まだ花嫁になれない私

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まだ花嫁になれない私

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結婚式で、夫の秘書・西野若菜(にしの わかな)が新郎新婦の写真を間違えて映し出してしまった。 スクリーンに映し出されたのは、私・柴田蛍...

Chương (1)

第1章

結婚式で、夫の秘書・西野若菜(にしの わかな)が新郎新婦の写真を間違えて映し出してしまった。 スクリーンに映し出されたのは、私・柴田蛍(しばた ほたる)とのウェディングフォトではなく、夫・柴田礼司(しばた れいじ)と若菜が伝統的な婚礼衣装で手を取り合い、見つめ合っている、とても幸せそうな姿だった。 会場が騒然となった。 ミスをした若菜が泣きじゃくりながら、式を延期してほしいと私に懇願する。 礼司は慌てる様子もなく、低く落ち着いた声でこう耳打ちした。 「みんなもう来てるんだから、今さら延期なんてしたら面目丸つぶれだし、縁起も悪い。それに、どうせ誰も花嫁の顔なんて詳しく知らないだろう。だったら、とりあえず若菜に代理で式に出てもらえばいい」 参列した友人たちは、礼司のそんな身勝手な発言を聞いて、私が怒り狂うのではないかと唖然としていた。 しかし私は淡々と頷き、その提案に乗ることにした。 私の冷静さに気を良くした礼司は、どうせ入籍も済ませているんだからと、いずれ日を改めてちゃんと挙式してやる、と言い残した。 だが、彼は決定的な勘違いをしている。 他の女を花嫁の代役に立てたあの瞬間、私の中ではすでに離婚の決意が固まっていたということに。 第1話 結婚式で、夫の秘書・西野若菜(にしの わかな)が新郎新婦の写真を間違えて映し出してしまった。 スクリーンに映し出されたのは、私・柴田蛍(しばた ほたる)とのウェディングフォトではなく、夫・柴田礼司(しばた れいじ)と若菜が伝統的な婚礼衣装で手を取り合い、見つめ合っている、とても幸せそうな姿だった。 会場が騒然となった。 ミスをした若菜が泣きじゃくりながら、式を延期してほしいと私に懇願する。 礼司は慌てる様子もなく、低く落ち着いた声でこう耳打ちした。 「みんなもう来てるんだから、今さら延期なんてしたら面目丸つぶれだし、縁起も悪い。それに、どうせ誰も花嫁の顔なんて詳しく知らないだろう。だったら、とりあえず若菜に代理で式に出てもらえばいい」 参列した友人たちは、礼司のそんな身勝手な発言を聞いて、私が怒り狂うのではないかと唖然としていた。 しかし私は淡々と頷き、その提案に乗ることにした。 私の冷静さに気を良くした礼司は、どうせ入籍も済ませているんだからと、いずれ日を改めてちゃんと挙式してやる、と言い残した。 だが、彼は決定的な勘違いをしている。 他の女を花嫁の代役に立てたあの瞬間、私の中ではすでに離婚の決意が固まっていたということに。 ベールを外し、それを礼司の手に託すと、彼と周囲の気まずそうな視線などお構いなしに、私は式場を後にした。 式場の外に出るまで、礼司が私を追いかけてくることはなかった。 背後からは歓声が沸き起こり、礼司と若菜は人だかりの中心で壇上に上がっていた。 それがミスではないと、私は知っている。 あれは、若菜からの挑発だ。 あいにく、礼司にはその策略が見抜けない。あるいは、気づいていてもあえて泳がせているのだろう。 昔の私なら傷ついていたかもしれないが、今は驚くほど穏やかな気持ちだった。 私は帰宅し、何も考えずに寝直した。 礼司は面倒なことを嫌うため、結婚式の準備から何まで、すべて私一人で背負い込んできた。 間違いのない式にしようと、最近は仕事を終えて帰宅するや否や、ホテルの選定、招待状のチェック、引き出物選びと走り回っていた。昨日は最終確認のために未明までリハーサルを繰り返し、そのせいで今も胸が痛む。 今となっては、全てが無駄に思える。 そんなことなら、私も最初から手を抜いておけばよかった。 うとうとしていると、礼司からの電話で目が覚めた。 「蛍、式が終わったんだが、どこにいる?」 弾むような声を聞いて、滑稽な気分になった。私が帰ってからこんなに時間が経っているのに、彼は私がいないことにすら気づいていなかったらしい。 気づいていないというより、最初から私に意識など向けていなかっただけなのか。 あくび混じりに返事をした。「家にいるわ」 電話の向こうが、一瞬沈黙した。 「蛍、まさかまだ式のことで拗ねてるのか?」礼司はいつものように、分かっていながら白々しく尋ねた。 けれど今回は外れだ。怒ってなんかない。ただ、馬鹿らしくて無関心になっただけだ。 「ううん、違うわ」と答えた。 礼司は鼻で笑って信じない。「拗ねているんだろうが、あれは会社のために必要な処置だったんだ。 今日来ているゲストは主要な取引先ばかりなんだ。写真くらい間違えるようなお粗末な組織だと判断されたら契約に関わる。お前に恥かかせたくなくてそうしたんだぞ。 それに、若菜だって今日は相当な重圧の中で頑張ったんだぞ。周りからどれだけ酒を飲まされたか、お前は知らないだろう?お前の代わりにあれだけ飲んでくれたんだから、感謝するのはお前のほうだ」 私は呆れてものも言えない。 式の最中の喧騒に乗じて、礼司は誰かに脳みそでも奪われたのではないかと疑いたくなった。 私の言葉を待たずに、隣で若菜が控えめな声を出した。「礼司さん、そんなこと言わないでよ。私の当然の務めだから」 「そんなことはない、若菜。機転の利いた対応だったよ。後日、経理に言って昇給させる」 第2話 「ありがとうね、礼司さん」 二人は息の合ったやり取りをしている。 そのやり取りを聞いているだけで吐き気がしたが、私はもう慣れてしまった。 礼司は、若菜のやることにいつも甘かった。 会社では誰もが礼司を「社長」と呼ぶのに、若菜だけは特別に「礼司さん」と呼ぶことを許されていた。他の社員なら些細なミスで容赦なく怒鳴られるのに、若菜がいくら大きな損害を出しても、礼司はいつも見て見ぬふりをしていた。 1ヶ月前も、若菜の失策で億単位の取引が台無しになった。 社内から批判の声が上がる中、礼司は議論すらせず、その全責任を私に押し付け、1年分の給料を減額した。 腹を立てた私が抗議すると、彼は悪びれる様子もなく言った。「長年一緒にやってきた仲なのに、なぜこんな小さなことで責めるんだ? たかだかその程度の金、お前にとっては大したことないだろ?若菜は生活が厳しいんだ、給料まで減らされたらどう生きていくんだ? そんなに気に入らないなら、あとで埋め合わせしてやればいいんだろ?」 今回のこの結婚式も、その「埋め合わせ」のひとつだった。 沈黙する私に、礼司は溜め息をついた。「蛍、少しは若菜を見習ったらどうだ?彼女の方が年下なのに、ずっと大人だぞ。 若菜はずっと前向きに解決策を探しているし、結婚式が完璧になるよう、わざわざ自分の両親まで招待したんだぞ。 お前は親がいないんだから、来られないのは仕方ないとしても。嫌なことがあるたび不機嫌になって対話を放棄して、後始末を投げ出すのはもうやめろ」 両親について触れられ、私から思わず皮肉な笑みがこぼれた。 礼司が子供の頃、自宅で火事があった。私の父は礼司を救おうと炎に飛び込み、重傷を負ってそのまま亡くなった。母もそのショックから立ち直れず、早逝してしまったのだ。 母が亡くなったその夜、礼司は泣き崩れる私を抱きしめ、絶対に離れないと何度だって誓ったはずだ。 それからまだ8年。今の礼司にとって、私の両親の死は、若菜より劣っていると言うための材料でしかなかった。 昔なら泣きわめいて大喧嘩していただろう。でも、今は違う。礼司が若菜のためにあまりに理不尽な行動を繰り返してきたおかげで、私の心は驚くほど冷めていた。 「そうね、私が間違っていたわ」私は低くつぶやいた。 穏やかな口調だったからか、礼司の態度も少し緩んだ。 「悪かったと分かればいいんだ。素直に謝って若菜と和解すれば、この話は……」 最後まで言わせず、私は冷淡に話を遮った。 「勘違いしているみたいね。 言いたいのはね、そもそも私があなたと入籍なんてするべきじゃなかった。何より、父があなたみたいな恩知らずを助けるんじゃなかった、ということよ」 礼司は呆気に取られ、顔を赤くして怒鳴った。「蛍、それどういう意味だ?」 彼が怒り出す様子を見て、昔のように必死に謝って機嫌を取るような真似はやめた。 ただ静かに、こう告げた。 「礼司。離婚しよう」 離婚という言葉に、礼司の動きが止まった。 「なんだと? 蛍、いつからそんなに器の小さい女になったんだ?たかがこんな小さなことで、俺と離婚するつもりなのか?」 私はてっきり、礼司がこのまま怒りに任せて、離婚を承諾するものだと思っていた。 先日も彼は寝言で若菜の名前を呼んでいた。若菜のことがこれだけ好きなのなら、私が別れて二人が結ばれるようにお膳立てしてあげれば、礼司だって願ってもないはずだ。 第3話 ところが礼司は意外にも深いため息をつき、口調を少し和らげた。 「蛍、今のは怒りに任せた言葉だと分かっているから、責めるつもりはない。 もう騒ぐのはやめてくれないか?俺たちは長年一緒にいるんだ。簡単に離婚なんてできるわけないだろ? 今の話は聞かなかったことにする。だから、もう二度と言うな。 そうそう、急で悪いが、2日間出張することになった。お前には1ヶ月休みをやるから、その間に一人でよく冷静になってこい」 礼司はそう言い捨てると、そのまま電話を切った。 電話が切れる直前、彼が若菜に小さくこう説明するのが聞こえた。「離婚なんて面倒だし、財産分与とか考えると今はできないしな……」 あとの言葉は聞こえなかったが、言わんとすることは手に取るように分かった。 どうやら礼司は、離婚することで自分の資産が減るのを恐れているのだ。 私は鼻で笑った。あまりの馬鹿馬鹿しさに、かける言葉も見つからなかった。 礼司は、昼食のメニューから会社の機密情報まで、何でもかんでも若菜に漏らす男だった。私は何度も「もっと用心した方がいい」と注意したが、彼は「若菜は信頼できるから大丈夫だ」と耳を貸さなかった。 それほど若菜のことは信じているくせに、私のことはとことん悪意のある見方で疑ってかかるなんて。 まあ、どうでもいいことだった。 私はすぐに弁護士に連絡し、離婚の手続きを依頼した。 一刻も早く縁を切りたかったので、財産には一切手を付けず、身一つで出ることにした。 続いて人事宛てに退職届を送った。私と礼司の関係を知らない人事担当者は、マニュアル通りの事務的な返信をしてきた。 「社長たちは新婚旅行中ですので、今こちらからお邪魔するわけにはいきません。1ヶ月後に改めて申請してください」 私は驚かなかった。 さっきの話から、礼司の出張なんて嘘っぱちだと気づいていた。 あの二人の新婚騒ぎは周知の事実だ。このタイミングで、誰が礼司に仕事をさせようとするだろうか? 「もう待ちたくありません。書類を受け取ってください。新婚旅行後に渡すのでもいいですから、責任は私が取ります」と伝えた。 人事担当者も迷っていたが、食い下がると渋々受諾してくれた。 礼司との契約は8年契約だったが、もう2年前に満期が来ていた。契約を更新しなかったのは、単に忘れていただけか、それとも最初からどうでも良かったのか。 この数年、礼司の頭は若菜のことで一杯だったのだから。 好都合だ。辞めるのに彼の許可なんていらない。 その後、地方にいる友人・菊地百香(きくち ももか)に電話を入れた。 理由を伝えると百香は大喜びし、すぐにこちらへ来いと言ってくれた。 百香は以前会社を立ち上げた際、優秀な技術者が不足していると言い、何度も私を誘ってくれていたのだ。 あの頃の私は、きっぱりと断っていた。 礼司の会社は、何もない所から二人で汗水たらして作った結晶だった。小さなオフィスから始まり、上場が見えるまでになった今、私はこの会社を我が子のように思っていた。 持株がなくても構わなかったし、文句なんて一度も言わなかった。 今にして思えば、本当に報われなかった。 私は迷わず百香の誘いに乗ることにし、すぐさまH市行きのチケットを取った。 空港へ到着すると、出口で待っていた百香が走って駆け寄ってきて、手際よく荷物を受け取りながら親身になって言葉をかけてくれた。 第4話 戸惑いながらも、私は「友達同士なんだし、そんなに気にしないで」と笑って返した。 百香は「親しい仲だからこそ、ちゃんと面倒を見たいのよ」と微笑む。 その言葉を聞いて、私は少しぼんやりし、礼司から「高い給料を捨てて、俺と一緒に事業を始めよう」と言われた数年前のことが頭をよぎった。 礼司は住所のメッセージだけを送ってきた。私は汗だくになりながら大きな荷物を抱え、迷いながらなんとかその古びたアパートにたどり着いたのだ。 玄関のドアを開けた時、礼司は寝間着姿で、平然と他の誰かとゲームをしていた。 口には出さなかったけれど、彼の表情から「来るタイミングが悪い」とでも言いたげな不満が読み取れた。 ゲームが終わった隙を見て、「どうして迎えに来てくれなかったの、何かが起きたらどうするの?」と冗談交じりに聞いてみた。 礼司は鼻で笑って私をチラリと見てこう言った。「日中だろ?何かあるわけないだろ?俺たちもう長い付き合いなんだからさ、それぐらい一人で来いよ」 今思えば、関係が良いなんてただの言い訳だったのだ。礼司の中で一番欠けていたのは、私を大切にする心だった。 その日の午後、百香が部屋を探しに連れて行ってくれた。住居を決めた後、彼女は数人の仲間を誘って、高級ホテルのレストランへ招待してくれた。 百香が駐車場に向かっている間、私は先にロビーへ入った。 回転ドアを通り抜けた瞬間、耳馴染みのある声が聞こえてきた。 「あれ、蛍さん?」 私が反射的に振り返ると、そこには礼司と若菜が指を絡め、親密そうに寄り添って立っていた。 私と目が合うと、礼司は慌てて手を離した。 傍らにいた若菜は、不快そうな表情を隠そうともしなかった。 だがすぐに自然な表情に戻り、笑顔で近づいてきた。「蛍さん!今日、人事から蛍さんが礼司さんを探していたって聞きましたよ。用事なら電話で言えばいいのに、わざわざ来るなんて大変じゃないですか?」 礼司もその言葉に何かを察したのか、眉間に深く皺を寄せる。 「俺をつけてきたのか? どういうつもりだ。俺を信用していないのか?」 滑稽で呆れてしまったが、私はいちいち説明する気にもなれず、「尾行なんてしてないわ。友達に会いに来ただけ」と言った。 礼司が納得するはずもなかった。 「しらばっくれるなよ。お前に友達なんていないことは知ってるんだ。ついてきたなら、堂々と認めればいいだろう。どうして嘘をつく?」 礼司は私を軽蔑するような冷たい笑みを浮かべた。 私はただ黙り込むしかなかった。 誰よりも私を知っているはずの礼司は、私が地元を離れ、友人もほとんどいないことを知っていた。それなのに、私をひとりあの街に置き去りにして、頭を冷やせと言った。けれど私は忘れていない。去年、彼は「実家に帰って年を越す」と嘘をつき、若菜のもとへ行っていたのだ。 その時の彼の言い分も、若菜はここに友人がいなくて落ち込んでいるから、放っておけないというものだった。 「礼司さん、蛍さんが来てるんだから、ちゃんと話したら? あ、そうだ。ルームキーを貸して」 若菜が楽しそうに、礼司に向かって手を伸ばす。 礼司は当たり前のようにポケットからルームキーを取り出し、若菜に渡した。「じゃあ、部屋で待っててくれ」 「分かったわ」 その場を立ち去る直前、若菜は勝ち誇ったような視線を私に投げた。 その意図は明らかだった。 二人は同じ部屋を取っていた。 礼司も自分のミスに気づいたのか、目線がわずかに揺れた。 「フロントで、1部屋しか空いていないと言われたんだ。 変なこと考えるなよ。スイートルームだし、俺はソファで寝るんだから」 礼司は出張でも旅行でも、事前に部下に完璧な手配をさせる性格だというのは分かっているのに。 追及するのも面倒で、私はバッグからあらかじめ準備しておいた離婚届を取り出した。 本来は新しい仕事の目処がついたらサインをお願いするつもりだったが、ここで出会えたのはむしろ都合がいい。 第5話 「これは何だ?」 礼司は不思議そうに書類を開こうとした。その時、上の階から若菜の悲鳴が聞こえた。 「若菜、どうしたんだ?」 礼司の声色は動揺に染まり、中身を確認もせずにさっと署名すると、そのまま立ち去ろうとした。 「自分が何に署名したのか、確認しなくていいの?」 礼司は興味なさげに吐き捨てた。「金さえ渡せばいいんだろう?」 そう言い捨てると、私の言葉を待つこともなく彼は足早に去っていった。 私は自嘲に満ちた笑いを浮かべた。 慌ただしく去っていく礼司の姿が、数年前の彼と重なった。 昔、重病を患い入院したが、手術代がなかった。 礼司は「心配するな、俺に考えがある」と言ってくれた。そして夜中に目を覚ますと、彼が疲れ切った様子で、私のために一件一件電話をかけてお金を借りている姿が見えた。 あの時、私は何があってもこの人を支え抜こうと誓ったのだ。 会社が軌道に乗り、お金に困ることはなくなったけれど、礼司と私はもう、あの頃には戻れない。 私はバッグに離婚届をしまい込んだ。 あと1ヶ月。すべての手続きが終われば、礼司とはもう何の関係もなくなる。 レストランに向かうと、友人たちはすでに集まっていた。 話が弾み、話題が以前の起業の話になった。「何度誘っても断ってたけど、もしかして彼氏でもできてたの?」と百香に冷やかされた。 昔、礼司が公にしたくないと言うので、私たちの関係はほとんど誰にも知られていなかった。結婚式でさえ、招待客は取引関係者ばかりだった。 当時、礼司は言い訳をした。「遠方に住む友人たちは招待しても負担をかけるだけ。金目当てと思われたくないから、落ち着いてから別でやろう」 今にして思えば、あれは最初から若菜のための席を空けておきたかっただけかもしれない。 「離婚したの」と私は淡々と告げた。 その場が急に水を打ったように静まり返る。 皆、励ますべきか迷うような眼差しを私に向けた。 私は真っ先にグラスを掲げた。「クズ男と縁が切れてせいせいしたわ!これからはここで腰を据えて、みんなと一緒にがっつり稼ぐわ!」 「その通り!稼ぎまくろうね!」 部屋はすぐに熱気を取り戻し、乾杯の音が響いた。 翌日、私は正式に百香と契約を済ませ、仕事に没頭した。 最新技術を導入したおかげで事業は好調で、たった半月で利益は3倍になった。 百香は喜び、郊外のリゾートホテルでパーティーを開いてくれた。 だが、そこに礼司と若菜がいたのは誤算だった。 二人は焚き火を囲んで座り、礼司は若菜のために甲斐甲斐しくエビを剥いていた。 若菜が何を言ったのか、礼司は笑いながら剥いたエビを彼女の口に運び、さらにエビの汁がついた手を彼女の顔につけようとした。若菜は笑いながら身を引いた。 礼司が隙をついたかと思うと、若菜はすぐに彼の腕の中に滑り込む。 礼司の耳は真っ赤に染まり、とても幸せそうだった。 礼司は、私に対してはそんな幼稚な振る舞いを嫌っていたはずだ。 いつもは「手が汚れる」と言ってエビを食べたがらず、私が剥いてあげていたのに。 若菜という女と一緒になってから、本当に人が変わったものだ。 第6話 「見てよ、あのカップル。すごくお似合いだよね」 百香が礼司と若菜を見ながら、からかうような目つきで私に言った。「うらやましいの?」 私は作り笑いで首を横に振った。 「吐き気がするわ」 百香は訳が分からないといった顔で瞬きをした。 私は説明せず、踵を返して立ち去ろうとした。 こんな人混みなら、礼司には気づかれないだろうと思っていたのに。背を向けた途端、冷ややかな声が背中に突き刺さった。 「蛍!」 視界の端で、礼司が大股でこちらへ歩いてくるのが見えた。 これ以上、関わりたくなくて足早にその場を離れようとした。私の存在を無視してくれることを期待したが、あろうことか礼司は人の目もはばからず、早足で私の目の前に立ちはだかった。 「蛍、耳が遠いのか?呼んでいるのが聞こえないのか?」 礼司の性格は痛いほど知っている。逃げても無駄だと思い、私は淡々と尋ねた。「何か用?」 私の予想外の冷淡な態度に、彼は一瞬、言葉を失っていた。 代わりに口を開いたのは、隣に寄り添う若菜だった。 「蛍さん、奇遇ですね。また会えましたね。まさかここでも会うなんて。これで2度目ですね」 その言葉の裏に隠されたトゲは、すぐに見抜けた。 礼司も何かを感じ取ったのか、私を見る目がさらに冷たくなった。 「いつまで俺を尾行しているつもりだ?」 私は溜息をついた。「尾行なんてしてないわ。ただの偶然」 「はっ、1度は偶然でも2度はどうだ?そんな都合のいい偶然があるわけないだろ! 第一、後ろめたいことがないなら、なんでさっき逃げるような真似をしたんだ?」 礼司は冷ややかに私を見つめ、その目にははっきりと侮蔑が浮かんでいた。 彼にとって、最初から真実なんてどうでもよく、自分の信じたいことしか見えていないのだ。 若菜は不憫な女を演じるようにこう言った。「礼司さん、蛍さんと喧嘩しないで。なんなら私が帰るから、蛍さんに付き添ってもらって。実は今回の出張も、本当は蛍さんに一緒に来てもらいたかったの。 私があなたと一緒にいたら、みんなきっと変に勘ぐるでしょうし」 迷いの色を見せていた礼司の顔つきが、その言葉を聞いて急に硬くなった。 「誰が勘ぐるって? 俺たちは堂々と出張に来ているんだ。変に勘ぐるのは、下衆な人間だけだろう!」 そう言いながら、彼は冷ややかに私を一瞥した。 その「下衆な人間」が明らかに私を指していることは、言うまでもなかった。 なんだかおかしくて、笑いが出そうになった。 以前なら、若菜の訴えを受けて私を責め立ててきただろう礼司が、意外にもそのときはトーンを抑えて溜息をついた。 「蛍、もうやめろよ。そんな被害妄想ばかりされると、俺のほうが疲れるんだ。 言ったろ。今回の件が終わったら式を挙げる。お前も少しは譲って、早く帰ってくれないか。 それに、もう入籍したんだから、不安になる必要なんてないだろう?」 礼司は、自分が離婚届にサインしたことに、まだまるで気づいていないらしい。 この挙式の約束をエサに私を追い払い、二人のハネムーンを邪魔されないようにする算段なのだろうか? 考えれば考えるほど、おかしくてたまらなかった。 「今さら挙式?」 私は冷ややかに笑うと、カバンの中から離婚届の控えを取り出し、礼司の手元に叩きつけた。 「さすがご多忙な方は、忘れっぽいのね。 礼司、忘れたなら思い出して。私たちはもう離婚したのよ」