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娘のお披露目パーティーに姿を現さない夫なんていらない
娘の宮崎朋花(みやざき ともか)のお披露目パーティーの前日、夫である宮崎克哉(みやざき かつや)から連絡があった。 「いつもの店で待って...
Chương (1)
第1章
娘の宮崎朋花(みやざき ともか)のお披露目パーティーの前日、夫である宮崎克哉(みやざき かつや)から連絡があった。
「いつもの店で待ってるよ。サプライズがあるんだ」
いつもの店というのは、プロポーズ、入籍祝い、そして毎年の結婚記念日を過ごしているお気に入りのレストランだった。
またいつものように小粋なサプライズを準備しているのだろう。
ドアを開けると、そこには克哉が女性と親しげに身を寄せ合い、その隣には彼に目元がそっくりな子供が座っていた。
私を見た克哉は、慌てたり隠れたりするどころか、悪びれもせずに言った。
「子供ができたし、もう隠しておくのも嫌だったから。
紹介するよ。俺の初恋相手の恵美。恵美との子も、もう4歳になるんだ」
黙り込んでいる私を見て、克哉は続けた。
「心配しないで。俺の妻はお前だけだから、お前と朋花の生活が変わることはないよ。
明日のお披露目パーティーも予定通りやろう。ただ……健太の戸籍だけは俺たちの方に入れさせてほしいんだ。
結婚して6年、お前の芸能活動は俺のおかげでうまくいっているだろ?俺の言う通りにしていれば、今後もお互い上手くいくから」
普段ならとことん追及する私だったが、この時は何も言わず、そのまま背を向けた。
翌日、克哉は何事もなかったかのようにホテルのロビーでゲストの対応をしていた。
私はフラッシュを浴びる中、克哉の親友を連れてその前まで歩み寄る。
「紹介するね。この人は朋花の新しい父親なの」
第1話
娘の宮崎朋花(みやざき ともか)のお披露目パーティーの前日、夫である宮崎克哉(みやざき かつや)から連絡があった。
「いつもの店で待ってるよ。サプライズがあるんだ」
いつもの店というのは、プロポーズ、入籍祝い、そして毎年の結婚記念日を過ごしているお気に入りのレストランだった。
またいつものように小粋なサプライズを準備しているのだろう。
ドアを開けると、そこには克哉が女性と親しげに身を寄せ合い、その隣には彼に目元がそっくりな子供が座っていた。
私を見た克哉は、慌てたり隠れたりするどころか、悪びれもせずに言った。
「子供ができたし、もう隠しておくのも嫌だったから。
紹介するよ。俺の初恋相手の恵美。恵美との子も、もう4歳になるんだ」
黙り込んでいる私を見て、克哉は続けた。
「心配しないで。俺の妻はお前だけだから、お前と朋花の生活が変わることはないよ。
明日のお披露目パーティーも予定通りやろう。ただ……健太の戸籍だけは俺たちの方に入れさせてほしいんだ。
結婚して6年、お前の芸能活動は俺のおかげでうまくいっているだろ?俺の言う通りにしていれば、今後もお互い上手くいくから」
普段ならとことん追及する私だったが、この時は何も言わず、そのまま背を向けた。
翌日、克哉は何事もなかったかのようにホテルのロビーでゲストの対応をしていた。
人気女優の娘のお披露目パーティーということで、名だたる著名人が多数出席している。
話題になるには十分で、ライブ配信も大いに盛り上がっていた。
【菖蒲(あやめ)さんはまだ?もしかして、不仲説が本当とか?】
【旦那さんのこと見て。目の下にクマができてない?昨夜はさぞかしお楽しみだったんだね】
【それはないだろ。自分の娘さんの祝い事だから、楽しみすぎて寝られなかったんじゃないか?】
【楽しみだって?迎えにさえ行ってないんだよ!菖蒲さんに一人で来させるなんておかしくない?】
コメント欄が飛ぶような速さで流れていく。
克哉はオーダーメイドの黒のスーツを纏い、ホテルの前で外行きの笑みを浮かべていた。
記者の一人がマイクを向けて問いかける。
「宮崎社長、今日は娘さんのお祝いですが、菖蒲さんはなぜ一緒にいらっしゃらないのですか?もしや何か……」
克哉は笑顔で遮った。
「夫婦仲は良好ですよ。妻は子供を連れて来なければならないので、また後から来るんです」
克哉の慈愛に満ちた表情に、カメラがこれでもかと向けられる。
皮肉な話だ。
昨夜、克哉は加藤恵美(かとう えみ)の肩を抱き寄せ、宮崎健太(みやざき けんた)と3人での海外旅行の計画をしていたくせに。
克哉は菖蒲が彼ら3人の関係を壊すような真似はしないと高をくくっているらしい。
克哉の隣にいた、彼の友人である新井海斗(あらい かいと)が肩を小突き、小声で冷やかす。
「克哉、昨夜は何時に寝たんだよ?ひどいクマだぞ。嫁と元カノが一緒にいたからって、まさか昨日はとんでもないことしちまったんじゃないのか?」
もう一人の友人もやってきて、にやにやしながら会話に入った。
「克哉も大したもんだよな。両方を幸せにしてやろうなんてさ。
それにしてもお前の奥さん、気が強いだろ?こんなことしたら、本気で怒って来ないんじゃないか?」
男たちが低く笑う。
克哉は口角をわずかに上げ、ただ淡々と言った。
「結婚して6年、俺はあいつに全てを与えてきたし、子供だってできた。ここに来ないなんてあると思うか?」
一呼吸置いて、克哉は記者の群れを見つめながら確信を込めて付け加える。
「不機嫌なのはいつものことだ。でも、これだけの大物たちの前で面子を潰す勇気なんて、あいつにはないから」
男たちが再び笑った。次の瞬間、一台のマイバッハが停まる。
シャンパンゴールドのドレスを身に纏い、髪をカジュアルに後ろでセットした私。
第2話
メイクも完璧で、疲れなどは微塵も感じさせない。
フラッシュが容赦なく焚かれ、激しい光が私を襲った。
メディア関係者たちは血の匂いを嗅ぎつけた鮫のように、瞬く間に押し寄せてくる。
「菖蒲さん!こっちにお願いします!」
「菖蒲さん、宮崎社長との不仲が噂されていますが、事実ですか?」
「宮崎社長に愛人がいるという噂がありますが、ご存知でしょうか?」
私は軽く体を翻し、無言を貫いた。
克哉は私の美しさに一瞬目を奪われたようだったが、すぐに気を取り直して私の腰を引き寄せる。
彼は顔を近づけ、私の耳元で囁いた。
「さすが俺の妻、スターだな。どこにいても注目の的だ。
それにしても、なんで俺が用意したドレスを着なかったんだ?わざわざ海外から取り寄せたのに」
克哉のとぼけたような労いの言葉を聞き、心の中には酸っぱい感覚がこみ上げる。
私の腰を抱いた克哉が数歩進んだ時、彼のスマホが鳴った。
画面を見た彼の顔に、嬉しそうな笑みが浮かんだ。
「どうしたんだ?今日は幼稚園の保護者会じゃないのか?」
すると、電話の向こうから、切迫しているようでいて、甘えた声が漏れてくる。
「もうすぐ始まるんだけど、みんな両親が揃っているのに、自分だけパパがいないって健太が泣き出しちゃって。少しだけ顔を出してくれないかな?」
克哉は呆れたように笑ったが、その口調はとても優しかった。
「二人とも、俺を困らせる天才だな。
分かった。10分で行くから待ってろ」
そう言って克哉は電話を切ると、スマホをポケットに放り込み、駐車場の方へ向かおうとした。
私は咄嗟に彼の袖をつかむ。
頭の中に色々な思いが駆け巡ったが、最後には小さくこう問いかけることしかできなかった。
「克哉。記者も関係者も大勢いるのに、本当に行くの?」
克哉が足を止め、振り返った。その眉には皺が刻まれている。
「当たり前だろ?恵美が困ってるんだから、行くに決まってるよ」
そばにいた海斗も克哉に顔を近づけ、小声で言った。
「克哉、ここで離れるのはまずいだろ。菖蒲さんが到着したばかりで、まだ会場にも入ってないのに」
もう一人の男も頷く。
「そうだぞ。こんな大物たちが来てくれてるのに会場から離れるなんて、有る事無い事記事にされるのがオチだ」
しかし、克哉は二人を一瞥すると、大したことないというように笑った。
「幼稚園の保護者会だ、30分もかからないよ。健太は俺になついてるんだ。俺が行かなきゃ声が枯れるまで泣きわめくだけなんだよ」
克哉は腕時計を見て、先程までの調子で笑い飛ばす。
「俺のフォローは頼んだ。すぐ戻るから」
しかし、私はその場に立ち、袖口をつかんだまま離さなかった。
「克哉。今日、このまま行くっていうなら、朋花には新しい父親を探すから」
克哉は少し呆気に取られた後、笑った。
それは、軽蔑と自信が入り混じった笑みだった。
「新しい父親を探す?そんなのどこで見つけてくるんだよ?
菖蒲、お前今いくつだ?そんな子供みたいな手段で俺を脅すなんて、恥ずかしいぞ」
克哉はジャケットの胸元から、精巧な特注のネックレスを取り出した。
「本当は朋花に直接かけてやるつもりだったんだけど」
そう言って、克哉はネックレスを私の手に押し付け、手のひらを指先でポンと叩いた。
「そんなことは言うな。いい子にしてろ。恵美は恵美で大変なんだよ。それに、あいつはすぐパニックになる。俺が今行かなきゃ、この後だって電話の嵐だ」
そう言い終えると、克哉は私の額に軽く口づけを落とす。
そして、振り返ることもなく去っていった。
私は立ち尽くしたまま、克哉がホテルの外へと消えていく背中を眺めていた。
周りのメディア陣が互いに顔を見合わせたかと思うと、フラッシュが狂ったように焚かれる。
「宮崎社長はどこへ行ったんですか?」
「菖蒲さん!宮崎社長は何か、急用かトラブルですか?」
第3話
配信中のコメント欄も、大荒れになった。
【まじか?娘のお披露目パーティーなのに、子供の父親がいなくなったぞ?】
【来たと思ったら即帰宅?これってもう、離婚確定だろ!】
【例の愛人のところに行った、に一票】
【菖蒲さん可哀想すぎる。子供も生まれたばかりだっていうのに】
私は何も答えなかった。
ただ手の中のネックレスを強く握りしめる。
金属の冷たさが手のひらを伝い、心の底まで凍りつかせた。
深呼吸をして、私は会場の中へ足を踏み入れた。
扉を開けると、そこには娘のお披露目パーティーのために用意された豪華な装飾が広がっていた。
掃き出し窓の近くには、わざわざ海外から空輸した紅白のバラが、小さな山のように積み上げられている。
甘味ブースには6段重ねのケーキ。一番上の段には星を抱えた小さな女の子……克哉がオーダーメイドで作らせた朋花の似顔絵チョコが飾られていた。
そして、ゲストの名前が記された席札もすべて克哉が丁寧に書いたもの。
克哉は昔から字がうまく、付き合い始めた頃には私のために筆記体を一緒に練習してくれたっけ。
「朋花のお披露目パーティーは、結婚式より盛大にやるんだ。
お前を芸能界で一番羨ましがられる女にしてやるよ」
克哉はそれを全部実現した。
私は入り口に立ったまま、全てを細部まで見渡す。
夜通しプランナーと企画を練り合っていた克哉の姿。
克哉がケーキの味についてパティシエと真剣に議論していた午後。
朋花を抱いて誰よりも嬉しそうにしていた克哉を見たあの清々しい朝……
すべてが目の前に浮かんでくる。
ただ、今は知ってしまった。それが自分だけのものではなかったということを。
慌てて追いかけてきた海斗が、引きつった笑顔で言う。
「菖蒲さん、克哉はただ幼稚園の保護者会に行っただけですから。すぐそこですし、すぐ戻ってきますから」
もう一人の仲間もすかさず克哉のフォローをした。
「そうですよ!克哉なら分かってますって。それに、朋花ちゃんの大事な日なんだから、克哉が遅れるはずがないでしょう?」
「そうそう!子供をあやすだけだから、30分で帰ってきますよ」
誰もが、まるでライターを借りに行っただけとでもいうように、克哉を正当化していた。
彼らに視線を向けると、私は表情を変えずに言った。
「そうですか、分かりました。では、ゲストの皆さんの対応をお願いできますか?
私は、ここで待ちますから」
自分でも、なんと馬鹿げたことを言ったのだろうと思う。
何を待つというのだろうか?
克哉が戻ってきて、またいい夫を演じ続けてくれるのを?
それとも、あの4歳の子供が事故でできてしまったと言いに来てくれることだろうか。
海斗はホッとしたような表情を浮かべ、慌てて私に飲み物や食べ物を勧めてくる。
私は控室へと向かった。
中に入ると、朋花を抱っこしていた親友の栗原桜(くりはら さくら)が、私の姿を見るなり食ってかかってきた。
「克哉さんはどこなの?今、またどっか行ったって聞いたけど」
桜は私の大学時代からの友人で、駆け出しの時から陰の努力も、克哉との恋に盲目的にのめり込んでいく様子もずっとそばで見守ってくれていた。
「あの男、頭おかしいんじゃないの?娘のお披露目パーティーよりも、よその子の保護者会?」
桜は朋花をベビーカーに戻し、怒りで目を赤くしながら言った。
「昔、あなたが撮影中に転落したとき、あの男は飛行機に乗って病院まで飛んできて、3日間一睡もせずに看病してくれた。
あなたが賞を取った日なんか、彼が、ステージの下で誰よりも泣きながら『金を稼いだことより、お前を嫁にできたことが一生で一番の幸せだ』って言ったんだよ?
その言葉に泣かされた私は、『菖蒲たちって本当に素敵な夫婦』ってインスタにも書いたのに」
桜が悔しさのあまり声を震わせる。
「それなのに、あの男……外で子どもまで作っていたなんて、マジで何なの?」
私は俯いて、スマホを眺めた。
第4話
薬指の結婚指輪を、なんとなく指先でなぞる。
SNSのトレンドは、もう大炎上だ。
【#宮崎克哉、娘のお披露目パーティーを放置】
【#宮崎菖蒲、離婚危機】
タップすると、芸能記者が投稿したばかりの速報記事が目に飛び込んできた。
【独占!宮崎社長、娘のお披露目パーティーで途中退席?その行き先はなんと、初恋の女性との子どもの保護者会?】
添付された写真には、克哉が膝をつき、4歳くらいの男の子の涙を拭う姿が写っている。そして、その隣には女性が優しげに微笑んでおり、まさに幸せな家族そのものだった。
投稿のリプライもすでに1万件超え。
【やばいな。自分の娘のお披露目パーティーを放置して、愛人との子どものところへ行くとか。宮崎ってやつ、奥さんを馬鹿にしているのか?】
【その相手って加藤さんだよな?昔の彼女で、海外に行ったはずの。子どもを連れて戻ってくるなんて、正式に復縁狙い?】
【菖蒲さんかわいそう。かつては宮崎社長のために親からも勘当寸前だったのに、結末がこれだなんて】
私は無表情でその画像をスクリーンショットし、アルバムに保存した。
すると、桜が私のスマホをひったくり、怒りに震えた様子で言い放った。
「何を保存しているのよ?本当に馬鹿になっちゃったんじゃないの?まだこんなクズ男を待つつもり?
記者たちがいるうちに、朋花ちゃんを連れてさっさと帰りな。明日には離婚声明も出すのよ!
あなたがどれだけ条件の良い仕事のオファーを断ってあの男を支えてきたと思っているの!ご両親とだって、2年も連絡を取っていないんでしょ。こんなことになっているのに、まだ我慢するわけ?」
私はスマホを桜から取り返し、画面をロックしてポケットに突っ込んだ。
そして桜に向かって、ゆっくりと口元に笑みを浮かべる。
「桜、私のことは心配しなくて大丈夫だから」
ベビーカーの朋花に手を添え、私は他人事のような冷めた口調で続けた。
「私が弱かったことなんてないよ」
桜が驚いて動きを止める。
私は桜にウィンクしてみせると、結婚指輪を外してその場に置いた。
「この数年の時間は、自分で決めて選んだ道。だから、後悔はしていない。でも、今日の娘のお披露目パーティーは……
まだ他に、とっておきのサプライズがあるから」
気持ちを切り替え、私は会場のゲストたちへの挨拶に出向いた。
会場の隣の個室では、業界内で付き合いのある友人たちがスマホを囲み、顔を曇らせている。
「みんな見た?宮崎社長の行動、いくらなんでも……」
そう口を開いた吉田柚(よしだ ゆず)は、隣の人に脇腹を小突かれた。
私が来たことに気づいたのだろう、その瞬間柚は顔をひきつらせ、スマホをバシッと伏せた。
他の面々も慌てて表情を取り繕い、引きつった笑みを浮かべてこちらへ近づいてくる。
「菖蒲さん、気にしないようにね。マスコミなんていつも勝手な推測ばかりだから」
「そうよ、宮崎社長みたいな人は、急用ってのはよくある話だよ。仕事が一番っていうのが男の性だもんね」
私は軽く笑うだけで、特に何も言わなかった。
しかし、柚だけが近寄ってきて私の手を握り、ひどく遠慮がちに言った。
「菖蒲さん。菖蒲さんが仕事を始めた頃からずっと見てきたから、私たちもう随分長いつき合いだよね」
柚は言葉を選びながら、ゆっくりと続ける。
「以前の二人がとても素敵で、周りのみんながどんなに羨んでいたかも知ってる。でも……最近のよからぬ噂については、私たち実は全部……」
柚の言葉の続きは言わなくても分かった。
あの、悪意に満ちた噂のことだろう。
もちろん、私だって知らないわけがない。
克哉の初恋相手である恵美が帰国してから、彼が飲み会で正体不明の女性を連れていること。そして、隠し子がいるのではないかという疑惑。
一つ一つがトゲのように心に刺さり、抜いても抜いても無くならないのだ。
それでも私は信じたくなかったから、いかなる明らかな破綻も、私を蔑ろにする兆候も、全て自分の勘違いだと言い聞かせてきた。
だが、まさか克哉が隠す気もなく、それどころか、私にその母子をこれ見よがしに紹介してくるなんて……
第5話
挙句の果てに、本妻の座を「褒美」として与える?
一体、何時代の話をしてるのだろう?
「菖蒲さん?」柚が小声で私を呼んだ。
ハッと意識を戻した私は、柚に微笑みかける。
「柚、もうすぐパーティーが始まるわ。先にみんなで集合写真を撮ってから、席に着こう」
私がそう言うや否や、受付を手伝っていた男性陣が顔を見合わせた。
海斗が私のそばに寄ってきて、声を潜めて言う。
「菖蒲さん、もう始めるんですか?克哉がまだ戻っていませんが……」
私は淡々と答えた。
「用事が終わればすぐに戻ってくるはずですから。
それに、300名を超えるゲストたちをお待たせするわけにはいきません」
海斗たちは視線を交わし、明らかに動揺していた。
海斗は残りの二人を連れて隅に移動し、慌てて電話をかけ始める。
そう遠く離れていない所にいた私の耳にも、電話の内容が微かに伝わってきた。
「克哉、そっちは終わったか?菖蒲さんが、もう始めるって……」
電話の向こうからは、子供の笑い声と共に、克哉の笑い声も聞こえる。
「忙しいのが分からないか?保護者会がまだ終わってないんだ。少し引き延ばして、待つように菖蒲に言っておいてくれ」
「でも……記者たちがこんなに大勢集まってて、中座しただけでもこの騒ぎなのに、戻ってこないってなると……」
「分かった、もういいよ。俺が何とかするから。菖蒲も分かってるはずだから、挨拶くらい先にやらせておけ」
そうして、通話は切れた。
スマホを握りしめた海斗の顔が青ざめている。
もう一人が小声で毒づいた。
「どうすりゃいいんだよ?克哉、今回ばかりは酷すぎるだろ……こんな大勢の記者がカメラを構えているのに、これ以上菖蒲さんを一人にしておくなんて」
「本当にそうだよな。菖蒲さんっていえば、男なら誰しも憧れた人なんだから。かつては何人もの男が行列を作ってアプローチしてたのに、よりによって克哉を選んで……それがこのザマ?俺だったら大事にするぜ。なのに、あいつはなんでこんな真似ができるんだ?」
さらに別の男が鼻で笑う。
「やめとけ。そんなこと言うってことは、お前、随分と前から菖蒲さんを狙ってたりして?克哉が他人の子供の父親になったからって、今度はお前が代わりに菖蒲さんの子の父親になるつもりか?」
彼が表情を引きつらせ、反論しようと口を開いた時――
「いいですよ」
私は淡々と口を開き、口元には冷ややかな笑みを浮かべた。
驚いた3人の顔からは、一気に血の気が引く。
海斗がどもりながら言い訳を始めた。
「い、いや菖蒲さん……これはその、冗談のつもりで……」
もう一人も慌てて話題をそらそうとする。
「あ、菖蒲さん!中に入らなくていいんですか?もう始まっちゃいますよ?」
しかし、私は立ち尽くしたまま、先ほどの彼らの会話を反芻していた。
克哉は私の性格を熟知している。だから、私が今日の娘のお披露目パーティーを必ず予定通りに行うと思っているはずだ。
招待された友人、そしてメディアのカメラが集まっている中、私が途中で投げ出すことはないと。
なぜなら克哉が知る「菖蒲」は、いつでも世間体を気にし、場の空気を読んで振る舞う女性だから。
誰一人にも不快な思いはさせない。
だが、克哉たちは知らない。
今回の私に、二度と引き下がるつもりがないということを……
娘のお披露目パーティーは、定刻通りに開始された。
壇上で微笑む私にライトが当たり、司会者がお決まりの挨拶を並べる。
すると暗闇から、一人の男が歩み出してきた。
その腕には、ピンク色の服に包まれた朋花が抱かれている。
しかし、会場の空気は、一瞬にして凍りついた。
私は気にせず笑みを浮かべて彼を迎え、その腕にそっと手を回した。
「皆さん、ご紹介しますね――
こちらは、娘の新しい父親です」