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八時間のフライトで恋は終わった
私、月島莉都(つきしま りと)が瀬尾晃成(せお こうせい)と別れて、五年目のことだった。 国際空港で、私は晃成と再会した。 彼は海外にい...
Chương (1)
第1章
私、月島莉都(つきしま りと)が瀬尾晃成(せお こうせい)と別れて、五年目のことだった。
国際空港で、私は晃成と再会した。
彼は海外にいる妻、瀬尾依澄(せお いずみ)に会いに行くところで、私は仕事で海外出張へ向かうところだった。
しばらく言葉が出なかった。
先に口を開いたのは、晃成だった。
彼は少し気まずそうに、私へ軽く会釈した。
「ここ数年……元気にしてた?」
私も静かに答えた。
「ええ。元気よ」
それぞれの搭乗口へ向かう途中、晃成がふいに振り返った。
「莉都、あのとき……お前が会いに来てくれたとき、実は……」
その先の言葉は、空港のアナウンスにかき消された。
私は聞き返さなかった。
そのまま背を向けて、歩き出した。
あの年、私は遥か遠く離れた彼に会うため、飛行機に乗った。機内での丸八時間、一切の連絡が途絶えていた。けれど到着後、私の元に届いたのは意外なメッセージ。晃成はそのメッセージで私にすべてを打ち明けた。
彼には、ずっと別の女性がいたのだ。
一万キロの距離を越えて会いに行った先で、私はようやく気づいた。
あの恋は、私が思っていたよりずっと前に終わっていたのだ。
第1話
私、月島莉都(つきしま りと)が瀬尾晃成(せお こうせい)と別れて、五年目のことだった。
国際空港で、私は晃成と再会した。
彼は海外にいる妻、瀬尾依澄(せお いずみ)に会いに行くところで、私は仕事で海外出張へ向かうところだった。
しばらく言葉が出なかった。
先に口を開いたのは、晃成だった。
彼は少し気まずそうに、私へ軽く会釈した。
「ここ数年……元気にしてた?」
私も静かに答えた。
「ええ。元気よ」
それぞれの搭乗口へ向かう途中、晃成がふいに振り返った。
「莉都、あのとき……お前が会いに来てくれたとき、実は……」
その先の言葉は、空港のアナウンスにかき消された。
私は聞き返さなかった。
そのまま背を向けて、歩き出した。
あの年、私は遥か遠く離れた彼に会うため、飛行機に乗った。機内での丸八時間、一切の連絡が途絶えていた。けれど到着後、私の元に届いたのは意外なメッセージ。晃成はそのメッセージで私にすべてを打ち明けた。
彼には、ずっと別の女性がいたのだ。
一万キロの距離を越えて会いに行った先で、私はようやく気づいた。
あの恋は、私が思っていたよりずっと前に終わっていたのだ。
……
飛行機に乗り込み、席に着いた直後、私のSNSに数件のDM通知が届いた。
送り主は、数年前、恋愛相談の配信で話を聞いてもらったことのある配信者だった。
【月島さん、こんにちは。あれから五年になりますね。フォロワーの方からも、今どうされているのか気にする声が届いています。あの件は、もうお気持ちの整理がついていますか?】
彼女のアカウントを開いた。
私が出たあの動画は、今でもいちばん「いいね」が多く、ページの上にピン留めされたままだった。
再生すると、動画の中で五年前の私は、声を震わせながら泣きじゃくっていた。
「彼、ずっと付き合ってる彼女がいたんです。
その人とは五年も付き合っていて、もうお互いの親にも会っていて、卒業したら婚約するつもりだったって……
それに、その人の実家はすごく裕福なんだって言われました。でも……私の家だって、それなりに恵まれているのに……」
当時、その言葉に引っかかった人は多かった。
【怒るのも問い詰めるのもわかるけど、この子はお金のことで張り合いたかったんじゃなくて、そんな理由で自分が軽く扱われたのが悔しかったんだと思う】
【五年も付き合っていたなら、彼女のほうだって簡単には割り切れないよね】
【こういう人って、いつか絶対に罰が当たる】
もちろん、すべてが味方だったわけではない。
彼女がいると知っていて近づいたのではないか。
被害者ぶっているだけで、本当は彼女から彼を奪いたかっただけではないか。
あの配信に出たのも、同情されたいだけで、相手の彼女を悪く見せたかったのだと言われた。
当時のコメント欄を少し眺めてから、画面を閉じようとした。
そのとき、一分前に投稿されたばかりのコメントが目に入った。
【これ、もう五年前か。案外、今はあの男の隣にいたりして】
そのコメントを報告しようとした瞬間、すぐ下に新しい返信が表示された。
【勝手に決めつけるな】
見覚えのあるアイコンだった。
それが、瀬尾晃成(せお こうせい)が長いあいだ使っていなかったサブアカウントだと、すぐに分かった。
あのとき、私がネットで叩かれるきっかけを作ったのは、ほかでもない彼の流した噂だった。
そんな彼に、今さら誰かの憶測をたしなめる資格なんてあるのだろうか。
私は思わず笑ってしまい、その配信者にDMを返した。
【もう気持ちの整理はついています。お手数ですが、あの動画は削除していただけますか】
……
思い返せば、私と晃成の出会いは、少しだけドラマめいていた。
父の本当の妻が家に押しかけてきた日、晃成は初めて、父に自分たち以外の家族がいたことを知った。
その女性は数人を連れていて、手には録画中のスマホまであった。
彼女たちは晃成の母親の服をつかんで引っぱり、耳を塞ぎたくなるような言葉を浴びせ続けた。
晃成は母親をかばって前に立ち、顔にも体にも殴られた跡を作っていた。
そこへ割って入り、警察を呼んだのが私だった。
警察が来て、騒ぎはそこで収まった。関係者は全員、警察署で話を聞かれることになった。
「事情がどうであれ、暴力はだめです。
相手はけがをしているんですよ。分かっていますか」
私もその場で見たことを話し、必要な手続きが終わったところで帰ろうとした。
入口まで歩いたところで、晃成に呼び止められた。
彼の顔には、まだ青あざがいくつも残っていた。
口を開くと、切れた唇の端からまた血がにじんだ。
それでも晃成は、私の前で深く頭を下げた。
そして、よければ連絡先を教えてほしいと言った。
第2話
「これから何か困ったことがあったら、遠慮なく言ってください。俺にできることなら、力になります」
それきり、私から晃成に連絡することはなかった。
それでも晃成は、ときどき贈り物をくれた。
放課後になると迎えに来て、遊園地へ連れていってくれる日もあった。
十月の終わり、晃成は母親と一緒に海外へ移った。
けれど、連絡が途切れることはなかった。
会えなくなったぶん、メッセージを交わす時間は前より増えた。
晃成は向こうの街並みや、少し変わった日常の写真を送ってくれた。
そのたびに、私の生活の中で彼の存在は少しずつ大きくなっていった。
年末、私は家族と揉めて、一人で家を出て、一人暮らしを始めた。
ちょうどその頃、感染症をこじらせ、入院することになった。
冷えた病室のベッドの上で体を丸め、窓の外の街明かりをぼんやり眺めながら、テレビから流れる年越し番組のカウントダウンを聞いていた。
スマホの画面には、晃成からのメッセージがいくつも残っていた。
気づけば、私は彼に一言だけ送っていた。
【晃成がここにいてくれたらな】
送ったところで、私は眠りに落ちた。
目が覚めても、晃成からの返信は来ていなかった。
寂しくなかったと言えば嘘になる。
それでも、一万キロも離れた場所にいる彼が、突然目の前に現れるはずがないことくらい分かっていた。
それからしばらく、晃成からの返信は間が空くようになった。
その不安に押し潰されそうになっていたころ、病室のドアが開いた。
息を切らした晃成が、淡いピンクのカーネーションの花束を抱えて立っていた。
彼は私の頬を両手で包み、笑った。
「莉都、会いに来た。
退院するまで、そばにいるから」
胸の奥でずっと張りつめていたものが、その瞬間、ぷつりと切れた。
私は晃成に抱きつき、子どもみたいに泣いた。
その日から、私たちは恋人になった。
そして、五年にわたる遠距離恋愛が始まった。
その五年間、晃成は月に一度、必ず私に会いに来てくれた。
国をまたいだ、一万キロの距離。
無理しなくていいと私が言うたび、晃成は決まって「俺が莉都に会いたいんだ」と言った。
会いたいのも、一緒にいろいろなことをしたいのも、離れているのがつらいのも、自分のほうだと。
「俺と母さんの前に立って、警察を呼んでくれたときのこと、覚えてる?
あのとき、母さんはひどい言葉を浴びせられて、俺まで一緒になって笑いものにされた。
でも莉都だけは、俺たちを見捨てなかった。
動画がネットに広まったあとも、ずっと俺たちの味方でいてくれた。ひどい書き込みだって、放っておかなかった。
莉都には、ずっと感謝してる。恋人としてだけじゃなくて、俺にとっては恩人でもあるんだ」
晃成は私の手の甲にキスをした。
大切なものに触れるみたいに、そっと。
だから後になって、彼には本当はずっと彼女がいたのだと知ったとき。
私は、一瞬それが現実だとは思えなかった。
……
それは、晃成と付き合い始めて五年目のことだった。
大学の授業や課題に追われる晃成とは、一日中連絡がつかないことも珍しくなかった。
私はいつも、返事を待っているうちに眠ってしまう。
翌朝、トーク画面に残っているのは、たいてい彼からの短い一言だけだった。
【ごめん、授業中】
その短い返事を見た途端、ずっと我慢していたものが、ふっと切れた気がした。
会いに行こう。
昔、彼が私のところへ来てくれたように、今度は私が会いに行けばいい。
晃成には何も言わず、私は航空券を取った。
家を出てから、空港に着くまで三時間かかった。
そこから何度も飛行機を乗り継いだ。
機内で眠っては目を覚まし、昼なのか夜なのかも分からなくなっていった。
道中の移動時間は、実に四十八時間もかかった。
飛行機を降りるころには、頭の奥がずきずきと痛んでいた。
周りには人があふれ、聞き取れない言葉ばかりが耳に入ってくる。
私は翻訳アプリだけを頼りに、どうにか晃成の大学までたどり着いた。
見知らぬキャンパスを、行ったり来たりしながら彼を探した。
けれど、晃成には会えなかった。
代わりに声をかけてきたのは、彼の友人たちだった。
彼らは私を見て、晃成に何の用かと尋ねた。
私は、晃成の彼女です、と答えた。
彼らは一瞬、驚いたように私を見た。
すぐに互いの顔を見合わせ、何か言いにくそうに口をつぐむ。
その視線に、わずかな同情のようなものが混じっている気がした。
第3話
結局、私は晃成に会えなかった。
彼の友人たちに別れを告げようとした、そのときだった。
晃成から電話がかかってきた。
「なんで来たんだよ!」
電話越しの声は、いつもの晃成とはまるで違っていた。
焦りと苛立ちを、そのままぶつけてくるような声だった。
私は一瞬、何を言われたのか分からなかった。
胸いっぱいに抱えてきた喜びも期待も、急に行き場をなくした。
喉の奥が痛い。
「……会いたかったの」
電話の向こうで、晃成が黙った。
しばらくして、さっきの剣幕が嘘みたいに声を落とした。
「莉都、悪い。俺、今そっちにいないんだ。
先に帰ってくれ。落ち着いたら、俺から会いに行くから。
頼む。今は言うこと聞いて」
なぜだろう。胸が苦しくなった。
どうして最初に怒鳴ったのか、私は聞けなかった。
ただ、涙をこらえながら言った。
「晃成、今どこにいるの?
私が行くから。お願い、会わせて。今すぐ」
返事が途切れた。長い沈黙のあと、晃成は低く言った。
「……本気か」
私がうなずくように答えると、晃成は結局、航空券を手配してくれた。
「着いたら連絡して。空港まで行く」
そこで通話は切れた。
スマホを握ったまま画面を見ると、晃成とのメッセージ画面が開いたままだった。
直近のやり取りは一週間前。
午前三時過ぎに、晃成から届いたものだった。
【今終わった。疲れた……莉都に会いたい。抱きしめてキスしたい……】
自分がどうやって飛行機に乗ったのか、よく覚えていない。
ここから晃成のいる街までは、飛行機で八時間かかる。
その八時間、空の上にいた私は何も知らなかった。
機内では確認できなかったメッセージ画面に、晃成からの長い文章が残っていた。
そこには、ずっと私を騙していたこと、自分には前から付き合っている彼女がいることが書かれていた。
相手の家も裕福で、双方の親への挨拶も済ませている。
卒業したら、その人と婚約する約束になっているのだという。
彼は何度も謝っていた。
自分は最低な男だと。
私を傷つけ、裏切ったのだと。
そして最後に、こう続いていた。
【お前も、彼女も悪くない。全部俺のせいだ。傷つけて、本当にごめん】
【だから頼む。俺の彼女には会いに行かないでくれ。このことも言わないでほしい。彼女を傷つけたくない】
空港の人波の中で、スマホを握る手の震えが止まらなかった。
「俺の彼女」という文字だけが、何度も目に入った。
涙で息が詰まりそうだった。
彼女が、晃成の恋人。
だったら、私は?
五年も一緒にいた。その五年が、たった数行のメッセージで崩れていく。
私は空港の片隅に座り込んだまま、外が暗くなるまで動けなかった。
涙が出なくなってから、ようやく晃成にメッセージを送った。
【今、時間ある?少し話したい】
返事が来たのは、しばらくしてからだった。
【ごめん、もう少し遅くなる。彼女が生理でつらそうだから、そばにいないと】
胸のあたりが、ぎゅっと縮むようだった。
もう泣くことすらできなかった。
私は震える指で、どうにか「わかった」と返した。
送信した瞬間、最後に残っていたものまで、静かに崩れていく気がした。
……
その後、私たちはレストランで会った。
晃成は、昼間メッセージで送ってきた内容を、もう一度口にした。
私は泣くことしかできなかった。涙ながらに彼を問い詰めた。
それが煩わしかったのか、晃成はとうとう苛立ちを隠さなくなった。
「俺は、そこまで深く考えてなかったんだよ。お前がここまで本気になるなんて思わなかった。
あのとき俺を助けてくれたから、もっとしっかりした子だと思ってた。
そんなに誰かに愛されたいわけ?」
その一言で、途切れ途切れだった私の声が止まった。
しばらく、ただ晃成を見ていた。気づいたときには、乾いた音が響いていた。
私の手のひらが、彼の頬を打っていた。
横を向いた晃成を見ながら、私は声を絞り出した。
「最低。あの時、助けるんじゃなかった」
第4話
晃成の顔が、一瞬こわばった。
それから、信じられないというように笑った。
次の瞬間、彼はテーブルの上のものを乱暴に払いのけた。
私をにらみつけ、怒鳴った。
「ああ、そうだよ。俺は最低だよ。あの時、見捨てられてりゃよかったんだろ。
でもお前はどうなんだよ。今のお前だって、人の彼氏に手を出した女じゃねえか!
自分だけ正しいみたいな顔すんなよ!」
そう言って席を立ち、晃成は店を出ていった。
私はその場に取り残された。
周りの視線も、押し殺したような話し声も、全部こちらに向いている気がした。
体だけが、ずっと震えていた。
その夜、私たちが言い争っている動画がネットに上がった。
動画はすぐに広まり、コメント欄は荒れた。
怒りに任せて、私は晃成とのチャット履歴や、その他の証拠のスクリーンショットを公開した。
彼が私を裏切っていた証拠になるものを、全部。
あの時の私は、黙って引き下がることなんて考えられなかった。
傷つけられたまま、何も言わずに二人の前から消えるなんて、どうしてもできなかった。
私が証拠を出したことで、騒ぎはさらに大きくなった。
ネットでは、晃成を責める声が一気に増えた。
大学にも話が届いたらしく、晃成は呼び出されたと聞いた。
けれど、しばらくしてから、晃成のアカウントにも一本の動画が上がった。
映っていたのは、晃成が言っていた恋人だった。
彼女はどこか弱々しく、病み上がりのような顔色でカメラの前に座っていた。
動画の中で彼女は、自分と晃成こそ被害者なのだと話した。
彼女の話では、二人の関係に割り込んできたのは私のほうだった。
私は晃成を一方的に追いかけ回し、二人の仲を壊そうとしていたことになっていた。
最後には涙ぐみながら、彼をこれ以上責めないでほしいと訴えた。
「お時間を取ってしまってすみません。でも、彼だけが悪者みたいに言われているのを、もう見ていられませんでした。
今日は、私たちに何があったのかを、ちゃんとお話ししたくて動画を撮りました。本当に責められるべき人には、自分のしたことを分かってほしいです」
その動画をきっかけに、ネットの流れは一気に変わった。
それまで晃成を責めていた声が、今度は私に向き始めた。
どこを見ても、私を責める言葉ばかりだった。
「最低」「人の彼氏に手を出すな」「消えろ」。
そんな言葉が、コメント欄にもDMにも次々と届いた。
追い詰められた私は、一時はこのまま知らない土地で消えてしまいたいとさえ思った。
やがてネットでの騒ぎは両親の耳にも入り、私は手配された人に付き添われて帰国することになった。
帰国する日のことだった。
久しぶりに、晃成からメッセージが届いた。
【ごめん。あの動画は……噂で俺たちの生活まで壊されたくなかっただけなんだ】
【もう消した。今どこにいる?大丈夫か】
見慣れたメッセージ画面を見ても、もう悲しいとは思わなかった。
残っていたのは、もう二度とこの人に関わりたくないという気持ちだけだった。
彼の連絡先を消す前に、私は最後のメッセージを送った。
【二度と私の前に現れないで。あなたたちがそこまでして守った関係なら、一生大事にすればいい。嘘で塗り固めたまま、ずっと】
送信すると、私はスマホの電源を切った。
そして、何もかもが嫌になったその場所を、二度と振り返らずに後にした。
……
再び目を開けると、機内アナウンスが流れていた。すでにM国に到着していたと。
同じタイミングで、取引先からのメッセージも届いた。
【ようこそお越しくださいました、月島様。ホテルはこちらで手配しております。詳細は後ほどお送りいたします。
お打ち合わせは明日の午前十時を予定しております。本日お時間がございましたら、ホテル周辺をご案内いたします】
【ありがとうございます】
そう返信して、私は取引先が用意してくれた車に乗ろうとした。
その瞬間、いきなり手首をつかまれた。
振り返ると、晃成が息を切らして立っていた。
まるで、ずっと私を追いかけてきたかのように。
「莉都、少しでいい。話を聞いてくれ」