婚約者が他の女に年越し料理を作ったので、別れを決めた

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婚約者が他の女に年越し料理を作ったので、別れを決めた

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大晦日の夜、婚約者の神楽蓮(かぐら れん)は、私と年越しを過ごすために帰ってこなかった。 届いたのは、冷凍年越しそばが一袋だけ。 メッセ...

Chương (1)

第1章

大晦日の夜、婚約者の神楽蓮(かぐら れん)は、私と年越しを過ごすために帰ってこなかった。 届いたのは、冷凍年越しそばが一袋だけ。 メッセージも、たった一言。 【よいお年を】 電話を切ったばかりの私は、すぐにインスタで彼の秘書・白石沙耶(しらいし さや)が投稿した写真を目にした。 テーブルいっぱいに並んだ豪華なご馳走。添えられた文は―― 【誰かさんが地元の味を食べさせたいって、一日中キッチンに立ってくれた。ありがとう、大好き】 私はもう、以前みたいに問い詰めたりはしなかった。ただ一人で、海外に行った。 私が姿を消して一日目、友人から一本の動画が送られてきた。 動画の中で、蓮は沙耶を抱き寄せながら、笑ってこう言っていた。「ただ拗ねてるだけだって。そのうち泣きながら戻ってくるって」 ――そして、一か月後。 今度は蓮が、狂ったみたいに私を探し回っていた。 「そば、打てるようになったんだ。これから一生、お前のために作る。だから戻ってきて、食べてくれないか?」 でも彼は、最後まで知らなかった。 私が一番嫌いな食べ物が、そばだったことを。 第1話 大晦日の夜、婚約者の神楽蓮(かぐら れん)は、私と年越しを過ごすために帰ってこなかった。 届いたのは、冷凍年越しそばが一袋だけ。 メッセージも、たった一言。 【よいお年を】 電話を切ったばかりの私は、すぐにインスタで彼の秘書・白石沙耶(しらいし さや)が投稿した写真を目にした。 テーブルいっぱいに並んだ豪華なご馳走。添えられた文は―― 【誰かさんが地元の味を食べさせたいって、一日中キッチンに立ってくれた。ありがとう、大好き】 私は画面を見つめた。 写真の隅に、男の手が映り込んでいる。 見間違えるはずがない。蓮の手だった。 手首には、去年、私が節約してやっと買った腕時計。 料理はどれも美味しそうで、丁寧に作られていた。 魚の照り焼き、ガーリックシュリンプ、湯気の立つクラムチャウダー。 画面越しなのに、湯気の匂いまで漂ってくる気がした。 それに比べて、私の目の前にあるのは冷凍そば。袋にはまだ白い霜が張り付いている。 湯が沸き、私はそばを鍋に入れた。 けれど火加減を間違えたのか、麺はうまくほぐれず、ところどころ固まったまま鍋の中で絡み合っていく。 つゆも薄く、出汁の味がほとんどしなかった。 私は箸で無理やり麺を持ち上げ、そのまま口に運んだ。 麺は芯が残っていてぼそぼそしていて、冷凍特有の粉っぽさまで残っていた。 まともに味なんてしない。 その瞬間、胃の奥がぐっとせり上がってきた。 私は慌ててトイレに駆け込み、吐いた。 最後には胃液しか出なかった。 スマホが震える。 また沙耶の投稿だった。 今度は動画。 夜空いっぱいに広がる花火。 蓮は沙耶の隣に立ち、目を閉じて両手を合わせ、願い事をしている。 周囲には大勢の人。 沙耶の親戚たちだとすぐ分かった。 誰かが囃し立てる。 「蓮くん、本当にいい人ねぇ。沙耶ちゃんとお似合いじゃない!」 「ほんとほんと。で、いつめでたい報告を聞かせてくれるの?」 蓮は横目で沙耶を見て、優しく笑った。 そして、風で乱れた彼女の髪をそっと直す。 動画はそこで終わった。 私はスマホを強く握り締める。 ――これが、彼の言う「残業」。 私はふらつく足取りでダイニングに戻った。 キッチンには、今日一日かけて準備した食材がそのまま残っている。 洗っておいた野菜。 下ごしらえまで済ませた具材。 彼が帰ってきたら、一緒に温かい年越しそばを作ろうと思っていた。 並んで湯気の立つ鍋を囲んで、「今年もお疲れさま」って笑い合うはずだった。 ……なのに。 今となっては、全部ただの独り芝居だ。 私はスマホを取り出し、伸びきって汁を吸ったそばの鍋を撮った。 さらに、調理前の食材が並ぶキッチンも写真に収める。 そのままインスタに投稿した。 【七年の恋も、この伸びきったそばみたい。見た目だけ整ってても、もうとっくに駄目になってた】 投稿を終えると、私は鍋の中身を汁ごとゴミ箱に流し込んだ。 用意していた食材も、全部まとめて捨てる。 腐ったものは、捨てるしかない。 五分もしないうちに、蓮から電話がかかってきた。 開口一番、怒鳴り声だった。「なにあの投稿?大晦日だってのに、揉め事を起こしたいわけ?俺が外で必死に働いてるのは全部将来のためだろ?それを家で嫌味とか、ほんと勘弁してくれ」 必死に働く? 沙耶の家で料理して、一緒に花火を見ることが? 私は黙ったままだった。 私が言い返せないと思ったのか、蓮の口調はさらに強くなった。「また俺のこと探ってたのか?監視されてるみたいで息苦しいんだけど。とにかく投稿消せ。会社の人間に見られたら面倒だろ」 私は彼の言葉の隙間に、静かに割り込んだ。「……明日、実家に帰るね」 蓮は一瞬黙り込んだ。 だが次の瞬間には、いつもの冷たい声に戻る。「こっちもまだ用事あるんだ。お前の相手してる暇ない」 吐き捨てるようにそう言って、彼は一方的に通話を切った。 耳元には、無機質な発信音だけが虚しく響いていた。 私はスマホをソファに放り投げた。 胸につかえていた重い石が、ようやく落ちた気がした。 ――これが、七年間愛した男。 私は立ち上がり、寝室に向かう。 クローゼットからキャリーケースを引っ張り出し、荷物を詰め始めた。 服。靴。スキンケア用品。 無心で詰め込んでいた途中、ふと手が止まる。 脳裏によみがえったのは、半月前の光景。 仕事帰り、マンションの廊下で煙草の匂いがした。 非常階段の扉が少し開いていて、私はなぜか気になって覗いてしまった。 蓮が、沙耶を壁に押し付けてキスしていた。 息もできないほど激しく。 沙耶の手は彼のシャツの中に入り、蓮は彼女の腰を強く抱き寄せている。 二人とも夢中で、数メートル先に立つ私には気づきもしなかった。 あの時、私はどうした? 逃げたのだ。 エレベーターに駆け込み、見なかったことにした。 見間違いだと自分に言い聞かせた。 ただの気まぐれだと、一時の遊びだと。 今思えば、本当に惨めだ。 あの時、平手打ちして別れるべきだった。 ここまで耐えて得たものなんて、自分への嫌悪感だけ。 私は最後の一着をスーツケースに押し込み、勢いよく閉じた。 部屋を見渡す。 この家に住んで、もう五年になる。 壁のアートも、ソファのクッションも、ベランダの植物も、全部、私が少しずつ整えてきたものだった。 でも今は、全部が虚しく見える。 私はスーツケースを玄関に置いた。 ふと壁のカレンダーに目をやる。 明日は元日。新しい一年の始まり。 ――確かに、人生をやり直すにはちょうどいい日かもしれない。 私はスマホを取り出し、実家に向かう新幹線の切符を予約した。 一番早い便。 もう決めたのだ。 ここには、一秒だって長くいたくなかった。 第2話 荷造りを終えた頃には、もう深夜を回っていた。 私は左手のリングを外し、ベッドサイドに置く。 この指輪は、蓮が社会人になったばかりの頃にくれたものだ。高価な物ではない。 それでも私は宝物みたいに大事にしていた。お風呂に入る時ですら外したくなかった。 なのに今は、見ているだけで皮肉にしか思えない。 蓮がどん底だった頃、両親は重い病気を抱え、借金取りに毎日のように家まで押しかけられていた。 玄関先で怒鳴られ、罵声を浴びせられる日々。 そんな彼を支えたのは、私だった。 貯金を全部切り崩して彼の借金を返し、昼は会社で働き、夜はフリーマーケットで小物を売った。 疲れ果てて、帰り道の歩道脇で眠ってしまったこともある。 あの頃の蓮は、私を抱き締めながら泣いていた。「もし俺がお前を裏切ったら、バチが当たってもいい」 そう言っていたくせに。 今では成功した途端、真っ先に捨てたのは、苦労を共にした女だった。 ――本当に、立派な人間だこと。 …… 翌朝、始発まではまだ時間があったので、私は癖みたいにスマホを開いた。 すると、蓮と沙耶がほぼ同時に新しい投稿を上げていた。 蓮が上げたのは、短いVlog動画だった。 添えられていた文は【おはよう、働く皆さん】。 動画の中で、彼は部屋着姿のまま歯を磨いている。 鏡には、もう一つの歯ブラシ立てが映っていた。 ピンク色の。 次のカットでは、綺麗に並べられた二人分のサンドイッチ。 そして、重ねられた手。 一方、沙耶の投稿はもっと露骨だった。 【社長と一緒に出勤。幸せ】 助手席で撮った自撮り写真。 背景では、蓮が運転席でハンドルを握っている。 つまり昨夜、彼は会社にも家にも戻らなかった。 沙耶の家で、一晩過ごしたのだ。 私は画面を見ながら、自嘲気味に笑った。 心のどこかに残っていた最後の期待が、完全に消えてしまった。 本当は、置き手紙くらい残そうかと思っていた。 綺麗に終わりたかったから。 でも、もう必要ない。 私はスーツケースを引き、マンションを出てタクシーを拾った。 ――向かった先は駅ではなく、蓮の会社だった。 復縁したいわけじゃない。 騒ぎを起こしたいわけでもない。 ただ見たかった。 この男が、どこまでクズになれるのか。 そして、七年間の恋に終止符を打つため。 たとえ、その句点が泥まみれでも。 …… 会社ビルの下に着くと、私はすぐには上がらず、近くのコンビニでコーヒーを買った。 すると、社員証を下げた若い女性社員たちの会話が耳に入る。 「ねえ見た?今日の白石さん、めっちゃ浮かれてたよね。首のキスマーク全然隠せてないし」 「今さらでしょ。どうやって今の立場になったか、みんな知ってるし」 「社長も社長だよね。よりによってああいうタイプに手出すとか」 「男って、成功すると変わるよね。聞いた話だと、社長、白石さんをよく社長室に連れ込んで昼休みに二人きりで過ごしてるらしいよ。ドア閉めちゃったら、中で何をしてるかなんて分かんないし」 「え、ほんと?やばくない?」 「ほんとほんと。清掃の人が入った時、ソファに『そういう匂い』残ってたって」 コーヒーカップを握る指に力が入る。 ――もう会社中に知れ渡っていたんだ。 知らなかったのは、「残業」とか「出張」とか、あんな嘘を信じ続けていた私だけ。 私は深呼吸し、エレベーターに乗り込んだ。 蓮のオフィスがあるフロアは静まり返っていた。 秘書の席には誰もいない。たぶん席を外しているのだろう。 私は見慣れた重厚な木のドアの前に立つ。 ドアノブに手を掛けた瞬間、中から笑い声が漏れてきた。 「もう、社長ったら……昨夜あんなにいじめたのに、まだ足りないんですか……?」 沙耶の甘ったるい声。 息が混じっている。 蓮が笑う。「さっき車の中で『欲しい』って言ってたじゃない。今、叶えてやるよ」 「やっ……ここじゃだめ……誰かに聞かれます……」 「大丈夫。この部屋、防音だし。ノックなしで入ってくる奴なんていないさ」 その後、衣擦れの音と、水音。 私はほんの少し開いた隙間から中を見た。 沙耶はデスクの上に腰掛け、蓮は彼女の胸元に顔を埋めていた。 手は遠慮なく彼女の身体を撫で回している。 その瞬間、頭の中で何かが弾けた。 耳鳴りがした。 胃の奥がぎゅっと痙攣した。 ――これが、彼が言っていた「仕事」。 私は震える手でスマホを取り出した。 吐き気がしても構わない。 証拠だけは残したかった。 もう二度と、偽りの優しさを演じさせないために。 だが、スマホを構えた瞬間、肘がドアに当たってしまった。 鈍い音が、静かな廊下に大きく響く。 中の動きが、ぴたりと止まった。 蓮が勢いよく顔を上げる。 鋭い視線が、まっすぐドアの方に向けられた。 そして、目が合った。 第3話 蓮の反応は早かった。 彼は大股でこちらに歩いてくると、私の手首を掴み、そのまま強引に社長室に引きずり込む。 ――バタン。 勢いよくドアが閉まった。 さらに鍵まで掛ける。 振り返った彼の顔からは、さっきまでの狼狽は消えていた。 代わりに貼り付いていたのは、無理に取り繕った平静さだった。 「……なんでここに?」ネクタイを緩めながら、彼の視線が落ち着きなく揺れていた。「実家帰ったんじゃなかったのか?」 私は何も答えなかった。 ただ静かに、彼を見つめる。 すると蓮は、すぐに「いつもの芝居」を始めた。 「さっきのは……誤解だから。沙耶はまだ業務で分からないことが多くてさ。マナーとか動き方を教えてたんだよ。 新人だから、不器用なところあるだろ?ちょっとふざけてただけ。距離感が近すぎるって、俺もちゃんと注意したし」 私は彼を見つめながら、心の底から可笑しくなった。 ――前は気づかなかった。 この人、嘘をつく時、必ず視線が右下に流れる。 その時、服を整え終えた沙耶が、こちらに歩いてきた。 唇に笑みを浮かべながら言う。 「そうですよ、桐生(きりゅう)さん。社長、いつもこうやって丁寧に教えてくれるんです。私、ほんと不器用だから、手取り足取り教えてもらわないと、全然覚えられないんです。 さっきも昨夜の案件の話してただけなんです。変な誤解しないでくださいね?」 蓮は彼女を軽く睨み、「余計なことを言うな」と目で制した。 それから再び私を見た。 私の反応を探るように。 前までの私なら、今頃、平手打ちの一つくらいしていただろう。 そして蓮と激しく言い争っていたはずだ。 でも今はただ、疲れていた。 私は二人を見て、ふっと笑う。「……そっか。それなら大変だったね。仕事なんだもん。真面目にやらなきゃ。別に責めてないよ」 その瞬間、二人とも固まった。 用意していた言い訳も、反論の言葉も、全部喉につかえたみたいだった。 蓮が信じられないという顔で私を見る。「……怒らないのか?」 「なんで怒るの?」私は袖口を整えながら、淡々と言った。「仕事してただけでしょ?浮気してたわけじゃないんだし。私は信じてるよ」 蓮の目から、一瞬で焦りが消えた。 代わりに浮かんだのは、助かったという安堵と、どこか得意げな色。 きっと思ったのだ。 ――また誤魔化せた、と。 私は相変わらず、彼に従順な、都合のいい女だと。 「やっぱりお前が一番分かってくれる」蓮は笑いながら近づき、私の手を取ろうとした。 私は自然な動作で避ける。 だが彼は気づきもしない。「実家に帰ってないなら、夜は家で一緒にご飯を食べようか」 私が何も言わないでいると、沙耶はわざとらしく目を丸くしながら、口を挟んできた。 「せっかくだし、今夜うちでご飯食べません?社長、昨日ずっと料理教えてくれたんです。おかげで私、かなり上達しちゃって。 桐生さんにも食べてほしいな。社長にも褒められたんですよ?」 その言葉を聞いた途端、蓮も嬉しそうに乗っかる。「ああ、沙耶はほんと料理がうまくなったぞ。美月(みづき)もたまには外出ろよ。家にこもってばっかじゃなくてさ。 沙耶は引っ越したばかりだし、お祝いがてら行こう」 ……彼は、沙耶の言葉に込められた嫌味に、まるで気づいていなかった。 いや。気づいていても、どうでもよかったのかもしれない。 彼の中では、私さえ騒がなければ、彼は何をしても許されるのだ。 女二人に気を向けられている状況すら、どこか楽しんでいるように見えた。 私は沙耶を見つめ、ゆっくり頷く。「いいよ。そこまで言うなら、ご馳走になろうかな。私も気になるし。蓮直伝の料理、どれくらい上手なのか」 その瞬間、沙耶の笑顔がわずかに固まった。 まさか私が承諾するとは思っていなかったのだろう。 蓮も少し驚いていたが、それ以上に機嫌が良さそうだった。「よし、決まり!仕事終わったら一緒に行こう」 私は目の前の二人を見ながら、心の中で冷たく笑った。 ――そんなに芝居がしたいなら、最後まで付き合ってあげる。 どうせこれが、最後の舞台になるのだから。 第4話 仕事が終わったあと、蓮はそのまま沙耶の家に向かわなかった。 車を停めたのは、大型ショッピングモールの前。 「行こう。新年のプレゼント買ってやる」 そう言って、私をジュエリーショップに連れていく。 有名ブランドではない。 駅前によくあるチェーン店だ。 蓮はショーケースの前であれこれ迷った末、一本のシルバーネックレスを手に取った。 小さなチャームが付いている。 「これどう?お前、肌白いから似合いそう」そう言いながら、私の首元に当ててみせる。 私は値札を見た。 ――5980円。 何も言わず、ただ彼を見つめる。 数日前、沙耶のSNSで見た投稿を思い出した。 彼女が嬉しそうに見せびらかしていたのは、新品の純金バングル。 最近出たばかりの人気モデルで、見るからにずっしりと重そうだった。 添えられていた文は―― 【社長からの年末プレゼント。重たいくらいの愛、いただきました】 私が黙ったままだったせいか、蓮は私が気に入らなかったのだと思ったらしい。 気まずそうに笑いながら言う。「最近ちょっと金欠でさ、金も高いし。そのうち余裕ができたら、もっとちゃんとしたのを買うから。これは安いけど、気持ちってことで」 私はネックレスを受け取り、小さく笑う。「うん、可愛い。ありがとう」 蓮はほっとしたように会計を済ませた。 まるで、面倒なノルマを片付けたみたいに。 その後、二人で沙耶の家に向かう。 玄関を開けた瞬間、私は靴箱の前で足を止めた。 並んでいたのは二足のスリッパ。 ピンクと、ブルー。 どう見てもペア。 蓮は何の迷いもなく、ブルーの方を履いた。 履いた直後、私の視線に気づいたのか、動きが止まる。 「あ……」気まずそうに笑いながら、慌てて脱ごうとした。「間違えた。来客用かと思ってた」 「別にいいよ」私は淡々と言う。「似合ってるし」 私はスリッパを履かず、そのまま中に入った。 リビングのソファには、無造作に二着のルームウェアが置かれている。 もちろん、それもペア。 蓮が慌てて片付けようとした時、キッチンから沙耶が料理を運んできた。 「ごめんなさい、ちょっと散らかってて」沙耶は料理をテーブルに並べながら、どこか勝ち誇ったような笑みを浮かべた。「このマンション、最近買ったばかりなんです。社長にすごく助けてもらっちゃって。会社でも面倒見てもらってるし、毎年特別ボーナスまでくれるから。じゃなきゃ、こんな家、とても住めませんよ」 ――特別ボーナス。 私は反射的に蓮を見る。 ここ数年、年末になるたび、彼は言っていた。「会社の業績が悪いから、余裕がない」と。 私には、まともなプレゼント一つ無かった。 私が体調を崩して入院した時でさえ、治療費は全部自分で払った。 ……そういうことだったんだ。 彼のお金は、全部ここに流れていた。 これが彼の言っていた「投資の失敗」。 蓮は私と目を合わせられず、水を飲むふりをして俯いた。 食事の間、沙耶はずっと蓮に料理を取り分けていた。 「社長、これ好きですよね?」 「このスープ、長時間煮込んだんですよ。体にいいんです」 二人は甘く視線を交わし、私など最初から存在しないみたいだった。 食事が終わると、沙耶が立ち上がって片付けを始めた。 黒いゴミ袋を持って、私の横を通り過ぎた瞬間―― 「あっ」 わざとらしく足をもつれさせた。 袋が床に落ち、中身が散乱した。 転がり出てきたのは、使用済みの避妊具と大人のおもちゃ。 それから、布の少ない下着。 空気が一瞬で凍り付く。 沙耶は口元を押さえ、芝居がかった声を上げた。「やだ、ごめんなさい!うっかり落としちゃって……!桐生さん、誤解しないでくださいね?これ、昔付き合ってた人のなんです」 蓮の顔がみるみる引きつっていく。 慌てて立ち上がり、散らばった物を隠そうとする。 だが逆に、どこから手を付ければいいか分からない様子だった。 ――その時、テーブルの上の私のスマホが光った。 通知が表示される。 上司からだった。 【桐生、海外支社への異動が正式に決まったよ。航空券はもう取った?】 私はスマホを取る前に、蓮が素早く奪い取った。 画面を見た瞬間、彼の顔色が変わる。 「……海外異動?」勢いよく顔を上げ、私を睨みつけた。「海外行くのか?いつ決まった?なんで俺に言わなかった?」 私はスマホを取り返そうと手を伸ばす。 だが蓮は、強く握り締めたまま離さない。「美月、ちゃんと説明しろ」