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ライブも後輩を優先する彼。私は無言で異国へ旅立つ
彼・木村竜之介(きむら りゅうのすけ)が後輩の酒井遥(さかい はるか)とライブに行くと言ったのは、講義が終わった直後だった。 「今から行...
Chương (1)
第1章
彼・木村竜之介(きむら りゅうのすけ)が後輩の酒井遥(さかい はるか)とライブに行くと言ったのは、講義が終わった直後だった。
「今から行かないと。遥を待たせるわけにはいかない」
竜之介は、挨拶でもするような軽い口調で言った。
私・石川凛(いしかわ りん)は教科書を片付け、鞄に入れて言った。
「分かった」
彼は呆然とした。
スマホを打っていた手を止め、私をじっと見つめる。
「俺、遥と行くんだ。お前が一番好きな歌手のライブだぞ。怒らないのか?」
私は鞄を閉め、淡々と答えた。
「怒る必要なんてないでしょ」
そのライブに一緒に行きたいと、私は99回も頼んでいた。
100回目で、ようやく彼は二枚のチケットを手に入れたが、後輩の遥と行くためだった。
不思議と、ショックではなかった。
遥が入学して以来、こんな扱いにはもう慣れていたのだ。
私は鞄を背負い、教室の出口へ向かった。
彼は動かない。
教室を出ようとした時、彼はようやく我に返って慌てたように追いかけてきて、私の手首を掴む。
「凛、3日後に深津市で同じ歌手のライブがある。その時は必ず一緒に行ってやるよ。
その日は俺たちが付き合って3周年の記念日だ。絶対にすっぽかさない」
私は彼の手に視線を落とし、それから顔を上げて微笑んだ。
「うん」
ここ半年、彼は「来週行く」と9回、「必ず行く」と13回、「安心しろ」と16回も言った。
でも、その約束が守られたことは一度もなかった。
そして次のライブも、きっと行けない。
だって今度は、私が彼との約束をすっぽかす番だからだ。
第1話
彼・木村竜之介(きむら りゅうのすけ)が後輩の酒井遥(さかい はるか)とライブに行くと言ったのは、講義が終わった直後だった。
「今から行かないと。遥を待たせるわけにはいかない」
竜之介は、挨拶でもするような軽い口調で言った。
私・石川凛(いしかわ りん)は教科書を片付け、鞄に入れて言った。
「分かった」
彼は呆然とした。
スマホを打っていた手を止め、私をじっと見つめる。
「俺、遥と行くんだ。お前が一番好きな歌手のライブだぞ。怒らないのか?」
私は鞄を閉め、淡々と答えた。
「怒る必要なんてないでしょ」
そのライブに一緒に行きたいと、私は99回も頼んでいた。
100回目で、ようやく彼は二枚のチケットを手に入れたが、後輩の遥と行くためだった。
不思議と、ショックではなかった。
遥が入学して以来、こんな扱いにはもう慣れていたのだ。
私は鞄を背負い、教室の出口へ向かった。
彼は動かない。
教室を出ようとした時、彼はようやく我に返って慌てたように追いかけてきて、私の手首を掴む。
「凛、3日後に深津市で同じ歌手のライブがある。その時は必ず一緒に行ってやるよ。
その日は俺たちが付き合って3周年の記念日だ。絶対にすっぽかさない」
私は彼の手に視線を落とし、それから顔を上げて微笑んだ。
「うん」
ここ半年、彼は「来週行く」と9回、「必ず行く」と13回、「安心しろ」と16回も言った。
でも、その約束が守られたことは一度もなかった。
そして次のライブも、きっと行けない。
だって今度は、私が彼との約束をすっぽかす番だからだ。
兄・石川勇太(いしかわ ゆうた)からのメッセージが来た。
【海外留学の準備、ちゃんと進んでるか?木村はお前と一緒に行くか?】
私は画面を数秒見つめ、指先で文字を打ち込んだ。
【知らない。私には関係ないことだから】
すぐに兄からボイスメッセージが届いた。イヤホン越しに、深刻そうな声が響く。
「どうした?あいつ、お前に何かしたか?」
私は、口元をわずかに上げて、返信する。
【ううん。もう、待つのをやめただけ】
本当に、もう待ちたくはなかった。
初めてライブに誘った時。彼は「後輩が道に迷った」と言って、私を置いて行った。
私はライブが終わるまで入り口で待っていたが、結局彼は現れず、そのまま一人で帰った。
二度目は、遥のサークルが人数不足だという理由で呼び出されて、入り口に私を残したまま、振り返ることもなく学校へ戻っていった。
それからもずっと、遥は何かと理由をつけては竜之介を誘い出していた。
こうして私は、ライブへ行きたいと99回もお願いすることになった。
結局、一度も叶わなかった。
100回目でようやく、彼はチケットを取った。
だが、それは後輩と行くためだった。
兄はそれ以上何も聞かなかった。
スマホを閉じて顔を上げると、竜之介がまだ待っていた。
「まだ行かないの?」
彼は呆然とし、どこか不思議そうに、私を見つめた。
沈黙の後、彼は言った。
「無理して平気なふりをしなくていい。約束はちゃんと守るから。
そうだ。写真を撮るのが好きだろ?明日カメラを買ってやるよ。今度一緒にたくさん撮ろう」
この人はまだ、私が拗ねているだけだと思っているんだ。
そしてまだ、私の好きなことを覚えているんだ。
私は笑って言った。「いいの、竜之介。私たち……」
「別れよう」の言葉が喉元まで出た時、隣から甘い声が聞こえた。
「木村先輩、そろそろ行きましょう。ライブに間に合わなくなってしまいますよ。
木村先輩、私との約束は絶対破らないですよね?」
視線を向けると、遥が勝ち誇ったような目でこちらを見ていた。
竜之介が私の方を向く。
「それじゃ、俺は行くから。ちゃんと帰れよ」
そう言って、彼は遥と並んで歩き出した。
数歩進んだところで、竜之介からメッセージが届いた。
【今日はいい子だったな、えらいぞ。戻ったらケーキを買ってやる】
私は、遠ざかっていく二人の背中を見つめる。
竜之介、私はいい子にしているわけじゃない。
ただ、あなたを好きじゃなくなっただけ。
だからもう、あなたを待ったりしない。
……
私は寮に戻り、退学届を書き始めた。
留学のことを知ったルームメイトたちは、送別会をしようと、お菓子やお酒を買って来てくれた。
全員でテーブルを囲むと、寮長がため息をつく。
「凛がいなくなったら、私の推しカップルはどうなるのよ」
「本当よね」と別の友人が相槌を打つ。
「あなたと木村って学内公認の仲じゃない。教授まで祝福してたのに、どうして急に留学するの?」
竜之介と付き合い始めた日のことを思い出す。
学園祭の歌唱コンテストで優勝した彼は、花束とトロフィーを手に、ステージに立っていた。
彼は私をステージに引き上げ、大勢の前で片膝をついた。
第2話
「凛、好きだ。俺と付き合ってくれ!」
会場は歓声に包まれ、学生たちはもちろん、先生まで先頭に立って拍手をしていた。
まさか、たった三年でこうなるなんて、誰が想像できるだろうか。
送別会が終わったのは夜中の十二時過ぎ。
少し酔っていた私は、軽く顔を洗うと、そのままベッドに倒れ込みスマホを開いた。
その時、インスタの通知が一件届く。
遥からの投稿だった。わざわざ私をメンションしたうえに、こんな言葉が添えられている。
【稽古に付き合ってくれた木村先輩に、夜食をご馳走したよ!】
写真には、テーブルいっぱいに料理が並んでいた。そして竜之介は、遥のために海老の殻を剥いていた。
今夜会うはずだった彼は、もう来ないことを私は悟った。
私はアプリを閉じて、メールをチェックした。
応募していた海外の有名大学から合格の通知がもう届いている。
私はキーボードを叩き、指定の期日に入学するという返信を打って、明後日の海外行きのフライトも予約した。
……
翌日、退学届を出しに大学へ向かった。
寮を出ると、思いがけず竜之介と出くわした。
彼は大股で駆け寄り、険しい顔で問い詰めてきた。
「凛、昨日なんで電話に出なかったんだ?」
ふと画面を見ると、昨日だけで50件くらいの着信が入っていた。
「スマホ、マナーモードにしてたから」
返事も聞かず、彼は早口で言い訳を始めた。
「ライブの後、遅くなってさ。ホテルで休んだんだ。わざと会いに来なかったわけじゃない、そんな意地悪しなくても……」
そう言いかけた時、彼の視線が私の手元に止まった。
「それ、何だ?」
「書類よ。事務室に出しに行くところなの」
彼は瞬きをし、ホッとしたような顔をした。
「何かの試験でも受けるのか?最近は数学の大会もあったな……」
そう話していると、寮から一人の女性が降りてきた。
彼女は一直線に竜之介へ歩み寄ると、服を差し出した。
「木村先輩ですよね?遥に頼まれた上着です」
迷いのない動作で彼がその服を受け取る様子を見て、吐き気がした。
「凛、遥の服が濡れちゃったから。ちょっと届けてくる。また後で迎えに来るから」
立ち去る彼の後ろ姿を見て、ようやく確信した。
彼がここに来たのは、私を待っていたからではなく、単に遥の上着を届けるついでだったのだ。
もう、どうでもよかった。
教授のサインを貰い寮へ戻ると、友達の二宮蘭(にのみや らん)が勢いよく歩み寄ってきた。
「ねえ凛、知っている?木村が遥の誕生日のお祝いに行っていたのよ。
あなたの誕生日には来なかったのに、信じられない!」
私は何も言わず、スマホを開く。
思った通り、遥がちょうど新しい投稿を上げたところだった。
朝、竜之介が持っていった上着を羽織った遥。
テーブル中央には豪華なバースデーケーキ。
そして彼女の左手首には、見覚えのあるブレスレットが輝いていた。
以前、私がきれいだと呟いたものだった。
それが、あの子へのプレゼントになったのだ。
蘭が怒りの声を上げる。
「何様よあの子?木村に彼女がいるのを知っているのに。あなたもあなたよ、あんな男といつまで一緒にいるの?」
私は小さく言った。「あと少しだけ」
蘭は言葉を失った。
「どういうこと?」
「蘭、私もうすぐ留学するの。明日の飛行機よ」
沈黙のあと、蘭が震える声で尋ねた。
「あなた、あんなに彼のこと大好きだったじゃない?
遥が何したの?言ってくれれば私が代わりに文句言ってやるから」
私は首を振って、インスタの画面を見せた。
遥の投稿に竜之介がいいねを押し、コメントまで添えていた。
【21歳の誕生日おめでとう。ずっと幸せでいて】
そのコメントを見て、蘭は黙り込んだ。
しばらくして、彼女の目頭が赤くなる。
「これから、どうするの?」
私は手元の書類を見て、静かに微笑んだ。
「逃げれば、それで終わり」
「でもあいつが、黙って納得する?」
スマホを閉じて私は答える。「彼、何も知らないから」
それに、きっと興味すらないはずだ。
もう一度、インスタを見て、迷わず、いいねを押した。
私からの、せめてもの祝福だった。
そのまま眠ってしまい、目が覚めた時には夜八時を過ぎていた。
起きると、竜之介が寮の入り口で待っているという連絡があった。
私は簡単に身支度をして外へ出る。
竜之介は入り口に立ち、隣には遥もいた。
第3話
「なにか用?」
竜之介は小さなケーキを差し出した。
「昨日、お前に買うって言ってたケーキだ」
私は一瞬きょとんとした。そういえば、ケーキを買ってくると言っていたことを思い出した。
覚えていたなんて予想外だった。
しかし次の瞬間、竜之介は軽く咳払いをして、探るような口調で切り出した。
「あのさ、凛。今年の大会の出場枠なんだけど……」
「遥に譲れって?」
まさか私に真正面から聞き返されるとは思っていなかったのか、竜之介の表情がわずかに気まずそうに曇った。
「遥は今、奨学金の審査にかかってて、この実績が必要なんだ。お前はもう十分実績があるだろ……」
遥は笑って言った。「石川先輩、このケーキすごく人気のお店のなんです。ぜひ食べてみてください」
その目に浮かぶ勝ち誇った色と、二人が自然に並ぶ姿を見た瞬間に悟った。
この差し入れをくれるのも、見返りが欲しいからだったのだ。
私が無言でいると、遥が追い打ちをかけた。
「石川先輩、出場枠を譲ってくださいよ。だって先輩には、実績がいっぱいあるじゃないですか。
私、このチャンスがどうしても必要なんです!」
私は彼女の顔を見て、それから手の中のケーキへ視線を落とした。
「いいよ」と笑って答えた。
竜之介は呆然と立ち尽くした。
「お前……本当にいいのか?」
返事もせず、私は踵を返した。
こんな要求、どうってことない。
彼女が私から奪いたがっているものは、奨学金であれ、竜之介であれ、私にとってはもうどうでもいい存在だからだ。
2歩ほど歩いたところで、急に手首を掴まれた。
追いかけてきた竜之介が、慌てた様子で言った。
「凛、カメラはもう買ったんだ。明日のライブ、一緒に行こう」
私は黙って彼を見つめた。
何かを思い出したのか、彼がスマホを取り出した。
「そうだ、チケットの情報を登録しないといけないんだ、マイナンバーカードの番号を教えてくれ」
彼と一緒にライブに行くために99回も誘ったのに、彼は一度も私のマイナンバーカード番号なんて登録していなかったんだ。
苦笑しながら、もういい、あなたとは行きたくない、と言いたかった時、遥がわざとらしく声を上げた。
「木村先輩!演劇部でちょっとトラブルがあって、すぐ来てほしいって!
送ってもらえませんか?少し距離があるんです……」
竜之介は反射的に私の方を向いて迷った様子を見せた。
「行けば?」私は突き放した。
彼は安堵の表情を見せ、私の手にケーキを押し付けた。
「凛、あとで番号を送っといて。
明日の10時、下まで迎えに来るから。今度こそ絶対にドタキャンしない」
そう言い残し、彼は遥と並んで去っていった。
私は手の中のケーキを見下ろす。よりによって、一番嫌いなマンゴー味だった。
迷うことなく、近くのゴミ箱に放り込んだ。
……
翌朝9時10分。
荷物をまとめ、ルームメイトに別れを告げた。
9時30分。
スマホにはライブのチケット情報どころか、彼からの連絡すら来ていない。
10時丁度に、スーツケースを引きながら寮を出た。
そこに、竜之介の姿はなかった。
私はタクシーを拾い、空港へ向かった。
窓から見えるキャンパスの景色が少しずつ遠ざかっていく。
図書館、グラウンド、何度も二人で歩いた並木道……
それでも、振り返ることはしなかった。
SNSでは、ライブのレポート動画が大きな話題になっていた。
今回のテーマは「愛」で、たくさんのカップルが、特別な夜を楽しんでいるらしい。
移動中、私のスマホは静かなままだった。
メッセージも、着信もない。
午後3時、搭乗手続きを終えて機内に向かう時、ようやく彼からの連絡があった。
立て続けに2件。
【凛、遥が機材を運んでいる時に怪我をして、病院に連れて行かなきゃいけなくなった。今回のライブは無理そうだ。
また次の機会にしよう。今度は東都公演らしいから、その時は一番いい席を取る。次こそ絶対に約束は守る】
少しも驚かなかった。
101回目のライブも、結局は同じ結末だ。
平静を装い、一文字ずつ打ち込む。
【竜之介、もういい。私は、留学するから。
今日で、私たちはおしまいね】
送信してすぐに電源を切ろうとした。
その時、画面が何度も激しく点滅する。
見慣れた彼の名前が、狂ったように何度も何度も画面に表示され続けていた。