はっと我に返った後、私は絢香とお互いの近況を少しだけ報告し合い、片付けが済んだら戻ることを約束して電話を切った。 そしてすぐに、不動産の権利書を持って、不動産屋へ足を運ぶ。 このマンションは、もともとは私と真崎の結婚を見越した新居のつもりで、私の両親が買ってくれたものだった。 かつて真崎は、会社を大きくするためにと、このマンションを売ろうとしたことがあった。 でも、あの時は母が体調を崩して入院し、手続きができなかったおかげで売られずに済んだ。 不動産屋で手続きを済ませ、売りに出す準備をした。 その足で私は会社に向かい、人事部で退職届も出す。 人事担当から「社長の許可が必要」と言われ、真崎に連絡するように促されたので、何度も真崎に電話をかけたのだが、真崎は電話に出なかった。 仕方なく人事担当が電話をかけると、あろうことかすぐに出た。 「社長、安藤部長が……」 「社印は引き出しの中にある。俺は忙しいんだ。そんなつまらないことで、いちいち電話をかけてこないでくれ」 一方的な口調で、真崎は通話を切る。 人事担当は社長の許可が出たとみなし、手続きを進めてくれた。 直後、知佳から挑発するようなメッセージが届いた。 そこには、絶叫系が嫌いなはずの真崎が、知佳親子と楽しげに遊園地のジェットコースターに乗っている写真も添えられている。 【賢い人間は、去るべき時を知っているらしいですよ?】 知佳親子の相手で忙しくて、あんな簡単に同意してくれたというわけだったのか。 おかげで退職手続きは拍子抜けするほど順調に進めることができた。 守銭奴である真崎の性格なら、私が去る時にはそれこそ身ぐるみ剥がされると覚悟していたのだが。 私は鼻で笑って、返信する。 【ゴミを拾うのが好きな人もいるんだね。喜んで譲るよ】 そう送信した直後、真崎から着信があった。 知佳が大袈裟に言って、真崎を焚き付けたに違いない。 しかし今回ばかりは見る気も起きず、私はすぐに着信拒否をした。 退職の手続きを終え、荷物をまとめてから外へ向かった。 しかし、外に出た途端、多くの同僚に囲まれた。 「菫さん!突然退職するなんて、いったい何があったんですか?」 「まさか、また知佳さんに何かされたんじゃないんですか?私たち、社長に文句を言ってきますよ!それに、菫さんが辞めるなら、私も辞めますから!」 駆け寄ってきた多くは、私が直接手塩にかけて育ててきた後輩たちだった。 皆私を尊敬してくれ、まるで家族のような仲だったのだ。 知佳が来てからというもの、大勢の社員が平気で私を見下し、知佳に媚びる側に回ったのだが、それでも、まだ私を信じてくれる人がこれほどいたことに、心が温かくなる。 「みんな、ありがとう。でも、自分の意思で決めたことだし、次はもっといい環境が決まっているから心配しないで」 それでも、私を送ってくれた人たちは、怒りを隠そうともしなかった。 そして彼らは、会社の心臓とも言える、中核メンバーたちだったのだ。 私は顔を上げ、雲を突くようなオフィスビルを最後に見上げる。 いつかは全国に響くような会社にしてやると、本気で思っていた。 だが今の様子を見る限り、この会社はもう基盤が揺らいでいる気がする。 この大樹が根元から崩れ去るのも、時間の問題だろう。 第6話 会社を出てすぐに、不動産会社からメッセージが届いた。 【安藤さん、買い手が見つかりました。明日にでも契約手続きを進めたいので、家の中を整理しておいていただけますか?】 【承知しました。ありがとうございます】 私はそのままタクシーで家に戻り、引越し業者を手配して、知佳と拓也、そして真崎の荷物を全てまとめさせ、裏庭に放り出させた。 その間、知佳からは、真崎と出かけているという報告がしつこく届いていた。 【真崎さんと拓也と観覧車に乗ったんですけど、周りからは本当の家族に見えるって言われちゃいました】 【真崎さんが遊園地ごと買って、遊園地の名前まで私たちの名前に変えてくれたんですよ。こんな幸せ、あなたにはないですよね?】 私は無視した。 夜、真崎は帰ってこなかったが、そんな事はどうでもよく、私は心穏やかに眠りについた。 翌日、買い手との契約を終えた私は、スーツケースを抱えてバスターミナルへと向かった。 途中で、小学校の入学手続きを終えて出てきたばかりの真崎と知佳を偶然見つけた。 知佳は拓也を抱き、真崎は幸せそうに知佳の肩を抱き寄せている。道行く人までがその様子を、微笑ましく見つめていた。 「幸せそうな家族ね」 「本当、お似合いの夫婦。子供も可愛くていいわね」 そんな周りの声を聞いて、真崎もまんざらでもない様子で笑っている。 しかし、真崎は私に気づいたようで、彼の顔から一瞬にして血の気が引いた。まるで隠し事が見つかった子供のように、慌てて知佳の肩から手を外す。 「菫、なんでここに?」 しかし、真崎は何か思いついたのか、急に顔をしかめた。 「いや、待て。 お前、今は仕事中だろ?無断欠勤だから、罰金だ! 俺の尾行をするために、仕事まで放り出すのか?まったく、いつまでこんなガキみたいな真似をするつもりなんだよ?」 私は滑稽に思えた。 昨日、私は退職したばかりだというのに、真崎はそれさえ知らないらしい。 恋人としても、経営者としても、これほど残念な人間がいるだろうか? 「真崎。私、昨日で退職したの」 真崎は信じられない様子で眉をひそめる。 「退職?昨日別れるだなんだと騒いだ挙句、今度は退職なんて言ってるのか? いい加減にしてくれ。やりすぎだぞ」 そばにいた知佳は呆れた表情をしながら、わざとらしい演技で煽ってきた。 「真崎さん、落ち着いて。菫さんもきっと反省して、謝りに来ただけだと思うよ。 でも、なんて言えばいいか分からなくてこうなっちゃってるだけ……だから、気にしてあげないで」 真崎は機嫌が直ったのか、得意げに言った。 「俺に許してもらいたければ、知佳に謝るんだな。あ、それと、知佳は寝つきが悪いからお前の寝室を譲ってやれ。お前は書斎で寝るように。 あと、拓也には健康なものを食べさせてやりたいから、お前は毎日二人のために飯を作れ。罪滅ぼしだと思ってな」 私は呆れて笑うしかなかった。真崎は私をただの家政婦とでも思っているのか? 本当は、後で売却の件を話すつもりだったが、今はいい機会だ。 「真崎。そんなの一切受け入れるつもりはないし、家だけど、すでに売却済みだから。 あなたたちの荷物は裏庭に置いてある。捨てられたくなければ早めに引き取りに行った方がいいと思うよ」 真崎の目が見開かれた。 「家を売った?なんでそんな重要なこと、俺に言わないんだよ?」 私は冷たく突き放す。 「私の持ち物を売るのに、あなたの許可が必要?」 知佳は溢れてくる笑みを抑えられないようで、ニヤつきながら、さらに事を大きくしていく。 「菫さん、私たちが邪魔だからって家まで売っちゃうなんて……こんなに憎まれるなら、私、真崎さんと正式に離婚してすぐに出ていきますから」 真崎は取り乱して心配そうに言う。 「でも知佳、さっきお前の家を引き払った金で拓也の学費を払ったんじゃないのか?どこに住むっていうんだよ?」 知佳は存在しない涙をぬぐった。 「菫さんが冷たいんだから、拓也と公園ででも寝るしかないよ。寒いかもしれないけど、誰かに迷惑をかけるよりはましだから」 拓也までもが私に向かってあかんべーをしてきた。 「ママをいじめる悪い奴め!パパ、この人をやっつけて!」 真崎はついに怒りを露わにし、冷たく言い放った。 「菫、いい加減にしろ。すぐ売却契約を取り消してマンションを戻せ。あれは俺たちの家だろ?言うことを聞かないなら、一生お前と籍を入れないからな」 101度目の脅し文句を聞いて、私はこらえきれず吹き出した。 「真崎、分かってる?私たち、もう別れてるんだよ? 別れてる相手と、なんの籍を入れるっていうの?」