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8年の恋より秘書を選ぶ?同窓会で結婚を大発表
同窓会の最中、学級委員長が当時それぞれ書いたタイムカプセルの手紙を取り出し、皆の前で読み上げ始めた。 斉藤瑞樹(さいとう みずき)の番...
Chương (1)
第1章
同窓会の最中、学級委員長が当時それぞれ書いたタイムカプセルの手紙を取り出し、皆の前で読み上げ始めた。
斉藤瑞樹(さいとう みずき)の番になると、彼の手紙にはこう書かれていた。
【早く菊地瑠夏(きくち るか)を妻に迎えられますように】
周囲の同級生たちは一斉に囃し立てた。
「今頃とっくに結婚してるんだろ?どうして俺たちを結婚式に呼んでくれなかったんだよ」
瑞樹が答えるより先に、彼の隣に座っていた女性が笑顔で口を挟んだ。
「彼は今、うちの社長なのよ。起業で忙しいから、結婚する暇なんてないわ。
これ以上変に結婚を急かして、社長の邪魔をしたら、ただじゃおかないからね」
野村澪(のむら みお)。学生時代、瑞樹がひどく嫌悪していた、彼に異様なほど執着していた女性であり、現在は彼の秘書を務める女だ。
瑞樹はそれを否定することなく、ただ私の肩を抱き寄せ、相変わらず優しく微笑んでいた。
私はその腕をすり抜け、皆に向かって静かに微笑みかけた。
「来月の初めに結婚式を挙げるの。みんな、ぜひお祝いに来てね」
澪の顔色は瞬時に青ざめ、目を赤くして瑞樹を見つめた。
瑞樹は眉をひそめ、うつむいてスマホを取り出した。
次の瞬間、私のスマホが振動した。
【体裁を気にして同級生に嘘をつく必要はないだろう。今は起業の重要な時期なんだ。結婚はもう少し待ってくれ】
私は画面を消し、返信はしなかった。
私は嘘などついていない。
来月の初めに、私は間違いなく結婚する。
ただ、花婿は彼ではないだけだ。
第1話
同窓会の最中、学級委員長が当時それぞれ書いたタイムカプセルの手紙を取り出し、皆の前で読み上げ始めた。
斉藤瑞樹(さいとう みずき)の番になると、彼の手紙にはこう書かれていた。
【早く菊地瑠夏(きくち るか)を妻に迎えられますように】
周囲の同級生たちは一斉に囃し立てた。
「今頃とっくに結婚してるんだろ?どうして俺たちを結婚式に呼んでくれなかったんだよ」
瑞樹が答えるより先に、彼の隣に座っていた女性が笑顔で口を挟んだ。
「彼は今、うちの社長なのよ。起業で忙しいから、結婚する暇なんてないわ。
これ以上変に結婚を急かして、社長の邪魔をしたら、ただじゃおかないからね」
野村澪(のむら みお)。学生時代、瑞樹がひどく嫌悪していた、彼に異様なほど執着していた女性であり、現在は彼の秘書を務める女だ。
瑞樹はそれを否定することなく、ただ私の肩を抱き寄せ、相変わらず優しく微笑んでいた。
私はその腕をすり抜け、皆に向かって静かに微笑みかけた。
「来月の初めに結婚式を挙げるの。みんな、ぜひお祝いに来てね」
澪の顔色は瞬時に青ざめ、目を赤くして瑞樹を見つめた。
瑞樹は眉をひそめ、うつむいてスマホを取り出した。
次の瞬間、私のスマホが振動した。
【体裁を気にして同級生に嘘をつく必要はないだろう。今は起業の重要な時期なんだ。結婚はもう少し待ってくれ】
私は画面を消し、返信はしなかった。
私は嘘などついていない。
来月の初めに、私は間違いなく結婚する。
ただ、花婿は彼ではないだけだ。
私のその言葉で、場は一瞬にしてお祭り騒ぎになり、同級生たちは口々に祝福の言葉を浴びせ始めた。
「おい瑞樹、結婚なんていう大ニュースを隠してたのかよ!」
「そうよ。その時は私たちみんなで行って、学校のベストカップルから幸せのおすそ分けをもらわなくちゃね」
「ほらな、瑞樹が瑠夏ちゃんをあれほど愛してるんだから、とっくに結婚を考えてたに決まってるさ。野村はしょせん部外者だから、情報が間違ってたんだな」
その言葉が出た瞬間、すでに目を赤くしていた澪は、もういたたまれなくなったようだ。
弾かれたように立ち上がると、「失礼」とだけ言い残し、出て行ってしまった。
澪が去った後、話題は自然と彼女のことへと移った。
「いやあ、学生時代は野村が瑞樹に異様なほど執着してたけど、これでようやく諦めがついたみたいだな」
「諦めないわけにいかないだろ。瑞樹と瑠夏ちゃんが幼馴染のカップルで、誰もが羨むほど愛し合ってることなんて、学校中で知らない奴はいないんだから。野村に付け入る隙なんてあるわけない。なあ、瑞樹?」
瑞樹はごく自然に私の肩を抱き寄せ、優しく、そして迷いのない笑みを浮かべた。
「もちろんだ。俺の生涯の妻は、瑠夏だけだ」
彼は最高に甘い愛の言葉を口にしていたが、真実は私だけが知っていた。
私の肩を抱く瑞樹の手は無意識に力が入っており、話しながらも、その視線はしきりに外へと向けられていたのだ。
私は瑞樹の腕をすり抜け、彼を静かに見つめた。
「追いかけたいなら、行ってくれば?」
瑞樹は一瞬、呆気に取られた顔をした。
「何を馬鹿なことを言ってるんだ。俺がどうして野村を追いかけるんだよ」
私は伏し目がちに、彼に強く掴まれて痛む肩をそっと押さえただけで、何も答えなかった。
瑞樹はため息をつき、私の隣にすり寄ると、困ったような笑みを浮かべた。
「怒ったのか?
野村は俺の秘書だ。毎日俺が24時間休む間もなく働いているのを見ているから、今の俺に結婚する余裕がないと分かっていて、あんなことを言っただけだよ。
結婚がお前のずっと前からの願いだってことは分かってる。だからさっきお前がみんなに嘘をついた時も、俺は話を合わせてやっただろ?これでお互い様だ、な?」
8年前、瑞樹の願いは早く私を妻に迎えることだった。
しかし今、彼の中では、結婚は私一人の願いに変わってしまっていた。
私は微かに唇を歪めた。
「私は嘘なんてついてないわ」
私の声は決して大きくはなかったが、一言一言、はっきりと瑞樹の耳に届いた。
「来月の初め、私は結婚するの」
第2話
瑞樹の動きがピタリと止まり、彼はテーブルの上のジュースを手に取って私のグラスに注いだ。
「もういい加減にしろよ、瑠夏。他人を騙すならともかく、自分自身を騙しても虚しいだけだぞ」
その声は先ほどまでの優しさを失い、むしろ冷ややかさを帯びていた。
「結婚のことなら、この前はっきり言ったはずだ。すでに結論が出ていることに、これ以上労力を使いたくない」
彼が言う「この前」とは、半月前の交際8周年記念日のことだ。
私は、これだけ長く付き合ってきたのだから、そろそろ人生の次の段階へ進むべき時だと思っていた。
起業してからのこの2年余り、彼が目の回るような忙しさであることは分かっていた。だからこそ、私から彼にプロポーズしようと決意したのだ。
結婚式の準備はすべて私一人で引き受けてもいい。瑞樹は結婚式当日に花婿として来てくれるだけでよかった。
その日の夜、私は用意していたペアリングを取り出し、頬を赤く染めながら「私と結婚してくれるの?」と尋ねた。
しかし、瑞樹の反応は、私が想像していたような感激や幸福に満ちたものではなかった。
「瑠夏、今の俺には結婚する余裕がないんだ」
彼は指輪ケースを閉じると、再び私の前へと押し戻した。
「それに、プロポーズは俺からするべきだ。もう少しだけ待ってくれ。絶対に盛大な結婚式を用意するから、な?」
その声は、聞き慣れた親密で優しい響きだった。
けれど、私の心は少しずつ冷えていくのを感じていた。
「待ってくれ」という言葉は、もう嫌というほど聞いてきた。
私と瑞樹は幼馴染で、親同士も懇意にしており、私たちが付き合うことを当然のように喜んでくれていた。
卒業するとすぐに、親たちは結婚の話を進めたがった。
その時、瑞樹は私に「まだ若いし、まずは2年間仕事に専念してから結婚したい」と言った。
私はそれに同意した。
自ら両親に「結婚はまだ急がない」と告げたのだ。
両親は私の意思を尊重し、それ以来結婚を急かすことはなかった。
2年後、彼は会社を辞め、自ら起業の道を歩み始めた。
起業したばかりの頃は、毎日深夜の2時や3時まで残業が続いた。
深夜に帰宅すると、彼は私の腰を抱きしめ、「事業が成功したらお前を妻にするから、今は辛いだろうがもう少し待っていてくれ」と言った。
彼の苦労は痛いほど分かっていたから、私も結婚については二度と口にしなかった。
そして今年。私たちが付き合って8年になった年。
会社も徐々に軌道に乗り、相変わらず忙しいとはいえ、起業当初のように24時間会社に籠りきりだった頃に比べれば、ずっと余裕ができていた。
そろそろ、結婚してもいい頃だと思った。
たとえ彼に結婚式の準備をする時間がなくても構わない。ただ彼と結婚できれば、それでよかった。
しかし、彼の口から出たのは、またしても「待ってくれ」という答えだった。
「私たち、付き合って8年にもなるのに、私と結婚したくないの?」私はたまらず、支離滅裂になりながら訴えた。「どちらからプロポーズしたっていいじゃない。結婚式が盛大じゃなくてもいい。私たち二人と、一番大切な家族さえいてくれれば、それでいいの。私……」
「菊地」
交際して8年、彼がそんな他人行儀な呼び方をしたのは、これが初めてだった。
彼の顔から優しさが完全に消え去り、代わりに底知れない疲労の色が浮かんでいた。
「俺は毎日会社のことで疲れ切っているのに、どうしてこれ以上俺を追い詰めるんだ?
お前はそんなに、結婚に焦っているのか?」
第3話
彼の声は大きくなく、むしろひどく冷静な響きすらあった。
まるで「今日の天気はどうだ?」と尋ねるかのように。
私は瑞樹の向かいに座り、8年間愛し続けたこの男を信じられない思いで見つめた。
付き合い始めた頃、「一生で最大の願いは、早く卒業してお前をお嫁さんにすることだ」と抱きしめてくれたのは、彼だったのに。
仕事で忙しい時も、「お前と結婚することを考えれば力が湧いてくる」と言っていたのも、彼だったのに。
それが今では……彼を追い詰めることになっているなんて。
私が結婚を焦っているだけだなんて。
「瑞樹、あなたが言ったじゃない……」
「だから何だ?」瑞樹は苛立った声で私の言葉を遮った。「人間の考えなんて変わるもんだろ。
今は忙しいし、まだ結婚したくない。それでいいだろ?」
そう言うと、彼は乱暴に立ち上がった。
椅子が床を擦り、耳障りな音が響いた。
「頭を冷やしてくれ。会社に用があるから、先に行く」
バタン!
乱暴にドアが閉まる音が響いた後、部屋は深い静寂に包まれた。
私は呆然と椅子に座ったまま、目の前にある閉じられた指輪ケースに視線を落とした。
まるで思い切り平手打ちを食らったかのように、顔が火照るように痛んだ。
8周年の記念日に、私が勇気を振り絞って用意したプロポーズは、こんなにも無惨な形で。
終わりを告げたのだ……
ピコン。
業者に依頼して編集してもらった、8年間の思い出をまとめた動画が送られてきた音だった。
本当は、瑞樹と一緒にソファでくつろぎながら大画面で見るつもりだったが、もう必要なくなってしまった。
スマホを傍らに置こうとした時、うっかり再生ボタンに触れてしまった。
次の瞬間、まだ若々しくも、自信と希望に満ちた少年の声がスマホから流れてきた。
「今日は○○○○年の夏休み。俺と瑠夏は鏡湖に来ている。俺、斉藤瑞樹は、この鏡湖に誓う。一生、瑠夏を愛し続けると!」
それは高校卒業後、瑞樹と二人きりで初めて旅行に行った時のものだ。目的地は雲嶺市だった。
青葉山の麓、鏡湖の畔で、少年は永遠の愛を誓ったのだ。
続いて、私と瑞樹の写真が次々と映し出された。
子供の頃に手を繋いで遊園地を歩く姿、大学で一緒に授業を受ける姿、雨の日に道端で雨宿りをする姿、初めての同棲で一緒に料理をする姿……
瑞樹に関するすべての思い出が、一コマ一コマ脳裏に蘇ってくる。
私は結局、この幼馴染としての絆を断ち切ることができなかった。
きっと、瑞樹は起業してからのプレッシャーが大きすぎて、あんな態度を取ってしまっただけなのだ。
私が彼を理解してあげるべきなのだ。
そう自分を納得させ、私はコートを羽織って彼の会社へと向かった。
社長室のドアをノックしようとした時、中から不思議そうな男性の声が聞こえてきた。
「瑞樹、お前一体どういうつもりなんだよ。瑠夏ちゃんと付き合って8年だろ?彼女がプロポーズしてきたのは、ただお前と結婚したいだけじゃないか。わざわざ会社に逃げ込むことないだろ?
それに、学生時代はお前、よく『あいつは俺の未来の嫁だ』って公言してたじゃないか。どうしていざ結婚できる年齢になってから、こんなに引き伸ばしてるんだよ。彼女からのプロポーズを断るなんて」
第4話
私は動きを止め、無意識に息を殺した。
中から、ライターの音がカチッと響く。
瑞樹は起業の初期にタバコを覚えた。
だが、本当に思い悩んでいる時にしか火をつけない。
しばらくして、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「俺にも……分からないんだ」
いつも冷静なその声は、どこか迷いを帯びていた。
「最初は結婚するつもりだった。起業した理由だって、成功して胸を張って瑠夏を妻に迎えたかったからだ。
でも……どういうわけか、今結婚と聞くと、俺の頭の中に……野村の姿が浮かぶんだ」
「はあ?」友人は信じられないといった声で叫んだ。
「大学の時、お前あいつのこと一番嫌ってたじゃないか。靴の裏のガムみたいにまとわりついてくるって言ってただろ。
会社を立ち上げた時、あいつを秘書にしたのには驚いたけど、まさか好きになってたなんてな。じゃあ、瑠夏ちゃんはどうするんだよ?」
瑞樹は長い沈黙の後、重い口を開いた。
「好きというのとは違う。俺が愛しているのは瑠夏だ。ただ……野村は長年ずっと俺の後を追ってきただろ。もし俺が瑠夏と結婚したら、あいつはひどく傷つく。それがなんだか……可哀想に思えてしまうだけなんだ」
……
自分がどうやって会社を後にしたのか、全く覚えていない。
気がつくと、魂が抜けたように大通りを歩いていた。
顔は涙で濡れていた。
瑞樹が結婚を渋る理由が、まさか澪だったなんて、思いもしなかった。
私と瑞樹は同じ大学の同じ学部だったが、選択した専攻コースが違っていた。
授業が始まった初日、彼から【同じ授業の女子に連絡先を聞かれたけど、断っても諦めずについてくる】とメッセージが来た。
その女子学生こそが、澪だった。
その後、瑞樹はあまりの煩わしさに、私を連れて一緒に授業に出るようになった。
それでも澪は諦めず、相変わらず瑞樹の後を追いかけ回していた。
しかし、私と瑞樹の幼馴染としての深い絆を澪が揺るがすことなど到底できず、毎回冷たく突き放されていた。
だからこそ、私は瑞樹の愛を一度も疑ったことがなかった。
瑞樹が起業した際、澪を秘書として雇った時でさえ、「専攻が同じだから、ちょうど適任だったのだろう」としか思わなかった。
なのに、私の知らない間に、澪は確実に彼の心の中に居場所を作り上げていたのだ。
彼は今、報われぬ恋を続ける澪を哀れみ、私との結婚をためらっている。
では、この先はどうなるのだろう?
澪の一途な想いに対する罪悪感から、いつか彼女にチャンスを与え、その想いに応えようとする日が来るのではないだろうか。
ならば、私たちの幼馴染としての想いは一体何だったのだろう。
スマホの通知音が、私を現実に引き戻した。
母からの音声メッセージだった。
「瑠夏、瑞樹くんと付き合って8年にもなるんだから、そろそろ結婚を考えてもいい頃よ。この前、岡本さんが聞いてきたのよ。『瑠夏ちゃんと瑞樹くん、別れたの?こんなに長く結婚しないなんて。もし別れたなら、うちの甥っ子を紹介したいんだけど』って。私……」
母の世話を焼くような言葉を聞きながら、私は涙を拭い、はっきりとした声で答えた。
「お母さん。私、瑞樹とはもう別れたわ。岡本さんに伝えて。その甥御さんに、お会いしてみたいって」
第5話
母はひどく驚き、すぐに電話をかけてきて理由を問い詰めた。
心配をかけたくなかったので、詳しい事情は伏せておいた。
母は電話の向こうでしばらく沈黙していたが、やがてそれ以上追及することはなかった。
「わかった。お母さんから岡本さんに伝えておくわ。
瑠夏、覚えておきなさい。何があろうと、お父さんとお母さんの最大の願いは、あなたが幸せになってくれることだけなのよ」
母の友達である岡本蘭(おかもと らん)の対応は早く、翌日にはその甥とのお見合いがセッティングされた。
実際に会ってみて初めて知ったのだが、その甥というのは、大学の先輩である小山翔太(こやま しょうた)だった。
話はトントン拍子に進み、双方とも異存がないことを確認すると、すぐに結婚の話へと移り、日取りは来月の初めに決まった。
準備期間は短かったが、翔太は自ら進んで結婚式のすべての準備を引き受けてくれた。
ウェディングフォトの撮影、式場の決定、招待状の作成、ゲストのリストアップ……
翔太はどの工程も、実にてきぱきとこなしていった。
その時になって初めて分かったのだ。本当に誰かと結婚したいと思うなら、実体のない口約束だけでは足りないのだと。
大切なのは、その人と結婚するために実際に何をしてくれるかを見ることなのだ。
「ほら瑠夏、半月ぶりに会えたんだ。楽しくない話はこれくらいにしよう?」
瑞樹の声に、私は我に返った。
彼を見ると、その顔には相変わらず、昔と何一つ変わらないような優しい笑みが浮かんでいた。
だが、私だけが知っている。その優しさの仮面の下は、とうの昔に腐りきっているということを。
私は立ち上がり、彼の手を避けた。
「ちょっと、お手洗いに行ってくる」
記念日の夜に喧嘩別れをして以来、瑞樹はずっと会社に寝泊まりして家に帰ってこず、メッセージ一つ送ってこなかった。
私も翔太と結婚式の準備に追われ、瑞樹のことなどすっかり忘れていた。
半月近く顔も合わせず、連絡すら取らない。私の中では、すでに瑞樹とは自然消滅したも同然だった。
今回の同窓会は、元々同級生に招待状を渡すために参加したものだったが、まさか瑞樹まで来るとは思っていなかった。
トイレから出て気持ちを整理し、皆に招待状を渡すために会場へ戻ろうとした。
廊下の角まで来たところで、澪が目を赤くして瑞樹に詰め寄り、震える声で何かを訴えているのが見えた。
「起業して最初の5年間は絶対に結婚しないって言ってたじゃない!どうして私を騙したの?」
瑞樹の瞳には私には理解できない複雑な色が浮かんでいた。彼はため息をつき、困ったように答えた。
「騙してなんかない。さっきのは、瑠夏が同級生の手前、見栄を張って俺と結婚すると嘘をついただけだ。
知ってるだろう。半月前に瑠夏からプロポーズされた時、俺は断ったんだ。
5年は結婚しないというお前との約束を、破るつもりはないよ」
その言葉を聞いて、澪はようやく涙を引っ込めて笑みを浮かべ、勢いよく彼の胸に飛び込んだ。
澪は彼の腰に腕を回し、その胸に顔を埋めた。
「あなたが愛しているのは菊地さんだって分かってる。でも、あなたの心の中に私の居場所があることも知ってるわ。
あなたとの結婚なんて望まない。30歳になるまで、私のそばにいてくれるだけで満足よ。それに会社では、あなたの隣に立てるのは私だけ。菊地さんじゃない、私だけなんだから」
瑞樹の両腕は、無意識に力が入ったように見えた。
だが、最後まで澪を突き放すことはなかった。
少し離れた場所で固く抱き合う二人を見て、私はふっと自嘲気味に笑った。
そういうことだったのね。瑞樹は澪に「5年間は結婚しない」と約束していたのだ。
私だけが、蚊帳の外だったというわけだ。
幸い、私はもう別の人と結婚する。
瑞樹が澪とどんな約束を交わそうと、それが5年であろうが10年であろうが。
もう、私には何の関係もない。
私は視線を外し、きびすを返した。
会場に戻ると、私は持参した招待状を同級生たちに一人一人配って回った。
受け取った皆は、驚きと喜びを顔に浮かべた。
「招待状まで用意してあったなんて!こりゃ来月のご祝儀の準備をしとかなくちゃな」
「式場はどこだ?当日は絶対にお前と瑞樹の式に行って、奮発してご祝儀を包むからな!」
だが、招待状を開いた彼らの目に飛び込んできたのは、瑞樹の名前ではなかった。
全く見知らぬ男の名前が記されていたのだ。
場は一瞬にして水を打ったように静まり返り、皆が顔を見合わせた。
一人が恐る恐る口を開いた。
「これ……瑠夏ちゃん、冗談だろ?」
私は静かに微笑んで答えた。
「冗談じゃないわ。私と瑞樹はもう別れたの。だから、花婿が彼じゃないのは当然でしょ。
私と主人の結婚式、皆さんのお越しをお待ちしているわ」
その言葉が終わるや否や、入り口でガシャンと鋭い音が響いた。
瑞樹が落としたグラスが床に砕け散り、彼の顔は血の気を失い、真っ青になっていた。