冤罪の果て、後悔に溺れる家族

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冤罪の果て、後悔に溺れる家族

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道端で狂犬に遭遇した。 咄嗟のことに、夫の神崎輝和(かんざき てるかず)は私、雨宮恵瑠(あまみや える)を力任せに突き飛ばし、重度のうつ...

Chương (1)

第1章

道端で狂犬に遭遇した。 咄嗟のことに、夫の神崎輝和(かんざき てるかず)は私、雨宮恵瑠(あまみや える)を力任せに突き飛ばし、重度のうつ病を患う松本舞香(まつもと まいか)をその腕に抱きしめた。 私が狂犬に噛みちぎられるのをただ見殺しにした。 輝和は手を伸ばし、彼女の目を覆った。 「よしよし、見ちゃだめだ。夜、悪夢にうなされるからな」 息子の神崎陽太(かんざき ひなた)でさえ、そばでヘラヘラと笑い、手を叩いて興奮気味に言った。「ママが犬に噛まれてる!あははは!」 私は狂犬に地面へ引きずり倒され、お腹を石の車止めに強く打ち付けた。目の前が真っ白になるほどの激痛に神経が張り詰める。 私は必死に哀願した。「お腹に赤ちゃんがいるの。お願いだから助けて、本当にお腹が痛いの……」 しかし、輝和は鼻で笑って言い放った。「本当に、どんどん演技が上手くなるな」 そして、三人は一度も振り返ることなく、その場を立ち去った。 その結果、私は流産し、病院へ運ばれた。 あの父子は私のことなど心配すらしないどころか、病室に乗り込んで私を責め立てた。 「お前が犬に噛まれた血生臭い場面のせいで、舞香のうつ病が悪化したじゃないか!お前はどうしてそんなに底意地が悪いんだ?なんで彼女を刺激しなきゃ気が済まないんだ?」 私が底意地が悪いって? いいわ、なら私が身を引いてあげる。 でも、私が死んだ後、どうしてあなたたちは揃いも揃って泣きながら私に「帰ってきてくれ」ってすがりついてるの? 第1話 「離婚しましょう」 私、雨宮恵瑠(あまみや える)は深く息を吸い込み、ついにこの決断を下した。 本来なら、三日前は息子の神崎陽太(かんざき ひなた)の七歳の誕生日だった。 私は陽太の大好物である肉じゃがを作るため、近くのスーパーへ買い出しに行こうとマンションの階下へ降りた。 まさか下へ降りた途端、松本舞香(まつもと まいか)が夫である神崎輝和(かんざき てるかず)の腕に寄り添い、楽しそうに談笑している姿を目にするとは思わなかった。 そして陽太は買ったばかりのおもちゃを手に満面の笑みを浮かべ、嬉しそうに振り返って叫んだ。「舞香さん、早く早く!」 誰がどう見ても、彼らこそが幸せな家族であり、私はただの通行人にすぎなかった。 私は道端に立ち尽くし、前に進むべきか、それとも避けるべきか分からずにいた。 まさにその時、一匹の狂犬が真っ直ぐに陽太に向かって突進してきた。 母親としての本能から、私は陽太を守ろうと、とっさに飛び出した。 ところが、輝和は私を力任せに突き飛ばした。私が狂犬に噛みちぎられるのをただ見殺しにした。その一方で、彼は舞香をしっかりと腕の中に抱き抱えて守った。 輝和は舞香の目を優しく覆い、小さな声でなだめた。「よしよし、見ちゃだめだ。こんな血生臭い場面、お前のうつ病に障るからね」 陽太は私のことなど微塵も心配せず、それどころか買ったばかりのおもちゃの銃を取り出すと、私に向かってバンバンと乱射し始めた。 私が狂犬に噛みちぎられ、なす術もなく悲鳴を上げているのを見ながら、陽太はそばで手を叩き、ヘラヘラと笑いながら見世物でも見るかのように大声で言った。 「舞香さん、見てよ!ママが犬と戦ってるんだ!危ないから、もっと離れてて!」 私が犬に引きずり倒され、お腹を石の車止めに激しく打ち付けたというのに、あの父子はただ冷酷に傍観しているだけだった。 彼らは私が妊娠していることを知らなかった。私は必死にお腹を庇ったが、それでもお腹はひどく痛んだ。 私はもがきながら這い進み、輝和のズボンの裾を掴んだ。 第2話 「輝和……私、妊娠してるの。お願い、私とお腹の子を助けて。本当にお腹が痛いの……」 ところが、輝和は私の手を無情に振り払い、嘲るような口調で言い放った。「お前、本当にどんどん演技が上手くなるな。妊娠だと?避妊リングを入れているお前がどうやって妊娠するんだよ」 ええ、確かに私は避妊リングを入れていた。けれど一年前、どうしても体に合わず体調を崩したため、こっそりと外していた。 私はただ、彼に少しでも手を貸してほしかっただけなのに。彼はおろか、陽太までもが私を完全に無視し、あろうことかその小さな体で舞香の前に立ちはだかって彼女を庇った。 「舞香さん、もっと離れてて!犬に噛まれたら大変だから!」 三人は私にただの一瞥すらくれることなく、そのまま遠ざかっていった。 結局、見かねた親切な通行人が狂犬を追い払い、私を病院へと運んでくれた。 見ず知らずの赤の他人でしかないのに、彼らは心から心配そうな顔で私を気遣ってくれた。「大丈夫ですか!しっかりしてください!もうすぐ救急車が来ますから!」 夫と息子の態度と比べて、私は心底思い知らされた。この十年間、私が必死に守り抜いてきた結婚生活は、ただの滑稽な笑い話にすぎなかったのだと。 だから、私はついに目が覚めた。 輝和と陽太が私の病室にやってきた時、私はあらかじめ用意しておいた離婚協議書を取り出し、極めて冷静に彼へと差し出した。 「離婚しましょう」 輝和は不機嫌そうに眉をひそめ、サイドテーブルの上の離婚協議書を一瞥すると、それを手に取ってビリビリと引き裂き、無造作にゴミ箱へ投げ捨てた。 「恵瑠、いい加減にしろ。陽太もこんなに大きいっていうのに、いつまで離婚を盾にしたくだらない駆け引きをやってるんだ? 自分には少しの非もないとでも思ってるのか?お前が犬に噛まれた血生臭い場面を見せられたせいで、せっかく安定していた舞香の病状がまた悪化したんだぞ!お前は少しも申し訳ないと思わないのか!」 輝和のその言葉に、私は怒りを通り越して呆れ笑いが漏れた。 私は射抜くような視線で彼をじっと見つめ、今度はどんな茶番を演じるつもりかと黙って様子を窺った。 すると、先ほどまで強硬だった彼の表情がすっと緩み、口調もいくぶんか柔らかくなった。 「もう意地を張るのはやめろ。流産してお前が辛いのはわかってる。だが俺たちはまだ若いんだ、子供が欲しいなら、また作ればいい。 だからもう拗ねるなよ。午後にでもお母さんに栄養たっぷりの雑炊を作らせて持ってくるから、それでしっかり精をつけろ」 彼はいつもこうなのだ。私を怒らせたとわかると、適当に甘い言葉でなだめすかす。そうすれば、私がまた以前のように文句一つ言わず、献身的に尽くし続けると信じて疑わない。 なぜなら彼の目には、私が彼を死ぬほど愛しているように映っているからだ。 彼からすれば、今わざわざ私に「折れるきっかけ」を与えてやったつもりなのだ。私が素直に引き下がりさえすれば、この一件はそれで無かったことになる。 もし私が突っぱねれば、彼は途端に冷ややかな顔をして背を向け、そのまま病室を出ていくだろう。そしてその後は数週間ほど一切連絡を絶ち、私と冷戦状態に入って、私が妥協するよう追い詰めるのだ。 だが、今回ばかりは私はもう本当に疲れ果てていた。私はあらかじめ何枚もプリントアウトしておいた離婚協議書を再び取り出し、病床のサイドテーブルにことりと置いた。 第3話 「だから言ったでしょ、離婚するって」 私はもう一度言った。 「輝和、離婚協議書なら十数枚プリントアウトしてあるわ。破りたきゃ好きなだけ破ればいい。でも、あなたがサインしない限り、私は毎日でもこれをあなたの前に突きつけるから」 輝和はたちまち顔を真っ赤にして怒鳴り声を上げた。「恵瑠、もういい加減にしろ!こんなくだらない芝居を打って、一体何の意味があるんだ? 要するに、離婚をチラつかせて、俺にお前と舞香の『二者択一』を迫ってるつもりだろうが! 何度も言ってるだろ!舞香は重度のうつ病なんだぞ。友人として放っておけるわけないじゃないか。だいたい、すべての元凶はお前なんだからな!」 輝和のその言い草に、私は再び呆れ笑いするしかなかった。 これほどの年月が経っても、輝和の「人を見る目」は相変わらず最悪のままだった。 舞香の言うことなら、彼は何でも疑わずに鵜呑みにするのだ。 舞香が彼に吹き込んだ話によれば、自分が重度のうつ病を患ったのは、学校で長期にわたるいじめを受けたせいらしい。そのせいでまともな社会生活が送れなくなり、高校も中退して引きこもるしかなかったのだと。 学歴もなく、コミュニケーション能力もなく、当然、仕事すら持っていない。 そして、彼女がこんな惨めな人生を送る羽目になったすべての元凶が、この私だというのだ。 輝和たち父子は「私の罪を償うため」と称して、あろうことか私のクレジットカードを使い、舞香に車を買い、マンションを買い、ついには付きっきりで彼女の身の回りの世話まで焼くようになった。 一番滑稽なのは、私自身、「松本舞香」なんて女の存在すら知らなかったということだ。 私はこの濡れ衣を十年近くも着せられ続けてきた。自分の潔白を証明するため、かつて独自に調査したこともある。 舞香は私と同年代で、確かに同じ高校に通ってはいたが、私には彼女と面識がないという絶対の確信があった。 当時の私はきちんと説明さえすれば誤解は解けると信じていた。ところが、この父子は私の言い分に全く耳を貸そうとしなかった。 それどころか、私が責任逃れをしているだけだと言い張り、私を「底意地の悪い女」だと決めつけた。 その一件以来、彼らは「いじめの加害者には当然の報いだ」とばかりに、堂々と私への扱いを悪化させていったのである。 第4話 かつて、私は舞香を前にして直接問い詰めたことがある。「当事者であるあなたが一番よく分かっているはずよ。私があなたをいじめたことなんて、ただの一度もないってことをね」 すると彼女はさっと視線を逸らし、途端に目を真っ赤にすると、その場に力なくしゃがみ込んで頭を抱え込んだ。 「叩かないで……お願い、叩かないで……」 「やっぱり、またいじめてるんだ!この悪い女!」 陽太の声に驚いて振り向くと、なんと彼の瞳には、汚いものでも見るかのような強烈な嫌悪感が満ちていた。 まるで私が万死に値する大罪人であるかのように。 その瞬間、私は本気で疑ってしまった。陽太は本当に私が十月十日お腹を痛めて産んだ子なのだろうか?それとも、舞香が産んだ子なのだろうかと。 そうでなければ、どうして実の母親を差し置いて、あそこまで舞香を庇うというのか。 これまでの出来事を思い返すと、やり場のない怒りで胸が張り裂けそうだったが、同時に私の心の中で、一つの決意がより確固たるものになった。 どうせ顔を見るのも互いに嫌なのだ。いっそ、彼らを自由にしてやろう。 輝和は相変わらず離婚協議書にサインしようとせず、そんな折、私の体にちょっとした異変が現れ始めた。 流産してからというもの、時折激しい頭痛に襲われるようになり、しかも発作のたびに痛みは増していく。耐えきれず、私は再び病院へ赴き検査を受けた。 出た結果は末期の脳腫瘍だった。 普通の人なら、到底受け入れられない事実だろう。だが不思議なことに、私はかえってホッと安堵のため息を漏らしていた。 人生はただでさえ短いというのに、今やそれがいつ唐突に終わりを告げるかも分からない。私を愛してもいない夫や息子のために、これ以上無駄な時間を費やしてやる義理はない。 病院から帰宅するなり、私は再び離婚協議書を輝和の前に突きつけた。 「あの日、病院で言ってやっただろうが! 俺は離婚になんて絶対に同意しないからな。 流産だの犬に噛まれただの、そんな些細なことでいちいち離婚だなんだと騒ぎ立てるな!」 流産が些細なこと?犬に噛まれたのも些細なこと? そのくせ、舞香が犬に怯えたことは一大事だというわけだ。 「輝和、こんなことして何が面白いの?まだ私の言ってること、分からない?あなたも陽太も私はもう綺麗さっぱりいらないのよ! あなたたち、舞香のことが大好きでしょう?ならちょうどいいじゃない。離婚すれば、彼女はあなたの妻になれて、陽太の母親になれるわ。 一家三人、水入らずで末長くお幸せに。一生離れない……これで、ご満足かしら?」 第5話 輝和は一瞬虚を突かれたように私を見たが、すぐにまた怒りを爆発させた。 「恵瑠、みっともない真似はいい加減にしろ。お前のくだらない駆け引きに付き合ってる暇はないんだよ! そんなに暇を持て余してるなら、パートにでも出ればいいだろ!舞香に嫉妬するなんて、お前には彼女に対する罪悪感ってもんが欠片もないのか? 俺たちがどれだけ苦労してお前の代わりに償ってやってると思ってるんだ。それなのにお前はどうだ?何か一つでも彼女のためにしたか!」 さっきまでスマホをいじっていた陽太でさえ、輝和の言葉を聞いてソファから立ち上がり、私の体をドンッと力任せに突き飛ばした。 「ふん!本当に離婚するって言っても、僕は絶対にママなんかについて行かないからな!最低なママ!」 離婚の話に決着がつかないまま、突然インターホンが鳴り響いた。 陽太が慌てて駆け寄ってドアを開けると、そこには大きな袋を抱えた舞香が立っていた。中にはチョコレートが詰め込まれているのが見える。 チョコレートを見るなり、陽太は飛びつくように舞香に抱きついた。 「舞香さん、だい好き!」 私はその光景をただ冷ややかな目で見つめていた。 陽太は元々歯が弱い。甘いものばかり食べて、まともに歯磨きをしないせいだ。この数年間、彼の歯を守るために、私は彼に一切の甘いものを禁じてきた。 しかし、子供というのは、ダメだと言われることほどやりたがるものだ。 彼が泣いてねだっても私が決して首を縦に振らないとわかると、彼は決まって舞香のところへ駆け込んでいた。 そして今もこうして、舞香はたった数粒のチョコレートで、いとも簡単に彼を手なずけてしまった。 陽太はチョコレートを受け取ると、すぐさま包み紙を剥がして口に放り込んだ。 「舞香さん、僕のママになってよ。ちょうど今、パパとママが喧嘩しててさ、もしかしたらすぐ離婚するかもしれないんだ」 舞香はわざとらしく驚いた顔を作った。「輝和さん、私のことで恵瑠さんと喧嘩しないで。あのことはもう何年も前のことだし、私、もう気にしてないから……」 そう言いながら、彼女は手首に巻かれたばかりの包帯を、これ見よがしにちらつかせた。 輝和は血相を変えて駆け寄り、痛ましそうに彼女の手を握りしめた。「どうしたんだ?あの日、血生臭い光景を見たせいで、また発作が起きたのか?」 私はその言葉を聞いて、思わず吹き出してしまった。 「ええ、そうね。こんなに都合よく発作が起きるなんて、正真正銘の病気以外の何物でもないわね」 舞香は輝和の背中に隠れ、ひどく私を怖がっているように振る舞った。 「恵瑠さん、私、あなたのことはもう許したのに……どうして、いつまでも私を追い詰めるの? 私には、恵瑠さんみたいに温かい家庭も、愛してくれる旦那さんも子供もいない……私はただの一人ぼっちで……何一つ持っていないのに……」 立派な名演技ね。反吐が出るほどあざとい。 私は彼女に向かって、にっこりと微笑みかけた。 「大丈夫よ、これから手に入るわ。この男も、この子供も、欲しいなら全部あなたにくれてやるから」 第6話 輝和とこれ以上無駄な言い争いをする気はなかった。私は彼に最後の通告を突きつけた。 「最後にもう一度だけ言うわ。さっさとサインして。その方がお互いのためよ。あなたの愛しい舞香だって、いつまでも大人しく待っていてくれるとは限らないわよ」 そう言い捨てて、私は十年間暮らした家を後にした。 しかし、一歩外に出てみると、この広い街に私の身の置き所など、どこにもないのだという事実に気づかされた。 医師の話によれば、私の命は運が良くてあと半年、悪ければ一ヶ月しかもたないかもしれない。 だがどちらにせよ、一刻も早く入院した方がいいのは確かだ。 ただ、家を出た時の手持ちの金はわずかばかりだ。今すぐ入院したところで、数日もすれば無一文になってしまうだろう。 だからこそ、これからの計画を慎重に練らなければならない。 宛てもなく街を彷徨いながら、これからの身の振り方を考えていると、不意にスマートフォンが鳴った。 画面に目をやると、父からの着信だった。 少し躊躇ったが、私は通話ボタンを押した。 すると、スピーカー越しに鼓膜を劈くような、父の怒り狂った声が飛んできた。 「この親不孝者が!お前のような娘に育てた覚えはないぞ!誰の許可を得て輝和に離婚を切り出しやがった! 恵瑠、お前ふざけるのも大概にしろよ!今すぐとっとと帰ってこい!」 正直、あの家には帰りたくなかった。 だが、母の骨壺がまだあの家に置かれたままであることを思い出し、私は実家へ向かうしかなかった。 父は事あるごとに私に言い放った。「一度嫁に出た娘は他人も同然だ。二度とうちの敷居を跨ごうなんて思うなよ」と。 金を無心する時だけは、「血は水よりも濃い絆」を盾に、いかに手塩にかけて育ててやったかを恩着せがましく説いてくるのだ。 まったく、笑える話だ。 家に着き、靴を脱ぐ間もなかった。いきなり顔面に強烈な平手打ちが叩き込まれた。 全くの無防備だった私は大きくよろめき、そのまま玄関の床に叩きつけられた。 第7話 部屋の至る所に酒瓶が転がっている。一目で、父がまた浴びるように飲んだのだと分かった。 昔からそうだ。酔えば母や私に手を上げる。母が若くして亡くなったのも、父の暴力で体を壊したせいだ。 正直なところ、私はこの男を骨の髄まで憎んでいる。 だが、当時の私はあまりにも幼く、抗う術を持たなかった。 母が死んでから、父はますます酒に溺れ、手の付けられない状態になっていった。そして、この父の暴力的な気性こそが、「恵瑠さんからいじめを受けている」という舞香の嘘を裏付ける、格好の証拠となってしまったのだ。 世間からすれば、「この親にしてこの子あり」というわけだ。 今回ここへ来たのは、波風を立てるためではない。ただ、母の骨壺を取り戻したかっただけだ。 それなのに、まさか父がそれを脅しの道具に使うなんて思いもしなかった。 家中を探し回っても、母の骨壺はどこにも見当たらなかった。 やがて、父がいけしゃあしゃあと骨壺を取り出して見せた。 「お前が探してるのはこれか?」 私は血の気を失った顔で駆け寄った。「その汚い手で触るんじゃないわ!」 ガシャンッ。 鈍い音と共に、骨壺は容赦なく床に叩きつけられた。母の遺骨が無惨に床へと散乱した。 私は半狂乱になって父の胸ぐらを掴み、服を力任せに引きちぎるようにして食ってかかった。亡き母の無念を晴らそうと、ただ必死だった。 けれど次の瞬間、視界がぐにゃりと歪み、激しい目眩が私を襲った。私はそのまま真っ赤な血を吐き出した。 少しは動揺するだろうと思った。 だが、顔を上げた私の目に飛び込んできたのは、あろうことか、歓喜に目を輝かせる父の姿だった。 彼はスマホを向けると、土気色になった私の顔を立て続けに写真に収めた。それから、すかさず電話をかける。 「おお、輝和か!うちの恵瑠がな、お前のせいで血を吐いて倒れちまったぞ。この様子じゃ何か重い病気だな、長くないかもしれない……どうだ、慰謝料として二百万ほど振り込んじゃくれないか!」 電話越しの輝和は鼻で嘲笑った。 「お前ら親子、本当にお似合いだな。散々離婚だなんだと騒ぎ立てておいて、結局は金が目当てかよ。 重い病気?一体何の病気だって言うんだ?」 父は私にスマホを押し付け、適当な病名をでっち上げるよう顎でしゃくって合図した。 私はスマホを受け取ると、口元の血を手の甲で拭い去り、冷え切った声で言い放った。「輝和……私、脳腫瘍なの」