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ストロベリーフレーバーを好きの彼氏を捨てた
気持ちが最も高まったその瞬間、ふと、何かが違うと感じた。 私・根元詩織(ねもと しおり)は身を起こし、明かりをつけた。ゴミ箱の中に、こ...
Chương (1)
第1章
気持ちが最も高まったその瞬間、ふと、何かが違うと感じた。
私・根元詩織(ねもと しおり)は身を起こし、明かりをつけた。ゴミ箱の中に、この家では一度も買ったことのないストロベリーフレーバーのパッケージが見えた。
私は彼氏に、どこから来たのかと問いただした。
彼は一瞬固まり、それから私を抱きしめた。
「先週、飲みすぎてさ。あのクソどもが無理やり押しつけてきたんだよ。
あいつらのこと、お前も知ってるだろ。普段からろくなことしない連中だ。嫌なら捨てればいい」
彼のキスが、また強引に降ってきた。
たしかに商売の場では、下品な冗談が飛び交うことも多い。
ここでさらに問い詰めれば、むしろ空気の読めない女として雰囲気を壊すだけだ。
終わったあと、彼はシャワーを浴びに行った。
私は寝つき用の音楽を流そうと、Bluetoothイヤホンを手に取った。
そのとき、不意に若い女の子の甘えた声が聞こえてきた。
「だから言ったじゃないですか、彼女、いちごアレルギーだからってそんな騒ぐことはないって。ほら、同じように気持ちよさそうに声出してるじゃないですか?
わざわざ二人のために時間を計ってあげたんですよ。2時間23分だって。白野社長って、ほんと体力ありますね……」
私ははっと我に返った。
シャワーから出てきたばかりの彼を一瞥し、こう返した。
「私たちのために散財して盛り上げ役までしてくれるなんて、申し訳ないわね。いっそ直接来て、味わってもらえば?」
第1話
気持ちが最も高まったその瞬間、ふと、何かが違うと感じた。
私・根元詩織(ねもと しおり)は身を起こし、明かりをつけた。ゴミ箱の中に、この家では一度も買ったことのないストロベリーフレーバーのパッケージが見えた。
私は彼氏に、どこから来たのかと問いただした。
彼は一瞬固まり、それから私を抱きしめた。
「先週、飲みすぎてさ。あのクソどもが無理やり押しつけてきたんだよ。
あいつらのこと、お前も知ってるだろ。普段からろくなことしない連中だ。嫌なら捨てればいい」
彼のキスが、また強引に降ってきた。
たしかに商売の場では、下品な冗談が飛び交うことも多い。
ここでさらに問い詰めれば、むしろ空気の読めない女として雰囲気を壊すだけだ。
終わったあと、彼はシャワーを浴びに行った。
私は寝つき用の音楽を流そうと、Bluetoothイヤホンを手に取った。
そのとき、不意に若い女の子の甘えた声が聞こえてきた。
「だから言ったじゃないですか、彼女、いちごアレルギーだからってそんな騒ぐことはないって。ほら、同じように気持ちよさそうに声出してるじゃないですか?
わざわざ二人のために時間を計ってあげたんですよ。2時間23分だって。白野社長って、ほんと体力ありますね……」
私ははっと我に返った。
シャワーから出てきたばかりの彼を一瞥し、こう返した。
「私たちのために散財して盛り上げ役までしてくれるなんて、申し訳ないわね。いっそ直接来て、味わってもらえば?」
電話がプツンと切れた。
私がじっと見つめているのを見ると、白野和也(しらの かずや)はバスタオルをはだけた。
「まだ欲しいのか?」
「あなたのあの若い彼女、嫉妬しないの?」
私はイヤホンを指さして、彼に笑ってみせた。
「自動でそっちにつながってたよ」
彼ははっと何かに気づき、素早くスマホに目をやった。
そしてその場で固まり、喉仏が上下した。
私は彼が心の中で抱いた疑問に答えた。
「聞こえてたよ。ストロベリーフレーバーをわざと入れたのは彼女でしょ。
それに、あなたのこと褒めてたよ、持ち時間が長いって」
和也の顔つきがみるみる険しくなった。
「女の子にゴムを買わせるなんて、最低。次からは自分でお金出しなよ」
出て行こうとした瞬間、手首を彼につかまれた。
「会社のアシスタントの子だよ。いつも冗談ばっかり言うんだ。
でも安心して。お前が思ってるような関係じゃない。ただ社内の飲み会で王様ゲームに負けただけで、俺もズルするわけにはいかなくて……」
私の心は、さらに冷えきった。
彼はまともな言い訳を考える気すらないのだ。
「好きにすれば。引き出しに残ってるゴム、無駄にしないでね」
「詩織!」
和也の手に力がこもった。
「そこまでする?俺のスマホは好きに見ていい。それに、何でもお前に報告してるだろ。それでも俺をそこまで信用できないのか?」
私は彼の目尻に刻まれたしわを見つめた。
ふと、もう七年も経ったのだと思い出した。
彼のために、私は故郷の安定した仕事を辞めた。
この地価の高い都に残り、素うどん一杯すら分け合う生活だって、喜んで受け入れた。
彼が私に家庭を築いてやると言ったときの、あのまぶしい笑顔を、私は永遠に忘れられない。
地下室に五年も住んで、私はようやく彼と一緒に苦労を乗り越えた。
友人たちはみんな、男は金を持つと悪くなるから気をつけろと言った。
私は、彼だけは例外だと信じていた。
でも今、この汚された寝室を見ていると、結局はみんな同じなのだと、そう信じてしまった。
私はため息をつき、彼の見え透いた欲望を暴かなかった。
「疲れた。もう寝る」
私はクローゼットへ布団を取りに行った。
開けた瞬間、違和感を感じた。
シーツも毛布も、全部目に痛いほどの緑色だった。
私は昔から白しか好まない。
和也は軽い赤緑色覚異常で、身の回りにこの二色を取り入れたことは一度もない。
「春になったし、緑のほうが華やかでいいかと思って」
彼の説明は相変わらずそっけなかった。
彼を相手にせず、私は立ち上がってリビングへ向かった。
ミニマルな内装の中に、場違いな飾り物がいくつも増えていた。ソファにはぬいぐるみが置かれ、壁にはピンクの星が貼られていた。
カーペットまで、今いちばん流行っているキャラクターものに替わっている。
なるほど。出張から戻った私の目を、和也がふさいだわけだ。
でも彼は、こういうごちゃごちゃした飾りが大嫌いだったはずなのに。
スマホが突然震える。
見知らぬ番号からメッセージが届いた。
【根元さん、私は白野社長のアシスタントの真琴です。
さっきの電話、あれはただの罰ゲームなんで、気にしないでくださいね!もし怒らせちゃったなら、ごめんなさい!
実はですね、社長とこの三日がかりで部屋を改造したんですよ。社長が『帰ってきた時に部屋が寒々しいと、息が詰まっちゃう』って言うから。随分明るくなったと思いません?
だからこれ、私からのお詫びだと思ってもらえませんか?根元さんなら絶対気に入ってくれるはずです!】
和也は緊張した面持ちで、私の返事を待っていた。
「真琴も善意で俺を手伝ってくれただけだ。あの子も謝ったんだし、お前もそんなに目くじらを立てるなよ」
爪が掌に食い込み、ちくりと痛んだ。
私が自ら飾りつけた新婚の家は、めちゃくちゃにされた。
誠意のかけらもない一言の謝罪。画面いっぱいに「ありがたく思え」とでも言いたげな挑発がにじんでいた。
それなのに、私に寛大でいろと?
私はすべてを捨てた。
和也は複雑な眼差しで私を見つめている。
そして最後には、意地を張るようにドアを乱暴に叩きつけて出て行った。
第2話
私はすべての荷物をまとめ終えていた。
二人がどこまで進んでいるのかは、私にはわからない。
けれどこの家は、もう吐き気がするほど嫌いだ。
朝の五時、和也が肉まんと豆乳を提げて入ってきた。
「外はこんな大雨だぞ。どこへ行くつもりだ?」
彼はごく自然に、私のスーツケースを受け取った。
肉まんは皿に二つ盛られ、テーブルに並べられた。昔なら贅沢な朝ごはんだった。祝日でもなければ、一個しか買わずに、互いに譲り合っていた。
中の汁を飛ばして慌てる彼の不器用な姿は、まるで昔のままだった。
けれど、何かが変わってしまっていた。
たとえば私はもう、ティッシュを抜き取って「食いしん坊ね」と笑ったりしない。
私は椅子の背に腕を預け、彼に尋ねた。
「いつからそういう関係になったの?」
口に運びかけた豆乳を、彼はむせて吐き出した。
「言っただろ、王様ゲームだったって!俺と真琴の間には何もない。お前はいったいどこまで騒げば気が済むんだ?」
彼が視線を上げた時、目元に後ろめたさを押し殺すような色が浮かんでいた。
「一か月前、あなたの下着に漫画柄のものが何枚か増えているのに気づいたわ。そのすぐ後、出前の届け先を間違えたでしょう。届いたのは、私が絶対に飲まない鎮痛薬だった。
それに、あなたが車内に置いた飾り。三十二歳の男が、本当にああいう趣味だって言える?」
空気が、しんと静まり返った。
箸がぱたりと卓上に置かれた。
和也が立ち上がった。数秒のあいだ、私をじっと見据えた。
「そんな些細なことで?」
その声には、失望が滲んでいた。
「最近、会社に若い人がたくさん入ってきたんだ。自分が年を取った気がして、彼らに溶け込みたかった。それの何が悪い?」
理由がこじつけだ。
「お前、あの親友との付き合いを減らせ。自分の結婚が不幸だからって、世の中の男がみんな自分の旦那と同じだと思い込んでるからな!」
私は一気に頭に血がのぼった。
矛先をそらすために、他人の痛みまで踏みにじるなんて。それでも人の言うこと?
「和也!少しは恥を知りなさい!」
「彼女が焚きつけなかったら、お前はそんなに疑心暗鬼になったか?」
和也はまるで私に張り合うように言った。
「俺がここまで必死にやってるのは、一体誰のためだと思ってるんだ?お前に家族を持たせてやるためだろ?
俺の周りに今、どれだけの女が寄ってきてるか、わかってるのか?でもな、俺はお前のために全部断ってるんだぞ!
これ以上、俺に何をしろっていうんだ?俺を追い詰めて、あいつらとホテルに行かせるつもりか?」
一年前にあんなに激しく喧嘩した時、彼は顔を真っ赤にして、半日たっても一言も言い返すことはできなかった。
深山真琴(みやま まこと)が入社して二か月が過ぎた頃から、彼は私に対し、逆に言い聞かせるようになっていた。
「その言い方、深山に教わったの?」
和也の反応が、自らの本性を裏切っていた。
「お前、いつまでそんなこと言ってるつもりだ?何でもかんでも真琴のせいにするの、いい加減やめられないのか?
あの子は若くて綺麗で、仕事もできるんだ。会社のみんな、あいつを可愛がってる!お前なんかよりずっと、心が広いんだよ!」
彼は気づいていなかった。自分の口元が、無意識にほころんでいることに。
昔、友達に私を紹介したときも、彼はそんな顔をしていた。
私は唇を結び、彼の言う通りだと思った。
結局、得をしている側は、いつまでも沈黙を守るべきものだ。
玄関の扉が、突然開いた。
ずぶ濡れの真琴が、玄関先に立って震えていた。
「社長、コートをお忘れでした」
つまり、この家の暗証番号を知っている第三者がいたということだ。
夜の後半も、和也は相変わらず波乱含みの時間を送ったらしい。
私は思わず笑った。
和也が私を一瞥し、何か言いかけたが、彼の身体はもう先に駆け出していた。
タオルを彼女の頭にかけた。
「大雨なのにどうしてわざわざ来たんだ?暇なときに俺が取りに行けばよかったのに」
「ただ、怖くて……」
真琴はおずおずと私を一瞥した。
「根元さんに誤解されるのが怖くて、早く謝りに来たかったんです」
和也は私に目配せした。
彼女に恥をかかせるな、という意味だ。
私は動かなかった。
真琴は指をもじもじと絡める。
「根元さん、私たちは本当にただの上司と部下の関係です……」
私は、彼女がわざと見せているキスマークを見つめた。
本気で私を馬鹿だと思っているらしい。
「やめて。あなたたち二人のベッドの上の話になんて、興味ないわ。
ちょうど朝食があったから、せめてものおもてなしってことで、食べていきなさい」
背後から、泣き声と慰める声が聞こえてきた。
私はすんなりと外へ出た。
だが空は荒天で、早朝すぎることも重なり、配車アプリすらままならなかった。一時間後、和也は私の服を纏った真琴を支え、階下へと降りてきた。
三人の視線が交差した瞬間、和也はふいに笑った。
「どれほどの意地の見せ所かと期待したのに、結局、外で雨に濡れてブルブル震えていただけじゃない」
真琴が飛びつくようにして、私の腕をつかんだ。
「根元さん、全部私のせいです。私が邪魔をしたんです。責めるなら私を責めてください……」
私は手を引き抜こうとした。
すると彼女は、その勢いに乗じて床に倒れ込んだ。
「詩織!」
和也は怒鳴り、慌てて彼女を助け起こそうとした。
真琴は苦しげに首を振った。「立てません……先に根元さんを慰めてあげてください。私は大丈夫ですから……」
「待ってろ。すぐに病院へ連れていく」
和也は迷いもなく彼女を抱き上げ、ガレージへ向かった。
三時間後、彼から電話がかかってきた。
真琴の転倒が芝居だったと分かって、私に謝るつもりなのだと思った。それとも、私がタクシーを拾えたか心配してくれているのかもしれない。
けれど電話に出た途端、浴びせられたのは容赦ない罵声だった。
「詩織!いくらなんでもやりすぎだろ!真琴はお前を思って動いてくれたのに、なぜわざと突き飛ばした!
あの子がどれだけ惨めに泣いてたか、わかってるのかよ?何様のつもりで、彼女を嵌めようとしてか?今すぐ謝りにこい!
じゃないと、お前のショボい収入で、よくもまあ家出なんてできるもんか?ここ最近裕福な暮らしが続いたからありがたみを……」
私は電話を切った。
言うならば、初心を忘れたのは彼のほうだ。
あの頃は、心も目も私だけに向け、この先一生、私ひとりだけを愛すなど誓ったくせに。
所詮、その程度の男か。
第3話
一週間にわたる膠着状態の末、ついに和也の両親が訪ねてきた。
彼から位置情報が送られてきた。
「まさか俺の親の顔まで潰す気じゃないよな?」
彼は少し間を置き、声を低くした。
「みんな、俺たちが結婚するって知ってる。頼むから、もう騒ぐのはやめてくれないか?」
私は、両親がこの「出来のいい婿」を自慢していたことを思い出した。
友人たちの結婚生活にあった、どうしようもないゴタゴタまで。
どうやら、選べる選択肢なんてないらしい。
私はわざわざ身支度を整えた。
理由もなく、ただ気が付けば、若々しいメイクまで施していた。
店に着くと、かなり遠くからでも個室の笑い声が聞こえた。
ドアを開けると、真琴が和也とその両親の間に座り、ぺらぺらとしゃべっている。
私は入口で固まった。
真琴は慌てて立ち上がった。
「根元さん、今日は白野社長の取引先訪問に同行して、そのついでに、ご馳走になっただけです。気にしませんよね?」
和也の母が笑った。
「詩織は昔から心が広いのよ。あなたが和也の有能な片腕だって知っているもの、歓迎こそすれ嫌がるはずがないわ!」
ここで私が怒れば、かえって私の心が狭く見える。
和也が椅子を引いた。
「早く座って。皆お前を待ってるんだ」
店員がデザートの皿を運んできた。
真琴は慣れた手つきで和也に取り分けた。
甘いものが昔から苦手なはずの彼は、ごく自然にそれを食べた。
私の視線に気づくと、真琴は慌てて言った。
「根元さん、また誤解しないでくださいね。社長は仕事が忙しくて、いつも時間どおりに食事ができないんです。だから会食のたびに、私がデザートを頼んでエネルギー補給してるだけです」
和也の母は満足げにうなずいた。
「さすがうちの息子のアシスタントね。本当に何から何まで優秀だわ!」
言い終えると、わざと私をちらりと見た。
「もうすぐうちの息子の嫁になるというのに、家庭を支えるってことが、いまだにわかっていない誰かさんと違うね。
イラストレーターなんて、一体どんな将来性があるっていうの?毎日スケッチブックを抱えてあちこち奔走して、うちの息子の食事すらまともに作れないじゃない。
私に言わせれば、真琴をお手本にすべきよ。うちの息子の身の回りをきちんと整えること、それが何よりも大事なのよ」
だけど、和也が起業したあの五年間のことには一切触れない。
私が一枚一枚原稿を描いて稼いだ生活費で支えていたことを。
私は和也をちらりと見た。
彼は黙ったままだ。
それが黙認なのか、それとも私に釘を刺したいだけなのか分からない。
あるいは、その両方なのかもしれない。
真琴は得意げに背筋を伸ばし、その場を取りなすように言った。
「大丈夫ですよ、おばさま。ご安心ください。私が根元さんの代わりに、白野社長のことをちゃんとお世話しますから」
彼女は最後の一言を、ことさら強く噛みしめるように言った。
和也は何気ない雑談でもするように、顔を横に向けた。
「いいよ。じゃあこれからは、ちゃんと俺の面倒を見てくれよ」
真琴は頬を赤らめ、私を見た。
「根元さん、まさかまたやきもちですか?」
和也の母は私をにらんだ。
「そんなに心が狭いわけないでしょう?自分で世話をしないなら、誰かに世話してもらうしかないじゃない!」
微妙な空気の中で、むしろ私こそが、一番余計な存在になっている。
私は胸のもやもやを押し殺し、うなずいた。
「もちろんです」
真琴はまるで朗報でも受け取ったかのように瞳を輝かせ、シャンパングラスを掲げて私へと駆け寄った。
「じゃあ、これから白野社長は私――」
「手が滑った」――お決まりの言い訳を吐いて、冷たい液体が顔面に浴びせられた。
彼女はティッシュで大げさに拭いながら、ふと顔を覗き込んだ。
「根元さん、すっぴんすごく綺麗ですね。一緒に写真、撮ってもいいですか?」
私が反応するより先に、彼女はもうスマホを掲げていた。
刻まれた細かいシワ、目の下のクマ、そして半ば崩れたメイク。
彼女のコラーゲンたっぷりの瑞々しい顔に比べられて、私はより一層みすぼらしく見えた。
私は反射的に彼女のスマホを叩き落とした。
和也は彼女を抱き寄せ、眉をひそめて私を見た。
胸元が濡れて透けているのに気づくと、彼は上着を脱いだ。
「お前が入ってきた時から言いたかったんだ。いい年して、そんな派手でみっともない格好して、外に出て恥ずかしくないのか?」
真琴が突然くしゃみをして、寒いと言った。
本来なら私の肩にかけられるはずだった上着は、向きを変えて真琴の肩にかけられた。
和也は私を一瞥して言い訳した。
「変なことを考えるなよ。真琴は明日も俺の出張についてくるんだ。風邪なんて引かせるわけにはいかないからな」
私は彼を見つめた。
「和也、今日の食事、ご両親の前で二人がいちゃつく姿を、私に見せつけるためだったの?」
和也の顔がたちまち険しくなった。
「詩織、せっかくの場でまた何を拗ねてるんだ?
俺の両親までわざわざ来てるんだぞ。まだ何が不満なんだよ?なんで毎回真琴に突っかかるんだ?」
私は何も言わなかった。
真琴は今にも泣き出しそうに慌てた。
「全部私のせいです。こんなことになるなら、ご一緒しなければよかったのです。私、帰ります……」
私は彼女を引き止めた。
「あなたが帰る必要はない。私が帰る」
店員が料理を運んできた。どれも若い女性が好きそうなものばかりだった。
私は、不満げにこちらを見る和也の両親に目をやった。「もう結婚しないわ」
立ち去るとき、背後から様々な声が聞こえてきた。
「白野社長、ごめんなさい。私が台無しにしてしまって……」
「お前のせいじゃない。彼女の性格が捻くれてるだけだ……」
「出て行ったならそれでいい。前から言ってたでしょう、あの子はあなたに釣り合っていない。白野家に、あんな嫁はいらないわ……」
和也はもう追いかけてこなかった。
彼が一番貧しかった頃、彼の両親は私から離れないでくれとすがるように頼んできた。
今となっては、和也も「姑との問題で苦しませない」という約束をすっかり忘れてしまったようだ。
気持ちを落ち着かせるまでに、ずいぶん長い時間がかかった。
そのとき、スマホに通知が入った。友達が「いいね」をした投稿だ。
開いた瞬間、全身がまるで氷の海の底へ突き落とされたように凍りついた。
第4話
真琴はそのツーショット写真をSNSに投稿した。
添えられた文はこのようだ。
【今日は上司のご両親と一緒にご飯。褒められちゃった、へへ】
下のコメントは、ほとんどが私の容姿を攻撃するものと、真琴と和也のほうがお似合いだと褒めるものばかりだった。
さらにホーム画面を見ると、和也への思わせぶりな日常投稿で埋め尽くされていた。
一緒に食事、一緒に残業、一緒に乾杯……
ネット民はこぞって「ラブラブだ」と騒いでいた。
そして、その一つひとつに、相互フォロー中の和也が欠かさず「いいね」をしていた。
無力感がじわじわと込み上げてくる。
私はその投稿を一斉送信した――【白野和也の新恋人】
コメント欄はすぐに荒れた。
ほどなくして和也から電話がかかってきた。声は怒りで荒れていた。
「詩織!お前、いったい何がしたいんだ?みんなを扇動して、真琴を愛人扱いさせて楽しいのか?あの子、今めちゃくちゃ叩かれてるんだぞ!泣いて、人前にも出られないって……」
私は電話を切って、ブロックした。
真琴のアカウントは炎上しすぎて、バンされた。
そもそも自業自得だ。
騒ぎは少しずつ収まっていった。
七年の付き合いは、こんなみっともない形で終わったのだと思っていた。
三日後、私のオリジナルのラフ画に盗作疑惑が持ち上がるまでは。
世論は手に負えない方向へ膨れ上がっていった。
取引先が、次々と返金と賠償を要求してきた。
ファンは「業界から消えろ」と、私を追い立てた。
権利を守るためだけに動いたのに、私はあっという間に貯金を使い果たしていた。
そして挙げ句の果てに、住所まで晒されたのだ。
真夜中に誰かがドアを叩き続け、去った後のドアには正体不明の液体がべっとり残されていた。
通報して調書を取り終え、帰る途中、突然バケツいっぱいの絵の具をぶちまけられた。
私は足を滑らせて地面に倒れ、周りに集まった人たちが写真を撮りながら嘲笑う。
「ゴミは死ねばいいんだよ!」
もがく中、視界の端に和也の姿が映った。
彼は私の前まで歩いてきた。周りの全員が、彼に頭を下げた。
その瞬間、恐ろしい考えが脳裏をよぎった。
「あなたが仕組んだの?」
信じられない思いで彼を見つめた。
昔、彼は私のために、クライアントを病院送りにした。
誰にも私をいじめさせない、と言ってくれた。
でも今、その彼は冷たい顔で、私を見下ろしている。
「デマを流される気分は最悪だろ?だったら、真琴の気持ちも考えてみろよ?
彼女の人生はお前に壊された。謝罪の一言もないんだから、これでもまだ甘いほうだ!」
私は口を開きかけた。
血の味が強烈にこみ上げてきた。
「誓えるの?あんたたち二人は潔白だって」
私は彼を睨みつけた。
彼は反射的に視線をそらした。
そしてまた、歯を食いしばるような顔で私を説教した。
「真琴はただSNSに投稿するのが好きなだけだよ。何がいけないっていうんだ。
俺は社長だぞ。好意を寄せられたくらいで、簡単にクビにしたりしない。
なんでお前はいつまでもそんなつまらないことにしがみついてるんだよ。どこの社長の奥さんが、お前みたいに疑り深いんだよ」
つまり彼は、全て承知の上だったということだ。
ところが、彼にとって不利益のない持ち上げ方が、かえって彼の箔付けになっていた。
私は口元を引きつらせる。目の前の人間が、急にひどく赤の他人に思えた。
真琴からまた電話がかかってきた。
彼は優しい声で電話を切ると、私に最終通告を突きつけた。
「真琴はお前のせいでうつ病になったんだ。早いうちにちゃんと考えて、謝りに行け。
これまでの情に免じて、俺は水に流して、このまま結婚してやってもいい。
だが、これ以上挑発するなら、愛人はお前のほうだって公表するからな」
彼は振り返りもせずに去っていった。
周囲からの罵声が次々と飛んできた。
誰かがライブ配信を始め、カメラを私の顔に突きつけた。
スマホにはまた借金の督促状が届いていた。
私は魂が抜けたように賃貸の部屋へ戻った。
ドアは開け放たれ、中の物はめちゃくちゃに壊されていた。
何日も徹夜して描いた原稿も、すべて消えていた。
何人もの隣人が顔を出し、私を怒鳴りつけた。
「ここから出ていけ!毎日ろくでもない連中に付きまとわれてるなんて、あんた自身もまともな人間じゃないに決まってる。うちの子にも影響が出るから、さっさと消えな!」
弁明する機会も与えられないまま、私は階段から突き落とされた。
またスマホが鳴った。母からだった。
「詩織、仕事でいったい誰の恨みを買ったの?どうして家にこんなにたくさん取り立てが来てるの?
数千万円も借金があるって言って、家まで差し押さえるって……お父さん、殴られて血だらけになって……」
激しい怒りと悔しさが一気に押し寄せた。
和也!まさか私の両親にまで手を出すなんて!
でも今の私はあまりにも弱い立場で、正面からぶつかっても勝てるはずがない。
私は歯を食いしばって、彼のオフィスへ駆け込んだ。
真琴は彼のそばに寄り添い、楽しそうに笑っている。
社員たちはみんな、面白がって見物している。
「謝ります」
彼はようやくまぶたを上げた。
「ようやく察しがよくなったか」と言わんばかりの、得意げな目つきだった。
彼はスマホを突き付けるように差し出した。
「なら、今すぐネットで声明を出せ。お前が嫉妬して、わざとデマを流したことにしろ」
私は受け取った。
彼の期待に満ちた視線のもと、ライブ配信の画面に向かって、一言一句はっきりと言い放った。
「元カレが部下と浮気して、愛人と共謀して私の家族を陥れたんだ!」
和也の表情が凍りつく。
立ち上がって遮ろうとしたその瞬間、私は全速力で窓辺へ走った。
「死をもって身の潔白を証明するわ」
「詩織!」
耳元で風が唸った。
和也の腕が窓の外に伸び、落下する私をただ見送るしかなかった。