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攻略失敗後、死を望んだ私に攻略対象が狂い出す
死んだはずの私、西園寺莉緒(さいおんじ りお)は、攻略ゲームの世界に入り込んだ。 元の世界へ戻って生き返る条件は、システムが用意した三...
Chương (1)
第1章
死んだはずの私、西園寺莉緒(さいおんじ りお)は、攻略ゲームの世界に入り込んだ。
元の世界へ戻って生き返る条件は、システムが用意した三人の男のうち、誰か一人を攻略すること。
私は彼らに合わせて攻略シナリオを組み、何度も距離を縮めようとした。
けれど彼らが選んだのは、私ではない。
この世界で誰からも愛されるヒロインだった。
疑われ、罵られ、消えてしまえばいいとでも言うような目を向けられ続けた私は、ついに攻略に失敗する。
そして、システムによって抹消された。
彼らの望みどおりに。
けれど私が本当に死んだ途端、彼らはそろって後悔し始める。
神にすがってでも、私を取り戻そうとするほどに。
第1話
【マスター、システム判定によりミッション失敗が確認されました。攻略に失敗したため、これより抹消処理を実行します】
システムの声で、物陰から結婚式を盗み見ていた私――西園寺莉緒(さいおんじ りお)は我に返った。
礼拝堂の中では、一条遥真(いちじょう はるま)と七瀬眞白(ななせ ましろ)が見つめ合って笑い、参列者たちの祝福の拍手に包まれながら口づけを交わしていた。
これが、システムが私に用意してくれた最後のチャンスだった。
けれど今となっては、それも失敗に終わったらしい。
かつて私は、三歳児の体に入り込み、システムと契約を交わした。二十年以内に三人の攻略対象のうち誰か一人でも攻略できれば、元の世界へ戻れるという契約だった。
けれど、二十年が過ぎた今、攻略できた相手は一人もいない。
もしかすると、これがいちばんいい結末なのかもしれない。
私はその場を離れ、大通りにかかる歩道橋へ向かった。
システムの話では、攻略ミッションに失敗した場合、まず上位システムへ状況を報告し、それから私を抹消するらしい。
橋の下を流れていく車を見下ろしていると、この二十年のあいだ、三人の攻略対象が私に向けてきた冷たい目ばかりが思い出された。
彼らは皆、同じ一人の女――眞白のために、私へ容赦ない言葉を浴びせた。
彼女は、この攻略世界で誰からも愛されるヒロインだ。
彼女にはヒロイン補正があるから、攻略対象たちはどうしても彼女に惹かれてしまうのだと、システムは私を慰めていた。
私は曇り空を見上げた。
私はこの世界に迷い込んだ異物で、ヒロインを引き立てるための悪役令嬢。だから、こんな結末を迎えるしかなかったのだろうか。
もういい。
ここまで来て考えたところで、何も変わらない。
どうせ私は死ぬのだから。
私はふらふらと車道へ出た。
誰にも気づかれないまま抹消されるくらいなら、いっそ無惨な死体を彼らに見せつけてやりたい。
どれほど私を嫌っていても、最後くらいは、私を葬るしかなくなるはずだ。
次の瞬間、耳をつんざくようなブレーキ音が響いた。
聞き慣れた荒々しい声が飛んでくる。
「莉緒、死ぬなら人目のないところで勝手に死ね。こんな場所で醜態をさらすな」
顔を上げると、そこにいたのは西園寺蓮也(さいおんじ れんや)だった。
この世界で、私の異父兄にあたる人だ。
彼は、私に残されたたった一人の身内だった。
この世界で頼れる相手のいなかった私に、彼だけは何かと手を差し伸べてくれた。だから私は、蓮也だけは味方だと信じていた。この世界でたった一人、私を家族として扱ってくれる人なのだと。
けれど、いつの間にか彼の目に映るのは眞白だけになっていた。
眞白が「莉緒にいじめられていた」と一言こぼしただけで、蓮也は何も確かめずに信じ込んだ。その日から、私を見る彼の目は変わった。
蓮也は私を車に押し込むと、人通りのない道端で乱暴に引きずり下ろし、迷いもなく頬を打った。
「死にたいなら、誰もいないところで死ね。死んだあとまで他人に迷惑をかけるな。
場所なら選んでやった。死ぬ気があるなら、今ここで死ね。俺の時間を無駄にするな」
頬を打たれた衝撃で、耳の奥がきんと鳴った。膝から力が抜けかけたが、私はどうにか倒れずにこらえた。
蓮也の前で死のうとしたのは、これが初めてではなかった。
あの頃の私は、本気で死にたかったわけじゃない。眞白しか見えなくなった蓮也に、まだ私の声が届くのか知りたかった。ただ、それだけだった。
だから彼には、今回も同じに見えているのだろう。
私はどうせ、死ねない女なのだと。
「兄さん、どうしてここに?
さっきまで、眞白の結婚式にいたんじゃないの?
私を、心配してくれたの?」
私は蓮也を見上げた。
もう期待なんてしたくなかった。
それでも、式場にいたはずの彼がここにいる理由を、そう受け取りたかった。
何度突き放されても、私はまだ、蓮也だけは信じていたかった。
第2話
けれど、蓮也の次の言葉で、その淡い期待もあっけなく消えた。
「何を勘違いしてる。お前を追ってきたわけじゃない。眞白に渡すアクセサリーを取りに戻っただけだ。たまたま、お前がこんなところで馬鹿な真似をしているのを見ただけだ。
莉緒、いい加減にしろ。死ぬだの何だの騒げば、俺が構うとでも思ってるのか。同情を引こうとしても無駄だ」
そんなふうに吐き捨てる蓮也を見て、私は笑うしかなかった。
本当に私を心配して来てくれたのだと、少しでも思った自分が馬鹿みたいだった。
また一人で、都合のいいほうに考えていただけだった。
分かっていたはずだ。蓮也がどれほど眞白を想っているのか。報われないと知りながら、何年も彼女のそばにいたことも。
それでも眞白が選んだのは、遥真だった。
蓮也はそれを黙って受け入れ、彼女が別の男のもとへ嫁ぐ日まで見届けようとしている。
それどころか、今日の式を完璧なものにするため、眞白のためにあれこれ奔走していた。
本当に、どうしようもないくらい眞白が好きなのだ。
もう、これ以上は耐えられなかった。
私は蓮也に背を向け、一歩ずつガードレールへ近づいた。
蓮也はまだ、私が気を引くために騒いでいるだけだと思っているのだろう。車にもたれたまま、冷えた声で言った。
「死ぬなら早くしろ。後始末くらいはしてやる。
俺をこれ以上付き合わせるな。眞白のところへ戻るのが遅れる」
その言葉が、最後のひと押しになった。
私はガードレールを越えた。
川の水が一気に押し寄せ、目も鼻も耳も塞がれていく。息を吸おうとしても空気はなく、胸の奥が少しずつ苦しくなっていった。
このまま私が消えたら、あの人たちは少しでも後悔するのだろうか。
次の瞬間、私は水の中から引き上げられていた。
息を整える間もなく、頬に鋭い痛みが走る。
蓮也に、また叩かれたのだ。
「お前、本気で死ぬ気だったのかよ!
莉緒、俺がいいと言うまで、勝手に死ぬな!」
蓮也はそう怒鳴りながら、私を岸へ引き上げた。
「いいか。母さんは、お前をこんなところで死なせるために、苦労して産んだんじゃない」
お母さんは、この世界でたった一人、私に優しくしてくれた人だった。
けれど、そのお母さんはもういない。
私にはもう、この世界に残る理由もなかった。
そろそろ、ここを去るべきなのだろう。
今回は死ねなかった。システムがいつ戻ってくるかも分からない。私は適当な理由をつけて、蓮也に家まで送ってほしいと頼んだ。
家へ向かうあいだも、蓮也の説教は終わらなかった。
「遥真が結婚したくらいで、死ぬだの何だの騒ぐな。本気であいつが好きなら、俺みたいに黙って祝福してやれ。
それが本当の愛ってものだろ」
けれど私は、この世界の誰かを好きになったことなんて一度もない。
私はただ、元の世界へ帰るために、攻略対象へ近づいていただけだった。
第3話
家に戻った私は、よく切れそうな刃物を一本選んだ。
ただ待っているだけなんて、もう嫌だった。どうせ死ぬのなら、このまま自分で終わらせてしまえばいい。
家には私しかいない。誰かを巻き込む心配もない。
ベッドに横になり、真っ白な天井を見上げた。
刃物を握ったまま、私は思わず笑ってしまった。
二十年もかけて、私はいったい何をしてきたのだろう。
この世界で私は、ずっと攻略という名のゲームを続けてきた。
長かったと言えば長かったのだろう。けれど振り返れば、あっという間に過ぎてしまった気もする。かといって、短かったと簡単に片づけられるほど、薄い時間でもなかった。
母が再婚し、見知らぬ家で暮らすことになったあの頃、最初に私へ手を差し伸べてくれたのは蓮也だった。
この世界にも、ようやく頼れる人ができた気がした。蓮也の前でなら少しくらいわがままを言っても許されるし、何かあれば彼がかばってくれる。そう思えるほど、私は彼を信じていた。
だからこそ、その優しさに応えたかった。
兄を慕う妹を演じるために、小学生の頃はお小遣いもおやつも我慢して、彼に限定フィギュアを買った。
蓮也が裏で余計なことをして揉め事を起こしたときも、私は黙って後始末をした。
夜中の三時に胃が痛いと言われれば、生理痛をこらえて薬を買いに行き、朝までつきっきりで看病した。
新作の限定腕時計を欲しがったときも、夏休みのアルバイト代には一円も手をつけず、全部その時計に使った。
そうして蓮也と支え合っているつもりだった私は、この関係だけは、誰からも愛されるヒロインにも奪えないはずだと思っていた。
けれど、ヒロイン補正はやはり強い。
攻略対象ですらない、物語の端にいるような蓮也まで、眞白に惹かれてしまったのだから。
眞白が現れた途端、この世界でようやく見つけた私の居場所は、あっけなく消えてしまった。
もう、どうでもいい。
どうせ私の終わりは決まっている。今死ぬか、少し先に死ぬか。その違いでしかない。
ためらう理由もなかった。
私は手首に刃を滑らせた。赤い血が流れ出し、少しずつ体から力が抜けていく。
視界がぼやけていく中、私はただ、このまま静かに終わりたかった。
誰にも迷惑をかけないために。
事件として扱われないよう、遺書も残しておいた。
【これは、自分で選んだことです。どうか悲しまないでください】
もっとも、私のために悲しむ人なんて、きっといない。
だって私は、こんなにも嫌われているのだから。
意識が少しずつ遠のいていく中で、私はろくでもない自分の人生を思い返していた。
どれだけ攻略のために努力しても、眞白が現れた途端、積み上げてきたものはすべてなかったことになる。
誰もが彼女に惹かれ、私を嫌うようになる。
ようやくこの最低な世界から離れられる。そう思ったとき、玄関のドアが壊れそうな勢いで叩かれた。
誰かが私の手首に包帯を巻いている感覚がして、私は重いまぶたをなんとか開けた。
「莉緒、どうかしてるのか?」
目の前にいたのは、私より七つ年上の元家庭教師、相馬逸人(そうま はやと)だった。
彼もまた、システムが私に用意した攻略対象の一人だった。
高校の頃、私の成績はあまりよくなかった。そこで母の再婚相手が、有名大学に通う学生を家庭教師として雇った。
その頃の私は、本気で勉強するつもりでいた。けれどシステムが、彼も攻略できる相手だと告げた。
だから私は、勉強を教わるという名目で逸人に近づいた。
逸人が勉強を何より優先する人だと分かってからは、攻略用に「少し抜けた可愛い生徒」という役を作り、毎日のように彼のそばにいた。
そのうち逸人は、私を両親にまで会わせてくれた。
両親に会わせた女の子は君が初めてだと、彼は言っていた。
逸人の好感度は、私の思いどおりに上がっていった。しかも、驚くほどの速さで。
これで私は生き残れる。
そう思った矢先、眞白がまた私の前に現れた。
眞白は逸人と趣味も好みも驚くほど合っていた。私を見るなり、怯えたように彼の腕にすがりつき、泣きながら訴えた。
「相馬先輩、私……莉緒に何かしてしまったんでしょうか。学校でずっと目をつけられて、薬を飲まないと眠れないくらいになってしまって……病院では、うつだと言われました」
逸人は、私の目の前で眞白を抱き寄せた。
まるで、最初から彼女だけを待っていたみたいに。
「もう怖がらなくていい。私が守る」
その日、逸人は私を平手で打った。
「出ていけ。今日から君とは他人だ。二度と眞白に近づくな」
そう言い捨てられて、その攻略もまた失敗に終わった。
第4話
神様は、まだ私を楽にしてくれないらしい。
やっと終わらせると決めたのに、どうしてこうも次から次へと邪魔が入るのだろう。
胸の奥がざらついた。
「眞白の結婚式に出ていたんじゃないの?こんなところで何をしているの」
私は苛立ちを隠さず逸人を見た。今はただ、早く目の前から消えてほしかった。
逸人は整った顔立ちをしていて、物腰も柔らかい。声はいつも落ち着いていて、女の子には優しく、礼儀も忘れない。誰が見ても、育ちのいい好青年だった。
昔の私は、そんな彼に希望を託していた。
彼なら、私をこの世界につなぎ止めてくれるかもしれない。そう思わせてくれたのは逸人だった。
けれど結局、その希望を奪ったのも逸人だった。
「式に出ていたら気が重くなったんだ。少し外の空気を吸って、気分を変えたかった。それだけだよ」
私の問いが気に障ったのか、逸人の表情がかすかに強ばった。声も、さっきより冷えている。
そうだった。
彼も攻略対象の一人で、ヒロインを何より大切にする男なのだ。
眞白のために進学まで諦め、彼女のそばにいるためだけにH市へ残った。
今日は、その眞白の結婚式だ。沈んだ顔をしているのも当然だろう。
「それで、何があったんだ。どうして死のうとした。
まさか、私たちの気を引くためにこんなことをしたんじゃないだろうな。眞白の結婚式の日に騒ぎを起こせば、少しは構ってもらえるとでも思ったのか。
莉緒、眞白がうつだと診断されたからって、君まで同じように振る舞う必要はない。そんなやり方で同情を引こうとしても、もう誰も信じないよ」
昔の私なら、きっと傷ついていた。
けれど今は、もう心が動かなかった。
こんな言葉は、何度も聞かされてきたから。
逸人はいつもそうだ。
私が何をしても、眞白に張り合うための芝居だとしか見ない。
結局、彼らは眞白の言葉なら何でも信じる。嫌っている私の痛みになど、最初から目を向ける気もない。
私はもう、言い返す気にもなれなかった。
立ち上がり、今度こそ誰にも邪魔されず、静かに死ねる場所を探そうとした。
いつものように言い返しもせず、妙に落ち着いている私に、逸人は初めて不安を覚えたらしい。
彼はためらわず私の手首をつかみ、そのまま蓮也の家へ連れていった。
それから蓮也に電話を入れ、すぐ戻ってきて私から目を離すなと告げた。
蓮也が戻ってきたとき、その後ろには、なぜか眞白と遥真の姿まであった。
眞白は私を見るなりびくりと肩を震わせ、遥真の上着の裾をつかんで、その背中に隠れた。
遥真は私を見るなり、露骨に顔をしかめた。
「莉緒、何がしたいんだ。眞白と張り合うのもいい加減にしろ。今度はこんな騒ぎまで起こして。
今日は俺たちの結婚式だぞ。台無しにする気か。
昔あれだけ眞白を追い詰めておいて、まだ足りないのか」
またこれだ。
私が何を言っても、何をしても、誰も信じようとしない。
彼らの中で、私は最初からそういう女なのだ。人を傷つけ、眞白の幸せを邪魔しようとする、救いようのない悪役。
けれど今さら、そんな言葉で傷つくこともなかった。
ただ、その場にいる全員の顔に浮かぶ、隠しきれない嫌悪を見ていた。
私は冷たく笑った。
「じゃあ、眞白の話が全部嘘だったら?
あなたたちの前で被害者のふりをするために、作った話だったとしたら?
本当は、いじめられていたのが私のほうだったとしたら?」