記憶を失くした私と、後悔に溺れる幼馴染

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記憶を失くした私と、後悔に溺れる幼馴染

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何よりも私を愛してくれていた青葉家の三兄弟は、私が悪性の脳腫瘍に蝕まれているというのに、どこにも姿を見せなかった。 手術をすれば記憶を...

Chương (1)

第1章

何よりも私を愛してくれていた青葉家の三兄弟は、私が悪性の脳腫瘍に蝕まれているというのに、どこにも姿を見せなかった。 手術をすれば記憶を失う恐れがある。彼らのことを忘れたくない一心で、私は助けを求めようと電話をかけた。 やっと繋がったと思ったら、返ってきたのは容赦のない罵声だ。 「宇島杏理(うじま あんり)、今日は雪の誕生日なんだ。邪魔しないでくれないか?」 私は痛みで意識を失い、病院で目を覚ましたとき、スマホに一の橋雪(いちのはし ゆき)からのメッセージが届いていた。 【杏理さん、青葉三兄弟が私に三つもお守りをくれたの。すごく効くんだって】 添えられた写真に写っているのは、かつて私が雨に濡れながら何日もかけてお遍路し、三兄弟のためにひたすら祈って授かった、お守りだった。 ついにすべてを諦めた。彼らのことを忘れるため、一人で海外に渡り手術を受ける決心をしたのだ。 それから時が経ち、ある日のこと。家の前で狂ったように許しを乞い、跪く三人の見知らぬ男たちの姿が、そこにはあった。 第1話 何よりも私を愛してくれていた青葉家の三兄弟は、私が悪性の脳腫瘍に蝕まれているというのに、どこにも姿を見せなかった。 手術をすれば記憶を失う恐れがある。彼らのことを忘れたくない一心で、私は助けを求めようと電話をかけた。 やっと繋がったと思ったら、返ってきたのは容赦のない罵声だ。 「宇島杏理(うじま あんり)、今日は雪の誕生日なんだ。邪魔しないでくれないか?」 私は痛みで意識を失い、病院で目を覚ましたとき、スマホに一の橋雪(いちのはし ゆき)からのメッセージが届いていた。 【杏理さん、青葉三兄弟が私に三つもお守りをくれたの。すごく効くんだって】 添えられた写真に写っているのは、かつて私が雨に濡れながら何日もかけてお遍路し、三兄弟のためにひたすら祈って授かった、お守りだった。 ついにすべてを諦めた。彼らのことを忘れるため、一人で海外に渡り手術を受ける決心をしたのだ。 …… 病院から家に戻ると、私は真っ先に海外に住む叔母に電話をかけた。 「叔母さん、私、決めたよ。そっちに行く。それで、腕の確かな脳外科の病院を探してほしいの。手術を受けるわ」 手術と聞いた叔母は、声を詰まらせ、慌てた様子で事情を尋ねてきた。 私は無理に笑ってみせて、自分の弱さを押し殺した。 「大したことじゃない。ただ、頭の中に腫瘍ができただけだから」 「ただの腫瘍だなんて……杏理、これはただごとじゃないよ。青葉家の三兄弟は知ってるの?」 彼らのことを聞かれた途端、言いようのない痛みが胸に込み上げ、瞳から涙がこぼれ落ちた。 「いいの、叔母さん。彼らには言わないで」 叔母はしばらく沈黙していたが、やがてため息をついた。 「分かったわ。半月後の航空券を手配するから、早くこっちに来なさい。しっかり面倒を見てあげるから」 涙が止まらなかった。今の私を、こんなにも想ってくれるのは叔母だけだ。 電話を切ると、ドアの方から含み笑いを帯びた女の声が響いた。 「早くどうするって?杏理さん、今度は何を企んでるの?」 雪がゆっくりと部屋の中に舞い込んできた。その手には三つの赤いお守りがぶら下がっている。 私は何度も瞬きをして涙をこらえ、冷たく言い放った。 「一の橋さんには関係ないわ。どうしてうちに来たの?」 彼女は口を尖らせ、いかにも哀れそうに答えた。 「杏理さん、拓也から聞いてないの?私、具合が悪いから、数日間ここで預かってもらうことになったのよ」 すると彼女は急に顔を近づけてきた。先ほどの哀れな表情は消え失せ、私を射抜くような瞳には挑発の色が浮かんでいる。 「ねえ、あとどれくらいで私が杏理さんの代わりになれると思う?」 踏み込まれた距離に嫌悪感を覚え、私は思わず彼女を突き放した。 だが、雪はまるで激しい衝撃を受けたかのように、二メートルほども吹き飛び、タンスに頭を強く打ちつけた。鈍い音が響き、瞬く間に血が流れ落ちた。 「杏理さん……私はただ心配しに来ただけなのに。嫌いなのは分かってるけど、手をあげるなんてひどすぎるよ!」 彼女の悲痛な叫び声は、すぐさま階下にいる青葉三兄弟の耳に届いた。 長男の青葉拓也(あおば たくや)が真っ先に駆け寄り、雪の様子を確かめた。 「雪!大丈夫か?どこが痛む?すぐに医者を呼んでくるからな!」 次男の青葉和也(あおば かずや)も後に続いた。 「精神科の先生も呼ぼう。トラウマになると大変だ」 そして三男の青葉智也(あおば ともや)は、私を激しく睨みつけ、怒りを込めて叱った。 「杏理、お前がこんな奴だったなんてな。雪はただ、昨日の誕生日の楽しかった話をしたかっただけだろ。まさか彼女を突き飛ばすなんて……本当に腹黒い女だ!」 三人が雪に対して向ける隠しきれないひいきを目の当たりにし、私はまるで氷の底へ突き落とされたような感覚に陥った。 第2話 先ほどの雪の言葉が、何度も耳の奥で繰り返されている。 あとどれくらいで私の代わりになれるか、なんて。そんなの、もうとっくに取って代わられているというのに。 胸が締め付けられ、声も出なかった。自分を弁護する言葉すら、一言も発することができなかった。 そのとき、雪が這うようにして立ち上がり、私に向かって何度も土下座を始めた。 「ごめんなさい、杏理さん。彼ら三人にお祝いしてもらったことが、そんなに気に入らなかったなんて。全部私のせいよ。 さっき言われた通り、野良犬みたいにここから這い出すから。だからお願い、もう私をいじめないで。彼ら三人を悲しませないで」 そう言い残すと、彼女は本当に部屋から這い出そうとした。 青葉三兄弟の顔は怒りで引きつり、私を見据える瞳には憎しみの炎が宿っている。 私の体が細かく震えている。口を少し開けたが、まるで仇でも見ているかのような彼らの視線に射抜かれ、虚しさだけが募った。何を言ったところで、今の彼らが信じてくれるはずもないのだから。 …… 深夜が近づいているというのに、広い屋敷の中は慌ただしく人々が行き交っている。 市内でも指折りの医療チームが総出で雪一人のために診察を行い、青葉三兄弟はその傍らで固唾を呑んで見守っている。 少し離れた場所に立ち尽くす私の頭の中では、激痛が荒れ狂っている。脳を引き裂かれ、刃物で絶え間なくかき回されているような痛みに、まともに立っていることすらままならない。 私は奥歯を噛み締め、高名な脳外科医のもとへ足を引きずって向かった。 「先生……頭が痛いんです」 「杏理、いい加減にしろ!この先生方は雪を診るために来てくださったんだ。余計な手間をかけるんじゃない! 夜更けに先生方を呼び出す羽目になったのも、元を正せばお前が不始末をやらかしたからだろうが」 拓也の冷ややかな声が突き刺さった。動けずにいる私に歩み寄ると、彼は強引に私の腕を掴んで部屋へと押し込み、外から鍵を固く閉ざしてしまった。 頭痛で歩く力も残っておらず、私は床を這ってサイドテーブルまでたどり着いた。痛み止めを引っぱり出し、手当たり次第に口へ放り込んで噛み砕いた。 苦い味が口いっぱいに広がり、そのまま心まで蝕んでいくようだ。 両親を交通事故で亡くした後、私は祖父母と共にこの街へ移り住み、青葉家の三兄弟と隣人になった。 数歳年上の彼らは、いつも私を連れ歩き、まるで家族のように世話をしてくれた。 祖父母が相次いで他界した際、青葉三兄弟は進んで私の身の振り方を引き受けてくれた。 当時、私は19歳。彼らは私を支えるために、二つの屋敷を繋げ、私の好みに合わせて改装までしてくれたのだ。 私たち四人は、世界で一番強い絆で結ばれていると思っていた。あの日、雪が現れるまでは。 何の変哲もないある日、雪が家の前で倒れていた。ひどく痩せ細った姿を見て可哀想に思い、私は彼女を家の中へ運び入れた。 だが、その日を境にすべてが変わった。青葉三兄弟は彼女を見るや否や私を無視し、それ以来、あらゆる愛情を彼女一人に注ぐようになったのだ。 まるで彼女は、彼らの愛を奪い去るために現れたかのようだった。 痛み止めが効き始め、重い体を引きずってベッドに横になろうとしたその瞬間、ドアが激しい音を立てて蹴破られた。 怒りに震える和也と智也が踏み込んできて、分厚い書類の束を私に投げつけた。 呆然とする私に、二人の罵声が浴びせられた。 「お前の嫉妬深さには呆れるんだ。俺たちがいない隙を狙って、雪をいじめるなんてな!」 「お前のいじめのせいで、雪はうつ病にまでなっちまったんだぞ!杏理、お前がここまで腹黒い女だとは思わなかった!」 第3話 散々私を叱った後、二人は急ぎ足で雪のもとへ戻っていった。 私は診断書を手に取り、震える指先でページをめくり、その内容に目を通した。 そこには、雪が長い間ひどいいじめを受けていたこと、栄養不足であること、うつ病や、誰かに狙われていると感じる被害妄想を抱えていることが記されている。 読み終えるとすぐに、私は自分は悪くないと伝えようと、部屋を飛び出した。 廊下にはすでに医者たちの姿はなく、青葉三兄弟は雪を囲むように寄り添っている。 拓也は彼女のために林檎を剥き、和也は彼女の肩に手を添えて優しく慰めている。 智也は私に気づくと、これ以上ないほど嫌そうな顔をした。 「何しに出てきたんだ?俺たちがいるかどうか確かめて、また雪をいじめる隙を狙ってるのか?」 雪の目にはみるみるうちに涙が溜まり、潤んだ瞳で私を見上げてきた。 「杏理さん……ごめんなさい、私が悪かったの」 三兄弟は明らかに緊張し、慌てて彼女の涙を拭ってやった。 その睦まじい光景を目の当たりにして、私は突然、無実を訴える気力を失ってしまった。 何も言わずに自室へ戻ると、壁に飾ってあった三兄弟が描いた私と彼らの似顔絵を剥ぎ取り、ハサミでズタズタに切り裂いた。それからライターを探し出し、絵が灰になるまで火をつけた。 長い年月をかけて育んできた絆は、すべて火に包まれて消え去った。 …… ベッドに横になり、耳栓をして外の和やかな喧騒を遮ると、泥のように深く眠りに落ちた。 青葉三兄弟に対して心の底から愛想を尽かしたせいだろうか、夢に彼らが現れることはなく、久しぶりにぐっすりと眠ることができた。 翌朝、私は早く目を覚ますと、身の回りのものを片付け始めた。 クローゼットには、長男の拓也が私のためにデザインしてくれた服が所狭しと並んでいた。 「杏理はこの家のお姫様なんだから、毎日違うドレスを着なきゃダメだ」 かつて彼はそう言っていた。 次男の和也からは、数えきれないほどのチケットを贈られた。コンサートの券や、世界中へ飛び立つための航空券。 「広い世界を見ておいで。戻ってきたときも、変わらず俺たちを大好きでいてくれたら嬉しいぞ」 それが彼の願いだった。 三男の智也は、私の身の回りのものを何から何まで整えてくれた。私の生活のすべてを彼が支えていたのは、一生彼らを頼りにしてほしかったから。 けれど、もういい。私はこれらすべて、一階のゴミ捨て場に放り込むつもりだ。彼らから受けた優しさも、痛みも、すべてまとめて捨て去るのだ。 最後の数着の服をゴミ箱に押し込んでいると、背後から「あっ」と声が上がった。拓也が声を震わせながら問いかけてきた。 「杏理……どうして、俺がデザインした服を捨てたりするんだ?」 振り返ると、そこには青葉三兄弟が揃って立っている。その瞳は赤く染まり、隠しきれない動揺が滲んでいる。 和也はゴミ箱に駆け寄り、汚れを厭わず中をかき回した。当然、彼や智也が私に贈った品々も、その中に紛れている。 三人は奥歯を噛み締め、充血した目で私を問い詰めた。 「杏理、これらは全部お前が大切にしまってたものじゃないか!どうして捨てたりしたんだ?」 咄嗟に言葉が詰まった。泳がせた視線が、拓也の手にある服を捉えた。私は静かに口を開いた。 「……拓也も、そろそろ新しい服をデザインしてくれる頃だと思ったの。和也や智也も、身の回りのものを新しく買い替えてくれるだろうし。古いものは場所を取るから、いくつか片付けただけよ」 私は和也の方へと歩み寄り、彼が手にしている服を指さした。 「和也、それは……私のための新しい服?」 和也はさらに明らかに動揺し、その服を背後に隠した。 私はわざとらしく、がっかりしたように視線を落とした。 「……私のためじゃ、なかったのね」 私のそんな様子を見て、三人の顔にわずかながらも痛ましさが走った。もう、ゴミを捨てたことを問い詰める気力は失せたようだ。 和也は小さく溜息をついた。 「杏理、雪はこの家に来たばかりで着るものがないんだ。だから拓也兄さんが、彼女のために新しくデザインしてたんだ。もう嫉妬したりしないでくれ」 第4話 智也も横から口を添えた。 「そうだ。お前の分だって、ちゃんと用意してやるから」 私は口元をわずかに上げて、素っ気なく答えた。 「分かったわ」 彼らの顔を見ることもなく、そのまま背を向けて屋敷の中へと戻っていった。 廊下に出ると、勝ち誇ったような表情を浮かべた雪と鉢合わせした。 「ねえ、杏理さん。見ての通り、杏理さんのものが少しずつ私のものになっていくみたい。嬉しいかしら?」 私は鼻で笑うと、まともに相手をするのも馬鹿らしくなり、白目をむいて自分の部屋へと逃げ込んだ。そして、内側からしっかりと鍵をかけた。 雪はそれ以上深追いしてくることなく、ゆっくりと階段を降りていった。 部屋は防音が甘い。ベッドに横たわっていても、階下から響く雪のはしゃぎ声がはっきりと耳に届いた。 「わあ!拓也、こんなに素敵な服、本当に私のために一からデザインしてくれたの?」 彼女の弾んだ声が聞こえた。 その無邪気な様子に、青葉三兄弟は胸を締め付けられたのだろう。彼女が受けてきた苦難を思い、これからは何倍もの慈しみを注いで幸せにすると、口々に誓い合っている。 その言葉が耳に入るたび、胸の奥がひりひりと痛んだ。 かつて、彼らは私にも同じ言葉をかけてくれていた。けれど今、その温もりはすべて、別の誰かのものになってしまった。 それでも、彼らはまだ私のことを気にかけているつもりなのだ。 ふと、好奇心が芽生えた。もし本当に私が手術を受けて、彼らのことを何もかも忘れてしまったら――そのとき、彼らはどんな顔をするのだろうか。 …… 再び部屋を出ると、広い屋敷の中はしんと静まり返り、人の気配はない。 私は小さく吐息を漏らした。 誰もいない方が、かえって心が落ち着く。 私は時間をかけて自分の荷物をまとめ、祖父母が残してくれた元の屋敷へ少しずつ運び込んだ。 ここ数日、目に見えて体が弱っている。少し動くだけで、どうしても休息を挟まなければならなかった。 決して多くはない荷物だが、すべて運び終えた頃には、夜もすっかり更けていた。 青葉三兄弟も雪も、まだ戻る気配はない。明日は病院で再検査がある。私は毛布にくるまると、そのまま泥のように眠りについた。 翌朝、ひっきりなしに鳴り響く通知音で目が覚めた。 眠い目をこすりながら画面を覗き込むと、そこには水着姿の青葉三兄弟が写った写真が、何十枚も並んでいる。 眠気など、一瞬でどこかへ吹き飛んだ。 追いかけるように、雪からのメッセージが届いた。 【彼ら三人は本当に優しいね。私が海を見たことがないって言ったら、すぐに連れて行ってくれた。 杏理さん、これほどの金持ち三人と一緒にいて、よくただの友人だなんて思っていられるわね。どうすればそんな風になれるのかしら? いっそのこと、私から教えてあげようか。彼らを一人残らず手なずける方法を】 蔑みが透けて見えるその言葉に、腹の底からじわりと怒りが込み上げてきた。 青葉三兄弟はあれほど彼女に尽くしているのに、彼女からは感謝の欠片もないらしい。 私はそっと目を閉じ、かき乱された心を落ち着かせた。 分かっている。彼女は私を煽っているのだ。もしここで食ってかかれば、待っているのは三兄弟からの容赦ない罵声に違いない。 私は静かに指を動かし、雪のアカウントをブロックした。 そしてベッドの上で大きく背伸びをした。どうせもう眠れそうにないので、いっそ早めに病院へ向かうことにした。 前に診察してくれた主治医が手術に入っていたため、代わりに研修医が頭部CT検査へ案内してくれた。 彼女の視線には、どこか奇妙なものが混じっている。何かあるのかと尋ねても、彼女はただ首を横に振るばかりだ。 釈然としないまま検査を終え、結果を受け取ると、私はそのまま帰路についた。 車を降りた途端、凄まじい痛みが頭を襲い、その場に崩れ落ちそうになった。 白い指先が私の体を支えたかと思うと、次の瞬間、医者から処方されたばかりの特効薬が奪い取られた。 顔を上げると、そこには雪がいる。彼女は手に取った薬を興味深そうに眺め、いかにも他人事のように言い放った。 「杏理さん、病院で働く友人から聞いたわ。頭の中に、すごく大きな腫瘍があるってね。早く手術しないと、死んじゃうんじゃないかしら?」 第5話 私は奥歯を噛み締め、雪の手に握られている薬をじっと見つめた。 「一の橋さん、その薬を返して!」 雪は私の苦しみを見透かしたように、薬の瓶を開けて二粒ほど取り出し、二、三歩後ずさった。そして、まるで犬でも呼ぶかのように舌を鳴らしてみせた。 「杏理さん、ここまで這いつくばってお願いしてくれたら、返してあげてもいいわよ」 これほどの挑発に耐えられる人間はいない。ましてや私の理性は、今にも痛みに食い尽くされそうだ。 一瞬にして怒りがこみ上げ、私は叫び声を上げながら薬を奪い取ろうと飛びかかった。 だが、雪は狙ってやったのか、あるいは偶然か、後ずさりしながら私の薬をすべて道路脇の排水溝に投げ捨てた。 雪はわざとらしく惜しむような表情を浮かべたが、その瞳の奥に潜む嘲りの色はますます濃くなっていった。 私は思わず手を振り上げた瞬間、強い力で突き飛ばされた。間髪を入れず、乾いた衝撃音が私の頬に響き渡った。 一瞬、頭の中が真っ白になった。 拓也は怒りを露わにして立っている。 「宇島杏理、いい加減にしろ!俺たちがいない隙を狙って雪をいじめるなんて、正気か!」 和也と智也は雪に駆け寄り、慌てて怪我がないか確かめ始めた。彼女の手に擦り傷を見つけると、二人の表情が険しくなり、血相を変えて叫んだ。 「拓也兄さん!そいつは放っておいて、早く雪を診てくれ!血が出てるんだ!」 拓也は途端に慌てふためき、急いで雪のもとへ駆け寄った。 和也は冷たい表情で、私を激しく脅した。 「杏理、雪は医者を目指してるんだぞ!もしこの手に何かあったら、もうここに住まわせるわけにはいかないからな!今すぐ部屋に戻って反省しろ!」 頭が割れるように痛む中、根拠のない疑いをかけられ、私は必死に弁解の声を絞り出した。 「彼女がわざと私の薬を排水溝に捨てたのよ!この薬がなければ、私は死んでしまうかもしれないのに!」 智也の口元が、嘲るように吊り上がった。 「杏理、俺たちの気を引きたいからって、自分を呪うような嘘までつくのか?感心する」 拓也は冷たく鼻を鳴らした。 「本当にお前には愛想が尽きた」 三兄弟はそう言い捨てると、私に一度も視線を向けることなく、雪を連れて立ち去った。 私はあまりの痛みに地面にうずくまり、ついに涙が堰を切ったように溢れ出した。 この特効薬は脳内の腫瘍の増殖を抑えるためのものだが、手に入れるための手続きは容易ではない。 再び申請しても、薬が届く頃には、私はもう手遅れになっているかもしれない。 頭が弾けそうな痛みに耐えながら、手探りでスマホを取り出し、叔母に電話をかけた。声は涙で震えている。 「叔母さん、フライトを早めて。明日行くわ。すぐに手術の手配をお願い……」 私はふらつく足取りで屋敷に戻り、痛み止めを口に流し込んでから荷物をまとめ、空港へと向かった。 その途中、青葉三兄弟から雪に謝罪しろというメッセージが届いた。 私は激痛をこらえながら、彼らのアカウントを一つずつブロックしていった。 十数時間のフライトを、痛み止めだけで何とか乗り切った。 目的地に着くと、叔母は多くを尋ねず、すぐさま私を病院へと連れて行ってくれた。 手術室へと運ばれる直前、私のスマホがしつこく鳴り続けた。 叔母は涙を浮かべながら、怒りを込めてそのすべてを叩き切った。 私は弱々しく叔母の手を握り、ほんの少し微笑んでみせた。 「叔母さん、怒らないで。 海外で手術を受けると決めたあのときから、もう、彼らのことは捨てると決めてたから」