国境なき医師の私、この手でクズ夫を切り捨てる

Đang tải thông tin quảng bá...

国境なき医師の私、この手でクズ夫を切り捨てる

GoodNovel Hoàn thành

結婚三周年の記念日、妊娠九ヶ月の私は、寒い夜に、中沢幸平(なかざわ こうへい)の家から何時間も閉め出された。 体がすっかり冷えてしまい...

Chương (1)

第1章

結婚三周年の記念日、妊娠九ヶ月の私は、寒い夜に、中沢幸平(なかざわ こうへい)の家から何時間も閉め出された。 体がすっかり冷えてしまい、お腹の張りはどんどん間隔を縮め、波のように押し寄せてきた。 そんなとき、幸平からボイスメッセージが届いた。 再生すると、彼の声に他の女の笑い声が重なって聞こえる。 「ごめん、今日ちょっと遅くなる。祐希がさ、一度も夜景を見たことないって言うから」 病院に運ばれる直前、私はスマホを覗いた。彼のSNSが、たったいま更新されている。 窓辺に立つ渡部祐希(わたべ ゆき)、その背後には、街の華やかな夜景が広がっていた。 キャプションには、こうある。 【彼女と世界を見る】 そのとき、私は病院で手術を待っていた。 手術の同意書には、夫の署名が必要なのに、その欄は空っぽだった。 午前三時、彼は別の女のベッドで目を覚まし、私に十万円を振り込んできた。 そして、メッセージが届いた。 【お疲れさま】 私はそのお金をすぐに送り返すと、私は決意を固めた。 何があっても、彼のそばから離れようと。 第1話 結婚三周年の記念日、妊娠九ヶ月の私は、寒い夜に、中沢幸平(なかざわ こうへい)の家から何時間も閉め出された。 体がすっかり冷えてしまい、お腹の張りはどんどん間隔を縮め、波のように押し寄せてきた。 そんなとき、幸平からボイスメッセージが届いた。 再生すると、彼の声に他の女の笑い声が重なって聞こえる。 「ごめん、今日ちょっと遅くなる。祐希がさ、一度も夜景を見たことないって言うから」 病院に運ばれる直前、私はスマホを覗いた。彼のSNSが、たったいま更新されている。 窓辺に立つ渡部祐希(わたべ ゆき)、その背後には、街の華やかな夜景が広がっていた。 キャプションには、こうある。 【彼女と世界を見る】 そのとき、私は病院で手術を待っていた。 手術の同意書には、夫の署名が必要なのに、その欄は空っぽだった。 午前三時、彼は別の女のベッドで目を覚まし、私に十万円を振り込んできた。 そして、メッセージが届いた。 【お疲れさま】 私はそのお金をすぐに送り返すと、私は決意を固めた。 何があっても、彼のそばから離れようと。 …… 産科の医師が検査結果を受け取って、眉をひそめた。 「一人で来たのですか?旦那さんは?」 私は少し笑っただけで、くわしくは説明しなかった。 「いないの、夫は」 「今のあなたの状態じゃ、誰かがそばについていないとダメですよ」 医師は報告書の数値を指さし、有無を言わせない口調で続けた。 「血圧が高い、尿蛋白も出てる……重度の妊娠高血圧腎症ですよ。いつけいれんを起こしても、脳出血や常位胎盤早期剥離を起こしても、おかしくない状況です」 「わかった。ありがとう、先生」 診察室を出ると、スマホが震えた。祐希から写真が届いていた。 祐希は私のネグリジェを着て、うちのソファにだらりともたれかかり、私が三年飼っている猫を抱いている。 ネグリジェの肩ひもが片方ずり落ちているのに、直そうともせず、肩をむき出しにしたままだった。 【舞子さん、このネグリジェすごく気持ちいいね。普段どうして全然着なかったの?】 あのネグリジェは、結婚したときに幸平が買ってくれたものだ。 ずっと着なかったのは、産後に体形が戻ってから着ようと思っていたからだ。 私はその写真を長いこと見つめた。 それから幸平にメッセージを送った。 【離婚協議書、サインしたよ。ベッドサイドテーブルに置いている】 しかし、返事は来なかった。 二日後、ようやく彼にブロックされていることに気づいた。 いつの間にか、彼の世界から、私の居場所はどんどん消えていっていた。 私は川瀬舞子(かわせ まいこ)。三年前は、まだ幸平の妻じゃなかった。 私は国境なき医師団、すなわちMSFの外科医で、Y国駐在員だった。 戦地で三件の開腹手術をこなし、難民キャンプでは43人の赤ん坊を取りあげた。 戦火が飛び交う夜、ヘッドライトの明かりだけを頼りに、12歳の少年の、砲弾の破片で裂けた腹腔を縫合したこともある。 帰国して三か月の休養期間に入ったとき、幸平が現れた。 彼は投資家で、いつもモミの香りのオーデコロンをまとっていた。 話すときは、少し首をかしげるようにして私を見つめ、その真剣な眼差しに、まるで自分が彼のすべてであるかのように錯覚したものだ。 彼は、私のような人間を一番尊敬していると言った。 「舞子、知ってる?初めて会ったとき、お前はまるで全身が輝いているみたいだ」 そう言われたとき、私は彼の車に乗っていた。窓の外には東都のきらびやかな夜景が広がっている。 彼は私の手を握り、宝物に触れるように、そっと手の甲を撫でた。 「お前は女一人で、あんな遠くに行って、たくさんの人を救ってる。 こんな平凡な俺には、お前を手に入れる資格なんてないんじゃないかって、いつも思うよ」 あのとき、私は本当に、自分のことを理解してくれる人に出会えたんだと思っていた。 第2話 付き合って三ヶ月の間に、彼はY国に7回も飛んできた。 来るたびに、大量の物資を抱えた。 薬、医療器具、チョコレート、それから、彼の直筆の手紙だ。 【舞子、今日流れ星を見た。願い事をしたんだ。どうか無事に帰ってきてほしい、って。笑うなよ】 私はそれらの手紙をブリキの缶にしまい、スーツケースの一番底にそっと押し込んだ。 ずっと後になって気づいた。どの手紙の最後にも、小さな字で書き添えられていた。 【Y国の子どもたちによろしく。渡部祐希より】 祐希は、彼のアシスタントだ。 正確には、彼の父の旧友の娘で、経験を積ませるため彼のもとに置かれている。 たかがアシスタントだ。当時の私は、なんとも思わなかった。 今思えば、本当に馬鹿だった。 妊娠は、まったくの偶然だった。 Y国での仕事がすべて片づき、次はN国へ行く契約を結ぼうとしていた矢先だ。 出発の一週間前、妊娠検査薬に二本の線が浮かんだ。 私は慌てて幸平に電話をかけた。 彼は港都に出張中で、電話越しに雑踏のざわめきと、女の笑い声が聞こえた。 「どうしたんだ」 「妊娠したみたい」 電話の向こうが、一瞬しんとなった。 それから、彼の声は壊れものを扱うみたいに、柔らかく、慎重になった。 「ほんとか」 「うん」 「舞子」 彼ははっきりと昂ぶった、かすれた声で私の名前を呼んだ。 「待っていてくれ。明日、すぐに帰る」 彼は本当に帰ってきた。 指輪を手に、花束を抱えて、私の前で片膝をついた。 「結婚してくれ。もうあんな遠くへ行くな。俺が養うから」 私は迷った。 何年も医学を学び、戦場で五年、この手で何百人もの命をつないできた。 それを、たった一言で、全部投げ出せというのか。 「舞子」 彼は顔を上げて私を見た。目が赤い。 「お前のいるところで、また戦争が始まったと聞くたびに、俺がどんなに怖かったと思う。お前が戻って来られないんじゃないか、もう二度と会えないんじゃないかって……俺は、お前に出会えたことが、人生でいちばんの幸運なんだ」 彼はしばらく沈黙して、声を潜めた。 「両親を早くに亡くして、ずっと独りだったんだろ。でも、今は俺がいる……頼む。俺に守らせてくれないか」 その言葉が、胸の奥に刺さった。 私の両親は海外医療援助隊の一員で、12歳のときに震災で亡くなった。 それからずっと独りだった。 幸平は、自分がいる、守ってくれると言った。 あのときの私は、それを信じた。 私は退職届を出した。 MSFの責任者から、立て続けに三度も電話がかかってきた。 「川瀬、君は俺が育てた中で最高の外科医だ。男のためにすべてを捨てるなんて、正気か」 私は笑った。 「正気よ」 自分でも騙せるほど、確信に満ちた声だった。 その後の展開は、よくある昼ドラみたいに、終わり方は最悪だった。 産科の検診には、誰もついてきてくれない。 「悪い、舞子。今日はどうしても外せない会議でさ」 「悪い、祐希のほうの契約チェックがあって、手が離せないんだ」 「運転手に行かせるから、同じだろ」 いつだって言い訳があり、いつだって彼はいなかった。 家に帰ってくる時間は、日ごとに遅くなった。 私が待つ夜は、一晩ごとに長くなった。 ドアを開けて入ってきた彼の襟元に、知らない香水の匂いが染みついていた。 どこに行ってたの、と聞くと、彼はやさしく笑った。 「残業だよ。祐希も一緒だった。心配なら、彼女に電話させようか」 私はそれ以上、なにも聞けなかった。 自分が神経質になりすぎているだけだと思った。妊娠中は誰でも、疑い深くなるものだ。 あの日まで。 彼の車のなかで、口紅を見つけた。 皮肉なことに、妊娠してから私は、一度も口紅をつけていなかった。 第3話 祐希が謝りに来た日、私は台所でスープを煮込んでいた。 彼女は声をあげて泣きじゃくっていた。 「舞子さん、あの口紅は本当に、私がうっかり車に置き忘れただけで…… 社長とは、何もありません。どうか、誤解しないでください……」 私は、その言葉を信じることにした。 正確に言えば、自分にそう思い込ませたのだ。 仕事を辞め、妊娠六ヶ月の私には、もう引き返せない場所まで来ていた。 選べる余地がある時だけ、人は正気でいられる。 何もかも失くしたら、ただとぼけるしかないのだ。 幸平が帰宅すると、どっか上の空で薄く笑った。 「ほら、言っただろ。別に何もないって 祐希は本当に優しすぎるんだよ。お前に変に思われたくないから、わざわざ謝りに来たんだ」 そう言いながら、後ろから私を抱きしめ、あごを肩にのせた。 「舞子、やめてくれよ。前は、そんなんじゃなかった」 前? そう、前の私は、幸平の妻なんかじゃなかった。 あの頃の私の世界には、手術台があった。難民キャンプがあった。助けを待つ人たちがいた。 男の帰りを待つために、台所でスープを煮込んだりはしなかった。 たかが口紅一本で、夜通し眠れなくなることなんて、なかった。 結婚してからの毎日は、恐ろしいほど退屈だった。 一日の行動範囲なんて、半径三キロもない。 家と、スーパーと、産婦人科の健診だけ。 幸平の仕事はどんどん大きくなり、つきあいの数も増えていった。 祐希はアシスタントからパートナーになり、そして、彼の隣にいるたった一人の女になった。 会社の忘年会で、誰かがこっそり私の腕を引き、声をひそめた。 「奥さん、知らないのですか?祐希さん、毎日社長とべったりで、社内じゃもう噂だらけですよ」 私は、少し離れたところで祐希とグラスを合わせている幸平に目をやり、かすかに笑った。 「噂なんて、させておけばいいのよ」 相手はきょとんとしていた。 まさか私がそんな反応をするとは思わなかったのだろう。 でも、その人は知らない。私がとっくに調べ終えていた。 祐希が住んでいるあの部屋は、幸平名義だった。 あのマンションは、結婚して二ヶ月目に、彼が現金で一括購入したものだ。 婚姻届を出した日、彼はばつの悪そうな顔で一枚の契約書を差し出した。 「これ、母さんの意向なんだ。サインしないと、結婚を認めないって言われてて……」 彼は長いこと母と話し合い、ようやく折れてくれたのだと言った。 そのかわりに、結婚後の収入はすべて、まっ先に私のところに渡すと、約束した。 人を救うことしか知らなかったこの両手で、私はその契約書にサインした。 あの頃は、わからなかった。 契約書の向こう側にあるのは、法律なんかじゃない。人間の本性なのだ。 今ならわかる。あの契約書は、彼を何ひとつ縛れはしなかった。 縛れる相手は、私だけだった。 妊娠三ヶ月の頃、つわりがひどくて吐き続けていた。 その時、どこからか一本の電話がかかってきた。彼は上着を羽織って部屋を出て行った。 夜中に帰ってきて、体から香水の匂いと酒の気配が混ざっていた。 「どこに行っていたの」と尋ねた。 彼は平然とした顔で言った。 「祐希が酔い潰れてて、迎えに行ってたんだ」 私が黙っていると、彼は言葉を続けた。 「勘違いするなよ。彼女は港都市でたった一人で、頼れる相手もいないんだ。放っておくわけにいかないだろ」 たった一人で、頼れる相手もいない。 じゃあ、私は? お腹に子どもを抱え、がらんとした家にひとりきりで、深夜まで彼を待ち続けている私は、いったい、何なのだろう。 第4話 事の転機は、妊娠九ヶ月のときに訪れた。 幸平は出張中で、祐希がひとりでやって来た。 彼女は高価なワンピースを着て、私には手の届かないハイヒールを履いていた。 リビングをゆっくり一周すると、晴れやかな笑みを浮かべる。 「舞子さん、お宅、すごく広いね」 私は相手にしなかった。 祐希は気にする様子もなく、ソファに腰を下ろすと、勝手にテーブルの上の妊婦健診の報告書をめくり始めた。 「あら、来週、帝王切開なの」 私は歩み寄り、彼女の手から報告書を取り上げた。 「何しに来たの」 祐希は笑った。 その笑みは、いつも幸平の前で見せる顔とはまるで別人だった。 か弱さも、無垢さもない。 背筋が凍るような冷たさだけが、そこにはあった。 「ねえ、舞子さん、ひとつ教えてあげようか」 「言え」 「知ってる?幸平の母さんが先週、私に電話してきたの」 私は息を呑んだ。 「婚約指輪、どんなのが好きかって聞かれた」 空気が一瞬で凍りついた。 祐希は立ち上がり、私の目の前まで来ると、わずかに顔を上げて私を見た。 彼女のほうが背が低いのに、その視線は明らかに見下ろすものだった。 「幸平の母さんは言ってたよ。中沢家の嫁は、釣り合う家柄か、仕事の役に立つ人間じゃなきゃ駄目だって。あなた、自分はどっちだと思う? 孤児で、身寄りもなくて、仕事も辞めて男に養ってもらってるだけのくせに。私に敵うと思ってるの?」 祐希はまた笑った。 バッグからスマホを取り出し、一枚の写真を表示させて私の前に突きつけた。 Lineのトーク画面のスクリーンショットで、相手の名前は「お母さん」となっていた。 【中沢おばさん、幸平の奥さん、妊娠したみたいだよ】 【知ってる。幸平には言ってた。子どもは産んでもいいけど、私はあの女を認めないから】 【そんな、かわいそうに】 【何がかわいそうなもんか。自分から幸平にしがみついてきて、こっちは頼んだわけじゃない】 私はそのやりとりを凝視した。 手にしていた報告書を、ぐしゃりと握りつぶしていた。 祐希はスマホをしまい、いかにも思いやりがありますよというように、私の肩を軽く叩いた。 「舞子さん、ゆっくり体を大事にね。赤ちゃんが生まれたら、中沢家からお金を用意させるから」 彼女は玄関まで行くと、一度振り返って私を見た。 「そうだ、子どもを使って幸平を脅そうなんて考えないことね。あの人、脅しは効かないから」 ドアが閉まった。 私はその場に立ち尽くし、長いこと動けなかった。 ふと、自分がひどく滑稽に思えた。 その日の深夜、39度の熱が出た。 朦朧とした意識の中で、幸平に電話をかけた。 彼はなかなか出なかった。 ようやく出て、電話の向こうからは、女の荒い息遣いが聞こえた。 「何だよ」 邪魔されたような苛立ちが声に滲んでいた。 「幸平、熱が39度あるの」 「救急車ぐらい呼べばいいだろ」 彼は一呼吸置いて、声が冷たくなった。 「今、取り込み中なんだ」 そう言って、電話を切った。 臨月の私は、自分で救急車を呼んだ。 ひとりで受付をし、ひとりで採血をされ、明け方まで点滴を受けた。 看護師が尋ねた。 「患者さん、ご家族の方は?」 私は感情のない声で答えた。 「いません」 看護師は私をちらりと見たが、それ以上は何も聞かなかった。 翌朝、幸平が現れた。 花束を抱え、弁当を持って、ベッド脇に座ると、私の手を握り、ひどく申し訳なさそうな顔をした。 「舞子、ごめん。昨夜は大事な商談が入っててさ。祐希もいて、一晩中交渉を手伝ってくれたんだ……」 私は手を引っ込め、せせら笑った。 「本当に交渉だったの?一晩中、やってたんじゃないの?」