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雪に散り、業火に咲く
「皇后がまた子を望んでおられる。お前は子を成しやすいゆえ、もう一人身ごもるがよい」 ただ皇后の「子が欲しい」というその一言のためだけに...
Chương (1)
第1章
「皇后がまた子を望んでおられる。お前は子を成しやすいゆえ、もう一人身ごもるがよい」
ただ皇后の「子が欲しい」というその一言のためだけに、聞令儀(ぶん れいぎ)は十ヶ月身籠り、再び娘を産み落とした。
へその緒が切られるやいなや、産婆は赤子の顔をひと目も見せることなく、そそくさと抱き去ってしまった。
これで、二人目だ……
後宮の誰もが噂している。もし皇后がかつて帝と共に戦場を駆け、その身を損なって石女にならなければ、この後宮に他の女が召されることなど、決してなかっただろうと。
朝廷の重鎮たる太師(太政大臣と同等する)の嫡女(長女)、聞令儀。彼女はただ都合よく選ばれただけの、皇族の血脈を繋ぐための「器」に過ぎないのだ。
第1話
「皇后がまた子を望んでおられる。お前は子を成しやすいゆえ、もう一人身ごもるがよい」
ただ皇后の「子が欲しい」というその一言のためだけに、聞令儀(ぶん れいぎ)は十ヶ月身籠り、再び娘を産み落とした。
へその緒が切られるやいなや、産婆は赤子の顔をひと目も見せることなく、そそくさと抱き去ってしまった。
これで、二人目だ……
後宮の誰もが噂している。もし皇后がかつて帝と共に戦場を駆け、その身を損なって石女にならなければ、この後宮に他の女が召されることなど、決してなかっただろうと。
朝廷の重鎮たる太師(太政大臣と同等する)の嫡女(長女)、聞令儀。彼女はただ都合よく選ばれただけの、皇族の血脈を繋ぐための「器」に過ぎないのだ。
三年前、聞令儀は第一皇子を産んだ時も、我が子の顔を見ることは叶わなかった。皇帝である蕭承璽(しょう しょうじ)は自ら赤子を抱き上げ、冷酷に言い放った。
「この子は今日から皇后の嫡子となる。余計な気を起こすな」
あの頃の彼女には、まだ泣き縋る気力が残っていた。寝台から這い出し、後を追おうともがいたが、侍女たちに力ずくで押さえつけられた。
やがて彼女は後宮の掟を学んだ。毎朝、皇后の宮へご機嫌伺いに赴くのは、ただ衝立越しに聞こえてくる我が子の喃語を聞くためだけだった。
帝も初めは黙認していたが、後に皇后が「皇子には静養が必要だ」と口にしてからは、我が子に会うことすら二度と許されなくなった。
そして今、二人目の子供も奪われた。
血と汗にまみれた産褥に横たわる彼女は、まるで魂を抜かれた抜け殻のように、もはや涙すら流せなかった。
産後間もないうちに、皇后に仕える筆頭女官が、朝の挨拶に来るよう呼び出しの伝言を持ってきた。
令儀は癒えきらぬ身体を引きずり、皇后の住まう鳳儀宮(ほうぎきゅう)へと向かった。
皇后、慕容姝(ぼよう しゅ)は、生まれたばかりの姫君を抱いてあやしていた。令儀の青白くやつれた顔を見るなり、口角を微かに吊り上げた。
「令儀が来たのね。随分と酷い顔をして、まさか私に何か不満でもあるのかしら?」
「滅相もございません。私めにそのような不遜な心はございません」
「なら、いいのよ」
皇后は赤子を乳母に預け、ゆったりと袖口を整えた。
「後宮に入ったからには、己の身の程を弁えなさい。帝がお前を娶ったのは、文官を束ねる太師の力で朝廷を安定させるため。お前自身はと言えば――」
皇后は言葉を切り、さらに笑みを深めた。
「ただの産むための道具よ。私の代わりに皇子や姫を産むこと、それがお前の唯一の価値なの」
殿外では雪が舞い始めていた。
皇后はふっと笑みを消した。
「先ほど入ってきた時、お前は微かに眉を顰めていたわね。私への不敬にあたるわ。中庭に跪いて、頭を冷やしてきなさい」
石畳の上に、しんしんと雪が積もっていく。
令儀は雪の中に無理やり跪かされた。視線の先では、殿内で皇后が、生まれて間もない我が娘を抱き、優しく子守歌を歌っている。その手慣れた様子は、まるで本当の母親のようだった。
膝の痛みは刺すような痛みから麻痺へと変わり、やがて完全に感覚を失った。
令儀の目の前が真っ暗になりかけた時、侍従の甲高い声が響いた。
「主上のお成り――」
皇帝の証である鮮やかな黄色の衣が彼女の脇をかすめ、真っ直ぐに殿内へ入っていく。
「なぜ彼女を雪の中に跪かせている?」
承璽の声だ。皇后は甘えるような声を出した。
「わたくしはただ、ほんの少し礼儀を教えていただけにございます。それなのに、令儀はすぐにあのように今にも倒れそうな顔をして……陛下もご存じの通り、わたくしは武門の出。気性が真っ直ぐなだけで、陰険な企みなど持ち合わせておりませんわ」
令儀が意識を失う寸前に聞いたのは、承璽の淡々とした一言だった。
「……まあよい、部屋へ運んでやれ」
次に目を覚ました時には、すでに夕暮れだった。
承璽が寝台の傍らに腰掛けていた。令儀が目を開けたのを見ると、彼は眉間の皺を和らげた。
「気がついたか? 侍医によれば、産後の肥立ちが悪い上に寒気に当てられたとのことだ。皇后も悪気があってのことではない、気にするな」
令儀は静かに彼を見つめた。
この男はかつて、深窓の令嬢であった彼女が夢にまで見た、戦場を駆ける英雄だった。彼のために詩を詠み、姿を絵に描いたこともあった。
その男が今、目の前で帝の御衣を纏い、最も残酷な言葉を口にしている。
「弁えております」
彼女の声は凪いだ水面のように静かだった。
「皇后様は陛下の正室。わたくしが敬うべきお方であり、いささかの怨みも抱いてはおりません」
言葉の端々が、あまりにも平穏で従順だった。承璽は思わず言葉を失った。
彼の記憶にある令儀は、このような女ではなかった。
以前なら、涙を浮かべて我が子に会わせてほしいと縋り、拒絶されれば唇を噛みしめて黙り込んだ。その瞳の光が少しずつ消え失せていくのを彼は見てきた。しかし今の彼女の目には、何も映っていない。まるで枯れ果てた死水のようだった。
「子供のことだが……」
彼は何かを取り繕うように口を開いた。
「皇后の籍に入れば、嫡子となる。将来は……」
「……あの子にとって、この上ない幸せにございます」
令儀は言葉を引き継ぎ、うっすらと微笑みさえ浮かべた。その微笑みは完璧でありながら、どこまでも冷徹だった。
「身分の卑しいわたくしの子を、皇后様にお育ていただけるなど、陛下と皇后様からの過分なる御恩に他なりません」
御恩。蕭承璽は喉が詰まるような感覚を覚えた。
殿外から侍従の声が響く。
「陛下、皇后様が自ら滋養の薬湯を煎じ、雪の寒さを凌ぐためにお待ちでございます。幼い姫君も陛下を心待ちにしておられます」
承璽は立ち上がり、寝台の令儀を一瞥した。令儀はすでに目を閉じており、再び眠りについたかのようだった。
彼は扉のところまで歩いていき、再び振り返った。
「令儀よ、皇后は子を持てぬ身。朕(ちん)は彼女に対して、どうしても生涯の負い目があるのだ。お前は物分かりが良いのだから、どうか察してやってくれ。
今はただ、身体を休めよ」
彼はなぜか湧き上がる苛立ちを覚えた。
「もし次に身ごもることがあれば……その時は、お前の手元で育てさせる」
令儀は答えなかった。ただ静かに天蓋を見つめながら、遠ざかる足音に耳を傾けていた。
しばらくして、彼女は傍らに控えていた侍女の青黛(せいたい)に、ぽつりと尋ねた。
「陛下がご即位されてから、もう三年になるわね?」
「はい、お妃様」
「天下は、泰平になったのかしら?」
「はい。北の国境は安定し、南方の水害も収まりました。朝廷では太師様が文官たちを率い、武官の一派と多少のいさかいはあるものの、大枠では極めて安泰にございます」
令儀の口元に、ゆっくりと笑みが浮かんだ。その笑みは、冬の終わりに落ちる最後の一枚の枯れ葉のように、酷く物悲しかった。
「なら、よかった……」
彼女は呟いた。
「これでようやく、死ぬことができるわ」
第2話
三年前、長男が奪い去られた夜、令儀は自ら死を望んだ。
彼女は太師のひとり娘であり、幼い頃から詩書を読み耽り、その才名は都に知れ渡っていた。
もし新帝が即位したばかりで朝廷が不安定でなければ、父が「文官は君主と一蓮托生であるべきだ」と彼女を後宮に送り込むこともなく、才能ある文人と結ばれ、詩や酒を嗜む清らかな人生を送るはずだった。
後宮に入るのは本意ではなかった。
しかし当時、新帝は武力で天下を平定したばかりで、朝廷の基盤は脆く、天下はまだ安定していなかった。
父は文官の筆頭であり、この婚姻は君臣同盟の象徴であったため、彼女は聖旨(詔勅)を受け入れたのだ。
だが心の奥底には、自分でも深追いしたくない、密かな期待があったのも事実だ。なぜなら、彼女は確かに承璽を慕っていたからだ。
北の国境から凱旋した皇帝。反乱を鎮圧した英雄。朝議の場で百官の拝礼を堂々と受けるその姿を。
彼女は淡い期待を抱いて後宮に入った。せめて少しの真心を向けてもらえると信じて。
しかし、身ごもって四ヶ月が経った頃、御花園の築山の陰で、承璽が皇后に語るのを聞いてしまった。
「姝よ、案ずるな。朕の心にはお前しかおらぬ。聞氏の娘は皇室の血を繋ぐためだけのものだ。子が産まれれば、お前の膝元で育てさせよう」
その言葉が刃のように彼女の幻想を切り裂いた。
その夜、令儀は寝殿で夜明けまで座り尽くしたが、一滴の涙も流さなかった。
彼女が嫁いだのは英雄と結ばれるためではなく、ただの駒として、器となるためだったのだ。
死を考えたが、当時はまだ天下が定まったばかりで、朝廷は不安定だった。もし自刃すれば、妃嬪の自刃は大罪となり、父を連座させてしまう。
仮死を装って逃げれば、父が天下のために必死に築いた君臣の和を裏切ることになる。
彼女は深宮で耐え忍ぶしかなかった。
毎日の唯一の救いは、皇后の宮へ朝の挨拶に赴いた際、衝立越しに我が子の喃語を聞くことだった。たとえぼんやりとした影しか見えなくても、それで一日を乗り切ることができた。
今、三年が過ぎた。
娘も産み、二人の子供はどちらも皇后の嫡子となった。
天下は泰平となり、朝廷も安定した。
彼女という政治の駒は、皇室に血脈を残すという役目を十二分に果たした。
ようやく、解放される。
令儀は寝台に横たわり、日数を指折り数えた。
七日後には、父が江南の巡察から朝廷に戻る。
この三年間、父は外で承璽のために文官たちを慰撫し、官紀を正してきた。彼女は後宮で「賢淑」な女御を演じてきた。父と娘、外と内で、この見事な君臣の蜜月を演じきったのだ。
今や天下は太平。北は安定し、南の憂いも絶たれた。朝廷では文官と武官が多少争うことはあっても、大局は盤石である。
幕引きの時は、とうとう訪れたのだ――
三日後、姫君が満月(生後一ヶ月の記念日)を迎えた。
満月の宴は極めて盛大に執り行われた。
鳳儀宮の正殿は明るく照らされ、高官の夫人たちがほぼ全員顔を揃えていた。
承璽が皇后を伴って入殿した時、その腕には第一皇子が抱かれていた。
三歳になったその子は、鮮やかな黄色の小さな衣を着て、承璽の首に抱きつき「父上」と呼んでいる。
皇后が手を伸ばすと、子供は大人しく彼女の胸に飛び込み、「母上」と甘い声で呼んだ。
仲睦まじい、親子三人の姿。
令儀は目を伏せ、茶杯を手にした。茶は熱く、指先が微かに震えた。
「令儀が来たのね?」
皇后の声が、笑みを帯びて響いた。
「具合が悪くて来られないのかと思っていたわ」
「姫君の満月というめでたい席です。わたくしめも当然、お祝いに駆けつけます」
令儀は立ち上がって礼をし、平坦な声で答えた。
「ならいいわ」
皇后は手招きした。
「昱、おいで。女御様にご挨拶なさい」
第一皇子の蕭昱(しょう いく)は椅子から這い降り、皇后のそばへ駆け寄ると、見知らぬ目つきで令儀を見上げた。
「昱、こちらは女御様よ」
皇后が優しく言った。
子供は瞬きをして、舌足らずな声で言った。
「女御様、ごきげんよう」
令儀は袖の中で手を震わせながら、表面上は笑みを浮かべた。
「大殿下は、とても礼儀正しゅうございますね」
「令儀、座るがよい」
承璽が口を開き、彼女に一瞬視線を留めた後、すぐに逸らした。
宴は続いた。夫人たちは口々に、姫君は雪のように白くて愛らしい、皇后は慈愛に満ちている、陛下は英明であると賛辞を並べ立てた。
令儀は静かに座り、時折箸を動かすだけで、味など全くわからなかった。
宴もたけなわになった頃、皇后が不意に口を開いた。
「そういえば、令儀は姫の生みの親なのに、まだ抱いたことがなかったわね」
殿内が一瞬静まり返った。
令儀は目を上げ、含み笑いを浮かべる皇后と視線を交わした。
「今日は満月なのだから、抱かせてあげるわ」
皇后はそう言うと、本当に赤子を抱いて立ち上がり、彼女の方へ歩み寄ってきた。夫人たちも皆、そちらに注目した。
令儀は立ち上がり、両手を差し出した。
おくるみ越しに伝わる温もり。小さな顔が覗き、目を閉じてすやすやと眠っている。我が娘だ。
だが、抱き上げてもうすぐ、赤子は突然甲高い声で泣き出した。
皇后はすかさず手を伸ばし、赤子を取り上げると、軽くあやした。
「おや、泣かないで、泣かないで。お母様はここよ」
不思議なことに、赤子が皇后の胸に戻ると、泣き声は次第に小さくなっていった。
殿内でひそひそとささやく声が聞こえた。
「やはり、手元で育てている方が親の情が移るのですね……」
「産みの恩より育ての恩、というやつですな」
「令儀様はお若いですから、子供の抱き方もご存知ないのでしょう」
どの言葉も針のように令儀の心に突き刺さった。彼女は立ち尽くしたまま、子供を抱いていた姿勢で両手を空中に残していた。
皇后は子供をあやしながら、申し訳なさそうに言った。
「令儀、気を悪くしないで。姫は人見知りするのよ」
「わたくしめの不手際で、姫君を驚かせてしまいました」
令儀は目を伏せ、声は相変わらず平坦だった。
「皇后様が姫君を慈しんでお育てくださっていること、感謝の念に堪えません」
そう言うと、彼女は承璽の方を向いた。
「陛下、わたくしめは少し体調が優れませんゆえ、お先に失礼したく存じます」
承璽は彼女の青白い顔を見て、少し間を置いて言った。
「……下がれ。よく休むのだ」
「感謝申し上げます」
令儀は礼をし、きびすを返した。
背中に突き刺さる視線を感じた。同情、嘲笑、そして他人の不幸を喜ぶ視線。
鳳儀宮を出る頃には、空はすっかり暗くなっていた。
青黛が彼女を支えながら小声で言った。
「お妃様、宮へ戻りましょう」
「ええ」
数歩歩いたところで、令儀はふと立ち止まり、振り返った。
殿内は煌々と照らされ、笑い声が障子越しに漏れ聞こえてくる。承璽が皇后のそばへ歩み寄り、その腕の中の赤子を見下ろしている。皇后は彼を見上げて微笑み、第一皇子は彼の足に抱きついている。
まるで、本当の家族のようだった。
だがそれは、他人の団欒に過ぎない。自分には関係のないことだ。
彼女は再び前を向き、歩き出した。
第3話
その夜、承璽がやって来たのは、すでに子(ね)の刻(真夜中)近かった。
令儀は床に就こうとしていたが、知らせを聞いて上着を羽織り、起き上がった。
青黛が髪を結い上げようとしたが、彼女は手で制した。
「そのままでよいわ」
冷気をまとって入ってきた承璽は、彼女が薄絹の寝着一枚で髪を解き放っているのを見て、足を止めた。
「陛下」
令儀は礼をした。
「面を上げよ」
彼は卓のそばに座り、自分で茶を注いだ。
「皇后が姫に名をつけた。『安寧(あんねい)』とな。お前も生母なのだから、意見を聞いておこうと思ってな」
令儀は目を伏せたまま答えた。
「皇后様は姫君の母親でいらっしゃいます。皇后様が付けられた名なら、間違いなく良い名に違いありません」
承璽の茶杯を握る手に力が入った。
殿内で炭火がパチリと音を立てた。
「そう思ってくれるなら、それでよい」
彼は茶杯を置いた。
「今日来たのは、もう一つ用があるからだ。昱が三歳になり、学問を始める時期になった。皇后が自ら教師を選ぶことになった」
令儀は静かに聞いていた。
承璽は言葉を切った。
「朕の考えだが……今後は、昱に会うのを控えた方がよかろう。子供はまだ幼い。生母が別にいると知れば、いらぬ騒ぎが起こりかねん。母親は皇后一人だけだと思わせるのが、誰にとっても一番良いのだ」
彼女は顔を上げ、彼をじっと見つめた。
蝋燭の光に照らされた彼女の瞳は、晩秋のように静かで、波一つ立っていなかった。
「仰せのままに」
承璽は不意に苛立ちを覚えた。
泣き叫び、騒ぎ立て、昔のように涙を浮かべて「なぜですか」と問い詰めて欲しかった。今のように、魂のない人形のように恭順に従うのではなく。
「恨みに思っておるのか?」
彼の声が冷ややかになった。
「滅相もございません」
承璽は胸の奥が詰まるのを感じた。この逆らうこともなく、暖簾に腕押しのような態度は、かつての涙ながらの懇願よりも彼を息苦しくさせた。
「令儀、その態度は朕への当てつけか? もし不満があるのなら、どうして皇室のために安心して子を成すことができるというのだ!」
令儀の口元が、ほんのわずかに歪んだ。嘲笑うようでもあり、ただ単に感情が麻痺しているようにも見えた。
「陛下が後継ぎをご案じでしたら、後宮に広く賢淑な女子をお召しになればよろしいかと存じます。わたくしめのような無能な者では、聖意に背く恐れがございますゆえ」
「お前という奴は!」
承璽は勢いよく立ち上がった。
「朕は皇后と誓約を交わしているのだ! お前一人を後宮に入れただけでも、『生涯の相手はただひとり』という誓いを破ったことになる。これ以上、彼女を裏切ることなどできるものか!」
言葉が口をついて出た瞬間、殿内は静まり返った。
承璽自身もはっとした。
彼は、令儀の顔がさらに青ざめ、下唇を強く噛み締めて血の気が失せていくのを見た。微かに震える長いまつ毛の下で、一瞬だけ光った涙の雫。それは錯覚かと思うほど早く消えた。
自分がどれほど残酷な言葉を吐いたか、彼は思い知らされた。
彼のために二人の子を産み、今まさに寝台で弱り果てている女に向かって、別の女への揺るぎない愛を強調してしまったのだ。
いたたまれない沈黙が広がった。
令儀は身体を支えながら、ゆっくりと寝台を降り、うつ伏せになって額を床にこすりつけた。
「わたくしめが……失言をいたしました。陛下と皇后様の深い御情愛は、千古に語り継がれる美談にございます……陛下、どうかお気をつけてお帰りくださいませ」
彼女は平伏したまま、薄暗い光の中で華奢な肩を微かに震わせていたが、それ以上は何も言わなかった。
承璽は床に伏す青い影を見つめながら、苛立ちと名状しがたい痛みが胸の中で入り混じるのを感じた。
ふと、三年前の彼女が後宮に入ったばかりの頃を思い出した。
あの頃の彼女はまだよく笑い、御花園で梅の枝を折って瓶に生けたり、彼が奏上文を読んでいる傍らで黙々と墨をすったりしていた。
彼が顔を上げると、盗み見していた彼女と視線がぶつかり、慌ててうつむく彼女の耳たぶが赤く染まっていた。
いつから、彼女は朕を見なくなったのだろうか?
手を差し伸べ、何か取り繕う言葉をかけたい衝動に駆られた。しかし、皇帝としての威厳と、姝への罪悪感が彼をその場に縛り付けた。
結局、彼はただ袖を強く振り払い、大股で振り返ることなく去っていった。消えやらぬ怒りと、自分でも認めたくない微かな惨めさを引きずりながら。
扉が開いて閉まり、冷気が流れ込んだ。
青黛が慌てて駆け込み、泣きながら令儀を抱き起こした。
「お妃様、どうしてここまでご自分を苦しめるのですか……」
令儀は彼女に支えられるまま寝台に横たわり、目を開けたまま、ぼんやりと天蓋を見つめていた。
しばらくして、涙が何の予兆もなく、目尻から滑り落ち、後れ毛に吸い込まれた。
初めはただ声を殺して涙を流し、肩を小さく震わせていただけだったが、やがて抑えきれない、引き裂かれるような嗚咽が喉の奥から漏れ出した。それはまるで傷ついた小動物の悲鳴のようだった。
彼女は激しく布団を引き寄せ、その角を強く噛み締めて、すべての泣き声をその中に閉じ込めた。ただ激しく震える身体だけが残された。
「お妃様、お妃様、泣いてください。どうか我慢なさらないで……」
青黛は胸が張り裂けそうだった。
どれほど時間が経っただろうか。その震えは次第に収まっていった。
令儀は布団を退け、涙に濡れていながらも、異様なほど静まり返った顔を見せた。
彼女は涙で顔をくしゃくしゃにした青黛を見つめ、声は嗄れていたが、一字一句はっきりと口にした。
「青黛、これできっぱり最後よ」
「え?」
「泣くのは、これできっぱり最後」
彼女は手を伸ばし、顔に残る涙の痕を力強く拭き取った。指先は氷のように冷たかった。
「これからは、二度と泣いてはならないわ」
彼女の視線は青黛を通り越し、虚空を見つめながら繰り返した。青黛に言い聞かせているのか、自分自身に言い聞かせているのかわからなかった。
「価値などないわ。あの男のために涙を流す価値など、少しもない」
第4話
翌朝、まだ夜も明けきらぬうちに、鳳儀宮の筆頭女官がやって来た。
昨夜、陛下が女御の宮から立ち去った際、顔色が悪かった。きっと女御の仕え方が至らず、陛下を怒らせたに違いない。ゆえに、皇后が女御に作法を教えるというのだ。
宮殿の小道には薄雪が積もり、早朝の寒風は刃のように冷たかった。
令儀が鳳儀宮の前庭に着くと、皇后は狐の毛皮を羽織り、手焙りを抱きかかえ、回廊の下に座っていた。
「令儀、己の罪がわかっているかしら?」
姝がゆったりと口を開いた。
そこには皇后だけでなく、朝の挨拶に来た数人の妃嬪(後宮に仕えた皇帝の側室)たちや、通りかかる宮女たちもいた。
「お前が昨日、陛下に口答えをして怒らせたというのは、本当のこと?」
皇后は椅子に座ったまま、指先の爪飾りを弄りながら言った。
令儀は跪いて礼をした。
「わたくしめは愚鈍ゆえ、どうか皇后様からご教示を賜りたく存じます」
「愚鈍ですって? 私には、お前の腹の中は真っ黒にしか見えないわ!」
姝の声が突然鋭くなった。
「昨日、陛下がわざわざお前の様子を見に下ったというのに、恩を感じるどころか、陛下を怒らせて帰すとは!これがお前たち聞家が教えた作法なの?『都一番の才女』とやらの教養なの?」
令儀は頭を垂れたまま、袖の中で手を微かに握りしめた。
「不服そうね」
姝は冷笑した。
「まあいいわ。作法が身についていないのなら、今日私が直々に教えてあげる。そこの宮道に跪き、『女誡(女性の徳)』と『内訓(後宮の掟)』を百回暗唱しなさい。すべて唱え終えるまで、決して立ってはならないわ。陛下を敬わず、皇后を尊ばぬ者がどうなるか、後宮の皆に見せしめとするのよ!」
季節は真冬。朝の風は骨を刺すように冷たい。
広々とした前庭で、行き交う宮女たちは直視することは避けたが、氷のように冷たい石畳の上に跪く令儀の姿は誰もが目にしていた。
令儀は背筋を伸ばし、暗唱を始めた。
声ははっきりと平坦で、一語一語が寒風の中に響き渡った。
「卑弱第一」から始まり、「専心第五」へ、さらに「内訓」の「徳性章」へ……彼女の膝は刺すような痛みからやがて感覚がなくなり、唇は凍えて紫に変わったが、背筋だけは決して曲げなかった。
二時間が過ぎ、四時間が過ぎた……
姝は最初は面白そうに聞いていたが、彼女が本当に暗唱し続けるのを見て、次第に顔色を曇らせていった。
特に、通りかかる身分の低い妃嬪や侍従の宦官たちが、令儀に密かな同情の目を向けているのに気づき、怒りはさらに燃え上がった。
「やめなさい!」
姝は突然彼女を遮った。
「すらすらと暗唱できるとは、さぞかし本ばかり読んで、聖賢の教えなど心に刻んでこなかったのでしょうね!
お前の父親である聞太師は『天下の文官の長』と謳われているけれど、娘の教育はその程度だったのね? お前のように大局も見えず、君主を敬わぬ娘を育てたとは、父親の責任も問われるべきだわ!」
ずっと伏せていた令儀の睫毛が、弾かれたように上がった。
父のことは、彼女の絶対に譲れない一線だった。
自分へのあらゆる侮辱には耐えられる。だが、父の清らかな名声が、このような事実無根の罪で汚されることだけは断じて許せなかった!
彼女は皇后を真っ直ぐに見据えた。寒さと喉の渇きで声は嗄れていたが、凛とした気迫がこもっていた。
「皇后様がわたくしめを訓戒されるのであれば、甘んじて受けます。しかし、わたくしの父は生涯を懸けて君主に忠誠を尽くし、国を思い、朝から晩まで公務に身を捧げてまいりました。
朝廷を安定させ、天下の学者たちをまとめるために血の滲むような努力をしており、一時たりとも職務を怠ったことはございません! 皇后様のそのお言葉は、わたくしめには到底承服できかねますし、そのような発言は忠臣の心を傷つけ、陛下の聖明を損なう恐れすらございます!」
「よくも口答えを?!」
姝は激怒し、足早に歩み寄ると、振り上げた手で令儀の頬を平手打ちした。
パァン!
乾いた音が、静かな広場に鋭く響き渡った。
令儀は顔を横に弾かれ、雪のように白い頬に、くっきりと赤い指の跡が浮かび上がった。
彼女はゆっくりと顔を戻した。口の端からは一筋の血が流れていたが、その視線は少しも揺らがず、姝をじっと見据えていた。
「いい度胸ね、忠臣の娘ですって? 随分と減らず口を叩くじゃない!」
姝は怒りで胸を大きく波打たせた。
「誰か!この者を――」
第5話
「ここで何の騒ぎだ?!」
怒気を孕んだ低い声が響いた。
いつの間にか、承璽が宮の門に立っていた。早朝の朝議を終えたばかりのようで、まだ朝服のままだった。
彼の視線は、冷たい石畳の上に跪き、頬を赤く腫らした令儀を一瞥し、次いで怒りに満ちた姝へと移り、眉をひそめた。
姝は瞬時に顔つきを変え、目を赤くして彼に駆け寄り、縋るように訴えた。
「陛下、ご覧ください、令儀を!わたくしはほんの少しお説教をしただけなのに、彼女は聞太師の名を出してわたくしを威圧し、口答えばかりして、全く反省の素振りすら見せません!わたくしは腹に据えかねて、つい……」
承璽は令儀の顔の傷を見た。その青白い肌に浮かぶ赤い腫れは痛々しかった。
彼の心臓が大きく波打ち、微かな痛みが走った。
しかし、姝の涙ぐんだ目を見た時、彼女が自分のために子供を産めない体になったことへの痛みが、その小さな心の痛みを押し殺してしまった。
大勢の前で皇后を叱責し、その威厳を損なうわけにはいかない。
そう判断した彼は、令儀に目を向け、冷酷な声で言い放った。
「令儀よ、己の非を認めるか?皇后は後宮を束ねる者。妃嬪を教え導くのは当然の務めだ。それにもかかわらず、口答えし、目上に逆らい、皇后を怒らせた罪、どう償うつもりだ?」
令儀はゆっくりと目を上げ、彼を見据えた。
その瞳は、地面の氷よりも冷たく、吹き荒れる寒風よりも鋭く、承璽の心の奥底を射抜いた。
怨みも、哀願もなかった。ただ、すべてを諦めきったような荒涼とした光があるだけだった。
令儀はゆっくりと身をかがめ、冷たい石畳に額をこすりつけた。その声は恐ろしいほどに穏やかだった。
「わたくしめの……罪にございます。陛下と皇后様の……如何なるご処分も甘んじてお受けいたします」
その「ご処分」という言葉は、軽く放たれたものだったが、承璽の心には重い鉄槌のように打ち付けられた。
ふと、昨夜彼女が口にした言葉が脳裏をよぎった。
「陛下は後宮に広く女子をお召しになればよろしいかと存じます」
胸の奥底で、名状しがたい怒りの火が再び燃え上がった。
彼は目を閉じ、再び開いた時には、皇帝としての冷徹な表情に戻っていた。
「令儀の言動は甚だ不心得であり、皇后を侮辱した。本日より長信宮(ちょうしんきゅう)へ移り、謹慎して反省せよ。朕の許しがあるまで一歩も外に出てはならぬ」
長信宮。後宮の最も西の隅にある、長い間誰も住んでいない、冷宮(幽閉される宮)も同然の場所だ。
姝の目に一瞬、勝ち誇った色が浮かんだ。
令儀は平伏したまま答えた。
「陛下の寛大なご処置に、感謝申し上げます」
承璽は地面に伏す彼女の背中を見下ろし、不意に猛烈な苛立ちに襲われた。
彼は袖を翻して背を向けた。
「還御する!」
儀仗の列が遠ざかっていく。
令儀はゆっくりと立ち上がった。膝の骨が軋み、身を切るように痛んだ。
青黛が駆け寄って彼女を支え、ぽろぽろと涙をこぼした。
「お妃様、宮へ戻りましょう……」
「ええ」
令儀の声はとても小さかった。
「荷物をまとめて。宮を移るわよ」
長信宮は噂通り、ひどく荒れ果てていた。
庭には雑草が生い茂り、殿内は蜘蛛の巣だらけだった。
青黛が他の宮女たちと丸一日かけて掃除し、ようやく人が住める程度になった。
その夜、青黛は令儀の顔に冷やした手拭いを当てた。
令儀は銅鏡に映る自分の腫れ上がった顔を見た。顔の半分が赤く腫れ、口角には血の塊がこびりつき、無惨な有様だった。
しかし、彼女の目は静かだった。まるで嵐の前の海のように。
「青黛。私、この数年間……耐え忍びすぎたのかしら?」
青黛はハッとした。
「お父様は私に、柔よく剛を制せと、大局を重んじよと教えてくださった」
令儀の声は微かで、独り言のようだった。
「私は三年耐え忍んだ。我が子を奪われても耐え、雪の中で跪かされ辱めを受けても耐え、そして今日の平手打ちにまで……」
彼女は振り返り、青黛を見た。
「でも、私が得たものは何だった?」
青黛は言葉に詰まり、鏡の中の主の見たことのない表情に、胸騒ぎを覚えた。
「お妃様は、太師様のため、そして大局のために……」
「父のため、大局のため……」
令儀は低く繰り返し、冷たい鏡面を指先でなぞった。
「だからといって、ずっとまな板の上の魚のように、人に切り刻まれるのを待つだけ? 自分の子供さえ守れず、父の清らかな名声までも人に踏みにじられて?」
彼女は冷え切った指先を離した。
「耐え忍んで得たものは、さらにひどくなる侮辱と、終わりのない搾取だけだったわ」
彼女は青黛に向き直った。その瞳の奥で、何かが崩れ去り、そして新しく組み上がっていくのが見えた。
「私の、あの紫檀の木箱を持ってきて」
その箱は、聞家から後宮に入った際に持参した嫁入り道具の一つで、ずっと蔵にしまわれていたものだ。
青黛が持ってきて蓋を開けると、中には古い品々が入っていた。数冊の本、詩の原稿の束、そしていくつかの印章。
一番底にあったのは、一巻の絵だった。
令儀は絵を取り出し、卓の上でゆっくりと広げた。
描かれていたのは、雪の中で馬を駆る若き将軍――三年前、凱旋した日の承璽の姿だった。
これは、彼女が後宮に入る前の夜に描いたものだ。
今見ると、ただ滑稽にしか思えなかった。
彼女は文机に向かい、紙を広げて墨をすり、筆をとって絵に言葉を書き添えた。
文字はとても小さく、絵の衣の裾のあたりに書かれており、よく見なければ気付かないほどだった。
令儀は墨の跡をそっと息で乾かし、絵を再び巻き直して青黛に渡した。
「しまっておいて。汚したり破れたりしないよう、大切にね」
青黛は戸惑った。
「大切に保管しておくのよ」
令儀は窓の外の暗闇を見つめ、その視線は遠くを彷徨っていた。
「いずれ……役に立つ時が来るから」
その目つきに、青黛は得体の知れない震えを感じた。
「お妃様、何をなさるおつもりで……」
「何もしないわ」
令儀は立ち上がり、窓辺に歩み寄った。
「陛下が西山の閲兵(軍の視察)に行かれるのは、いつかしら?」
「三日後でございます」
「そう」
彼女は窓の外の枯れ枝を見つめた。
「あなたに、一つ頼みたいことがあるの」
その夜、令儀は青黛を密かに後宮の外へと使いに出した。
第6話
出発の前、承璽は長信宮へ足を運んだ。
令儀は中庭で日向ぼっこをしていたが、彼が来たのを見て立ち上がり、礼をした。
「朕は数日、西山へ赴く。お前は……しっかり養生せよ」
彼は令儀のまだ赤く腫れた頬を見て、何か言おうとしたが、言葉を飲み込んだ。
「陛下を、お見送りいたします」
承璽はしばらく立ち尽くしていたが、袖から小さな磁器の瓶を取り出した。
「これは傷薬だ。塗っておくといい」
令儀はそれを受け取ったが、彼の目を見ることはなかった。
「感謝いたします」
承璽は去った。
令儀は磁器の瓶を握りしめ、儀仗の足音が遠ざかり聞こえなくなるまで待ってから、手を離した。
瓶は地面に落ちて砕け散り、薬膏が散乱した。
「お妃様!」
青黛が悲鳴を上げた。
「掃いておいて」
令儀は背を向け、部屋へと戻った。
三日後、後宮で噂が流れ始めた。
令儀には後宮に入る前、心に決めた人がいたという。それは風雅な貴公子であり、二人は詩を交わして愛を誓い合っていたのだと。
もし突然の聖旨が下らなければ、美談として結ばれていたはずだった、と。
またある者は、令儀が一枚の似顔絵に向かって涙を流しているのを見たという。そこに描かれていたのは美しい若者であり、陛下ではなかった、と。
噂は野火のように、一夜にして後宮中に燃え広がった。
その日の午後、皇后は後宮の風紀を正し、噂を明らかにするという名目で、令儀を長信宮から鳳儀宮へと連行させた。
「後宮の風紀を乱すとは、令儀、随分といい度胸ね」
皇后は声を荒らげることはなかったが、その言葉の端々には毒が込められていた。
「陛下が宮を離れてたった一日で、このような薄汚い噂が飛び交うなんて。お前が寂しさに耐えられなかったのか、それともお前たち聞家の家風が元から乱れているのかしら?」
令儀は冷たい床に跪き、背筋を真っ直ぐに伸ばした。
「噂は根も葉もないものにございます。皇后様には明察を伏してお願いいたします」
「根も葉もないですって?」
姝は身を乗り出し、指先が令儀の鼻先に触れんばかりになった。
「火のない所に煙は立たないわ!お前のあの普段の気高い振る舞いは、すべて陛下に見せるための演技で、心の中には別の男が住んでいたというわけね?陛下がお戻りになられたら、必ずご報告し、聞家の娘の素行を徹底的に調べ上げてやるわ……」
「陛下は私を罰したりはなさいません」
令儀が不意に顔を上げ、彼女の言葉を遮った。声は小さかったが、はっきりとした確信に満ちていた。
姝は一瞬呆気にとられ、極度の怒りから冷笑を漏らした。
「何を言っているの?」
「陛下は……」
令儀は彼女の驚きと怒りに満ちた視線を受け止め、ゆっくりと言った。
「わたくしに対して、決して無情ではございません」
殿内の空気が凍りついた。
姝は最も滑稽な言葉を聞いたかのように勢いよく立ち上がり、令儀の前に歩み寄った。その声は嫉妬で甲高く尖っていた。
「令儀、何を思い上がっているの?陛下と私は若い頃に結ばれ、生死を共にしてきた仲よ! 陛下はずっと前に、生涯私だけを愛すると誓ってくださった!
お前を入内させたのは、ただの跡継ぎのため、お前たち聞家をなだめるためよ! 陛下がお前を見る目は、ただの置物や器を見る目と同じ。どうしてお前に情など抱くものですか!」
彼女の言葉は心をえぐるようであり、三年間溜め込んだ嫉妬の炎の爆発だった。
令儀は静かに聞き終え、その甲高い声が殿内で消え去るのを待ってから口を開いた。その声は不気味なほど平穏だった。
「皇后様と陛下の深い絆に、わたくしなどが比肩するつもりはございません。ただ、わたくしが近頃史書を読んでおりましたら、前朝の戾帝(れいてい)と正室の許(きょ)皇后もまた、苦難を共にした情け深い夫婦であったと記されておりました。
しかし戾帝が即位した後、次第に養女の蕭氏を寵愛して皇后を遠ざけ、最終的には讒言を信じて妻を殺し子を滅ぼそうとさえしたのです。もし許皇后の産んだ長子が兵権を握り、間一髪で軍を率いて都へ戻らなければ、許皇后はとうの昔に無念の死を遂げていたことでしょう」
姝の顔色が一瞬にして青ざめた。
令儀の視線は、血の気を失った彼女の顔をかすめ、波一つない平坦な声で続けた。
「史書の筆は鉄のように冷酷に事実を記します。帝と皇后の心が離れ、夫婦が反目することは、決して作り話ではないのです。
海よりも深い情愛でさえ、時には歳月の摩耗に耐えられず、新しい側室の微笑みに勝てず、さらには血の繋がりの絆には敵わないものなのです」
彼女は言葉を区切り、何気ないふりをして姝の腹部に視線を這わせ、再び伏せた。
「ましてや現在、後宮におられる皇子も姫君も、すべてわたくしのお腹から生まれた子たち。陛下がご自身の骨肉を気にかけて、時折この長信宮を訪ねてくださるのも、人として当然の人情にすぎません」
「黙りなさい!」
最後の言葉は毒を塗った針のように、姝が最も恐れている妄想の奥深くに容赦なく突き刺さった。
子供!また子供のこと!この泥棒猫は二人の子供を盾にして、少しずつ陛下の関心を食い物にしているのだ!
史書の例えは彼女をさらに震え上がらせ、自分自身の恐ろしい未来を見せられたかのようだった。
恐怖は瞬時に理性を飲み込み、狂暴な怒りへと変わった。
「この卑しい女!私を呪う気?!私に子がないことを当てこする気?!しかも帝と私を仲違いさせようと企むなんて!」
姝は激しく胸を上下させ、令儀を指差しながら、老女官たちに向かって金切り声を上げた。
「この者を殿外の中庭へ引きずり出しなさい!後宮の風紀を乱し、皇后を呪った罪で、杖打ち二十回!いや、三十回よ!情け容赦なく力一杯お打ち! この妖婦が主君を惑わし、邪な心を抱いた末路がどうなるか、後宮の者たちに思い知らせてやるのよ!」
令儀は鳳儀宮の前の庭へと乱暴に引きずり出された。
地面に押さえつけられ、重厚な杖が彼女の背中に振り下ろされる。鈍い打撃音が響いた。
彼女は歯を食いしばり、命乞いの声一つ上げず、ただ腕の中に顔を埋めて、一撃ごとに増していく激痛に耐えた。
額からは冷や汗がにじみ、背中の衣はあっという間に血で赤く染まっていった。
遠くから覗き見た宮女や宦官たちは皆震え上がり、うつむいて足早にその場を逃げ去った。
三十回の杖打ちが終わる頃には、令儀の息は絶え絶えになり、身動き一つとれない状態になっていた。
姝は高い階段の上に立ち、冷ややかに見下ろした。
「長信宮へ引きずって帰り、厳重に見張るのよ。私の許可なく、何人たりとも出入りを禁ずる! 陛下がお戻りになられたら、改めて沙汰を下します!」
彼女は二人の宦官に両脇を抱えられ、引きずられるようにして鳳儀宮を後にした。
青石の道には、途切れ途切れの暗い血の痕が残された。
長信宮の冷たい離れに戻ると、青黛は泣きながら傷口を清め、薬を塗った。
「お妃様、なぜわざわざ皇后様を怒らせるようなことを……」
令儀は硬い寝台にうつ伏せになり、痛みのせいで途切れ途切れになりながらも、異様なほどはっきりとした声で言った。
「怒らせなければ……彼女が私を『今すぐ消し去りたい』と焦ることはないでしょう?」
青黛の手が震えた。
「誰にも縛られず、広い世界で思うがままに生きる、ですって?」
令儀は口角をわずかに引き上げた。それはこの上なく痛ましく、それでいてどこまでも澄み切った笑みだった。
「あんなものは、自分を誤魔化すための愚か者の言葉よ。傷はすでに刻まれ、痕は永遠に残る。やり直すなんて、臆病者の逃げ口上にすぎないわ」
彼女は目を閉じ、ゆっくりと息を吐き出し、再び目を開けた時、その瞳の奥にはただ漆黒の冷たさだけが残っていた。
「この後宮が私に教えてくれたことが一つあるわ。恨みを恩で返してはならない……なすべきはただ一つ。血には血を、歯には歯を、よ」
夜更け、長信宮は静まり返っていた。
その夜、長信宮から火の手が上がった。
火は離れから燃え広がり、風に煽られて瞬く間に本殿へと延焼した。
宮の壁の内側では、火消しの声と叫び声が入り乱れた。
誰も気づかなかった。その突如として燃え上がった大火が、冷宮の離れを焼き尽くしただけでなく、本来なら火の海に葬られるはずだった令儀の姿をも、密かに連れ去っていたことに。
——
西山の行営(あんざいしょ)。
承璽は天幕の中に座り、一対の白玉の腕輪を指で撫でていた。
これは昨日、地元の役人が献上してきたもので、玉の質は温かみがあり、彫りも繊細だった。
これを見た瞬間、彼は令儀を思い出した。彼女の手首は細く、肌は抜けるように白い。これを着ければ必ず似合うだろう。
思えば、彼はこれまで彼女に気の利いた装身具一つ贈ったことがなかった。
副将が慌ただしく駆け込み、地に跪いて報告した。
「陛下、後宮より急報にございます。長信宮から出火し、令儀様が……お亡くなりになりました」
承璽の手から玉の腕輪が滑り落ち、地面で粉々に砕け散った。