Đang tải thông tin quảng bá...
愛の終着駅と私の決断
社長である彼氏、早川海翔(はやかわ かいと)は、私が自ら数億円の大型契約を帰国したばかりの彼の後輩、白石桜空(しらいし さくら)に譲った...
Chương (1)
第1章
社長である彼氏、早川海翔(はやかわ かいと)は、私が自ら数億円の大型契約を帰国したばかりの彼の後輩、白石桜空(しらいし さくら)に譲ったと知った時、自分から私への99回にも及ぶ「別れる」という脅しがようやく効いたのだと勘違いした。
彼は有頂天になり、私、雪代汐音(ゆきしろ しおね)に婚約を申し込んできた。
ところが、それを知った桜空は激しく嫉妬し、契約の調印式を無断欠勤しただけでなく、会社を辞めるとまで騒ぎ立てた。
日頃から彼女を溺愛している海翔はすっかり慌てふためき、なんとその場で彼女を昇進させた。さらには出張を口実に私との約束をすっぽかし、あろうことか別の街で桜空と非常に豪華な婚約式を挙げた。
後になって、彼は悪びれる様子もなくこう言い放った。
「ただの形式的な婚約式だろう。本当に結婚するわけじゃないんだから、そんなにムキになるなよ。
桜空は海外帰りのエリートだぞ。俺がこうするのも会社の人材確保のためであり、ひいては俺たちの将来のためでもある。俺の未来の妻であるお前なら、理解してくれるよな?」
私はスマートフォンをきつく握りしめた。画面には、桜空がインスタにアップしたばかりの画像が開かれたままで、そこには二人が身につけたペアリングがはっきりと写し出されていた。
私は反論することなく、ただ黙って頷いた。
それを見た彼は喜色満面となり、私がようやく彼の苦心に気づいてくれたのだと思い込み、「出張から戻ったら、お前にはもっと盛大な婚約式を挙げてやるからな」と上機嫌で約束してきた。
しかし彼は知らない。私がすでに退職願を出していることを。
彼が桜空と婚約式を挙げることに同意したその瞬間から、私にもうこの男は必要なくなったのだ。
第1話
電話越しに、耳元で彼氏の早川海翔(はやかわ かいと)がまたしても調子のいい約束を並べ立てている。私、雪代汐音(ゆきしろ しおね)は何も言い返さなかった。
指先でインスタの投稿をスクロールしながら、海翔のこちらを小馬鹿にしたような声に静かに耳を傾ける。
「汐音、お前は今時、優秀な人材を採用するのがどれだけ大変か分かってないだろ。桜空みたいな海外帰りのエリートなんてそうそういないんだ。
会社の発展には、彼女みたいな人材の力が不可欠なんだよ。お前だってよく、『もっと柔軟な手段を使って人材を引き留めるべきだ』ってアドバイスしてくれてただろう?
俺は桜空とただの婚約式をやっただけだ。実際に籍を入れたわけでも、親戚や友人を呼んで披露宴をやったわけでもない。あくまで人材を引き留めるためのパフォーマンスなんだから、お前がそんなにムキになって怒るようなことじゃないだろ。
それに、俺は会社の社長であると同時に、桜空の大学の先輩でもあるんだ。公私ともに彼女の頼みを無下にできるわけない。
彼女は帰国したばかりで分からないことだらけなんだから、手を貸してやるのは当然の義務だ。いつも物分かりのいいお前なら、俺の苦心も理解してくれるよな?」
それを聞いて、私は思わず乾いた笑いを漏らした。
優秀な人材を引き留めるために「婚約」なんて手段を使う会社が、一体どこの世界にあるというのか。
こんなものは、彼が白石桜空(しらいし さくら)を特別扱いするための口実に過ぎない。
私がその魂胆に気づいていないとでも本気で思っているのだろうか。
私はただ「人材登用の条件を少し緩和してみては」とアドバイスしただけなのに、彼はそれを自分の都合のいいようにこじつけ、桜空と婚約したことを「会社のため」だとすり替えている。
桜空に対する彼のその並々ならぬ気遣いには、まったく恐れ入る。
普段から桜空をあからさまにひいきし、ミスをしても一切咎めず、数え切れないほどの特別待遇を与えている。
彼女が意図的に数億円規模の案件の調印式をすっぽかした時でさえ、何のお咎めもなかったばかりか、あろうことか昇進して給料まで上がった。
一方、私が何度も工場へ足を運び、アルコールアレルギーが出るまで接待につき合ってようやく勝ち取ったその数億円の契約は、彼の「社員として当然の仕事だろ」という心無い一言で私の努力はゼロにされ、そっくりそのまま桜空の手柄にすり替えられようとした。
私がそれを拒否すると、彼はまた「別れるぞ」と脅し文句を口にした。
たった三日の間に、彼は「別れる」という言葉を盾にして私を99回も脅してきた。
私がとうとう折れて妥協すると、彼は珍しく自分から私に婚約を提案してきた。
それなのに、いざ婚約の当日になると、桜空のために出張をでっち上げて私をすっぽかし、【出張だ。また後で】という短いメッセージだけで私を適当にあしらおうとした。
だがその直後、私のもとに送られてきたのは、彼と桜空が別の街で開催した豪華な婚約式の写真だった。
第2話
私はまるで馬鹿みたいにホテルで待ちぼうけを食らっていた。みすぼらしいほど狭苦しい会場を自嘲気味に見渡し、周囲から浴びせられる冷ややかな嘲笑をただ耳にしていた。
確かに、彼のあの「涙ぐましいほどの配慮」とやらには感謝すべきなのかもしれない。もっとも、それが私に向けられたものではないというだけの話だが。
電話の向こうで私が笑ったのを聞いて、海翔はこの件がこれで水に流されたとでも勘違いしたらしい。
満足げな声で、もう一度こう繰り返した。
「今回は絶対に約束を守るから。出張から戻ったら、お前にはもっと盛大な婚約式を挙げてやる。そしたら一緒に籍を入れよう、な?」
その言葉を聞いた瞬間、スマホの画面をスクロールしていた私の指がピタリと止まった。
続けて、海翔は少し間を置いてからこう切り出した。
「そうだ、桜空が落としたあの案件、お前が引き継いでカバーしてやってくれ」
私は思わず自嘲の笑みをこぼした。
なるほど、桜空の尻拭いをさせるために、わざわざ籍を入れるなんて甘い餌をぶら下げたわけだ。
交際して九年。その間、私は何度も籍を入れたいと口にしてきたが、彼はことごとく拒絶してきた。
最初は「まだ若くて遊びたい時期だから、結婚という枠に縛られたくない」と言われ、私はそれを信じた。
その後は「今は事業に専念すべきだ。人生の青春は三十年しかないんだから」と言い訳され、私はまたしても信じた。
さらに時が経ち、彼が事業で成功を収める一方、私の周りの友人たちは次々と結婚し子供を産んでいった。さすがの私も、もう十分に待ったと思った。
そこで、苦労して勝ち取ったあの大型契約をきっかけに、勇気を振り絞って再び結婚を切り出してみたのだが……彼はまたしても私を拒絶した。
その理由がこれだ。「俺は今の二人の距離感にすっかり慣れきってるんだ。急に夫婦なんて肩書きに変わったら、戸惑うかもしれない。
このままでいようよ。どうせ俺の心の中でお前を愛してることに変わりはないんだから」
これが原因で私たちは大喧嘩になり、彼は腹を立てて家を飛び出していった。
翌日、私が折れて謝罪のメッセージを送ろうとした矢先、桜空から二人でキャンプに行っている動画が送られてきた。
それ以来、私は二度と彼に結婚の話を持ち出さなくなった。
私が口を開く前に、電話の向こうから桜空の甘えるような声が聞こえてきた。
海翔は慌てて「忙しいから」と一言だけ残し、一方的に電話を切った。
私はスマホを握る手にぐっと力を込めた。彼が自ら籍を入れると口にしたのが、まさか桜空のためだったなんて。
彼は本当に、この後輩を骨の髄まで溺愛しているらしい。
私なんかじゃ到底勝ち目はない。
その時、画面に突然インスタの新規投稿がポップアップした。
わざわざ画像を拡大しなくても、そこに写るぼやけた人影が海翔であることは一目で分かった。
写真の中で、二人はまるで恋人同士のように屋台通りを歩き、海翔は笑みを浮かべ、桜空を見つめている。
添えられた一文には、【何気ない日常も、愛があれば孤独じゃない】と書かれていた。
海翔のこの上なく幸せそうな笑顔と、彼が手に持っている激辛たこ焼きを見て、私は少し呆然とした。
彼はずっとああいう食べ物を毛嫌いしていたはずじゃないか?
以前、日頃の疲れを癒してあげたくて、彼を同じような場所に連れて行ったことがある。
私が一時間も並んでやっとの思いで買った食べ物を、彼は眉をひそめて一瞥するなり、一言も発さずそのままゴミ箱へ直行させたのだ。
その後、「胃腸が弱いから、こういうのは食えないんだ」と素っ気なく言い訳された。
けれど、彼の目に浮かんでいた明らかな嫌悪の色を、私ははっきりと見ていた。
それ以来、私は二度と彼をあのような場所へ連れて行くことはなかった。
今になってようやく合点がいった。あの冷たい視線は、物に向けられたものではない。私に向けられたものだったのだ。
投稿されてから一分も経たないうちに、コメント欄にはあっという間に大量の書き込みが殺到していた。
私は気にも留めず、適当に「いいね」を押し、画面を閉じようとしたその瞬間――不意に私をメンションした通知が飛び込んできた。
タップして開くと、そこには極めて攻撃的なコメントが並んでいた。
【白石さん、やっとインスタで真実を公表して名誉挽回してくれたね!どこかの誰かさんみたいに、陰でコソコソ文句言って他人を陥れるような人とは大違いだわ。
会社にこういう人間がいるから、変な空気が蔓延するんだよ。私に言わせれば、口先だけで仕事しない人なんて、とっくにクビにしておくべきだったのよ!】
第3話
【弱い者いじめしかできない卑怯者。文句があるなら堂々と出てきなよ、もっと自信持ちな!そう、あんたのこと言ってんだからね!@雪代汐音】
この書き込みを皮切りに、桜空に媚びを売りたい取り巻きたちが、秒で便乗してリプライをぶら下げてきた。
【その通り!いつも自分は社長の彼女だの、未来の妻だのって吹聴してたのに、どうして今はだんまりなわけ?
ただの腰抜けでしょ。こんなに大勢に本性がバレちゃって、もう顔を出せるわけないじゃん。今頃どこかでこそこそ覗き見してるんじゃないの?
あのスペックで白石さんみたいな若い子と張り合おうなんて、よくやるよね。笑わせてくれるわ……】
見覚えのあるアカウント名を目にして、私は思わず息を呑んだ。
私を叩いている連中は、あろうことか私のチームのメンバーたちだったのだ。
私は日頃から、彼女たちに決して悪く接してはいなかったはずだ。プロジェクトでも寛容に振る舞い、誰かがミスをしてもマニュアル通りに厳重な処分を下したりせず、裏でこっそりフォローして修正を手伝ってあげていた。
それなのに、桜空がその場で昇進したのを見た途端、彼女たちはあっさりと手のひらを返してあちら側に寝返った。
我先にと桜空に媚びへつらい、私に牙を剥いてきた。
コメントの数は今この瞬間も増え続けているが、私は凪いだ心でそのやり取りを最後まで見届けた。
以前の私なら、彼らとレスバトルを繰り広げ、白黒はっきりさせようとしたかもしれない。
しかし、似たようなことを何度も経験するうちに、いちいち反論するのすら馬鹿らしいと思えるようになっていた。
それに、こんな状況は今回が初めてではない。
もし本当に彼らと対立したところで、最後に罰を受けるのが私であることくらい、火を見るよりも明らかだった。
以前、同僚たちとプロジェクトの進行で意見が対立した際、私が自分の意見を述べただけなのに、桜空は「先輩風を吹かせて同僚にパワハラしている」と言いがかりをつけ、海翔のところまで乗り込んで騒ぎ立てたことがあった。
その時、海翔は私の言い分も聞かずに、いきなり半月分の減給処分を下し、さらには一ヶ月間会社のトイレ掃除を命じてきた。
そのことを思い出し、私は静かにインスタの画面を閉じた。彼らの妄言を無視して、そのまま会社へと足を踏み入れた。
中に入ると、すぐさま同僚たちからの冷ややかな視線が突き刺さった。
私は見えないふりをして人事部に直行し、業務の引き継ぎを行った。十分も経たないうちに、全ての手続きは完了した。
その時、スマホにも【退職願承認】の通知がポップアップした。
入り口付近で野次馬をしていた同僚たちは、それを見て嫌味たっぷりに私を嘲笑った。
「聞いた?社長、彼女の退職願をすぐに承認したらしいわよ。どうやら社長はずっと前から彼女を追い出したかったみたいね。少しは身の程を知ったのかしら」
「彼女に残されたのはそれくらいよ。さっき白石さんが堂々と交際宣言したインスタ見た?社長が愛しているのは白石さんで、彼女じゃないのよ。
普段から『社長の彼女』だって触れ回ってたのに、白石さんに事実を公表されちゃって、もう会社にいられるわけないじゃない」
「間違いない。じゃなきゃ反論の一つもできずに、こそこそ『いいね』だけ押して逃げるしかないのよ」
私は何も言い返さなかった。こんなことにはとっくに慣れっこだ。自分のデスクに戻り、私物をまとめて帰る準備をした。
私と桜空が不仲であることは社内の誰もが知っている。海翔は私の彼氏でありながら、あらゆる場面で桜空を特別扱いし、よく彼女のために人前で私に恥をかかせていた。
私が必死に弁明しても、結局は彼らの目に「同情を引くための見苦しいパフォーマンス」としか映らなかった。
だからこそ、彼らは桜空の前で点数稼ぎをするために、我先にと私を標的にするのだ。
荷物をまとめ終えると、私は彼らの心無い追い打ちを無視して、そのまま会社を後にした。
会社を出た途端、ポケットの中でスマホの着信音がけたたましく鳴り響いた。
「退職されたというお話を耳にしました。これを機に、ぜひ我が社にお迎えしたいのですが、いかがでしょうか?
雪代さん、これで十回目のお誘いになります。我々の本社は、本当にあなたのような人材を必要としているのです」
第4話
最後まで話を聞いて、ようやく相手の正体に思い至った。
電話の主は、以前プロジェクトでご一緒したことのある大手企業――本社をA市に構える大企業の副社長だった。
そのプロジェクトが終わって以来、彼は何度も私にヘッドハンティングの声をかけてくれていたが、私はすべて丁重に断ってきた。
以前は海翔の事情を重んじていたからだ。彼が一人で会社を支える苦労を思うと、見捨てることなんてできなかった。
社内でも彼への風当たりは強かったため、私が抜ければ彼の立場がさらに危うくなるのは目に見えていた。
だからこそ、私はその誘いを幾度となく断り続けてきた。
だが、海翔は私のそんな献身をこれっぽっちも大切にしなかった。それどころか当たり前だと言わんばかりに、事あるごとに私を貶め、皆の前で「お前は能力がない」と罵倒すらした。
本当に私に能力がないのなら、会社が今日のような規模に成長するはずがない。取引先がこぞってうちと契約したがる理由がどこにあるというのか。
結局のところ、彼は私の存在をただ都合よく軽んじていただけなのだ。
だからもう、私は二度とあの男を信じない。
私が沈黙していると、電話の向こうの副社長がもう一度尋ねてきた。
思考を現実に戻した私は穏やかな声で答えた。
「はい。喜んでお受けいたします」
その後、少しばかり業務の話を交わし、入社日を取り決めてから通話を終えると、私はタクシーを拾って家へと向かった。
ドアを開けるなり、私は二階へ直行して荷造りを始めた。この家を出るためだ。
別れると決めたからには、未練がましくグズグズするつもりはない。
荷造りはあっという間に終わった。
ボロボロになった数着の服と、擦り切れて色褪せたズボンを見下ろし、私はようやく自分がこの数年間、どれほど惨めな生活を送っていたかを思い知らされた。
あの頃、彼にまともな家を与えてあげたくて、私は全財産をはたいてこの家をリフォームした。
そのせいで三ヶ月もの間、毎日ひたすら安いパンをかじって飢えをしのいだ。
内装を彼好みに一新しただけでなく、仕事帰りの彼が少しでも安らげるようにと、わざわざ二ヶ月かけて色彩心理学まで学び、家具を特注しさえした。
仕事から帰宅し、見違えるようになった家を目にした時の、彼の瞳に浮かんだあの輝きを今でも覚えている。
彼はこう約束してくれた。
「俺は一生この家に住む。誰にもこの家はいじらせない」と。
だが、彼の言う「一生」はあまりにも短すぎた。永遠が始まるよりも前に、あっけなく終わりを迎えた。
ある日、家に遊びに来た桜空が、何気ないふりをして「この内装、すごく古臭いね」と言い放った。
たったそれだけで、海翔は即座にデザイナーを手配し、内装をすべて変えようとしたのだ。
私がたまらず異を唱えると、彼は私を蔑むような目で一瞥し、こう吐き捨てた。「お前は頭が固い。海外のハイセンスな美学が分かってない。
桜空は長く海外で暮らしていたんだ、お前なんかよりよっぽど確かな審美眼を持ってるんだよ」
そしてあろうことか、私が一ヶ月かけて彼のために編み上げたハンモックチェアに向かって、無情にもハンマーを振り下ろした。
ズタズタに壊され、床に散らばった残骸を見たあの瞬間。私は彼の本性を見限るべきだったのだ。
だが、あの頃の私はあまりにもお人好しすぎた。「世間知らずな自分が、海外の最先端のトレンドについていけていないだけなんだ」と本気で思い込んでいた。
約一年間、心血を注いできた私の結晶を、あの二人が無惨にぶち壊していくのをただ黙って見過ごしてしまった。
今振り返れば、当時の私は救いようがないほど愚かだった。
身の回りの物をまとめ終え、私はスーツケースを引いて階下へと降りた。
がらんとしたリビングをぐるりと見渡す。九年間も暮らしたこの家だったが、私の心は驚くほど凪いでいた。
ローテーブルの上に合鍵を置き、私は一切の未練なくスーツケースを引いて外へ出ると、静かにドアを閉めた。
家を出ると、私はすぐさまタクシーを拾い、海翔のために用意していた新居へと向かった。
この新居は私が厳選し、不動産業者と長い時間をかけて交渉の末にようやく勝ち取ったものだ。
海翔が気に入ってくれるようにと、多忙な合間を縫って私自身が内装のセッティングまでこなした。
少し前にようやく不動産の権利証が下りたばかりで、私と彼が結婚する証として、この家の名義を海翔に変えてあげようとすら考えていた。
だが、そのサプライズを口にするよりも先に、桜空から彼女と海翔の婚約式の動画が送られてきた。
目を疑うほど豪華な会場、埋め尽くされた招待客。あろうことか、双方の両親までが出席するほどの盛大極まりない婚約式。
高級なオーダーメイドのスーツに身を包んだ海翔が、満面の笑みで桜空の薬指に指輪を嵌める姿が、そこにははっきりと映っていた。
第5話
これが海翔の言っていた「出張」の正体だった。
私は乾いた笑いを漏らした。あのサプライズを口に出さなくて本当に良かった。危うく、私はすべてを失うところだったのだ。
タクシーを降りると、私は真っ直ぐその部屋の階へ向かい、鍵を取り出してドアを開けようとした。
だが、いくら鍵を回してもピクリとも動かない。無理に力を込めた瞬間、カチリと嫌な音がして、鍵が半分に折れてしまった。
鍵穴に詰まった折れた鍵を見つめ、私はすぐに鍵屋に電話をかけた。
鍵屋の作業員はドアを開けると、ふと部屋の中を覗き込み、露骨に眉をひそめた。
私をじっと見つめ、何か言いたげに口ごもったが、やがて怪訝そうな顔でこう尋ねてきた。
「お客さん、ここ本当にあなたの家ですか?」
私が頷くと、彼はため息混じりに言い残した。「若いんだから、普段からもう少し衛生面には気をつけたほうがいいですよ」
そして、意味深な視線をもう一度私に投げかけて去っていった。
私は何のことか分からず首を傾げたが、足を踏み入れた途端、その「意味深な視線」の理由を嫌というほど思い知らされた。部屋中が生活ゴミと脱ぎ散らかされた服で溢れかえっていた。
私がこだわってオーダーメイドしたダイニングテーブルには、食べ終わった弁当の容器が散乱している。近づいて見ると、中にはびっしりとカビが生え、数匹のコバエが飛び回っていた。強烈な悪臭が、容赦なく鼻腔を突き刺してくる。
そして極めつけは、壁に堂々と飾られたツーショット写真。そこに写っているのは、紛れもなく海翔と桜空の幸せそうな笑顔だった。
私は拳を強く握りしめ、海翔に電話をかけようとした。しかし、向こうから先手を取るように着信が入った。
「汐音、お前、新居に行ったのか?」
私は何も答えず、腹の底から湧き上がる怒りを押し殺して、氷のような声で「ええ」とだけ返した。
海翔は一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに悪びれもせずにこう言い放った。
「行ったんなら、もう隠す必要もないな。
あの新居は、少し前から桜空に貸してるんだ。お前も知ってるだろ?彼女は帰国したばかりで右も左も分からないし、住む場所にも困ってたからさ。
それに、どうせ空き家にしておくと家が傷むからな。彼女に住んでもらって風を通しておいてもらったほうが、後々俺たちが住むときにも都合がいいだろ。
あ、そうだ。ちょうどいい、お前が行ったんならついでに掃除しといてやってくれよ。彼女はまだ若くて子供っぽいところがあるから、部屋を散らかしてても大目に見てやってくれ」
私は足の踏み場もない惨状と、壁に掛けられていたズタズタに切り裂かれた刺繍画に目を向けたまま、無言を貫いた。
それは私の母が、一年がかりで夜なべして丹念に縫い上げてくれたものだ。それが、あんなにあっさりと無惨に壊されていた。
私はギリッと歯を食いしばり、冷え切った声で問い詰めた。「私の許可もなしに、勝手に新居を貸したの?」
海翔はそれを聞くと一瞬たじろぎ、そしてすぐに逆ギレしてきた。
「またそうやって騒ぎ立てるのか!
たかが新居くらいでなんだ!会社から近いから住まわせただけだ。通勤時間が減れば、その分彼女が仕事に集中して利益を出せる。
それに、俺の後輩なんだぞ。ちょっと家を貸したくらいで、そこまでキレる必要あるか?
そもそも、俺が桜空を自宅に住まわせるって言った時、お前が意地でも反対したから、俺もこんな方法を取るしかなかったんだろうが!」
握りしめた拳からギリギリと音が鳴った。
以前、海翔が桜空を自宅に住まわせると言い出した時、私は猛反対した。
大喧嘩になり、その後彼は桜空を連れて怒って出て行った。
てっきりアパートを借りてやるか、ホテルにでも泊まらせるのだろうと思っていたが、まさか新居をそのままあてがうとは夢にも思わなかった。
新居の購入資金の半分は、両親が私のためにと用意してくれた大切な貯金だったのだ。
それを海翔はあろうことか勝手に他人に貸し与え、その上鍵まで交換させていた。
本当、反吐が出るほど「お優しい」男だ。
私が黙っていると、彼は諭すように低い声で言った。
「いい加減にしろ。俺がこうするのも、全部俺たちの将来のためだ。桜空は海外帰りのエリートで、めったにいない逸材なんだぞ。彼女が会社に残ってくれれば、うちの会社の未来は明るいんだからな」
第6話
「これから結婚すれば何かと金がかかるんだぞ。ましてやお前、子供が欲しいって言ってただろ?お前が将来の計画を立てないなら、俺が俺たちの子供のために考えてやるしかないじゃないか」
「全部将来のためだ」と、彼は言い切った。
だが、私はもう彼の詭弁を聞く気にはなれなかった。
いくらもっともらしい御託を並べようと、結局はすべて桜空のためなのだ。
おそらく、彼が自ら桜空を会社へと迎え入れたあの時から、彼女は彼にとって特別な存在だったのだろう。
あるいは――彼の心は、最初から傾いていたのだ。ただ、その向けられる先が、一度として私ではなかった。
そう思い至り、私は冷徹な声で告げた。
「海翔、私たち、別れよう」
その言葉を口にした瞬間、まるで憑き物が落ちたかのように、心がすっと軽くなった。
電話の向こうが、一瞬にして静まり返った。
しばらくの沈黙の後、怒りを押し殺したような海翔の声が再び響いた。
「汐音、またそうやって意地を張るのか!今ちゃんと説明したばかりだろ!
たかが新居のことで別れるだと?俺たち付き合って九年だぞ。お前の青春にずっと寄り添ってやったのに、挙句の果てに別れるって言うのか!
お前には血も涙もないのかよ!
待ってろ、今すぐ戻る。俺の目の前でちゃんともう一度言ってみろ!」
そう言い捨てると、海翔は一方的に電話を叩き切った。
傍らでそのやり取りを聞いていた桜空は、海翔が顔を真っ赤にして怒っているのを見て、すぐに目を潤ませて自分を責めるように言った。
「こんなことで二人が喧嘩になるって分かってたら、道端で寝ることになっても絶対住まなかったのに……
帰ったら私が土下座して謝るよ。先輩と別れないでってお願いする。全部、私が悪いんだから……」
その言葉を聞いた海翔は、胸を締め付けられるような面持ちで彼女の涙を拭い、優しく慰めた。
「お前のせいじゃない。謝る必要なんてないよ。汐音が本気で別れるわけない。どうせただの当てつけさ。
後で適当に甘い言葉でもかけて機嫌を取れば、すぐに大人しくなる。
お前、あの家がすごく気に入ったって言ってただろ?彼女に名義変更させて、お前のものにしてやるよ」
それを聞いた桜空の瞳が、一瞬パッと輝いた。
しかし、すぐにわざとらしくためらってみせる。「でも、いいの?だって、先輩たちの新居なんでしょ?」
海翔は首を横に振った。
「気にするな。家なんて別にこれ一つじゃないんだから。
行くぞ。今から戻って、彼女に手続きをさせよう」
……
ぷつりと切れて明かりが灯ったままのスマホ画面を見つめる。喉元まで出かかっていた「本気よ」という言葉は、行き場を失い、飲み込むしかなかった。
思わず自嘲気味に笑みがこぼれる。
この何年間、彼はいつもこうだった。私の気持ちなど一切お構いなしで、自分の思い通りにしか動かない。
そんな扱いにも、私はとうの昔に慣れきっていた。
私は壁から無残に切り裂かれた刺繍画を外し、そっとスーツケースに収めると、清掃業者に連絡して徹底的なクリーニングを依頼した。
桜空の私物を容赦なくすべてゴミ袋にぶち込んだ後、不動産業者に連絡を取り、この物件を売りに出す手続きをした。
別れた以上、新居などもう必要ない。
ただ、心血を注いで作り上げたこの家を手放すのは、さすがに少しもったいない気もした。
幸い立地条件が抜群だったこともあり、このエリアのマンションは引く手あまただった。
すぐに買い手が内見に訪れた。
相手は一通り見るとその場で即決し、すぐさま売買の手続きが進められた。
すべての後始末を終えた合間に、私は航空券を手配した。
鍵屋が新しく付け替えたばかりの鍵を買い手に引き渡し、私はスーツケースを引いて空港へと向かい、A市へのフライトに搭乗した。