忘れられた双子が死んだ夜

Đang tải thông tin quảng bá...

忘れられた双子が死んだ夜

GoodNovel Hoàn thành

ヴァレンティ・ファミリーでは、生まれた子供全員にチップが埋め込まれる。 手首のバイオウォッチと一体化したそのチップは、自分に残された寿...

Chương (1)

第1章

ヴァレンティ・ファミリーでは、生まれた子供全員にチップが埋め込まれる。 手首のバイオウォッチと一体化したそのチップは、自分に残された寿命を一秒ずつ刻み続けていた。 双子の妹ヴィヴィアンのウォッチに表示された数字を、誰もが知っていた。 もちろん、私のものも。 彼女が、私たちの十八歳の誕生日に死ぬということも。 それが決まった未来なのだと、家族も周囲も疑いもしなかった。 だからヴィヴィアンは、この残酷な世界において、誰も手出しできない「アンタッチャブルなお姫様」として君臨した。 ダイヤを散りばめたドレスも、滅多に手に入らない宝石も、父が銃を置いたあとにだけ見せる、あの一瞬の優しささえも、全部あの子のものだった。 昔は、ヴィヴィアンを可哀想だと思っていた。 だって、自分の終わりの日が最初から決まっているなんて、そんな人生、あまりにも残酷じゃないか。 でも、本当は違った。 私はずっと、ヴィヴィアンが羨ましかった。 あの子には、私が一度も手に入れられなかったものが全部あったから。 父と母の愛。それだけは、どれだけ望んでも私には与えられなかった。 そして迎えた、ヴィヴィアン十八歳の誕生日。 両親は、私を地下室へ閉じ込めた。 同盟ファミリーのドンたちが集まる夜だ。私が騒ぎを起こせば面倒になる、そんな理由だった。 地下室は湿っぽく、凍えるほど寒い。なのに身体だけが熱くて、頭の芯まで焼けるみたいに痛かった。 私は何度も扉を叩いた。 「ママ……お願い……開けて……っ。熱があるの……苦しくて……」 けれど返ってきたのは、冷え切った母の声だった。 「いい加減にしなさい、シエナ。今日はヴィヴィアンの十八歳の誕生日なのよ」 「でも、本当に具合が悪くて……」 「芝居がかったマネはやめてちょうだい。ファミリーのメンツのために、黙って耐えることすらできないの!? あの子にとって最後の誕生日なのよ」 ヒールの音が遠ざかっていく。 私は暗闇の中に置き去りにされた。 ぼやける視界の端で、手首のウォッチが赤く点滅している。 【緊急警報:生体データ異常。登録チップとの情報が一致しません。本人確認を……】 第1話 ヴァレンティ・ファミリーでは、生まれた子供全員にチップが埋め込まれる。 手首のバイオウォッチと一体化したそのチップは、自分に残された寿命を一秒ずつ刻み続けていた。 双子の妹ヴィヴィアンのウォッチに表示された数字を、誰もが知っていた。 もちろん、私のものも。 ヴィヴィアンは十八歳の誕生日に死ぬ。 それが決まった未来なのだと、家族も周囲も疑いもしなかった。 だからヴィヴィアンは、この残酷な世界の中で特別扱いされ続けた。 ダイヤを散りばめたドレスも、滅多に手に入らない宝石も、父が銃を置いたあとにだけ見せる、あの一瞬の優しささえも、全部あの子のものだった。 昔は、ヴィヴィアンを可哀想だと思っていた。 だって、自分の終わりの日が最初から決まっているなんて、そんな人生、あまりにも残酷じゃないか。 でも、本当は違った。 私はずっと、ヴィヴィアンが羨ましかった。 あの子には、私が一度も手に入れられなかったものが全部あったから。 父と母の愛。それだけは、どれだけ望んでも私には与えられなかった。 そして迎えた、ヴィヴィアン十八歳の誕生日。 両親は、私を地下室へ閉じ込めた。 同盟ファミリーのドンたちが集まる夜だ。私が騒ぎを起こせば面倒になる、そんな理由だった。 地下室は湿っぽく、凍えるほど寒い。なのに身体だけが熱くて、頭の芯まで焼けるみたいに痛かった。 私は何度も扉を叩いた。 「ママ……お願い……開けて……っ。熱があるの……苦しくて……」 けれど返ってきたのは、冷え切った母の声だった。 「いい加減にしなさい、シエナ。今日はヴィヴィアンの十八歳の誕生日なのよ」 「でも、本当に具合が悪くて……」 「芝居がかったマネはやめてちょうだい。ファミリーのメンツのために、黙って耐えることすらできないの!? あの子にとって最後の誕生日なのよ」 ヒールの音が遠ざかっていく。 私は暗闇の中に置き去りにされた。 ぼやける視界の端で、手首のウォッチが赤く点滅している。 【緊急警報:生体データ異常。登録チップとの情報が一致しません。本人確認を……】 最後まで読む前に、急に身体の感覚が消えた。 ふっと重力がなくなる。 気づけば私は宙に浮いていて、そのまま閉ざされた扉をすり抜けていた。 次の瞬間、豪華なパーティーホールへたどり着く。 シャンデリアの光が眩しく輝く中、有力な同盟者たちや敵対するボスたちの視線は、ヴィヴィアンのウォッチが刻む残り時間に釘付けになっていた。 彼女の手首に表示されている残り時間は、03:15:22。 今夜が終わるまでに、ヴィヴィアンは死ぬ。 誰もがそう信じていた。 父のマルチェロはヴィヴィアンを抱き寄せ、母のヴァレリアは壊れ物に触れるみたいに彼女の頬を撫でている。 ダイヤだらけのドレスを纏ったヴィヴィアンは、小さく咳き込んだ。 絶妙な甘えを含んだ、不安そうに揺れる声。 「……ママ、パパ。お姉ちゃん、本当に大丈夫かな……?」 不安そうに揺れる声。 「頭が痛いって泣いてたし……地下室、すごく寒いから……」 「放っておきなさい」 母はすぐに言った。 ヴィヴィアンの金髪を優しく撫でながら。 「あの子は昔から大げさなのよ」 「そうだ、病気なんて嘘に決まってる」 父も苛立ったように吐き捨てる。 「どうせまた、気を引きたいだけだ」 そう言ったあと、父は急に言葉を詰まらせた。 「……お前に残された時間は、もう」 最後まで続けられない。 目を赤くしながら、父はヴィヴィアンを強く抱き締めた。 「今日は自分の誕生日だけ考えろ。シエナなんかに台無しにされるな」 ヴィヴィアンは悲しそうに目を伏せる。 でも私は知っていた。 あれは全部、演技だ。 ヴィヴィアンは昔からそうだった。人前では、必ず優しい妹を演じる。 私には専用の護衛をつける価値すらなく、敵対ファミリーが路上で私を拉致しようとした時でさえ、ヴィヴィアンが自分の護衛を二人、私に「プレゼント」してくれただけだった。彼女の盛大な施しのパフォーマンスだ。宝石や贅沢品? そんなものは望むべくもない。 私にデザートを分けてくれたり。一度しか着ていない高級ドレスを譲るふりをしたり。父に怒鳴られれば、真っ先に庇ってみせたり。 そして決まって、泣きそうな顔でこう言うのだ。 「シエナ、ごめんね……私のせいで、あなたばっかり辛い思いして……」 そのたびに両親は、「なんて優しい子なの」とますますヴィヴィアンを愛した。 「あの子は昔から、あなたに嫉妬してるのよ」 母は何度もヴィヴィアンにそう言っていた。 「あなたが幸せそうにしてるのが気に入らないの。 十六歳の誕生日のこと、もう忘れたの?」 十六歳の誕生日。 あの日、私は初めて反抗した。 誕生日は双子二人のもののはずなのに、祝われるのはヴィヴィアンだけだった。 父はヴィヴィアンのために特注の銃を用意した。 後継者の証として。 巨大なケーキまで用意され、両親はヴィヴィアンを抱き寄せながら幸せそうにキャンドルへ火を灯していた。 私は柱の陰から、それを見ていた。 キャンドルの光に照らされるヴィヴィアンの顔。ずっと欲しかった銃を手にして笑う姿。願い事をするために静かに目を閉じる瞬間。それを見守りながら涙ぐむ両親。 耐えられなかった。 嫉妬だったのかもしれない。 あるいは、両親の腕の中から私を見下ろすヴィヴィアンの顔に、我慢できなかったのかもしれない。 私は飛び出して、ヴィヴィアンを突き飛ばした。 銃が噴水へ落ちる。 巨大なケーキが倒れ、使用人たちが慌てて私を取り押さえた。 私は追い詰められた獣のように叫んだ。 「なんでいつもヴィヴィアンだけなのよ!」 あの時の父の顔を、今でも忘れられない。 父は無言でファミリーの鞭を手に取った。 それでも私は怯みもしなかった。 鞭が振り下ろされるたび、背中が裂けるみたいに痛んだ。 それでも母は止めなかった。 ただ冷たい目で見ていただけだった。 ヴィヴィアンだけが泣きながら、その「か弱い」身体で私を庇うように覆い被さった。 「やめて、パパ! お願い、もうやめて!」 震える声でそう叫びながら、私を抱きしめる。 でも肩に食い込む指だけは、痛いほど強かった。 「全部、私のせいなの……」 私はヴィヴィアンを突き飛ばした。 それが余計に父の怒りに火をつけ、私は部屋へ閉じ込められたうえ、夕食まで抜きにされた。 その夜。 ヴィヴィアンは私の部屋へやって来た。 昼間みたいな優しい顔はしていない。 口元には、勝ち誇ったみたいな笑みが浮かんでいた。 「かわいそう、シエナ」 冷たい指先が傷口をゆっくりなぞる。 「このチップが読んでるのは私の寿命なんだから。みんな、私だけを愛するの。 あなたは私の影よ、シエナ。一生、私の影の中で生きて死ぬの」 ――そして今。 パーティーホールで、母はヴィヴィアンを抱き寄せながら言った。 「シエナのことなんて放っておきなさい」 呆れたような声だった。 「あの子は昔から、あなたが羨ましいだけなんだから」 ……そう。 その通りだった。 私はヴィヴィアンが羨ましかった。 家族に愛されることが。父に優しくしてもらえることが。 たとえ余命わずかでも、両親にとって一番大切な存在でいられることが。 私はヴィヴィアンへ手を伸ばした。 その偽善者の顔を引き剥がしてやりたかった。 全部暴いてやりたかった。 けれど、私の手は彼女の身体をすり抜けた。 まるで冷たい霧に触れたみたいに。 私は、自分の透けた指を見下ろした。嫌な予感に引き寄せられるように地下室へ戻る。 扉の隙間から見えるのは、死んだみたいな暗闇だった。私はそのまま扉をすり抜ける。 そして、冷たい石床の上に倒れている、自分自身の死体を見てしまった。 私はもう動いていない。 ヴィヴィアンのカウントがゼロになるより先に、私の命の方が終わっていたのだ。 第2話 地下室に染みついたカビ臭さが、嫌でも昔の記憶を引きずり出してくる。 小さい頃の私は、今よりもっとヴィヴィアンが嫌いだった。 ファミリーが雇った最高クラスの医療チームも、24時間体制で付き添う看護師たちも、全部ヴィヴィアンのため。 代々受け継がれてきたネックレスもヴィヴィアンに渡ったし、新しい車が届けば、最初に乗せてもらえるのはいつだってあの子だった。 私は護衛用セダンの後部座席。 そんな扱いが当たり前だった。 寝る前の時間だってそうだ。 父、マルチェロは、ヴィヴィアンの前でだけ驚くほど優しい声で話した。 シチリア時代のヴァレンティ家がどうやって成り上がったのか。どれだけの血を流して今の地位を手に入れたのか。誇りと暴力にまみれたファミリーの歴史を、静かな声で語って聞かせる。 でも、その話を聞けるのはヴィヴィアンだけだった。 私はいつも、部屋の外にしゃがみ込んでいた。 扉の隙間に耳を寄せながら。 「ヴィヴィアン、今夜はどんな話が聞きたい?」 低く柔らかな父の声。 「ひいおじい様がニューヨークを手に入れた時の話」 ヴィヴィアンがそう答えると、父はゆっくり話し始める。 夜の静けさに溶けるチェロみたいな、ゆっくりと深く響く声だった。私は膝を抱えたまま、扉の外でファミリーの栄光の物語を聞いていた。 聞けば聞くほど、巨大な手に心臓を鷲掴みにされるように、胸の奥がぎゅっと締めつけられる。 どうして、私は一緒に聞いちゃいけないの? 十歳の夏、同盟ファミリーからドーベルマンの子犬が二匹贈られてきたことがあった。 綺麗な黒毛の純血種。 夕食の席で、母は二本のリードをそのままヴィヴィアンへ手渡した。 「ヴィヴィアン、可愛がってあげて。この子たちなら、あなたを守ってくれるわ」 私は自分の空っぽの手を見下ろした。 気づいた時には、涙が溢れていた。 「なんでヴィヴィアンだけなの?」 声が震える。 「私も欲しい! 一匹くらい、私にもくれたっていいじゃない!」 次の瞬間、ガンッと食器のぶつかる音が響いた。 父がフォークを叩きつけたのだ。 「シエナ!」 怒鳴り声に、身体がびくっと震える。 「お前はどうしてそんなに自分勝手なんだ!」 父は立ち上がった。 その顔は恐ろしいほど険しかった。 「ヴィヴィアンの身体がそれほど弱いか分かってるのか? あの子はいつ何があってもおかしくないんだぞ」 そこで父は言葉を切った。 私は、分かっていなかった。 ヴィヴィアンはいつも顔色が悪くて、ときどき咳をして、両親はそんな彼女を悲しそうに見つめていた。 でも、それがどういう意味なのか、本当には理解していなかった。 だから私は叫んだ。 「なんで? なんで全部ヴィヴィアンにあげるの!?」 椅子を蹴るように立ち上がり、向かい側のヴィヴィアンを指差す。 「そんなに可哀想なら、もう死ねばいいじゃん! そしたら全部私のものになるのに!」 ヴィヴィアンの顔がぐしゃっと歪んだ。 大粒の涙が、ペルシャ絨毯へぽたぽた落ちていく。 何か言おうとして口を開くのに、声が出ない。 まるで本気で怯えているみたいな顔だった。 次の瞬間、母が立ち上がり、思いきり私の頬を叩いた。 口の中に鉄の味が広がる。 唇が切れたのだと気づくまで、少し時間がかかった。 あんなふうに叩かれたのは、あれが初めてだった。 ヴィヴィアンは慌てて私を庇おうとした。 でも母は、それを止めた。 「放っておきなさい」 冷え切った声だった。 「この家で、言っていいことといけないことくらい覚えさせないと」 翌朝、書斎の前を通りかかった時だった。 中から、母の泣き声が聞こえてきた。 「あと八年しかないのよ……」 掠れた声。 「あの子のチップ、残り八年しか……」 「分かってる」 父の声も重かった。 「八年だ……たった八年しかない……」 その瞬間、私はようやく理解した。 ヴィヴィアンは、本当に死ぬんだ。 バイオウォッチに表示され続けている赤い数字は、ヴィヴィアンの命のカウントダウンだった。 そして、今。 ホールでは、目を赤くした両親が、ヴィヴィアンを部屋まで送り届けていた。 その姿を見ていると、胸の奥にどろりとした感情が広がっていく。 やがて父が小さな声で言った。 「……シエナを出してやった方がいいんじゃないか」 母はすぐには答えなかった。 長い沈黙のあと、ようやく口を開く。 「もう少しだけ、あの子には我慢してもらうわ」 ひどく疲れた声だった。 「せめて今日くらい……ヴィヴィアンに完璧な誕生日を過ごさせてあげたいの。最期の日なんだから」 そう言って、母は目元を押さえる。 「シエナなら、そのうち分かってくれるわ」 それは私に言い聞かせるというより、自分自身へ言い訳しているみたいだった。 「ヴィヴィアンがいなくなったら……その時は、ちゃんと埋め合わせをする。あの子の望むものを全部与えてあげればいいもの」 父は何も答えなかった。 ただ黙ったまま長いテーブルへ向かい、パーティー用に用意されていた手作りチョコレートを一つ取る。 そして、そのまま地下室へ歩き出した。 第3話 「シエナ」 父は地下室の扉越しに、静かな声で呼びかけた。 「チョコレートを持ってきたぞ。甘いものでも食べて、もう機嫌を直せ。いつまでも拗ねるな」 私は父の前へしゃがみ込んで、彼を見つめる。 父の目は真っ赤に充血していて、目元の皺も去年よりずっと深くなっていた。髪には白いものまで混じっている。 まだ四十五歳なのに。 まるで地獄を這いずり回ってきた老人のような顔だった。 「パパ、私はここにいるよ。 私、死んじゃったの。だからお願い……扉を開けて、ちゃんと見てよ」 もちろん、私の声は届かない。 「シエナ?」 父はもう一度名前を呼びながら、扉の下の隙間へチョコレートを押し込んだ。 私は父の頬へ触れようとする。 でも指先は、父の身体をすり抜けた。 父は深くため息をつく。 「まったく……まだ根に持っているのか」 呆れたような声だった。 高価な革靴の先で、さらにチョコレートを奥へ押しやる。 「いいだろう、そこでおとなしくしていろ。だが、これ以上騒ぎは起こすな」 そこで一瞬、父の声が掠れた。 「……ヴィヴィアンがいなくなったら、その時は全部埋め合わせしてやるから」 私は、父が地下室へ入るのを待たなかった。 遠ざかっていく背中を見つめながら、小さく呟く。 「もういいよ、パパ」 埋め合わせなんて、しなくていい。 だって、もう間に合わない。 父が去ったあと、廊下は再び静けさに包まれた。 しばらくして、ホールの方から扉の開く音が聞こえる。 部屋から出てきた母は、ヴィヴィアンを起こさないよう、そっと扉を閉めた。 そのまま廊下に立ち尽くし、ぼんやり何かを考え込む。 やがて地下室の扉へ視線を向けると、唇をきゅっと結んだ。 迷っているみたいだった。 けれど最後には、小さく息を吐いてこちらへ歩いてくる。 そして、さっき父がいた場所へしゃがみ込んだ。 「シエナ……」 今にも消えそうな声だった。 「ママを恨まないでね」 震える指先で、扉の彫刻をそっとなぞる。 「あなたが傷ついてるのは分かってる。でも……ヴィヴィアンには、もう今日しか残ってないの」 そこで言葉が詰まる。 「だから、せめて最後くらい、幸せなままでいさせてあげたいのよ……」 私は母の前へしゃがみ込んだ。 母の目元が濡れている。 でも彼女は、それを隠すみたいにすぐ拭った。 「ヴィヴィアンがいなくなったら、あなたの欲しいもの、全部あげるから」 無理やり明るく言おうとしている声だった。 「新しいフェラーリだって買ってあげる。ミラノのファッションショーにも連れて行ってあげるわ。五番街の宝石店も欲しがってたでしょう? 全部あなたに譲る」 ぽたり、と涙が落ちる。 冷たい床に、小さな染みが広がった。 「だから今日だけは……お願い。もう騒ぎを起こさないで……」 返事はない。 地下室は静まり返ったままだ。 その沈黙が続くにつれて、母の顔から悲しみが消えていく。 代わりに浮かんできたのは、苛立ちだった。 母は勢いよく立ち上がる。 「……なんて恩知らずな子なの!」 怒りを押し殺しきれない声だった。 「少しは思いやりってものがないの!? ここまでしてあげてるのに……!」 吐き捨てるように言う。 「蛇みたいな子に育っちゃって!」 そのまま背筋を強張らせたまま、早足で去っていった。 もうすぐパーティーが始まる。 その時、屋敷の外からエンジン音が響いた。 ヴァレンティ家前当主、祖母のドナ・カテリーナが、護衛を引き連れて姿を現す。 彼女の手には、年代物のオルゴールが抱えられていた。 祖母はリビングの革張りのソファへ腰を下ろすと、鋭い目で室内を見回した。 やがて祖母は眉をひそめる。 「ヴァレリア、シエナはどこかしら?」 第4話 その瞬間、母の表情が強張った。 「シエナなら……その、乗馬クラブへ行かせました」 祖母と目を合わせないまま、視線をドレスの裾へ落とす。 けれど祖母は何も答えない。 ただ、冷え切った目でじっと母を見つめていた。 「乗馬クラブですって?」 静かな声だった。 「だったら今すぐ呼び戻しなさい」 「お義母様……!」 母は慌てて立ち上がる。 明らかに声が震えていた。 「シエナが少し興奮していて……頭を冷やさせるために、地下室へ入れてるんです」 そこで祖母の動きが止まった。 空気が一瞬で張り詰める。 「……地下室?」 祖母はゆっくり聞き返した。 「あなた、シエナを閉じ込めたの?」 「でも今日はヴィヴィアンの大事な日なので……」 母の声はどんどん小さくなっていく。 祖母の顔色が変わった。 立ち上がった拍子に身体がわずかによろめき、母が慌てて支えようとする。 でも祖母は、その手を強く振り払った。 「ヴァレリア!」 怒りを堪えきれない声が響く。 「シエナだって、あなたの娘でしょう?」 母は何か言おうとした。 けれど祖母は止まらなかった。 「ええ、分かっているわ。ヴィヴィアンの運命がどれほど残酷かくらい。十九にもなれない人生だなんて、そんなもの悲劇以外の何ものでもない」 祖母の目に涙が滲む。 「だから最後くらい、幸せに送り出してあげたい。そう思う気持ちも分かるわ」 でも次の瞬間、その声は鋭くなった。 「じゃあシエナは? あの子の人生は違ったの!?」 母が息を呑む。 「シエナが自分だけのものを与えられたこと、一度でもあった? 服も宝石も全部お下がり! 護衛までヴィヴィアンへ回して!」 祖母の声が震える。 「あなたたち、あの子から何もかも奪ってきたじゃない!」 「私はそんなつもりじゃ……」 母の反論は弱々しかった。 祖母は涙も拭わずに続ける。 「二人とも優しい子だったのよ……」 掠れた声だった。 「なのに、あなたたちはシエナへ何を返したの? 少しくらい愛してあげようとは思わなかったの?」 母はその場へ崩れるように座り込み、顔を覆った。 肩が激しく震えている。 それでも祖母は言葉を止めない。 「それなのに最後くらい、姉妹を会わせてもあげなかったの?」 怒りというより、もう悲鳴に近かった。 「ヴィヴィアンは明日にはいなくなるのよ。シエナは、あの子にとってたった一人の姉妹でしょう?」 祖母は苦しそうに息を吐く。 「小さい頃からずっとヴィヴィアンを守ってきた子なのに……あなたたち、後悔を抱えたままヴィヴィアンを逝かせるつもりなの?」 「私は……」 母の声が指の隙間から漏れる。 「ただ、最後の日くらい……ヴィヴィアンに笑っていてほしかったんです……シエナが来たら、また揉めると思って……」 夜はそのまま静かに更けていった。 ヴィヴィアンの部屋の扉は閉ざされたまま。 長い沈黙のあと、祖母が掠れた声で言う。 「少し休みなさい。明日は早いんだから」 母は何か言いかけたが、小さく首を振った。 「……眠れません」 父も黙ったまま動かない。 祖母は深くため息をつくと、それ以上は何も言わず、地下室の扉へ歩いていった。 そしてその前へ膝をつく。 「シエナ」 扉越しの声は、とても優しかった。 「おばあちゃんがここにいるからね。だから怖がらなくていいのよ」 その言葉を聞いた瞬間、また涙が溢れた。 時間だけが静かに過ぎていく。 やがて朝日がステンドグラスを通り抜け、人気のないホールを淡く照らした。 祖母はゆっくり立ち上がる。 そしてヴィヴィアンの部屋の前へ向かった。 「ヴィヴィアン、出ていらっしゃい」 扉が開く。 現れたヴィヴィアンは、驚くほど綺麗だった。 死を待つ人間には、とても見えない。 「おばあ様、パパ、ママ」 柔らかな声だった。 その瞬間、母は堪えきれずヴィヴィアンを抱き締める。 壊れそうなものを抱えるみたいに、強く。 父も震える手でヴィヴィアンの髪へ触れた。 「ヴィヴィアン……」 母は泣いていた。 祖母だけが黙ったまま、その光景を見つめている。 長い間、何も言わずに。 けれど不意に、何かを思い出したように顔を上げた。 「シエナ!」 朝の静寂を裂く鋭い声。 「早く、シエナを出してあげなさい!」 その瞬間になって、両親はようやく地下室の私を思い出した。 「ああ、そうだわ……!」 母は涙を流しながら笑う。 「シエナを出さなきゃ! ヴィヴィアンが助かったんだわ!」 父の顔にも喜びが広がる。 「奇跡だ……こんなこと……!」 ヴィヴィアンの手を引きながら、三人は地下室へ駆け出した。 誰もが幸せそうだった。 その時、父の手が鉄の鍵へ触れた瞬間、突然、鋭い警報音がホール中へ鳴り響いた。 ヴィヴィアンのバイオウォッチだった。 【警告。警告。末期状態を確認。寿命カウントダウンがゼロに到達しました――】 空気が凍りつく。 父が勢いよく振り返った。 視線の先には、確かに生きて立っているヴィヴィアン。 父の顔から血の気が消えていく。 火傷でもしたみたいに、鍵から手を離した。 「……何って事だ」 掠れた声が落ちる。 「チップの異常だ……間違ってるに決まってる」